「年越しバーテックス」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「年越しバーテックス」(2009/05/26 (火) 03:24:32) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
バーテックス統括者、ジャック・Oが溜息は、深い溜息をついた。
アークの上層部を徹底排除し、自らが管理するものとなってからは、
気が休まる時間など無かったのである。
「今年も終わりか」
部屋の窓は薄く曇り、外は見えなかった。
いかつい掌で窓ガラスを擦ると、その先には幾多数多の星が光を放っている。
空気が澄んでいるのだろう。よく冷えるが、よく見える。
唐突に、自動ドアのロックが解除される。
誰であろうか、このような時間に。
「ジャックよ、今年はどうであった」
大老が一升瓶を片手に笑っていた。
「邪魔をする」
ライウンは無愛想に鍋を手にしている。
「・・年明け前の一杯、だそうだ。おめでたい連中だな」
悪態をつきながらも、どこかソワソワしているオメガ。
「そういうな。大老に落下玉を貰ったんだから」
片手に蕎麦の材料を一式もってオメガを諭すファウスト。
「ジャック、めでとう」
微妙な言葉で挨拶をしてくるンジャムジ。
皆が皆、バーテックスの主力メンバーである。
とはいっても、やはり人間だ。年越しは皆で行う、と集まったのだろう。
どこまでいっても人間臭い奴らである。
そうして、ジャックの部屋で鍋を炊き始める。
年越しの蕎麦、とは聞いたことがあるが、鍋は聞いたことが無い。
どうしたものかと考えていると、ファウストが口を開いた。
「蕎麦は何も、一つの器に一玉の麺を泳がすだけでは無いのですよ。
こうして野菜、豆腐、しいたけ、鶏肉を煮込み、最後に蕎麦を入れる。
我々が食しながら、味を調えていくこの過程。
それを楽しむことができるのが、鍋です」
鍋の中には、何も入っていない。
しかし、この鍋は厨房で見かけるものではなく、
随分と使い込まれた逸品である。
「では、野菜を入れていきます」
ファウストが手際よく野菜をお湯に浸していく。
独特の風味をかもし出しつつも、野菜は煮立つ湯に身を預けていく。
その後も続いて、材料を入れていく。
こいつはレイヴンにしておくには勿体無いとも思うが、
今だ復帰した理由がわからない以上、余計な口出しも無粋というものだ。
「後は、しばらく待っていればいいです」
そうして、ファウストは床につき、熱燗をあおった。
皆が皆、それぞれ持ち寄った食物を口にし、鍋が煮立つまでの空白を埋めていた。
しかし、ファウストは出汁を取らなかったが、そこらへんはどうなのだろうか。
「ジャック。私は、いつ如何なるときも、この鍋で煮込み、食してきました。
出汁はあえて取らなかったのです」
そういって、ファウストは煮立ったお湯をお玉で掬い取り、小皿にうつした。
そして、その小皿を差し出してきたのである。
小皿を手に取り、口にしてみる。
「・・・これは」
無味無臭のお湯であると思ったそれには、しっかりとしていて、
それでいて爽やかな味があった。
幾多数多の素材のうまみが、そこには凝縮されていたのである。
「使い続けた鍋は、ステンレスには出せない味があるんです」
さすがに、これには参った。
「では、蕎麦をいれましょうか」
ファウストは、包みから蕎麦を取り出す。
蕎麦粉が未だに香りを発している。正直、お前は転職をしたほうがいいと思う。
あの爽やかな旨みの出汁の中に、この蕎麦が入ることを想像すると、
正直、胃の収縮速度が促進されてしまう。
他のものも、いまかいまかと酒を煽っているが、待ちきれなさそうだ。
いつのまにか、皆は煮立つ蕎麦の香りに酔い痴れていた。
酒の力ではなく、食物の潜在能力を持って人を酔わすとは。
「そろそろいいでしょう」
そうして、大き目の器に蕎麦と葱、鴨肉を入れていく。
最後に赤い香辛料のようなものを入れていたが、なんだろうか。
気になりながらも、皆に蕎麦がいきわたった。
「いただきます」
皆が皆、手を合わせ、蕎麦に手をつけはじめた。
良い香りがする。
まずは出し汁を一口。
「・・見事だ」
「これは、さすがファウスト。良い味を出す」
鍋に染み付いた旨みが、出し汁に現れていた。
濃くもなく、薄くも無く、絶妙な味のバランス。
どこか酒の風味を感じられ、ぴりりとした辛味がある。
「ああ、酒は先ほど大老が持ってきたものを少量。
辛味は『もみじおろし』と呼ばれるもので、蕎麦屋秘伝のモノを用意しました」
「・・レイヴンの仕事じゃないだろ」
といいつつも、箸を止めないオメガ。
「美味いな。ウマイ」
ライウンとンジャムジも、その味を噛み締めていた。
蕎麦の食感、出し汁との調和は絶妙で隙がなく、
噛み締めるたびに蕎麦の風味を感じられる。
出し汁と蕎麦、どちらが自己主張をするわけでもなく、お互いを理解した上での味。
気が突けば、鍋の中身は空になっていた。
もう一杯食べたかったのだが、年越しには丁度良いか。
「ごちそうさま」
そうして、年越し蕎麦を食し終えた。
まさかの鍋蕎麦といったところだが、これはこれで素晴らしいものであった。
「来年は、どうなりますかね」
ファウストが、お茶を出しながら口にする。
「・・・戦いは続くであろうな」
烏は日本酒をちびちびとやりながら言う。
「・・そうだろう。しかし、如何なる戦士も、休息は必要というものよ」
そのとおりだ。戦士は常に心の余裕を削っている。
少しでも和らぐときがあるのならば、それを利用しない手はないのだ。
「・・来年もよろしく」
ジャックが口を開くと、鍋を囲みながらも、皆が敬礼をしていた。
それぞれ手にした御猪口をあおり、バーテックスの年越しは幕を閉じたのであった。
終
バーテックス統括者、ジャック・Oは、深い溜息をついた。
アークの上層部を徹底排除し、自らが管理するものとなってからは、
気が休まる時間など無かったのである。
「今年も終わりか」
部屋の窓は薄く曇り、外は見えなかった。
いかつい掌で窓ガラスを擦ると、その先には幾多数多の星が光を放っている。
空気が澄んでいるのだろう。よく冷えるが、よく見える。
唐突に、自動ドアのロックが解除される。
誰であろうか、このような時間に。
「ジャックよ、今年はどうであった」
大老が一升瓶を片手に笑っていた。
「邪魔をする」
ライウンは無愛想に鍋を手にしている。
「・・年明け前の一杯、だそうだ。おめでたい連中だな」
悪態をつきながらも、どこかソワソワしているオメガ。
「そういうな。大老に落下玉を貰ったんだから」
片手に蕎麦の材料を一式もってオメガを諭すファウスト。
「ジャック、めでとう」
微妙な言葉で挨拶をしてくるンジャムジ。
皆が皆、バーテックスの主力メンバーである。
とはいっても、やはり人間だ。年越しは皆で行う、と集まったのだろう。
どこまでいっても人間臭い奴らである。
そうして、ジャックの部屋で鍋を炊き始める。
年越しの蕎麦、とは聞いたことがあるが、鍋は聞いたことが無い。
どうしたものかと考えていると、ファウストが口を開いた。
「蕎麦は何も、一つの器に一玉の麺を泳がすだけでは無いのですよ。
こうして野菜、豆腐、しいたけ、鶏肉を煮込み、最後に蕎麦を入れる。
我々が食しながら、味を調えていくこの過程。
それを楽しむことができるのが、鍋です」
鍋の中には、何も入っていない。
しかし、この鍋は厨房で見かけるものではなく、
随分と使い込まれた逸品である。
「では、野菜を入れていきます」
ファウストが手際よく野菜をお湯に浸していく。
独特の風味をかもし出しつつも、野菜は煮立つ湯に身を預けていく。
その後も続いて、材料を入れていく。
こいつはレイヴンにしておくには勿体無いとも思うが、
今だ復帰した理由がわからない以上、余計な口出しも無粋というものだ。
「後は、しばらく待っていればいいです」
そうして、ファウストは床につき、熱燗をあおった。
皆が皆、それぞれ持ち寄った食物を口にし、鍋が煮立つまでの空白を埋めていた。
しかし、ファウストは出汁を取らなかったが、そこらへんはどうなのだろうか。
「ジャック。私は、いつ如何なるときも、この鍋で煮込み、食してきました。
出汁はあえて取らなかったのです」
そういって、ファウストは煮立ったお湯をお玉で掬い取り、小皿にうつした。
そして、その小皿を差し出してきたのである。
小皿を手に取り、口にしてみる。
「・・・これは」
無味無臭のお湯であると思ったそれには、しっかりとしていて、
それでいて爽やかな味があった。
幾多数多の素材のうまみが、そこには凝縮されていたのである。
「使い続けた鍋は、ステンレスには出せない味があるんです」
さすがに、これには参った。
「では、蕎麦をいれましょうか」
ファウストは、包みから蕎麦を取り出す。
蕎麦粉が未だに香りを発している。正直、お前は転職をしたほうがいいと思う。
あの爽やかな旨みの出汁の中に、この蕎麦が入ることを想像すると、
正直、胃の収縮速度が促進されてしまう。
他のものも、いまかいまかと酒を煽っているが、待ちきれなさそうだ。
いつのまにか、皆は煮立つ蕎麦の香りに酔い痴れていた。
酒の力ではなく、食物の潜在能力を持って人を酔わすとは。
「そろそろいいでしょう」
そうして、大き目の器に蕎麦と葱、鴨肉を入れていく。
最後に赤い香辛料のようなものを入れていたが、なんだろうか。
気になりながらも、皆に蕎麦がいきわたった。
「いただきます」
皆が皆、手を合わせ、蕎麦に手をつけはじめた。
良い香りがする。
まずは出し汁を一口。
「・・見事だ」
「これは、さすがファウスト。良い味を出す」
鍋に染み付いた旨みが、出し汁に現れていた。
濃くもなく、薄くも無く、絶妙な味のバランス。
どこか酒の風味を感じられ、ぴりりとした辛味がある。
「ああ、酒は先ほど大老が持ってきたものを少量。
辛味は『もみじおろし』と呼ばれるもので、蕎麦屋秘伝のモノを用意しました」
「・・レイヴンの仕事じゃないだろ」
といいつつも、箸を止めないオメガ。
「美味いな。ウマイ」
ライウンとンジャムジも、その味を噛み締めていた。
蕎麦の食感、出し汁との調和は絶妙で隙がなく、
噛み締めるたびに蕎麦の風味を感じられる。
出し汁と蕎麦、どちらが自己主張をするわけでもなく、お互いを理解した上での味。
気が突けば、鍋の中身は空になっていた。
もう一杯食べたかったのだが、年越しには丁度良いか。
「ごちそうさま」
そうして、年越し蕎麦を食し終えた。
まさかの鍋蕎麦といったところだが、これはこれで素晴らしいものであった。
「来年は、どうなりますかね」
ファウストが、お茶を出しながら口にする。
「・・・戦いは続くであろうな」
烏は日本酒をちびちびとやりながら言う。
「・・そうだろう。しかし、如何なる戦士も、休息は必要というものよ」
そのとおりだ。戦士は常に心の余裕を削っている。
少しでも和らぐときがあるのならば、それを利用しない手はないのだ。
「・・来年もよろしく」
ジャックが口を開くと、鍋を囲みながらも、皆が敬礼をしていた。
それぞれ手にした御猪口をあおり、バーテックスの年越しは幕を閉じたのであった。
終
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: