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「His Vital Signs 前編」(2008/09/07 (日) 20:51:45) の最新版変更点
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一人の天才的レイヴンがいた。
彼はアリーナに参戦するやいなや、怒涛の勢いでランキングを駆けあがり、
当時無敗を誇っていたメビウスリングをいとも簡単に沈め、新たなチャンピオンとしてアリーナの頂点に立った。
アリーナ史上最強との呼び声も高く、数年前管理者を破壊したレイヤードのレイヴンとも互角、いやそれ以上かもしれないとも言われていた。
彼はアリーナの戦績だけでなく、傭兵として数多くの困難なミッションを成功させた。
最も有名なのが、未踏査地区、サイレントライン侵入。
レイヴン、いや地上と地下に生きる全ての人類の中でおそらく唯一、未踏査地区へと足を踏み入れた男。
コーテックス直々の依頼により彼がサイレントラインに侵入してから数時間後、
未踏査地区全域を大気圏外から監視、侵入者を撃退していた巨大衛星砲、及び各地に出没していた無人兵器はその全機能を停止した。
ミッションは成功した。誰もがそう思った。
しかしそれから何十時間が経過しようとも、結局、彼がサイレントラインから帰還することはなかった。
彼の専属オペレーターを務めていたエマ・シアーズも、侵入直後に通信障害が発生したらしく内部で何が起こったかは分からないという。
ミッションには成功したが帰還不可能となった、それが世間一般の見解らしい。
「世間一般の、ね。君もそう思ってる?」
愛機ダブルウィングごと輸送機に揺られながら、リトルベアはオペレーターに通信機越しに訊いてみる。
「内部で何者かと相討ち、ということも考えられますが……帰還不可能、というのが最も現実的かと」
「そうか」
「まるで、あなたは違う見解だとでも言いたそうですね」
「え?ああ、うん……」
自信なさげにリトルベアは答える。
「なんとなく、だけど。今でもどこかで生きてるんじゃないかな、って思うんだ」
……はぁ、とオペレーターがため息をつくのが聞こえた。
「もしかして、それを確かめるためだけに志願したんですか?
「ま、否定はできないかな」
再び、大きなため息。
「Bランク1位をかけた試合を棄権してまで、志願した理由としては妥当なところですね」
呆れて嫌味を言ってくるオペレーターに、思わず苦笑する。
「いいんだ、別に。……いいんだよ、アリーナなんて」
「リトルベア?」
「Bランク1位になろうが、チャンピオンになろうが……彼のいないアリーナに、意味なんて無い」
――これからは、君に勝てるよう努力するつもりだ。
彼と初めて対戦した後、自分はメールで彼にそう言った。
自分はいつも新人に負ける度にこういった内容のメールを送っていたのだが、まともに返事をくれる者はいなかった。
だから彼からメールが返ってきたときは驚いた。しかも五分と経たずにだ。
彼からの返事はとても簡素なものだったが、自分を奮い立たせるには十分なものだった。
――なら俺は、お前に負けないよう努力しよう。
彼に勝つこと。
レイヴンになってからただACに乗っているということだけで満足していた自分が、確固たる目標を築いた瞬間だった。
それからは、ただ彼に勝つことだけを目標に、がむしゃらに腕を磨いた。
オフの日もアリーナに足を運んでは全ての試合を観戦、研究した。
そうして少しずつ戦績が上がってきたころ、彼は無敗を誇っていたメビウスリングを破る。
信じられない速さでのランクアップ、そして頂点。
その偉業を可能にした、圧倒的な強さ。
表彰式では誰もが彼を認め、惜しみない拍手を送った。敗れたメビウスリングでさえも。
アリーナのモニターで見ていた自分は、拍手を浴びる彼が照れくさそうにはにかんでいたのをよく覚えている。
その日、彼から一通のメールが届く。
あの日以来彼と連絡を交わしたことはなかったが、彼の文面は相変わらず簡素なものだった。
――チャンピオンベルトとともに待っている。
あの日以来何の交流もなかった彼がメールを送ってきたことにも驚いたが、自分に発破をかけてきたことにはさらに驚いた。
史上最強とも言われるトップランカーの彼が、まだまだ下位のどこにでもいるレイヴンに、そんなことを言ってくるとは夢にも思わなかったからだ。
彼に勝つこと。
自分の唯一の目標であったそれは、史上最強のトップランカーを破り、アリーナの頂点に立つことと同義となった。
「そう、唯一の目標だったんだ」
哀しそうな眼でリトルベアは続ける。
「彼に勝つこと。彼に勝って、トップに立つことが。だから彼に勝たずに得るトップランカーの称号なんて何の意味もないし、欲しくもない」
「……生きてると、いいですね」
「生きてるさ。衛星砲の攻撃の中でも生き残ったんだ。彼がACの中で死ぬことなんて、絶対にありえない」
「ええ、そうですね。……間もなく目的地付近に到達します、戦闘態勢を整えてください」
「了解」
今回、リトルベアが自ら志願したミッション。
それは、未踏査地区最深部再調査。
当初はAランクのフォグシャドウがこのミッションを受ける予定だったのだが、リトルベアがフォグシャドウに頼み込んで譲ってもらったのだ。
依頼者はグローバル・コーテックス。
依頼内容は、消息を絶った彼に代わり、再び内部の調査を他のレイヴンが行うというものだった。
前回の調査では最深部は全くの未知の領域だったので、ずば抜けた強さを持った彼が派遣されたが、
現在は衛星砲や無人兵器が機能停止したことから見て、内部の危険度は低下しているとみられる。
そこで、多少ランクの低いリトルベアでも派遣が認められたわけだ。
後ろでゲートが低い音を立てて閉まる。
「作戦区域への侵入に成功、これよりミッションを開始する」
「わかりました。内部の敵は彼が先に掃討している可能性が高いとはいえ、内部の情報はゼロに近いです。十分注意して進んでください」
「了解」
目の前のゲートを開け、先の部屋に入る。少し高い位置に扉が見えた。
「通信障…が発生……す。強化レーダー…オン……てください」
「了解、エクステンション起動。強化レーダー、オン」
今回、リトルベアはコーテックスからAC用レーダーを貸与されていた。
考え得るあらゆる通信障害を無効化する特注のシロモノで、エクステンションとして装備、起動すればどんな状況下でもオペレーターと通信、状況送信ができる優れものだ。
前回の調査で既存のパーツでは侵入直後に通信障害が発生して調査などまるでできない状況だったので、打開策として一機だけ作られたらしい。
「……通信が回復しました。問題ありません。このまま作戦を続行してください」
再びゲートをくぐり、長い通路に出る。
左右の壁、天井、床の全てを、青い模様が流れていく。
「これは、まさか……?」
ブーストを吹かして通路を進み、突き当りにあったゲートをくぐる。
縦長の部屋だった。
強固な透明の板がはられているため上下の限界まで移動することは不可能だが、上も下も霞むほどに長い。
ダブルウィングの目の前には、見たことのないACの残骸が横たわっていた。おそらく、無人兵器だろう。
しかしそれよりも気になるのは――
「……やっぱり……!」
「どうしました?」
「ここは、まだ稼働している……!」
「なんですって!?」
部屋の床や天井は明々と光を灯し、壁に埋め込まれた棒状の機械も光を灯したまま回転し続けている。
これを正常に稼働しているといわずになんと言おうか。
「もしかしたら、まだ終わってないのかもしれない……」
「急ぎましょう、リトルベア」
「ああ」
部屋のゲートをくぐり、通路を抜けた先にはエレベーターがあった。
部屋の中央にきた途端下降を始めたので驚いたが、エレベーターは何事も無いかの様にゆっくりと下降していく。
「…リア……確……」
「何だ!?」
途端にノイズにまみれた通信が入る。オペレーターのものではない。
「わかりません。外部からの通信のようですが、発信源は不明です」
「……XA-26469……お前か、リトルベア……」
「な……!?」
「その声は……!」
自分は彼に直接会ったことはない。しかし、彼の肉声はモニター越しに何度も聞いている。
そして今どこからか通信してきているこの声は、間違いなく、彼のものだった。
「まさかお前が来るとは予想外だったが……いや、逆に好都合か。奥へ来い。そこで待っている」
「ま、待ってくれ!君は――」
通信機からは何の応答もない。いくら名前を呼んでも、それきり彼の声が聞こえることはなかった。
「…………」
エレベーターはいつの間にか停止し、目の前にはゲートが現れていたが、リトルベアが進む気配はない。
「リトルベア……」
オペレーターが心配になり声をかける。
「……行こう。彼は生きてた。そして、奥にいる。迎えに行かなきゃ」
「ええ。……よかったですね」
「ああ。素晴らしい日だ」
二度目のエレベーターを降りた先。
とても大きな部屋が広がっていた。
正面の壁には焼けただれた巨大な機械が埋め込まれており、その前面には防護壁だったのだろうか、割れたガラスのようなものが残っていた。
そして、さらにその前には、一機のAC。
「あの機体は……」
心当たりがある、という風にオペレーターが呟く。リトルベアも、その機体形状には見覚えがあった。
「……よう。久しぶりだな」
紛れもない、彼の声。
今リトルベアの目の前にいるのは間違いなく彼だ。
だが、彼が今乗っていると思われるそのACは――
「その機体は、一体……」
「ふふ、不様だろう?笑ってくれ」
機体は間違いなく彼が愛機としていたものだった。
だが、その機体は今不気味なオレンジ色に光る物体に包まれ、いや、融合していると言った方がいいかもしれない。
オレンジ色に輝く物体と融合したその機体は、不気味に高い音を発しながら佇んでいた。
「パルヴァライザー、というらしい」
「パルヴァライザー……?」
「ACに寄生して苗床とし、成長するとともにACと融合、支配する生物機械だそうだ」
「生物機械……?そんなものが――」
「可能なんだよ。旧世代の技術ではな」
「旧世代……?」
「そう。このレイヤードはただのレイヤードなんかじゃない。旧世代の人間たちが作り出した、生物兵器精製施設だ」
「なんでそんなこと……」
「全て、IBISが教えてくれた」
「アイビス?」
「このレイヤードを管理していたAIだ。俺が破壊したがな。奴はありったけのデータを残して、死んだ」
「奴は死ぬ直前、後はあなたの役割、と言った。帰還できなくなった俺に、ここの管理を引き継げと言ってるのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい」
「後ろのでかい機械。あれが完全に沈黙した後、どこからともなく現れたこのパルヴァライザーに、俺の機体は取り込まれた」
「そうして俺は、この兵器精製施設に侵入してくる全ての外敵を“粉砕するもの”になったってわけさ」
「そんな……」
彼の機体、いやパルヴァライザーが一歩前に踏み出す。
「そしてリトルベア。それはお前も例外じゃない」
「な……そんな!?それはパルヴァライザーの意思だ!君の意思じゃない!」
「まだ分からないのか、リトルベア」
「なぜあの日からずっと、俺がこんな何もない場所で生きてこれたと思う……?」
一瞬の思考。リトルベアの脳内で、最悪の想像が膨らむ。
「まさか……」
「取り込まれてるんだよ、俺自身も、このパルヴァライザーに。もう自分の体の形も分からないぐらいに、な」
だからこそ、IBISの残したデータを取り込むこともできたわけだが、と彼は自嘲気味に付け足した。
「そんな……」
「最近はとうとう精神まで取り込まれるようになってきた。俺が俺でなくなる感覚。俺の中の、人間である部分が消えていく感覚……この恐怖が、お前に分かるか?」
かすかに彼の声が震える。
「頼むリトルベア、俺がまだ人間の心を持っているうちに――殺してくれ」
「殺すだって!?そんなのできるわけがない!僕は君を殺しにきたんじゃない、迎えに来たんだ!」
「どのみちお前とは戦わなきゃならなかったんだ……ここでチャンピオンベルト争奪戦も悪くないだろう……観客は、オペレーター一人だがな」
「どのみち連れて帰るなんて無理さ。お前も俺も、もうここから脱出はできない。ここに骨を埋めることが決まってるのさ」
「なんですって……!?」
オペレーターが驚きの声を上げる。続いて、カタカタと継続的に聞こえてくる、キーボードをタイプする音。
おそらく今、必死に脱出経路を検索しているのだろう。
「……やるしか、ないのか……」
あきらめのついたような、リトルベアの声。
「すまないな……俺のせいで、俺を探しにきたせいで、こんなところで死ぬことになっちまって」
「いや、いいさ。……今はそんなことよりも、君を殺さなきゃならないということの方が残念だ」
「お互いレイヴンだ。長くやってりゃ、こんなこともあるさ」
パルヴァライザーがもう一歩歩み寄る。右腕のレーザーライフルをダブルウィングに向けた。
「始まったら、おそらく俺は、パルヴァライザーの闘争本能に支配されちまう。手加減できないが、死ぬなよ?」
「君ではなく、パルヴァライザーが相手か……君の操縦よりは、下手だろうさ」
軽く笑って返すリトルベア。
声は笑っていたが、ヘルメットの中の表情には、哀しみが満ち溢れていた。
レバーを握る手も、ペダルにかけられた足も、小さく震えている。
「……チャンピオン、パルヴァライザー。チャレンジャー、ダブルウィング。READY――」
彼が大袈裟に審判の真似をして“試合”を執り行う。
短い静寂。
「――GO!!」
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