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「IGLOO 第二話」(2009/01/17 (土) 23:24:29) の最新版変更点
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荒野に、静かな夜があった。
天高く地上を見下ろす月は荒野の全てを監視するが、動くものは何もない。
辺りに聞こえる音と言えば、風のざわめき、虫の鳴き声、そして、月の監視から逃れるように岩陰に隠れた、ACの駆動音だけだった。
「アマギ、間もなく目標が作戦領域に侵入します」
コクピット内にオペレーターの声が響くが、返事はない。
「アマギ?」
「ああ……。聞こえてる……」
低い、しわがれた声が静かにそう言うと、声の主が倒していたシートを起こす。
「寝ていたのですか?」
「いや、考え事をしていただけだ。……天窓が、欲しいと思っていた」
「天窓?」
ACを見上げさせ、夜空を見上げる。
金色をした大きな満月を中心に、満天の星空が広がっていた。
「……寝ながら、星を見たいと思ってな」
クレストの専属レイヴン、タイガ・アマギは眼を細め、年老いた顔に微笑を浮かべながら言った。
「ロマンチストですね」
オペレーターの言葉に、アマギは静かに笑う。
「星が好きなだけだ。ほんの数十年前まで、決して見ることのできなかった、この星空がな」
「レイヤード、ですか」
「よく爺さんの話を聞かされたものだ。地下世界はこんなだった、ってな」
「感傷に浸るのもいいですが、間もなく目標が視界に入ります」
「分かった、片付けよう」
メインシステムを待機モードから戦闘モードに切り替え、隠れていた岩場から出る。
月明かりに照らされた機体は、闇に溶け込むような漆黒に塗装された軽量二脚タイプの細身のACだった。
左肩には高性能のレーダーを装備し、武装は、右腕に装備されたスナイパーライフルだけだった。
レーダーを見ると、赤い光点が一つ。距離はかなり離れている。
しかし、しばしばレーダーが砂嵐になり、何も映らなくなる。強力なECMが展開されているらしかった。
ナイトビジョンモードで光点の方を確認すると、遠くに小さな機影が確認できた。
「目標を確認した。距離は?」
「1500。間もなく射程圏内に入ります」
「了解。ECMが邪魔な為、手動で撃墜する。射程圏内に入ったら言え」
「分かりました」
眼の前のコンソールパネルを操作すると、メインモニターに表示されていたロックサイトが消え、代わりに赤いガイドラインが中央に表示された。
同時にメインモニターを望遠にすると、こちらへ向かってくる輸送ヘリの形状がしっかりと確認できた。
表示されたガイドラインを頼りに、アマギは手動でスナイパーライフルの狙いを目標に合わせる。
小刻みにレバーを操作して照準を合わせるその動作は、まさに1ミリ以下の世界と言うべきものだった。
「射程圏内まで3秒。2、1――」
カチリ、とトリガーを引く。
乾いた銃声とともに他の銃器とは一線を画する速度で銃弾が発射され、月明かりがそれを視認する暇もなく、夜の中へ吸い込まれていった。
そしてすぐに、メインモニターに映る標的が爆炎を上げた。
「目標の破壊を確認。お見事です」
ふう、と息を吐きながらレバーから手を離す。
「バレてはいないな?」
「おそらく問題ありません。ミラージュも、事態を把握できないままに終わるでしょう」
「よし、帰還する」
未だ空中で四散した目標を狙い続けるスナイパーライフルを降ろし、再び岩陰に身を隠す。
「待機させている輸送機が到着するまで少し時間があります。それまで、また星でも眺めていてください」
オペレーターがそう言った時には既に、アマギはモニター越しに星空を眺めていた。
「支援任務?この俺にか?」
モニター越しにオペレーターと会話していたアマギは、新たに送られてきたミッションの概要を読みながら声を上げた。
アマギはクレストの軍に所属してはいるものの、その役割は単独での隠密行動。
主に長距離からの狙撃による暗殺が、彼の仕事だった。
その彼に、味方の支援任務が来るというのは初めてのことだった。
「ええ。場所は、レクタス戦線」
「レクタス戦線……」
レクタス戦線。主にレクタス平原M05区を中心としてクレストとミラージュによる戦闘が繰り広げられる戦場で、初の戦闘が開始されてから既に一か月が経過しようとしていた。
中心地であるM05区は既に鉄屑だらけの焼け野原となっていると聞く。
「貴方には、レクタス平原M05区へ赴き、我が社の部隊の援護射撃を行ってもらいます」
「了解。日時は?」
「出撃は明日の1400です。それと、この後ガレージへ向かってください」
「ガレージへ?」
「今回のミッションで使用する兵器について、整備班から説明があるそうです」
その言葉に、アマギは疑問を覚える。
いつものような隠密行動とは異なる支援任務とはいえ、使用する兵器なら、自前のもので十分事足りるはずだ。
「どういう意味だ?」
「それを、今から聞いてきてもらうんですよ」
オペレーター本人も、分かっているような、分かっていないような言い方だ。
本当に分かっていないというよりは、自分から言うのは気が引ける、という風にもとれた。
「……わかった、行ってこよう」
ガレージに入ると、そこには走り回る人間しかいなかった。
何機も並んだMTや戦闘機の周辺を、工具やらパーツやらを抱えて走りまわる若い整備員達と、彼らに大声で怒鳴りつける中年の整備員達。
出撃するべく、ヘルメットを抱えてパイロットスーツ姿で走るパイロット達。
活気があるのとはまた違い、皆が皆殺気立っているように思えた。
この光景はいつガレージに来ても、変わることはない。
彼らを見ていると、企業というものは常に戦争をしているのだな、とアマギはつくづく思う。
入口に立っているアマギに気付いたのか、良く見知った顔の整備班長がアマギに気づいて駆け寄ってくる。
年を聞いたことはないが、おそらくアマギと同じぐらいか少し上だろう。
「おはようございます、アマギさん」
「ああ、おはよう。今度のミッションのことで、話があるそうだが?」
「ええ、こちらに来ていただけますか?」
そう言ってガレージの奥へ歩いていく班長の後を付いていくと、ACの格納庫に到着した。
格納庫のゲートを開け、班長はさらに奥へと進んでいく。そして、ある機体の前でその足を止めた。
「これが、今回のミッションでアマギさんに使っていただく機体、“シモヘイヘ”です」
班長の隣で、目の前にある機体を見上げる。
日中の荒野仕様に迷彩塗装された機体。
脚部は重量二脚。腕部も重量タイプのものが装備されていたが、コアは中量タイプ。
そして頭部には、各種センサー機能だけに特化させたアンテナ型の頭部パーツが装備されていた。
左肩には、アマギが普段使用している高性能のレーダー。
ここまでならばその辺にあるACとなんら変わりないが、ある巨大なパーツがアマギの眼を引いた。
「あの銃は何だ?」
機体の右腕には、おおよそ見たこともない大型、長銃身のライフルの化け物のような武器が装備されていた。
外観は、肩のグレネードランチャーを右手に装備してみた、という言い方がぴったり来る。
グリップの上に取り付けられたレシーバー部分は、後ろから立方体、円筒、六角柱を重ねたような外観。
レシーバー左側面には、グリップのような形状をした突起が飛び出していた。
巨大なレシーバーからはさらに、、キャノンの砲身かと思えるほど太いバレルが地につくほど長く伸びており、バレル先端にはマズルブレーキと思われる穴が開いた箱のようなものが取り付けられていた。
奇妙に思えるのは、レシーバー後部には他のAC用重火器には見られない、ストックのようなものが肩関節付近まで伸びていることだった。
銃全体の色は、荒野戦を想定してか薄黄色一色に塗装されていた。
「あれが今回の目玉、ボルトアクション式大口径スナイパーライフルです」
その言葉に、アマギは自分の耳を疑った。
「ボルトアクション式だと?あの旧式のか?」
ボルトアクション式。一発弾丸を発射するたびに手動で排莢、装填を行うタイプのことだ。
主に射撃精度においてオートマチック式のそれよりも優れるが、次弾発射までの時間が致命的に遅いため、現在ボルトアクション式の銃は生産されていない。
ましてやAC用など、開発プランに上がったことさえ無いだろう。
「ええ、まだ試作品ですが。長射程、高精度、高威力を実現しようとした場合、どうしても既存のスナイパーライフルでは様々な機構が性能の妨げになるのです。そこで今回クレストは、一発の弾丸を発射することだけに特化したスナイパーライフルを開発するに至ったのです」
「そこでボルトアクション式か……言いたいことは分かるが、ACで可能なのか?」
「通常の機体ではこのライフルを使用することは不可能です。しかしこのシモヘイヘは、専用のプログラミングを施すことにより、自らの手で排莢、装填を行うことが可能になっています」
そう言われてもう一度機体とライフルを見上げる。
レシーバーの側面につけられたあの突起が、おそらくボルトの役目をするのだろう。
「実戦テストは?」
そう訊くと、班長は目を逸らして言い辛そうに口を開く。
「……本格的なテストは、まだです」
「何だと!?」
信じられなかった。
試作品、しかもここまで特殊仕様の兵器を、クレストは一度も実戦テストすることなく戦場に送りだすというのか。
「……アマギさん」
「……何だ」
「おそらく、今回がテストなのでしょう。現在レクタス戦線は我がクレストが有利な状況です。だからこそクレストは、もしテスト中に何らかの障害が発生したとしても、大した被害にはならない、そう判断したのでしょう……」
オペレーターが言い辛そうにしていたのは、おそらくこれが理由だろう。
「老兵の行きつく先は、モルモットか……あの野郎……」
よく知る兵器開発部の人間の顔が頭に浮かんだが、向こうも向こうで大変なのだろうと、無理やり納得することにした。
翌日、時刻1420。レクタス平原M05区。
アマギは、シモヘイヘごと輸送機に吊られたまま、望遠モードで前方に広がる戦場を眺めていた。
「ウチが有利なんじゃなかったのか?」
半分呆れたような声で、オペレーターに尋ねる。
「昨夜のうちに状況が変わったようです。どうやらミラージュが、新型の機動兵器を投入したようで」
「あれか」
シモヘイヘのモニターには、四本の脚で戦場を闊歩する大型の機動兵器が映っていた。
四本の脚も円盤型の本体も、ミラージュらしく全体が流曲線で形成され、辺り構わずレーザーをまき散らしている。
クレストもMT部隊も敵機を包囲するように動き応戦しているが、有効なダメージを与えられている様子はない。
それどころか、敵機を包囲しているにも関わらず、機動兵器の有する内蔵型レーザー砲門が全方位に設置されているため、側面を取ろうと背後を取ろうとことごとくその大出力のレーザーの前に破壊されていった。
「派手な性能だな」
「まずは、あの機動兵器の破壊を優先してください」
「言われなくても分かってる。さっさと降ろせ」
軽い衝撃とともに機体が浮遊感に包まれ、自由落下を始める。
そしてすぐに、隆起した丘の上に降り立った。
戦場、特に敵機動兵器との距離は、約1000といったところか。
いつも軽量二脚を使っているため、重量二脚での戦闘は初めてだったが、着地時の衝撃から随分と自分の体が重くなったように感じた。
「今回使用するライフルは大変高反動のため、肩のキャノン系統と同じようにその場で構え動作を行わなければ使用することができません。留意してください」
「了解。シモヘイヘ、味方部隊を援護する」
その場で構え動作に入ると、ガチャリと大きな音を立てながらスナイパーライフルを構えた。
やはりレシーバー後部に取り付けられた部分はやはりストックだったらしく、構えたときにストック底部が肩の関節部に押し付けられる形となっていた。
左腕はおそらく、すぐに排莢する為と銃身のブレを抑える為だろう、側面のボルトを握っていた。
モニターを望遠状態のまま、機動兵器をロックサイトに収めると、すぐにロックオンマーカーが機動兵器中央に被さった。
「敵機動兵器、ロック完了、射撃に――」
パパパパパッ。
「ッ!?」
突如モニター全面が真っ白なスモークで覆われ、さらに機動兵器へのロックオンマーカーが外れた。その上再度ロックすることができなくなっている。
「スモークに加え、ステルスか……」
「どうやら対AC用として、ACからロックされると自動的にスモークを射出、並びにステルスが機能するようです」
「なるほどな……だが、甘い」
静かに、落ち着いた声でそう言うと、メインモニターの望遠を解除、次にFCSをノーロックモードに切り替えた。
「この距離であのデカさ……外さんよ」
先日の夜間での射撃とは違い、おおざっぱな動作で真っ白なスモークの中央へ狙いを付ける。
そのままスモークが薄く晴れるまで、静かに呼吸しながら待つ。
「……ファーストショット、エイム」
スモークが段々と晴れ、その中に機動兵器の影を確認できるほどになったころ、静かに呟いた。
「ファイア」
銃声と呼ぶにはあまりに大きすぎる、咆哮と呼ぶべき乾いた音が戦場に鳴り響いた。
「ファーストショット、ヒット」
モニターには、自身を覆うスモークが完全に晴れ、滑らかな装甲にクレーターのような大穴を開けた機動兵器が映っていた。
通常の兵器ならばその大穴で機能停止どころか爆散していただろうが、相当頑丈にできているようでまだ何とかその足を動かしていた。
「瀕死だな。……それにしても、交通事故ってのはこんな感じなのかね。リコイルが酷過ぎる」
弾丸射出時、コクピット内に伝わった衝撃は相当なものだった。
シートベルトをしていなければ、それこそ交通事故のように頭を前方に突っ込ませていただろう。
「その重装フレームに加え、ストック、マズルブレーキを採用した上でその反動なのです。おそらく普段の貴方の機体では、射撃とともに右腕が吹き飛んでいたでしょう」
「ならさっさと改良するように言っておけ。重量型は好かんからな」
愚痴をこぼしながら、もう一度トリガーを引く。こうすることで、機体が排莢、装填を行うとのことだった。
左手が握っていたボルトを後ろに引き、ライフルから空薬莢を排出する。
続いて左腕手首内側に装着されたローダーから一発の弾丸が排出され、それを手のひらで受け止める。
そしてその弾丸を弾倉に持って行き、その指で装填した。
「ほう、面白いな」
ボルトを戻し、再び目標に狙いを定める。
「セカンドショット、エイム」
先程とは少し狙いをずらし、機体の後部を狙う。
「ファイア」
二度目の咆哮が轟くとともに、敵機動兵器が衝撃に大きく揺れる。
そしてその装甲には、先ほどのクレーターの隣に二つ目のクレーターが出来上がっていた。
「セカンドショット、ヒット。目標撃破」
目標撃破と呟くアマギの眼には、脚を折って地に伏し、二つの大穴から火を噴きあげる機動兵器の姿が映っていた。
「お見事です。引き続き、味方の援護を続けてください」
「了解」
レーダーを確認するが、戦場から距離が離れすぎているため範囲内に捉えきれず、正確な敵機の数が把握できない。
仕方ないので、目視で目に入った敵機から撃破していくことにした。
「排莢――」
トリガーを引くと機体がボルトを引き、空薬莢を排莢する。
「――装填」
ローダーから弾丸を取り出し、弾倉に装填――
「な……っ!?」
できなかった。
弾倉に込められるはずだった弾丸は、カチンと音を立ててレシーバーのフレームに当たり、十メートルほど下の地面に落ちていった。
「おいオペレーター、何だ今のは!?」
「な、何だと言われましても……まだ動作の正確性に難があるというか……」
「チッ、もういい!」
いい加減なものを渡されたことに腹を立てながら、もう一度トリガーを引く。
しかし機体は弾丸の装填を終えていると思っているため、ライフルから弾丸を発射しようと試みるだけだった。
しかし当然薬室に弾丸はなく、画面に表示される、“NO BULLET”の文字。
その文字が自分を挑発しているように思えて余計腹を立てながらも、もう一度トリガーを引く。
排莢動作の後に、装填。
どうやら今度は上手くいったようだが、失敗するところを見せられた後では、不安で仕方ない。
「やれやれだ……」
残っているの敵機は普通のMTだけなので、FCSのノーロックモードを解除、とりあえず狙いやすい場所にいるものから狙う。
トリガーを引くと、咆哮とともにロックしていたMTの上半身を一瞬で吹き飛ばした。
それでも弾丸は弾丸の威力は衰えず、そのまま背後にあった機動兵器の残骸をえぐった。
「MT相手には強すぎるな……」
もし破壊したMTの後ろに味方がいれば、その味方まで巻き込みかねない。
次弾を装填し、なるべく周囲に味方がいない目標に狙いを定め、破壊する。
「三時方向に敵増援を確認。先程の大型機動兵器です」
「まだいたのか」
機体を旋回させると、四本の脚からブースターを吹かしこちらへ高速で接近してくる機動兵器の姿が確認できた。
距離はまだ遠く、シモヘイヘの射程圏内ではあるが敵機動兵器の射程圏内とは到底思えない。
やるなら今のうちだろう。
「狙いはおそらく貴方です。接近される前に迎撃してください」
「了解」
またスモークを撃たれては厄介なので、最初からノーロックモードに切り替え、手動で狙いを定める。
「ファイア」
轟音とともに、機動兵器の前足が一本吹き飛んだ。
バランスを崩した機動兵器はそのまま倒れ込み、機体全面を豪快に地面に擦りつけながら止まった。
「排莢、装填」
三本の脚でなんとか起き上がろうとする機動兵器から目をそらさず、次弾装填の為にトリガーを引く。
ボルトを引き、排莢。ローダーから弾丸を手のひらに落とし、弾倉へ持っていく。
そしてそのまま弾丸を、地面に落とした。
「な、おいっ、またか!?」
急いでガチャガチャとトリガーを何度も引き、再度装填させようとする。
が、一々射撃行動と排莢行動を取るのでじれったい事この上ない。
そうしている間にも機動兵器は起き上がり、三本の脚でなんとかこちらへ接近してきている。
「さっさとしろ、このポンコツ!」
なんとか装填を終えると、急いで敵のど真ん中に照準を合わせ、トリガーを引いた。
ライフルの咆哮と装甲を破壊する音が重なり、物騒な音が辺りに響き渡る。
機体の真正面から侵入した弾丸は内部の電装部をことごとく破壊しながら突き進み、機体中央でようやく止まった。
同時に、機動兵器の動きが停止し、その場に崩れ落ちる。
「撃破!」
すぐにもう一度トリガーを引き、余裕のあるうちに装填を済ませておく。
が、すぐにオペレーターからミッション終了を告げる通信が入る。
「もう十分でしょう。輸送機を向かわせるので、帰還してください」
「了解。……もう勘弁だな、こんなことは」
輸送機に吊られながらアマギは、兵器開発部の連中にいうべき文句をずっと考えていた。
「リロードの成功回数が六回に対して失敗が二回だぞ!?よくもあんな不良品を使わせてくれたな!?」
バン、とデスクを叩きながら叫ぶアマギの目の前には、冷静な顔でこちらを見つめる妙齢の女性が座っていた。
おそらく女性の研究室か何かだろう。部屋には書類が散乱し、床には本が積み上げられている。
中々に大きな部屋で彼女の部下と思われる人間も何人かいたが、今は何もせずにただ二人の会話を興味深そうに聞いていた。
「仕方あるまい、こちらとて満足に試験も行っていない兵器を戦場に送り出すなど本意ではなかったのだが、上にやれと言われればやるしかないのだ」
「反論ぐらいしねえのかっ!?」
「したともさ。だがたかが一研究員が何を言ったところで、彼らの老いた耳には聞こえんようだ」
呆れた口調でそう言うが、女性の表情はいささかも変わらず、無表情のままだ。
「じゃあ今度から俺が――」
「やめておけ。礼儀も知らんお前が言ったところで、お前の首が飛ぶだけだ。何も変わらんさ」
「ぐ……っ!」
「まぁ、次からは何かと理由を付けて待ってもらうさ。私としても、“亭主に”死なれては寝ざめが悪いからな」
そう言って僅かにほほ笑む女性の胸には、「Shirley Amagi」と書かれたネームプレートが付けられていた。
「他の奴ならいいのかよ!?」
「さあ、どうだろうか。兵器開発に携わる人間など、案外非情なものだぞ?」
「……反吐が出る」
「構わんが、床は掃除して行けよ?」
「帰る!」
全身から遠慮なく不機嫌さを醸し出しながらアマギが出て言った後、部屋のそこここで研究員同士が小声で話を始めた。
何についての話かは、言うまでもないだろうが。
「話をしている暇があったら、手を動かしたらどうだ?」
部屋から、一切の話し声が消えた。
翌日、件のスナイパーライフルの開発プランが凍結される。
その理由について開発主任のシャーリー・アマギ博士は
「高い頻度で発生する装填の失敗に加え、銃本体の大きさ、重量、射撃時のリコイルの大きさから、特定の機体でしか運用できないことの限定性」
を挙げていたが、研究所内での見解はどうやらそれとは異なるようだった。
彼女の部下曰く、「あれが正式採用されれば優秀なスナイパーであるタイガ・アマギが使うことになるから」。
つまり夫の身を案じてプランを凍結させたということだが、当の二人は相変わらず毎日口喧嘩を繰り広げていた。
そしてすぐに、彼女の部下達の話題はいつもと変わらぬ議題にシフトすることになる。
“なぜ、年も離れ毎日喧嘩ばかりしているあの二人が離婚することなく続いているのか”
彼らの私生活でも見てみない限り、この議題に結論が下されることはなさそうだったが。
普通荒野でバーレットみたいな対物ライフルなんてぶっぱなしたら砂塵で何も見えなくなると思うんだけど、
その描写始めたらいろいろ不都合が生じ始めたのでやめました。
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