「ヤンとPQ」(2009/11/27 (金) 21:32:20) の最新版変更点
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ある日、ヤンがアルドラ社をぶらぶらとしてると、ある好青年がアルドラ社のゼルドナー開発室を訪れているのを発見した
ゼルドナーとはヒルベルトに続くアルドラ社の後継フレームである
ヒルベルトをより実弾に対して堅牢にし、より量産し易くし、より実戦的なフレームを目指して開発された
同時期にアルドラ社はバズーカやグレネードなど実弾系火器を開発し、ゼルドナーと併せて売っていくつもりのようだ
ヤンの乗機ブラインドボルトも、現在ではゼルドナーフレームの両手にグレネードとバズーカを持った、企業の新商品をアピールするような機体構成に変えられている
だが、背中に積んだハイレーザーキャノンとレーダーだけは、以前からの慣れで変えていなかった
どうやらその好青年はゼルドナーのパーツを求めて来たようだ、珍しい事もあるものだ
ヤンは興味を持ち、その好青年に話しかけてみた
「君、ゼルドナーに興味があるのかい?」
「えぇ、まぁ、あなたは?」
「私はヤン、このアルドラ社のリンクスだ」
そう言った途端に、好青年の表情が曇る
「あぁ、済まない、君はネクストを持っているようだね、最近流行の独立傭兵か何かかい?」
「えぇ…まあそんな所です」
「しかしゼルドナーを求めてくるとはまた変わった人だ
どうも最近の人々には精度の高いヒルベルトの方が人気があるというのに…」
「私はちょっと特殊な状況を好む方なので、信頼性でゼルドナーを選びました」
「そうか…良い選択だ」
「参考までに、君はなんという名前だい?」
「…PQです」
「そうか…また機会があったら会おうじゃないか、ゼルドナーを駆る者同士、他人な気はしないんでね」
「わかりました」
そう言うとPQはそそくさと去っていった
PQ…あの青年はとても寂しげに見えた
ヤンのように、夢を忘れ、ただリンクスとして生きているだけの存在には無いような
とても若々しい輝きのような物を感じた
反面、その輝きを自分では理解出来ずに寂しげに、そして悲しげにたださまよっている
そんな風に思えた
思えばヤンも昔はそうだったのかもしれない
平和という自らの正義を求めつつも、ただ結局は自分の事が認められずに右往左往していただけだった
ただ、その間は、PQのように輝いていられたのかもしれない
もしPQの持つ理想が、例えば新たな世界だとか、新たな秩序だった場合
PQは輝きを失わないまま、その命を落とすかもしれない
だがそうなっても仕方のない事だ、そう思った
しかしどうだろう、それで果たして彼は幸せなのだろうか
志半ばで倒れ、寂しげに、そして悲しげに息絶える彼の姿を想像する
その姿は、とても儚く美しくもあり、同時に大きな憂いを感じさせるような姿でもあった
せめて、彼の寂しげな表情を緩める事が出来たら、どれだけ良いだろう
そんな事を考えていると、ヤンはいてもたってもいられなくなった
ヤンはゼルドナー開発室に押し入ると、無理を言ってPQの売買記録を調べ始める
PQ、ゼルドナーパーツの納入先は…
それを確認すると、ヤンは唐突に出掛けていった
地上、GA系の残党勢力の多い、企業から投棄された地域
そんな身を隠すには絶好の混沌とした場所の一つの煤けたガレージを、ヤンは訪れていた
ゼルドナーパーツの納入先はここになっていたのだ
PQは独立傭兵とは言っていたが、こんな所にガレージを持っているとなると
独立武装勢力からの危険な依頼も受けるような、少々道を外れたリンクスなのかもしれない
そんな事を考えていると、後ろから銃口のような物を突きつけられた
「アルドラ社の情報管理も随分と杜撰なんですね、何故ここに?」
振り返る事は出来ないが、間違いなくPQの声だ
「言っただろう?君が他人な気はしないんでね」
「あまり余計な事に首を突っ込むと、企業のリンクスといえど命はありませんよ
あなたはなんて不用心なんだ…こんな治安の悪い所に護衛も付けずに」
「私は所詮企業の犬だからね、首輪を付けてお散歩の時間という訳さ」
「…」
PQは銃を下ろす
「まあ何の用かはわかりませんが、あなたは優秀なリンクスだ、話くらい聞きましょう、こちらへ」
そう言うと、なんとも質素な感じの部屋へ通された
「君には理想があるかい」
ヤンは部屋に入ると唐突にそう訪ねた
「…何の話ですか」
「君は理想を持って生きているのか、と聞いている」
「…持っていますよ、理想くらい」
「なら君は理想の為に死ねるかい?」
「…そんな事は出来ませんよ、独立傭兵たる物、命あってのモノダネです」
「君は今嘘をついた」
「…」
「君の目はこんなにも儚く輝いているのに、自分の事を独立傭兵と言う度に、君の目は曇ってしまう」
「疑うのですか」
「もし君にその覚悟が無いなら、私の心配は杞憂に過ぎなかった」
「…ありますよ
私には覚悟があります、自分の理想の為なら、人の死も厭わない覚悟があります」
「PQ、他人の死なんて物はどうでも良いんだ、ただ、大切なのは、自分が死に至る時、後悔しないかだ
私は心配だ、君のように輝いている人間が、自分の輝きを確認出来ないまま悲しみのうちに消えてしまうのが
君は本当に死に至る時悲しまない自信があるかい?君は死後の世界や輪廻といったものを信じているかい?」
「自分も死後の世界があれば良いなと思っていた時がありました
でも、少なくとも私にだけはそんな物は用意されてないという事は、アーマードコアを駆っているうちに気が付きました」
「なら君は、その理想に殉じた時、本当に満足して死を迎えられるかね」
「…おそらく自分は死の瞬間の一瞬前まで自分の頭の中で自分の死に満足していても、その最後の一瞬を耐える事は出来ません
仮に自分が自分の手で強い意志を持って、自分の体をどこかの屋上から投げ出したとしても
地面に頭をぶつける一瞬前には私は自分が今まで持っていた全てのこだわりやプライドや思いを捨てて、こう叫ぶでしょう
やめてくれ!俺を殺さないでくれ!俺を一人にしないでくれ!と」
「なら…」
「でも良いんです、自分はそれでも良いんです
死を拒む本能に打ち勝つ事が出来なくても、結果的に理想に殉じる道へ自分を追い込めれば、それで充分なんです
悲しみや寂しさなんていうのは、ただの心を迷わせるざわめきに過ぎないんです」
そう言うと、PQはよりいっそう悲しげな顔をした
「私も昔は夢を持っていた事があるんだ
それは、国家解体戦争以前の平和を忘れられずに、ただ追いすがっていた、つまらない夢だったよ
でも私は、その夢をいつしか無くしてしまったんだ、どこかわからない、いつ落としたのかもわからない」
「…見つかると良いですね、探し物」
「見つからないさ、私はもうそれを探していないのだから
だが私はそれより大切な物を見つけたんだ
何だと思う?それは、君がさっきざわめきと言って切り捨てた、悲しみや寂しさだよ
私は思ったんだ、孤独の苦しみを紛らわせる為なら、どんな争いも、必要な尊い犠牲なんだとね」
「…」
「だから私は困っている、私は君が理想に殉じ悲しむのを見たくはないんだ
だが君は強い理想と、強い意志を持っている
もし私が力づくでこれを取り上げてしまったら、君の眩い程の輝きは失われてしまうだろう
私はどうすれば良い?PQ
私は君を止めなければ、絶対後悔するし、君を止めてしまっても、きっと後で後悔する
君は本当に儚い存在だよ、全く」
「ならあなたは見ていてください、自分の行く末を、遠くから見守っていてください
そしてもし自分が志半ばで倒れた時は、あなたが代わりに悲しんでください
そうしてくれたら、自分の悲しみも、少しは安らぐような気がします…」
「君は、それだけで、私が悲しんでくれるというたったそれだけの事を頼りに
これからの苦難を乗り越えようと言うのかい」
「えぇ、大丈夫です、悲しんでくれる人が一人でも居れば、自分は孤独ではありません
よく死人は更なる悲しみを望んでいないと言いますが、あれは残されて生きている人々が考え出した狡猾な欺瞞です
自分は悲しんでほしい、大切な人には誰よりも多く悲しまれて旅立ちたい
そんな気がするんです」
そう言って、PQは少し歪んだ顔でにこりと笑って見せた
「大丈夫ですよ、ヤンさん
もしかしたら次に会う時は戦場でお互い敵同士かもしれません
でも、そんな事はお互い慣れっこですよね?
自分は大丈夫ですから、本当に」
「なら今晩だけは一緒に居させてくれ、そのくらいの我が儘は許してくれ…」
その日の間、アルドラ社はヤンが行方不明になり騒然としていた
「全く困ります、誰にも行き先を告げずに一日姿を消すなんて」
「あぁ…済まなかった、ちょっと遠出したら道に迷ってしまって…」
「とにかく、今後はこんな事が無いように」
そう言うと、ヤンのオペレーターは肩をいからせながら部屋から出て行った
「オルカ…か…」
ヤンは一人の部屋で考えに耽る
PQの所属するオルカ旅団は、最終的にはこの地球を覆うアサルトセルという物を破壊するのが目的らしい
アサルトセルというのはなんでも国家解体戦争以前に企業が打ち上げた自立兵器で
衛星軌道上に位置し接近する全ての物を無差別に攻撃し、人類の宇宙進出を阻んでいるようだ
PQは言っていた、宇宙が見たいと
このまま人類がコジマ汚染に晒され絶滅する姿は見たくないと
若い発想だな、とヤンは思った
しかし同時に、この宇宙から見下ろす地球の輝きを想像し、それがPQの胸から溢れ出る輝きに重なるような気がしていた
ただ、それは美しかった
いつか見たシェリングの機体のコジマ粒子の幕が放った、薄い緑色の輝きよりも、美しく思えた
そして、訃報は届いた
キタサキジャンクションを占拠していた不明ネクストとカラードのリンクス
それらが撃破され、その中の不明ネクストの一人は、PQだったと言うのだ
ヤンはその知らせを受けると、一人部屋に籠もった
たまらなく悲しかった、まさか、こんなにも早く、こんなにも呆気なく、彼が居なくなるとは思っては居なかった
しかし、ヤンの目から涙は流れなかった、ただ、寂しかった
ヤンは最初、何故こんなにも胸が一杯なのに、涙が流れないのかわからなかった
しかし、すぐにそれはわかった
ヤンは柄にもなく怒っていたのだ、あのPQのような人間を、こんな所で死なせてしまう運命に対して怒っていた
ただ悲しみに耐えきれずに、他の何かに責任を押し付けないとヤンの心は潰れてしまいそうだった
「PQ、済まない、私はあまり君の頼りになれそうにない…」
そう言うと、ヤンは目を瞑り、何かを忘れようと努力し始めた
その後、オルカ旅団は各地のアルテリア施設を襲撃し、全ての空に住む人々に対して宣戦布告をする
その中にPQが居ない事が、ただヤンにとっては不愉快だった
しかしヤンは例によって出撃を拒み、のうのうとアルドラ社を守っている
以前のような、覇気の無いヤンだった
宇宙を見てみたい、そんな思いも、今では潰えてしまった
ヤンは夢を共有するにはあまりにも年を取りすぎている
身近な人の死に対しての対処の仕方は、よくわかっていた
ただ、忘れる、その事に尽きる、それをヤンは知っていた
だから、PQの事も半分くらい忘れてしまっていた
必死に彼を悲しもうとしたが、それよりも無気力感と無力感がヤンを襲い、ヤンの心を朦朧とした安らぎの中へ導こうとしていた
そんな折、企業はオルカ旅団を黙認するという発表をする
残るアルテリア施設はクラニアムのみ、最早時代はオルカ旅団の物だろう
だがそれを良しとしないリンクスが現れた
ウィン・D・ファンションとロイ・ザーランドである
彼らはビックボックスを瞬く間に制圧するとすぐさまアルテリア・クラニアムに向かっていった
ヤンは考える
国家解体戦争を阻止出来なかった、何も知らなかった弱い自分の事
シェリングと話し、夢を持っていた頃の輝いていた自分の事
その後、夢を忘れてただリンクスとして生きてきた自分の事
PQの事
彼の語った決意の事
彼の夢の事
彼の死の事
そして、彼を忘れようとしていた事
ヤンはふとシェリングの言葉を思い出した
君にはAMS適性がある
君には可能性がある
思えばヤンはその可能性を全く使わないでいた
そして、ただその力に呑まれていた
PQの言葉が蘇る
死を拒む本能に打ち勝つ事が出来なくても、結果的に理想に殉じる道へ自分を追い込めれば、それで充分なんです
しかし彼の死は果たして理想の為に何か役に立っただろうか
彼の居ないオルカ旅団は、今や最後の決戦に赴こうとしている
彼は宇宙を見る事が出来なかった
これは事実だ
しかしヤンの中のPQがこう叫ぶ
やめてくれ!俺を殺さないでくれ!俺を一人にしないでくれ!
ヤンはいてもたってもいられずに、ガレージに行くと、アルテリア・クラニアムに向けて出撃を開始した
ヤンの乗機、ブラインドボルトを駆り、アルテリア・クラニアムに到着すると、そこには既に二機のACが制圧を終えた後だった
「お客さんだぜ、ウィンディー
予想通り…とは行かなかったがな」
「貴様…アルドラ社の人間が、何をしに来た?」
「宇宙を…宇宙を見たい…あいつはそう言っていた」
ヤンは何かに取り憑かれたように喋る
「ほう、貴様も人類のためには人の死を厭わないか」
「人の死?愛しいあいつは死んだ、何も出来ずに死んだ
俺は苦しい、ただ苦しい、だから、だから」
「何を言っている!気でも違ったか!アルドラ社に帰れ!」
ウィン・D・ファンションは一喝した
その瞬間ヤンの目が突如として据わり始めた
「何人だ、お前は今まで何人の人間を殺してきた
俺か?俺はもう数え切れない程殺してきた
だがそんな事はどうでもいい、死んだ奴は死んだ奴、もう何も喋らない
でも、あいつは未だに俺の中で喋り続けるんだ、
俺を殺さないでくれ!俺を一人にしないでくれ!ってね
だから俺はあいつを悲しまない事にした、あいつはまだ死んでない
俺はあいつだ、だから俺はあいつの果たせなかった想いを遂げてやる
そうすれば、やっと俺はあいつを悲しむ事が出来る」
「残念だけど、こいつの話はさっぱりだぜ、ウィンディ」
「そうだな、とにかく刃向かうなら死んでもらう、どうするんだ」
「俺は…戦う
国家解体戦争の時のような思いは、もうしない」
「相手は重量機だ、ウィンディはサポートに回ってくれ
じゃあ、すぐに終わりにしますか」
そう言うと、ロイの機体、マイブリスはブラインドボルトに両背中のミサイルを放ちながら接近する
ブラインドボルトは左手のバズーカと右背中のハイレーザーキャノンを構え、ミサイルの一群を迂回しながら一気に接敵した
その間に、ウィン・D・ファンションの機体、レイテルパラッシュはレールガンを構え確実にブラインドボルトの装甲を削っていく
マイブリスはガトリングガンを放ちながら、強力なデュアルハイレーザーライフルを狙う
それに対してブラインドボルトは命中率の高いバズーカを散発的に撃ち、相手の被弾硬直のタイミングに合わせてハイレーザーキャノンを発射する
燃費の良い重量機体に燃費の良いブースターを積んだブラインドボルトは、ガトリングガンをPAで受けつつ、デュアルハイレーザーライフルを避ける
レイテルパラッシュのレールガンも、マイブリスのデュアルハイレーザーライフルも、共にPAを貫通してくるタイプの攻撃だった
そこでヤンはガトリングガンを無視しデュアルハイレーザーライフルの回避を優先した
ブラインドボルトの速射性の優れたバズーカと高火力なハイレーザーキャノンは確実にマイブリスの装甲を削り取っていた
二対一と言えど、マイブリスは重量機体同士の真っ向火力勝負に負けている
やがて、マイブリスに限界は来た
「ハッダセェな俺も
すまねえ、ウィンディー
あんまり助けられなかったな…」
そう言うとロイは沈黙した
ウィン・D・ファンションが何か声を返そうとしたが、その隙は無かった
ブラインドボルトは右手のリボルバー式グレネードライフルを構えると、特に狙いもつけずレイテルパラッシュへと撃つ
レイテルパラッシュの付近の壁に着弾したグレネードは爆発を起こしレイテルパラッシュを誘爆する
クラニアムの中は非常に狭く、辺り一面に壁があり、天井からは障害物が垂れ下がっている
最早レイテルパラッシュに逃げ場は無かった
ブラインドボルトはリボルバーを回しながらレイテルパラッシュにグレネードを放ち続ける
レイテルパラッシュも背中のデュアルハイレーザーキャノンで応戦するも、実弾に弱いレイテルパラッシュの方が消耗のスピードが速かった
焦ったウィン・D・ファンションはブレードを構えブラインドボルトに突撃する
それを待っていたとばかりに沈黙していたブラインドボルトの左手のバズーカが火を噴き、レイテルパラッシュが硬直する
その瞬間にブラインドボルトはグレネードライフルを撃ち込み、レイテルパラッシュは沈黙した
そして、ブラインドボルトはアルテリア・クラニアムを制圧し、ヤンはアルテリア・クラニアムを後にした
クラニアムを出ると、そこにちょうど一機のACがやってきた
そのACはこちらを補足し、警戒しながら近付いてくる
ヤンは通信を送った
「企業はオルカを黙認した、だから私も君を黙認する
君も中で仕事があるなら、さっさとそれを済ませて来ると良い」
そう言うと、ヤンはその場を去っていった
アルドラ社に戻ると、警戒体制が敷かれていて、警備部隊がヤンを取り囲んだ
するとその代表らしき人間がヤンにこう言った
「一体何をして来たんですか」
ヤンは答える
「企業の意に背く者どものを粛正してきた、ただそれだけの事さ」
そう言うと、ヤンは警備部隊の間を悠然と通って自室へ帰っていった
部屋に戻り、一人になると、ヤンは窓の外を見上げた
衛星軌道掃射砲の光の柱が立ち上り、クレイドルが朽ち果てた地上に降下していく
まさに、平和とは対極の有り様だった
ヤンはその風景を確認すると、途端に嗚咽し始め、しまいには大きな声で泣き始めた
まるで赤子のように泣きじゃくる彼を、邪魔する物は何も無かった
ただ、ひたすらに悲しかった
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