「第7話 -期待-」(2006/03/17 (金) 21:20:30) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
夕暮れ時、夕日を背に人々が行き交う街。
その夕暮れの街の中にある、大きなアリーナドーム。
その名を、『グランド・アリーナ』。数多くのレイヴン、アーキテクトが操るACがここで戦い傷つき、あるものは勝者の歓喜に奮え、そしてあるものは敗者となりその悔しさを胸に静かに去っていく。
そんなグランド・アリーナへと続くただひとつの大通りの先に所にある、ちょっと洒落た飲食店「鳥の泣き所」は店を構えている。
出てくる料理の割りに値段もリーズナブルなこともあってか、食事時はその店の中はいつも満員である。特にアーキテクトに人気で、試合後のアーキテクトとそのチームが、今日の勝利を祝い、また敗北に涙を酒で流し、また明日へと挑戦していく。
なお、紅茶の種類が豊富で有名なのも忘れてはいけない。
夕暮れの夕日に背を向けてこの街を歩く男がまたここにひとり。
「うーむ、少し…早すぎたかな。」
人通りの多いショッピングモール街を歩きながら、ぼやく。
現在時刻は17時半を指していた。約束の時間は19時。PM7時。どう考えても早く来すぎていた。
おかげでただでさえ人通りの多い大通りが、いつにも増して人々がひしめき合っていた
僕は大勢の買い物客の流れを掻き分け、奥へと進んでいく。目指すは約束の場所「鳥の泣き所」。人が多すぎて中々先に進めないが、この調子ならブラウさんより早く先に着けるだろう。
今回の引き抜きについて、僕はいろんなことを考えていた。
一向にフォーミュラFに対して煮え切らないスポンサー企業。しかし冷め切ったスポンサーとは対照的に、僕に非常に良くしてくれるチームの整備員たち。
十分な実力も発揮できぬままこの世から消えた前任アーキテクト。
そして、サブアーキテクトとしてだが、フォーミュラⅩに参戦することができる大きなチャンス。
だが、この考えの中に、自分の中でなぜか煮え切らない部分がある。憧れの場である、フォーミュラⅩ。
今までの劣悪な環境を捨てて、その憧れの場へ手を伸ばせば届いてしまう。そんな夢のような状況が、今僕の目の前にある。
自分の「選択」できることが迫ってきた。そして、この「選択」は、自分の人生の全てに左右するべき事なのだ。
劣悪か、憧れの場か。
それなのに僕は…なにを迷っているのだろうか。
「鳥の泣き所」に到着したのは、結局18時半。どうも今日はグランド・アリーナでネオニアと最近人気上昇中のBTワイバーンのレギュラーリーグ戦が行われていて、道中の道が大混雑していた。
試合の結果はわからなかったが、試合を終えた後のネオニアの『暴君』レイヴィングが、どうもあるフォーミュラⅩ参戦チームのとある「犬猿の仲」のインタビュー中だった某オーナーとの間で一悶着あったらしく、ただでさえ人気チーム同士の対戦の後だというのに、さらに人だかりができてしまい、交通事情が一部ストップしていたようだ。
「健康のために歩こう」とかのんきなこと考えて、車で10分の道を徒歩で30分かけてあるいていたわけだが、どうやら助かったらしい。
車で移動していたら、約束の時間に間に合わなかっただろうし。
そんなこんなで到着。鳥の泣き所の店内を見回すと、試合後ということなのか、既に大勢の人で賑わっていた。
大変な賑わいを見せているテーブル席とは対照的に、比較的もの静かな雰囲気が漂うカウンター席。叔父の店とは違い、そのカウンターも広い。
時間が少し早かったわけだが、カウンターの奥に目をやると…
「よっ、イルス君。」
すでにブラウさんはひとりで酒をやっていた。
「あっれ、もう呑んじゃってるんですか?」
「本当はおまえさんが来るのを待っていようと思ってたんだがな…回りがドンちゃん騒ぎしてるのを見てたら…」
どうにも我慢できなくてな、とブラウさんは頭をポリポリかき始める。
「はははははははは…」
「うわっ、嫌に乾いた笑いだな…」
結局、話の流れで僕も一杯やることになってしまい、ふたりともアルコールの入ったまま重要な会議が始まることになってしまった。
「とにかく、俺たちのチーム“ブルーネメシス”は、フォーミュラⅩの中ではまだまだ新参者だ。今はなんとかやっていけるが、Xリーグにいるチームはどれも長い伝統と実績、そして実力を持っている。」
「毎年ほとんどチームの組み合わせ、変わっていませんからね。」
Ⅹリーグはそのレベルの高さからか、ほとんどそのチームの顔ぶれが変わることがない。そのため、Ⅹリーグは最近マンネリ化が進んでしまい、実のところファンたちの間で「飽き」が始まっている。
一時期、あるチームが圧倒的強さを誇り、そのあまりの強さにⅩリーグからそのチームが「得られるものがない」と、出場をやめてしまう事態にまで発展していた。
それほどまでに、Ⅹリーグというのは、そこに在籍し長い伝統を誇った強豪チームが揃ったリーグなのだ。
「俺たちのチームは元々地方のA級ライセンスのリーグに在籍していた。フロンティアエリアが主だったリーグで、試合もアリーナドームが使われる試合以外は、地方のメディアでしか取り上げられないようなリーグだった。」
「ということは、えーと、ごめんなさい…あまり名の知られたチームじゃなかったってこと、ですか?」
「ハハハハ、まあそういうことだ。」
「すみません…」
申し訳なさそうな顔してたら、僕の背中をバシッと叩かれる。
「あいたっ!」
「気にすることはねぇよ。実際事実だからな。」
マスター、ビール追加!ふたつだぜ。とブラウさんは酒を追加する。
「…まあ、そんなわけで俺たちは元々地方の田舎リーグに参戦してたわけだ。ところが、あるとき世間様に実力をアピールするチャンスが訪れた。」
「チャンス…ですか?」
「あぁ。ちょっと前にレギュラーリーグの王者が入れ替わった時期があっただろ?」
そのことなら良く覚えている。何しろ観客動員数記録の記録更新をし、次の日の朝刊を全て一面を塗り替える記念すべき試合だったからだ。
その日、レギュラーリーグの王者アルティが、破竹の勢いで上位に上がってきた若手のアーキテクトに遂に敗れ、リーグの王者が入れ替わった日だからだ。
「あれなら、よく覚えていますよ。何しろフォーミュラFの伝説に残る一戦でしたからね。」
話しているうちに、追加のビールが運ばれてきた。ここの地ビールはいい味してるんだぜ?と豪快に飲み干すブラウさん。
僕は一口だけ飲んで話に集中することにした。
「そんで、その王者交代の次の日から、エキシビジョンマッチが行われたわけだが、そのときFFAの各界に顔を持つアルティから世界中の大小様々なリーグに対してお呼びがかかったんだ。そんときに、当時リーグトップにいた俺たちのチームが運よくエキシビジョンマッチに参戦できることになったわけ。」
「エキシビジョンマッチに…っていうことは、そのときの王者に挑んだ、ということですか?」
「そんなとこだ。まあ一部のチームはあの試合の熾烈な戦いを見て、エキシビジョンマッチということもあって軽い気持ちで戦ったり、半分諦めムードで参戦するチームもいた。」
あの試合を見たものは、ある意味当然なことかもしれない。それほど若きアーキテクトとアルティのu-ACは、最後まで先の読めないギリギリの戦いだったからだ。
その圧倒的なレベルは、「相手が王者だから」という理由でその戦意を自ら削いでしまうチームがいてもおかしくない。
「俺たちは、“負ける”なんてことは考えなかった。俺は自分のチームのやつらに言った。『相手が地方万年Bリーグの雑魚だろうが、圧倒的な強さを誇る新王者だろうが、絶対勝てない、なんてことはない。』とな。実際、試合前日のギリギリまでAIの研究をし、ACの機体構成に頭を悩ませた。」
彼らのチームのフォーミュラFに対する姿勢というのは、まさに「アーキテクトの鏡」とも言える。僕はそう感じていた。勝ちに対する精神、圧倒的な力量を持った相手だろうが最後まで諦めずにその先の勝利を見つめる。
それが彼らの最大の「武器」なのだ。
「まあ、結局のところ敗れたんだが…だが試合はかなりいいところまでいった。」
そのときを思い出すかのような顔をしたブラウさんは、煙草に火を点ける。
ふっと紫煙をを吐き、続けた。
「そのときの試合が、FFAのXリーグを管轄しているやつらの目に留まったらしい。エキシビジョンマッチが終った後、いつものリーグに帰るかって時に、FFAからオファーが来た。…正直自分でも驚いた。自分のような田舎リーグのアーキテクトが、突然Xリーグという巨大なリーグに参戦できるなんてなってよ。」
「チームがXリーグに在籍するまでにはそんなことが…」
「まさに、波乱万丈、といったところだな。そんなわけで、去年からXリーグに参戦し、必死にやってそれなりの結果も出せた。」
「さて、ここからが本題だ。俺たちは一年Xリーグで戦ってきた。だが正直、今まで田舎リーグに在籍してたこともあって正直、実力不足だ。」
「AC1体でのリーグと、AC5体でのリーグでは、リーグ戦の毛並みも違って、いろいろと難しいところもありますからね…」
「あぁそうだ。そこで、俺たちはサブアーキテクトをどこかから引っこ抜けないか?と考えていた。若手で、将来が有望そうなアーキテクトを探してた。んで、たまたま知り合いになったバーのマスターの甥っ子がアーキテクトで、それがおまえさん、イルス君だった。」
ブラウさんは僕のほうに向き直り、そしていう。
「前日の試合、それとその後に直接おまえさんの話を聞いて、イルス君、君が俺たちのチームに入ってくれると、大きな戦力になってくれると俺は思った。俺の補佐をしてくれる、サブアーキテクトはこいつが一番いい、と。」
「…そうですか?僕のライセンスまだB級。それに自分が半人前だと十分思っています。」
「まあ、確かに半人前だ。だが、おまえさんは磨けば光る。そんな感じが…俺の“カン”みたいなのがそう言ってるんだ。」
「どうだ?俺たちのチームで、一緒にXリーグを戦い抜く戦友として、俺たちとやっていかないか?」
僕は、ブラウさんのその言葉を聞き、ブラウさんはその言葉の返事が僕の口から出ることを待つ。
ブラウさんのチームが僕を欲しがる理由、チームの心意義、そしてチーム全体が勝つことに対しての気合が十分であること。アーキテクトとして、そんなチームに入れるとしたら、それはすごく素敵なことだろう。
僕は返事を――
「…わかりました。そのお誘い、喜んでお受けします。」
「そ、そうかっ!よかっ―」
「ただし…ひとつ条件があります。」
僕はすぐに了解を出して、今いるチームから移籍したかった。だけど、僕の中に残っているわだかまりがそれをよしとさせてくれなかった。
僕の出した条件、それは…
「…Xリーグのシーズン1が始まるまでの2ヶ月だけ、待ってくれませんか?」
ブラウさんが、話の中で「まだ半人前だ」と言われたとき、僕は気づいた。
そう、僕はまだまだ半人前なのだ。僕はまだ、Bリーグの下位をさ迷っていたアーキテクトだ。
それに、いずれは解体されるチームだが、そのチームの皆は、少ない時間だったとは言え僕についてきてくれた人達だ。
彼らには最後の最後まで、僕はアーキテクトとして応えなければならない。そう思った。
僕はそのことを、そのまま彼に伝えた。
「……うむ。」
後ろの喧騒とは対照的に、まるで違う世界のようにカウンター席に沈黙が続いた。
「その2ヶ月の間に、イルス君はいったいどうするつもりだ?」
「その2ヶ月の間に、僕は…A級ライセンスを手に入れる、必ず。」
A級ライセンスを手にする、それは今のBリーグのトップへ上がることを意味する。
「わずか2ヶ月で、トップになるというのか?」
「そうです。」
「なれなかったら?」
「その時は、僕の実力不足ということで、この話は無かった事にしてください。」
「……そうか、わかった。」
「…すいません。」
「いや、気にするな。それにおまえさんが勝ちあがれないとは思ってないからな。」
吸っていた煙草が全て箱から消えたころ、ブラウさんはさらにビールを注文した。
追加されたビールジョッキを持ったブラウさんは、ニカッと笑い、
「そんじゃま、アーキテクト、イルス・ブレームの成功を先取りで祝って…乾杯ッ!!」
「…乾杯!」
カチャッと音とともに、僕の持っていたジョッキと軽くぶつかる。
夜はふけるとともに、店の喧騒も増えていく。僕はあのあと、ブラウさんといろいろ話した。
アーキテクトとしての経験談、人生談。
地方のリーグにいたころのチームの事。
僕の事も聞かれた。「おまえ、女はいるのか?」と聞かれたので、僕は「女といえば、そういえば電話したとき確か女の人の部屋にいませんでしたっけ?」と逆に聞き返したら「そういう野暮な事は聞くんじゃねぇ」と自分から聞いたくせに返されてしまった。
「で、実際どうなんだよ?」
「いや、実のところ…いません。」
なんでぇ、と詰まらなそうな顔をする。
「女の子の知り合いがいないわけじゃないんですけどね。」
というとほぉ!と、とたんと目が輝く。
酒が入っていたせいか、つい口を滑らせる。
「知り合いのレイヴンに、節介焼きがひとりいるんですよ。」
「ふんふん。」
「その子は昔からの知ってる仲でして。」
「幼馴染か!」
「まあ、世間一般的にそんな感じですかね…」
「ふむ、幼馴染キャラは幻想の世界にだけ存在すると思っていたのだがな。」
「なんですか、その幻想の世界とか…」
「気にするな、それで、その子は?どんなやつなんだ?」
「レイヴンやってるだけあって、強気な性格で、引きこもりがちな僕をよく外に連れ出そうとしたりするんですよ。」
「…ほほう。」
「他にも、たまに僕の部屋に来ては、普段慣れてもいないくせに洗濯だの、料理だの。」
「……」
「特に料理が物凄く下手で、例えば僕が「醤油多すぎない?」って言うと彼女は「そんなはずはない!!」って真っ向から反論するんですよ。」
「それで?」
「で、結局できた料理が出てきて、その味に二人して驚愕するんです、いつも。そして彼女は半泣きで「そんな、そんなはずはない…」って顔をして。結局いつも僕が作ってあげたりするんですよ。」
「ほう…」
「彼女、なぜかそれ食べてさらに顔を暗くして、どうしたの?って聞いたら「なんでもないっ!」って怒る。まったく、よくわからな…あれ、ブラウさん、どうしたんですか?」
なぜかちょっと不機嫌な顔をしている。
「イルス君…」
「なんですか?」
「やっぱり、移籍の話はなかったことにしてくれ。」
「ちょっ、な、なんで!?」
「…冗談だ。おまえさん、色々と鈍いヤツって言われてないか?」
…そういえば、チームの整備員達のも、前にそんなようなこと言われた気がする。
「確かに…言われますね。それがなにか?」
そういうとブラウさんは「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」と深く長い溜め息をついた
そして店を出て、帰り道へ行く途中。
ブラウさんと僕は帰り道が逆だったので、途中で別れることになった。
「イルス君、言い忘れてたんだが…」
「え、なんですか?」
「勝手な事をするなと言われるかも知れんが…君がキサラギととある契約を結んでいることは知っている。」
「えっ…!?」
「おまえさんに課せられていた借金は、俺が代わりに払っておいた。それと、必要なパーツがあったら、俺に言って欲しい。」
「ちょ、ちょっと、それはどういう…」
「おまえさんは今まで、アーキテクトとしてかなり不自由な戦いを強いられていた。足りない部分は俺たちが手を貸す。」
「しかし…」
「スポンサーが不甲斐無いばかりにお前さんの才能を潰してしまうのは勿体無さ過ぎるからな。」
その日から、僕の新たな戦いが始まった。
2ヶ月でトップへと登りつめる。言葉で言えば簡単だが、実際にやるとなると簡単ではない。
しかし、僕は絶対に諦めなかった。借金に当てるはずだった資金でパーツをそろえ、勝ち進み、負けたときは徹底的に負けた原因を追求し、そして次は勝つ。勝ち進め、負けて、そしてまた勝ち進み、を繰り返し、そして僕は遂に、トップのひとつ下まで上がった。
ここに来るまでに一ヶ月半。自分でも正直驚いていた。
結局、ブラウさんに頼ることなく、僕はそのトップの座に手をかけようとしていた。
僕は、この一ヶ月という時間、僕はアーキテクトとしての高みへまたひとつ上がることができた気がする。
それは僕だけの力ではない。チームの整備員達と共に歩いてこれたからこそ、ここまでこれた。
Bリーグでの最後の戦い。ここでの勝利を手に、僕はこのチームを去ることになっている。
チームの皆にはすでに伝えてある。実は、僕の知らないところでチームの解散の話は進んでいたらしく、彼らは僕を最後のアーキテクトとしてその最後まで協力してくれた。
チームの解散はすでに決定済み。彼らは元々にいた部署へと戻るそうだ。
このチームでの最後の戦いになる今日、僕は、僕達は…初めての戦いの場、グランド・アリーナへと足を踏み入れた。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: