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「第一話 交響詩「ワタリガラスの詩」より Ⅰ.前夜~瞳に映る戦の影~」(2006/03/04 (土) 06:35:23) の最新版変更点
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整然とした街並みが続く。どこか暗い雰囲気を持った都市。
二人の可愛らしい少女と、一人の大きな男が歩く。男の手には、荷物が抱えられていた。
レイヴン、インペリアルとそのオペレーター、エレン。そしてその後ろで荷物を抱えているのは、これもまたレイヴンのハンニバル。
二人が楽しそうにお喋りをしながら歩き、それをハンニバルが後ろで眺める。ショッピングの最中である。
一見すると楽しそうな三人に見えなくも無いが、ハンニバルはただの荷物持ち扱いだ。
時々会話に混ざったりもするが、基本的に会話は二人だけで、ハンニバルは黙々と荷物を持って後ろを歩くだけ。
(こうしてれば……本当に普通の女の子なんだがなぁ……)
後ろから眺めていれば、ついそう思ってしまう。そう、二人は普通の少女のはずだった。
本来ならば学校に通っているような、友達と遊んでいたい年頃の少女達。
その手は、機械油と、硝煙と、血の臭いが染み付いている。
神は非道だ。
このような、何の罪も無い少女に、銃を握らせる。
もしも神へと銃を向けることが許されるのならば、彼は躊躇わず一撃で射抜くだろう。
だが、そんなことが叶うはずも無い。彼もまた、同じように銃を握っているから。
男が一つ、諦めを含む溜め息を吐いた所で、少女が足を止める。
ぶつかりそうになって、一瞬よろめくがすぐに体勢を立て直すことができた。
「いきなり止まるなよ……」
と言えば、彼女は聞く耳を持っている様子も無く、どこか一点を見つめていた。
雫の、端正な顔立ちが彼の目の前にある。美しいといって違いないレベルの顔が、こちらを向いていないのが少々悲しく思えた。
「……どうした?」
そう言って、その視線を追った。見れば、そこには一つの店舗があった。
彼女は小さく「ちょっと見てくる」と言うと、ゆっくりとその店へと入っていった。
後を追うように、ハンニバルとエレンがその店へと足を踏み入れた。
そこはハンニバルの知らない世界だった。
金や銀の、大きさも形も様々な物が沢山置かれ、壁際には大量の書物が収まっている本棚が並ぶ。
規模もそこそこの、ハンニバルの知らない世界……そこは楽器屋だった。
「こんなところにあったのね……」
扉を開いたすぐそこに立ち止まっていた雫が、感嘆の声を漏らす。
彼女が店内を歩く姿を、ハンニバルは目で追った。本当に楽しそうに見て回る彼女が、彼の心を揺るがす。
エレンは、雫の後ろをゆっくりと追って歩き出す。彼女に「向かいの公園で待ってる」とだけ言って、彼は店の外に出た。
「どうしたもんかね……」
白い煙を立ち昇らせながら、先程の雫を思い浮かべる。
子供のように嬉しそうな顔をした少女。今まで見たことも無いような表情をしていた彼女。
プライベートで関わることはほとんど無い。彼女に会うのはいつも、仕事が絡んでくるときだけだ。
今回は、街で偶然出会っただけでなぜか荷物持ちに借り出された。こういう時、ここぞとばかりに大量に買うものだから腕が痛くて仕方が無い。
いや、ひょっとしたらアレが通常の買い物の量なのか。と思い、ベンチの横に置かれた荷物を見る。
(……それはないな)
体力的に問題が無くても、その量を見るだけで精神的に参ってしまう。そんなショッピングだった。
ただ、何となく思う。今まで見てきた『レイヴンとしての雫』が、さっきの雫を見たことで少しずつ歪み始めていた。
と言うかそもそも、出会って間もないのである。輸送機の中でのやり取りや、ドライブで兄の話を聞いたときぐらいしか、プライベートの彼女を見ていないと思う。
いつも、真剣な表情をしている彼女。兄を想い、悲しい表情を浮かべる彼女。そんな彼女ばかり見てきた。
だけど、今日一日の彼女を見て思う。「あいつはレイヴンのままでいいのか」と。
誰にでも、譲れないものはある。彼女の場合、それが『兄の仇討ち』だ。
相手はレイヴン、だから彼女はレイヴンになった。それは十分彼もわかっているつもりだ。
だけど、本当に彼女をレイヴンにしておくのが怖かった。
一度でいいから言ってやりたい。
「復讐なんぞやめて真っ当に暮らせ」と。
「お前の代わりに俺がやってやるから」と。
彼女はレイヴンである前に、一人の少女なのだ……それも年頃の。
このまま、この世界にいさせるのは、どうしても嫌でしょうがない。
「………ホントに……どうしたもんかね」
一つ、深く溜め息をこぼす。と、その瞬間視界に影が差した。
「何か……悩んでいるのかね……?」
右手で杖を突いた、年老いた男性がこちらを覗き込んでいた。
その姿に、なぜか彼は何も言えなくなった。
いつの間にか老人は彼の隣に座り、真っ直ぐ先にあるバスケットコートで遊ぶ少年達を眺める。
老人の体を気遣ってか、ハンニバルは吸っていた煙草を携帯用灰皿へと放り込む。
「で、なんの用だ?」
相手が年上だろうが、彼の態度は変わることは無い。それが彼という男である。
「なに……見た目20代そこらの男が、このような場所で煙草なんぞ吸いながら溜め息吐いていれば誰だって気になるもんじゃ」
そんなことあるはずが無いだろう。むしろ、彼の様相を見れば気にはなっても会話をしたくなるはずがなかった。
「俺がどこで煙草吸っていようが勝手だろうが……」
ハンニバルも、視線を真っ直ぐと向ける。背の高い少年が、ダンクを決めている姿が見えた。
(そういや……俺も学生時代はよくダチとバスケしてたなぁ……)
などと過去の事を思い浮かべてみるが、すぐにそれを掻き消す。
一瞬、雫にもそんな風に日々を過ごして欲しいと思ったりもしたのだが、それも同じように掻き消した。
「で、お前さんは何を悩んでいるんじゃ……?」
なおも老人は尋ねる。そんなに悩んでいそうな顔をしているだろうか、と少し思ったりもした。
「何で悩んでるって思ったんだよ」
と、正直に思ったことを言った。先程まで考えていたことではなく、今のことを。
「見ればわかる……それだけじゃよ。それで、何を悩んでいるのかね?」
「初対面の爺さんに話すようなことじゃねぇよ」
そう言って、背もたれに思い切り体重を預ける。都市の天井が、その目に映った。
時間に合わせ、綿密に光度を調整された照明が目に痛い。
なぜそこまで自分の事を気にかけるのだろうか。こんな柄の悪そうな男を気にかける理由が、いまいちわからない。
「そうか……私のような老いぼれにも、役立てることはあると思ったのじゃが……」
そう言って、会話は途切れる。が、老人は一向にそこから動かない。しばらく、ずっとそのまま。
「……わかったよ……話せばいいんだろ」
折れたのはハンニバルだった。
二人が店から出てきたところで、謎の老人は去っていった。
荷物を持って雫の家まで行き、そこで二人とは別れる。やっと、今日彼がこの街に来た目的を果たすことが出来るのだ。
街を歩きながら、先程の老人のことを思う。彼が言った言葉の数々。その言葉の深いところにある意味。
(気持ちを考えてやれ……か)
確かに、彼女がどうしても復讐したいという気持ちもわからなくも無い。
ハンニバルも、最初は金銭目的だった。だが、今は亡き友の復讐の為に動いている。
それでも、彼女にはそんなことはして欲しくなかった。これは我侭なのだろうか。
ずっと考えていても仕方ない。何を言っても、彼女は彼女なりにやるんだろう。
頭をスッキリさせようと思い、ポケットへと手を伸ばして煙草を探る。出てきたものは空箱だった。
チッ、っと舌打ちをして、近場にあったゴミ箱へと投げ捨てる。円形の縁に当たり、カラカラと落ちていった。
「まだ悩んでいるのか?」
突如目の前に、先程の老人が現れた。つい、奇声を上げて後ずさってしまう。
それから気付き、周辺へと目を向ける。幸いにも、人通りは少なかった。いや、幸いなのかどうかは謎だが。
「なんだよ……まだ何か用なのか?」
つい語気を荒げて、そう言う。煙草が切れたことへのストレスもあるのだろう。
「まったく……すぐにそんな顔になるところも親父に似ているの……」
……さりげなく重要な一言を発する老人。ハンニバルの父親が、なぜ老人の口から出てくるのか。
「ちょっとまて……あんた……」
「まぁそういうことじゃよ。結婚してから一度も顔を見せないお前の親父のせいで、
孫の顔を拝んだことがないのでな。死ぬ前に、一度は見ておこうと思っての」
では、今まで自分の孫だとわかっていて話しかけてきていたのか。
「最初からそう言えよ……」
老人は、奇妙な笑いを浮かべて歩き出す。ハンニバルが向かう方向とは、逆方向のようだった。
「まったく、どこまでもお前の親父にそっくりじゃ。まぁ、若いうちは沢山悩め。そうすれば、自然にわかってくる」
去っていく祖父の背中を見て、既に死した父を思い出す。
「ま、タメにはなったぜ。ありがとよ、爺さん」
老人の背中を見送って、ハンニバルは歩き出す。
復讐が終われば、あいつがレイヴンでいる必要も無くなる。
それまで、自分が守ってやればいい……そう心に誓って、真っ直ぐと前を見た。
その日、止まっていた歯車がゆっくりと動き出した。
ワタリガラス達の運命を歪ませる、狂気の歯車が。
軋むように、ゆっくりと……。
雫のもとへ、一通のメールが届いた。
新しい任務、内容は……
『ミラージュ専属レイヴン撃破』
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