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-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 時は数刻遡る。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 地球政府より下ったネスト抹殺の任務を引き受けるため、依頼人との会合を済ませたフェイがキリマンジャロの基地に戻った時には、全てのスタッフが退去を済ませた後だった。事務室は電気を落とされ、住居区には主に置いていかれた家具だけが置かれており、綺麗に整理されて機材の撤収されたガレージには、いつも慌しく駆け回っているスタッフの姿は見られず、ウィンを初めとする職人たちのだみ声も聞こえなかった。ただ、乾いた空気に漂う油の臭いだけに喧騒の余韻を感じられた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 三機のACを保管できるハンガーからサムのアナザーワンが姿を消し、また常に投げ出されている工具や機体のパーツが撤去されているので、ひどく見晴らしが良くなっていて、見慣れた敷地とは別物に思えるほど広く感じられた。ふと屋根を見上げると天井が異常に高く、頭がくらくらして倒れそうになるほどだった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「こんなに広かったのか」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- などと呟きながら、フェイは目当ての地へ足を運ぶ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ガレージの一端、10m四方に区切られたスペースには、彼が目にしたことのないACが聳え立っていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 人を模した二本の脚や、鮮やかな蒼をベースに各所に純白のアクセントを加えるカラーリングにこそブルーバードの名残を残しているが、シルフィはおろかフェイの知るどんなACとも異なる小柄な四肢の基礎フレームが、それがコンコードが規定する標準規格のACとは一線を画す何者かであることを証明していた。強度に不安を覚えさせる細身の骨格は、しかしパーツの接続部や関節と言った稼動部分を除いてくまなく全身を覆った装甲板によって補強され、そのため重量二足型のACに近い頑強な外観を取っていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 明らかにブルーバードとは異なる機体であるが、フェイはそれが紛れもなくブルーバードであると一目で理解できた。何故なら、蒼い機体の足元に一人の影を見出したからである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「遅かったじゃない」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- すらりとしたシルエットは女性のそれだった。迷彩柄のジーンズに黒いランニングシャツといういつも通りのラフな服装に、背中の中ほどまで伸ばされ、扇状に柔らかく広がった黒髪がミスマッチし、奇妙なたおやかさを演出している。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「こんな状況で焦ったら負けだろ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 彼女は機体に預けていた背中を浮かせ、そのままつかつかとフェイの前まで歩み寄った。そして彼の胸をぽん、と軽くゲンコツで叩き、</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「十分、間に合ったよ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- と言って笑った。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「一度アンタとミーティングしてみたかったんだ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- フェイは頷きながら胸元に置かれた彼女の手を取り、下ろした。爪の先は油で汚れ、ひびが入るほど痛んでいながら、それでもなお白く細い指に女性らしさを保つ不思議な手は、まさしくアイラの右手だった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そう、そこにいたのは紛れも無くアイラ・ルークスカイで、だからこそ蒼い機体はブルーバードに違いなかった。例え誰一人として人影が見えなくなったとしても、あらゆる機材が撤去され空っぽの一室になったとしても、彼女がそこにいる限り、ガレージからチームの面影は色褪せたりしない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラに聞かされるまでもなく、フェイは彼女の正体に薄々勘付いていたし、アリスの計画も察しがついていた。だからチームの面々がガレージを去らなければならない理由にも、すぐに思い当たった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アリスは何が何でも私に言うことを聞かせたがる」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ジャスティスを起動するにはアイラの協力が不可欠だ。だが、どんな手段を使ってでも計画を成功させなければいけないアリスに、自由の化身である彼女に選択権を委ねるなど出来ないだろう。あらゆる材料を用意して取引を強要してくるはずだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だからアイラは先手を打ち、自らの一番大切なものをアリスの手が届かないところまで逃がしたのだ。すなわち、チーム・ルークスカイの仲間たちを。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「それで」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 紙コップに注いだ琥珀色のコーヒーを口に運びながら、圧力をかけないよう注意しながら、フェイは尋ねる。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「お前は、ジャスティスを使うのか?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- まるで疑うように問い詰めたことが情けなくて、フェイは思わず目を逸らして俯く。沸き起こってきた自己嫌悪の念は、コーヒーの後味を忘れさせるほどに苦々しかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 確かにはっきりと答えて貰わなければならないことだった。取引の材料を奪うことで、アリスが仕掛けてくるであろう脅迫を退けることは出来ただろうが、それだけでは何も解決したことにならない。ネストを滅ぼさない限り、アリスの執念は鎮まることを知らず、また第二、第三の手を講じてジャスティスに手を掛けようとするだろう。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- つまり、フェイはこう問い詰めたわけだ。「ジャスティスの他にネストを倒す手があるのか?」と。それは暗に、考えなしに要請を拒否するだけなら只の我が侭だ、と非難する意味を含んでいる。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは何も悪くないのに。ただ、一人の男の妄執に振り回されているだけなのに。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 触れたくない、でも追求せざるをえない、そんな思考の袋小路を前に、フェイは改めて彼女が背負ってきた宿命の重みを実感する。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラはすぐに答えなかった。待っていたのだ。フェイが落ち着きを取り戻し、もう一度その目を向けてくれるまで。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- フェイが恐る恐る視線を上げ、二人の目線が交錯した時、彼女はぽつりと呟くように答えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「私は、このチームが好きだから」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- その表情には何の色も浮かんでいなかった。彼女の顔色を伺うことを生業としているフェイですら、それは初めて目にする素顔であった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラはいつも何らかの感情を表現していた。全てを見透かしているような不敵な笑みであったり、自由を誇示する激しい怒りであったり、人間らしさに興じる無邪気な喜びであったり…どんな時でも紋切り型の意志表示を見せながら、その裏に誰も予想のできないような策略や想いを秘めていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だから、感情という仮面を外した今のアイラが発する言葉は、嘘偽りのない彼女の真意に他ならなかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「好きになっちゃったから。だからジャスティスは使わない」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラはきっぱりと言い切った。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- もしジャスティスを使えば、ロストフィールドもろともネストをこの地球から消滅させることは可能だろう。だが、歴史から抹殺された兵器に手を出した者を政府が放っておくはずがない。実行犯のアイラや責任者のアリスは彼らに追われる立場となり、例え命を奪われないにしても自由な活動など許されない身となるだろう。そうなれば、チームは解散を迎え二度と結成されない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それは、アイラにとって絶対に選べない選択だった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「ジャスティスを使わずに、私はネストと戦う」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラに残された道は他に残されていなかった。今、一時的に解散されたチームを再び結集させ、今まで通りの生活を取り戻すには、ジャスティスを使わず、且つアリスの目的を達成させてやるしかない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「そのために私はコイツを作った」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは詰め所の外に立つ、蒼い機体を見上げながら言う。『旧世代の亡霊』のデータを流用し、チームが総力をあげて組み上げたAC。これが彼女の切り札だった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「勝てるのか?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 話が現実的な戦況判断になると、アイラの顔には表情が戻り、明後日の方向を見つつ手元ではフェイの淹れたコーヒーと缶コーヒーを混ぜ合わせながら考える素振りを見せるといういつもの姿を披露した。そんな彼女にフェイは安心を抱きつつも残念な気分に陥るという、不思議な矛盾を覚えるのであった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「無理だね」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 出来上がったコーヒーカクテルのひどい味に顔をしかめながら、アイラは断言した。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「あれで勝てるならアリスがもうやっている」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 計算通りに蒼いACが稼動すれば『旧世代の亡霊』を上回る戦闘力を発揮するはずだが、所詮は単体のACである。ロストフィールドに眠る数十、数百のナインボールを相手に立ち向かえる道理がない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そうした現実的な戦況の予測に加えて、アイラが言い切ったのはアリス・シュルフという人間が持つ執念の深さをよく理解しているためである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「あいつほどネストと向き合ってきた奴はいない。あれが勝てないって言うなら、誰も勝てないんだよ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは彼の強さを認めていた。いや、否定できるはずもなかった。何しろ彼女という存在自体が、そうした妄執の産物と言って過言ではないのだから。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「だから、さ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 彼女は毒々しい中身の入ったカップをテーブルに置き、立ち上がった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「あいつがどうしてもジャスティスを使うって言うなら、それもいいかなって思ってる。私は嫌だけど、あいつのやってきたことをふいにしたくない」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 彼女は外を向いていたので、フェイの座っている位置からは表情を確認することが出来なかった。だが、検める必要もなくアイラが今どのような顔をしているのか、彼には見当がついていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- きっと、人形のように整った風貌を強調するように無表情なのだろう。彼女がアリスを敬う気持ちは、おそらく本物だろうから。ジャスティスなど使いたくない。だが、使わせてやりたい。人一倍聡明な頭脳を持ちながら、そんな矛盾を口にせざるを得ないほどに。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「私はただ、その必要がなくても済むならって。そう、何とかしてやりたいんだ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- キリマンジャロ基地の地下十階、第一会議室でアイラの意向を知ったアリスは、驚愕に押されて後ずさり、やがて膝から崩れ落ちた。両腕はだらんと下がり、フェイに突きつけていた銃口も地面を向いている。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「馬鹿な!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは真っ青な顔で、声を震わせながら疑問を漏らした。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「話が無茶苦茶だ! ジャスティスを使いたくないならば私にその起動装置を渡すなど矛盾しているではないか。スタッフをいったん退避させた上で私を始末し、後はネストなど無視して活動を続ければ、それで解決ではないか!!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そしてぎっ、とフェイの目を睨みつけて叫ぶ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アイラがそれに気付かないはずがない! 違うか!? フェイ・ウーシャン!!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 答えを訴える姿は、まるで救いを求めて手を突き出す亡者のようだった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- フェイは静かに彼の目を見つめながら、アイラから託された答えを告げる。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アイラはきっと、貴方を殺せません。自分がジャスティスを使わない自由を勝ち取ったように、貴方からジャスティスを使う自由を奪いたくない。そう思うはずです」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それがアリスへの止めとなった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは知っていた。アイラは、ルークスカイは、己の自由を求め続け、同じように誰かの自由を守り続ける。時に相反する二つの自由を、それでも共に抱えようと、もがき、足掻き、羽ばたくことをやめない。それが、レイヴンとして生まれ育ってしまった者の背負う、どうしようもない性なのだと、アイラと、そしてセッツの生き様を目の当たりにしてきた彼は、確かに知っていたはずなのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは理解してしまった。アイラは確固たる意志を持って死地へと向かったことを。そう、誰にも侵すことの出来ない、自由意志の下に。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「だが」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だが、</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「だからと言って私が涙を流し計画を諦めるとでも思うのか!?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ようやく掴んだ人生の終着点を放り投げるほど、彼の執着は薄くない。テーブルを掴み、力ずくて体を支えると、ひったくるようにスカイウォーカーを手に取り蓋を開けた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 筆箱程度の小さなディスプレイにはプログラムの文字が羅列されており、最後の一行で起動の承認を求められていた。アリスの人差し指がyキーを押した瞬間にジャスティスから発射されたエネルギーがロストフィールドを焼き尽くし、全てが終わる。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスの求め続けた結末が、まさにそこにあった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アイラなど、ルークスカイなど、私にとって手段に過ぎない! ネストを倒すために必要だったから、都合が良かったから、利用していただけなんだよ!!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 彼はなおも声を張り上げる。悲願の達成を迎え入れるために。躊躇いという最後の抵抗を振り払うために。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「そんな難しい話じゃないでしょう!?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- しかしアリスの高揚を切り裂くように、フェイのあげた声が第一会議室に響いた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アイラは最後に足掻かせてほしいだけだ! 戦って、負けたら、ジャスティスを使うのはそれからでもいいじゃないか!!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「何もしない奴が偉そうな口を聞くな!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- するとアリスも叫ぶ。ありったけの声量を持って、本心を、計画と目的に雁字搦めとされた魂を言葉に乗せて。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「私に渡せばこうなるのはわかっていたはずだ! アイラが決死の覚悟で最後の抵抗を図っていると知りながら、どうして言われるままに従ったのだ!? 所詮お前は部外者だ、仕事のパートナーというだけの関係だ! だから本当はアイラが生きようが死のうがどうでも良いのだろう!? 違うと言うならば、どうしてアイラを行かせたのだ!? たった一人でネストに勝てるはずがない、確実に死ぬ道を、どうして進ませた!? お前は、アイラを死なせたいのか!?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 言葉が、心を縛る鎖を断つ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「私は…」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 複雑に絡み合ったしがらみから解き放たれ、後に残るは彼の抱える本当の答え。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「死なせたくない」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 人はそれを真心と呼ぶ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは手にした銃を床に叩きつけると、すかさずスーツの裏地に隠していたポケットから一台のコンピュータを取り出した。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- スカイウォーカーと酷似している黒いそれは、アリスがスカイウォーカーを元に組み上げた模倣品で、ファンタズマのような無二のソフトこそ持ち合わせていないものの、同等のハッキングツールを備え、同機の特殊性をほぼ再現していた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 彼はそれを起動させると、脇で眺めるフェイなど見向きもせず、ただがむしゃらにキーを叩き情報を何処かに転送していた。その横顔は赤く火照っており、先ほどまでの死人の容姿から蘇ったかのような印象を与えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 音を立ててリターンキーを叩いたところで通信は終了し、アリスは大きく息を吐いた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「こいつはスカイウォーカーのコピーだ。オリジナルと同じように単独でネットワークへの侵入を可能とし、ACと接続することも出来る。そして」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは閉じていた目を開く。フェイに向けて大声で叫んだ際、興奮で流れた涙が電灯の光を反射して煌いていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「今、接続している相手はネストのナインボールだ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- フェイは答えなかった。アリスはそれを気にかけることもなく告白を続ける。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「ネストは完結したネットワークを備えていて、外部からの接触は断たれている。だが、スカイウォーカーのように単独で接続の可能なツールを使えば通信は可能だ。私は、これを使ってあいつらを操ってきた」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 例えば、ナインボールを上回る戦力を持ったACを開発している場所を教え、襲撃させるように誘導した。プログテック本社の崩壊は彼が招いたのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「ネストの行動基準自体は単純だからな。意のままにとは言わないまでも、こちらに都合の良いよう情報に制限をかければ、味方につけることは難しくない」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスはそこまで話すと、曲がっていた背を伸ばし、皺のついた服を払いながら立ち上がると、フェイに向かってこう指示する。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「スカイウォーカーを使えばアイラと直接通信できるはずだ。伝えてくれ、ネストに偽の情報を流した。間もなくナインボールが出払うはずだから、指定した時刻に」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『あいつら、もう出撃しているよ。念のため、五分待ってから突入する』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- が、言い終わるより先に、スカイウォーカーから流れてきた声がアリスを遮った。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「なっ!?」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 思わず絶句するアリス。驚きあまり、勢い込んで身体を乗り出しスカイウォーカーを覗き込むと、先ほどまでプログラムが羅列されていたディスプレイの一面には、ACのコックピットと缶コーヒーを唇で挟んだアイラの姿が映し出されていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『協力に感謝する、ってね。フェイもご苦労様』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「どういたしまして…二度とやらないぞ、こんな仕事。本当に殺されると思った」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『黙っていれば良かったのに』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「そのつもりだったけど、いざってなると見過ごせなかった」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『あっそ』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- いつも通り、本当に日常的な流れで会話のキャッチボールが行われる。しかしアイラはともかく、フェイにとってそれは精一杯の強がりなのだろう。スカイウォーカーに搭載されたカメラに映る上半身こそしっかりと構えているものの、テーブルの陰に隠れた両足が小刻みに震えて止まないのを、アリスは捉えていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「乗せられたわけか」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 二人のやり取りから、アリスは自分が策にはめられたことを自覚した。いや、それは策などと上等な名前で呼ぶには希望的観測に過ぎる妄想だ。彼が口にした言葉通り、アイラ諸共ジャスティスでロストフィールドを消し去る道を選んでいたら、全ては無駄なあがきに終わっていたのだから。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラと言えど、ネストの圧倒的な戦力を前にして一人で対抗できるはずがない。そもそも彼女の力量はナインボール三機分と先日実証されたばかりである。しかしネストの中枢に辿り着くには百機に及ぶナインボールを掻い潜らねばならない。そのためには敵を誘導する協力者の存在が不可欠であり、それが可能な唯一の人間がアリスだった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- かくしてアリスを出し抜くためにアリスの協力を仰ぐという矛盾がアイラの前に立ちはだかった。彼女はそれを破るために、自らの命を差し出したのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスがあくまでネストの打倒を優先し、ジャスティスを発射すれば彼女諸共何もかもが塵に帰る。だが、彼がアイラの命を惜しめば、心血を注ぎ育て上げてきた娘に対してわずかでも愛情が生きていれば、彼女がネストを破るわずかな可能性に賭け、発射を思いとどまる可能性は残されていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それはアリスの中の人間性に賭ける行為であり、彼自身にとってはアイラと共に生きてきた二十年余りの人生が試される瞬間でもあった。そして、アリスはアイラを見捨てることが出来なかった。彼が戦い抜いた二十年は、ネストが与えた絶望と復讐心に勝ったのである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「いいだろう」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスはスカイウォーカーの前に立ち、画面に映るアイラと目を合わせた。いつからか対立することになっていたにも関わらず、彼女が嫌な顔をしなかったことが彼には嬉しかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「こうなったらとことん協力しよう。突入したら内部構造をスカイウォーカーに送り続けてくれ。こっちはナインボールの動きを随時報告する」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 仮にアイラがロストフィールドを去れば、アリスは即座にジャスティスを発射する。だから彼女は決着がつくまで決して退かないだろう。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だとすれば、アリスに出来るのはその背中を押して可能な限りの支援を送ることだけだった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『了解。久々のオペレーティング、任せた』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは軽快に答える。その揚々とした態度に不安はない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だが、</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アイラ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それでもアリスは聞かずにはいられなかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「本当に良いのか? どんなに上手くナインボールを避けたとしても、衝突は避けられないし、たぶん最深部はアレが守っている。勝ち目はゼロに等しいぞ」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『冗談っ!』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- しかしアイラはそれを鼻で笑い飛ばした。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『アンタがこうして味方してくれることの方がよっぽど考えられなかった』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 明朗と、</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『フェイが命賭けで私を助けてくれるなんて思っていなかった』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 力強く、</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『あとは私がやってやる』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは宣言する。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『今の私なら、何だって出来る。これだけの奇跡が起きた、今だったら』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 事実。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスはこの場でジャスティスを撃ち込んで然るべきだった。彼にはそれだけの理由と執念がある。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- フェイはチームを見限ってガレージから立ち去るべきだった。彼はたまたま派遣されてきただけの部外者に過ぎず、命を賭ける義理など持ち合わせていない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それを覆し、決して立つことのならなかった舞台へとアイラを送り出したのは、この上なく曖昧で不確実な人の気持ちが成した業である。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは既に絶望的な確率を潜り抜け、奇跡を起こしている。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- あとは彼女自身が、その手で決着をつけるのみ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- シルフィの行く手を赤いACが遮った。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「ターゲット、補足」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 抑揚のない機械的な声で事務的な報告を行いつつ、右手に握ったパルスガンの照準を合わせる姿には迷いも躊躇いも闘志や殺意すら、人間味というものがまるで感じられなかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それはまさしくナインボールの姿だった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- シルフィは真っ直ぐにナインボールに向かって加速する。相手に見せ付けるように右手のライフルを下ろし、前身の機体から引き継いだ左手のムーンライトを構えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ナインボールは逃げない。狙っていたパルスガンの射撃を中断し、左肩に担いだグレネード砲による迎撃へと移行する。パルスガンでは破壊力に欠け、突進してくるACに致命傷を与えられない可能性がある。敵に回避するつもりがないのならば、可能な限り強力な攻撃を見舞うのが最も合理的な判断と言えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だからナインボールは皆、一様に同じ対応をする。その合理性がアイラに付け込む隙を与えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- シルフィの背中に青白い光が灯ると、ワンテンポ遅れて基地内を揺るがす爆音がナインボールの機体に響いた。それと同時に、いや音速を超えて、シルフィの身体がナインボールに衝突した。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- それでもシルフィは止まらない。なおも前進をやめない同機の出力に押され、まるで人間同士ががぶり四つに組み合った格好のまま、ナインボールは後方の壁に押し付けられた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- AC戦にはありえない展開を前にしてナインボールの対応が遅れる。機械であるが故に最も効率的な判断を常に下すことが可能な反面、思考ルーチンに存在しないパターンに対しては処理の遅れてしまうことがナインボールの欠点であった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そう、ナインボールの持つ常識ではACがACを圧倒するほどの出力を発揮するなどありえない。OBが開発されたのはネストが歴史から姿を消した後で、ナインボールの理解の外なのである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 要は、ナインボールはOBに対応する術を持っていないのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 自機をはるかに上回る馬力で壁に押し込まれ、赤い装甲が軋みをあげる。一方、最新の技術で加工されたシルフィの装甲板はびくともしなかった。両者の強度の差は、この二十年で人類が歩んだ進化そのものと言えた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ようやっとナインボールがブレードで目の前の敵を払うことに思い至った時には手遅れだった。シルフィが生み出したムーンライトの刃はナインボールのコアを貫き、これを行動不能へと追い遣ったのである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- もう何機目とも知れぬナインボールを撃退したアイラは、休むことなくその足を進める。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 何しろここは敵の根城だ。アリスがいくら無数の偽報を送り霍乱しても、現場で戦闘が起きればこちらの位置を悟られてしまう。早急に場所を移し、姿を隠す必要があった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- ロストフィールドは地中に埋まった円柱状の塔となっていた。中央部にはACすら搭乗できる輸送用エレベータが設置され、地上との出入口となっている。ネストの中枢であるメインコンピューターは最深部に据え置かれており、向かうにはこのエレベータを使う他にないのだが、こちらの存在がバレている以上、自ら袋小路に追い込まれるような真似は出来ない。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- シルフィは通気口と思われる小道に入り(シリーズに共通する横道だけどACが通れる横道ってどんなんだろう?)、レーダーを確認する。スクリーンには敵の存在を意味する赤い光がうようよと集まってきて、シルフィを包囲しようとしていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「アリス、あいつらをエレベータに誘導して」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラはガレージのアリスに指示を送る。中枢に向かうアイラがエレベータを使うのは自然な行動で、相手も無視できないだろう。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『了解。だが、どうするつもりだ? さすがにもうかわしきれない』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスの問いには答えず、アイラは操作用のパネルを動かして、ここまで記録してきたロストフィールドのマップをスクリーンに映す。はっきりと構造がわかるのは実際に通ってきた道筋だけではあるが、エレベータの場所が判明している以上、その真下にある中枢との位置関係は把握出来た。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラはムーンライトを展開する。そして、OBの光と同じ青白い刃をコンクリート作りの床に突き刺した。高温のエネルギーは岩をも溶かす。刃を振るうごとに地面は抉れ、鉄筋が剥きだしになったところをシルフィのライフルが撃ち抜くと、同機の周囲数mが崩れ落ちた。基地内は階層構造を取っているので、上下をし切る天上および床はさほど厚みを持っておらず、ACならば容易に切り崩せたのである。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「このまま中枢まで掘り進む」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- とても侵入者とは思えない乱暴な手口にアリスと、その隣にいるフェイまでもがあんぐりと口を開ける。だが、それはネストに取っても同じことだろう。常識以外の発想に対応できない性を持つ彼らに、この行動は予想できないはずだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 現に、床を崩すほどの爆音が生じたにも関わらず赤い点はなおもエレベータを周回しており、偵察の一機すら遣そうとしない。彼らにとって予測のつかない事態は存在しないも同然なのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『こんなことが…』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アリスは言葉を失くす。難攻不落と思われたロストフィールドが、このような幼稚な方法で無力化されるとは、人間の常識では考えられるはずもなかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「ま、中枢は気付いているだろうから、このまま終わるわけないだろうけど」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは言う。目の前のトラブルに対応できないのは尖兵だけの話である。彼らを統括する中枢のコンピュータは、基地の隅で起きている異変を当然察知しているだろう。ただ、一番確実で手っ取り早い全ての兵力を差し向けるという行動に、機械の思考では大胆に過ぎる策と判断され、思い至らないだけなのだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 指示なくしては行動を変えられない前線の兵と、確実性を優先する余り金縛りにあう司令塔。皮肉なことに、それはまさしく優秀な部隊ならではの人間が持つ特徴と合致していた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- その後も数機のナインボールを全く同じ手順で退けながら、真っ直ぐにアイラは中枢へと向かう。不気味なほど事は順調に進んでいると言って良い。侵入にあたってアイラの用意した奇策は両の指の数を上回るが、最も単純な手で理想的な戦果をあげることが出来ていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- だが、彼女は同時に気付いている。追い込まれている相手が正攻法をやめないと言うことは、戦況をひっくり返す手札が存在していることを意味すると。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そして彼女は知っている。かつてセッツ・ルークスカイを最も追い詰め、アリスを恐れさせた禍々しい凶器を、ネストが備えていることを。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 読者方は見たはずだ。ナインボールを破るべく設計された『旧世代の亡霊』たちが、成す術もなく無残に打ち捨てられていく惨状を。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 天使の名を持つ赤い悪魔、ナインボール・セラフの存在を。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 十数回目となる掘削を完了させてシルフィが下の階層へと降りると、そこには1km四方にも及ぶ広大な空間が広がっていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 明かりの類は見当たらなかったが、床や壁面を縦横無尽に走るケーブルが薄緑色に発光していたため視界の確保には困らない。ACのカメラを回し、周囲を見渡すと半球型に切り取られた天井を持つ、ちょうどアイザック・シティのアリーナに近い形状を取った部屋であることがわかった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そう、そこはアリーナと同じ用途を持った、AC同士が戦うために作られた一室だった。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 戦士の名は、片やブルーバード・シルフィ。ナインブレイカーの宿命を背負わされた少女の駆る、新機軸のACだ。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- そしてシルフィの相手は部屋の中央で仁王立ちの構えを取り、排除すべき宿敵の到来を待っていた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『戦闘モード起動』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 規格通りのコンピュータが発する報告と共に、くすんだ両目に紅い光が灯る。背中に負った巨大な翼から熱風が吹き出し、動力の起動音が空気の振動を通してアイラの身体に響いて聞こえた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「上等じゃん」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- アイラは体をシートに固定していたベルトを外し、全身を持って機体を操作する、戦闘態勢に入る。咄嗟の反応が出来るよう操縦桿を両手で握ったまま、空いた左足を使ってOBを促すレバーを上げた。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- シルフィのジェネレータが回転速度を上げ、セラフの起動音をもかき消す甲高いノイズが場に響き渡る。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-「決着つけようか、ナインボール・セラフ!」</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 青白い爆炎を上げ、ブルーバード・シルフィが飛翔する。</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
-『敵AC確認、排除する』</span></p>
-<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- </span></p>
-<p align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">
- 黒い翼を広げ、ナインボール・セラフは迎え撃つ。</span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 時は数刻遡る。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 地球政府より下ったネスト抹殺の任務を引き受けるため、依頼人との会合を済ませたフェイがキリマンジャロの基地に戻った時には、全てのスタッフが退去を済ませた後だった。事務室は電気を落とされ、住居区には主に置いていかれた家具だけが置かれており、綺麗に整理されて機材の撤収されたガレージには、いつも慌しく駆け回っているスタッフの姿は見られず、ウィンを初めとする職人たちのだみ声も聞こえなかった。ただ、乾いた空気に漂う油の臭いだけに喧騒の余韻を感じられた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 三機のACを保管できるハンガーからサムのアナザーワンが姿を消し、また常に投げ出されている工具や機体のパーツが撤去されているので、ひどく見晴らしが良くなっていて、見慣れた敷地とは別物に思えるほど広く感じられた。ふと屋根を見上げると天井が異常に高く、頭がくらくらして倒れそうになるほどだった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「こんなに広かったのか」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> などと呟きながら、フェイは目当ての地へ足を運ぶ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ガレージの一端、10m四方に区切られたスペースには、彼が目にしたことのないACが聳え立っていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 人を模した二本の脚や、鮮やかな蒼をベースに各所に純白のアクセントを加えるカラーリングにこそブルーバードの名残を残しているが、シルフィはおろかフェイの知るどんなACとも異なる小柄な四肢の基礎フレームが、それがコンコードが規定する標準規格のACとは一線を画す何者かであることを証明していた。強度に不安を覚えさせる細身の骨格は、しかしパーツの接続部や関節と言った稼動部分を除いてくまなく全身を覆った装甲板によって補強され、そのため重量二足型のACに近い頑強な外観を取っていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 明らかにブルーバードとは異なる機体であるが、フェイはそれが紛れもなくブルーバードであると一目で理解できた。何故なら、蒼い機体の足元に一人の影を見出したからである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「遅かったじゃない」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> すらりとしたシルエットは女性のそれだった。迷彩柄のジーンズに黒いランニングシャツといういつも通りのラフな服装に、背中の中ほどまで伸ばされ、扇状に柔らかく広がった黒髪がミスマッチし、奇妙なたおやかさを演出している。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「こんな状況で焦ったら負けだろ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 彼女は機体に預けていた背中を浮かせ、そのままつかつかとフェイの前まで歩み寄った。そして彼の胸をぽん、と軽くゲンコツで叩き、</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「十分、間に合ったよ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> と言って笑った。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「一度アンタとミーティングしてみたかったんだ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> フェイは頷きながら胸元に置かれた彼女の手を取り、下ろした。爪の先は油で汚れ、ひびが入るほど痛んでいながら、それでもなお白く細い指に女性らしさを保つ不思議な手は、まさしくアイラの右手だった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そう、そこにいたのは紛れも無くアイラ・ルークスカイで、だからこそ蒼い機体はブルーバードに違いなかった。例え誰一人として人影が見えなくなったとしても、あらゆる機材が撤去され空っぽの一室になったとしても、彼女がそこにいる限り、ガレージからチームの面影は色褪せたりしない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラに聞かされるまでもなく、フェイは彼女の正体に薄々勘付いていたし、アリスの計画も察しがついていた。だからチームの面々がガレージを去らなければならない理由にも、すぐに思い当たった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アリスは何が何でも私に言うことを聞かせたがる」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ジャスティスを起動するにはアイラの協力が不可欠だ。だが、どんな手段を使ってでも計画を成功させなければいけないアリスに、自由の化身である彼女に選択権を委ねるなど出来ないだろう。あらゆる材料を用意して取引を強要してくるはずだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だからアイラは先手を打ち、自らの一番大切なものをアリスの手が届かないところまで逃がしたのだ。すなわち、チーム・ルークスカイの仲間たちを。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「それで」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 紙コップに注いだ琥珀色のコーヒーを口に運びながら、圧力をかけないよう注意しながら、フェイは尋ねる。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「お前は、ジャスティスを使うのか?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> まるで疑うように問い詰めたことが情けなくて、フェイは思わず目を逸らして俯く。沸き起こってきた自己嫌悪の念は、コーヒーの後味を忘れさせるほどに苦々しかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 確かにはっきりと答えて貰わなければならないことだった。取引の材料を奪うことで、アリスが仕掛けてくるであろう脅迫を退けることは出来ただろうが、それだけでは何も解決したことにならない。ネストを滅ぼさない限り、アリスの執念は鎮まることを知らず、また第二、第三の手を講じてジャスティスに手を掛けようとするだろう。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> つまり、フェイはこう問い詰めたわけだ。「ジャスティスの他にネストを倒す手があるのか?」と。それは暗に、考えなしに要請を拒否するだけなら只の我が侭だ、と非難する意味を含んでいる。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは何も悪くないのに。ただ、一人の男の妄執に振り回されているだけなのに。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 触れたくない、でも追求せざるをえない、そんな思考の袋小路を前に、フェイは改めて彼女が背負ってきた宿命の重みを実感する。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラはすぐに答えなかった。待っていたのだ。フェイが落ち着きを取り戻し、もう一度その目を向けてくれるまで。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> フェイが恐る恐る視線を上げ、二人の目線が交錯した時、彼女はぽつりと呟くように答えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「私は、このチームが好きだから」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> その表情には何の色も浮かんでいなかった。彼女の顔色を伺うことを生業としているフェイですら、それは初めて目にする素顔であった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラはいつも何らかの感情を表現していた。全てを見透かしているような不敵な笑みであったり、自由を誇示する激しい怒りであったり、人間らしさに興じる無邪気な喜びであったり…どんな時でも紋切り型の意志表示を見せながら、その裏に誰も予想のできないような策略や想いを秘めていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だから、感情という仮面を外した今のアイラが発する言葉は、嘘偽りのない彼女の真意に他ならなかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「好きになっちゃったから。だからジャスティスは使わない」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラはきっぱりと言い切った。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> もしジャスティスを使えば、ロストフィールドもろともネストをこの地球から消滅させることは可能だろう。だが、歴史から抹殺された兵器に手を出した者を政府が放っておくはずがない。実行犯のアイラや責任者のアリスは彼らに追われる立場となり、例え命を奪われないにしても自由な活動など許されない身となるだろう。そうなれば、チームは解散を迎え二度と結成されない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それは、アイラにとって絶対に選べない選択だった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「ジャスティスを使わずに、私はネストと戦う」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラに残された道は他に残されていなかった。今、一時的に解散されたチームを再び結集させ、今まで通りの生活を取り戻すには、ジャスティスを使わず、且つアリスの目的を達成させてやるしかない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「そのために私はコイツを作った」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは詰め所の外に立つ、蒼い機体を見上げながら言う。『旧世代の亡霊』のデータを流用し、チームが総力をあげて組み上げたAC。これが彼女の切り札だった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「勝てるのか?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 話が現実的な戦況判断になると、アイラの顔には表情が戻り、明後日の方向を見つつ手元ではフェイの淹れたコーヒーと缶コーヒーを混ぜ合わせながら考える素振りを見せるといういつもの姿を披露した。そんな彼女にフェイは安心を抱きつつも残念な気分に陥るという、不思議な矛盾を覚えるのであった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「無理だね」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 出来上がったコーヒーカクテルのひどい味に顔をしかめながら、アイラは断言した。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「あれで勝てるならアリスがもうやっている」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 計算通りに蒼いACが稼動すれば『旧世代の亡霊』を上回る戦闘力を発揮するはずだが、所詮は単体のACである。ロストフィールドに眠る数十、数百のナインボールを相手に立ち向かえる道理がない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そうした現実的な戦況の予測に加えて、アイラが言い切ったのはアリス・シュルフという人間が持つ執念の深さをよく理解しているためである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「あいつほどネストと向き合ってきた奴はいない。あれが勝てないって言うなら、誰も勝てないんだよ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは彼の強さを認めていた。いや、否定できるはずもなかった。何しろ彼女という存在自体が、そうした妄執の産物と言って過言ではないのだから。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「だから、さ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 彼女は毒々しい中身の入ったカップをテーブルに置き、立ち上がった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「あいつがどうしてもジャスティスを使うって言うなら、それもいいかなって思ってる。私は嫌だけど、あいつのやってきたことをふいにしたくない」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 彼女は外を向いていたので、フェイの座っている位置からは表情を確認することが出来なかった。だが、検める必要もなくアイラが今どのような顔をしているのか、彼には見当がついていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> きっと、人形のように整った風貌を強調するように無表情なのだろう。彼女がアリスを敬う気持ちは、おそらく本物だろうから。ジャスティスなど使いたくない。だが、使わせてやりたい。人一倍聡明な頭脳を持ちながら、そんな矛盾を口にせざるを得ないほどに。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「私はただ、その必要がなくても済むならって。そう、何とかしてやりたいんだ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> キリマンジャロ基地の地下十階、第一会議室でアイラの意向を知ったアリスは、驚愕に押されて後ずさり、やがて膝から崩れ落ちた。両腕はだらんと下がり、フェイに突きつけていた銃口も地面を向いている。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「馬鹿な!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは真っ青な顔で、声を震わせながら疑問を漏らした。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「話が無茶苦茶だ! ジャスティスを使いたくないならば私にその起動装置を渡すなど矛盾しているではないか。スタッフをいったん退避させた上で私を始末し、後はネストなど無視して活動を続ければ、それで解決ではないか!!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そしてぎっ、とフェイの目を睨みつけて叫ぶ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アイラがそれに気付かないはずがない! 違うか!? フェイ・ウーシャン!!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 答えを訴える姿は、まるで救いを求めて手を突き出す亡者のようだった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> フェイは静かに彼の目を見つめながら、アイラから託された答えを告げる。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アイラはきっと、貴方を殺せません。自分がジャスティスを使わない自由を勝ち取ったように、貴方からジャスティスを使う自由を奪いたくない。そう思うはずです」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それがアリスへの止めとなった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは知っていた。アイラは、ルークスカイは、己の自由を求め続け、同じように誰かの自由を守り続ける。時に相反する二つの自由を、それでも共に抱えようと、もがき、足掻き、羽ばたくことをやめない。それが、レイヴンとして生まれ育ってしまった者の背負う、どうしようもない性なのだと、アイラと、そしてセッツの生き様を目の当たりにしてきた彼は、確かに知っていたはずなのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは理解してしまった。アイラは確固たる意志を持って死地へと向かったことを。そう、誰にも侵すことの出来ない、自由意志の下に。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「だが」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だが、</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「だからと言って私が涙を流し計画を諦めるとでも思うのか!?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ようやく掴んだ人生の終着点を放り投げるほど、彼の執着は薄くない。テーブルを掴み、力ずくて体を支えると、ひったくるようにスカイウォーカーを手に取り蓋を開けた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 筆箱程度の小さなディスプレイにはプログラムの文字が羅列されており、最後の一行で起動の承認を求められていた。アリスの人差し指がyキーを押した瞬間にジャスティスから発射されたエネルギーがロストフィールドを焼き尽くし、全てが終わる。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスの求め続けた結末が、まさにそこにあった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アイラなど、ルークスカイなど、私にとって手段に過ぎない! ネストを倒すために必要だったから、都合が良かったから、利用していただけなんだよ!!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 彼はなおも声を張り上げる。悲願の達成を迎え入れるために。躊躇いという最後の抵抗を振り払うために。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「そんな難しい話じゃないでしょう!?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> しかしアリスの高揚を切り裂くように、フェイのあげた声が第一会議室に響いた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アイラは最後に足掻かせてほしいだけだ! 戦って、負けたら、ジャスティスを使うのはそれからでもいいじゃないか!!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「何もしない奴が偉そうな口を聞くな!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> するとアリスも叫ぶ。ありったけの声量を持って、本心を、計画と目的に雁字搦めとされた魂を言葉に乗せて。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「私に渡せばこうなるのはわかっていたはずだ! アイラが決死の覚悟で最後の抵抗を図っていると知りながら、どうして言われるままに従ったのだ!? 所詮お前は部外者だ、仕事のパートナーというだけの関係だ! だから本当はアイラが生きようが死のうがどうでも良いのだろう!? 違うと言うならば、どうしてアイラを行かせたのだ!? たった一人でネストに勝てるはずがない、確実に死ぬ道を、どうして進ませた!? お前は、アイラを死なせたいのか!?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 言葉が、心を縛る鎖を断つ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「私は…」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 複雑に絡み合ったしがらみから解き放たれ、後に残るは彼の抱える本当の答え。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「死なせたくない」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 人はそれを真心と呼ぶ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは手にした銃を床に叩きつけると、すかさずスーツの裏地に隠していたポケットから一台のコンピュータを取り出した。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> スカイウォーカーと酷似している黒いそれは、アリスがスカイウォーカーを元に組み上げた模倣品で、ファンタズマのような無二のソフトこそ持ち合わせていないものの、同等のハッキングツールを備え、同機の特殊性をほぼ再現していた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 彼はそれを起動させると、脇で眺めるフェイなど見向きもせず、ただがむしゃらにキーを叩き情報を何処かに転送していた。その横顔は赤く火照っており、先ほどまでの死人の容姿から蘇ったかのような印象を与えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 音を立ててリターンキーを叩いたところで通信は終了し、アリスは大きく息を吐いた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「こいつはスカイウォーカーのコピーだ。オリジナルと同じように単独でネットワークへの侵入を可能とし、ACと接続することも出来る。そして」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは閉じていた目を開く。フェイに向けて大声で叫んだ際、興奮で流れた涙が電灯の光を反射して煌いていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「今、接続している相手はネストのナインボールだ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> フェイは答えなかった。アリスはそれを気にかけることもなく告白を続ける。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「ネストは完結したネットワークを備えていて、外部からの接触は断たれている。だが、スカイウォーカーのように単独で接続の可能なツールを使えば通信は可能だ。私は、これを使ってあいつらを操ってきた」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 例えば、ナインボールを上回る戦力を持ったACを開発している場所を教え、襲撃させるように誘導した。プログテック本社の崩壊は彼が招いたのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「ネストの行動基準自体は単純だからな。意のままにとは言わないまでも、こちらに都合の良いよう情報に制限をかければ、味方につけることは難しくない」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスはそこまで話すと、曲がっていた背を伸ばし、皺のついた服を払いながら立ち上がると、フェイに向かってこう指示する。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「スカイウォーカーを使えばアイラと直接通信できるはずだ。伝えてくれ、ネストに偽の情報を流した。間もなくナインボールが出払うはずだから、指定した時刻に」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『あいつら、もう出撃しているよ。念のため、五分待ってから突入する』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> が、言い終わるより先に、スカイウォーカーから流れてきた声がアリスを遮った。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「なっ!?」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 思わず絶句するアリス。驚きあまり、勢い込んで身体を乗り出しスカイウォーカーを覗き込むと、先ほどまでプログラムが羅列されていたディスプレイの一面には、ACのコックピットと缶コーヒーを唇で挟んだアイラの姿が映し出されていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『協力に感謝する、ってね。フェイもご苦労様』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「どういたしまして…二度とやらないぞ、こんな仕事。本当に殺されると思った」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『黙っていれば良かったのに』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「そのつもりだったけど、いざってなると見過ごせなかった」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『あっそ』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> いつも通り、本当に日常的な流れで会話のキャッチボールが行われる。しかしアイラはともかく、フェイにとってそれは精一杯の強がりなのだろう。スカイウォーカーに搭載されたカメラに映る上半身こそしっかりと構えているものの、テーブルの陰に隠れた両足が小刻みに震えて止まないのを、アリスは捉えていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「乗せられたわけか」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 二人のやり取りから、アリスは自分が策にはめられたことを自覚した。いや、それは策などと上等な名前で呼ぶには希望的観測に過ぎる妄想だ。彼が口にした言葉通り、アイラ諸共ジャスティスでロストフィールドを消し去る道を選んでいたら、全ては無駄なあがきに終わっていたのだから。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラと言えど、ネストの圧倒的な戦力を前にして一人で対抗できるはずがない。そもそも彼女の力量はナインボール三機分と先日実証されたばかりである。しかしネストの中枢に辿り着くには百機に及ぶナインボールを掻い潜らねばならない。そのためには敵を誘導する協力者の存在が不可欠であり、それが可能な唯一の人間がアリスだった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> かくしてアリスを出し抜くためにアリスの協力を仰ぐという矛盾がアイラの前に立ちはだかった。彼女はそれを破るために、自らの命を差し出したのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスがあくまでネストの打倒を優先し、ジャスティスを発射すれば彼女諸共何もかもが塵に帰る。だが、彼がアイラの命を惜しめば、心血を注ぎ育て上げてきた娘に対してわずかでも愛情が生きていれば、彼女がネストを破るわずかな可能性に賭け、発射を思いとどまる可能性は残されていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それはアリスの中の人間性に賭ける行為であり、彼自身にとってはアイラと共に生きてきた二十年余りの人生が試される瞬間でもあった。そして、アリスはアイラを見捨てることが出来なかった。彼が戦い抜いた二十年は、ネストが与えた絶望と復讐心に勝ったのである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「いいだろう」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスはスカイウォーカーの前に立ち、画面に映るアイラと目を合わせた。いつからか対立することになっていたにも関わらず、彼女が嫌な顔をしなかったことが彼には嬉しかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「こうなったらとことん協力しよう。突入したら内部構造をスカイウォーカーに送り続けてくれ。こっちはナインボールの動きを随時報告する」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 仮にアイラがロストフィールドを去れば、アリスは即座にジャスティスを発射する。だから彼女は決着がつくまで決して退かないだろう。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だとすれば、アリスに出来るのはその背中を押して可能な限りの支援を送ることだけだった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『了解。久々のオペレーティング、任せた』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは軽快に答える。その揚々とした態度に不安はない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だが、</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アイラ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それでもアリスは聞かずにはいられなかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「本当に良いのか? どんなに上手くナインボールを避けたとしても、衝突は避けられないし、たぶん最深部はアレが守っている。勝ち目はゼロに等しいぞ」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『冗談っ!』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> しかしアイラはそれを鼻で笑い飛ばした。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『アンタがこうして味方してくれることの方がよっぽど考えられなかった』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 明朗と、</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『フェイが命賭けで私を助けてくれるなんて思っていなかった』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 力強く、</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『あとは私がやってやる』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは宣言する。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『今の私なら、何だって出来る。これだけの奇跡が起きた、今だったら』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 事実。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスはこの場でジャスティスを撃ち込んで然るべきだった。彼にはそれだけの理由と執念がある。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> フェイはチームを見限ってガレージから立ち去るべきだった。彼はたまたま派遣されてきただけの部外者に過ぎず、命を賭ける義理など持ち合わせていない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それを覆し、決して立つことのならなかった舞台へとアイラを送り出したのは、この上なく曖昧で不確実な人の気持ちが成した業である。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは既に絶望的な確率を潜り抜け、奇跡を起こしている。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> あとは彼女自身が、その手で決着をつけるのみ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> シルフィの行く手を赤いACが遮った。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「ターゲット、補足」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 抑揚のない機械的な声で事務的な報告を行いつつ、右手に握ったパルスガンの照準を合わせる姿には迷いも躊躇いも闘志や殺意すら、人間味というものがまるで感じられなかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それはまさしくナインボールの姿だった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> シルフィは真っ直ぐにナインボールに向かって加速する。相手に見せ付けるように右手のライフルを下ろし、前身の機体から引き継いだ左手のムーンライトを構えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ナインボールは逃げない。狙っていたパルスガンの射撃を中断し、左肩に担いだグレネード砲による迎撃へと移行する。パルスガンでは破壊力に欠け、突進してくるACに致命傷を与えられない可能性がある。敵に回避するつもりがないのならば、可能な限り強力な攻撃を見舞うのが最も合理的な判断と言えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だからナインボールは皆、一様に同じ対応をする。その合理性がアイラに付け込む隙を与えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> シルフィの背中に青白い光が灯ると、ワンテンポ遅れて基地内を揺るがす爆音がナインボールの機体に響いた。それと同時に、いや音速を超えて、シルフィの身体がナインボールに衝突した。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> それでもシルフィは止まらない。なおも前進をやめない同機の出力に押され、まるで人間同士ががぶり四つに組み合った格好のまま、ナインボールは後方の壁に押し付けられた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> AC戦にはありえない展開を前にしてナインボールの対応が遅れる。機械であるが故に最も効率的な判断を常に下すことが可能な反面、思考ルーチンに存在しないパターンに対しては処理の遅れてしまうことがナインボールの欠点であった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そう、ナインボールの持つ常識ではACがACを圧倒するほどの出力を発揮するなどありえない。OBが開発されたのはネストが歴史から姿を消した後で、ナインボールの理解の外なのである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 要は、ナインボールはOBに対応する術を持っていないのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 自機をはるかに上回る馬力で壁に押し込まれ、赤い装甲が軋みをあげる。一方、最新の技術で加工されたシルフィの装甲板はびくともしなかった。両者の強度の差は、この二十年で人類が歩んだ進化そのものと言えた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ようやっとナインボールがブレードで目の前の敵を払うことに思い至った時には手遅れだった。シルフィが生み出したムーンライトの刃はナインボールのコアを貫き、これを行動不能へと追い遣ったのである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> もう何機目とも知れぬナインボールを撃退したアイラは、休むことなくその足を進める。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 何しろここは敵の根城だ。アリスがいくら無数の偽報を送り霍乱しても、現場で戦闘が起きればこちらの位置を悟られてしまう。早急に場所を移し、姿を隠す必要があった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> ロストフィールドは地中に埋まった円柱状の塔となっていた。中央部にはACすら搭乗できる輸送用エレベータが設置され、地上との出入口となっている。ネストの中枢であるメインコンピューターは最深部に据え置かれており、向かうにはこのエレベータを使う他にないのだが、こちらの存在がバレている以上、自ら袋小路に追い込まれるような真似は出来ない。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> シルフィは通気口と思われる小道に入り(シリーズに共通する横道だけどACが通れる横道ってどんなんだろう?)、レーダーを確認する。スクリーンには敵の存在を意味する赤い光がうようよと集まってきて、シルフィを包囲しようとしていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「アリス、あいつらをエレベータに誘導して」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラはガレージのアリスに指示を送る。中枢に向かうアイラがエレベータを使うのは自然な行動で、相手も無視できないだろう。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『了解。だが、どうするつもりだ? さすがにもうかわしきれない』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスの問いには答えず、アイラは操作用のパネルを動かして、ここまで記録してきたロストフィールドのマップをスクリーンに映す。はっきりと構造がわかるのは実際に通ってきた道筋だけではあるが、エレベータの場所が判明している以上、その真下にある中枢との位置関係は把握出来た。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラはムーンライトを展開する。そして、OBの光と同じ青白い刃をコンクリート作りの床に突き刺した。高温のエネルギーは岩をも溶かす。刃を振るうごとに地面は抉れ、鉄筋が剥きだしになったところをシルフィのライフルが撃ち抜くと、同機の周囲数mが崩れ落ちた。基地内は階層構造を取っているので、上下をし切る天上および床はさほど厚みを持っておらず、ACならば容易に切り崩せたのである。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「このまま中枢まで掘り進む」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> とても侵入者とは思えない乱暴な手口にアリスと、その隣にいるフェイまでもがあんぐりと口を開ける。だが、それはネストに取っても同じことだろう。常識以外の発想に対応できない性を持つ彼らに、この行動は予想できないはずだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 現に、床を崩すほどの爆音が生じたにも関わらず赤い点はなおもエレベータを周回しており、偵察の一機すら遣そうとしない。彼らにとって予測のつかない事態は存在しないも同然なのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『こんなことが…』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アリスは言葉を失くす。難攻不落と思われたロストフィールドが、このような幼稚な方法で無力化されるとは、人間の常識では考えられるはずもなかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「ま、中枢は気付いているだろうから、このまま終わるわけないだろうけど」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは言う。目の前のトラブルに対応できないのは尖兵だけの話である。彼らを統括する中枢のコンピュータは、基地の隅で起きている異変を当然察知しているだろう。ただ、一番確実で手っ取り早い全ての兵力を差し向けるという行動に、機械の思考では大胆に過ぎる策と判断され、思い至らないだけなのだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 指示なくしては行動を変えられない前線の兵と、確実性を優先する余り金縛りにあう司令塔。皮肉なことに、それはまさしく優秀な部隊ならではの人間が持つ特徴と合致していた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> その後も数機のナインボールを全く同じ手順で退けながら、真っ直ぐにアイラは中枢へと向かう。不気味なほど事は順調に進んでいると言って良い。侵入にあたってアイラの用意した奇策は両の指の数を上回るが、最も単純な手で理想的な戦果をあげることが出来ていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> だが、彼女は同時に気付いている。追い込まれている相手が正攻法をやめないと言うことは、戦況をひっくり返す手札が存在していることを意味すると。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そして彼女は知っている。かつてセッツ・ルークスカイを最も追い詰め、アリスを恐れさせた禍々しい凶器を、ネストが備えていることを。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 読者方は見たはずだ。ナインボールを破るべく設計された『旧世代の亡霊』たちが、成す術もなく無残に打ち捨てられていく惨状を。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 天使の名を持つ赤い悪魔、ナインボール・セラフの存在を。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 十数回目となる掘削を完了させてシルフィが下の階層へと降りると、そこには1km四方にも及ぶ広大な空間が広がっていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 明かりの類は見当たらなかったが、床や壁面を縦横無尽に走るケーブルが薄緑色に発光していたため視界の確保には困らない。ACのカメラを回し、周囲を見渡すと半球型に切り取られた天井を持つ、ちょうどアイザック・シティのアリーナに近い形状を取った部屋であることがわかった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そう、そこはアリーナと同じ用途を持った、AC同士が戦うために作られた一室だった。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 戦士の名は、片やブルーバード・シルフィ。ナインブレイカーの宿命を背負わされた少女の駆る、新機軸のACだ。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> そしてシルフィの相手は部屋の中央で仁王立ちの構えを取り、排除すべき宿敵の到来を待っていた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『戦闘モード起動』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 規格通りのコンピュータが発する報告と共に、くすんだ両目に紅い光が灯る。背中に負った巨大な翼から熱風が吹き出し、動力の起動音が空気の振動を通してアイラの身体に響いて聞こえた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「上等じゃん」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> アイラは体をシートに固定していたベルトを外し、全身を持って機体を操作する、戦闘態勢に入る。咄嗟の反応が出来るよう操縦桿を両手で握ったまま、空いた左足を使ってOBを促すレバーを上げた。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> シルフィのジェネレータが回転速度を上げ、セラフの起動音をもかき消す甲高いノイズが場に響き渡る。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">「決着つけようか、ナインボール・セラフ!」</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 青白い爆炎を上げ、ブルーバード・シルフィが飛翔する。</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p class="MsoNormal" style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;">『敵AC確認、排除する』</span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> </span></p>
+<p align="left"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"> 黒い翼を広げ、ナインボール・セラフは迎え撃つ。</span></p>
+<p align="left"></p>
+<p class="p0" style="margin-top:0pt;margin-bottom:0pt;text-align:justify;">
+<span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝', serif;"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝';"> 奇しくもその名を同じくする鉄で出来た二体の天使が、自由と秩序、そのカラーリングのごとく相反する理念を賭けて今ぶつかり合う。</span></span></p>
+<p><span style="font-size:12pt;font-family:'Times New Roman';"> </span></p>
+<p class="p0" style="margin-top:0pt;margin-bottom:0pt;"><span style="font-size:12pt;font-family:'MS 明朝';"> 二代に渡るルークスカイとネストの因縁は、ここに決着の時を迎えようとしていた。</span></p>
 





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