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「His Vital Signs 後編」(2008/09/07 (日) 20:53:02) の最新版変更点
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試合開始の声とともに、ダブルウィングは右腕のライフルをパルヴァライザーへ向ける。
そのまま引き金を引き、連射。
放たれた弾丸は全てパルヴァライザーのコアにヒットするが、装甲に傷がついた様子はない。
「コーティングの役目になってるのか……!」
彼のACと融合したパルヴァライザーは、コアや関節などの急所をカバーするように機体を包み込んでいた。
弾丸を全て受けきった後、反撃するかのようにパルヴァライザーが突進してくる。
その速度は、通常のACよりも速い。OBまでとはいかないが、それに近い速度は得ている。
リトルベアはその速度に少々ひるみながらも、突っ込んでくる相手に対しブレードでの応戦を準備する。
突進してくるパルヴァライザーとの距離を見極め、踏みこむ。
左腕に取り付けられたブレードから橙色の刀身が現れ、右から左へ、切り上げるように左腕を振るう。
同時にパルヴァライザーも応戦するように左腕を振るう。
しかしパルヴァライザーに装備されたブレードから伸びたのは、通常の金属粒子の刀身とは全く異なる、まるで水晶のような蒼く透き通った実体の刀身だった。
長さも通常のブレードとは比べ物にならないほど長い。
「な……!」
振るわれた刀身はあと少しでパルヴァライザーを切り裂こうと肉薄していたダブルウィングのブレード部分をガンッ、と左腕ごとはじき返す。
切断能力はないようだがその代りに鈍器としての役割は優秀なようだ。
実体ブレードをもろに食らった左腕は大きくその形を歪ませ、ブレードは叩き潰されて使い物にならなくなっていた。
「くそっ!」
あの硬度でコアを殴られてはひとたまりもない。もし突き刺されでもしたら一撃だろう。
左腕を駄目にされたことに悪態をつきながらブーストを吹かして後退、大きく距離を離すダブルウィング。
パルヴァライザーもそれを追うように前進し、右腕のレーザーライフルで追撃してくる。
プラズマライフルかと思えるほどの太い光条が何本もダブルウィングに降り注ぐ。
横へスライドして回避行動をとるが、それでも何本かはダブルウィングの装甲を焼き、電装部をむき出しにする。
被弾後、ダブルウィングコクピット内、リトルベアの目の前にあるメインモニターにはいくつかの警告が表示されていた。
どうやら今ので電装部も多少焼かれたらしい。
「ライフルは駄目、ブレードも使えないとなると……」
武器を肩のミサイルに切り替え、四発分ロックする。発射。
ポッドから四発のミサイルが順次発射され、白煙を残しながら標的のパルヴァライザーへ迫るが、
当のパルヴァライザーは回避行動を取るどころか逆にミサイルの群れへ突っ込んできた。
もしミサイルが空中で分裂するマルチミサイルならばそういう戦法もあっただろうが、面として向かってくる四発のミサイルに突進するのは自殺行為以外の何物でもなかった。
結局、パルヴァライザーはミサイルを回避することもなく、四発全てをその躯体で受け止める。
爆煙がコアを包み込み、衝撃が突進の推力を奪おうとするが、それでもパルヴァライザーはダブルウィングに向かって前進してくる。
「何のつもりだ……?」
ブーストペダルを踏み込んでジャンプ、パルヴァライザーの頭上を飛び越え後ろに回り込むが、
パルヴァライザーも突進方向はそのままに急速旋回、ダブルウィングに向き合いながら後退する。
ダブルウィングは空中で再びパルヴァライザーをロックオン、ミサイルを一発、二発と多重ロックしていく。
が、ここでパルヴァライザーの異変に気付く。
先ほどまではなかった、左肩の後ろから前方に向かって長く伸びる筒。あれは――
「レーザーキャノン――」
筒の内部が光ったと認識できた次の瞬間には、ダブルウィングの頭部を光条が通り過ぎていた。
ジャァッ、とレーザーが装甲を焼く音とともに、メインモニターに表示されていた警告の類が、一瞬にして全て消える。
どうやら頭部の電装部をやられたらしい。となると頭部は完全に破壊されたとみて間違いないだろう。
「くそっ!」
悪態をつきつつ急いでトリガーを引いてミサイルを発射し、パルヴァライザーとの距離を放しつつ着地する。
三発のミサイルがパルヴァライザーに降り注ぐが、それを回避する様子はない。
こちらをじっと見据え、レーザーキャノンの砲身を静かにダブルウィングに向けている。
「まだ撃つか!?」
急いでブーストペダルを踏んで右にスライド、直後ダブルウィングのすぐ横を蒼い光条が高速で通り過ぎる。
そしてダブルウィングの放ったミサイルは三発ともパルヴァライザーに降り注ぎ、再びその躯体を爆煙で包み込む。
「回避できないのか……?」
やや遠距離から放たれたミサイルを全く避けようとせず、防御もせずに受け止めるというのはどう考えても不自然だ。
先ほどの四発のミサイルも回避行動もなく単純に突っ込んできた。
となれば現在あのパルヴァライザーを操っている“闘争本能”とやらは、相手を攻撃することだけを考え、
相手の攻撃をどうこうするという考えは持ち合わせていないと考えるのが妥当なところだろう。
それほど自身の防御力に自信があるということなのかもしれないが。
「……ん?あれは……」
爆煙が次第に晴れ、中からパルヴァライザーが姿を現す。
しかしその姿は先ほどとは少し違ったものだった。
「装甲が……」
機体を覆っていたオレンジ色のコーティング部分は、ミサイルが着弾したところだけ剥離し、その下にある通常のACの装甲がむき出しになっていた。
パルヴァライザーの足元には、その剥離したコーティングと思われるオレンジ色の物体が落ちている。
てらてらと艶めかしく光るそれは、個体というよりは、半固体、流動物のようだった。
「あのコーティング、まだ固まっていないのか……?」
まだ完全に凝固していない、または凝固することのないコーティングが、ミサイルの爆風で剥離したのだとしたら、これは有効な手段と言える。
「やるなら一気にだ!」
パルヴァライザーが再び高速で突進してくる。
ダブルウィングはそれを避けるようにパルヴァライザーを中心とした円運動に入り、ロックオンサイトにパルヴァライザーをとらえ続ける。
「……三発、四発、五発……」
パルヴァライザーに複数のミサイルがロックされていく。
指の掛けられたトリガーはまだ引かない。
その間にもパルヴァライザーはダブルウィングを追尾しながら、レーザーライフルを断続的にはなってくる。
高速で飛来するレーザー全てを回避できるわけもなく、ダブルウィングの装甲、そして内部の電装部は徐々に焼かれていく。
「……九発、十発!」
ポッドが連続でミサイルを発射できる限界までロックオンすると同時に、トリガーを引く。
くぐもった破裂音が連続で鳴り響き、赤いミサイルポッドからミサイルが次々に解き放たれる。
幾多の白煙を残しながら次々に飛んでいくミサイル群。
パルヴァライザーは相変わらずダブルウィングに向けてレーザーを放つが、偶然にもそれが二発のミサイルを空中で迎撃する。残り八発。
ダブルウィングを追従する形で地を滑るパルヴァライザーも、多少の円弧を描いて滑るがミサイルの旋回範囲外ではない。
最初の一発がコアに被弾、それに続くように残りのミサイルが連続してパルヴァライザーを襲う。
頭部、腕部、コアを中心に降り注ぐミサイルの雨は、爆煙でパルヴァライザーの姿をあっという間に見えなくする。
「どうだ……」
漂う爆煙から距離を置き、細心の注意を払いながら煙が晴れるのを見つめる。
晴れかけた爆煙の中から、信じられない速度で飛び出してくるものがあった。
コアを中心として、通常のACの装甲がほとんど露出したパルヴァライザー。
コーティングを剥がすことには成功、コア自体にも、多少の損傷を与えている。
巨大なブレードを携えた左腕を振りかぶったまま一瞬でダブルウィングに肉薄し、ずしゃ、という音を響かせる。同時に大きな衝撃。
「がっ!」
急な衝撃に脳が揺られる。ヘルメットをしているが、だからといって衝撃を無効化できるものではない。
軽い脳震盪を起こしながらもメインモニターを見る。
大きく全面に映し出されるパルヴァライザー。大部分が剥離しわずかに張り付いているオレンジのコーティングがまるで皮膚のようで、なんとも不気味だ。
頭部が破損しているため被害状況が分からないが、衝撃の方向からしておそらく機体左側をやられたか。
あの体勢からブレードを振るったとすると、直撃したのはおそらく左腕。
「右腕でなくて助かったよ」
後ろにダッシュし、少々距離を離す。
ちょうどAC一体分、距離の離れた二体が各々のライフルを構えるのは同時だった。
ジャカッと音を立てて空中で向き合う二つの銃口。先に引き金を引いたのは、パルヴァライザーだった。
放たれた一条のレーザーは、ダブルウィングをかすめることもせずにあさっての方向へ飛んでいく。
にやりと笑うリトルベア。
レーザーライフルの銃身に添えられた、ダブルウィングのライフルの銃口。
ダブルウィングはパルヴァライザーが引き金を引く直前に一歩踏み込み、ライフルの銃口でパルヴァライザーのレーザーライフルをいなしていた。
結果、放たれたレーザーはあさっての方向へ照射され、後方の壁面に小さな焦げ跡を作ったのみとなった。
もう一歩踏み込み、パルヴァライザーのコアにライフルを突き付ける。
この距離ではレーザーライフルもブレードも、たいした効果はなさない。
「僕の勝ちだ」
広い部屋に連続した何発もの銃声が鳴り響き、それが止む頃には、パルヴァライザーが黒煙を上げながら膝をついていた。
「……やれやれ。“粉砕する者”も大したことないな。」
彼からの通信。どうやら、戦闘が終了して意識が戻ったらしい。
「君が操縦してたら、負けてただろうね」
「へへ。……お前に負けないように努力、してたんだけどな……こんな奴に取り込まれるようじゃ、俺もまだまだだ……」
「…………」
「なあ、リトルベア」
「……うん」
「これほどの科学力を持っていながら、なぜ旧世代は滅んだと思う?」
「え?えっと……大破壊、かな」
突然の質問に戸惑いながらも、リトルベアはなんとか思いついた回答を返す。
「大破壊か。確かに俺たちのレイヤードが作られた理由はそれによるものだが、それとはまた別の理由だ。単純明快な理由だよ」
「自滅したのさ。自らの作り出した生物兵器を制御しきれず、文明ごと滅ぶに至った。ここで作られている兵器は、それほどの脅威を持っている」
「あれが外に解き放たれたら、人類に未来はない。だから、お前が止めてくれ。あの根元から、精製施設の中枢へ行ける」
パルヴァライザーの腕が指し示す先には、焼けただれた巨大な機械が壁に埋め込まれる形で鎮座していた。
「分かった。任せてくれ」
「……ああ、それと、お前のオペレーターに、伝言を頼みたい」
「私に?」
「そうだ。……エマに、謝っておいてくれ。いきなり消えて悪かったって」
「……直接、言ったらどうですか」
「無理だな……もう持たない」
パルヴァライザーの右腕が突如爆散する。
間もなく、右腕だけでなく、全身が粉々に吹き飛ぶだろう。
「リトルベア。お前をこんなところで死なせることになった上に、大変なこと頼んじまったが……責め苦は向こうでお前の気が済むまで聞こう……じゃあな」
パルヴァライザーはその場に静かに倒れこむと、一際大きな爆発音とともに、跡形もなく砕け散った。
機械の根元を破壊すると出てきたのは、AC一体分ほどの大きさの空洞だった。
中は真っ暗でどこまで続いているのかも分からない。
一歩踏み出し、空洞に入る。自由落下。
長い長い空洞は、一向に終りが見えない。
「こりゃ、確かに帰れないな」
「リトルベア……」
「人類の未来がかかってる。最後まで、サポートよろしく頼む」
「……わかりました……」
その後沈黙が続いた後、ようやくダブルウィングは空洞を抜けた。
円形の部屋の中央に、六本の光の柱が伸びていた。
ここが、精製施設の中枢らしい。
「これが、中枢……」
なんと美しい部屋だろうか。
幾何学的な模様が描かれた床に断続的に赤い光が立ち昇る壁。
とてもここが生物兵器を作り出す施設の中枢とは思えない。
「壁面に、六つの熱源を確認。おそらくエネルギー供給源と思われます。全て破壊してください」
「了解」
傷ついた機体を引きずりながら、ライフルで壁面のパネルを順番に破壊していく。
「次で最後です」
最後のパネルにライフルを数発撃ちこみ、破壊する。
部屋の中心にあった光の柱が消え、部屋全体の明かりも消える。
先ほどまでとは正反対の、薄暗い部屋がそこにはあった。
「これで、終りか……」
天井を見上げて、リトルベアが呟く。
「これで、この施設は停止。悪魔の生物兵器は、地上に出ることなく、ここで朽ち果てることになる」
「約束は、果たしたよ……」
「リトルベア……どうやら、その部屋からの脱出方法は、あの空洞以外にないようです……」
オペレーターが言いづらそうに告げるが、リトルベアはあまり気にした様子でもない。
「そうか。あの空洞を登るのは、無理だな。距離がありすぎる」
ダブルウィングの戦闘モードを切り、膝をつかせる。
「できれば彼の傍で死にたかったけど、それも無理か……」
シートベルトを外して、手にはめたグラブを脱ぐ。ヘルメットも抜いだ。
シートを後ろに倒し、静かに横たわる。
目を瞑ると、死が目の前にあるというのに驚くほど心が穏やかなことに気づいた。
「餓死はごめんだからね、あとは、リトルベアを自爆させるだけ。こんな機能いつ使うのかと思ったけど、意外なところで使うもんだ」
「そんな……!救助を要請します!それまで待ってください!」
「ここまで救助になんかこれるはずないよ。それに……彼を待たせちゃ悪い」
「諦めないでください……!」
オペレーターが悲痛な声を上げる。通信機の向こうでは、泣いているだろうか。
救助部隊がここまで来れるかどうかは、コーテックスに属する彼女が一番分かっていることだ。
「……もういいんだ。僕はレイヴンとして十分満足した。思い残すことは、何もない」
「残された人は、どうなるんですか……」
それは、自分の家族や友人だろうか。それとも、彼女自身か。
「……ごめん……」
「そんな言葉いらないから……だから、帰ってきて……!」
後は、通信機からは彼女の嗚咽が聞こえてくるばかりだった。
いつまでも、いつまでも。決して彼女が泣きやむことはなかった。
「……部屋の住所を送信しておくよ。犬を飼ってるんだ。君に後の世話を頼みたい」
「っく……ひっく……そんなの……こんなときに……」
「うん……でも、これぐらいしか、僕が君に残せそうなものはないから」
「……っ……っく……」
「……じゃあ、もうそろそろ行くよ。今まで、本当にありがとう」
コンソールパネルを操作し、ダブルウィングの自爆装置を作動させる。
数十秒後には、ダブルウィングは搭乗者もろとも、粉々に爆散するだろう。
「最後にもう一つお願い。もう誰も、ここへは近づけないようにしてほしい。この施設が再び蘇ることがないように。もう誰も、ここで死ぬことがないように」
「……っ……はい……」
彼女の返事は悲しみにまみれたものだったが、それでもはっきりとした返事だった。
「ありがとう。……それじゃあ、もう時間だ。さようなら、――――」
最後に呼んだ彼女の名前は、爆音にかき消された。
それから数日後。
三大企業をはじめとする企業群は、突如未踏査地区周辺からの完全撤退を表明、以降地上開発は未踏査地区とは正反対の地域を中心に展開されることとなり、
未踏査地区及びその周辺はコーテックスにより完全封鎖地区に指定された。
それからというもの、未踏査地区周辺に近寄る者はおらず、その存在も時の流れと企業間の覇権を巡る戦争の中で忘れ去られることとなった。
そして、数十年後。コーテックスに代わりレイヴンズアークがレイヴンを管理する未来――
『ナービス、自社領の未開発区で謎の新資源を発見か』
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