「失われた人の話」(2008/09/22 (月) 18:00:08) の最新版変更点
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昏い闇の中にわたしはいる。
どうやら、わたしはここで産まれたようだ。
誰によって産み出されたのか、何の為の命なのか分からない。
わたしはゆっくりと眼を瞑る。
この昏黒はとても心地よい―母の手に抱かれているようだ。
微睡む事もなく、わたしは眠る。眠らなければならないようだ。
―幾ら時が経ったろう。時刻を確認する事はない、ただ待ち侘びている。
わたしは指を噛みながら、茫洋と座っていた。
そして―来たようだ。
何か大きなものが呼んでいるのを感じる。母だろうか
わたしは立ち上がると、迷うことなく歩いていった。
闇は少しづつ薄れている。外に出ようとしているのか?
体は別の生き物のように、歩行という運動を続けている。
わたしはそれに従いながら―歩いていった。
後ろから最悪の存在が迫りつつあるのを、彼は感じた。
普段ならば反撃もしただろう、だがもう無理だ。
気温のせいもあるだろうが先程から体が震えていた。死の恐怖だ。
随分と「軽くなった」機体を駆り、彼は必死に逃げ続けた。
「なんで、あいつは・・・!」
火花を散らし、装甲の剥がれ落ちた機体を―追いかけるモノがいる。
緩慢に、だが確実に追いすがっていく、四本脚の影。
「こんなところで・・・死んでたまる・・・か!」
情けないほど裏返った声で、彼は叫ぶ。
機体が限界に達している。停止寸前―死の訪れ
彼のACが小爆破を起こしながら、停まった。衝撃で大地に機体が沈む。
息が詰まる。肋骨が何本か折れたようだ。
彼は混濁した意識の中で、モニタに映る最悪の敵の姿を見た。
四脚のAC―不気味にオレンジ色のカメラアイが光っている。
「・・・―コール」
彼は、最期に奇妙な言葉を聞いた。
最悪の気分だ。
それが最近の常態なのだが―と冷静な部分にいる僕が呟いている。
僕はそれまで吸っていた煙草を投げ捨てるとそのまま踏みにじった。
近くにいた整備員が怪訝な顔をしたが―視線に気づくと眼をそらした。
(ちっ、だから人は嫌いだ)
悪態を吐きながら近くの手摺りに寄りかかった。
ここはACの整備工場。専属企業のないフリーランスのガレージだ。
クレストやミラージュの様なAC企業は大抵、専属のガレージを所有している。
企業契約をしているレイヴンが使用するためのものだ。
だが企業とは相容れないレイヴン―つまりはジナイーダの様なレイヴンは
ここで整備をする。もっとも彼女は自分のガレージを持っているだろうが。
(そして僕のような)
僕は視線を上に上げて、目の前に立ちはだかる巨大な蜘蛛を見た。
頑強な装甲、迷彩のカラーリングを施している。
AC「バレットライフ」―四脚脚部に実弾兵器を搭載した単純で、強力な機体。
自慢の、そう最強といってもいい機体だ。前の搭乗者含めて
今は破損個所を修理に出している所だ。後、数時間で終わるだろう。
(ああ、苛つくな)
心の中で悪態を吐くと、どっかりと座り込んだ。
他人の眼を気にする必要はない。ここにいるのは僕だけなのだから。
何かが震えている―
それは自分の体なのか、他の何かなのか、わからない。
「・・・イヴ、大丈夫?」
私は茫洋と横の座っている女を見た。そうオペレーター、私のパートナー
停まっていた時間が少しづつ動き始めた。ぼやけていた視界が精細を取り戻す。
何かを言わなければならない―彼女を心配させてしまう、
「・・・うん、大丈夫」
驚くほど小さい声だった。自分の声とは思えなかった。
「大丈夫じゃ、ないでしょう。まだ死んだわけじゃないんだから」
「わかってる・・・うん」
言葉に詰まって私は俯く。
「予感なんてものは、捨てなさい・・・ACの損傷したパーツは見つかったとしても
彼の死体が見つかっていないんだから、きっと脱出して、生きてるわよ」
「でも・・・私に連絡しないのは何故?彼なら・・・生きていたら。」
「・・・」
海の底の様な、深い沈黙が部屋に訪れた。
横に座っているオペレーターの―ユリは眼を閉じて何かを考えている。
私は気づかない間に泣いていたらしい、そっと拭う。
―数分の沈黙は、彼女の一言で終わった。
「武器カメラの・・・戦闘記録から分からないかしら」
私は突然の発言に少し戸惑った。彼女の顔を見る。
「一部の射撃武器には整備士が銃機構を確認する為に小型カメラが内蔵されているの」
ユリが生真面目な眼をこちらに向ける。
「それで発射弾の軌道や弾速の計測をするの、これは整備士しか知らないことだけども」
―わたしは元整備士だったから、と彼女は言う。
「それのログデータが破損せずに残っているのなら、あるいは」
私が言葉を続ける。胸の内の陰鬱な感情は変質しつつあった。
「・・・手がかりに、なる?」
どうやら機体は快調の様だ。内部機器が正常に作動している。
僕は内部機器の処理をしめすパイロットランプを横目で見て、満足に頷く。
モニタの外には外世界―ザーム砂漠が広がっている。
機体がブーストを噴射するごとに砂の海が鳴動し、噴煙が上がる。
僕はレーダーを確認しながら、依頼の内容を思い出す。
送信者:イヴ
件名:無題
あなたに聞きたいことがある。
14時にザーム砂漠202ポイントで待っている。
必ず来てほしい。
―愚かしい限りだ。聞きたいこと?
このレイヴンは、「過激派レイヴン」として知られている男―リム・ファイアーに
「聞きたいこと」があると伝えてきたのだ。
明らかな策略―そうトラップを張って待ち構えているだろう。
「望むところだ、レイヴンめ」
僕は独り言を呟きながらグローブに包まれた拳を強く握った。
気分が高揚している。
久々の戦闘に「バレットライフ」も喜んでいる事だろう。
『AC、確認』
(後方か)
旧式のCPUから発せられる音声が「敵」の接近を告げた。
僕は武装のフェイルセーフを解除すると、後方へ機体を旋回させる。
白色にカラーリングされた機体が太陽光を反射し、煌めいている。
大きく突き出た特徴的な両肩、肩の先端にはミサイル誘導装置が装着されている。
武装は鉄鋼弾を使用した強力なガトリングガン。左手には携行を容易にしたグレ
ネードを装備している。肩には高機動型のミサイルを配備しているようだ。
「待たせたわね、リム・・・ファイアー」
「イヴというのはおまえか?覚悟は出来ているか?」
僕は返事をまたぬまま攻勢に出ようとした―だが
「違うわ、私はあなたに聞きたいことがあるの」
僕は嘲笑を通り越して呆れた。
何を言っているのだ、こいつは―馬鹿なのか?
女の声が告げる。
「あなたが、どんなレイヴンか・・・分かっている。」
「分かっているのなら能書きは無用だろう?懸賞金狙いだろうが」
僕は苛苛しながら言葉を返す。
「・・・違う。話を聞いて、聞いたあとなら私を殺しても構わない」
(気でも違っているのか?この女は)
一体どんな理由でここまで戦闘を避けようというのだ?
ここで話を長引かせて何を企んでいるのだ?
策略か?伏兵かもしれない。
数秒の黙考は女の言葉で終わった。
「あなたは、2日前の深夜、「オールドヒーロー」というレイヴンを倒した?」
オールドヒーロー?聞かない名前だ。今まで撃破した敵の名前は憶えている。
「いや、少なくともそんな奴を殺した憶えはないね」
女の言葉はあくまでも静かだ。だが、激情を感じる。
「・・・これを見て」
モニタの横に備え付けられた通信用のコンソールが反応した。
送信者は目の前のレイヴン「イヴ」からだ。
静止画像の様だ。一体、何なのだ?
「これは、あなたでは・・・ないの?」
画像を開いて―驚愕した。
しばらくの間、僕はその画像を凝視し続けた。
装甲で包まれた、迷彩色の巨大な蜘蛛。
強力な火力機器、最強の機体。
ただ、微妙に違う。
そんな馬鹿な―これは、これは
僕を育て上げた、失われたひと―
画像に映っていたのは―ピン・ファイアーだった。
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