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「第3話 -苦肉の策-」(2006/03/17 (金) 21:08:18) の最新版変更点
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やってきたのは、とあるオフィス街のとある洒落たカフェテラス。そこに一組の男と女の密会が。
残念ながら、そのテーブルの上で交わしている内容はロマンスな事とは程遠い内容であった。
「では、一週間を期限に全額、あるいはそれ相応の返金ができない場合、こち らの契約書に書いてあることをよく読み、直筆でご記入をお願いします。」
「…わかりました。」
「一応契約内容を確認しますと、貴方の身体を担保として、我々キサラギ社から150000cと一部AC用パーツを提供します。」
「…はい。」
「繰り返しますが、期限内にお返しできない場合は、貴方の戸籍情報等を全て抹消し、社会的に抹殺…
あぁ言い方が悪かったですね、社会的に貴方の記録を抹消した後、我が社に貴方の“身体の全て”を提供していただきます。」
「…わかってます。」
キサラギ社生物化学研究所からやってきた女性から契約書を受け取り、僕は契約内容を読む。
古い友人というのは、非常に優秀な頭脳を持っていて、同じハイスクールを卒業後超一流のアカデミーに入学、主席で卒業した後今のキサラギの生物化学研究所にスカウトされたらしい。
もっとも、アカデミーを卒業する頃には頭は良いが中身はイカれてたけど。
履歴書の趣味特技に「生物」「解剖」「実験」とか堂々と書いているのを見て、
必要最低限の距離を置くようにしながらも、いつ役にたつか判らないので連絡先は教えてもらっていた。
まさかこんなときの最後の手段として役に立つことがあるとは。
契約書に黒のボールペンでサインを書いていると、彼女が口を開いた。
「チーフが貴方には特別譲歩するようにと申しておりました。なんでもチーフの昔の友人で、しかもアーキテクトをなさっているとか。」
「えぇ、そうです。彼は元気ですか?」
「正直、私たちにはチーフが元気なのかどうかよくわかりません…
というのも、チーフは…そのあまり人付き合いがよくないので我々営業課や人事部、研究員すらともほとんど会話をしないのですよ。」
それでよく研究所のチーフなんか出来るな…
「それにしても、自分の身体を担保なんてよくできますね…」
「ははは、どの道僕はこの先、失敗したらお先真っ暗ですから。」
「チーフは生きた人間のサンプルが取れる可能性が出来て珍しく笑顔を輝かしていましたよ…」
そう言ってキサラギ研究員の彼女は引きつった笑顔をする。僕に同情でもしているのだろうか。
そうこうしているうちに、サインを書き終え、契約書を彼女に渡す。
「えっと、イルス・ブレーム…さんで間違いないですね?」
「そうです、イルス・ブレームで間違いありません。」
書き上げた契約書を女性が持つにしてはやけに厳重なジェラルミンケースに仕舞い込む。
仕舞い込んだらジェラルミンケースに指紋静脈センサーと思われるシークレット・キーがケースの鍵をかける。
「…ずいぶんと厳重ですね。」
「一応、本件は民間には決して流れてはいけないスキャンダラスな意味合いの持つ契約ですから。」
彼女は続ける。
「契約金等の発送は明日の午後には到着する筈ですので、受け取りの際には本人の署名をお願いします。
それと、取立て時期につきましては、我が社からおってそちらへ連絡させていただきます。」
事務的にそう告げると、彼女は「それでは私はこれで…」といって足早に去っていった。
…後姿が魅力的だ、特に美尻が。
今度会ったらデートにでも誘ってみようか。
おっと、今はそんなことを考える余裕なんかなかった…
自分の身体を担保に資金を調達する。こんなアーキテクトは世界広しといえども僕くらいであろう。
もはや自分の命すら危ない本当の崖っぷち人生。
あとは…なるようになるしかないか。
ガレージに戻り、もう一度前回の対戦結果をよく見て、万全の対策を考えるとしよう。
カランカラン・・・
「いらっしゃい…なんだ、イルスじゃないか。」
「叔父さん、なんかキツいの一杯…」
僕は、親戚がやってるバーへやって来た。
なにしろ自分の身体を担保で金を借りてきたんだ、表面上、平然を保ってはいたが、実際普通の神経でいられるわけがない。
すごく・・・一杯やりたい気分だった。
叔父さんは僕の注文を聞くと、カウンターであれ―カクテル混ぜるヤツ、名前忘れた―をシャカシャカさせながら聞いてきた。
「どうしたお前、明後日にはBリーグの対戦だろ?こんなところで油売ってていいのか?」
さすが、バーでフォーミュラFの大きな試合がある日は、フォーミュラF観戦専用バーになる店なだけある。
「さすが叔父さん、情報が早いね・・・そうだよ、明後日には僕の人生を賭けた戦いが始まるんだ。」
「人生を・・・ねぇ。」
シェイクされたカクテルが僕の前にスッと置かれた。なんかすごく青いが下が赤い、なにこれ?
「“青い朝焼け”・・・朝焼けは夜から朝へと変わる時間だ。」
顔で「早く飲んでみろ」というので、恐る恐る口に含んでみる。
「・・・!ナニコレ、うぇっ辛い・・・!!!」
「夜は長く、全てを暗闇に包み込み、そして恐ろしい・・・だが、明けない夜は無い。」
叔父さんがどこか遠くを見たまま、話を続ける。僕はそれどころじゃないんだけど。
「み、水・・・辛すぎて…苦しい・・・」
「一気に飲み干せ、イルス。」
口に含みたくなかったが、言われたとおり一気に飲み干す。すると、不思議なことに辛さが一気に引いていく。
するとどうだろう、口の中になんというか甘いようなすっぱいような、よくわからないがスッキリした味わいが広がっていく。
「…確かに今は辛い時期かもしれない。だが、明けない朝は無い。そのカクテルのように、最初は辛(ツラ)いかもしれない、だがいずれその辛さは過ぎる。
朝焼けを見ることができれば、その先はよく晴れた青空だ。」
「・・・叔父さん。」
「ま、老マスターの独り言だと思ってくれ。・・・そうじゃイルス、今日お前さん以外にもひとりアーキテクトが客としてきておるぞ。」
「ん・・・?僕以外にもアーキテクトが?」
「うむ、カウンターの奥にいる・・・呼んできてやるぞ。」
いや、別にいいって…と言おうとしたが、言う前に叔父さんは行ってしまった。
…僕、一応世間一般的に見たら、落ちぶれたアーキテクトなんだけど。
ま、こんなとこに「暴君」だの「賢帝」だの大御所がいるはずもないから、別に誰でもいいか。
「イルス、この人だ。」
そういって紹介された相手を見た。
歳は・・・30半ばといったとこか、服装はフォーミュラFに参加する人達がよく着る様なユニフォーム姿で、
すこし無精ヒゲを生やした顔には人懐っこそうな笑顔が張り付いている。
「君がマスターの言ってた若きアーキテクトか。なるほど、確かに・・・若いな。」
「イルス・ブレームです、よろしく。」
「俺はブラウ・グレイズ。とあるチームでメインアーキテクトをやっている、よろしくな!」
そういうと彼…ブラウ・グレイズ氏は力いっぱい僕と握手した。少し痛い・・・
「イルス、彼はなぁすごいんだぞ?」
「なにがすごいって?」
なぜか叔父さんは胸をエヘンと張る。
「彼は、あのフォーミュラXに参戦しているチームのアーキテクトなんだぞ!」
「え・・・フォーミュラX参戦のアーキテクト…?」
驚いた。まさかこんなところに憧れの場所の戦いへと身を寄せている人がいるなんて。
フォーミュラX(Formula-X/Formula Xpert)…通称エキスパートリーグ。
A級ライセンス(Bリーグ優勝が取得最低条件)を持つアーキテクトのみが参戦を許されるリーグの中の、特に最高峰に位置するリーグ。
数あるA級ライセンスのリーグの中でも、特にハイレベルなリーグで、特記すべきはその枠の狭さ。
参加可能なチームは全世界の中からわずか18チームのみしか参加できない。
Bリーグや、フォーミュラR(レギュラーリーグ)とは違い、5体のu-ACで世界各地のグランプリを勝ち抜き続けなければならない。
各ACに対するAIチューン、パーツアセンブリ、出撃させるACの順番、とあまりにハイセンス、ハイレベルなリーグで、
フォーミュラFの中で行われるリーグの中ではもっとも知名度、ファンの熱狂度が高い。
僕がかつて熱狂し、アーキテクトを目指すきっかけを与えてくれたのも、このエキスパートリーグだった。
僕が目指していた所へ到達している人が目の前に…僕は頭が興奮していくのを感じた。
「マスター、よしてくれよ。俺はエキスパートリーグでは新参者だぜ?今年度の成績もそんなに輝かしいものでもなかったしよぉ。」
「なにを言ってる…あのフォーミュラFの名解説者、フェルノ・ルカーチも誌面で褒めていたではないか。
『今年のエキスパートリーグでの一番の成長率を誇るのは、ブラウ・グレイズ率いるチーム』だって。」
「その後ろに『だが、油断すればすぐに首を狩られる、まだまだチームとしては煮込む必要がある』とも書かれてただろうに。」
マスターとブラウ氏がなにやら盛り上っていたが、僕はよく聞いていなかった。
エキスパートリーグの参戦しているアーキテクトだって…?
「あ、あの!」
僕はいつのまにか大きな声をだしていた。
「ん?どうしたイルス君。」
「あ、すいません、大声だして…あの、グレイズさんに…聞きたいことがあるんです。」
「グレイズさん…あ~ブラウでいいぞ、普通に呼び捨てで。」
「え、でも…」
憧れの相手を呼び捨てで呼ぶのはちょっと…抵抗が。
「じゃ、じゃあ、せめてブラウさん、で…」
「さん付けもちょっと…まぁいっか。んで、なんだい、イルス君?」
――僕は今まで自分のアーキテクトとしての活動、今回の試合によって崖っぷちに立たされていることを話した。
…当然キサラギの一件は伏せたけど。
「僕が…この先戦い、勝ち続けるにはどうすればいいんでしょうか?」
「うーん、俺も人になにかを教えられるほど、アーキテクトとして優秀であるわけじゃないしなあ・・・」
ブラウさんは、右手で自分のアゴヒゲをジョリジョリさせながら考える。
「・・・そうだな、基本を忘れないこと、かな?」
「基本?」
「そうだ。アーキテクトとしての基本だ。すなわち、相手をよく見る観察力、出来る限りの情報収集、それと忘れちゃいけないのが、負けない心。」
「負けない心…?」
「うむ。確かにアーキテクトはレイヴンとは違う。自分の手足でACを動かすわけじゃないからな。だが、そこに『折れない心』みたいなのがないと、ダメだと思うんだ。」
「折れない・・・心。」
ブラウさんは、煙草を一本取り出す。
「…吸うか?」
「いえ、煙草は、吸わないんで・・・」
「そうか…ちょっと失礼。」
煙草に火をつけ…フーッと紫煙を天井に吐き出す。紫煙が洒落たシャンデリアのような電燈へと上がっていく。
・・・そして一息入れてから、話を続けた。
「AIで動くu-ACはKIAIだの何だのは直接は関係ない。
だが…なんというか、時の運というか…そーいうものを呼び込むんだよ、強い心は。
もし劣勢の状態で戦い続けて、このまま負けてしまうかもしれない。
だけど、そういうときこそ負けてたまるかっていう心が必要だと思うんだ、俺は。」
「ブラウさんは、実際にそう考えて…『心』の関係で効果がありました?」
ブラウさんは一度煙草を口にくわえ、吸って…紫煙をまた吐き出す。
「・・・・・・あったぜ。」
叔父さんが持ってきたビールを勢いよく口へ持っていくと…そのままグイッと飲み干した。
ぷはっと気持ちよさそうに息を吐くと、ブラウさんは語りだした。
「俺が…そう、あの「暴君」レイヴィング率いるネオニアと対戦したときのことだ。」
「あーあの時のヤツか!あれは記憶によく残ってるよ。」
横で叔父さんはしきりに「ウンウン」と唸ってる。
「叔父さんは黙っててよ!それにしてもネオニアって・・・レギュラーリーグでも常に上位にいるあのネオニア・・!?」
「そうだぜ。あれは・・・確かグレイシャ・アリーナでの順位決定戦の時だった。」
ブラウさんは、その時の事を静かに話し出した・・・
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