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第一話 リベンジ アンド ペイ その二 - (2007/02/04 (日) 23:29:47) のソース
<p> 「機体との同調率、六十%を突破!」<br> 「七十パーセントに到達するまで約二分!」<br> 薄暗い管制室中にスタッフたちの声が響き渡る。<br> しつこいまでに糊付けされた制服を着込んだ新入社員のようなスタッフ達のパネルを叩く手つきは玄人のもので、奇妙なアンバランスさが、見ている者の笑いを誘う。<br> 最も大きいモニターに表示された、計測結果は以前までの実験に比べると、とても信じられたものではなかった。<br> その信じられない結果は管制室内にこれまた信じられないほどの喧騒を作り出していた。<br> いつも暇そうにモニターを見つめているだけのスタッフもここぞとばかりにぎらぎらと光らせた目で自分に与えられたノルマ以上の仕事をこなしていく。<br> それらの様子をまるで人事のように見ている白衣の男が、ずり落ちたメガネを中指で押し上げる。<br> 「前回計測値の二倍以上……最高記録を大幅に更新ですか」<br> 今までのような強化人間、人の手によるドーピングや反射神経の強化によりドミナントに近づくことを目標にしたものでなく、ドミナントとはまったく違うものとしてドミナントを遥かに超える兵器を作る計画。その計画の中心核となる人間を臨機応変な対応と高速処理が可能な制御装置としてACに組み込む実験。<br> その実験体第一号のモリ・カドルは、並の人間よりも力への渇望が強く、かつ具体的だった。<br> それ故に実験体として非常に使いやすい。強い思い込みは利用しやすかったし、カドルは第一号実験体としてはこれまでの段階でも十二分に役目を果たしていた。<br> さらにここに来てこれまでの倍以上の数値、カドルは科学の進歩の大いなる糧となっていた。<br> この計画が成功すれば、何者にも度し難いほどの力を、意のままに操ることが出来るようになる。<br> その力により、アライアンスはこの世に現存するあらゆる勢力を制圧し、一党独裁を行うことにより、生命体の集団でありながら管理者になるという偉業を達成することとなるだろう。<br> 「ファシネイター、モニターに写ります」<br> スタッフの声に応じ、場にいる全員がモニターを見上げる。メガネが光を反射し、この場で最も地位の高いであろう男の目は誰の眼にも確認できなかったが、口の端が歪んだことで誰の眼にも嘲笑ったことが明らかである。<br> 「彼女に感謝するべきかもしれませんね」</p> <br> <br> <p> 建造物の陰からピンチベックが下品な顔をのぞかせる。通信。<br> 『ずいぶんと調子よさそうだねぇ、だまされたとも知らずに』<br> ピンチベックは、形だけなら誰でも知っている、あるレイヴンのACそっくりだった。腕も顔もコアも武器も、まったく同じ。<br> ただ、反転しただけのエンブレムだけが禍々しい何かを吐き出していた。<br> それはジナイーダの親の仇が持っていたエンブレムであり、そのエンブレムを持ったACに乗るのがカドルであるならば、カドルは間違いなくジナイーダにとって母の仇だった。<br> 泣きなくなった。どうしようもなく泣きたくなったが、生きている限りもう泣いていてはいけないのだ。一瞬後の自分はきっと泣きたくなった自分よりも更に強い。強くなければならないのだ。<br> ファシネイターは無音のままレールガンを構え、撃つ。明らかに当たる軌道を描いていない粒子の束はピンチベックの遥か後方で大地に当たり、砂の粒と轟音を巻き上げた。<br> ジナイーダはレイヴンとしてのカドルは大した人物ではないとオペレーターから聞いている。唯一、オペレーターが間違った事実だ。<br> なぜなら、目の前にいるACはこれまでに相対した敵の中で、少なくとも二番目位には強い殺気と気迫を感じさせているからだ。<br> <br> 「ジナイーダだなんて、ふざけた偽名を使いやがる」<br> <br> 『偽者などではない!』</p> <p> 両者とも口を開いたときには動き出している。指が操作パネルの上をすべり、ペダルを渾身の力で踏み抜く。<br> わずかにピンチベックが早く動いて初戦を制す。<br> 豹のようにかけたピンチベックはジナイーダが気付いたときにはすでにファシネイターの懐にもぐりこんでおり、あわよくば初撃でジナイーダの命を奪おうとしていた。<br> 急な接近にファシネイターはたたらを踏み、迂闊な胴体めがけてピンチベックの左手から伸びた光の剣が延びる。<br> 一瞬で勝負を決められてしまうのは二流の証拠である。ジナイーダは曲がりなりにも一流を自称しており、殺し合いが始まってからものの数秒で死ぬつもりは毛頭無い。<br> 踏んだたたらはそのままに、ブースターを急展開して後方に逃げ延びる。後一歩でコアを串刺しにしたであろう光の束はその射程の短さのせいでジナイーダを仕留め損なった。<br> ジナイーダは現行のFCSでは左手の装備まで完全にカバーすることが出来ないのを知っていて、だからこそ早めにトリガーを引く。<br> タイミング、軌道共にジナイーダのイメージ通りに事が運ぶが、相手の動きを完全にイメージすることは出来ない。<br> 案の定ピンチベックは既に射程外ぎりぎりまで後退しており、下品なACには熱いシャワーを浴びせかける程度にしかならなかった。<br> ジナイーダは遠距離に対応するべく、エクステンション共々マイクロミサイルをファシネイターに準備させる。<br> 背中と両肩にぶら下がった無骨な箱はそれぞれに地獄の釜の蓋を開いて、ロックが完了する瞬間を今か今かと待ちわびた。<br> 銀色のACのFCSはすぐに右腕部武装対応モードから肩部ミサイル対応モードに切り替わり、ロックオンサイトの形状が若干変化し、そのわずかな間にピンチベックは、グレネードの発射体制に移ろうとしていた。<br> 通常、二脚型ACが肩部においてミサイル・ロケット以外の長物の兵装を使う場合には、機体のバランスをとり、その上発射の反動に耐えて正確な狙いを維持し続けるために片膝をついて、自ら砲台になる必要がある。<br> しかし、コンピューターと同調しているカドルは例外に足を突っ込んでいた。アライアンスの改造によって機体そのもののメインコンピューターとリンクし、機体の状態を寸分違えず把握することによって、肩部用キャノン系兵装を使う場合でも砲台にならずに、バランスを保ち続ける方法を持っていた。<br> ――どうしてあんなことが……<br> カドルが改造されていることなんて、知りもしないジナイーダには、グレネードを構えたまま跳躍を繰り返すピンチベックは、一番奥のトイレに住む花子さんの同類だ。<br> 自分の目まで疑う。疑ったところでどうもならないが。<br> ロックオンの瞬間と同時にトリガーを引き絞り、マイクロミサイルは群れを成してピンチベックに襲い掛かる。<br> 煙を引いて飛翔する十一発のミサイルは質よりも量が命だ。一発一発の威力はたいしたことは無いが、とりあえずは当てるところからはじめるべき。自然数は一から始まるのだと相場が決まっていた。<br> ミサイルはおのおの拳を開くように広がってから、十一本の指が一纏まりのゲンコツを形作ってカドルの機体に直進する。<br> ゲンコツというヤツは硬くて硬くてとても壊せたものではないが、指の一本一本は握って少し力を加えるだけで折り曲げることが出来る。<br> 長大なグレネードから放たれた火の玉は強固で小型のゲンコツになって指の一本一本を捻りつぶし、合計で五本ほどの指を折り潰す。<br> ジナイーダから見ればミサイル群の中心が突然爆発したようにも見えた。<br> 生まれた煙を書き分けながら残りのミサイルとグレネード弾は互いが目指すべき方向を見定めて突き進む。<br> グレネード弾は弾速がそれほどあるわけでもなく、一発限りが飛んでくるのなら、それがジナイーダにかわせない道理は存在しない。<br> 芸も無しにただ飛んできた弾丸を、ファシネイターは右へステップしてかわす。大地をかすめたつま先がわずかに砂を飛び立たせた。<br> 一方のカドルは空中を滑る機体をグレネード発射の反動には逆らわせず、されるがままに機体を回転させる。<br> 神経と直結したレーダーにはミサイル表示機能が搭載されており、カドルの脳は一瞬でミサイルの弾数、速度、軌道を把握してその全てを避けられるよう、完璧に計算しつくされた回転で肩を、ワキを、頭部を、拳を、脚部を、股をミサイルが通過するようにして見せた。<br> 膝を立ててうずくまるように着地する。<br> ファシネイターはグレネードの爆発にまぎれてピンチベックのアイカメラから逃れ、建造物の合間を腰をかがめて通過する。<br> 相手には確認されないよう、そしてその上で出せる最大速度で、カドルのACの後ろをとるように移動を開始した。レーダーから逃れる事は出来なくても、視界から逃れる事は出来る。<br> しかしだ。カドルは常人ではない。カドルの肉眼で、ピンチベックのアイカメラで姿を捉えることが出来なくなっても、レーダーは建造物の向こう側を逃げるようにして移動するファシネイターの位置を把握していた。<br> レーダー上の赤い点は中心を避けるように迂回して、レーダー中心のわずかばかり下で止まった。<br> 『終わり!』<br> 殺し合いの相手が勝利を確信したであろう声は、カドルの耳には滑稽にしか聞こえない。相手はきっとカドルが後ろを取られていることに気付いていないと思っている。手の平で小躍りする雑魚はかわいらしくさえ思えた。<br> ファシネイターは装甲の薄いであろうACの無防備な背中めがけて今、正に終止符となるトリガーを引き絞った。<br> いくつもの粒子がただ一点に集中し、やがて大きなエネルギーの塊となる。塊は目標へと向かうベクトルを与えられて無防備な背中めがけて飛んでいく。ジナイーダの勝利は目前だった。 <br> しかし、当たる瞬間、ピンチベックがいまさらながらに動き出した。右足で大地を強く蹴り、左足を軸に反回転。光弾は回転ドアを通過するようにACの中心をつかみ損ねて素通り、遥か向こうの建物に衝突して破壊の限りを尽くす。<br> ジナイーダはその眼を限界までかっ開いて、それでもまだ信じられないものを見たのはこれで二回目だった。手の甲で眼をこするが、目の前の事実は変わらない。きっと今でも一番奥のトイレには花子さんがいるに違いない。<br> ピンチベックは動揺する敵ACを尻目に悠々とライフルを構える。カドルは笑いをこらえることが出来なかった。卑怯者はここで死ぬ。</p> <p><br></p> <p> 傍から見ていても、カドルが圧倒的優勢に立っているのは明らかだった。懸命に足掻くドミナント候補を相手に遊ぶ実験台を見つめるスタッフの眼には喜色が含まれている。<br> ピンチベックが放った二発目のグレネードはファシネイターの足元に着弾、爆風でよろめいたファシネイターは間髪入れずコアに突き刺さったライフル弾の衝撃によりすっ転んで仰向けになった。<br> もはや勝負は決しつつある。なのに<br> 「撤収の準備をしてください」<br> 急にこの場の責任者が、状況を無視したような言動を始めた。いつもだったら戦闘後のデータも十分に取ってから撤収しているというのに何事なのか、とスタッフが首を傾げる。<br> しかも今回カドルが勝利を収めようとしている相手は、目下ドミナントである可能性が最も高いとされるジナイーダである。ドミナントを超えることがとりあえずの目的である今回の計画は幾つものステップを跳び越して成功段階へと進むことが出来る。<br> 結果が実る瞬間をわざわざ見逃す科学者は存在しない。スタッフには責任者の言動は常軌を逸しているように思えてならなかった。<br> 「主任は研究の成果をわざわざ見逃してしまうというのですか」<br> 相変わらず主任のメガネが光を反射しているせいで主任の目が見えず、表情が読めない。<br> 細くて白い不健康そうな中指でメガネを押し上げた主任はそれを無視してほかのスタッフに次々と指示を送る。<br> 「車の用意を。採取したデータも忘れずに、器具は大切に扱ってください。研究の成果を無駄にすることはありませんからね」<br> 一人のスタッフがコンピューターから記録用のディスクメディアを抜き出し、バックアップデータを取る。また一人が携帯用の機材を纏め上げていく。<br> 「主任!」<br> どうしても納得のいかない男は主任に食って掛かる。功をあせる男は自分の雇い主に牙を向いてしまったことにさえ気付かない。<br> 「ならばあなたがここに残ってデータを取り続けてください」<br> 高圧的な態度から発せられる高圧的な言動は死の宣告のひとつなのだが、これにも男は気付かなかった。<br> 無言で振り返り、再びパネルと格闘を始めた男を未来を導き出す方程式の中から除外して、主任も振り返り、非常用の出口へと向かう。<br> 何故ドミナントが戦闘能力に特化しているとされるのか。<br> 今、ドミナントであるとされる存在の戦闘記録によると、彼らは並みのレイヴンに比べて特別反射神経が優れているわけでもない。運動神経だってきっとそうだ。ACの動きそのものには、どこにも変わった点は見られない。<br> しかし、彼らは決して負けはしない。過去において、一度も負けた例がない。それは何故か。<br> 論理的に考えてみて、それは圧倒的な学習能力によるものであろうと、創造することは容易い。ならば、いくら元が人とはいえ、やはりワンパターン化した機械のようなものでは勝ち目がないであろう事も容易に創造できた。<br> つまり、今後の課題は機械にどのようにして高度な学習機能を与えるか、ということである。ステップは一段ずつ上っていかなければならないし、一の次は二であると相場が決まっているのである。<br> </p>