「プロローグ 胎動」(2006/03/04 (土) 06:28:30) の最新版変更点
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『早く!!こっちへ!!』
強い声がはっきりと響く。
だけど、意識と視界はどこかぼやけていた。
『雫!!早く逃げましょう!!』
目の前の少女が私に手を差し伸べる。
少しずつ視界がはっきりしてきた。
私は少しずつ覚醒する意識の中で、無意識に手を伸ばしていた。
その子の手に触れた瞬間、世界がはっきりと見えた。
………地獄。
そう呼ぶにふさわしかった。
建造物はほとんど崩れ、ところどころ炎を上げている。
『きゃあ!!』
私の目の前にいた少女、親友のエレンが急に視界から消えた。
土埃が喉に纏わり付いて非常に不快だ。
『雫!!手を離してはダメよ!!』
その声に従い、しっかりとエレンの手を握る。
もう片方の手はハンカチで自分の口を覆う。
エレンが走り出し、引かれるように私も走った。
1秒でも早く、この惨劇から逃れるために。
この時、これ以上の惨劇は決してないだろうと私は思った。
この惨劇の中でそんなことを考えていられるほど自分が冷静であると気づいた時、不思議な感覚を覚えた。
まるで、わかっていたような。
まるで、望んでいたような。
まるで、自らが惨劇を生み出しているような…。
『雫…どうしたの…?』
エレンの声が、私を現実に引き戻す。
何を…考えていたんだ…。
『顔色悪いよ…?』
不安げな表情でエレンは私の顔色を伺う。
『大丈夫…心配ない…』
私の中で、不安は別なところにあった。
『お兄さん…大丈夫かな…』
そう…兄さんの行方だ。
この惨劇が始まった途端家を飛び出した兄さん。
私はここまで逃げることができたけど…。
『お兄さん…どこ行ったのかしら…』
兄さんのことだ…きっと逃げ遅れた人の誘導とかをしているんじゃないだろうか。
何よりも自分より他人を優先する兄さん。
私の…憧れの人…。
『大丈夫だ…きっと兄さんは…大丈夫』
兄さんは…そんな簡単にいなくなったりしない…。
兄さんは…強い人だから…。
『雫!!』
その一声で心の曇りが消え去った。
『兄さん!!』
よかった…やっぱり無事に逃げていたのね…。
『もう…お兄さん!!今までどこ行ってたんですか!!』
エレンも兄さんの大遅刻には少々ご立腹のようだった。
当たり前と言えば当たり前だ…。
こんなに心配させて…。
『すまない…つい避難誘導を…ね…』
そんなところはやはり兄さんだ。
自分より他人を優先する。
時には優しすぎるほどの性格。
誰にも恨まれることのない人間。
私はそんな兄が大好きだった。
『お兄さん…早く逃げましょう!!』
その声が聞こえて我に返った。
そうだ…一刻も早くここを離れなくては…。
『そう…だな。一刻も早く逃げないと…』
一瞬兄さんが苦悶の表情を浮かべた。
私はすぐにその原因に気づくことができた。
『兄さん…!!その足!!』
兄さんの足には大きな傷が走っていた。
赤黒い鮮血が傷口から流出して見るだけで痛みを覚える。
『くそっ!!応急処置じゃダメだったか…!!』
すぐに兄さんは次の応急処置に取り掛かった。
だが流血は留まる事を知らず次々と流れ出していく。
『お兄さん、肩をお貸ししますわ』
すぐさまエレンが兄さんに肩を貸そうとする。
だが兄さんはそれを断った。
『いや…二人は先に逃げるんだ。俺は隠れて少し休んでから逃げるよ』
そんな明らかに辛そうな顔で言われると困る。
はっきりと無理しているのがわかった。
本当は立っているのも危ういのではないかと。
それで足手まといにならないためにそんなことを言っているのでは…と。
『兄さん…一緒に逃げよう。そんな傷じゃ無理よ!!』
嫌な予感がした。
兄さんは死を覚悟して、私たちを生かそうとしているのではないかと。
死ぬときは…一緒と決めていたのに…。
『安心しろ雫。応急処置をしてすぐに逃げるさ』
『でも…!!』
途端に兄の表情が険しくなったのがわかった。
兄のこんな顔を見るのはすごく久しぶりな気がする。
『いいか雫…俺は生きるといったら必ず生きる男だ。こんなところでくたばったりはしない。
そしてお前はその妹だ。必ず生きなければならないんだよ。だから…お前は逃げるんだ!!』
何かよくわからない理屈で言いくるめられている気がする。
いや、気のせいではないだろう。
こうなったら兄さんは決して譲ろうとしない。
そうしたら私の取る行動はただ一つだ。
私は兄の肩を担いだ。
『おい雫!!聞いてるのか!!』
耳元で兄さんが何か叫んでいるが私には聞こえない。
私には…兄さんがいる世界こそが命だからだ。
『あーあー聞こえなーい!!』
傍から見れば馬鹿みたいなやり取りなのだろう。
それでも私には何より譲れないことだった。
隣でエレンが微笑んでいるのが見える。
惨劇の中のちょっとした暖かい居場所だった。
だけどそれは…一瞬で脆くも崩れ去った。
ガシャン!!
背後に影が降りてきた。
その場にいた全員が振り向くと。
『……AC!!』
次の瞬間、そのACは右腕を振り上げた。
『くっ!!』
途端、背中に強い衝撃を感じた。
私とエレンは突き飛ばされていた。
他の誰でもない…兄さんに。
『兄さん!!』
次の瞬間……橙の色を纏うACの右腕が……火を噴いた。
『ぐぁぁぁぁぁぁああああああ!!』
その時私は…。
『お兄さん!!』
平和だった日常が崩れていく様と…。
『雫!!逃げろぉぉぉぉぉおおおお!!』
兄……帝の燃え逝く姿を見た……。
『兄さぁぁぁぁぁぁぁあああああああん!!』
ジリリリリ!!
けたたましい騒音で我に返る。
ゆっくりと起き上がり、カーテン越しに差し込む日差しに目を瞑る。
「また……あの時の夢……」
久しぶりに最悪の目覚めだった。
ベッドから這い出し、コンピューターを起動させる。
起動が終了するまでの間、手早く朝食の準備をする。
キリのいいところで起動が完了し、新着メールのチェックを開始する。
何通かメールが届いていた。
(新しい依頼……)
その中の一つにクレストからのメールがあった。
それは私宛の依頼。
そう…私はレイヴン…。
それ以上でもそれ以下でもない…。
いくつかあったメールのうち一つを見る。
それはあの日の惨劇の日に誓い合った仲間からのものだった。
音声メールを再生し、さらに朝食の準備を進める。
『インペリアル。連中の足取りをつかんだぞ』
その声に、私の作業する手は止まった。
私はインペリアル……。
雫という名は過去に捨てた……ただのレイヴン……。
そして……ただの復讐鬼……。
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