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「第二話 鳥たちの神話(後編)」(2006/03/04 (土) 06:34:48) の最新版変更点
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目を閉じれば
あなたの優しい顔が浮かぶ
あなたの優しい声が響く
あなたが私に与えた時間は
今も私の中に眠っている
やさしい寝息を私に聞かせてくれる
けれど
あの瞬間は
もう戻ってこないって
あの時炎が
そう告げたんだ
『逃げろ!!インペリアル!!』
男が叫んだ。血の滲む様な必死の形相で。
それしか出来ないことが、彼にとって、非常に不愉快なことであった。
しかし、彼女は一向に動かない。動き出す気配を全く見せない。
『早く降ろせ!!まずいことになるぞ!!』
彼の叫びは、虚しくもただ暗闇に響くのみ。
対峙する2機のAC。両者の間に、なんとも言い難い空気が流れていた。
お互いに動く気配は無く、まるで何かを探るように睨み合う。見ているほうが神経を擦り減らすような空気。
いや、片方には何らかのオーラを感じる。雰囲気、と言えばいいのだろうか。
殺しと、慈悲と、優しさが入り乱れたようなそのオーラが、エレンは不思議と嫌ではなかった。
そのACの外見と、エンブレムのせいもあるのだろうが。
(……あのエンブレム……あのAC……。間違いなく、兄さんの物と同じ……)
ACを見つめ、雫は思い悩む。
間違いなく、兄が愛用していたAC。そして兄が使用していたエンブレム。
一種の懐かしさを覚えるが、それでいて醜悪な感情が見え隠れする。
(兄さんは死んだはず……なのに……生きていた……?それとも……)
ただひたすらに、相手を見つめて悩み続ける。相手も、一歩たりとも動こうとしない。
二人の間を、風が通り過ぎる。思いも遠くへ吹き飛ばしそうな、強い風だった。
受け取った映像を、エレンが冷静に分析していた。一目で、雫の兄の物だと気づいたのだが。
いや、だからこそ、彼女は映像の分析をした。信じたいようで信じられなかったから。
予感と、恐怖と、戸惑いを混在させるエレン。冷や汗を額に感じながら、真剣に画面を見つめてキーボードを叩く。
何度映像を照合しても、何度自分を信じても、それは間違いなくあの人の物だった……。
お互いに、銃を構えたりはしない。ただ、ただひたすらに見つめ合う。
攻撃できない。逃げることもできない。立ち尽くすことしか出来なかった。
本当に兄なのか……それだけが知りたかった。だから、相手の動きを、ひたすらに待っていた。
通信機からは何も聞こえない。ハンニバルが先程からずっと叫んでいるにも関わらず、雫の周りは無音の空間だった。
妨害電波の類なのか……単に雫の耳に入っていないだけか。そんなことは雫には関係なかった。
『兄さん……なの……?』
押し潰されそうな空気の中、紡ぎ出す事が出来た唯一の言葉。
しばらく待ってみても、返答はない。同じように、まったく動くこともない。
ハンニバルはその様子に苛立ちを覚える。だが、いくら苛立ったところで、彼にはどうすることも出来なかった。
(どうすれば……戦うのか……それとも……!!)
キッっと相手を睨み付ける。まるでガンマンのように、互いに時を待った。
『ハンニバルさん……あれは……何なんですか……?』
輸送機の中で、機械を操作する手を止めたエレンが問う。視線は画面に固定されたままだ。
信じられないといった顔で、画面を見る。寸分違わぬ二つのACの画像を見つめ続けるエレン。
『……もしあいつが本当に死んでいるのならば……あそこにいるのは、間違いなく危険な奴だ』
無駄だとわかったのか、ハンニバルも叫ぶのをやめていた。腕を組み、様々な手段を頭の中で展開させる。
『……あれは、一種の神話……伝説のようなものじゃなかったんですか……?』
エレンも、何となく想像は付いていた。いや、そうでなければ辻褄が合わない。
鳥たちが語り継ぐ、様々な神話・逸話・伝説。現実のような話もあれば、非現実的なものもある。
これは、その中でも特に非現実的な部類に入るものだった。
『ここまで来たら……もう信じるしかねぇよ……。奴は本当にいた……それだけだ』
彼らが、鳥たちが語る、『奴』の伝説。取り分け危険なものとして語られる、最も信憑性の薄い伝説。
『リ・コールの伝説……』
そう、エレンが口にした。
リ・コール。
既に死したレイヴンと、全く同じACを操る正体不明のレイヴン。
その上、依頼を終えた後の帰還中を狙うのでさらに性質が悪い。
戦闘展開も、生前それを操っていたレイヴンと全く同じものであり、なおさら気味が悪い。
一部の間では、本当に亡霊なのではないかと噂されている。が、もちろんそれも確認の仕様がない。
中に人間が乗っていて、それで精神牽制として同じACを操るならまだ信憑性は高い。
だが、色々と不可解な現象が発生していたりする。そこが、事の信憑性を落としている。
誰だって、幽霊なんてものはあって欲しくないと思っているからだ。
それがレイヴンの幽霊などと言ったら、なおさらの事だ。
『……そうでなきゃ、説明がつかない。俺は信じたくなかったがな……』
エンペラーは死んだ。だから、あそこにいるのはその幽霊だ。
そうとしか考えられない。それ以外の可能性は、確実に無いと信じていた。
それは、エレンも同じ。ある意味で、妄信であった。
もし生きていたと言うのなら、それはそれで嬉しいこと。だけど、こんな形で出会いたくなかった。
レイヴンとしての雫を、その目に焼き付けてほしくなかった。
依然睨み合いは続く。赤く光る瞳と、白く輝く視線が、互いを支配する。
まさに神経を浪費する戦い。互いに発する無言の重圧が、ハンニバルやエレンすらも疲弊させる。
―――――――――――沈黙。
それは突然に破られた。
『…………ロ……』
ノイズが、その場にいた全員の通信装置へと割り込む。機械のような音声がわずかに届き、動揺する雫。
いや、雫だけではない。その場にいた全員、彼に関わりを持つもの全てが、その声に驚愕した。
『………ニ……ゲ……………ロ………』
枯れたような男の声。ノイズを混じらせて、戦場に響き渡るその声。
まるで、ヒトならざる者のようなその声に恐怖すら覚える。しかし、その声は確かにあの男のものだった。
『まさか……本当に亡霊だとでも言うのか……?』
じっとコックピットで映像を見つめ、そう呟く。何度か出会っただけとは言え、彼の特徴のある声はちゃんと覚えている。
どこか若さを感じさせる声だった。それは、既に死した今でも変わっていない。
『あの声は……』
エレンも、驚きを隠せないといった表情で硬直する。
そして最も動揺しているのは、他でもない、雫だ。
コックピット内で涙を流し、画面に映る兄を見つめ続ける。変わってしまった兄が、彼女の心を砕く。
彼女も、何となくそうなのではないかと思っていた。
あれは『リ・コール』なのではないかと。亡霊なのではないかと。
『……兄さん』
ほとんど弾の残っていなかったライフルと、マルチブースターをパージ。
最低限の攻撃力を残し、機動力を確保。そして、ゆっくりと兄に背を向けて、呟いた。
『……兄さんの仇は、私が取る。……だから、待ってて』
涙を流しながら、見えない相手へと笑みを送る。兄の亡霊を前にし、決意を新たに彼女は走り出す。
エレンが搭乗している輸送機はハンガーが破壊されたため、別な輸送機を手配するか、自らブーストで動かなければならなかった。
『……輸送機は手配したわ……。合流地点まで逃げましょう』
そう告げて輸送機が動き出す。ハンニバルはほっと胸を撫で下ろし、雫が二機の輸送機を追って動き出す。
その瞬間、レーダーが一つの反応を捉えた。
『高速で接近する反応が!!これは……AC!?』
その声に、雫が振り返る。先程よりずっと動かない兄のACが視界に映る。
その向こう側に、オーバードブーストで急速接近する黒い軽量逆関節ACが見えた。
『おい……なんだあいつ?』
いつの間にか輸送機内へと戻ったハンニバルが、オペレーターの横で映像を見つめ呟く。
彼が見たことも無いエンブレムに機体構成。しかし、そのエンブレムは、雫には覚えがあった。
『……ファントム』
そう、彼だった。
『やっと見つけたぞ……』
彼が小さく呟いた。それはこちらに向けられたものではなさそうだ。
その視線は、兄のACへと向けられていた。
『ファントム……何故あなたがこんなところに……?』
足を止め、突然登場した男へと声をかける。また殺しに来たのかと思ったのだが、標的が違うようで少しだけ安心した気もする。
だが、標的は兄のACのようだ。幽霊とは言え、みすみす見逃したくもない。彼は、ショットガンを構えて返答する。
『俺の異名を忘れたのか』
彼の異名―――――――レイヴン殺し。
『俺はこいつを殺す』
そう言って、再び銃口を兄へと向ける。
『待って!!そいつは……!!』
『リ・コール……だろう?』
雫の声を遮るように、彼はそう言った。まるで、知っていたかのように。
『ならば、なおさらのことだ……。こいつは、ここで消す』
なぜ、彼がリ・コールを狙っているのか。そんなこと、雫には関係ない。
兄を……兄の霊に手出しはさせたくない。
『……手を出さないで』
静かに、そう告げる。淡々とした口調で、彼女は反発した。
ピクリと眉を動かし、彼はその腕を止める。一つ溜め息が聞こえた気がした。
『あなたが……そいつを殺すと言うなら、私が止める』
ボンッ、と音を立て、真後ろで爆破が起きた。見れば、ファントムは肩のロケットを雫へ向けて構えていた。
『そのようなボロボロのACで、俺と戦うのか?
大人しく引き下がれば命だけは助けてやる。あくまで反発するならば……ここで殺す』
本気の声だ。雫とて、ここで死を選ぶほど浅はかではない。
が、ここで引き下がるのも好ましくない。
(武装もブレードしか……あいつを相手にするには無謀すぎるか……)
ショットガンを構え、彼はずっとこちらを見ていた。圧倒的威圧感が、雫の足を縛り付ける。
だが、依然闘争の炎は雫の瞳で燃え続けていた。エレンは、ただ見守るしか出来なかった。
『インペリアル……今のお前が戦っても勝ち目は無い。大人しく引き下がれ』
その炎を鎮火したのは、ハンニバルだった。
『……っ!!私はっ……!!』
なおも食い下がる雫。ここで大人しく引き下がるのは、プライドが許さない。
『ここで死んだら、意味ねーだろうが』
冷静に、彼はそう言って通信を切った。
いつものハンニバルとは思えないほどに、冷静。そして、何かを見失っていた雫へと下す、当たり前の言霊。
たったそれだけの言葉に、雫は冷静さを取り戻した。今更、あいつの偉大さを思い知った気がした。
(ホントに……腐ってもレイヴンね……)
一つ、溜め息をこぼす。そして振り返り、小さく呟いた。
『もっと早めに出てきてくれると助かったんだけどね……』
都市屋上でのAC戦を思い出し、彼女は空高く飛び立った。
やがて輸送機は彼の視界から外れ、幽霊と幻だけがその場に佇んでいた。
敵性認定をしたのか、リ・コールの腕が持ち上がる。右腕のマシンガンと、左腕のグレネードが彼に向けられた。
『亡霊と戦うってのも……気味悪くて仕方が無いな』
誰に言うでもなく、呟く。彼も、ショットガンとレーザーライフルを亡霊へと向けた。
『俺が成仏させてやるよ。お前はもう死んだんだ……安らかに眠れ』
その両腕の銃が、吼えた。
二人は無事、クレスト本社まで戻ることが出来た。
互いのオペレーターを含め、4人で事務所へと報告を済ませる。
縛りつけられていたような気分が、ようやっと開放された。
「はぁ……とんでもない依頼だったわ……」
自販機で購入したコーヒーを啜りつつ、つい愚痴る。
ただの輸送機の撃墜かと思いきや、正体不明の積荷にありえない数の防衛部隊。
2機のAC戦をこなしたと思えば、亡霊レイヴンにレイヴン殺し。
まったく、ここまで正気でいられたのが不思議なくらいだ。いや、ある意味で正気ではなかったか。
「まぁ……報酬がそれなりだったとは言え、あそこまでひどいのは勘弁して欲しいな」
物理的な数もそうだったが、精神的な重圧もとんでもなかった。
それでなくても、ハンニバルは輸送機の機械故障でかなりのストレスを味わったのだ。
「で、なんであのレイヴン殺しが……お前と知り合いなんだ?」
コーヒーを啜る手を止め、ハンニバルが問う。まぁ至極普通な疑問だろう。
レイヴンの世界の中で、異端と扱われるレイヴン殺し。そして目の前の、企業の犬。
普通に考えて、接点はどこに存在するのか。彼もそう思ったからこそ、直接問うことにした。
「……まぁ、色々あるのよ」
と、適当にはぐらかすことにした。それに答えていられるほど、彼女の心は落ち着いていない。
なぜ、彼がリ・コールを追っているのか。ただのレイヴン殺しとしての本能なのか。また別の何かか。
その疑問に答えられる人間は、彼しかいない。
はぁ、と一つ溜め息を吐く。全く、溜め息が多い一日だ。
あまり憂鬱な気分でいるのは良くないと、今更思ったりもする。
「色々……ねぇ。まぁ、俺には関係ないってことにしておくか」
空になった紙コップをダストシュートへ投下し、大きく背伸びをするハンニバル。
その後ろ姿を見て、雫は何となく兄を思い出す。
あの若さの残る声と、大きな背中。
もう戻ってこないとわかっていても、時々縋りたくなる。
口に入れたコーヒーの最後の一口は、少し涙の味がした。
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