特攻兵器襲来後、世界は混乱の坩堝と化した。
世界を統べていた企業の力は衰え、“力”の代名詞――――ACを駆る傭兵、レイヴンを取り纏めていた組織、レイヴンズアークも事実上消滅した。
秩序は地に落ち、信義などというものは消え失せた世界で、それでも人々は己のためだけに戦い続けた。
ある者は巨万の富のために。
ある者は自らの誇りのために。
ある者は愛する者のために。
殺し合い、奪い合い続けた結果、人々は疲弊し、再びの安寧を、秩序の再来を求めた。
その呼び声に答えた企業の連合体――――アライアンス。
衰えたとはいえなお強大であったそれぞれの企業が利害を越えて協力し築かれた、新たなる秩序。
一進一退を繰り返しながらも、徐々に徐々に彼らが支配体制を確立し、世界がその秩序を受け入れようとした、その矢先。
『レイヴンの、レイヴンによる秩序・・・企業支配から脱却した、新たなる秩序を!』
世界に向け声高にそう叫んだ男の名はジャック・O。
ありし日のレイヴンズアークを主宰した“若きカリスマ”であり“革命家”。
死んだと思われていたその男の呼びかけに応える者達の組織、バーテックス。
彼らはアライアンスに攻撃を仕掛け、アライアンスもまた彼らを『世界を破滅に導く不穏分子』として排除しようとした。
アライアンスとバーテックス――――二つの組織の激しい抗争は、再び世界を混乱へと追い落とした。
二大組織の激しいせめぎ合いと、その裏で繰り広げられる、有象無象の武装組織の暗躍。
その戦乱の中を翔ける鴉、レイヴン達は一人、また一人と淘汰されていく。
――――特攻兵器襲来、そしてアライアンス成立より半年後。
生き残ったレイヴンは二十二人。
この戦乱に終止符を打ち、勝者の栄光を手にするのはアライアンスか、それともバーテックスか。
そして――――地上最後のレイヴンとなるのは、誰か。
誰もが生きるために戦った時代を駆け抜けた傭兵達への鎮魂歌を紡ごう。
***
10:24 プリンシバル、ベルザ高原にてバーテックスの差し向けた刺客と交戦し、戦死。
04:12 ジャウザー、旧ナイアー産業区にて迎撃を依頼されたレイヴンと交戦、戦死。
ふたりの名が記録として残されているのはこれだけであり、ふたりがどんな人物であったのか、どんな思いを抱いてこの戦乱の中に散ったかを知る者はいない。
***
――――ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えてから、意を決して目の前の扉を叩く。
今ではとんでもない高級品となった木製のドアが軽い音を響かせ、一瞬の間。
「・・・誰だ」
扉の奥に控える人物が、厳粛な声を響かせる。
全身の筋肉が引き締まるのを感じながら、引きつる声でなんとか返答を返す。
「こ、今回アライアンス戦術部隊に配属になりました、ジャウザーです」
確かにそう言ったつもりだったが、部屋の中からはなんの反応もない。
聞こえなかったか、そう思って再び名乗ろうとするより一呼吸早く。
「――――入れ」
至って短い返事が聞こえた。
名乗ろうと開けた口を気まずげに閉じ、それを誤魔化すように咳払いをしてから、ゆっくりと扉に手をかける。
「失礼します」
一礼して踏み入った部屋の奥。
豪奢な調度とは裏腹に無駄なものは一切省かれたデスクに腰掛け、じっとこちらを見据える鋭い眼の男。
その男の発する、まるでそれだけで人を殺そうとするかのような狂猛な視線に息を呑む。
彼こそがこのアライアンス戦術部隊司令官、エヴァンジェであることは頭で理解できていた。
だが、その発する殺気は決して他人を統べる長のものではない。
むしろそれは、誰にも頼ることなくただ一羽で獲物を狩り仕留める猛禽のそれだと思った。
が、そんな個人的感想に囚われている場合ではない。
慌てて敬礼の姿勢を取ると、不意に向けられた視線が和らいだ。
「・・・よく来た。 私がこのアライアンス戦術部隊司令官、エヴァンジェだ。 君のアライアンスによる秩序を守りたいという意志を嬉しく思う」
ありふれた型どおりの挨拶。
それを手早く済ませると、エヴァンジェ――――隊長は再び鋭い視線をこちらに向け、まるで品定めをするかのように見つめたあと、苦虫を噛み潰したような表情で続く言葉を述べた。
「――――君も知っているとおり、現在我々戦術部隊はジャック・O率いるバーテックスと交戦中だ。 奴らはアライアンスによる秩序を破壊し、世界を混乱へと引きずり戻す唾棄すべき連中であることは言うまでもない」
静かだが、確かに激しいものが込められた言葉に、しっかりと頷く。
そのとおりだ、奴らは許されざるテロリストでしか有り得ない。
この世界を正しい方向へ導くためにも、絶対に倒さねばならない敵だ。
「・・・が、しかし。 奴らの戦力は強大であり、口惜しいことだが我々とはいえ苦戦は免れないというのが実情だ。 加えてバーテックスに与するレイヴンは数々の戦場を潜り抜けた猛者も多い。 故に今の我々には“力”が必要だ」
そこで一旦言葉を切ると、隊長はおもむろに席を立ち、窓の外へと目を向ける。
窓の外では、着々と戦術部隊の戦力――――各企業のMT、戦闘ヘリ、戦車、輸送機――――が整えられている。
だがしかし、それらの戦力もたった一度の戦闘で壊滅する。
どれほどの数をぶつけようと、ACという最強の兵器には敵わない。
「“力”とは――――――――」
窓の外から視線を外すことなく、ゆっくりと隊長は呟く。
「・・・ただ単純な兵器としての性能や戦闘の手腕だけを言うのではない。 もちろんそれらは重要な要素ではあるが・・・それよりも重要なのは、意志だ」
「意志・・・・・・」
反芻するように、隊長の言葉を繰り返す。
その僕の言葉に頷くと、隊長はこちらを振り返り、その爛々と眼光を放つ目で僕を見据えながら、
「そう、意志だ。 このアライアンスによる秩序を守り、それを乱す者を許さないという意志」
一歩一歩、確実に僕に歩み寄り、
「その強固な意志こそが、我々戦術部隊に求められるものであり――――バーテックスという敵を打ち倒すためにもっとも必要な戦力となる」
僕の目の前に立ち、わずかに見上げた僕の視線を燃えるような意志に彩られた目で受け止めながら。
「お前の持つ戦力に期待する・・・頼んだぞ、ジャウザー」
軽く、だがしっかりと僕の肩を叩き、隊長はほんの少し、口を歪めて笑った。
意志に燃える瞳、肩に置かれた手の重さ、そして、その笑顔。
そのすべてからひしひしと伝わる“何か”が、僕の心でくすぶっていたものに火をつけた。
「・・・・・・はい」
万感の思いを込めて、ただ一言だけ応える。
いい返事だ、そう隊長が言ってくれた、それだけで心が躍った。
そのとき。
「失礼します」
この部屋には明らかに場違いな、深みのある澄んだ声がした。
思わず振り返る。
ドアノブが回り、ゆっくりと開かれた扉の向こうから姿を現した人物、それは。
「来たか」
肩口ほどの長さのそれを、いくつかの束ごとに巻いた――――いわゆる縦ロールの金髪。
透き通るように白い肌に、凛と引かれた眉と、碧い瞳。
そして、アライアンス戦術部隊員を示す制服の上からでもはっきりとわかる、大きな胸。
どこかのモデルだと言っても通用しそうな美貌の女性に目を奪われながらも、困惑する。
なぜこんな美人が、今ここに来るのだろう。
オペレーターか?
いや、それはない。
僕のオペレーターはさっき顔を合わせた年配の気のよさそうな男性だし、隊長のオペレーターは隊長よりわずかに年上のやはり男性だったはずだ。
じゃあこの人は、一体――――――――?
「・・・・・・何?」
「え・・・い、いえ、何も」
突然その女性から声をかけられ、思わず口ごもる。
驚くあまり彼女のほうにばかり目が行ってしまったらしい。
しかし隊長はそんなことを気に留めることもなく――――驚くべきことを口にした。
「ジャウザー、紹介しよう。 彼女はプリンシバル、我々と志を同じくする仲間であり――――我々に欠かせない“力”であるレイヴンの一人だ」
「・・・・・・・え?」
呆気に取られ、間抜けな顔で隊長と彼女の顔を見比べる僕を尻目に、彼女はつかつかと僕に歩み寄り、まっすぐにその手を差し出した。
「プリンシバルよ、よろしく」
何の感情も込められていない声でそう言われ、僕にできたのは、その手を握り返すことだけだった。
コレが、僕と彼女――――プリンシバルが初めてであったときの話である。
世界を統べていた企業の力は衰え、“力”の代名詞――――ACを駆る傭兵、レイヴンを取り纏めていた組織、レイヴンズアークも事実上消滅した。
秩序は地に落ち、信義などというものは消え失せた世界で、それでも人々は己のためだけに戦い続けた。
ある者は巨万の富のために。
ある者は自らの誇りのために。
ある者は愛する者のために。
殺し合い、奪い合い続けた結果、人々は疲弊し、再びの安寧を、秩序の再来を求めた。
その呼び声に答えた企業の連合体――――アライアンス。
衰えたとはいえなお強大であったそれぞれの企業が利害を越えて協力し築かれた、新たなる秩序。
一進一退を繰り返しながらも、徐々に徐々に彼らが支配体制を確立し、世界がその秩序を受け入れようとした、その矢先。
『レイヴンの、レイヴンによる秩序・・・企業支配から脱却した、新たなる秩序を!』
世界に向け声高にそう叫んだ男の名はジャック・O。
ありし日のレイヴンズアークを主宰した“若きカリスマ”であり“革命家”。
死んだと思われていたその男の呼びかけに応える者達の組織、バーテックス。
彼らはアライアンスに攻撃を仕掛け、アライアンスもまた彼らを『世界を破滅に導く不穏分子』として排除しようとした。
アライアンスとバーテックス――――二つの組織の激しい抗争は、再び世界を混乱へと追い落とした。
二大組織の激しいせめぎ合いと、その裏で繰り広げられる、有象無象の武装組織の暗躍。
その戦乱の中を翔ける鴉、レイヴン達は一人、また一人と淘汰されていく。
――――特攻兵器襲来、そしてアライアンス成立より半年後。
生き残ったレイヴンは二十二人。
この戦乱に終止符を打ち、勝者の栄光を手にするのはアライアンスか、それともバーテックスか。
そして――――地上最後のレイヴンとなるのは、誰か。
誰もが生きるために戦った時代を駆け抜けた傭兵達への鎮魂歌を紡ごう。
***
10:24 プリンシバル、ベルザ高原にてバーテックスの差し向けた刺客と交戦し、戦死。
04:12 ジャウザー、旧ナイアー産業区にて迎撃を依頼されたレイヴンと交戦、戦死。
ふたりの名が記録として残されているのはこれだけであり、ふたりがどんな人物であったのか、どんな思いを抱いてこの戦乱の中に散ったかを知る者はいない。
***
――――ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えてから、意を決して目の前の扉を叩く。
今ではとんでもない高級品となった木製のドアが軽い音を響かせ、一瞬の間。
「・・・誰だ」
扉の奥に控える人物が、厳粛な声を響かせる。
全身の筋肉が引き締まるのを感じながら、引きつる声でなんとか返答を返す。
「こ、今回アライアンス戦術部隊に配属になりました、ジャウザーです」
確かにそう言ったつもりだったが、部屋の中からはなんの反応もない。
聞こえなかったか、そう思って再び名乗ろうとするより一呼吸早く。
「――――入れ」
至って短い返事が聞こえた。
名乗ろうと開けた口を気まずげに閉じ、それを誤魔化すように咳払いをしてから、ゆっくりと扉に手をかける。
「失礼します」
一礼して踏み入った部屋の奥。
豪奢な調度とは裏腹に無駄なものは一切省かれたデスクに腰掛け、じっとこちらを見据える鋭い眼の男。
その男の発する、まるでそれだけで人を殺そうとするかのような狂猛な視線に息を呑む。
彼こそがこのアライアンス戦術部隊司令官、エヴァンジェであることは頭で理解できていた。
だが、その発する殺気は決して他人を統べる長のものではない。
むしろそれは、誰にも頼ることなくただ一羽で獲物を狩り仕留める猛禽のそれだと思った。
が、そんな個人的感想に囚われている場合ではない。
慌てて敬礼の姿勢を取ると、不意に向けられた視線が和らいだ。
「・・・よく来た。 私がこのアライアンス戦術部隊司令官、エヴァンジェだ。 君のアライアンスによる秩序を守りたいという意志を嬉しく思う」
ありふれた型どおりの挨拶。
それを手早く済ませると、エヴァンジェ――――隊長は再び鋭い視線をこちらに向け、まるで品定めをするかのように見つめたあと、苦虫を噛み潰したような表情で続く言葉を述べた。
「――――君も知っているとおり、現在我々戦術部隊はジャック・O率いるバーテックスと交戦中だ。 奴らはアライアンスによる秩序を破壊し、世界を混乱へと引きずり戻す唾棄すべき連中であることは言うまでもない」
静かだが、確かに激しいものが込められた言葉に、しっかりと頷く。
そのとおりだ、奴らは許されざるテロリストでしか有り得ない。
この世界を正しい方向へ導くためにも、絶対に倒さねばならない敵だ。
「・・・が、しかし。 奴らの戦力は強大であり、口惜しいことだが我々とはいえ苦戦は免れないというのが実情だ。 加えてバーテックスに与するレイヴンは数々の戦場を潜り抜けた猛者も多い。 故に今の我々には“力”が必要だ」
そこで一旦言葉を切ると、隊長はおもむろに席を立ち、窓の外へと目を向ける。
窓の外では、着々と戦術部隊の戦力――――各企業のMT、戦闘ヘリ、戦車、輸送機――――が整えられている。
だがしかし、それらの戦力もたった一度の戦闘で壊滅する。
どれほどの数をぶつけようと、ACという最強の兵器には敵わない。
「“力”とは――――――――」
窓の外から視線を外すことなく、ゆっくりと隊長は呟く。
「・・・ただ単純な兵器としての性能や戦闘の手腕だけを言うのではない。 もちろんそれらは重要な要素ではあるが・・・それよりも重要なのは、意志だ」
「意志・・・・・・」
反芻するように、隊長の言葉を繰り返す。
その僕の言葉に頷くと、隊長はこちらを振り返り、その爛々と眼光を放つ目で僕を見据えながら、
「そう、意志だ。 このアライアンスによる秩序を守り、それを乱す者を許さないという意志」
一歩一歩、確実に僕に歩み寄り、
「その強固な意志こそが、我々戦術部隊に求められるものであり――――バーテックスという敵を打ち倒すためにもっとも必要な戦力となる」
僕の目の前に立ち、わずかに見上げた僕の視線を燃えるような意志に彩られた目で受け止めながら。
「お前の持つ戦力に期待する・・・頼んだぞ、ジャウザー」
軽く、だがしっかりと僕の肩を叩き、隊長はほんの少し、口を歪めて笑った。
意志に燃える瞳、肩に置かれた手の重さ、そして、その笑顔。
そのすべてからひしひしと伝わる“何か”が、僕の心でくすぶっていたものに火をつけた。
「・・・・・・はい」
万感の思いを込めて、ただ一言だけ応える。
いい返事だ、そう隊長が言ってくれた、それだけで心が躍った。
そのとき。
「失礼します」
この部屋には明らかに場違いな、深みのある澄んだ声がした。
思わず振り返る。
ドアノブが回り、ゆっくりと開かれた扉の向こうから姿を現した人物、それは。
「来たか」
肩口ほどの長さのそれを、いくつかの束ごとに巻いた――――いわゆる縦ロールの金髪。
透き通るように白い肌に、凛と引かれた眉と、碧い瞳。
そして、アライアンス戦術部隊員を示す制服の上からでもはっきりとわかる、大きな胸。
どこかのモデルだと言っても通用しそうな美貌の女性に目を奪われながらも、困惑する。
なぜこんな美人が、今ここに来るのだろう。
オペレーターか?
いや、それはない。
僕のオペレーターはさっき顔を合わせた年配の気のよさそうな男性だし、隊長のオペレーターは隊長よりわずかに年上のやはり男性だったはずだ。
じゃあこの人は、一体――――――――?
「・・・・・・何?」
「え・・・い、いえ、何も」
突然その女性から声をかけられ、思わず口ごもる。
驚くあまり彼女のほうにばかり目が行ってしまったらしい。
しかし隊長はそんなことを気に留めることもなく――――驚くべきことを口にした。
「ジャウザー、紹介しよう。 彼女はプリンシバル、我々と志を同じくする仲間であり――――我々に欠かせない“力”であるレイヴンの一人だ」
「・・・・・・・え?」
呆気に取られ、間抜けな顔で隊長と彼女の顔を見比べる僕を尻目に、彼女はつかつかと僕に歩み寄り、まっすぐにその手を差し出した。
「プリンシバルよ、よろしく」
何の感情も込められていない声でそう言われ、僕にできたのは、その手を握り返すことだけだった。
コレが、僕と彼女――――プリンシバルが初めてであったときの話である。