「第一話 出会い」(2009/05/09 (土) 16:30:56) の最新版変更点
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「あぁ、負けた負けた」
アリーナの控えガレージで男は呟く。
この言葉を彼が呟いたのは何度目だろうか。
彼はレイヴンになってから幾度となくこの言葉を呟いてきた。
彼の名前は、バジル。
レイヴンとなってからすでに5年。
未だにビギナーアリーナの中位をさまよっている。
もう何人もの後輩レイヴンに追い抜かれて行った。
典型的なダメレイヴンである。
バジルもこの五年間だらだらと過ごしてきたわけではない。
努力をかさね、ミッションではそこそこの実績がある。
なかなかでも、護衛ミッションではかなりの成功率を誇っている。
しかし、どうしてもアリーナで勝て無いのである。
アリーナでACと相対すると実力を発揮できないのである。
それが何故なのかバジル自身にも分からないし、
彼をよく知る人々にとっても、大きな謎であった。
いくらミッションでよい実績があると言っても
所詮ビギナーアリーナではそれほど大きな依頼が来るわけでもない。
そのため年を重ねるごとに、依頼は減っていき、
そろそろレイヴン廃業という言葉が具体的になっていた。
そんなバジルは本日、記録的な13連敗をきっした。
本気で今後の身の振り方を考えなければいけないような状況になった。
そのような状況で浮かれるわけにもいかず、バジルは重い足取りでガレージを後にした。
ガレージから出口へと続く長くて暗い通路。
バジルは何度陰鬱な気持ちで通っただろうか。
<故郷にかえって家業の蜜柑栽培を継ごうか>
そんな事を考えながらバジルは歩いていた。
そのとき、何処からか何かの鳴き声が聞こえてきた。
「ん?なんの鳴き声だ」
そう声に出しながら、バジルは周りを見渡す。
もうすぐアリーナの外だというところで回りには誰にいない。
「そとか?」
そう思い、バジルは外にでる。
アリーナの裏出口、ここは栄光を掴みそこねた者が通る道。
敗者にはお似合いのすさんだ空気が漂っている。
バジルは周りを見渡すが声の主はなかなか見つからない。
バジルがふと、足元をみるとそこには大きなねこが立っていた。
『にゃぅ』
「おまえか、さっきから鳴いてたのは?」
『にゃぁ』
「そうか、おまえか。それにしてもこんなところで何してる?ねこなんて久しぶりに見たぞ」
『にゃーむ、にゃ』
「なんだ、お前腹へってるのか?そうか、俺もちょうど飯食おうとしたところだ。
おごってやるよ。ついてきな」
『にゃー』
こうしてバジルはねこと会話を終わると大通りに向けて歩き始めた。
その後ろを先ほどのねこが器用についてくる。
こう見えて、バジルは動物は嫌いではない。
むしろ大好きである。故郷にいた頃はたくさんの犬とねこに囲まれて生活していたものだ。
アリーナからそれほど遠くない一軒のバー。
バジルはアリーナの試合のあとは、勝っても負けてもここで食事を取る事にしている。
バーの扉をいつもの様に開ける。
そして後ろのねこは閉まってくる扉をスルリとよけて店内にはいる。
「よー、バジル。今日も負けたのか」
その店のおやじが、ガハハと笑いながらいう。
「うるせーよ、おやじ。いつものチーズバーガーとラムコークを」
「あいよ」
この店はバーとは名うっているが、酒も出せば飯も出す。
安くて量が多い事がこの店の売りであった。
アリーナの裏出口からも近い事から、金の無い沢山のレイヴン達の腹を満たしてきた。
ビギナーアリーナ時代にこの店に通いつめたトップランカーも多く、
アリーナの頂点に立つ彼らも時々この店に通うほどである。
バジルがいつもの席に座ろうとすると、
「おい、バジル。おまいさんの後ろにいるのはなんだ?」
「んー、あー。アリーナの出口で見つけたんだ。
腹が減ってそうだからつれてきた。こいつにも何かやってくれ」
「ほー、ねこねぇ。めずらしいな。
それにしてもお前はお人よしだなぁ。もっと自分の事も考えられんのか」
「大きなお世話だよ」
バジルはブスっとして黙り込む。
その間に、バジルの後をついてきたねこはバジルの向かいのいすに飛びのった。
すぐに注文した品はやってきた。
バジルの前にはチーズバーガーとラムコーク。
ねこの前にはミルクに浸したパン耳が出された。
「おやじ、ねこってこんなもの食べれるのか?」
「しらねーが、うちにあるものじゃこれくらいしか出来ねーぞ」
「しかたないなぁ」
『にゃーにゃー』
バジルとおやじが言い争ってる間にねこはうまそうにパン耳をがっつく。
「ほらみろ。美味そうに食ってるじゃねーか」
おやじはそういうと厨房へと引っ込んだ。
「腹が減ってただけだよなー」
『にゃうにゅ』
いちいち反応するねこの頭をなでながら、ゆっくり食べなよとバジルは呟く。
そしてバジルは自分の飯を食い始めた。
バジルがチーズバーガーを食い終わり、ねこがパン耳を食い終わり、
バジルは煙草をふかす。ねこは毛繕いをはじめた。
「そういやおまえ。名前はあるのか?うん?」
『にゃー』
そういうとねこは首を精一杯伸ばして、バジルに首輪を見せる。
その古い首輪には銀のプレートがついていた。
「うーんと、シ・・ェルー?シェルーか」
『にゃ』
「そうかいい名前だな」
そういってバジルは頭をなでてやる。
そしてテーブルに代金を置き、バジルは立ち上がる。
「ごちそうさん」
厨房にいるおやじに声をかけて店を出る。
「おう、バジル。今度は頑張れよ」
「あいよー」とバジルはいつものように片手を上げる。
店から出るとバジルは、しゃがみこみシェルーの顔を見る。
「どうするシェルー?行くところはあるのか?」
『にゃぅぅ』
「なんなら、うち来るか?」
『にゃ!』
シェルーの声を聞くとバジルは歩きはじめる。
そしてシェルーはバジルの後ろをまたついていく。
バジルの自宅は小さなAC用のガレージつきのアパートである。
ガレージの他にはキッチンとトイレバスとベッドルームがあるだけである。
今日はアリーナがあったため現在バジルのACフィーフェはアリーナに保管されている。
そのためガランとしたガレージを早足でぬけ、ベッドルームに向かう。
その部屋には小さなベッドとコンピュータが一台あるだけだった。
バジルは部屋にはいるとコンピュータを起動させる。
企業からの依頼が来ていないかチェックするためである。
バジルがチェックしている間にシェルーはベッドで丸くなる。
当然というか、いつも通りというか依頼は一つも来てなかった。
「仕方ない。今日はもう寝よう」
そういうとライトを消し、シェルーが丸まっているベッドにもぐりこむ。
そしてシェルーを抱きながら眠りに落ちていく。
夢の国へ向かうおぼろげな意識のなかでバジルは気付く。
-どうして、おれ。このねこを探したんだろう-
-どうして、家に連れてきたんだろう-
そんなことがバジルの中によぎっていくがきっとバジルは覚えていないだろう。
こうしてバジルとねこは出合った。
だがバジルはまだ知らない。
ねこがなぜバジルの前に現れたのか。
そして首輪の下にコネクタがある事を。
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