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「第三話 交響詩「ワタリガラスの詩」より Ⅲ.神託~受け継ぐべき力~」(2006/03/04 (土) 06:36:44) の最新版変更点
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チクタクと、銀の針が時を刻む音。都市全体が寝静まった深夜に、酒を貪る少女が一人。机に突っ伏しつつ、右手はしっかりとグラスを掴んでいる。
退屈しのぎにと、近くのレンタルショップで借りてきたDVDを再生する。ベタベタで安っぽい、マイナーな恋愛映画のようだった。
やはり適当に持ってきたのは間違いだったか。そもそも、それを判断するような気力が彼女にあったのかは、極めて難しい問題だが。
ぼんやりと薄闇に包まれた室内に、未だ名の売れない役者の声が響く。その声も、その演技も、雫の五感は何も捉えていなかった。
例の任務以来、クレストとミラージュの抗争は依然終わる様子を見せない。互いの戦力も均衡状態のままだ。
件のレイヴンについては、クレストの上層部へと連絡済だ。だが、未だ行方を掴めていないとの回答だった。
それについて、ハンニバルの情報屋にも協力を煽っている。だが、彼の回答も消極的なもので、
『企業の専属となれば、調べられないことも無いが、時間と費用がかなりかかる。ついでに身の危険もな』との事だった。
ファントムが、奴を追いかけた後にどうなったのかも気になるところだ。
果たして、そのまま撃破に成功したのか。それとも、取り逃がしたのか。
どちらにせよ、今の雫には機が巡ってくるまで手が出せない状況だ。
(それが巡ってくるかどうかも、未だわからないんだけどね……)
ファントムが奴の撃破に成功していれば、永遠に巡ってこない。
それでは、何の意味もない。彼女が持つ、その剣で切り裂くことこそが、彼女の誓いなのだ。
(でも……)
様々な不安が、脳に出現しては消えていく。
また逃げられたらどうするのか。
力が及ばなかったらどうするのか。
そんな不安ばかりがよぎる。見せ付けられたのは、決定的な機動力の差。
(……オーバードブースト……か)
強化人間の熱効率は、一般のレイヴンとは異なる。
現在の熱効率では、まともにオーバードブーストを使うことが出来ないのだ。
そこに生まれる、圧倒的速度差。それを埋めるためには、同じようにオーバードブーストを使うしか方法はない。
(遠目にしか確認していないが、コアは出力と消費を抑えたものだったはず……スピードさえあれば……何とか)
だが、それを可能にするために構成が全く思い浮かばない。
ブレード一本で戦い抜いてきた彼女は、あまり構成に関しての知識は多くないのだ。
(どうするか……)
そういえば、現在のACの構成もハンニバルに協力して出来たものだ。
ここはハンニバルに協力してもらうのも一つの方法か。
(……これ以上迷惑かけるわけにもいかないわよね)
生気が抜けていた上半身を起こし、一つ決意する。机から立ち上がり、ガレージへと向かった。
モニターが映し出す安っぽい映画は、スタッフロールに差し掛かった所だった。
(……とは言ったものの)
雫は、先程決めた『ハンニバルには迷惑をかけない』という誓いを少し後悔した。
今更思い知った、圧倒的なパーツ数の少なさ。ガレージのパーツ保管庫はほぼ空の状態だ。
(兄さんが使ってたパーツは全部売り払ってしまったし……困ったわね……)
兄が死亡したことにより、収入が途絶えたのである。
そこで、兄が使用していたパーツを売り払うことにしたのだ。
資金面で心配がなくなったのはいいが、今度は別の問題が起きた。
雫がレイヴンになってから、パーツが圧倒的に不足しているのである。
今のACはハンニバルから譲り受けたパーツが大半で、以前のACはコツコツと資金を溜めて構築したものだ。
そのパーツは、現在倉庫に眠っている。しかしそれも、オーバードブーストタイプではないコアを使用していた。
つまるところ、オーバードブーストタイプのコアを彼女は所持していなかった。知識も乏しいため、何を購入していいのか見当もつかない。
それに、発熱量等の問題もあるだろう。ジェネレーター等の内装も、どれを使用すればいいのかわからなかった。
(やっぱりハンニバルに頼るのが正解なのかしら……)
ただ、それは何となく気が引ける。単純に、迷惑をかけるのを嫌がるわけではなく、
「また言い寄られたらたまらないもの……」
一つ、息を深く吐き出した。
エレンは、雫の悩んでいる姿を見て、別の行動を取っていた。
少々遠出となる、外出。タクシーを利用し、ここまでやってきた。
巨大なドーム型の建物を前に、足がすくむような感覚を味わう。
彼女がここに足を運ぶのは、およそ4年ぶりのことだ。
「アリーナ……懐かしいわね……」
彼女が、何のためにここへやってきたのか。それは、ある人物に会うためである。
入り口の扉を開き、中へと進む。開けた空間、ロビーへと出ると、そこに一人の大男が立っていた。
「ようお嬢ちゃん。意外と早かったじゃねぇか」
いつも通りのラフな服装で、ハンニバルが現れた。
「意外とは余計です。……と言うか、あなたの方が意外ですよ」
溜め息を含ませつつ、聞こえるか聞こえないかの大きさで呟く。
聞こえなかったのか、はたまた聞き流したか。ハンニバルは何も言わずに歩き出した。
向かう先はガレージ。今日勝負が行われるレイヴン達が、そこにいる。
薄暗い廊下を歩く、二人の靴音だけが、虚しく響く。会話は、一声もない。
エレンは、あの時のことをずっと考えていた。思い浮かぶのは、泣き崩れる雫の姿。
もう二度と、雫のあんな姿を見たくない。絶対に、奴を逃すわけには行かない。
だから今日、彼女はここへやってきた。
「着いたぞ」
そう声が聞こえ、顔を上げる。知らず知らずの内に俯きながら歩いていたようだ。
視界に、開く途中の大きな鉄扉が目に入る。ゆっくりと開いたそれを潜ると、巨大で、少し肌寒いガレージだ。
すぐに目に入ったのは、そこに佇む大きな紫色のAC。
しばし見とれていると、ハンニバルはそこにいた作業員らしき男と何か話し込んでいた。
程なくして、ハンニバルがこちらへ戻ってくる。どこか浮かない顔をしていた。
「どうだったんですか?」
「ダメだ。もう試合前の精神集中に入ってるそうだ……。
いつものことだが……今日は特に大事な一戦らしく、妙に気合いが入ってるらしい」
「と、いうことは……」
「試合が終わるまで待ってろ……ってことだ」
肩を落とし、一つ溜め息を吐いた。元より試合は見るつもりだったが。
「……ダメだ」
ミラージュ・キサラギ・クレストのホームページにあるACパーツカタログを眺め、そう呟く。
カタログを見た程度じゃ、何がいいのかさっぱりわからない。実際に入手して試してみなければわからない。
「それっぽいの、全部買う……?いや、お金が……ダメだよなぁ」
大きく伸びて、天井を見た。ずっと机に張り付いていたため、背中が少し痛い。
ただ、少々勢いが良すぎた。
「あ……」
情けない一声と、慌しい音を立てて、倒れる。幸い周辺には何もなく、被害は自分自身のみで済んだ。
倒れる瞬間に瞑った目を、ゆっくりと開く。すると、あるものが視界に飛び込んできた。
「……そういえば今日アリーナじゃない」
倒れたまま、リモコンを探る。が、無論その手は何も掴まない。
ちょっとだけ嫌な顔をして、立ち上がる。今度はしっかりとリモコンを掴んだ。
テレビの電源をオンにする。すると丁度試合が始まるところだった。
「何か参考になる試合はあるかしら……?」
少しだけ期待に胸を膨らませ、テレビの前へと正座した。
二人はロビーへと戻り、壁面に取り付けられた大きなモニターを見た。
二機のACが、その巨大なアリーナで対峙する。
リニアライフルにブレード、そしてマイクロミサイルを装備したACが、今回尋ねた人物の駆るACだ。
「何となく火力不足に見えますね」
と、思ったことを率直に口に出す。マイクロミサイルは誘導性の高いもので、火力としての期待はできない。
リニアライフルも弾数に不安が残るし、ブレードも当てる技術がなければ使い物にならない。
「信頼に足る人なんですよね?」
とりあえず、これだけは確認しておきたかった。
ちょっぴり不安を滲ませた表情で、エレンはハンニバルに問う。
少し間を置いて、彼は答えた。
「もちろんだ」
その瞬間、電子音と共に戦いは始まった。二人は、画面へと視線を移す。
爆音と共に、パープルに包まれたACが思い切り火を噴いた。
「ただいま~」
その日、夜も深まって来た時間にエレンは帰宅した。片手には、帰宅途中に購入したらしい食材が入った袋。
そして、エレンの声からやや遅れて、雫の声が返ってきた。リビングを覗けば、何やら本を読んでいる雫が目に入る。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
と、エレンは遅れたことを詫びる。が、雫は生返事を返すだけで一向に視線を本から外さない。
その表情は真剣そのもので、何となくエレンは声をかけるのを躊躇った。
結局、その日は疲れもあったのでエレンはすぐに眠りについた。
次の日
青いAC『ブラッドファング』を前に、頭を抱えて悩み続ける少女がいた。
先日の悩みはどこへやら……今は、その誓いを果たすために試行錯誤するのみだ。
だが、思うように作業は進まない。自分の乏しい知識が招いた結果だが、今度はそれに悩まされる。
「……わからない」
あれから、夜通し知識を溜め込もうとしていた。ガレージの隣にある、兄が書物を大量に溜め込んでいた書庫に足を運び、一日を過ごす。
兄の面影と兄の匂いをその部屋に感じながら、ずっとずっと、彼女は書物を漁り続けた。
片目と引き換えに、知識の泉の水でも飲みたい程に、彼女はもどかしさを感じていた。
どんなに書物を漁っても、肝心のところがどうにもわからない。それは、兄もあまりオーバードブーストを使用していない人間だからだ。
と言うより、昨今のAC規格からはオーバードブーストを有効に活用することが非常に難しいとされている。
強化人間でもない限り、ある程度の対策を講じていないと、とんでもない熱が機体を襲うのだ。
雫の兄も、それを危惧してほとんどオーバードブーストを使うことはなかった。
使ったとしても、良くて依頼でたまに使われる程度。……例えば時間制限のある作戦など。対AC戦に使うようなことはまるで皆無だった。
だが、今回はその対AC戦で使われるオーバードブーストだ。相手を逃がすことなく、ファントムよりも早く、奴を撃破する。
それを実行するために、どうしてもオーバードブーストが必要だった。
「ダメだ……どうしてもわからない。もっと、大きな所に行けば何かいい本あるかな……」
「知識が全てとは限らねーぜ」
うなだれる雫へと、聞きなれた声がかかる。どこか適当で、ふざけた感じの男の声。
ハッと後ろを素早く振り向く。手は自然と護身用に携帯している銃へと伸びていた。
が、それもすぐに手が下りる。そこにいたのは、エレンとハンニバルだった。
「おいおい……そんな顔しなくてもいいじゃねぇか」
突然の来訪に、顔が自然としかめっ面へと変わっていたようだった。
すぐにいつもの冷静さを取り戻し、彼に問う。
「こんなところで、何してるのかしら?」
いくつかの本を本棚に戻しながら、ハンニバルの返答を待つ。
彼の口から出てきた言葉は、こうだった。
「困ったときは、もう少し頼って欲しいものなんだがね」
そう言って、彼は書庫を出る。去っていく姿を目で追って、すぐに視線をエレンへと向けた。
「ごめんね……私が相談を持ちかけたの」
今にも泣き出しそうな顔をして、エレンはそう言った。
全ての本を本棚へと収納し、立ち上がる。微笑を浮かべて、囁いた。
「気にしないで……私があいつに迷惑かけたくないと思ってただけだから」
それだけ言って、ガレージへと戻っていく。一瞬冷たい空気が流れて、少しだけ室温が低下した。
その背を目で追った後、所狭しと並ぶ本へとエレンは視線を移す。一瞬の間の後、同じようにガレージへと向かった。
「君が、インペリアルかい?」
書庫を出た雫の正面に、そう問う人物が立っていた。
突然の声に、一瞬怯む。が、すぐにハッと気付き、対応した。
「そうだけど……あなたは?」
「ボクはイーグロイド。君にオペレーターのエレンさんとハンニバルに頼まれて、君の手助けに来た」
胸を張って、そう答える姿が何となく愛らしい。彼は見た目、齢15も行かないような少年だった。
そして、その名前には何となく聞き覚えがあった。そう思って、記憶を辿る。
記憶に唯一残る、その名の片鱗。昨日……確かにその名を見た。
「……昨日のアリーナの!?と言うことは……あなたレイヴン?」
声も、表情も、全てが驚愕を表現していた。その気持ちもわからなくはない。
自分よりも、遥かに若い……いや、幼いと言える少年が、レイヴンなのだ。
「まるでボクがレイヴンじゃおかしいみたいな言い草だね……まぁ、無理も無いけど」
少し呆れたような声で、彼は言う。雫も若い方なのだが、彼はそれ以上に若い。
彼がなぜ、レイヴンになったのか。それもそれで興味深かった。が、今はそれを気にしている場合ではない。
「ハンニバル……パーツの搬入は終わったかい?」
少年が、極々自然にハンニバルへと問う。明らかなタメ口が雫には少し気にかかった。
が、ハンニバルは全く気にした様子も無く、返答する。
「あぁ、全て搬入し終えたぜ。準備はOK……いつでも作業にかかれるぜ」
そう言った彼の唇には、いつも通り煙草が咥えられていた。
「ちょっと……一体何を……?」
「言っただろう?君の手助けに来たって」
遮るように、少年は言った。この光景に不釣合いなその白衣から、一本のメモリースティックを取り出す。
その仕草を見て、何となく違和感を覚える。やはり外見相応の仕草には見えなかったからか。
少年は、それを雫へと差し出した。首を傾げる雫に、少年はゆっくりと口を開く。
「オーバードブーストを、出来るだけ発熱を抑えて有効に活用するアセンブリのサンプルデータ」
「……ッ!!」
声無き驚愕が、雫を襲う。ゆっくりと、メモリースティック手に取り、手の平に佇むそれを見つめた。
(これに……私が求めたものが……)
しばし無言でそれを見つめる。その様子を、エレンも、ハンニバルも、ただ無言で見つめ続ける。
沈黙が、ガレージを支配する。ギュッとそれを握り締めて、雫は小さく頷いた。
「一つ、質問してもいいかしら」
目の前に佇む少年を見据え、そう投げかける。返答は、言葉ではなく態度だった。
「なぜ、私に協力をする?」
いくつかあった質問のうち、最も疑問視しているところを投げかける。
しばし悩んだ後、少年はハッキリとこう答えた。
「ハンニバルの頼み……ってのもあるけど。……やっぱ一番大きいのは、自分の思想を人に伝えることができるからかな」
少年は、視線をACに移す。思想……とは、何かACに対する特別な考え方があるのだろうか。
「時代が変われば、ACも変わる。まだ12歳のボクが言うのもなんだけど、やっぱり今もいいけど、昔もいい物が多い」
少年は語りだす。まだ12歳というその少年のその目は、確実に何かを捉えて離さない。
「ボクの父さんは、レイヴンだった。だけど、アリーナにも参戦せず、依頼は一つも受けない……おかしなレイヴンだったんだ。
そんな父さんは、戦場で破損したMTやACを漁り、使えそうなパーツを売って生計を立てていた。
決して裕福とは言えない……アリーナに参戦するなり、依頼を受けたほうがもちろん収入は多い。けど、父はとても楽しそうだった」
どこか悲しい目をしながら、彼は語る。雫とエレンは大人しくその話に耳を傾け、ハンニバルは煙草を吹かしていた。
「そんな父が、ある日入手したパーツがある。それは、今のAC規格では使われていないエクステンションパーツ。
それが何で、父の元に転がり込んだのかはわからない。だけどその日以来、父は旧世代のACというものに興味を持ち始めた。」
旧世代のAC……雫は、耳にしたことはあれど詳細に関しては全く存じない。
映像か何かで見た覚えは、ひょっとしたらあるかも知れない。
「ボクは、そんな父の背中を追いかけている内に自分も旧世代のACについて調べるようになっていた……。
その中でも、特に興味を持ったのが、オーバードブーストと熱量の関係について。パーツは滅多に手に入らないから、自然とそうなるんだけど……。
オーバードブーストを今のACの熱量でやると、とんでもないことになることが多い。それを、ボクは旧世代と同様の使い勝手で再現したいと考えている」
つまり、彼は雫の悩んでいることを解決するだけの力を持っている……ということか。
「それを人に試してもらうってのは、一研究者としてとても幸せなことさ」
無邪気な笑顔を雫に向けて、彼は言い切った。彼は、彼なりの思いをその胸に、ACを駆る。
彼の思い、その力……。全てのオーバードブーストを求めるレイヴンへと、その理論を受け継がせたいと願う。
「私は企業の専属よ?アークにばれたら、まずいんじゃないの?」
「その時はその時さ。そうだな……父さんみたいな生き方をするのも悪くはないかもね」
レイヴンとして、研究者として。少年は、一点を見据えて自分の道を生きている。
何となく、そんな生き方が羨ましいと思えてきた。
「そんなわけで、そのメモリースティックがボクの生きがいみたいなもの。
それを有効に使える人を、ボクは求めていた。そして、それが君だったのさ」
そう言って、雫の手からメモリースティクを奪い取る。そのまま、端末へと向かった。
その後ろに雫もついていく。少し大きめの白衣が、不釣合いだった。父親の物なのだろうか。
レイヴン兼研究者としてのイメージをより強めるその衣服が、何となく彼の少年らしさも強めていた。
慣れた手つきで端末を起動させて、メモリースティックを端子に挿入する。
横から画面を覗き見れば、かなりの数のアセンブリデータが読み込まれているようだった。
「ものすごい数ね……」
その量に、ついそう言葉が漏れる。しかし、彼はそんな言葉にもにこやかに返答する。
「一つのコンセプトの元に構成されてるから、案外そう難しくはないよ。……むしろポイントを念頭に置いておけば、すぐにわかる」
そして、いくつかのデータの詳細を読み込んだ。
「とりあえずポイントとしてはジェネレーターの発熱量とラジエーターの冷却性能かな……。
高性能のラジエーターとか、発熱量の低いジェネレーターになるから、ちょっと武装に割り当てる積載量が少なくなるかも」
そう言って、さらに詳細のデータを読み込む。主に内装関連のデータが映し出された。
発熱量の低いジェネレーターがいくつか表示される。これらは、重量がやや大きいかエネルギー出力が低いかの欠点を抱えている。
さらにラジエーター。ジェネレーターの発熱量と、オーバードブーストの発熱量を考慮すると、自然と性能の高いものになる。
そうすると、重量が大きいだとか、エネルギー消費が高いなどの問題が出てくる。この際そこは割り切るしかないだろう。
「武装は……ブレードさえあればそれでいいわ。でも、通常のブースト速度もある程度は確保したいわね」
「ブレードの扱いに自信があるらしいね。あと……話を聞く限りではコアはアトラスだと出力が足りないかな……やっぱヘリオスか」
次々と、データ上のACのフレームを組み替えていく。一瞬だけ、雫はハンニバルを睨み付ける。
何やら余計なことは喋っていないだろうか。まぁ知られたからとて、どうと言うわけでもないが。
その間に、データは組み上げられていく。素早い手つきで作業は進み、大体のフレームが出来上がっていく。
軽量で、発熱量もエネルギー出力も低いジェネレーターを搭載した軽装タイプ。
ジェネレーターを重量の大きいものに切り替え、ブースターの出力を上げたタイプなど。
サンプルを少しいじった物なのだろう。左腕には、共通してブレードが装備されていた。
「腕パーツのエネルギー供給は高い方がいいよね?」
彼がそう問うが、答えるまでもなくYesである。
そうしているうちに、いくつかのテスト機体が完成する。
「実際にテストしてみなきゃ、わからないところが多いと思うよ。数日かけて完璧に仕上げるつもりだから、寝床は用意しておいてね」
数日かかるような事なのか……まぁ、自分が慣れなければいけないのだから仕方がないと言えば仕方がないが。
そこはエレンがちゃんと用意していたのか、大丈夫だと声をかけてくれた。ところで、その間ハンニバルはどうするのだろう。
「あぁ、俺は近くにダチの家があるからよ。そこに泊まって、朝になったらこっちに来る」
「了解」と、半分溜め息を混じらせたように言う。ここからは、自分の努力だろう。
構築してもらったサンプルデータを、テストマシンへと転送し、VRACテストを何度も何度も重ねる。
そうして、自分の手に馴染ませて最終決戦へと臨む。まさに、修行と言ってもいいくらいだ。
だが、奴を倒すために。彼女はその身を削って切磋琢磨する。
オーバードブーストの挙動、スピード。ブレードの動き、熱管理、エネルギー管理。
全てを脳に叩き込み、数多くのアセンブリを実験する。そして見つけ出したそれこそが、彼女にとっての右腕と呼べる存在になるだろう。
3日後
何十回、何百回というテストも既に最終段階へと入っていた。アセンブリもほぼ完了し、最終段階に入っている。
オーバードブーストタイプのコアには、予定通りヘリオスを選択。腕にはエネルギー供給の高いものを装着する。
彼女にとって、これ以上ないと思えるほど彼女に合ったACが、完成した。
構築も終わり、塗装に入ったところだ。そして、それが終了するまでの間に最終テストを済ませる。
念には念を入れて、体にその動きを染み込ませる。時には、ハンニバルがテストの相手になることもあった。
そして……。
「完成だ!!」
ハンニバルの叫びと共に、ガレージの扉がゆっくりと開く。
薄暗いガレージに照明を浴びて佇む一機のAC。真紅に染め上げられた機体が、見るものに威圧感を与える。
左腕には、高威力のブレード。右腕には、中距離からの接近を補助するライフル……通称「ファマス」と呼ばれるアサルトライフルだ。
肩にはロック速度の速いミサイル、加えて連動ミサイルを装着し、それを牽制の一つとする。
ここに完成した、最終決戦のための彼女のACが、その場にいる全ての人間を、奇妙な感覚へ陥れる。
「これが……」
データで見るよりも、実際に目の当たりにすればかなり違う。もちろん、いい意味で違うのだが。
感嘆の声を漏らし、一歩一歩、ゆっくりとそのACへと近づいていく。
冷たい脚部に触れる。鋼鉄の、冷やかな感触が雫の体温を奪う。しかし、何となくそれが心地よい。
しばらくそうしていると、少年の幼い声が聞こえた。
「ボクらの技術の粋を集めた、傑作機さ。大事に使ってよね」
まるで生きているかのような暖かさが、このACから感じられる。
「……ありがとう、みんな」
少し涙を浮かべているが、決してその顔は見せない。
と、ここで思い出したようにハンニバルが口を開いた。
「そういや、こいつの名前はどうするんだ?」
そう、AC構築の最後の行程。生まれたばかりのこのACに名前を付けてやる。
「そうね……どうしようかしら」
「それなら、もう考えてあるよ」
と、白衣の少年は言った。その口は、こう続ける。
「スレイプニル……この駿馬には、ピッタリだろう?」
駿馬の名を冠するACの目が、一瞬光った気がした。少しの間を置いて、雫は小さく頷く。
今ここに、駿馬が覚醒した。
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