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堤修二郎とは、都内の元パティシエで、現在は個人で運営するお菓子教室の講師。

■経歴

若い頃は甘いものをあまり食べなかったが、学生生活最後の思い出にと海外旅行に行ったところ、そこで食べたお菓子のおいしさに衝撃を受け、専門的に勉強するようになる。
パティシエとして目指した年齢は遅いものの、努力を続け店を持つほどになる。
50手前で弟子に店を託し引退。その後はお菓子教室を個人的に開き、近所の人や男性、子どもにもお菓子作りを教えている。

■性格

非常に温厚で人当たりがよく、気配りも欠かさない。 
体力と根気が必要なパティシエの世界で腕を磨き店を持つほどになるがその性格は昔から変わっていないという。
本人いわく、自分が厳しくされたからと言って他人にも厳しくする必要はないとのこと。このことから、自分に厳しく他人に甘くを信条としている。
子ども好きであり人気者でもあるため、堤修二郎のお菓子教室は子どもの参加者が非常に多い。

■お菓子教室

週に一度、土曜日に開催されているが本人の都合により例外あり。
どんなに些細な事でも質問を受け付けていて、自らも率先して用語解説などをしている。
また、妻が元和菓子職人であるため、数カ月に一度和菓子教室が開かれることもある。その際は堤修二郎も生徒側となる。
引退してなおお菓子作りを辞めるつもりはないらしく、趣味の範囲で作った新作お菓子を教室に通う人たちにふるまうこともある。完全に気まぐれでランダムに行うため、食べられるかどうかは運任せとなる。

■パティシエとは

パティシエとはフランス語で菓子製造人を意味する名詞の男性形。女性形はパティシエールとなる。ただし一応パティシエという言葉は、男性、女性の区別なく菓子職人のことを指す。また、パティシエールがお菓子屋さんのことを指す場合もある。

中世のフランスで、聖体拝領用のパンや焼き菓子を作る職人であるオブロワイエが、器やパイ生地などに肉や魚を詰めて焼く料理、パテ料理を作る仕事にも従事するようになり、パスティ(ひき肉などの詰め物料理)を作る者(パスティシエ)に分化し、やがてパティシエになったと言われている。

1440年のパリ奉行による身分規定の中にパティシエという職業が記録されている。当時は各々の職業区分と業務内容に対する制約が強く、パン屋には砂糖を使った菓子を焼くことは禁止されており、菓子作りはパティシエの特権とされていた。パティシエになるには徒弟として5年修行を経た後、試験に合格すれば職人の位になり、更に3年働いた後に組合に「親方昇級作品」を提出し合格する必要があった。店主の息子は希望すれば徒弟の期間は免除された。こうした組合制度はルイ16世の時代まで続いた。フランス革命の後、社会制度が大きく変動するとともに多くのパティシエは菓子作り専業となったが、今日のパティシエの認可制度にも親方による実地教育といった徒弟制度の名残りがある。

日本でこの語が使用され始めたのは2000年前後と思われる。恐らく多くの外来語と同じように、より良いイメージを与えるには、日本語では駄目なので、ヨーロッパ語が選ばれたのだと思われる。主に「スイーツ」と呼ばれる洋菓子やデザートを作る職人の名称となっていて、和菓子職人をパティシエと呼ぶことはない。

パティシエと呼ばれる菓子職人が作る菓子・デザートなどは、味のおいしさだけでなく、見た目にも配慮されており、芸術作品を思わせるものもある。

パティシエの仕事は、朝早くから夜遅くまでの長時間の立ち仕事で、細かい作業から力仕事までこなさなければならず、休みも少ない。そのせいか、2004年度の統計によると、日本のパティシエの人数は年々減少傾向にあり、特に若手男性が減少しているという。それに代わるように女性の進出が目立つようになり、最近ではオーナーからスタッフまで全員が女性という菓子店も珍しくなくなってきている。

欧州(特にドイツ)では女性に人気のある職業であり、パティシエの半数は女性で占められている。しかし、フランスでは女性がこの職業に携わることは少ない。なお、フランスでは、パティシエは日本の医者に値するほどの社会的地位を持つ。

ショコラティエとは

ショコラティエはチョコレートから様々なデザートや菓子を作るチョコレート専門の職人。なおカカオ豆などからチョコレートを作る職人ではない。手作りチョコレートを扱う店舗やチョコレート菓子を製造する会社を指すこともある。

女性形はショコラティエール(chocolatière)となる。

一般に、プロのショコラティエには、チョコレートの歴史や風味と質感の相性、チョコレートを軟らかくしたり、型に入れて固めたり、チョコレートで装飾したりといったチョコレートの加工技術、チョコレートに含まれるガナッシュやシュガーシロップ、フォンダンなどの割合に関する知識が求められる。

また、フランスでは優れたショコラティエにM.O.F.(フランス国家最優秀職人章、Meilleur Ouvrier de France)が授与されることがある。

堤修二郎の尊敬する人物

○ダニエル・ペーター
ダニエル・ペーター (Daniel Peter 1836年–1919年) は、スイスの有名なチョコレート職人であり、1875年に初めて板状のミルクチョコレートをつくったことで知られている。

もとはヴェヴェイでろうそくをつくっていたが、ランプが出現するや需要は急速に落ち込んだためチョコレート作りに携わるようになった。

当時チョコレートに使われていた豆の品種は苦味が強いものだったため、よりまろやかな風味がもとめられていた[3]。また牛乳はコーヒー豆よりも価格が安かったため、チョコレートに加えることでかさ を増すことができるという利点もあった。

友人のアンリ・ネスレにすすめられてミルクチョコレート作りに取り組んだペーターだが、そのためにはカビが生えないように牛乳から水分を取り除かなければならないという難題があった。ネスレと協力しあい昼夜をとわずに研究を続け、ついに乳児向けの食品製造会社を営んでいたネスレは市場に製品を売り込むことができたのである。1876年のことだった。その後ネスレ社は今日にいたるまで成長を続けていくことになる。

○フィリップ・コンティシーニ
フィリップ・コンティシーニ(Philippe Conticini、1963年8月16日 - )は、フランス人の料理長でパティシエ/シェフパティシエである。
彼のスイーツはもとより料理の卓越した作品から、同じパティシエやメディアにより美食研究界の最大重要人物の一人と謳われている。

フランス、アメリカ、日本での創作活動を通じ4つの発明をし世界の料理を変えた。とりわけ1994年の、料理やデザートを皿に水平に載せるだけでなくグラスに垂直に盛り付ける技法をはじめて発案したことは美食研究やパティスリーの世界を変えたと言われる。

数々の恩賞を受け、星付きレストラン(ラ・ターブル・ダンヴェール、ペトロシアン等)での活躍を経て、現在La Pâtisserie des Rêves.(ラ・パティスリー・デ・レーヴ)の共同設立者、シェフ・パティシエを兼任。彼は今、作品を通じて感性を表現し、味覚の作業を大衆化させることに力を注いでいる。

○ラデュレ
ラデュレ(Ladurée)とは、1862年創業のフランスパリのパティスリー。マカロン・パリジャンの発祥のお店。
1862年、フランス南西部で製粉業を営んでいたルイ=エルネスト・ラデュレ(Louis Ernest Ladurée)が、当時新興ビジネス街として栄え、フランス屈指の高級職人たちが拠点としたパリのマドレーヌ界隈にあるロワイヤル店通り16番地にブランジェリーを開いた事から始まる。
1871年に火災が起き、ブランジェリーはパティスリーへと生まれ変わった。内装はオペラ・ガルニエの天井画などを手がけた有名なポスター作家、ジュール・シェレ(Jules Cheret)に託させた。シェレがロワイヤル店の天井に描いた「パティシエ天使」はその後、ラデュレを象徴する存在となる。
ルイ=エルネスト・ラデュレの妻、ジャーヌ・スシャールは、パリのカフェとパティスリーという2つの異なるジャンルをミックスさせることを思いつき、女性たちが自由に来ることの出来るパリで最初のサロン・ド・テが誕生した。
20世紀半ばに、ルイ=エルネスト・ラデュレの従弟ピエール・デフォンテーヌが2つのマカロンの間にガナッシュ(クリーム)を挟むことを提案した。「マカロン・パリジャン」の始まりである。以来、当時の作り方がそのまま守り続けられている。
1993年、(David Holder)と、パン屋チェーンのオルデー・グループ(Groupe Holder)の創設者である父フランシス・オルデーと、息子で元パン職人兼パティシエ見習いのダヴィッド・オルデーはラデュレを買収し、息子がラデュレの社長となる。
1997年9月、アベニューであるシャンゼリゼ通り75番地にラデュレ・シャンゼリゼをオープンさせた。ナポレオン三世様式の特徴である古い時代の大理石や浮き彫り装飾、2階にある高価な調度品で飾られた一続きの小さなサロンなど、 « L’art de vivre à la française »(フランス流美しき生活)を象徴する場所となる。

現在ではフランスを始め、イギリス、日本、イタリア、レバノン、アメリカなど、国際的に展開している。各店舗は「御婦人方が寛いでお喋りを嗜んでいた昔の談話サロン」をイメージして内装が施されており、19世紀当時の内装を活かしている「ラデュレ・ロワイヤル」と「ラデュレ・ジュネーブ」の他は現代インテリアデザイナーがイメージテーマに添って担当している。

関連展開として、エコバッグやキーホルダー、ステーショナリー、ハンカチなどを展開しているラデュレのコンセプトによるギフトシリーズスクレ・ラデュレ(Les Secrets de Ladurée)、保温効果が高いことでも知られ、メゾンのパティスリーの主要な材料としても使われているアーモンドをベースとしたラデュレ初のボーデラインであるラデュレ・ボーテ(Ladurée Beauté)、2011年に立ち上げられた「美しい裏切り」をコンセプトとしたメイクアップラインで特に頬紅に力を入れているレ・メルヴェイユーズ ラデュレ(Les Merveilleuses LADURÉEL)の3つがある。

○辻口博啓
辻口 博啓(つじぐち ひろのぶ、1967年3月24日 - )は、石川県七尾市出身のパティシエ。血液型A型。
1967年、石川県七尾市の和菓子屋「紅屋(べにや)」の長男として生まれる。元々は実家を継ぐつもりだったが、小学3年の時に招かれた友人の誕生日会で生まれて初めてショートケーキを食べ、そのおいしさに感動し、洋菓子職人を志すようになった(実家は18歳の時に倒産)。石川県立中島高等学校卒業後、東京都内のフランス菓子店に住み込みで修行。
1990年、史上最年少の23歳で「全国洋菓子技術コンクール」優勝。その後、多くの国内大会で優勝し「コンクール荒らし」と呼ばれる。
1994年、フランスの「コンクール・シャルル・プルースト」で銀賞。
1997年、パティシエのワールドカップと呼ばれる「クープ・ド・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」のあめ細工部門で優勝。フランスのセット市にあるMOF(フランスの国家最優秀職人章)の称号を持つ洋菓子店「パティスリー・ベルタン」で修行を重ねる。
1998年3月、東京・自由が丘に「モンサンクレール」をオープンしシェフパティシエに、2001年にはオーナーパティシエになる。
1999年2月12日放送のフジテレビ『料理の鉄人』に出演。イタリアンの鉄人・神戸勝彦をバナナ対決で破り、パティシエとして初めて勝利した。その後、ロールケーキ専門店、コンフィチュール専門店などを次々に開店。
2000年、ガストロミックの会モンタニエよりシュバリエを受賞。料理オリンピックのイタリア代表としてドイツに招かれた。これによりイタリア鉄人協会会員となる。
2004年、二子玉川の百貨店内に「和楽紅屋」オープンし実家の紅屋の再建が叶う。
2006年、石川県の和倉温泉で「辻口博啓美術館 ル ミュゼ ドゥ アッシュ」を開館した。



調理師法とは

調理師法(ちょうりしほう、昭和33年5月10日法律第147号)とは、調理師全般の職務・資格などに関して規定した、日本の法律である。昭和33年11月9日に施行された。

第一条(目的)
この法律は、調理師の資格等を定めて調理の業務に従事する者の資質を向上させることにより調理技術の合理的な発達を図り、もって国民の食生活の向上に資することを目的とする。

第四条(絶対的欠格事由)
第六条第二号に該当し、同条の規定により免許の取消処分を受けた後一年を経過しない者には、第三条の免許を与えない。

第四条の二(相対的欠格事由)
次の各号のいずれかに該当する者には、第三条の免許を与えないことがある。
麻薬、あへん、大麻又は覚せい剤の中毒者
罰金以上の刑に処せられた者

第五条(調理師名簿、登録及び免許証の交付)
都道府県に調理師名簿を備え、免許に関する事項を登録する。
免許は、調理師名簿に登録することによつて行う。
都道府県知事は、免許を与えたときは、調理師免許証を交付する。

第六条(免許の取消し)
都道府県知事は、調理師が次の各号のいずれかに該当するときは、その免許を取り消すことができる。
第四条の二各号のいずれかに該当するに至つたとき。
その責めに帰すべき事由により、調理の業務に関し食中毒その他衛生上重大な事故を発生させたとき。

第八条(名称の使用制限)
調理師でなければ、調理師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない。

第八条の二(調理師の設置)
多数人に対して飲食物を調理して供与する施設又は営業で厚生労働省令の定めるものの設置者又は営業者は、当該施設又は営業における調理の業務を行わせるため、当該施設又は営業の施設ごとに、調理師を置くように努めなければならない。

調理師法とは

調理師法(ちょうりしほう、昭和33年5月10日法律第147号)とは、調理師全般の職務・資格などに関して規定した、日本の法律である。昭和33年11月9日に施行された。

第一条(目的)
この法律は、調理師の資格等を定めて調理の業務に従事する者の資質を向上させることにより調理技術の合理的な発達を図り、もって国民の食生活の向上に資することを目的とする。

第四条(絶対的欠格事由)
第六条第二号に該当し、同条の規定により免許の取消処分を受けた後一年を経過しない者には、第三条の免許を与えない。

第四条の二(相対的欠格事由)
次の各号のいずれかに該当する者には、第三条の免許を与えないことがある。
麻薬、あへん、大麻又は覚せい剤の中毒者
罰金以上の刑に処せられた者

第五条(調理師名簿、登録及び免許証の交付)
都道府県に調理師名簿を備え、免許に関する事項を登録する。
免許は、調理師名簿に登録することによつて行う。
都道府県知事は、免許を与えたときは、調理師免許証を交付する。

第六条(免許の取消し)
都道府県知事は、調理師が次の各号のいずれかに該当するときは、その免許を取り消すことができる。
第四条の二各号のいずれかに該当するに至つたとき。
その責めに帰すべき事由により、調理の業務に関し食中毒その他衛生上重大な事故を発生させたとき。

第八条(名称の使用制限)
調理師でなければ、調理師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない。

第八条の二(調理師の設置)
多数人に対して飲食物を調理して供与する施設又は営業で厚生労働省令の定めるものの設置者又は営業者は、当該施設又は営業における調理の業務を行わせるため、当該施設又は営業の施設ごとに、調理師を置くように努めなければならない。

栄養士

栄養士とは栄養士法(昭和22年12月29日法律第245号)に定められる資格(名称独占資格)である。

「栄養士」の名称を用いて栄養の指導に従事することを業とする者で、厚生労働大臣の指定した栄養士養成施設あるいは管理栄養士養成施設において2年以上栄養士としての必要な知識及び技能を修得し、都道府県知事の免許を受けたものを指す。

なお栄養士資格必修科目として多くの実験や実習の授業が設定されており、それに加え、昼間の時間帯に行われる学外実習も設定されているという理由から、栄養士養成施設には夜間部や通信教育課程は認可されておらず、全て昼間部のみである。また、栄養士資格は調理師のように国家試験は実施されていない。そのため、栄養士資格を取得するには、必ず栄養士資格必修科目50単位を全て修得して栄養士養成施設を卒業しなければならない。よって、独学が不可能な事から、社会人が栄養士資格を新たに取得するには、転職あるいは最低短大・専門学校の2年間を貯金で暮らすなどして栄養士養成施設に昼間通学できる体勢を整える必要がある。なお、栄養士養成施設は女子大学や女子短大が多いため、男性が栄養士の資格を取得するのは、女性に比べて難しい状態となっており、かつては共学の短大などを女子学生が多い中入学して、卒業後に4年制大学に編入する例が多かった。現在の新設大学では共学の大学が多い。歴史の古い大学としては東京農業大学が共学の栄養士(管理栄養士)育成課程として有名であったが、栄養士育成課程は廃止された(管理栄養士育成過程は存続)。

※栄養士の免許を有する者、もしくは管理栄養士養成施設(四年制大学、四年制専門学校)の卒業生でなければ、管理栄養士国家試験を受験することができない。

※栄養士の免許を有する者でなければ、栄養教諭免許(専修、1種、2種)を得ることができない。そのため、栄養士を取得できない教育学部では、栄養教諭免許(専修、1種、2種)を取得することはできない。

堤修二郎も修行した本場、フランス

フランス料理とは
フランス料理は、16世紀にトスカーナ地方の料理の影響を受け、フランス王国の宮廷料理として発達した献立の総称。ソースの体系が高度に発達していることが特徴で、各国で外交儀礼時の正餐として採用されることが多い。

狭義としては、こうした正餐に用いる厳格な作法にのっとったオートキュイジーヌと呼ばれる料理を指す。もちろんフランスの各地方には一般庶民に親しまれている特徴ある郷土料理が数多くあり、広義には高級料理だけでなくこうしたフランスの伝統料理全般も含める。

フランス語では「la cuisine française」と呼ぶ。日本でフランス料理を「フレンチ」と呼ぶ場合があるが、英語では「French cuisine」と呼ぶことが多く、「料理」を意味する名詞「クィズィーン」を省略する習慣は口語以外ではあまりない。

「フランスの美食術」は、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された。

・歴史

中世時代にフランスで食べられていた料理は食材を焼いて大皿に乗せ、手づかみで食事を行うという非常にシンプルなものであった(詳しくは中世料理を参照)。当時の料理の詳細はヴァロワ朝の宮廷料理人ギヨーム・ティレルの著作により伺い知れる。現在のフランス料理の原型は、ルネサンス期のフィレンツェから当時のフランス王アンリ2世に輿入れしたカトリーヌ・ド・メディシスとその専属料理人(イタリア系)によってもたらされたと言われ、粗野であったフランス料理に、ナイフ・フォークで食事するといった作法が持ち込まれるなど、大きな変革をもたらし、ブルボン王朝の最盛期に発達した。

フランス料理はハプスブルク家の興隆と共に、ロシア、ドイツなどの宮廷に広まった。また、革命以後、宮廷から職を追われた料理人たちが街角でレストランを開き始めたことから、市民の口にも入るようになった。

19世紀に入り、カレーム、彼の弟子であるグッフェ、そしてデュボワにより大きく改革された。例えば、それまで多くの料理を同時に食卓に並べていたのを改め、一品ずつ食卓に運ばせる方式を採用した。これは、寒冷なロシアで料理がすぐに冷めてしまうので、フランス料理の料理人が工夫したものだったが、そのほうが料理を美味しい状態で食べられるので、それがフランスに逆輸入されたといわれ、ロシア式サービス(en)と称される。これを紹介したのは帝政ロシアの政治家で「ダイヤモンド公爵」と呼ばれたアレクサンドル・クラーキンとされる。

そしてその流れはエスコフィエへと引き継がれた。彼はコース料理を考案したり、フランス料理のバイブルといわれる『料理の手引き』[3]を1903年に刊行した。この本は現在でもプロのシェフにとって手放せない本となっている。

その後、1930年代に、ポワン(「ラ・ピラミッド」)、アレクサンドル(「ラ・コート・ドール」)、ピックらが、エスコフィエの料理を受け継ぎながら、さらに時代にあった料理へと改良していった。

ポワンたち3人の理念は、ポワンの弟子であるボキューズ、トロワグロ兄ウーティエらに受け継がれた。フランス料理は、イタリア料理、スペイン料理、トルコ料理、モロッコ料理など歴史的にヨーロッパ・北アフリカ・西アジア料理の影響を受けてきたが、1970年代にボキューズたちは日本の懐石料理の要素を取り入れて、さらっとしたソースや新鮮な素材を活かした調理など「新しい料理」を創造し、ミヨがこれを「ヌーベル・キュイジーヌ」と呼んで、世界中に広まった。

1980年代に入ると、ロブション、ガニェール、デュカス、ロワゾー、パコーらが、エスコフィエの精神を生かしながら、キュイジーヌ・モデルヌと呼ばれる、さらに新しい料理を創造している。

料理法の発達とともに、食器、作法なども洗練され、味の良し悪しを批評する職業としての食通も生まれ、19世紀前半に、ブリア・サヴァランが『美味礼讃』を著して美食学(ガストロノミー)と美食文学の伝統を確立した。『ミシュランガイド』、『ゴー・ミヨ』などのレストランの格付けを行うガイドブックが発行されるようになった。

フランス料理の食事作法

フランス料理のコースでは、料理の出る順番が決まっている。
1 オードブル
Entrée オードブルの前にアミューズブーシュ(小前菜)が出されることもある。
2 スープ
Soupe
3 魚料理
Poisson 魚料理と肉料理の間にソルベやグラニテと呼ばれる口直し用の氷菓が出されることがある。
4 肉料理
Viande

   肉料理(1) 家畜肉か獣肉(ジビエ)か家禽類の肉を、煮込むか焼いた物
   肉料理(2) 肉料理1で出たものを除く一品

5 サラダ
Sorbet
またはGranité

   肉料理(3) 肉料理1・2で出たものを除く一品の料理と合わせてサラダ

6 チーズ
Fromage ここで別室へ移動、もしくはテーブルの整理
7 デザート
Dessert デザート前のメニューを食べ終わるとプティフール(小さな焼き菓子)と温かい飲み物(エスプレッソ、紅茶など)が供される。

時系列的に食べることに馴れているので、機内食でもフランス人は時系列に食べる。
フランス人に限ったことではないが、西洋人の中には一緒に食べていても食物をシェアすることがない文化がある。

  • フランス各地方の料理
これらの地方料理は高級レストランなどに限らず一般家庭でも親しまれているものである。

プロヴァンス料理
   プロヴァンス地方の料理。南イタリア料理やカタルーニャ料理と同じくトマトやオリーブ・オイル、オリーブを多く用いる他、エルブ・ド・プロヴァンスと呼ばれる当地独特のハーブを多く調合したものを用いる。地中海に面したマルセイユなどの町ではブイヤベースなどの魚料理も多い。カマルグのガルディアンヌ・ド・トロ(フランス語版)など、ごく一部の地域のみに伝わる伝統料理もある。この他アイオリソースもプロヴァンス料理の特色の一つである。
バスク料理
   バスク地方もプロヴァンスと同じくトマトの使用量が多いが、同様にエスプレットというトウガラシも多く用いられる。カタルーニャ料理やその他のスペイン料理との共通点も多い。
ラングドック料理
   ラングドック地方はフォアグラの生産が盛んなためガチョウ料理が多く、またヤマドリタケ(セップ茸)、アルマニャックなどが用いられる。カスレが有名。
アルザス料理
   アルザス地方の料理。ドイツ文化圏と重なるためシュークルート(ザワークラウト)、クグロフなどドイツ料理との共通点が多く、国境のライン川を挟んで反対側の黒い森地方の料理にも似ている。
ピカルディー料理
   ピカルディーやノール県は北部国境を接するベルギー料理の影響を受けている。アンディーヴのグラタンなど共通するメニューもある。ビールやジャガイモも用いられる。
ノルマンディー料理
   ノルマンディーは北大西洋に面しており、モン・サン=ミシェル付近では潮風に吹かれた牧草で育てた子羊の肉が名物とされる。シードルやカルヴァドスの産地でもあり、リンゴを用いた味付けも多い。バターや生クリームの使用量も多い。
ブルターニュ料理
   ブルターニュは冷涼な気候のため作物は不作とされる。ソバ粉のクレープ(ガレット)やクイニーアマンが有名であるほか、ケルト系のブルトン文化が料理にも残っており、同じケルト系のウェールズ地方の料理との共通点もある。
オーヴェルニュ料理
   オーヴェルニュ地方の料理。食材としてはシンプルなものが多く、ソーセージや、地元のサレール牛(英語版)を使った料理が伝統料理である。これらの付け合せとしてはアリゴという、チーズ入りのマッシュポテトのような料理がある。
ブルゴーニュ料理
   ブルゴーニュはフランスの家庭料理を代表するブッフ・ブルギニョン(フランス語版)、牛肉の赤ワイン煮込み)発祥の地でもある。
ロワール料理
   ロワール渓谷地方は白ワインの産地であり、白ワインを使った魚料理が特徴的である。
サヴォア料理
   サヴォア地方は山岳地帯でスイス国境に近く、フォンデュ・オ・フロマージュやラクレットなど乳製品を多用した料理が多い。

栄養士と管理栄養士の違い


栄養士と管理栄養士の定義

栄養士とは字のごとく、皆さんが食べ物から得る「栄養」の分野を取扱うスペシャリストです。

栄養士法で説明するならば、栄養士は「栄養士免許を取得し、栄養士の名称を用いて、栄養の指導に従事する人」、「管理栄養士」は「管理栄養士の資格を取得し、管理栄養士の名称を用いて、栄養の指導に従事する人」のことです。

どちらも食物・栄養のスペシャリストであることに変わりはありません。
管理栄養士は傷病者の栄養指導も行う

では何が違うのでしょうか。その一つに、栄養指導を行う対象者の違いがあります。

簡単に説明すると、栄養士は主に健康な人々を対象に栄養指導・給食管理を行うのに対し、管理栄養士はその方々に加え、傷病者など個々のさまざまな症状・体質を考慮した栄養指導や給食管理を行います。

そのため栄養士業務と比べ、より専門的な栄養指導を行います。それは栄養士の配置規定からも言えます。

栄養士は、厚生労働大臣指定の栄養士養成施設(2年以上)を卒業後、都道府県知事の免許を受けて栄養士となります。また、栄養士法で、栄養士は「都道府県知事の免許を受けて、栄養士の名称を用いて栄養の指導に従事することを業とする者をいう」とされており、病院や福祉施設、学校、社員食堂などでの、調理、献立作成、食材発注、栄養管理などが主な仕事の内容となってきます。

一方、管理栄養士は「国家試験による免許を受け、管理栄養士の名称を用い、傷病者に対する療養のため必要な栄養の指導、個人の身体の状況、栄養状態等に応じた高度な専門知識及び技術を要する健康の保持増進のための栄養指導、並びに特定多数に対して継続的に食事を供給する施設における利用者の身体の状況、栄養状態、利用の状況等に応じた特別の配慮を必要とする給食管理、及びこれらの施設に対する栄養改善上必要な指導を行うことを業とする者。」とされており、栄養士からさらに高度な知識と技術の修得が必要となります。

栄養士は主として健康な人々の給食管理に携わっているのに対し、管理栄養士は個人を対象に病状や体質など様々な要素を考慮した栄養指導や給食管理を行う人といえます。特に大きな違いは、栄養指導ができるかできないかであり、病院や老人ホームなどの介護福祉施設の給食では、栄養面だけでなく医学や臨床面の見地からより高度な専門知識が望まれ、管理栄養士が行った栄養指導のみ指導料として報酬を得ることができます。

栄養学の創設


佐伯矩は、栄養学を学問として独立させたため栄養学の創始者といわれる。矩は、京都帝国大学で医化学を学んでいたころ、すでに「米と塩を以って生活できるか否かについての研究」と栄養に目が向いていた。内務省伝染病研究所に入り北里柴三郎の門下として細菌学を研究した。ここでの研究によって1904年(明治37年)には、大根に含まれる消化酵素を発見したことも成果の一つとなっている。1905年(明治38年)には、北里柴三郎らの推薦で特別研究員としてアメリカのイェール大学に招聘される。1911年(明治44年)ごろ、またヨーロッパを遊学した。

栄養学が芽生えたのは、1914年(大正3年)。佐伯によって営養(栄養)研究所が創設され、医師10名、高等師範1名に栄養に関する講義が行われた。1918年(大正7年)当時、教科書や政府の刊行物では営養と表記していたものを栄養に統一するように文部省に建言した。栄えるという字には健康を増進する意味があるからである。また完全食や偏食といった言葉も作り出している。1920年(大正9年)には、内務省の栄養研究所(現在の国立健康・栄養研究所)が設立され、佐伯は初代所長となる。1924年(大正13年)、佐伯は私費を投じて栄養学校を設立。翌年入学した第一期生は、1年間の学業を修め、佐伯によってつけられた「栄養士」と呼称で世に出た。1934年(昭和9年)日本医学会の分科会として、栄養学会が正式に独立を認められた。

佐伯矩は海外でも精力的に講義を行い、その業績によって1937年(昭和12年)には、国際連盟主催の国際衛生会議において、参加各国が国家事業として栄養研究所を設立し、栄養士の育成を行い、分搗きの米を用いることの決議がなされた。ビタミンの国際単位も国連への矩の提案である。
栄養士と養成施設

1924年(大正13年)、矩の栄養学校(現在の佐伯栄養専門学校)ができる。1933年(昭和8年)、香川綾の家庭食養研究会ができ、1939年(昭和14年)に女子栄養学園となる。1939年(昭和14年)、陸軍の糧友会が食糧学校を設立した。1947年(昭和22年)に栄養士法ができ、上記の栄養学校、食糧学校、女子栄養学園で栄養学を学んだものに与えられていた栄養士という称号が公的なものとなった。1962年、管理栄養士が制度となる。

主食論争


明治時代から食養会の関係者は玄米をすすめていた。当時の栄養学は、玄米に多い食物繊維は未消化で排泄されるので栄養吸収の効率が悪いと考えたが、真っ白に精白した米は栄養素が少なすぎるという低栄養が問題であり、当時多発したビタミンB1不足による脚気の予防のためにもその中間を提唱していた。

1918年(大正7年)、矩は新聞社を16社呼び、胚芽米をすすめ米のとぎ洗いも問題だと伝えた。しかし、精米技術が追いつかず、胚芽米の推奨はやめてどちらかというと胚芽米を嫌っているようでもあった。1921年(大正10年)、玄米をすすめてきた医師の二木謙三が玄米をすすめる内容の著書を発行している。1922年(大正11年)、矩は七分搗き米をすすめる。1927年から陸軍の糧友会は胚芽米を普及させようとしていった。理由は、白米はビタミンBが少ないという栄養上の問題があり体力を奪い大和民族の発展を阻止するが、胚芽米は栄養があり味もよく消化がいいということである。1928年、香川綾も胚芽米をすすめた。同1928年(昭和3年)ごろ、陸軍は脚気予防のために胚芽米に精米できる精米機が登場したため、胚芽米を採用した。正確に七分搗き米に精米できる精米機はまだなかった。矩は、七分搗き米を普及するべく「標準米」として提唱している。東京市は胚芽米の普及をすすめ、栄養研究所や栄養士と対立する。
1938年(昭和13年)、農相によって胚芽米でなく七分搗き米を奨励すべきだという発言が報道されたのに対し、糧友会は『胚芽米普及の真意義に就て』を書き、栄養がある七分搗き米を食べている人にまですすめるわけではないと弁明している。 1939年、農務省から米穀搗精等制限令が出て、胚芽を含んだ七分搗き米が奨励された。1941年(昭和16年)、玄米の普及の請願も出ていたが、厚生省、文部省、農林省の大臣が答弁し米は七分搗きが適当であり玄米は最適ではないとした。1942年(昭和17年)以降、大政翼賛会では国民を玄米に復帰させるとして議題となり、時の首相であった東條英機が玄米を常食していることも伝わり世論は玄米に傾いた。伝染病研究所の研究者らが玄米食について研究し12月の「医界週報」での報告では、玄米食によって小食になったうえ下痢も減り仕事の耐久力が上がり、医療費は1/17に減ったが炊飯に要する燃料は増加したと伝えたので、栄養学者も認めざるをえなくなった。1943年(昭和18年)、当初反対していた厚相も首相に従い玄米をすすめていった。1945年(昭和20年)8月15日 玄米をすすめる「食生活指針」ができた。

1975年(昭和50年)、謎の神経炎が発生する。1976年、翌年、謎の神経炎がビタミンB1欠乏症である脚気だと分かる。砂糖の多い清涼飲料水やインスタントラーメンといったビタミンの少ないジャンクフードばかりを食べるような食事によってビタミンが欠乏したことが分かった。香川綾が再び胚芽米の普及にのりだす。

終戦直後の食糧難は深刻を極め、大量の餓死者が発生する事態となっていた。そのようななか、1946年(昭和21年)からララ物資として、小麦粉(メリケン粉)や砂糖、脱脂粉乳や缶詰めといった救援物資が送られ、1947年(昭和22年)からはガリオア・エロアの資金援助で小麦粉などの食糧が大量に輸入された。1954年(昭和29年)には学校給食法ができる。同年、農業貿易開発援助法(PL480:Public Law 480)によってアメリカの農産物による食糧援助が始まる。そして、1952年(昭和27年)に施行されていた栄養改善法により厚生省が栄養改善運動をはじめ、米偏重の是正が叫ばれ、欧米風の食事スタイルが普及し米の消費量は年々減少していく。

1955年(昭和30年)に日本食生活協会が設立され、アメリカから資金援助を受け、キッチンカー(栄養指導車)を走らせ、栄養士が欧米風の料理の実演をした。学校給食はパンと脱脂粉乳が中心となり、フライパン運動や、栄養三色運動によって、米を主食とし魚と野菜を組み合わせた日本の伝統的食生活に代わり、小麦を使った食品や畜産食品などのおかずの多い欧米風の食事スタイルが急速に普及していった。戦争で食糧難になる前の1930年代の1日1人あたりの消費量は、米は350グラム以上、小麦は50グラム以下であったが、1950年(昭和25年)には小麦は75グラム以上に増え以降80グラム前後で推移し、米は2010年(平成22年)には150グラム強に減っている。

食育への流れ


しかし、日本の伝統的食生活は、フランスの農学者、ジョセフ・クラッツマン(Joseph Klatzmann)をして、タンパク質・脂質・炭水化物のカロリー比率が理想的と言わしめ、医療費の増大に困っていたアメリカが、マクガバンレポートで見習うべきとした食生活であり、日本でも食生活が欧米化するにしたがいメタボリックシンドロームなどの生活習慣病が増加しはじめた。このため方針の転換がなされ、1983年(昭和58年)には農林水産省から、「私達の望ましい食生活-日本型食生活のあり方を求めて」により、米や野菜を中心として動物性脂肪や砂糖や塩分のとりすぎを避けるという日本型食生活が提案された。1985年(昭和60年)には、それまで欧米風の食生活の普及を推し進めていた厚生省も、「健康づくりのための食生活指針」を策定する。

1993年(平成5年)、厚生省によって食生活の教育が重要であるという提起として『食育時代の食を考える』が出版され、冒頭は、厚生大臣であった小泉純一郎が厚生省としては食が一番大事じゃないかと述べていたというところからはじまる。2000年(平成12年)厚生省、農林水産省、文部省が「食生活指針」を策定する。厚生省による「健康日本21」(21世紀における国民健康づくり運動)もはじまる。2005年(平成17年) 食育基本法が施行される。

厚生労働省と農林水産省が食品を単位としたイラストの食事指針である「食事バランスガイド」を策定する。

国際的な歴史

1970年代後半から食事と生活習慣病が大きく関係しているとアメリカで報告され、食生活指針の策定が行われるようになり、食事と疾患に関する栄養疫学が活発に行われるようになる。
1995年、WHOとFAOの会議で食物ベースの食生活指針の作成が求められた。

生活習慣病と疫学研究

1977年、「米国の食事目標」が報告される。報告書にはハーバード大学公衆衛生大学院の栄養学の教授であるマーク・ヘグステッドも非常に関わった。この報告によって食事と肥満をはじめとして心臓疾患といった生活習慣病の関係が大きいことが分かり、食生活指針の策定につながっていった。まだ、この時点では科学的な証拠がはっきりしていない結論もあったため、疫学研究が盛んに行われるようになる。こうしたコホート研究といったものには、数年から十年以上の研究機関を要するので早急には結果が出ない。1980年より、米国農務省(USDA)と米国保健福祉省(HHS)によって「アメリカ人のための食生活指針」という、生活習慣病を予防するための食生活指針が発表される。以降、5年ごとに改訂される。

対策

日本での生活習慣病の要因としては、総じて、いわゆる「食生活の欧米化」や、運動不足、タバコの煙が強く関連している(要因として働いている)、とされている。

食生活は がん発生原因の30%に関わっているとする報告もあるが、 食生活の欧米化との関連で生じている傾向が強いのは乳がんや前立腺がんや大腸癌であると考えられている。

食生活が欧米化し米離れが進み炭水化物の摂取量が減少し、それを埋め合わせるための<<動物性食品>>や<<脂っこく甘い菓子>>、<<甘い飲料>>の消費量の増加が原因とされる。また<<塩分の摂取過剰>>、<<野菜の摂取不足>>なども原因とされ、このような食生活の状況を改善することを目的として「日本型食生活」が提唱され、「食生活指針」や「食事バランスガイド」などが策定されている。

タバコもがん発生原因の30%に関わっているとされ、もっぱら肺がんに関連しているが口腔や尿路のがんの主要な原因でもある。財務省が日本たばこ産業の株の半数以上を保有しているため、喫煙規制や禁煙に関する動きが進みにくかったと渡邊昌が指摘している。

「健康日本21」では、食生活、運動、タバコなどの項目について一次予防に重点に置いて目標値を定め実行を推進している。特に脳卒中が多発する時期である寒冷期の2月1日から2月7日に、厚生労働省主催の生活習慣病予防週間が実施される。

健康増進法

健康増進法とは、平成14年8月2日法律第103号)は、国民の健康維持と現代病予防を目的として制定された法律。平成13年に政府が策定した医療制度改革大綱の法的基盤とし、国民が生涯にわたって自らの健康状態を自覚するとともに健康の増進に努めなければならない事を規定、制定したものである。

従来の栄養改善法(廃止)に代わるもので、第5章以降は栄養改善法の条文を踏襲している。第1章から第4章までの条文は新たに設けられたものである。健康増進法で加わった条文では、「国民は…生涯にわたって…健康の増進に努めなければならない」とするなど、健康維持を国民の義務としており、自治体や医療機関などに協力義務を課しているなどの特徴がある。

2条は、国民は生涯にわたって健康の増進に努めなければならないとする。5条は、国、地方自治体、健康保険者、医療機関などに協力義務を課す。7条は、厚生労働大臣は、国民の健康の増進のための基本的な方針を定めるとする。

こうした法律の主旨に則って、健康診断事業の再編がすすんでいる。従来の老人保健法に基づく健康診断事業は廃止された。代わって、65歳以上を対象にした介護予防健診が平成18年度から開始され、市町村の新しい義務として、特定高齢者把握事業をおこない、国の基準に該当するものに対して介護予防事業を行うことが定められた。65歳未満の国民に対しては、平成20年度から、特定健診事業が開始される予定である。ここでは、腹囲が大きく血液検査に異常値を持つ者をメタボリックシンドローム該当者ないしは予備群として選び出すことと、これらの者に特定保健指導を行うことの二点を、健康保険者に義務づけている。

第25条では、多数の者が利用する施設の管理者に対し、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるよう求めており、罰則こそないものの努力義務を負う必要があるとしている。また、厚生労働省健康局長通知厚生労働省・受動喫煙防止対策についてにより、本条の制定趣旨、対象となる施設、受動喫煙防止措置の具体的方法等を示している。

一方、健康増進法は「健康は国民の義務」をスローガンとして行っていたナチス・ドイツ政権の『ナチス・ドイツの反タバコ運動』に酷似するものであるとして、健康ファシズム・禁煙ファシズムなどと揶揄され、養老孟司や山崎正和によって批判もされている。
構成

   第1章 総則(1 - 6条)
   第2章 基本方針等(7 - 9条)
   第3章 国民健康・栄養調査等(10 - 16条)
   第4章 保健指導等(17 - 19条)
   第5章 特定給食施設等
       第1節 特定給食施設における栄養管理(20 - 24条)
       第2節 受動喫煙の防止(25条)
   第6章 特別用途表示、栄養表示基準等(26 - 33条)
   第7章 雑則(34・35条)
   第8章 罰則(36 - 40条)
   附則

21世紀における国民健康づくり運動


21世紀における国民健康づくり運動(にじゅういっせいきにおけるこくみんけんこうづくりうんどう)とは、2000年(平成12年)に厚生省(当時)により始められた第3次、第4次の国民健康づくり運動の事。通称健康日本21(けんこうにっぽんにじゅういち)である。 2000年度から2012年度までは健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)が行われ、2013年から2022年までは健康日本21(第二次)(二十一世紀における第二次国民健康づくり運動)が行われている。

運動概要

日本国政府レベルでの健康日本21は、2000年(平成12年)3月31日の厚生省事務次官通知等により策定されたが、その後健康増進法により、都道府県、市町村においても策定が要請されている。現在、全都道府県で策定が完了したが、市町村版の策定は合併などの影響もありあまり進んでいない。なお、以下にあげられる目標値は、国レベルでの健康日本21におけるものである。
生活習慣病の予防を目的とし、その大きな原因である生活習慣を改善する運動である。早期発見、早期治療という二次予防でなく、疾病の発生を防ぐ一次予防に重点対策を置き、食生活・栄養、身体活動・運動、休養・心の健康づくり、タバコ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がんの九つの分野について、2010年(平成22年)をめどとする具体的な数値目標を設定し、目的達成のため、自己管理能力の向上、専門家等による支援と定期管理、保健所等による情報管理と普及啓発の推進の三つを柱とする対策をおこなっている。
なお健康日本21は、国民に対して健康に関する情報提供を行うと共に、個人の健康づくりのための環境整備を行うものであり、国民に対して一定の生活習慣を押しつけようとするものではない。

分野

栄養・食生活

栄養、食生活については14項目の数値目標が設定された。

   栄養状態レベル
       適正体重
           肥満成人男性15%以下、女性20%以下
           肥満児7%以下
           やせの者15%以下
       脂肪エネルギー比率

           25%以下

       食塩

           10g未満

       野菜

           350g以上

       カルシウム

           牛乳・乳製品130g、豆類100g、緑黄色野菜120g以上

   知識・態度・行動レベル
       自分の適正体重を認識し、体重コントロールを実践する者の割合の増加

           90%以上

       朝食の欠食率の減少

           20、30 歳代男性15%以下、中学・高校生でなくす

       量、質ともにきちんとした食事をする者の割合を増加
       1日最低1食、きちんとした食事を、家族等2人以上で楽しく、30分以上かけてとる者の割合の増加

           70%以上

       外食や食品を購入する時に栄養成分表示を参考にする者の割合を増加
       自分の適正体重を維持することのできる食事量を理解している者の割合の増加

           80%以上

       自分の食生活に問題があると思う者のうち、改善意欲のある者の割合の増加

           80%以上

   環境レベル
       職域等における給食施設、レストラン、食品売場において、ヘルシーメニューの提供比率を上げ、その利用者を増加
       地域、職域で、健康や栄養に関する学習の場を提供する機会を増やし、それに参加する者(特に、若年層)を増加
       地域、職域で、健康や栄養に関する学習や活動を進める自主グループの増加

栄養素の量と成長


1843年にドイツの農芸化学者 ユストゥス・フォン・リービッヒは植物の無機栄養説を提唱した際、経験則として最少養分律という法則を提唱した。すなわち、
「生物(植物)がどれだけ生長できるかは,必要な元素のうち最も不足しているものの量で決められる」
というものである。その後マイヤー(A. Meyer)やウォルニー(M. E. Wollny)らの研究により栄養素も含めた、全ての成長因子に関して成り立つことが解明された。一般には壁板の高さが異なる樽から水があふれ出す、「ドベネックの樽」の説明が有名である (記事 リービッヒの最小律に詳しい)。
実際には酵素誘導により代替経路が生じたり、生体内の様々な調節機構が働き、成長因子が完全には独立ではなく相互作用する場合あるので厳密には成立しないこともある。一般には個体の成長と栄養素との関係だけでなく、生物群と栄養素との関係にも適用される。すなわち、肥料の組成の決定や富栄養化での生物の大量死の引き金の一つとしても有効な生物成長モデルである。

栄養素と共生


栄養素と生物相との関連を示したモデルに、食物連鎖があげられる。すなわち、他の生物を捕食あるいは遺骸を摂取することで従属栄養生物は有機栄養素の供給源を得ている。

このような「食うか食われるか」の関係以外にも生物が栄養素を得る関係も存在する。たとえば共生生物の産物を栄養素とする栄養共生がしられており、例えば、マメ科植物と根粒菌との関係があげられる。この根粒による窒素固定は世界経済に年間100億ドル分の合成窒素肥料を節約させていると推定されている。

また従属栄養生物で消化共生と呼ばれる関係がしられている。例を挙げるならばシロアリ類は自らの消化作用ではなく、後腸に生息する原生動物の超鞭毛虫類(Trichonympha,Trichomonasなど)や細菌が木質を分解した生産物や腐朽菌が分解した植物質を栄養素として利用している。あるいは草食獣では反芻胃に生息する細菌や原生動物の繊毛虫など多種の微生物が食餌に含まれるセルロースやデンプンを栄養素として増殖している。これら微生物自体を消化したり代謝産物を利用しているのである。つまり、セルロースの分解産物である炭化水素のみならず代謝によって生産される低級脂肪酸、尿素などの非タンパク質態窒素が同化したタンパク質、あるいは微生物が炭水化物より生成する低級脂肪酸などを栄養素として利用することによりエネルギー源・炭素源のほとんどをまかなっている。さらにビタミン類も微生物類より利用することがしられている。

植物と栄養素

植物が大量に消費吸収する元素は炭素、水素および酸素である。これらの元素は環境中では水や二酸化炭素として存在している。そしてエネルギーは太陽光より供給されている。しかし、多くの場合において水、二酸化炭素、太陽光は栄養素には分類されていない。

植物が必要とするたんぱく質や核酸の原料となる窒素、リン、カリウムあるいは硫黄もまた比較的多量に必要とされる。それが理由によりこれらの元素は植物の主要栄養元素と呼ばれている。「CHNOPS」と表記されることもある。これらの栄養素は無機化合物(たとえば、硝酸、リン酸、硫酸)の場合もあれば有機化合物(例えば、炭水化物、脂肪、たんぱく質)の場合もある。二元素分子の窒素も植物の場合はしばしば利用されている。

これら以外の植物が生命活動や成長に必要とされる元素については、記事 栄養素 (植物)に詳しい。

農作物のような植物種では、微量栄養素の幾つかも含めて主要栄養素に合一されている。すなわち炭素, 水素、酸素、リン、 カリウム、窒素、硫黄、カルシウム、鉄そしてマグネシウムである。 特定の作物によってはケイ素、塩素、銅、亜鉛、モリブデンなどが主要栄養素に統合されることがあるが、他の多くの植物の場合には微量栄養素に合一されている。

植物学的な栄養素

植物生理学における栄養素には、必須栄養素(ひっすえいようそ、英: essential nutrient)と有用栄養素(ゆうようえいようそ、英: beneficial nutrient)の2種類が存在する。必須栄養素とは、植物が生長するために、外部から与えられて内部で代謝する必要がある元素である。対して有用栄養素とは、植物の正常な生長に必ずしも必要ではないが、施用することで生長を促進したり収量を増加させたりする栄養素である。

ダニエル・イズラエル・アーノン(英語版)は植物の必須栄養素を、その元素がないことにより植物がその生活環を全うできないもの、と定義した[1]。後に、エマニュエル・エプスタイン[ 英: Emanuel Epstein ]は、植物の生育に必須な成分や代謝物を構成することも、必須元素の定義であると提案した[2]。

現在、植物一般の必須栄養素として以下の14元素が知られている。これらは、一般に植物の要求量が大きい多量要素(植物組織の乾燥重量の0.2%以上)と、小さい微量要素(同0.02%以下)に大別されている。

   多量要素[ 英: macronutrient ]
       多量一次要素[ 英: primary macronutrient ]:炭素 (C)、水素 (H)、酸素 (O)、窒素 (N)、リン (P)、カリウム (K)
       多量二次要素[ 英: secondary macronutrient ]:カルシウム (Ca)、硫黄 (S)、マグネシウム (Mg)
   微量要素[ 英: micronutrient, trace mineral ]:ホウ素 (B)、塩素 (Cl)、マンガン (Mn)、鉄 (Fe)、亜鉛 (Zn)、銅 (Cu)、モリブデン (Mo)、ニッケル (Ni)

多量一次要素のうち、CとOとHは大気中の二酸化炭素および水分子から吸収される。このため、植物の生育においてこれら栄養素は土壌や培地に存在する必要がない。必須栄養素のうち、CとOとHを除いたものを無機栄養素[ 英: mineral nutrition ]と呼ぶ。無機栄養素はほとんどの場合、その植物の支持体(土壌や栽培用の培地など)から根によって植物体へと吸収される。

また、寄生植物や食虫植物といった、他の生物から栄養素を取り込む植物も存在する。

肥料成分にNとPとKの3栄養素は最も大量に必要であり、この3要素を肥料の三要素[ 英: three major nutrients ]という。

何が必須栄養素となるかは、植物種間はもちろん同種クローンの個体間でさえ異なる。必須栄養素の存在量が不足でも過剰でも植物に障害は現れる。また、ある必須栄養素量が低水準であるとき、他の必須栄養素の存在量は相対的に大きくなり、その過剰障害が現れることがある。例えば、硫酸イオンSO42−が不足しているとき、硝酸イオンNO3−などの他の要素の取り込みは影響を受ける。また、カリウムイオンK+の取り込みはアンモニウムイオンNH4+の存在量に左右される。

分布

普通世界中の土壌は人為的に肥料を与えずとも植物に十分な量のすべての必須栄養素を供給する。が、一般的に肥料の供給(施肥)は植物の更なる生長と収量の増大をもたらす。また、大部分の作物において収量はその作物が吸収した肥料成分の量に比例して増加する。一方で、ほとんどの場合、作物は、与えられた肥料から栄養を半分ほどしか利用できない。

生物の死骸やその他環境中に放出された有機物が微生物の分解作用を受けて難生分解性物質の土壌中の堆積物となった腐植土は、必須栄養素を長期間にわたって、持続的に植物へ供給し続ける。

肥料とは 堤修二郎の見解

肥料(肥糧、ひりょう)とは、植物を生育させるための栄養分として、人間が施すものである。特に窒素・リン酸・カリは肥料の三要素と呼ばれる。肥料成分としては、他にカルシウム、マグネシウムを加えて肥料の五大要素である。さらに銅、亜鉛など、合計17種類は必須元素と呼ばれる。リン鉱石の枯渇が懸念されている。

肥料は、無機肥料と、有機肥料に大別される。前者は無機物が主であり水に溶けやすいが流出もしやすく、長期間の使用によって土壌障害の原因ともなる。後者は糠、草木灰、魚粕、糞など有機物であり、発酵などによって分解され、無機物となって植物に吸収される。2002年には一部は有機物のまま吸収されることが判明している。

日本の肥料取締法第2条第1項にて、「植物の栄養に供すること又は植物の栽培に資するため土壌に化学的変化をもたらすことを目的として土地に施される物及び植物の栄養に供することを目的として植物に施される物をいう」と定義されている。したがって、土壌に施されるものだけではなく、葉面散布などの形で施されるものも、肥料と呼ぶ。反面、養分としてではなく、土壌の改質のみを目的としたものは、肥料とは呼ばない。

また、人間が施したものではなく、もともと土壌中に含まれていた栄養分については、一般に「肥料分」などと言い分けることが多い。

農業は、土壌から栄養を吸って生育した植物を持ち去って利用する行為であるため、減少した窒素やリンなどを土壌に補給しなければ、持続可能な農業は不可能である。肥料はこの補給の目的で用いられる。

とりわけ、窒素・リン酸・カリは3大要素と呼ばれ、通常の配合肥料には必ずこれらが含まれる。この他に、後述するカルシウム、マグネシウムなどの要素も肥料として施す必要がある。

肥料成分
多少の異説はあるが、植物は一般的に次の元素を必要とするとされる。

窒素 (N)、リン (P)、カリウム (K)、カルシウム (Ca)、酸素 (O)、水素 (H)、炭素 (C)、マグネシウム (Mg)、硫黄 (S)、鉄 (Fe)、マンガン (Mn)、ホウ素 (B)、亜鉛 (Zn)、ニッケル (Ni)、モリブデン (Mo)、銅 (Cu)、塩素 (Cl)。

以上の元素は必須元素と呼ばれる。これら17の元素のうち一つでも欠けると植物は正常に生育しないか枯死する。

これとは別に、必要ではないが、植物の成長を助ける元素(有用元素)がある:ナトリウム (Na)、ケイ素 (Si)、セレン (Se)、コバルト (Co)、アルミニウム (Al) 、バナジウム (V)。

リン酸の不足
人類が紀元前3000年の頃から始めた農業の歴史上、不足し続けているのがリン酸である。その原料のリン鉱石の枯渇がいま心配されている。リン鉱石の80%が肥料用に使用されており、英国硫黄誌 (British Sulphur Publishing) によると、最悪のシナリオとして過去の消費から年3%の伸びを見込むと消費量は2060年代には現在の約5倍になり、経済的に採掘可能なリン鉱石は枯渇してしまうことになる、という。現実的なシナリオでは2060年代に残存鉱量は50%になるとされている。日本はリン鉱石の全量を輸入に頼っており、その多くを中国に依存している。国際肥料工業会 (International Fertilizer Industry Association) によると、リン酸肥料が使用される主な作物とその割合は、小麦が18%、野菜・果物が16%、米、トウモロコシがそれぞれ13%、大豆が8%、サトウキビが3%、綿花4%となっている。

必須元素の一部は肥料で与える必要はない。水を構成する水素や酸素、空気中の二酸化炭素に含まれる炭素は肥料で与えない。日本では塩素と硫黄は、農耕土壌に何も与えずとも不足することはほぼないため、わざわざ肥料で施すことはない。鉄、亜鉛、銅などは植物の成長には微量で十分であり、通常の土壌で不足することは少ない。ただし、強いアルカリ性の石灰質土壌や貝化石土壌等では、これらの金属イオンが水に溶けにくく植物に利用されにくい。植物が不足症状を受けることがある。この場合、不足した金属元素を肥料として与えることで、生育を改善できる。

養液栽培など、土壌からの供給がない場合は、上記の栄養素を全て与えてやる必要がある。

肥料の三要素
窒素、リン酸、カリウムを、肥料の三要素と言う。特に植物が多量に必要とし、肥料として与えるべきものである。

窒素
主に植物を大きく生長させる作用がある。特に葉を大きくさせやすく、葉肥(はごえ)と言われる。過剰に与えると、植物体が徒長し、軟弱になるため病虫害に侵されやすくなる。逆に、軟らかい植物体を作りたいときは窒素を多用するとよい。
また、窒素はどのような性状の窒素であるかにより肥効が左右される。アンモニア態窒素(硫安、塩安など)は土壌に吸収・保持されやすいので肥効は高い。しかし、土壌でバクテリアにより硝酸態窒素に変化すると土壌に吸収・保持されにくいので流亡してしまいやすい。有機質の肥料や尿素などは土壌でアンモニア態窒素に変化し、さらに硝酸態窒素に変化する。アンモニア態窒素は多用するとアンモニアガスを生じ植物体に障害を与える場合がある。この現象は施設園芸でよりおこりやすい。

リン酸
主に開花結実に関係する。花肥(はなごえ)または実肥(みごえ)と言われる。可溶性リン酸とく溶性リン酸が植物に吸収される。このうち可溶性リン酸は、アルカリ性クエン酸アンモニウム溶液に溶けるリン酸で、この中には水溶性リン酸も含まれる。なお、化学分野では「P」は元素のリンを表すが、農業・園芸分野ではリン酸塩類を表すことが多くリン酸と略されることが多い。

カリウム
カリ(加里)と略すことも多い。主に根の発育と細胞内の浸透圧調整に関係するため根肥(ねごえ)といわれる。水溶性のため流亡しやすいので、追肥で小出しに与えるのがよい。細胞内ではイオンの形で存在するため、細胞が死ぬと細胞外へ流出しやすい。また、植物体内での転流も容易。

肥料の五要素

肥料の三要素にカルシウム(石灰)とマグネシウムを加えて肥料の五要素と言う。

カルシウム(石灰)

主に細胞壁を強くし、作物体の耐病性を強化する働きがある。農業・園芸分野では石灰(せっかい)ともいい、土壌のph調整などに用いられる。生石灰(酸化カルシウム)または消石灰(水酸化カルシウム)または炭酸石灰(炭酸カルシウム)などのカルシウム含有の肥料をいう。「石灰」は文脈によっては元素のカルシウムのことの場合もある。牡蠣殻などが原料として使用される。

マグネシウム(苦土)
葉緑素形成に不可欠な物質である。農業・園芸分野では苦土(くど)ともいう。

その他の要素

前記の石灰、苦土に加え硫黄を足したものは中量要素と呼ばれている。硫黄が五要素に含まれていないのは通常土壌に含まれている量で十分であり、あえて肥料として施用する必要が少ないからである。

さらに他の鉄、マンガン、ホウ素、モリブデン、亜鉛、銅、塩素は微量要素と呼ばれている。これらは必要な元素であるが必要な量は微量であり、大抵土壌や肥料に含まれている量で十分な場合が多く過剰障害も生じやすいことから、微量要素肥料の施用には十分な配慮が必要である。葉面散布等で施用すると効果的な場合がある。

その他の要素

前記の石灰、苦土に加え硫黄を足したものは中量要素と呼ばれている。硫黄が五要素に含まれていないのは通常土壌に含まれている量で十分であり、あえて肥料として施用する必要が少ないからである。

さらに他の鉄、マンガン、ホウ素、モリブデン、亜鉛、銅、塩素は微量要素と呼ばれている。これらは必要な元素であるが必要な量は微量であり、大抵土壌や肥料に含まれている量で十分な場合が多く過剰障害も生じやすいことから、微量要素肥料の施用には十分な配慮が必要である。葉面散布等で施用すると効果的な場合がある。

分類

肥料は多くの種類があり、分類の方法も何通りかある。
有機、無機での分類
大別して有機肥料と無機肥料に分類できる。両者を混合したもの(配合肥料)も存在する。両者の成分は大きく異なるが、植物に無機化合物として吸収される点は共通する。

有機肥料(有機資材)
有機物(有機資材)を原料とした肥料。有機質肥料ともいう。有機肥料を施用する事と、有機物を施用することも混同されがちであるので、注意が必要である。有機物により土壌内の微生物に栄養分が与えられるため、無機肥料よりも土壌に良いと考える人もいる。ただし農業は肥料だけでおこなうものでないため、一概に有機肥料が無機肥料より優れているとはいえない。例えば、完熟していない有機肥料では悪臭、ガス発生、害虫発生等の問題が発生することがある。肥料を発酵させることによって、養分が分解され利用しやすくなり、有害菌が増殖して病害が起こることを防ぐことができる。

植物性肥料
油粕

刈敷
草木灰
但し、草木灰は、植物由来のため有機肥料とする人が多いが、灰であるため無機物が中心である。

動物性肥料
魚粕
干鰯
堆肥
馬糞
牛糞
鶏糞
人糞尿(下肥)
骨粉
肉骨粉
厩肥

ボカシ肥

ボカシ肥とは、有機肥料を発酵させて肥効をボカシた(穏やかにした)ものをいう。原料となる有機肥料は、油カス、米糠、鶏糞、魚カス、骨粉など多様である。無機肥料を加えることもある。ボカシ、ボカシ肥料ともいう。

ボカシ肥には大別して、土を混ぜるもの、混ぜないものの2種類ある。

前者は、有機肥料に土(粘土質なものがよい)を混ぜ、50 - 55℃以上に温度が上がらないようにして発酵させる。(通常、堆肥などを発酵させる場合は、もっと高温で70℃以上になることがある。)

一方、後者は、有機肥料に水を加えて発酵させたもので市販のボカシ肥はこちらである。

無機肥料

無機物を主成分とした肥料で、工場で化学的に生産されたものが中心であるが、天然の鉱物もある。また、炭素をその組成に含まないものと理解する場合もあり、その場合、尿素は有機肥料とする。多くのものは、水にとけやすく即効性があるが、同時に流れやすくもあるため、定期的に肥料を追加する必要がある。また有機物の量が少ないため、長期間使用すると土壌障害の原因となる。

悪臭、ガス発生、害虫発生などの問題は発生しない。

無機肥料の、持続性が無いという欠点を克服するものとして、遅効性肥料がある。これは肥料を樹脂、硫黄でコーティングしたものであり、コーティングの厚さにより有効日数(1か月 - 1年程度まで各種)が調節されている。また、窒素に限れば、硝化抑制剤などを尿素と混合し遅効性としたものもある。追肥するのが困難な道路斜面、治山、砂防の現場の緑化資材として開発されたが、その手軽さから園芸資材としても広く普及している。

窒素肥料
硫安
塩安
硝安
尿素
石灰窒素
硝酸カリ(カリウム肥料でもある。)
リン酸肥料
過リン酸石灰
重過リン酸石灰
熔成リン肥
カリ肥料
塩化カリ(塩加)
硫酸カリ(硫加)

化学肥料

化学的に合成された無機肥料を化学肥料という。

化学肥料で肥料の3要素の1つしか含まないものを単肥という。(但し、有機、無機に関係なく、1種類の肥料という意味で単肥ということもある。)

単肥を混合して、肥料の3要素のうち2種類以上を含むようにしたものを複合肥料という。

複数の単肥に化学的操作を加え、肥料の3要素のうち2種類以上を含むようにしたものを化成肥料という。化成肥料で肥料の3要素の合計が30%以上のものを高度化成といい、それ以外を低度化成という。

化成肥料の成分は「窒素-リン酸-カリ」という表記で表される。例えば、「8-8-8」という表記であれば窒素、リン酸、カリが各8%の低度化成とわかる。

酸性、中性、アルカリ性による分類

肥料(主として化学肥料)を酸性肥料、中性肥料、アルカリ性肥料とペーハーにより分類することがある。このような分類を行う場合は、後述するが「化学的」なものと「生理的」なものの2通りの見方がある。

化学的酸性肥料、化学的中性肥料、化学的アルカリ性肥料
肥料の水溶液が酸性、中性、アルカリ性のいずれをしめすかにより、それぞれ化学的酸性肥料、化学的中性肥料、化学的アルカリ性肥料と分類する。
生理的酸性肥料、生理的中性肥料、生理的アルカリ性肥料
   肥料の有効成分が植物に吸収された後、土壌が酸性に傾くか、酸性にもアルカリ性にも傾かないか、アルカリ性に傾くかにより、それぞれ生理的酸性肥料、生理的中性肥料、生理的アルカリ性肥料と分類する。

「化学的」と「生理的」な分類は一致する場合もあるが、一致しない場合がある。

例えば、

硫酸カリは、水溶液は中性であるので化学的中性肥料、有効成分のカリが植物に吸収されると土壌には酸性の硫酸基が残るので生理的酸性肥料である。
硝酸カリは、水溶液は中性であるので化学的中性肥料、有効成分のカリと窒素(硝酸基は窒素を含む)が植物に吸収されると特に酸性物質もアルカリ性物質も残らないので生理的中性肥料でもある。

肥料取締法による分類

肥料取締法によると、肥料は特殊肥料と普通肥料に分類される。

特殊肥料
堆肥、米糠などのように五感で識別できるもの、肥料分が少なく公定規格を設定できない肥料で、農林水産大臣が指定する。
成分表示は、肥料取締法(昭和25年法律第127号)第22条の2第1項の規定に基づき、特殊肥料についての表示の基準となるべき事項を定められ、平成12年10月1日から施行された。
成分表示内容の詳細は、特殊肥料の品質表示基準を定める件(平成12年8月31日 農林水産省告示第1163号)
普通肥料
特殊肥料以外の肥料

元肥、追肥による分類

元肥(もとごえ)
植物の植え付け時、あるいはそれに先立って与える肥料。遅効性で長期間肥効が続く肥料を使う。基肥(きひ、もとごえ)ともいう。
追肥(ついひ、おいごえ)
植物の生育途中に与える肥料。速効性のある肥料を使うことが多いが、樹木のように長期間生育するものについては遅効性で長期間肥効が続く肥料を使うのもよい。

活力剤

活力剤、活力液などと呼ばれている物は肥料とは異なり、さらに、異なる2種類の物がある。

法律上、肥料として販売できない低濃度の肥料。アンプル剤が多い。
生理機能を高める物。水で希釈して使用するものが多い。

その他、肥料もどき(「酵素肥料」など)
法律上、肥料ではなく、肥料としての効果も認められないが、一般に肥料と誤解されているものとして以下のようなものがある。

「酵素肥料」と一般に言われるもの
第二次世界大戦終戦直後の、極度の肥料不足の時期に、神奈川県鎌倉市在住の祈祷師・柴田欣志が提唱した酵素農法が全国的に注目を集めた。酵素農法とは、「酵素は皇祖に通ずる」と言う理論(単なる語呂合わせ)に基づき、田畑に酵素を入れた肥料(酵素肥料)を施すことで、皇祖神の恩恵によって土中の栄養価が高まり、収穫高が増えると考える農法(一種の信仰)を言う。柴田欣志とその支持者(信者)たちは、「柴田酵素」を推奨し、これを用いて「コオソ様」と唱えながら農業を行えば、収穫高が2 - 10倍増すると称していた。化学の研究者等専門家からは、柴田欣志は「神がかり」と言われて相手にされなかったが、敗戦後の極度の食糧難と社会経済情勢の大混乱を背景に一部の農民からは支持を集め、横浜市など推進する自治体まであった。しかし、1947年に当時の農林省(現在の農林水産省)が行った試験結果によって酵素肥料には効果が全く無いことが明らかとなり、廃れた。
ただし、近年の自然農法への関心の高まりから、再び酵素肥料に注目する人々も出ている。これらの支持者たちは、酵素は農薬の影響で弱ることがなく、農薬によって微生物の活動が弱った土壌を活性化させることができると主張しているが、その効能については今日に至るまで科学的根拠が示されておらず、また、1947年の農林省の試験結果を覆すような酵素肥料の効果を示す実証データすら存在しない。少なくとも法律上及び科学的には「酵素肥料」は肥料には該当せず、これを肥料として販売すれば違法行為となることに留意する必要がある。

C/N比
C/N比(Carbon to nitrogen ratio)とは、有機物などに含まれている炭素(C)量と窒素(N)量の比率(質量比)。炭素率ともいう。

たとえば、ある有機物に炭素100g、窒素10gが含まれている場合、この有機物のC/N比は10である(10倍)。

C/N比の作物への影響
平均的な畑地土壌のC/N比は12前後とされる。C/N比はおおむね20を境として、それより小さい(つまり窒素が多い)と、微生物による有機物分解の際に窒素が放出され(無機化)、C/N比が大きいと反対に土の中の窒素が微生物に取り込まれる(有機化)といわれている。そのため、C/N比の大きな有機物を土に施すと、窒素が微生物に取り込まれ、作物の利用できる窒素が少なくなって窒素飢餓に陥る。これは、土壌中にアゾトバクターなどの窒素固定微生物が増えるにつれて起こりにくくなっていく。

さまざまな有機物のC/N比

稲わら 60
もみ殻 75
米ぬか 23
小麦わら 90
広葉樹落葉 50~120
針葉樹落葉 20~60
マメ科植物 10~17
樹皮 100~1300
おがくず 134~1064
剪定枝 70
十分に生長した雑草 50
ピートモス 52
竹 280
椰子繊維 48
牛糞 16
豚糞 11
鶏糞 7
おから 11
コーヒー粕 23
油粕 7
茶粕 12
ビール粕 11
焼酎粕 12
光合成細菌 80
カビ 13
糸状菌 9
細菌・放線菌 5

土壌について

堤修二郎が土壌について調べたことを記載する。
土壌(どじょう、英: soil)とは、地球上の陸地の表面を覆っている生物活動の影響を受けた物質層のことである。一般には土(つち)とも呼ばれる。

  • 土壌の生成
土壌学者のハンス・ジェニーは、1941年に土壌の性質は土壌を供給する地表の地形、気候、動植物相に反映されると提唱し、以下の5つの要素を土壌生成を司る5大要素とした。
1母材(岩)
2気候
3有機体
4地形
5時間

  • 成分
土壌は、岩石が風化して生成した粗粒の無機物(一次鉱物)やコロイド状の無機物(粘土鉱物あるいは二次鉱物)、生物の死骸などの粗大有機物、粗大有機物が微生物などの分解者の作用などによって変質して生じる有機物(腐植)などを含む。

土壌の固体成分は粗に充填されているため、土壌は多くの間隙を持つ。土壌中の間隙は、土壌溶液と土壌空気によって満たされている。土壌溶液の主成分は水であり、この水に水溶性の塩基や有機物などが溶解している。土壌空気の主成分は二酸化炭素、窒素および水蒸気であり、酸素濃度は大気と比較して低い。土壌の間隙には、多くの微生物や動物が生息しており、土壌生物と呼ばれる。

土壌を、構成成分である粒子の大きさによって定義する場合には、粒径が2mm未満の粒子のみを土壌と定義し、2mm以上の粒子を礫(レキ)や粗大有機物などとして除外する。土壌の粒子は、互いに凝集した団粒構造をとることが多いため、粒子の大きさを測定する際には、土壌を多量の分散媒に懸濁させて団粒構造を破壊する必要がある。

  • 土性

土壌を構成する砂と粘土の割合による分類を土性という。以下のように分類される。

  • 砂土(さど):土壌に含まれる粘土が12.5%未満のもの。
  • 砂壌土(さじょうど):土壌に含まれる粘土が12.5~25%のもの
  • 壌土(じょうど):土壌に含まれる粘土が25~37.5%のもの
  • 埴壌土(しょくじょうど):土壌に含まれる粘土が37.5~50%のもの。
  • 埴土(しょくど):土壌に含まれる粘土が50%を超えるもの

上に記したものほど排水がよいが、保水力・保肥力が弱い。
土壌層

O層

A層

B層

C層


土壌は、その構成成分の供給と消失の様式によって、土壌層が積み重なった形状を示すことが多い。土壌層とは、土壌への物質の供給と消失の様式によって形成される平行な境界を持つ層のことである。

例えば、土壌の表層部に植物遺体などの粗大有機物が集積する場合には、この表層部はO層(Organic層)と呼ばれる。O層の下部には、粗大有機物が分解あるいは溶脱されて生じた黒色の層(A層)が観察されることが多い。また、有機物に由来する黒色化が不十分で、風化が進行した鉱物質の層はB層と呼ばれ、風化が十分に進行していない岩石層(母岩)はC層などと呼ばれる。
土壌層は、土壌を分類するための重要な指標とされている。

  • 土壌帯
土壌は気候や植生の影響で、緯度によって異なる土壌帯を形成している。気候やそれによる植生の影響を強く受けたものを成帯土壌、母岩や地形などの影響を強く受け、局地的に見られるものを間帯土壌と呼ぶ。

  • 成帯土壌
成帯土壌は、主に以下のように分類される。
  • 熱帯のラテライト(ラトソル)
  • 熱帯から温帯にかけての酸化物を多く含んだ紅色土や黄色土
  • 温帯から冷帯にかけての落葉広葉樹を育む褐色森林土
  • 冷帯から寒帯にかけてのポドゾル
  • 寒帯で下層が永久凍土層になっているツンドラ土
  • ほか、プレーリー土や中央ユーラシアの黒土(黒色土、チェルノーゼム)など

  • 間帯土壌
間帯土壌には、地中海沿岸のテラロッサやブラジル高原のテラローシャ、デカン高原のレグール、ほかに泥炭土などがある。元になる岩石が、特殊な成分を含んでいる場合などには、土壌の性質により、異なる植生を生じる場合がある。

  • 土壌生物
土壌中には、多数の生物が住んでいる。その多くは土壌中にのみ生活しているものである。

動物の場合、これを土壌動物という。大きいものではモグラやミミズ等が穴を掘って生活しており、中型~小型のものには落ち葉や土の間に生活する昆虫やダニなど、小さなものでは落ち葉表面の水に生活する原生動物などが含まれる。

微生物も重要である。カビやキノコなどの菌類、細菌類といった土壌微生物もきわめて多数生活している。土壌中の従属栄養性の微生物は、生物遺体や排泄物あるいは有害な有機化合物等を分解して、二酸化炭素や水などに変換し、大気や地下水などへ放出する。土壌には、植物の根と共生して養分を供給する菌根菌や根粒菌などが生息し、植物の生育を支えている一方、動植物の生育を阻害する多くの病原微生物も生息している。

これらの生物は堆積する植物遺体の分解や、土壌の撹拌をすることで、土壌の形成に大いにかかわっている。

  • 土壌機能
広義の土壌は、以下の機能を持っている。以下のうち自然機能については、土壌の環境機能と呼ばれている。

1自然機能
  生物の生存空間
  自然界の構成要素
  地下水の媒体
2利用の機能
  天然資源の存在
  居住地・保養地の存在
  農業・林業用地の存在
  その他の経済的・公用的利用地の存在
3自然・文化遺産の存在場所

  • 植物の生産
植物生産的見地からみると、土壌は植物の培地の一種といえる。ほとんどの農業では土壌を培地とする。

なお、培地に土壌を用いないものを水耕栽培と呼ぶ。養液栽培の場合では、培地としての土壌の種類はさらに細かく、有機質培地を土壌としこれを用いる場合は養液土耕と呼び、無機質培地を用いる場合は養液栽培と呼ばれる。

農業について

農業(のうぎょう)とは、土地の力を利用して有用な植物を栽培し、また、有用な動物を飼養する、有機的な生産業のこと。堤修二郎も大学時代に農業体験をした。
農業とは、土地を利用して有用な植物・動物を育成し、生産物を得る活動のことである。
広義には、農産加工や林業までも含む。

  • 農業による生産物
主な農作物は大まかに、食品、繊維、燃料、各種原材料に分けられる。食品としては、穀物、野菜、果実、食肉などがある。繊維としては、木綿、ウール、麻、絹、アマがある。原材料としては、ゴムや竹、動物獣皮、革がある。農作物を原料とする他の素材としては、天然樹脂もある。
東洋では薬用植物の栽培もさかんにおこなわれてきた歴史があり、生薬の材料として用いられてきた。
切り花や花壇苗などさまざまな装飾的植物の育成もある。
21世紀になって、植物の農作物が バイオ医薬品、(欧米でも)薬剤(生薬)、バイオプラスチック、バイオ燃料、などの原料に使われることが多くなっている。ただしバイオ燃料として生産することは問題で、そもそも世界では今も食糧が不足していて飢餓で命を落としている人々・地域も多数ある、という状況だというのに、植物をわざわざ燃料に変換してしまって燃やしてしまうと、さらに食糧の総量が不足したり、基礎的な農作物の値をつり上げてしまう結果となり、(先進国の人々は自分たちの論理・都合で頭が一杯になっていて気付いていないが)世界人口で多くの割合を占める、収入が少なくて食べ物が十分に手に入ってはいない人々の生命を奪ってしまう結果をまねく、ということが問題として指摘されるようになっている。

  • 人類の文明との関係
人類の文明発達の鍵であり、動物を家畜化すること(畜産)と植物(農産物)の栽培(農耕)により、消費する以上に生産することで人口の増大をもたらした。だが、社会の階層化(不平等)をもたらしてしまった。

  • 従事者
農業を職業としている人は農家や農民と呼ばれる。堤修二郎の親戚にも農家がいる。
農作物栽培の場合、基本的に自然を対象にするため、日照や気温、降水量などの気象状態に左右されやすく、また需給関係や投資の影響による市場での価格変動もあり、収入面の安定に欠ける面がある。
また、畜産では、市場での価格変動以外にも、飼育する家畜に対する水や飼料の給餌や運動など、早朝から深夜までの世話が毎日必要となり、休日が取り難く、従事者の肉体的負担(過労)・精神的な負担(ストレス)が大きいという問題のほか、家畜の糞尿による悪臭や環境汚染などの問題を有する。
一部のアリやシロアリにも農耕を行うものがある。

  • 農業技術の功罪
農業には単に耕作だけでなく、広い土地を耕作に適した農地にすること(開墾)や水路を作るなどの灌漑といった様々な専門的技法が含まれる。農業の基本は、依然として農地での農作物の栽培と牧草地での牧畜である。20世紀末以降、既存の農業に対する懸念から、持続可能な農業への関心が高まっている。品種改良・農薬・化学肥料などの技術革新によって収穫量は急激に増加したものの、環境への悪影響(環境汚染)や 人体への悪影響 が起きている。畜産においても品種改良や「集約型の」養豚・養鶏によって食肉の生産高が劇的に増加したが、動物虐待の問題、抗生物質や成長ホルモンなどの化学物質を投与することによる人体への悪影響が懸念されている。

  • 学問
農業を研究する学問分野を農学と呼ぶ。堤修二郎も学生時代に勉強した。
農業は、伝統的な分類では林業・漁業と同じ第一次産業に分類される。農業・林業・水産業・畜産業などに関わる研究は、農学という学問の一分野を成している。

  • 政治・政策と農業
日本では、政府の主導で価格や流通管理がされているコメの栽培が多いが、コメの消費量低下と供給過剰による減反政策もあり、野菜など他の作物への転作や、離農が多くなっている。近年、日本においては農業には多面的機能があるとされ、国土保全、景観維持などのほか、アグリツーリズム(グリーンツーリズム)や地産地消の運動も行われている。総称して農業の多面的機能と呼ばれる。
トマス・ロバート・マルサスは、地球は人口増加を支えきれないと予言したが、緑の革命などのテクノロジーが食糧需要増に応えることを可能にした。

多くの政府が適正な食品供給を保証するために農業に補助金や助成金を与えてきた。そういった農業補助金は、コムギ、トウモロコシ、米、ダイズ、乳といった特定の食品に対して与えられることが多い。先進国がそのような補助金制度を実施する場合、保護貿易と呼ばれ、非効率で環境に対しても悪影響があると評されることが多い。

近年、集約農業の環境への悪影響(外部性)、特に水質汚染に対する反発から、有機農業を推進する動きが生まれた。例えば欧州連合は1991年に有機農産物の認証を始め、2005年には共通農業政策 (CAP) 改訂で生産量と補助金を段階的に切り離すいわゆる「デカップリング方式」の導入を決めた。

2007年後半、いくつかの要因が重なって穀物の価格が急騰し(コムギは58%上昇、ダイズは32%上昇、トウモロコシは11%上昇)、穀物を飼料としている畜産物の価格も押し上げた。世界中のいくつかの国で暴動まで発生した。高騰の要因は、オーストラリアなどでの干ばつ、中国やインドなどの成長が著しい中流階級の食肉需要増、穀物をバイオ燃料生産に転換し始めたこと、いくつかの国が貿易を制限したことなどである。

近年、Ug99株のコムギに小麦さび病 (en) という伝染病がアフリカやアジアで広まっており、懸念が強まっている。
また、全世界の農地の約40%で土壌の荒廃が深刻な問題となっている。国際連合大学のガーナに本拠地のあるアフリカ天然資源研究所は、アフリカでこのまま土壌の荒廃が進めば、2025年にはアフリカの人口の25%にしか食糧が行き渡らなくなる可能性があるとしている。

  • 歴史
人類はもともとはもっぱら狩猟採集を行って生きていたと考えられており(狩猟採集社会)、どこかの段階で農業を"始めた"と考えられている。農業の起源については諸説あるが、ハーバード大学、テルアビブ大学とハイファ大学の共同チームは、イスラエルのガリラヤ湖岸で、23,000年前の農耕の痕跡(オオムギ、ライムギ、エンバク、エンメル麦)を発見したと、ニューヨーク・タイムズなどで報道されている。また、約10000年ほど前、中国の長江流域で稲作を中心とした農耕が始められていたことが発掘調査で確認されている。またレバント(シリア周辺、肥沃な三日月地帯の西半分)では、テル・アブ・フレイラ遺跡(11050BP, 紀元前9050年頃)で最古級の農耕の跡(ライムギ)が発見されている。イモ類ではパプアニューギニアにて9000年前の農業用灌漑施設の跡「クックの初期農耕遺跡」がオーストラリアの学術調査により発見されている。農耕の開始と同時期に牧畜も開始された。

  • 農業の種類
堤修二郎も農業体験をしたことがあるが、農業をどのように種類分けするかは論者によって異なっており、それにより、実際にある地域の農業をどれに分類するかも変化する。また、ある地域の一つの農業が複数の要素を持つものとして捉えられることもある。以下では代表的な農業の種類を挙げる。
商業的農業
地中海式農業
 畜産
 酪農
 園芸農業
 混合農業
 プランテーション農業
自給的農業
 アジア的稲作
 アジア的畑作
 乾燥地農法(灌漑農業、オアシス農業)
 遊牧
 焼畑農業
 原始的定住農法
集団的農業(協同農業)
 人民公社(中国)
 コルホーズ(ロシア)
 ソフホーズ(ロシア)
 ネグテル(モンゴル)
 サンゲンアジャホ(モンゴル)
 キブツ(イスラエル)

  • 耕作システム
耕作システムは利用可能な資源や制約条件(地形や気候、天候、政府の政策、経済的・社会的・政治的な圧力、農家の経営方針や慣習)によって変化する。

焼畑農業は毎年のように森林を燃やして、解放された栄養素を耕作に利用するシステムで、その後は多年生作物を数年間栽培する。その区画はその後休閑地とされて森林に自然に戻り、10年から20年後に再度焼いて利用する。休閑期間は人口密度が増加すると短くなるため、肥料を導入したり、病害虫管理が必要となってくる。

次の段階は休閑期を設けない耕作システムであり、栄養管理と病害虫管理がさらに必要となる。その後さらに工業化が進展すると、単一作物の大規模栽培システムが登場する。特定の栽培品種だけを作付けすると、生物多様性が低下し、必要な栄養素も均一化し、病害虫も発生しやすくなる。そのため、農薬や化学肥料にさらに頼ることになる。
多毛作は1年間に複数種類の作物を次々と栽培するシステムで、間作は複数種類の作物を同時に栽培するシステムである。他にも混作という類似のシステムもある。

熱帯では、これら全ての耕作システムが実際に行われている。亜熱帯や砂漠気候では、農作物の栽培は降雨の時期(雨期)に限定されて1年間に何度も栽培することができないか、さもなくば灌漑を必要とする。それらの環境では多年生作物(コーヒー、チョコレート)が栽培され、アグロフォレストリーのような耕作システムも行われている。温帯では草原やプレーリーが多く、年1回だけ収穫する生産性の高い耕作システムが支配的である。

20世紀は集約農業、農業における集中と分業が進んだ時代であり、農業化学の新技術(化学肥料、農薬)、農業機械、品種改良(交雑や遺伝子組み換え作物)がそれを支えた。ここ数十年間、社会経済学的な公正さと資源保全の考え方や耕作システムにおける環境の考え方と結びついた持続可能な農業への動きもある。この動きから従来の農業とは異なる様々な農業の形態が生まれた。例えば、有機農業、近郊農業、community supported agriculture(地域で支える農業)、エコ農業、integrated farming などがあり、全体として農業の多様化に向かう傾向が明らかとなってきている。

  • 堤修二郎が調べた生産物
農業による生産物(農産物)として、コメやコムギ、オオムギ、トウモロコシなどの穀物、野菜や果物、花卉(かき)などの園芸作物、工芸作物、牛や馬、豚、鶏などの畜産物、綿や麻、絹などの繊維類などが挙げられる。
農業は生物を栽培、飼育等するものであり、特定の部位のみを作るというわけにはいかない。そのためある農産物を得ようとする場合、主な生産目的とされるもののほかに副次的な生産物が得られる場合も多く、その効率的な利用や、場合によっては廃棄が求められる。例えば稲作では、稲の種子であるコメの他、稲の茎が藁として俵や草鞋、紙など各種の製品の原料として利用されてきたし、酪農や養鶏などの畜産業では牛乳や肉、卵を得るほか、その皮や羽が衣服などとして、牛糞や鶏糞が肥料として利用されるなどその例は数多く、多岐にわたる。
農作物の重要な種類としては、穀物、擬穀、豆類、飼料作物、果実、野菜がある。それぞれの作物に生育に適した地域がある。国際連合食糧農業機関 (FAO) による作物の種類毎の生産量の推定を次に挙げる。

農作物の種類別生産量(単位百万トン)2004年
穀物         2,263
野菜とウリ類     866
根と塊茎     715
乳         619
果実         503
食肉         259
植物油         133
魚類(2001年推定量) 130
鶏卵         63
豆         60
植物繊維     30
出典:国際連合食糧農業機関 (FAO)


農作物の作物別生産量(単位百万トン)2004年
サトウキビ 1,324
トウモロコシ 721
コムギ    627
米     605
ジャガイモ 328
テンサイ 249
ダイズ     204
アブラヤシの実 162
オオムギ 154
トマト     120
出典:国際連合食糧農業機関 (FAO)

  • 堤修二郎が調べた畜産
畜産は、基本的に、食肉・鶏卵、乳、ウールなどを得るために動物を飼育することである。
歴史をたどれば、もともとは全て野生の動物であったのだが、その中から比較的飼いやすい種類(人間になついてくれる種類)や利用価値が高いものを見出し、人類が次第に家畜として利用するようになってきたのである。

堤修二郎が調べた畜産 "システム"

「畜産システム」には、まず飼料を供給する草原に基づくもの、混合型システム、土地を持たないシステムなどがある。
草原に基づく畜産は、反芻動物の飼料を供給する低木林地、放牧地、牧草地のような草地に依存している。家畜の厩肥を肥料として直接草地に撒いたとしても、それ以外の肥料も使用することもある。畜産というのは、気候や土壌のせいで農作物の栽培が現実的でない地域では特に重要であり、世界には3000万から4000万人の牧畜民がいる[29]。混合型システムでは、飼料作物や穀物を生産して、反芻動物や単胃動物(主にニワトリとブタ)の飼料とする。厩肥は農作物の肥料として再利用される。統計的に見ると、実は、農地の約68%は飼料作物栽培地として畜産向けに使われている。人々が食事で食べる食品が、先進国で起きがちな肉食偏重傾向などによって、植物性の食品(穀物・野菜 類)から動物性の食品(肉類)へとシフトすると、結果として、せっかく生産された穀物・野菜類の大部分が(人の口に入らず)肉のための家畜の口に入ってしまう、ということが指摘されている。直接 植物を食べるのと、家畜に食べさせてから肉として食べるのを比較すると、人が同程度の栄養をとる場合を比較すると、肉にしてから口に入れるほうが10倍程度の植物が必要になる、と指摘されている。つまり、わざわざ肉に変換してから口に入れるということをすると、「植物の生産→人間の栄養」という経路の効率は1/10程度まで落ちてしまう、ということである。)

土地を持たないシステムでは、飼料は農場外から供給する。つまり飼料作物の生産と家畜の飼育を別々に行うもので、特に経済協力開発機構 (OECD) 加盟国によく見られる。特に(肉食偏重の)アメリカ合衆国では、生産した穀物の、実に 70%が飼料として消費される(消費されてしまう)。飼料作物の生産には化学肥料が多用されており、厩肥をどうするかも問題となっている。

  • 使役動物の飼育
畜産は基本的に、食肉・鶏卵、乳、ウールなどを得るために動物を飼育することであるが、「畜産」が(広義には)使役するための動物(使役動物)を産ませ育てることまで含めて指すこともある。 ウマ、ラバ、ウシ、ラクダ、リャマ、アルパカ、イヌといった動物は、農地の耕作、作物の収穫、収穫物の運搬、他の家畜の番(牧羊犬など)などに使役されてきた。

堤修二郎が調べた農法

農法には次のような要素がある。

耕作:耕作とは、土壌を耕して作物を植えたり、肥料を土に混合したり、害虫駆除をする作業である。不耕起栽培のようにほとんど土地を耕さない農法もある。耕すことで土壌が暖まり、肥料を含ませ、雑草を除去することで生産性が改善される場合もあるが、表土が侵食されやすくなり、有機物の分解が促進されてCO2が放出され、土中の生物多様性が低下する原因にもなる。
病害虫管理:雑草、昆虫、病気などを防ぐことを病害虫管理と呼ぶ。化学的駆除(農薬)、生物的防除、機械的駆除(耕作)、農耕慣習などがある。
農耕慣習としては、輪作、間引き、被覆作物、間作、堆肥化、作物の抵抗力を高めるなどの技法がある。総合的病害虫管理ではこれらの技法を駆使して害虫が経済的損失を及ぼさない程度に抑えることを目標とし、農薬の使用は最後の手段としている。
栄養管理(施肥):栄養管理は、農作物と畜産物の生産において入力とする栄養素を管理するもので、家畜の生み出す厩肥の利用法を含む。与える栄養としては、肥料、厩肥、緑肥、堆肥、ミネラルなどがある。輪作や休閑期をもうけるといった慣習も栄養管理としての一面がある。厩肥は集中管理によるローテーション放牧 (en) のように牧草地に家畜を放牧することで利用したり、固形または液状の厩肥を耕作地や牧草地に撒くことで利用する。
用水管理:降水量が不十分な地域や降水量の変動が激しい地域では用水管理が必須であり、世界のほとんどの地域が多少なりとも用水管理を必要とする。地域によっては降水量を補うために灌漑を行っている。アメリカやカナダのグレートプレーンズでは、休閑期をもうけることで土壌に水分を蓄えさせる地域もある。世界の淡水利用の70%は農業用水である。

個別の農法
   有機栽培
   合鴨農法
   自然農法
   バイオダイナミック農法
   不耕起栽培
   養液栽培
   植物工場
   アグロフォレストリー
   無施肥無農薬栽培
   無農薬栽培
   ヤロビ農法(1950年代に日本で注目されその後廃れた)

堤修二郎が調べた加工・流通・マーケティング

アメリカ合衆国では家計における食費に占める農業のコストの割合が低下し、食品加工、流通、マーケティングのコストが増大している。これは農業の生産性が向上しただけでなく、高付加価値の食品が増えていることを意味する。1960年から1980年まで、食費に占める農業コストは40%前後だったが、1990年には30%、1998年には22.2%に低下している。寡占化も進んでおり、1995年には食品企業上位20社の製品が全体の半分を占めるようになっており、1954年に比べると倍増している。流通面でも寡占化が進んでおり、アメリカのスーパーマーケット上位6チェーンが食品販売に占める割合は、1992年には32%だったものが2000年には50%になった。寡占化はある意味で効率向上にもなっているが、農村にとっては悪影響があるかもしれない。

  • 品種改良とバイオテクノロジー
トラクターとグレインカート
人類は文明の始まった数千年前から品種改良を行ってきた。人間によってよりよい特徴を持つ作物になるよう植物の遺伝構造を変更してきた。例えば、果実や種がより大きくなるようにしたり、干ばつへの耐性を持たせたり、害虫に強くしたりといった改良である。グレゴール・ヨハン・メンデル以降、品種改良技術が著しく進歩した。遺伝形質についてのメンデルの業績により、遺伝について理解が深まり、それによって品種改良の技法が発展したのである。
望ましい特徴を持つ植物を選択し、自家受粉および他家受粉を駆使し、最終的には遺伝子組み換えを行うようになった。

植物の品種改良により、徐々に収穫量が増えていき、病害や干ばつへの耐性が改善され、収穫が容易になり、作物の味と栄養価が高まった。慎重な選択と育種によって農作物の特徴は大きく変化していった。例えば1920年代から1930年代にかけて、ニュージーランドで選別と育種によって牧草やクローバーが改良された。1950年代にはX線や紫外線を使って突然変異率を高める原始的な遺伝子工学が生まれ、小麦、トウモロコシ、大麦などの品種改良が行われた。

緑の革命では従来からの交雑技法を使うことが一般化し、生産性の高い品種を栽培することで収穫量が何倍にも高まった。例えば、アメリカでのトウモロコシの収穫量は1900年ごろには1ヘクタール当たり2.5トンだったが、2001年ごろには1ヘクタール当たり9.4トンになっている。同様に小麦の収穫量の世界平均は、1900年ごろには1ヘクタール当たり1トンだったものが、1990年には1ヘクタール当たり2.5トンになっている。南アメリカでの平均小麦収穫量は1ヘクタール当たり2トン、アフリカでは1トン以下だが、エジプトやアラビアの灌漑を行っている地域では3.5トンから4トンの収穫がある。これに対して技術の進んでいるフランスでは1ヘクタール当たり8トン以上の収穫がある。収穫量の地域差は主に気候、品種、耕作技法(肥料、害虫駆除、倒伏防止など)の差が原因である。

遺伝子工学
遺伝子組み換え作物 (GMO) は遺伝子工学の技法を使って遺伝子に修正を加えた作物(植物)である。遺伝子工学によって新品種の生殖系列を生み出すのに使える遺伝子の幅が広がった。1960年代初めに機械式トマト収穫機が開発されると、農学者は機械による収穫により適した遺伝子組み換えを施したトマトを作り出した。最近では遺伝子組み換え技術は様々な作物の新品種開発に使われている。

除草剤に耐性のある遺伝子組み換え作物
Roundup Ready と呼ばれる種は、グリホサート剤にさらされても影響を受けないよう除草剤に抵抗力のある遺伝子を持っている。ラウンドアップはグリホサート剤をベースとした非選択的にあらゆる雑草を殺す除草剤の商品名である。つまり Roundup Ready 種を使えば、グリホサート剤を散布しても作物だけは影響を受けず、あらゆる雑草を殺すことができる。除草剤に耐性のある作物は世界中で栽培されている。アメリカの大豆は作付面積の92%が除草剤に耐性のある品種(遺伝子組み換え作物)になっている。

除草剤に耐性のある作物が多く栽培されるようになると、当然ながらグリホサート剤ベースの除草剤が散布されることが多くなる。中にはグリホサート剤に耐性のある雑草も出てきたため、別の除草剤への切り替えを余儀なくされた地域もある。広範囲なグリホサート剤の使用が収穫量や作物の栄養価に与える影響、さらには経済や健康に与える影響について研究が行われている。