「第七話」(2006/04/02 (日) 06:04:35) の最新版変更点
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――AM9時
「あ、おはよう御座います、宗治さん」
「…おはようです…」
朝起きて、一階に下りるとセシリアが簡易キッチンでベーコンエッグを作っていた
パイプテーブルの上には質素な皿が2枚、両サイドの椅子の前に置かれている
香港に来てからはずっと半同棲状態が続いており、飯に困らなくて非常に有り難い
「警備の人が「詰所に来てくれ」って言ってましたけど…なんかしたんですか?」
「警備…何もやってませんよ?」
「そう…なら、いいんですけど」
ベーコンエッグを挟んだ食パンに噛り付きながら
昨日の自分の行動を思い出し、警備に注意されるような事か
どうかを検証する――どれもやましいことでは無かった筈
「じゃ、コレ食べたら行って来ますね」
「分かりました。洗濯物は部屋の前に出しておいて下さいね」
「了解」
部屋に戻り、Tシャツ+下ジャージの寝巻きから簡素な私服に着替え
洗濯物を纏めてカゴに入れて部屋の前に出すと
すぐに警備員の詰所へと向かった
「すいませーん。ノートゥングですけど」
「おっ、グッモーニン、ノートゥングさん!ちょっと聞きたい事があってね!」
「何でしょう?」
「昨夜アンタのガレージ近くの外の道路をウロウロしてる不審人物が居てね。話聞こうとしたら逃げられちゃったんだよ」
「…それで?」
「で、なんか不審者に狙われる心当たり無いか?って」
「有る訳ないでしょう…そりゃ、レイヴンになって何人も仕事で殺したりはしてますけど生身を狙われる様なヘマはしてませんよ…」
「あっ、そっ。分かったよ、アンタは何も心当たりが無い…っと。よし、帰っていいよー」
「ったく…」
帰って二度寝しよう
宗治はリフレッシュの手段にそれを選んだ
「帰って来ましたー。不審者に心当たりは無いかですって」
ガレージに帰ると、セシリアに内容を簡潔に伝達する
「不審者ですか…物騒ですねぇ…」
「戦いの世界に身を置いている人間の言葉じゃないと思いますよ…寝てるんで何かあったら起こして下さい…」
「二度寝ですか…分かりました。「何か」あったら起こしますね」
セシリアの柔らかい微笑みが、警備員のダミ声で痛められた心を癒してくれた
そして寝床に潜り込んでから一時間半後
暖かい布団を引っぺがされて突然の寒気に身を縮ませる、布団を剥いだ人間へと目を向けると
――外出の格好をしたセシリアだった
「「何か」あるので、起こしましたよ?」
「…何かって具体的に何ですか…それと布団を元に戻して下さい…」
「ちょっと買い物に付き合って欲しくて。外国人向けのショッピングモールが出来たんですよ」
「ショッピングモール?」
「ええ、ショッピングモール。さっ、早く着替えて!」
「…ダルイけど…仕方が無いか…」
セシリアを部屋の外に押し出すと、先程まで来ていた服に再び着替える
今度は拳銃をジャケットの裏側に忍ばせているのだが
一方、例の不審者はというと
「出て来たか…片方は女、オペレーターだな…濃紺のロングスカートに白のサマーセーターか、中々分かっているじゃないか…80点だ」
ビルの陰に隠れて、コソコソしながらメモを取っていた
男の名前はリック=ハロルド、レイヴン「ネロ」のマネージャー兼リサーチャーである
「男、ノートゥングの方は…黒のジャケットにジーンズ、内側までは分からんな…何にせよ地味な服装だ、30点」
勝手なファッションチェックは本来の仕事では無い
本来の仕事――ネロからの依頼である連絡先を調べ上げるだけのことなら簡単だが
その相手の内一人は自分のクライアントの命を狙う男
何から何まで徹底的に調べ上げなければ仕事に影響が来てしまうと考えての今回の行動だった
「移動を開始したか…」
様子を伺っていると、二人が通りかかったタクシーを捕まえて、中に乗り込んだ
追跡すべくこちらもタクシーを捕まえる
「タクシー!あの二人を追ってくれ。気付かれないようにな」
運転手はその注文を聞くやいなや被っていた帽子を深く被り直し、鋭い運転を開始した
「お客さん、代金はいらねぇぜ…久々に熱い運転をさせて貰った礼だ…」
「そ…そうか…感謝するよ…」
猛スピードで走る目標のタクシーにショートカットや逆走を多用した大追跡で見事張り付くことに成功
代金は取られなかったが、代わりに胃袋に入っていた朝食をリバースしてしまった
――早めの昼食も兼ねて何か食べなければならない
「エイルマーモール…外人向けショッピングセンターに来たかったのか」
エイルマーモール――その名が示すとおり、エイルマー財団の1事業グループがこの地に建設した巨大ショッピングモールである
敷地内には輸入食品店やブティック、貴金属店、専門店などが立ち並んでいて、ターゲットは香港に多く滞在する金持ちの外国人
したがって、外国人が多い香港のレイヴン等が多く集まって来る場所でもある
「昨日、RKの給料日だったんですよー。あ、これいいなぁ」
「だからこんな金持ち外人向けショッピングモールに…お昼はここで?」
「はい、そのつもりですよ?」
「後もうしばらくは歩くってことですか…はぁ…」
人混みの中を、セシリアに付き合って回る
恐らく、中国中から外国人が集まるのだろう
並み居る人は全て白人等である、さっきは日本や朝鮮の団体も見た
「ここ、入りましょう」
「ここ?…うっわ高そう」
しばらく歩いていて、セシリアが目を付けたのは貴金属店だった
ウィンドウにはいかにも高そうなアクセサリーが威風堂々と立ち並んでいる
「アクセサリー店に入ったか…よし」
一方リックは二人が店に入るのを確認すると
物陰に隠れてバッグから取り出したカツラと付け髭で老けて見えるように変装
二人を追うべく同じ店に入り込んだのだが
元々老けた顔だったのでさほど違和感が無いのが悲しいところか
「いらっしゃいませー」
品良く訓練された中国人店員が入店してきたリックにお決まりの声を掛ける
「来週、妻の誕生日なんだが…何かいいプレゼントは無いものかね?」
こちらも店員に対し、根も葉も無い嘘で呼び掛け
店員を捕まえて追跡者と感付かれないように偽装する
「そうですね。このペンダントなどは如何でしょうか?」
「ふむ、いいねぇ。妻に似合いそうだ…あれは何だい?」
「あれはですね…」
店員とそれらしい話で会話していると
ノートゥング達が何かをお買い上げになった
そろそろ店を出なければなるまいが…
「こちらなんかもお勧めの一品ですよ」
「あ…ああ、どれも良さそうだな、ハハハ…」
まずい、このままでは逃げられる…この状況を脱するには一つしかない…
いや、その一つだけは使っちゃだめだ…いや、しかし…
「ありがとうございましたー」
考えてる内に二人がアクセサリーを買って店を出てしまった
仕方が無い――そう考えたリックは躊躇っていた行動に出る
「じゃあ、最初のペンダントを頂こうかな」
「ありがとうございます。では、こちらは5000ドルになります」
「カードで」
「畏まりました」
高い代償になってしまったがその後、なんとか追いつくことは出来たので良しとする
「3000ドルなんてよく払えますね…」
「生活費は貴方の報酬から出ていますから」
「…!?道理で羽振りが良い訳だ…」
「あのガレージの利用者は貴方ですからね。それに、私があそこの一室を
借りる事に関して貴方は何の条件も提示していませんし」
建物の最上階にあるレストランに入り、昼食にする
セシリアが金持ちな理由が分かったが、家賃は今更払えと言っても仕方が無いので諦めることにした
「ご注文はお決まりですか?」
「ランチセットのお魚の方を」
「ランチセットの肉で」
「畏まりました」
こんな所で飯を食べるなど、貧乏学生時代には思いもよらなかっただろう
死線を潜り抜けてきた褒美とも言えるのだろうが
ふと、中学からの友人――自らをレイヴンとするきっかけとなった男の事を思い出す
芝村はホンダで元気に技術屋をやっているだろうか――
「オペレーターと楽しくお食事か…ランチセットの肉を」
「畏まりました」
同じ店に入り、店員を無視して話の内容が聞こえ易い席に座ると
すぐに聞き耳を立てる
「流石に…民間人が大量に居る所で重要な話はしないか」
しかし、会話の中に出てくる断片的な情報――隠語を把握さえすれば情報は丸裸になる
そう考えて注文の品が来るまでの間、そして注文が来て食べている間、さらに食べ終わってコーヒーを飲んでいる間
常に聞き耳を立てた――が
「…普通の会話しかしてないぞコイツら…」
普通の会話――世間話である
セシリアはレイヴンのオペレーターの癖に朝ニュースの事件について物騒とか言っている
ノートゥングの方はレイヴンの癖にそれをうんうん聞いている
――実際はセシリアが話題に困って事件を持ち出し、それを宗治が聞き流しているだけなのだが
「もうそろそろ出るな…よしっ、食った食った」
席を立ち上がり、レジで会計を済ませると店の外に出た
するとそこには――
「食べ終わりましたし、会計済ませて出ましょうか」
「そうですね。じゃあ宗治さんの奢りで」
「なっ!?」
「男性が女性に食事を奢るのは当然でしょ?」
「うっ…分かりましたよ…」
キャアアアア!!
会計を済ましていると突然、外から悲鳴が聞こえた
「何だ…?」
隣で待っていたセシリアと一緒に、店の外に出ると
そこには子供に拳銃を突き付けて人質に取った覆面の男がおり
周囲を人々が逃げ惑う中、一人の白人男性――リックが男に話し掛け、人質を解放するよう交渉していた
「大変…!」
「…」
すかさず、ジャケットの内側――拳銃に手を伸ばす
覆面の男は叫んでいる言葉の訛りから直に中国人だと分かった
要求は簡単に言えばショッピングモールの取り潰し
恐らく、今まで付近で外国人相手に商売をしていた人間なのだろう
このショッピングモールが出来たせいで客が居なくなり、商売をやって行けなくなったということだ
商売人である以上、店が潰れる事態も想定しておけというものではあるのだが…
「落ち着いて、まずはその子に突き付けている銃を降ろすんだ」
「うるせー!こちとら何十年もここで商売やって来たんだ!それをいきなり客を奪われて、生活に困ってるんだよ!!」
「兎に角、だ。まずは落ち着いて、銃を降ろして、俺の話を聞いてくれ。な?」
「銃は降ろさねえぞ…降ろしたら最後、警備部隊に取り押さえられるからな。だが、話ぐらいなら聞いてやる。言ってみろ」
「よし。いいか?その子はまだ幼い、未来がある。しかし、お前は今その芽を摘み取ろうとしている。分かるな?」
「おう。俺も馬鹿じゃあねえ」
「うん、分かってくれたか。それでだ、俺はもう中年に差し掛かってる。職業も不安定な仕事で、未来はもう無い。いいな?」
「おう」
「そこでだ。その子を開放して、私を代わりに人質にしろ…!何時散ってもおかしくない命だ。死ぬなら人のために、だ」
「ふむ…よーし分かった、今からこのガキを放すから、お前はゆっくりこっちに歩いて来い。
妙なマネしたらコイツをガキにぶっ放すからな」
「ああ、妙なマネはしないよ。約束する」
リックが男と交渉し、子供が開放され、人質が入れ替わることになった
新たな人質はリック=ハロルドだ
「…!」
人質の交代が完了し、男がリックを片手でホールドし、こめかみに拳銃を突き付けると
リックの目が、ジャケット裏に手を伸ばした宗治に向かい
目で「撃て」と合図して来た――すかさず、宗治が拳銃を引き抜き
迅速かつ正確な射撃で男の腕、腿を撃ち抜くと
男が拳銃を落として崩れ落ちる
そして、ホールドが解けたリックが拳銃を拾い上げ、男に突き付けた
「てめぇ…!」
「人質を取って何かを要求するのは重いことだぞ。次からはもっと方法を考えるんだな」
やがて、警備員が駆けつけ、男は連行
宗治とリックはその場でちょっとした事情聴取を受けたが
レイヴンとレイヴン絡みの職業だと分かると直に開放してくれた
「助かったよ。リック=ハロルドという、よろしく頼むよ」
「…ノートゥング、レイヴンネームですが、よろしく。何故…あの時、僕が拳銃を持っていると?」
「リサーチャーをやってるもんでね、君みたいに上着の裏から拳銃を取り出す人間は
大勢知っているんだよ。全員、例外無く叩きのめしてやったけどね」
「そうですか…まぁ、合図されなかったら頭を撃ち抜いてましたけどね」
「ハハハ、それをやったらレイヴンといえど、流石に捕まってしまうよ?」
「ですよね。流石リサーチャーだ、レイヴンの事情をよく知ってる」
「ただのおっさんじゃ無いからな…そちらの彼女は恋人かい?」
「えっ…いや、オペレーターの人です」
「セシリア=芝村です。よろしく」
「オペレーターか。こんな可愛らしい女性がオペレーターとは、君は随分と運がいいんだな」
「アハハ…」
レイヴン:ノートゥングに関するまとめ
執筆者:リック=ハロルド
接触前は、ネロの首を狙う復讐者というイメージが非常に強かったが
実際に接触すると普通の青年だという事が分かった
オペレーターに好意を抱いてはいるが、それを表には出さないようにしているといった一面も
ただ、他のレイヴンの話になってくると雰囲気は硬く、冷たくなって行き
話題に度々出てくるネロに対し、異常なまでの憎悪を示した
彼とネロを合わせるには、SPが何人も必要なようだ
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