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??? ―――

「神秘………?」

話を聞いていた7女が首を傾げながら姉に問う。

「分かりません。 論理的に定義できませんか?」

「その定義が出来ない力の事だそうだ。」

脱走に成功した次元犯罪者ジェイルスカリエッティとその娘達。
彼らの向かう先を父から聞かされたナンバーズらは今、各々の思いを話し合っている最中である。

管理外世界におけるちっぽけな一惑星。
異なる次元におけるその惑星で、彼女らの父である科学者はそれを見つけた。

「要は御伽話の類でしょう? そんなもの、どの星にだって……
 ミッドチルダにだってありますわ。」

「しかも次元の壁の向こうとはいえ、管理外世界だろう?」

管理局の目の届かない―――否、問題にすらしていない辺境の僻地。
更にその星の中でも一般人にはまるで認知されず、秘匿に秘匿を重ね、深く濃く練り上げられてきたといわれる力。

「博士と我らの理想の世界……
 それを今一度、達成するために必要な力。」

強大な力によって広く大きくその支配を、影響を広げていくミッド世界。
それとはまるで真逆の在り方に彼らは救いを求める。
まさに藁にもすがる様な想いで。

そして―――――――


――――――

「神霊」「魔法」「抑止力」「真祖」「根源」 ―――「英霊」

今宵、神々の遊戯盤にて踊る人形―――それらが今
自分らを追ってきた時空管理局の魔導士を迎え撃つ光景をまざまざと見せ付けられている。

初戦においてエースとナイトはこちらの思惑通り仕掛けた全ての事象に踊らされ、完全な制御の元に刃を交えてくれた。
驚きと共に手応えを感じる彼女達。成果は上々。
遊戯盤の機能は問題無く働いている。

これが――毎回上手く行けば問題はない。

だがこれだけの大規模な仕掛けだ。
次元間を跨いだ境目に両世界を混ぜ合わせて箱庭を作るという前代未聞の試み。
どれだけプログラムが万全に働いていても、もしかしたらその枠からはみ出る者―――

――― バグやウィルスの類が出てくるかも知れない ―――

しかして彼女らのそんな心配は今………

最悪のカタチで、黄金の悪夢として眼前に具現化する事となったのだ。


――――――

「何、コレ…?」

そう口にしたのは姉妹の中の誰であったか――――

その英霊を目の当たりにするまでは、実際のところ彼女らは
サーヴァントを凄いとは思っていても本物の畏怖を抱くまでには至らなかった。
神秘、英霊がどれだけ強いモノかは知らない。
だが自分らが劣っているなどとは彼女達は考えない。例えるならば、それは現代人から見た原始人のようなもの。
確かにその身一つで巨大な象やケモノを狩ってきた原人の身体能力は現代人に比べて突出しているが
だがそれでも現代人の中で、原人などを鼻にかけてまともに競おうという者はいないだろう。
ましてや自分達が劣っているなどとは露ほども思わない筈だ。
何故ならヒトは、彼らの住まう時代から何千年を経て培ってきた卓越した技術・科学。
その過程でもたらされた―――兵器を所持しているが故。
相対的戦力に決定的な差がある事は明白。
どれだけの強さを持つ存在だろうがこちらが本気で乗り出せば手綱をかけられない筈が無い。

故に―――――そうタカを括っていた彼女達はその金色を眼下に置いて……一言も発せない。
ロストロギアというミッドにおける埒外を示す力。
その手綱を早々に食い千切り、打ち破って具現したこの黄金の王に対して思考が追いつかない。

先程までのエースオブエースと英霊の心躍る闘いに熱くなり、湧き上がっていた一室は今や完全に沈黙。
姉妹は呆然とその光景を眺めているしかなかった。

鋼の肉体に精一杯に称えた、その凍りついた表情と共に…………


――――――

今、眼前で起こっているもの。

――― それは虐殺 ―――

先の魔導士と騎士の戦いは謂わば果し合いであった。
術技の限りを尽くし、互いに引かぬ意地を張り合い、ぶつかる度に火花が飛び散る両者の魂の激突。
そこには例え血を血で争う熾烈な闘いであろうと人の心を打つ何かがあった。心に響く輝きがあった。

だが今、場に顕現した「戦争」は違う。
技も無い。魂も通わない。
圧倒的な暴力によって一方的に薙ぎ払い蹂躙される力ない者たち。
そこにはただ―――――死と恐怖があるのみ。

先程まで想像を絶する戦いを繰り広げていた両者。
最強のエースとナイトがたった一人の男の手によって弾け飛び、蹂躙され、壊されていくその様を
白衣の科学者がポリポリともみ上げを掻い上げながらに見据えていた。
初戦の大成功を鑑みるまでもなく、この魔導士と騎士は今後の祭を大いに盛り上げてくれる優秀な駒だ。
それをここで無為に失うのは勿体無さ過ぎる。
その場で回転椅子に座りながら「んー」とか「んんっ?」とか、突拍子の無い声を上げていた男。

「綺礼」

スカリエッティが目の前の黒衣の神父に――――

「どうしようか?」

「知るか」

―――――にわかに助け船なんかを求めていたりする。

当然、博士に神言を与える役目を担う神の使いはにべもなく突っ放すのみ。
主の代行者とて、どうにもならない事に対して示せる福音なんぞあるわけがない。
殺戮の雨が降り注ぐ第一フィールド。
それを天上から見据えるゲームマスターを嘲笑うかのように、ソレはゲーム盤を荒らし、壊し、蹂躙する。

「雨が降ろうと槍が降ろうと」という言葉があるがまさにそれだ。
もっとも眼前の光景を見た後で上の言葉を気軽に使える者はいないだろう。
実際に槍が豪雨の如く降り注ぐ地獄のような光景を見た後では
1000を超える凶器の射出による、この世の音全てを掻き消す爆雷のような音を聞いた後では
どのような地獄も、その光景に見合うほどのものではないと断言できてしまうが故に。

戦闘は初め、互角の様相を呈していた。
突如現れた黄金の鎧に身を纏った闖入者。
圧倒的な力を前に倒れ伏す魔導士と騎士。
その両者が互いを生かすために手を組み―――強大な敵に刃を返す。
予想外の相性の良さに驚く魔導士と騎士。
あらゆる不安要素を無かったかのように吹き飛ばし、完璧に機能する翼と剣の織り成す連携は
確かに一度、最強の英霊たる男を窮地に陥れたのだ。

断言する。
ツーマンセルのタッグ戦。包囲された状態での集団戦。 あらゆる状況問わず―――
「戦闘」においてこの二人を相手に勝てる者はそういないであろう。
ましてや一人で彼女達の相手が出来る者などいるわけがない。

故にだからこそ―――男は己を、その力の全てを解放した。

かの者は戦闘者にあらず。
雑兵と共に剣を振るう者にあらず。
その身は玉座に在り―――――その意のみで眼前の全ての愚か者を殲滅せし者。

――― 其は王なり ―――

この世に在りて最も尊き身を象徴したかの如き豪壮なる宝具。
王の財宝「ゲートオブバビロン」。
その扉の全てを開け放つ事それ即ち、蹂躙の行進の始まりである。

つまり男は二人に対し「戦闘」ではなく―――「戦争」を仕掛けてきたのだ。


――――――

王の財宝が開かれ、フィールド上にこの世ならざる地獄が生み出されてから早一刻―――

赤く鈍色の光沢を放つ空間。
水面のようなそこから次々と波紋が現れ、中からまるで生き物のように顔を出す宝具の刃。
その数―――数え切れず!!

なのはの分析で叩き出された「一度に10発前後」という予測を上回るどころではない。
一発でも当たれば致命傷の凶器の魔矢が100、200、300――― 
センターがどうとかフォワードが機能したとか、そんなものをまるで無視した
陣形。戦略。ポジション。その他一切をここに無に帰す暴威の群れがここにある。

それはまさしく二人のベストポジションを、その絶妙のコンビネーションを根底から切り裂き
叩き潰す圧倒的威容の嵐であった。
もはや上空に見えるのは暗雲でも夜空でも高層ビルの外壁でもなく―――
見渡す限りの刃。 刃! 刃!! 刃!!!
それが男の号令を合図に、頭が割れるような轟音と共にフィールド一帯に降り注いだのだから堪らない。

「――――ッッ!!!」

魔導士が叫ぶ。 轟音に掻き消された。

「――――ッッ!!?」

騎士が吼える。 爆音に遮られた。

その白き法衣姿が、銀の甲冑の雄姿が、全てを滅ぼす魔弾の豪雨に飲み込まれる。
豪雨はその水滴一粒一粒が一撃必殺の宝具。
凡庸な武装とは一線を画す魔力、破壊力を秘めたそれらが対象に着弾した瞬間、大爆発という形でその力を解放する。
故にその光景はもはや空襲。 数百を超える航空部隊の爆撃と何ら変わらぬ光景を場に作り出す。
それはまさに地獄そのものだ。
もはやその様相を見ている者の中に――――二人の安否を気遣う声は無い。

――― 生きているはずが無い ―――

視界を埋め尽くすような爆光と破壊は、もはや「二人は無事か?」などと聞くも愚か。
ヒトの形を留めているか?というレベルなのであった。
無理からぬ事だが、傍観者達は半ば諦めの心境でモニターを見ていた。

………………全てが終わったと。

……………………………

だが、そんな中―――

虫一匹の生存すら許さぬような惨状の只中にて―――


白と銀の閃光が走った………………


――――――

姉妹の一人が目を凝らす―――――

今もなお降り注ぐ空爆の嵐はもはや大地の地形をも大きく変えているであろう。
その爆心地の只中にあって……無事である筈が無い。生きている筈が無い。
誰もが当然のように抱いた感想――

「……………見ろ…」

だが……………その全てを裏切って――!

最強を冠する剣の英霊の銀の甲冑姿と、無敵を誇る空のエースの白き法衣が
破片と爆風渦巻く死の嵐を掻き分けながら
その幾重にも重なる爆風の中から―――姿を現したのだ!

「おおっ!」

「うっそ~ん」

爆雷の合間を縫う様に美しい軌跡を描く白と銀の流星。
既に豪雨と爆発の台風と化した大通りを、互いに2,3mの間隔を保ちながら並行して駆け抜ける!
だが前述した通り、合間を縫うといってもその隙間など皆無の筈なのだ。
王の財宝はまさに蟻の子一匹通さぬ頻度で、間断なく容赦なくその戦場に降り注いでいる。
故に不可解………
回避を許さぬ魔矢の斉射を回避しているという事実。
それは即ち、回避出来る隙間を二人が作り出しているという事に他ならない。
果たしてそんな事が可能なのか?

当然――――可能である………このエースと騎士王のコンビならば!

全速力で英雄王の射程から離脱しようとする両者は依然健在。
並行に駆ける両者の軌道に今、変化が起こる。
二人は瞬時、互いの位置を入れ替えるように軌跡をクロスさせる。
その白と銀の光がぶつかるように交わった瞬間―――
彼女達に降り注ぎ、その身体を串刺しにする筈の剣が、槍が、矛が、次々と弾き飛ばされていくのだ!
常人の目には何が起こっているのか、何をしているのかまるで理解出来ないだろう。
視認すら許さぬ神速の連携。
二つの光が交わる度に高速で飛来する宝具が次々と四散していく。
白と銀の光が戦場に刻む軌跡はまさに幾重にも並べられた∞―――女神が織り成す美しき輪舞の如し!

「フ、フフ………フハハハハハハハッ!!」

英雄王が感嘆と愉悦の声を上げる。

「これは然り――器用だなセイバー!! 
 剣と戦の世を生きたお前に舞踏の才があるとは思わなんだ!!」

殲滅の宝具、その一切の手を緩めずに言い放つ王。

「決めたぞ。お前を手中に収めた暁には―――
 一国に匹する財を凝らしたドレスを賜ろうではないか!」

その場を一歩も動かぬ英雄王となのは、セイバーの距離がみるみる離れていく。
二人三脚のように一糸乱れぬ疾走を維持しながら
彼女達は大通りを駆け抜け、交差点に至り、飛び込むような鋭角な機動で右折する。
ギルガメッシュの視界から逃れた両者は間髪入れずに、なのはがセイバーの体を抱えて飛翔し
一番初めに目に飛び込んだ雑居ビルの2階の窓をブチ破り――建物の中にその身を隠す!

その、時間にして数十秒―――
戦略的撤退と呼ぶにはあまりにも余裕がなく形振り構わぬものなれど
ともあれ高町なのはとセイバーの両者は、誰もが即死必至と見た戦況を見事裏切り―――

ゲートオブバビロン………英雄王の制圧蹂躙、その第一陣を凌いでいたのである!


――――――

時間は王の財宝が今まさに降り注がんとする瞬間に遡る―――

「ラウンドバリア出力最大!! 
 フィールドは張らなくていいから全てオートで対応!!」

空間を埋めつくした居並ぶ凶刃を前にした魔導士が火急にして叫ぶ。
目の前に置かれた最悪の状況に対し、瞬時に判断を下す高町なのは。

「BJはショック耐性を最大に設定ッ!! 硬度は無視で構わない! 
 どうせ破られたら受けきれないッ!!それから……!」

矢継ぎ早にデバイスに指示を飛ばす。
生き残るために思考をフル稼働させる。
目の前の脅威を払うために最善を模索する!

「させぬぞッ! 押し留めよ聖剣ッ!!!!」

その前方にて咆哮一閃!
セイバーが魔導士の前に立ちはだかる。

「騎士王の名にかけてその凶刃………
 彼女には決して届かせないッッッ!!!!」

それはセイバーの覚悟の表れだ。
いつの時代もかの剣は民を、国を、人を護るための力である。
その気勢の元に全身から吹き出す青白い魔力は―――古の時代、あらゆる戦場を席巻した勇姿そのものだ。

だが………そんな二人をして破滅の予感の拭えない程の脅威が―――眼前には広がっていた。

ゲートオブバビロン―――王の財宝の全門一斉掃射。
想像を絶する火力のフルバーストは、二人の掲げた意思、覚悟、戦術。
その他一切合財を難なく吹き飛ばすであろう。
兎にも角にも、その初撃を凌がなければどうにもならない。
セイバーは当然、その凄まじさを知っていたし、なのはとて目の前の光景を前にして予想がつかない筈がない。
このままでは微塵も抗えずに即死という結果が下される。

空にいる高町なのはを自らの後方に呼び出した騎士。
その行動に確たる策があったわけではない。 それは彼女の「直感」によるもの―――
戦場にてあらゆる凶刃から身を守ってきたセイバーの第6感が
「今の陣形では死ぬ……この形こそ最善」と判断を下していたのだ。
故に刹那、二人は互いに目線を交わす。

(セイバーさんッ)

(ナノハっ!?)

瞬時のアイコンタクトにて二人はその意思を交し合い、終局を免れるための一手を決めていた。
その一手………怒涛のように迫り来る宝具の雨を前に―――

「レイジングハートッ!! 踏ん張ってッ!!!」

何と後衛であるはずのなのはがその身を躍らせる!

(………!!!)

セイバーが息を呑む。 それは本来、前衛である自分の役目だ。  
だが「それ」しか二人が生き残る道が無いと理解しているが故に彼女を矢面に立たせるしかない。
果たして騎士の前方に踏み込んだ高町なのはのバリアとバビロンの第一陣が―――

無尽蔵の魔力の奔流と共に今、かち合ったのだ!!


――――――

NANOHA,s view ―――

「う、くうううッ……!!!!!!!!!!」

耐え難い衝撃がこの身体を襲う。
でも耐えなきゃ………意識を飛ばしたら全てが終わる!

ここであの人の魔弾を迎え撃たなくてはならない―――
その私が瞬時に選んだ障壁魔法とBJの設定は、見ようによってはデチューンとも取れる仕様。
手動によるシールド。 体表面を覆う保護フィールド。
全ての機能をカットし―――回せる出力を全て「それ」に回した。

張ったバリアは一種類。 「それ」とは、オーバルプロテクションと呼ばれる全方位防壁陣。
術者の体を中心に円形に張り巡らされる防護壁は、360度全ての方角から迫り来る脅威を払う広範囲防御魔法。
迫りくる数百の魔矢対して私の選んだ術式がこれ。

一見すると悪手に見られても仕方がない。
さっきあの人の掃射を受けた際、私は手動によるシールドを張ってこれに対抗した。
今、発動している360度広範囲を護るバリアよりも局所的に力を集約して張れる後者の方が、部分的な防御力において高くなるのは当然の理屈。
その先の結果で、今の私のシールドは彼の魔弾を防ぎ切れないという結論に達した。
3本、4本であの結果なのだからそれは至極当然。
今現在、こちらに降り注ぐ凶刃は軽く見積もっても……その数100を超えている。
あんなのを場に留まって、シールドで防ごうとしたって無理だ。数に潰されるだけ。
それを、瞬間防御力では遥かに劣るラウンドタイプのバリアで受け止めるというのだから
さっきも言ったように悪手と言われても仕方のない選択だ。

そして更に私は、バリアの発生を全てデバイスによるオート――――
つまりはレイジングハートに発動の全てを委譲する選択を取った。
即ちオートプロテクション。
この機能は術者の知覚外の攻撃に対しても自動で働いてくれるというメリットを持つ。
反面、強度の調整や部分的圧力の供給など、術者による微細な調整が出来ないという欠点が浮き彫りになる。
つまりはカートリッジによる強化が出来ず―――張られたら最後、成り行きに任せるしか無いという事。
言うなれば素の防御力任せ。相手の攻撃力が勝っていたら……為す術もなく破られるしかないという状況だ。

ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク―――っ!

そうこうするうちに全力で張った円形のバリアに次々と―――敵の放つ殺戮の刃が突き刺さる!

「あッッッ、くぅ!」

やっぱり……キツいっ!!
全身を抉られるような衝撃に歯を食い縛って耐える。

私がデバイスに下した指示はもう一つ。
それは、BJの機能の全てを「ショック吸収」に当てるというもの。
衝撃緩和―――ショックアブソーバーのリミット限界までの強化だった。
あの人の攻撃をシールドで受け止めた際、私はその衝突のショックで情けなくも意識を刈り取られた。
今の私の体力じゃ、あの衝撃にすら耐えられない。 それに対するささやかながらの処置。
そのショック――一発だけなら、単発なら我慢できたかも知れない。
でもあの人は連打してくる。こちらが力尽きるまで。
その途切れない射撃を前に、例え攻撃自体を全て防壁で弾き返せたとしても
内部に響く衝撃で私の体内が潰されてしまう。 言うなればボディブローを延々と打ち込まれるようなものだ。
うわ……想像もしたくないよ…
そんなのに、とてもじゃないけど耐えられる自信が無い。
だからこれは少しでもその衝撃を殺し、意識を持っていかれないための苦肉の策

当然そうすると、ジャケットの他の機能は著しく低下する。
内部は守れても外部からの攻撃に対しては脆くなってしまう。
つまりはバリアが破られた際、その刃は一切の抵抗なく私の体に突き刺さると言う事になる。
まあ、でもこれはどっちみち……だね。 あの攻撃をBJの強度で弾き返すのは難しいし
それならいっそこういう極端な仕様もありかなって思ったんだ。

つまり要約すると今の私は……………
一秒持つかどうかも分からないオート作動のバリアと
耐久力ゼロの真綿で出来たクッションを着込んで、あの凶器の嵐の前に立っているという事。

一見すると無謀。無茶。自殺行為。
でもね、悪手は状況次第では妙手―――転じて最善へ成り得るの。

全ては後ろに控える騎士………セイバーさんを信じての選択だった。


――――――

それは確かに有り得ないほどのデチューンであっただろう。
己を守る事も弾き返す事も適わず、鎧すら脱ぎ捨てて、彼女は刃の豪雨に身を晒したのだから。

それでも今はそうするしかなかった。
全てを捨てて高町なのはは一つの機能として作用する事を選ぶ。
即ち一秒でも、一瞬でも良い。
自分たちに降り注ぐ全ての凶刃を「一時その場に留める」という、つまりは―――盾としての機能。

先になのはが宝具掃射を受けた際、なのはのシールドに無数の剣が突き立った様をハリネズミと証したが
今はもうそれどころの騒ぎではない。
まるでイガグリのように円形のバリアに突き立った剣山は見る者の総身を震え上がらせる程の惨状だ。

パリーーーーーーーーーーン―――――ッ!
無数の剣に晒されたバリアは結果、一秒を持たずして砕け散る。
当然の帰結だった。 そのバリアで男の攻撃を止められたのは一瞬。
あとは何の術も持たない術者に凶刃の雨が降り注ぐのは必定――――

だがその瞬間…………なのははバックステップ!
バリアの展開を全てデバイスに委譲した魔導士は
目の前の防壁が破られるタイミングに合わせて後方に飛び退る、その一点のみに神経を集中させる事が出来た。
当然、そんなささやかな回避行動で英雄王の魔矢から逃れられるわけがない。
攻撃範囲外まで跳び退る前に全身を串刺しにされるのが関の山。

だが、今まさに宝具が降り注ぐその位置に―――なのはと入れ替わるように疾風の剣閃が翻った。

「ッッッッッッ!!!!!」

ぎぃぃぃぃぃぃん―――ッ!
なのはの後方2、3mにて、彼女が押し留めた凶器を全て弾き飛さんと待機していた者。
「剣」としての役割を担った者がいた。

謂わずと知れた剣の英霊――セイバーである!


――――――

まさに視認を許さぬ刹那の連携であった。
両者の息が少しでも合わなければ、ラインがズレれば、スピードが合わなければ
決して成り立たなかった脅威のコンビネーション。

並走する両者が交わる度に「それ」は起こった。
1投必殺のはずの宝具の射出を完璧に防ぎ、打ち落とす。
一度に数十本単位で弾かれる英雄王の剣、槍。
その光景こそ異様――――蹂躙の牙を打破する神域の御技!

きっかけを作ったセイバーの判断こそ秀逸だった。
数多の戦場を無敗で駆け抜けた采配は微塵も衰えず
もし二人が先の優位にすがり、元のポジションでバビロンの一斉射を受けていたならば―――勝負は一瞬で決していただろう。
先の攻防にて最良のフォワードとバックとして機能した二人は今、ここで新たなる布陣を敷いていた。

つまりは―――最強の「剣」と無敵の「盾」である!


――――――

「お見事…」

「そちらこそ。 見事な手並みでした」

額から滴り落ちる汗もそのままに、肩で大きく息をしながら
互いのファインプレーに賞賛を送る両者である。

先の戦いでは倒すべき敵として同じように室内に雪崩れ込んだ彼女達が
今度は味方同士で明り一つない屋内にその身を移す。
そのまま相手の死角となるフロアの柱に身を潜ませる二人。

まるで綱渡りのような生還劇であった。
互いの類稀なるセンスと力量。そして運。
ありとあらゆる力が作用して今、曲がりなりにもあの英雄王を相手に戦線を維持しているのだ。

「とはいえ………」

そう、状況が依然不利なのは言うまでもない。
何とかバビロンの初撃を凌いだのは良いが、しかしそれで戦いに勝てるわけはない。
言うまでもなく戦いは攻めなければ勝てないのだ。
両者の顔にはやはり疲労の色が濃くなっている。
互いにベストコンディションに程遠い身での連戦。
当然、長期戦は不利―――

「セイバーさん…」

外の様子を伺いながら柱を背に並んで座る騎士になのはが話しかける。

「色々作戦を考えてみたんだけど……意見を聞かせて貰える?」

今、二人がしなければならないのは反撃。求めるのはその機会。
狭い柱に身を寄せ合うかのように身を隠し、肩や鼻先がぶつかるような距離での作戦会議である。
しかしながら生前……そしてサーヴァントになってからも
このように戦場において「対等の目線」で戦術を交わし合う事は実は初めての彼女。
不思議な感覚に戸惑うセイバーだった。

「あの………いいかな? 言っても」

「あ、え? は、はい……大丈夫です、ナノハ。」

「まずは………セオリー通りに攻める手なんだけど」

この状況―――
決して芳しくない戦況を前にまるで怯えない魔導士の表情。
そこに確固たる心強さを感じつつ、騎士はなのはの言葉に小さく頷く。

「セイバーさんはあの人と交戦経験があるの?」

「ええ。 過去において数度。」

「じゃあ、あのフルバーストのリロード時間とか弾数の大まかな数値とか分かるかな?」

「…………それを知ってどうするというのです?」

訝しげな顔を向けるセイバー。
対して少し俯いた後、はっきりと言葉を紡ぐなのは。

「うん。あれと打ち合う際の参考にさせて貰おうと思って」

「なっ……ゲートオブバビロンと打ち合う!? 正気ですかナノハ!?」

「無理すれば、ね。 拮抗させる事は可能だと思う。」

サラリととんでもない事を言われてあんぐりと口を空けるセイバー。
確かにこの魔術師の火力は凄まじいの一言だが―――
まさかアレと正面切って殴り合いをするなどという選択を下す人間がいるとは…

「だけど後が続かない。 当然、永久に撃ち続けられるわけもない。
 だから本当に全力全開の打ち合いになった場合、重要なのは………」

「どちらの弾が先に尽きるか、ですか?」

「もしくは途中で息切れするかだね。やっぱり射手の弱点は皆、同じだと思うの。
 ことに彼だってあれだけのフルバーストをずっと続けられるはずは無いし……
 相手の射撃の性能が少しでも分かれば、割り込んで何とか良い勝負をしてみせる。」

何と大胆な………
改めてこの魔導士の手腕と勇猛果敢な魂に驚かされるセイバー。
だが、しかし――――

「仮に相手のフルバーストを私のそれで相殺出来た場合……
 向こうは攻め手を失うけれど、こちらにはセイバーさんがいる。
 なら相当プレッシャーをかけられるんじゃないかな? どう?」

「ナノハ」

ここで騎士が彼女の言葉を遮った。

確かにセオリー通りの良い手段だ。
ガンナーの全門斉射は当然、目の前の敵に大打撃を与えるために使用され
求められる成果は完全撃破か、少なくとも6~7割以上の殲滅だ。
故にそれと拮抗される戦力が相手側にあるだけで―――その力は容易く相殺されてしまう。

今の敵の攻撃をほぼ無傷で凌げた事も彼女は考慮している筈。
あれほどの100発以上の一斉射撃。相当の弾数を消費しただろう、と。
あそこまでの規模の一斉射を何度も繰り出せるはずはないし
案外、今の攻撃で敵の魔弾の残りが怪しくなっているかも知れない。
セオリー通りならばカウンターのチャンスは案外近くに―――と、そういう意図で立てた作戦なのだろう。

「弾切れは――無い」

故に…………彼女の考えを一言で否定するセイバー。

…………………………
二人の間に沈黙。

言葉に詰まる高町なのは。
射手として生き、その道に精通する自分にとって
今、あっさりととんでもない事を言われた気がした。
微かに目を見張り、騎士の顔を見やり、確認の意を込めておずおずと口を開く。

「…………無い、の?」

「ありません。残念ながら」

「……………」

セイバーを眺める魔導士の顔に呆然としたものが混じる。
そんなバカな、という感情が瞳に宿ってしまうのも無理からぬ事。
どんなに燃費の良い兵装でも射撃である以上、打ち続ければ終わりが来る。
それが遠距離主体のセオリー……否、常識だ。
その弾切れが――――――無いなどと。
ならばあの頻度の射出攻撃を彼は永久に打ち続けられるという事になってしまうではないか?

「そっ、か………じゃあ、しょうがないよね」

再び思慮の姿勢に入る魔導士である。
そこで無駄に疑問をがなり立てて時間を浪費したりはしない。
騎士がこの局面で偽りの情報を出す筈が無いのだから、そこに疑問や論議を持ち出す必要性は皆無。
不可能となった案はきっぱりと切り捨て、頭を切り替えて望む彼女である。

(頭の良い人だ……)

戦士、将、そして参謀としても優秀に過ぎるその姿を見て
つくづく感嘆させられるセイバー。

「厳密には弾切れはあるのかも知れないが―――」

「え?」

そう、かのサーヴァントは有史以来の神話にその名を記されている宝具。
武具や防具。アーティファクトの類。その悉くを所持しているという。
その総数は1000、2000に届くかどうか、騎士に知りようもないが
それらを―――全てを使わせる事が出来れば、あるいは弾薬不足を誘えるかも知れない。

だが、冗談ではない………
どの道、あんなモノを1000発も撃ち続けられては
疲弊している二人が耐えられるわけがないのだから無為な情報以外の何者でもないだろう。

「――試してみますか?」

「……却下かな」

「賢明な判断です」

「だがナノハ。先ほどの策―――後半は賛成です。
 私が唯一、あの男に迫れるのが剣技……接近戦ならば活路を見出せる。 
 故に何とかあの男に近づき間合いを犯す、その隙を作れれば――彼とて打破出来る筈だ。」

いかなセイバーでもあの弾幕を正面から掻い潜るのは不可能。
だが近づいてしまえば――この剣の英霊の聖なる斬光を阻めるものなどこの世には存在しない。
ならば故に、ここで高町なのはの支援放火―――センターとしての才覚が求められる。

「結局はセオリー通りか………
 隙……弾切れが望めないなら正面から打ち合っても無駄。
 でもどの道、あの射出を止めない事にはお話にならない。
 なら、どこかでセオリーの裏をかいて行くしか無いんだけど…」

魔導士がふと――――窓の外を見る。

(今は………止んでる…)

辺り一面に空襲のように降り注いでいた爆撃――――
先程まで正視に絶えない地獄と化していた外は、今は取りあえずの落ち着きを見せている。

(トリガーを引いたからと言って永続的に降り続くわけじゃないんだ……
 発動=任意である以上、彼の思考の上を行く奇襲を決められれば、あるいは…)

「―――――いつまでコソコソと隠れているつもりか」

「「!!!!」」

思考に思考を重ねる魔導士とそれを見守る騎士の耳に
離れた距離をまるで感じさせない男の声が響く!
その外――――彼女たちの逃げ込んだ10数回立ての雑居ビル。
その見上げる建物を前に、黄金のサーヴァントが悠然と立っていた。

「ナノハッ!!!」

「っ……分かってる!」

空間がぐにゃりと歪む!
期せずして篭城戦の構図を描く魔導士!

(でも……どのくらい持つか…)

柱を盾にしつつ二階の窓からレイジングハートの砲身を男に向ける高町なのは。
その視界に再び広がる王の宝物蔵。 男の左右上空、あらゆる空間が歪み
そして浮かび上がる波紋の中から――――刃、刃、刃、刃、刃、刃刃刃刃刃!!!!

なのはが戦慄に震える身体を律するかのように短い吐息を漏らす。
その威容。その強大さはやはり何度目にしようと決して容易く受け止めきれるものではない。
あんなモノが永続的に続くと聞かされた後では尚更だ。

具現化した王の力は男の在り様そのもの―――
天上天下に我一人。 無限の宝具こそ彼の軍勢。
開放されたゲートオブバビロン第二陣。

闇夜に怪しく輝く真紅の目。
定めた標的は………既に決まっていた。
男の視線となのはのそれが合った瞬間―――彼女の総身にゾクリと! 特大の寒気が走る!!

………………

「ミスった……! 馬鹿だ私は!」

「メイガスッ!! 」

既に「それ」を感じたセイバーが魔導士に向かって叫ぶ!

「セイバーさん! 時間がないから要点だけ!
 まずセイバーさんが、、、それから、、!!!!!」

なのはが矢継ぎ早にセイバーに作戦を説明する。
彼女にしては珍しく焦燥感を隠そうともしない。
火急の事態での拙速な指示だったが、何とかその趣旨を理解する騎士。

状況は一刻を争う!
柱を盾にするかのような体勢で篭城の構えを見せていた二人は
直後、飛ぶように立ち上がり―――

出口の窓へと………全速力で走っていた!!


――――――

前の戦いの舞台となったメインストリート。
高層ビルが連なるように立ち並ぶ一区画は今や、見るも無残な瓦礫の山と化している。
その惨状は他ならぬ彼女達、高町なのはとセイバーが全力で戦った事による結果であった。
Sランク魔道士と英霊のぶつかり合いがどれほどの破壊をもたらすのか。
その力の前では巨大な高層ビルなど容易く灰燼と化す事を―――自らの手で実演して見せたこの二人。

そう――――建造物など、塵芥同然

ならば今、二人の前に姿を現した敵はそんな彼女らを遥かに上回る最強の英霊だ。
そのような反則を相手に古びた雑居ビルに逃げ込んで防衛戦を仕掛ける―――

あの総火力――
あの破壊力は――
こんな建物に篭もっての篭城など――

――― 何の意味も為さない ―――

篭城戦など成り立つわけが無い!
血が滲むほどに唇を噛む高町なのは。
この期に及んで敵の力を過小評価してしまった、最悪の判断ミス。

「闊破せよ―――ゲートオブバビロン」

歌うように王が号令を下した瞬間―――
鎌首をもたげる凶刃の群が標的としたのは彼女らの立て篭もる2階部分ではなく
10階弱、高さ40mほどの建造物………そのビル全体だったのだ!


――――――

かつて世界をも屈服させた英雄王のその力。
たかがビルの1フロアを吹き飛ばすに留まるはずがない。

闇夜に響き渡る轟音の中、その魔矢がコンクリートの外壁を
骨子たる鉄筋を、居並ぶガラス窓を次々と砕き散らしていく。
窓を突き破って屋内に撃ち込まれた宝具がフロアに着弾した瞬間
その蓄えられた魔力により爆発を起こし、階層を奮わせる。
各フロアはさながら手榴弾をダース単位で投げ込まれたかのような惨状に陥り
その骨子、支柱を内部から吹き飛ばした。
ゴゴゴゴ、という重低音は謂わばその建造物の断末魔の呻き。

この時、王の財宝の総射出の時間は僅か数秒。
その数秒を以って―――眼前の建物は、建物であるという条件を余さず砕かれ……倒壊。

雑居ビルはもはや原型も何も無い瓦礫の山と化していた。


――――――

「……我ら二人を燻り出すのに大仰な事だな」

黄金の殲滅者によってもたらされた破壊劇。
その惨劇から逃れ、二階の窓から身を躍らせた白銀の肢体。
セイバーが丁度、ギルガメッシュを正面に見据える位置に着地する。

騎士が元いた筈の建造物をチラリと見やる。
全壊だ。跡形も無い。
この大仰な破壊は全て男の自己顕示欲を満たすがため。
己の力を誇示するためだけの行いに他ならない。
彼女の言葉にも、知らずそれを揶揄する響きが篭ってしまう。

「不足であったか? 流石は豪胆なるかな騎士王よ。
 お前を迎えるに相応しい力を示してやったつもりだがな? セイバー」

「間違えるな英雄王……相手をしているのは二人。
 私と、ナノハ――異国のメイガスだ。」

「ああ―――そういえばいたな。そんなモノも
 姿が見えぬようだが恐れをなして逃げ惑ったか?」 

傲岸な物言いに騎士の目が細くなる。
パートナーを愚弄されて黙っている彼女ではない。

「残念だなセイバー。
 あのような取るに足らぬ小虫でも盾代わりには重宝したのであろうが?」

「彼女を甘く見ない事だ英雄王……ナノハは強い。
 私や、場合によっては貴方をも打破する力をその身に秘めている。」

「ク、クク、クククク――――」

この自分を、大いなる英雄王をあのような矮小な存在が倒し得る?
目の前の女のまるで冗談のような妄言に「勘弁しろ」とばかりの嘲笑を口に宿すギルガメッシュ。
しかしてそれに対し、フッ――――と、セイバーも嘲りの笑いを返していた。

「どうやら忠告は無駄だったようだ。
 何度、足を掬われようとその慢心をたたむ気はないと見える。
 もはやソレは呪いの域―――幾度と無くその身を犯し、業腹を煮やした頃には手遅れ。
 哀れなものだなアーチャー。」

英霊同士の舌戦が続く。
まるで相容れぬ二人の王の意地の張り合いは―――

「セイバー」

しかし男の一言で中断される事になった。
突如、愉悦の笑みの消えた顔で眼前の騎士を見る男。
逆鱗に触れたかと身構える騎士を前に―――

「お前は今―――何故、戦っている?」

唐突に……そんな疑問を投げかけていた。


――――――

「知れた事………この戦いを勝ち抜き、聖杯を手に入れ
 我が悲願を叶えるため――そのために私はここに召還に応じたのだ。」

すぐさまに問答を返す騎士王。
燐とした様相。 微塵の迷いの無いその言葉。
救国の騎士の思い描く願いは、今も昔も変わらない。

「セイバー…………何故、気づかぬ?」

だがそれを受けた英雄王の口調に異質の物が混ざる。

「己の言葉の矛盾に―――」

眉をひそめる騎士。
何か言い返そうにも言葉を差し挟めない。
常に傲岸不遜、余裕の面持ちを崩さない男がこのような態度を取る事事態が極めて異様。

「もはや思考の余地すら奪われているというのか?
 余興とはいえ、木偶人形と化したお前のあまりの醜悪さ―――正直、見るに耐えぬ。」

「また誑言か……? 口が回るのは結構だが―――」

「セイバー。 一つ問おう」

明らかに苛立ちを含んだギルガメッシュの言葉に戸惑うセイバー。
騎士の言葉を遮った男が、ゆっくりと一言一言を噛み締めるように―――

「我が足を掬われたというのは―――何時の話だ?」

――――――――――――今、核心を突いていた。


――――――

「……………………」

「我とお前が相対したのはこれで何度目か?」

「……………………え?」

最強の敵を前にしてその戦意を極限まで高めていたセイバー。
そんな彼女が――――呆けた声を上げてしまう。

「お前は何故、我が宝具………その全容を戦う前から識っていた?」

次々と浴びせられるギルガメッシュの言葉。
いつもの寧言と蹴り付ける事が出来なかった。
まるで呪言のようにセイバーの耳に入り込む。
それらが脳に入り、思考の楔に突き刺さり―――「ナイトの駒」を縛る枷を犯していく。


「――――お前は此度……何時の聖杯戦争に招聘されたのだ?」


戦場に揺ぎ無き姿で悠然と立つ騎士王―――剣の英霊、最強を冠するサーヴァントセイバー。 
だが男のトドメの言葉を受けた最強のサーヴァントは今、完全に………その思考ごとフリーズしていた。

「わ……私は―――」

焦燥の極みに堕ちたセイバーと、フンと鼻で嘲うような仕草を見せるギルガメッシュ。
その膠着した戦況を―――

「シューーーーーーーートッッ!!!」

50近い桃色のスフィアの爆雷音が切り裂いた!

「むっ―――」

「………!!!」

英雄王の傍観とセイバーの焦燥。
二人の間を支配する静寂をブチ壊す壮絶な爆撃!
それは闇夜の空から撃ち落とされる速射砲!
バビロンもかくやという規模で展開された高町なのはのアクセルシューターが英雄王に向かって降り注いでいたのだ!

「雑種の分際で王の会談の邪魔をするか!」

対話を中断された英雄王が怒りを露に頭上を見やる。
上空、白き法衣をはためかせ、縦横無尽に舞い踊る空戦魔道士の姿が―――

―――無い?

否、見えない?

夜空は暗闇にして曇天。 
その上空のどこを探しても、今の射撃を行った筈の魔導士の姿が無い。

「――――チッ」

小賢しい、と舌打ちする男。 その光景から状況を読み取るギルガメッシュである。
夜空に溶けるようにたゆたう雲の所々が散らされたように穴が開いている。
要は魔導士の姿は―――上空の遥かな上空。
浮かぶ雲の遥か上に舞い上がり、その上からの爆撃を敢行してきたという事だ。

そしてその攻撃に意識を引き戻された騎士の少女。
そう、この攻撃こそ英雄王を打破するために打ち立てた二人の連携、その合図っ!

「だあああああああああああっ!!!」

「ぬっ!――セイバー!」

なのはのシューターがその頭上に見えた瞬間
少女は止まっていた思考を戦場に戻し、騎士王の顔を取り戻す。

「―――凡庸な」

上と下同時に仕掛ける波状攻撃。
しかしその程度の急襲など男を脅かすに足らず。
英雄王の周囲の空間が歪むこと三度―――またしても空けられる王の宝物蔵。

ゲートオブバビロン第三陣!!!

空と陸から王を侵さんとする愚か者に対し、その蹂躙の刃が牙を研いでいた!


――――――

   まずセイバーさんが……出来るだけ正面からあの人の注意を引き付けて欲しいんだ…
   プレッシャーをかけるでも舌戦を仕掛けるでもいい。
   手段は任せるよ。 危険だけど、無茶をしない程度で。

   そして私が空からシューターを降らせるのが合図……
   それに合わせて正面から突撃!

――――――

ビルの崩落が始まる寸前に飛ばしたなのはからの指示。
それを彼女――白銀の騎士は忠実に守る!
魔弾発射からのタイムラグをほぼ感じさせない絶妙のタイミングで
火花が飛び散るかのような踏み込みを見せるセイバー。

だが、その両者に襲い掛かる王の財宝―――
無限の狂刃がセイバーの剣を、なのはの砲撃を悉く遮る!
今まで爆撃として降り注いでいた宝具の雨は地上のセイバーにはそのままに
遥か上空にいるなのはには凶悪極まる対空砲として、二人に微塵の反撃の隙も与える事は無かった。

あの宝具を前には空陸多方面攻撃など何の意味も無い。
攻撃……否、殲滅の有効範囲はまさに戦場全体に至るのだ。
多方面に展開しようと、その狂気の渦から逃げられないのは道理。
そのような事、既に理解していたからこそ二人は初期の前・後衛配置から剣&盾のシフトに変えたのではなかったのか?

地上のセイバーが突進を阻まれ、右に左に逃げ回る。
空に向けて撃った100連ロケットランチャーの如き宝具の速射砲が
王に迫り来るスフィアを残らず蹴散らし、上空の雲を突き破った。
その向こうで飛び回る魔導士への命中の程を知る術は無いが―――
男にとっては取るに足らない女が直撃を食らって堕ちようが、必死に逃げ惑おうが大して興味は無い。

王の意のままに破壊の限りを尽くすゲートオブバビロン。
その第三陣が陸と空を存分に犯し尽くした頃――蹂躙はようやく終わる。

宝具解放の余韻に浸る英雄王。
眼前は数多の剣が突き立ち、抉り尽くされた地上。
そこに目を向けた、その時―――――

男と対峙しているはずの騎士。
セイバーの姿が…………忽然と消えていた。


――――――

   正面から突撃!

   …………すると見せかけて
   適当な所でその場から離脱。
   もう一度姿を隠して欲しいの。

   つまりはフェイント。
   仕掛けるフリ。

   恐らく初めの急襲ではあの人の弾幕を破れない。
   あの人の予想を遥かに上回る決定的な何かをしない限り
   彼からクリティカルを奪う事は出来ない。

   だから………

   ――― 私が隙を作る ―――


   必ずセイバーさんに繋げる。

   だからセイバーさんはそれまで本格的に仕掛けず
   「その時」が来たら全力で隙を突いて欲しいの。

   大丈夫、任せて……

   やって見せるよ……絶対に!

――――――

NANOHA,s view ―――

「セイバー! いつまで遊戯を続けるつもりだ?
 姑息な策を労し、この我を前に姿を眩ませるなど――
 本来のお前の剣ではあるまい?」

苛立ちを露にして声を荒げる彼。
意識の大半はやはりセイバーさんに向いている。
敵として認識されたとはいえ――相も変わらず、あの人にとって私は戦力外。

「…………」

……………好都合。

無視してくれるんなら願ったり敵ったり。
奇襲っていうのは即ち、眼中の外からの一撃。
その状況を自分から作ってくれるなんて、これ以上望むべくも無い状況だ。

その緩みとも取れる行動は当然、彼を支える絶大な力あっての事……
私が何をしてきても正面から弾き返すという絶対の自信の裏付けなんだと思う。

(…………通用するのかな? 私の戦技…)

レイジングハートは何も言わない。
今、音声を出せば気づかれる。
そして私も微塵の身動きもせずに―――その瞬間を待つ。

静かに、ただ静かに息を整える。
やる事はいつだって一つ………

――― 全力でぶつかるだけ ―――

あの敵が、その視線が、離脱したセイバーさんの姿を求めて彷徨う。
そして「そこ」から完全に意識を外した今―――
私のいる位置こそ彼にとっては完全に死角!

(今だ…!!)

手の平が汗で少し湿っている。
その滑るグリップを握り直し、レイジングハートを起動―――

「……………ふぅ、」

呼吸と意識がシンクロしていく。
あの黄金の背中が、今……

―― 十数歩で届く距離にある ――

その「目の前」の強敵に対し――――

「……………たァっっっっっ!!!!」

その身を起こし、瓦礫を巻き上げ――

私は相棒の杖を両手に構えて敵に飛びかかっていた。


――――――

――――――

頑ななまでに高町なのはを「敵」と見なさない英雄王。
あのセイバーと互角の勝負を演じた彼女の実力が足りていない筈が無い。

それでも、だ。 男は魔導士を認めない。
それはこの世に不並の存在として生まれた彼のみが持ちえる、謂わば覇王としての傲慢な矜持。
天下に唯我独尊を体現する自身と比肩し得る存在とは即ち、我と同じ強大な王であるか。 
もとい我の思考に付いてこれるだけの精神の持ち主か。
いずれにせよ、その域にいないものが自分と同じ席に立ち同列に語る事など―――男は絶対に許さないのだ。

故に男の視界にあるのは未だに騎士王のみ。
ギルガメッシュが隠れたセイバーを探し求めて「それ」に背を向ける。
「それ」とは、二陣目の宝具開放で男が手ずから潰した―――

――― 雑居ビルの成れの果て ―――

もはや建造物の様相を留めぬ瓦礫の山以外の何物でもない
戦術的にも景観としても機能を果たさない、この場にあって全く意味のないモノ―――

―――であるはずだった。

だからその瓦礫の山の一区画が突如、爆発したように舞い上がり
そこから人影が宙に身を躍らせる光景を予想出来た者はいない。

「――――――」

ギルガメッシュも、待機していたセイバーも予想できない。

先ほどの魔導士の宙空からの爆撃―――
誰もが彼女は天高く舞い上がり、その身を雲の上に置いていると信じていた。
そんな空にいる筈の人影が、そんな所から奇襲を仕掛けてくるなど有り得ない!

(ナノハ……何時の間に…!)

どこかによりその光景を見据えていたセイバーも息を呑む。
彼女が未だ倒壊したビルの下におり、瓦礫と残骸にその身を埋めながら
遠隔操作で50近いスフィアのみを天空に飛ばして爆撃を行った事に彼らが思い至る頃には――
魔導士は己が行程の8割を、既に達成していた!

「ッッッッッッッッ!!!」

「―――――!」

あの一瞬で瞬発的に叩き出した高町なのはの戦術。
それがこの場にいた全ての存在の裏をかく。
気合を飲み込み、迫る魔導士!
向き直る英雄王の心胆にも微かながら驚愕が混ざる!

「ハエの次はモグラの真似事とは! ……つくづく卑賤な雑種よな!」

「ハエでもモグラでも好きに呼べばいいよ。
 それで勝てるなら安い物だから……!」

当然、Sランク魔導士の防護フィールドとて限界はある。
40mを超える建造物の倒壊。その瓦礫をモロに被っては高町なのはとて無事に済んだ保障は無い。
故にセイバーを窓から脱出させた際、なのはが向かったのは連絡通路。
A館~B館、本館~別館といった二つの建物を繋いでいる筒状の橋のようになっている通り道。
そこならばビル本館の残骸をそのまま被る事は無い。 降り積もる瓦礫とて知れたものだ。
その地点に目をつけた高町なのはは―――自分も脱出したと見せかけてそこに身を移し、雑居ビルの倒壊に自身を任せた。
体表面のフィールドを全開にして自ら生き埋めとなったのだ!

場所的に1フロア分程度の残骸しか落ちてこないとはいえ、その胆力はもはや20歳の女性相当のものでは断じて有り得ない!
そしてその戦技、華麗にして豪壮と謳われた彼女が、文字通り泥を被ってまで叩き出した戦果――決して軽いものではない!

「たああああああァァァッッッ!!!!」

高町なのは会心の奇襲。 もはや気合を内に秘める必要もなし。
裂帛の咆哮を上げて最強の英霊に迫るエースオブエース。
纏う術式はフラッシュインパクト!
ACSドライバーと並ぶ彼女最速の近接攻撃魔法だ!

「卑しいその身をこれ以上、我が眼前に晒す事は許さぬ!」

騎士もかくやという踏み込みに間合いを犯され、バビロンの内側に魔導士の侵入を許したギルガメッシュ。
まさかセイバーではなく遠距離主体の魔導士に踏み込まれるなどと男は思慮の片隅にも入れていなかった。
故にその怒りはいかばかりのものか。
尽きせぬ憤怒と共に彼が侵入者を討ち果たそうと蔵から取り出したのは―――
男の心象を象徴するかのような赤銅色の輝きを放つ長剣。

黄金の手甲に握られたその剣を鼻先にまで迫った魔導士に対して無造作に振るう。
途端、ゴォウ!!という空気を震わす烈風が巻き起こる。
それと同時に男の右手に握られた剣――その刀身が、膨大な轟炎に包まれたのだ!

「っ!!!」

炎の魔剣フレイム=タング――――
炎の魔神が地から湧き上がるマグマを以って鍛え上げたといわれる、火の属性をその身に秘めた宝具。
焦熱の波動が、男に突進する高町なのはの風になびく白い法衣、その全身を包み込む!

「フン―――そのまま炭になるがよい! 雑種ッ!」

悠然と吐き捨てる英雄王。
僅か一薙ぎ―――男の懐を脅かす事に成功したかと思われた矢先の残酷なまでに呆気無い瞬殺劇。
その城壁は高く、途方もなく高く。 王の懐は深く、あまりにも深かった。
男の無尽蔵の宝物蔵。
中から取り出されたまさに灼熱の炎が空間を焦がし、王の領域を脅かした不埒な輩を火刑に処したのだ。
その一振りに確かな手応えを感じつつ、自身の手を煩わせた者に対する憤りを一先ずは晴らすギルガメッシュ。

―――燃え盛る炎
―――あらゆる生き物を燃やし尽くす地獄の爆炎

その只中―――

「―――何、?」

白き翼を羽ばたかせ、直進する者の姿を認めるまでは!

烈火の波動に包まれた空間の中央にボッ!という音と共に穴が開いた!
大気を纏って姿を現すは空のエース!

(炎の剣……でも、これならシグナムさんの攻撃の方が激しかったよ…!)

燃え盛る炎は彼女の翼を灰にする事かなわず。
ブスブスと法衣の裾が焦げてはいるものの、BJの耐熱、対環境適応機能が爆炎を遮る。
魔剣の火炎など物ともせずに突き進み、男の迎撃を退けてまた一歩―――王の間合いを犯す高町なのは!

「まずは、一撃!!!」

さあ、近接戦だ。
滑空により男の頭上へと舞い上がり、レイジングハートを振り上げ叩き落す魔導士。
期せずして射手―――アーチャー同士の至近距離の殴り合いと相成ったこの戦況。

「こ、の―――無礼者がぁッ!!!」

それは英雄王にとっては許されざる屈辱だ。
手に持つ炎の魔剣を目の前の女に叩き付けるギルガメッシュ。
その瞳に初めて、彼女に対しての明確な殺意が灯る。
なのはの杖とギルガメッシュの剣がその宙空で激突し――金属と魔力の衝突音が辺りを振るわせた。

「えええいっ!!」

「雑ァァッ種ゥゥ!!!」

打ち合いの強烈な反動。
そして鍔迫り合いによる相手の膂力が伝わってくる。
手首から肩、そして全身にまで至る負荷に歯を食い縛って耐えるなのは。
魔導士の攻撃は魔力に拠る場合が多いとはいえ、やはり肉弾戦で男の戦士をねじ伏せるには彼女の腕は細すぎる。

(でも、セイバーさんほどじゃ……ない!)

だが、そう。 先の剣の英霊の斬撃に晒された彼女にすれば男の剣とて安いもの。
打ち倒す事は至難でも、最悪この鍔迫り合いを拮抗させるだけでも良かったのだ。
男の打ち込みは膂力こそなのはを上回るものの、とても術技立てられた剣技とは程遠い。
1000を超える戦歴を戦い抜いてきた高町なのはならば十分に裁ける攻撃だ。

相手の赤く光る剣を目の前に拝んだまま―――
そしてそれよりも真紅に光る相手の瞳をキッと眼前に見据えたままに彼女は高速で術式を編み上げる。
自分の役目を完遂するために。パートナーに繋げるために!

「ハ、――――」

だが―――――――その時、

なのはの杖と鬩ぎ合っていた男の右手剣。

それを持たない左手が――
突如、虚空に現れた波紋の中にズブズブと入っていくのだった。


――――――

「!!!」

なのはの目が見開かれる。
曲がりなりにも拮抗していた力比べの最中に取った相手の行動。
示す意味はただ一つ!

(新しい武器!?) 

総身に戦慄を走らせる高町なのは。
そんな危惧の通りに男は自身の所持する無尽蔵の財宝から新たな宝具を取り出す。

しかして、なのはの眼前に現れたそれは―――紅く怪しく輝く長槍だった。

期せずして魔剣と謎の長槍の二刀流となった男。
生粋の騎士ならば今の隙に相手の剣を跳ね上げ、一撃を入れることも可能だっただろう。
だがそこはやはりアウトレンジ主体の魔導士の悲しさだ。 技量があと一歩追いつかない。

(どう、しよう……!?)

相手が二刀になった。
当然、左の長槍が間を置かずしてこちらの身を貫きに襲ってくる。
だが相手をここから移動させるわけにはいかない。 この拮抗を崩すわけには行かない!
思考が許された時間は一瞬―――そして時を置かずして襲い来る長槍の一撃!

(バリア……ここは耐え切る!)

槍は本来こんな近接戦で、しかも二刀流の一刀で使う武器ではない。
相手の利き腕がどちらかは分からないが
どちらにせよ間合いを違えた片手持ちの槍などで大した打突力は望めない。
ならば槍はフィールドとBJの強度で凌いで、この力比べをフルブーストで一気に押し切る!
そして相手の攻撃が――――

「っ!!?」

――――その穂先が眼前に迫った………刹那

なのはの心胆に絶対零度の如き寒気が走った。

ヘビが獲物を飲み込む際に見せる双眸―――不気味な光沢を放つ瞳
それは相手の目を間近で見たからだった。

魔導士を苛む特大の悪寒。それは紛れも無い死の予感。
敵の意識がどこにあるか? 敵の力点がどこに集中しているか?
その真実に、彼女は「貫かれる」瞬間に気づく!

(本命は―――左ッ!? しまった!!)

男が紅き長槍をこれまた無造作に突き出す。
体重も乗っていない。腰も入っていない。 手打ちもいいところの打突だ。
こんなもので相手を、それも高い防御を誇るなのはのBJを抜けるわけがない。
にも関わらず、全てを理解した高町なのはが炎の魔剣との力比べを放棄し
単にその場で突き出しただけの槍を、身を捻って避ける。
しかしてその槍の先端が、半身になったなのはの胴体を掠った瞬間―――

「くっっっっ!!??」

魔導士、高町なのはを襲った驚愕こそ埒外!
彼女をして焦燥に落とし込む有り得ない事。 信じ難い異常事態。
男の繰り出したその槍の穂先が掠っただけで
取るに足らない筈の攻撃の一体、何がどう作用したのか?

とにかくその攻撃がなのはの身体を保護する重装甲の鎧。
彼女……否、ミッド式魔導士の生命線とも言うべきBJを粉々に破砕――
いや、強制的に解除させていたのだ!

飛散する白いBJ。 
その飛沫が宙に飛び散り、桃色の魔力の残滓となって空気に溶ける。
空中に身を浮かせながら唖然とするなのは。
その惨めに狼狽する顔を見やり、フンと鼻で嘲うギルガメッシュ。
その男の左手に光る赤き魔槍こそ―――

破魔の紅薔薇・ゲイジャルグ―――
突いた対象のありとあらゆる魔術的要因を強制的にキャンセルさせる宝具の槍だ。

かつて第四次聖杯戦争にて槍兵のクラスを務めた英霊―――
ケルトの英雄、フィオナ騎士団。 二槍の豪傑ディルムッドオディナ。
彼の持つ宝具――その原典であった。


――――――

鍔迫り合いに負けたなのはの鎖骨付近に、男の右手に携わった灼熱の魔剣が押し込まれる。

「ッッッ!!?  きゃあッ!!!!!」

その熱気に苦悶の声を上げる高町なのは。
デバイス一本を隔てた先に迫る業火の刀身。
まともに身体に押し付けられれば大火傷では済まない。
凄まじい熱気にチリチリと、前髪の先端が焦げる。

「く、く……ふっ!!」

鎧を破壊され、拮抗を崩された。
甘く見たなどという事は決して無いが、相手の剣技が自分でも何とかなると見越した
その安直さが招いた結果に彼女は歯噛みせずにはいられない。
中空に位置したまま、なのはは二刀を打ち込まれた衝撃に逆らう事無く反転。
体を入れ替える形で男の二刀から逃れるも―――英雄王の目の前にその身を完全に晒していた。

ギルガメッシュのクロスレンジの力量がセイバーに及ばない事は事実。
ならばそれを前提に男に近接を仕掛けた高町なのはの判断は―――半分正しくて、半分間違っていた。
確かに「技量」の面で語るならば彼女と英雄王が切り結べない理由は無い。
だがセイバーと英雄王がクロスレンジで相対した場合、時にその騎士王さえも近接で捻じ伏せられる場合がある事を……魔導士は知らなかったのだ。

力量や技が及ばない……? 否、王にそのようなものは必要ない。

次々と繰り出してくる己が所持する武装の数々。
それこそが小手先の技術や技量を凌駕する男の最大の武器。
王の蹂躙―――英雄王ギルガメッシュであるが故の戦闘スタイル。
その威力。バリエーション。特殊効果。
無尽蔵に繰り出される凶刃は、忘れてはならない。 その全てが伝説の宝具なのだ。

打ち負かされ、完全に宙に「浮かされた」形になった魔導士に男のトドメの一撃が迫る。
持っていた二本は既に手から消え、黄金の手甲に収まるは新たなる三本目。

原罪=メロダック―――
メソポタミアの最も偉大な創造主という地位を、まさに強奪する形で奪った罪深き神。
その名を冠するこの剣は、選定の剣=カリバーン。
そして支配を与える樹に刺された魔剣グラムの原型となった宝具である。

殺傷能力などという秤で語る事自体、おこがましい程の威力を持つこの剣が
鎧を剥がされた目の前の魔導士―――そのか細い肢体を斬り伏せるのに不足などあろうはずもない!

「……っ!」

投げ出される形で宙に浮かされたなのはが剣を構える男を見る。
バリアブレイク? それともキャンセルか? いずれにしても――

(驚いた……何でもアリだ、この人。
 もう少し何とかなると思ったけど……仕方が無いっ!)

相手が歪な光沢を放つ剣を片手上段に構える。
空に身をおけばセイバーの攻撃すら捌く高町なのはだが、彼女とてこんな状態で敵の攻撃を食らえばひとたまりも無い。
剥き出しの胴体に剣を叩き落とされ、上半身と下半身が永遠の別れを告げる。
その結末を阻める手段が―――

(強引極まりない方法だったけど……今はこれしか思いつかないっ!)

―――たった今、編みあがる!

「バインドッ!!!!」

目をカッと見開いたなのは!
今まさに彼女の体に刃を叩き落そうとしていた英雄王に高出力のリング型バインドを叩き込んだのだ!

その四肢を拘束する手錠の如き拘束魔法は、なのはの使える捕縛型術式の中でも強度においては屈指のものだ。
しかも一度目と違い、近距離で十分な魔力を以って編み上げた渾身の手錠。
それがトドメの一撃を振り下ろそうとしていたギルガメッシュの手足を拘束し、男の動きを止めていた。
近接において英雄王に無尽蔵の宝具のバリエーションがあるのなら、高町なのはにはその拘束術式がある。
彼女を相手に足を止めて打ち合えば、その一撃を見舞う前にたちまちのうちに必殺のバインドで絡め取られてしまうのだ。

「我に枷など無駄だと言うのが分からぬか――」

だが男は全く動じない。
まるで小虫がまとわり付いてくるかの如き抵抗―――
我が滅びろと命じたというのに未だ卑しく足掻き続ける雑種。
その姿を前に英雄王の憤りは頂点に達していた。
ビキ、とその表情が怒りに染まり、両手足に巻きついたリングに一秒と持たずにヒビが入る。

「せめて痛みを感じさせずに逝かせてやろうという我の温情を仇で返す不逞の輩よ。  
 そこを動くな―――もはや貴様には苦痛の伴わぬ処断が下される事は無いぞ!」

殺気だけで人を殺せる人間がいるとするならば目の前の男はまさにそういうモノであろう。
心胆の弱い人間がその気に当てられれば、本当にそれだけで心臓が止まってしまうかもしれない。  
そして、そのバインドが破られれば今度こそ高町なのはの運命は決する。
立て直すには少し遅い。 砲撃も間に合わない。
無防備な肢体に一撃――それで彼女の人生は幕を閉じる。

「…………」

だが―――そうはならない事を彼女は知っている。
もはや男の恨み辛み事など何の意味も無い。

勝敗は…………決した。

不恰好で、がむしゃらで、手段を選ばなくて、一人を相手に二人掛かり。
卑怯と蔑まれても仕方が無い。
それでもこれは生き残るための最善の措置。

「今ッ!! お願いッ!!!!!!!!!!!!!」

不意に襲ってきた暴漢に遠慮をする事は無い。
なのはの絶叫が闇夜に響き渡る!
自らの役目を果たした魔導士があらん限りの声を振り絞って叫んだそれこそ――

彼女のパートナーにバトンを渡した合図であったのだ!


――――――

陽動。援護。霍乱。奇襲。そして―――撃破。

二人が交互に波状攻撃を行い、相手の城壁、弾幕を一枚一枚剥ぎ取っていく。
基本をひたすらに踏襲した謂わばド直球の正攻法。
策と言われるほどに複雑なものでも神掛かり的な戦術でもない。

だが、ここに並ぶは互いに無敵と称された騎士と魔導士だ。
戦技、術技を極め尽くした者の正道は時に、他のあらゆる策を凌駕する。
まさに身体全体を叩きつけるように敵に挑みかかり見事、敵の動きを封じる事に成功した高町なのは。
職業柄、相手を捕縛するのはお手の物の彼女だが、今回の相手は骨が折れるどころの騒ぎではなかった。
受身すら犠牲にしての身体ごと叩き付けた全力の物取りは、BJを壊された事でクッションによるリカバーも望めない。
その身が今、落下に任せて地面に強打する。 

「うッッ、………!!」

背中を強烈に打ち付け不自然な姿勢でアスファルトに落着した魔導士。
その全身に痺れが走り、衝撃に咳き込む。
無敵のエースがここまで形振り構わずに敵を束縛する事に全てを注ぎ
それでも稼げた時間は僅か一秒足らずであろう。
憤怒に染まった黄金の王が戒めを振り千切り、いとも容易く束縛から逃れようとしている。
連戦で痛んだ身体に残り少ない魔力。 今の彼女にはこれが精一杯。

そして――――これで十分!

己を出し切り、その身を地に横たえる痛々しい姿の高町なのは。
視線は今まさに自身に迫る眼前の英雄王の姿を―――ではなく………その後ろ!
彼女の喉から振り絞るような合図を受け、まるで四足歩行の獣の如く
極限まで力を溜めて場に待機していた剣の騎士に向けられている。
白銀の肢体が今、爆散したかのように弾け―――
セイバーが宿敵、英雄王ギルガメッシュへと踏み込んだのだ!

何度も飛び出しそうになった。
途中で二人の間に割って入ろうかと身を起こしたのは2度や3度ではない。
あの白い法衣姿が炎に包まれた時。 破魔の紅薔薇に脅かされた時。

   必ずセイバーさんに繋げる

だが出会って間もない相棒は力を灯した瞳で、鋼の意思を込めた言葉で自分にそう約束した。

   やってみせる……絶対に!

ならば誇り高き騎士として、戦場に立つ戦士として
その言葉を受けた以上、彼女を信じられなくて何がパートナーか?
故に奥歯が砕かれる程に歯を食い縛り、血が滲む程に剣の柄を握り締め
己を抑え、そして訪れた機会。 魔導士が命を賭して稼いでくれた絶対の勝機!

―――速く! より速く!!!

抑圧に抑圧を重ねた肉体と精神がセイバーの身に光に比するかの如き突進を敢行させる。

「―――! セイバァァ!!」

今宵、最大となる自身の窮地を察した王!
魔導士を仕留めようと進めた歩を止め、後方に向き直る!
右手に携えたメロダックはそのままに、今まさに眼前に迫り来る剣の英霊に向けて王の財宝の扉を開け放たんとする!

「爆ぜよ―――」

そしてそれよりもなお速く、セイバーが聖剣に纏う風を爆発的に開放。
風王鉄槌=ストライク・エアを自身の後方に打ち出したのだ!
吹き荒ぶ暴風は神速じみたセイバーの踏み込みを超神速の域にまで高め
英雄王がその宝具のトリガーを引く……否、その反応すら許さずに―――
一気にその決定的な間合いにセイバーの進入を許す。

ギルガメッシュが飛び込んできた騎士の体を薙ごうと原罪の剣を振り回す
しかしてそんなものは今更問題にはならない。
少女は風の加護を受けた踏み込みの勢いを全く殺さずに、英雄王のチェスト部分に肩口ごとブチ当たっていたのだ!

「ぬ……ぐ、―――!? おのれぇ!!!」

黄金と白銀の鎧同士が激突する凄まじい金属音が辺りに木霊する。
その衝撃で右手の剣を弾き飛ばされ、後方に数歩たたらを踏む王。
怒りと共に何とか踏み止まった体。 その足―――黄金の具足を………
セイバーの銀の具足が渾身の力で踏みつけたのだっ!

「なっ!? 一度ならず二度までもこの我を足蹴にッ!!」

「足蹴で済ます気は無い! 貴様はここで果てろアーチャーッッッ!!」

まるで掘削機のように両者の足がアスファルトにメリ込む。
猛るセイバー。 近づきすぎてその距離は本来の騎士の間合いではなかったが、十分だ。
あの黄金の鎧を一撃で断ち切るのは中間距離からの薙ぎ払いが望ましいが、元より男を一撃で倒せるなどとは思ってはいない。
その金の鎧を確実に砕き、男の身に刃が届くまで50連斬、100連斬――
力の続く限り神速の剣を叩き込むつもりだった。

乱打戦になれば自分も相手の宝具を食らうだろうが、構わない。
ハルペーの鎌でも竜殺しの原点でも好きなものを抜けば良い!
心臓と頭以外、どこなりとも抉れば良い!
その代わり剣の英霊の名にかけて――――戦友の作ってくれた必勝の機会を潰させはしない!

その確固たる意思が具現化するかのように少女の全身から立ち昇る。
まさに肉を斬らせて骨を断つ。
それは絶対に逃がさないという騎士の少女の意思表示。
ギリ、と噛み締めた歯の擦れた音が、その無限の剣舞の―――開始の合図!

完璧に英雄王の懐に入ったセイバーがその黄金の鎧に今………一撃目を振り下ろすところであった!


――――――

「………セ、セイバーさん…」

魔剣の炎に苛まれ、地面に投げ出された魔導士。
見事な御業で必勝の道筋を示した彼女であったが、無傷というわけにはいかない。
その身体の痛みに小さく喘ぐ。

(勝った………)

だが、これで終わりだ。
酷い有様ではあったがとにかく生き抜いた。
地面に尻餅を付いて倒れ付す体を何とか起こし――決着の瞬間を見やる彼女。

射手にとっては絶死の間合いとなる距離を完璧に犯したセイバー。
少女の腕前はなのはとてよく知っている。
あの距離で彼女の剣戟を凌げるはずが無い。
その刃が男の肩口に叩き込まれ、打ち伏せられる光景が彼女の視界にゆっくりと入ってくる。

……………………

そこで――――――

時間が…………止まった。


――――――

騎士の斬撃が男の身体に届くその一歩手前の光景だった。

(…………)

その光景を初めは正しく認識出来なかった魔導士。
もしかして自分は気絶したのか?と、彼女に呆けた誤認を与えたそれは――

   止まるはずの無い騎士の動きが止まり

   阻まれるはずの無い剣が男に叩き込まれずに空を彷徨い

   そして―――

(…………………え、?)

地面に埋まった騎士王と英雄王の片足がアスファルトからズブズブと抜かれていく――そんな光景だった。

動きを封じていたはずのセイバーの足がみるみると持ち上がり
下になっていた金の具足が少女の足を無造作に蹴り剥がす。

(………!?)

時間の止まった光景で、静止した視界の中で、動けないはずの両者―――
その片方だけが自由に動いている?

(あ……あれ…?)

そんな違和感に途轍もなく不吉なモノを感じ、魔導士の肉体に無理やり力が灯る。

「ぐっ、……!」

だが一歩のところで体が軋む。
あのサーヴァントとの斬り結び合いは決して軽いものではなかったのだ。
覚醒した意識は身体機能を、その痛感神経をも覚醒させ
己の負った大小様々な負傷による激痛を呼び覚まし、なのはは苦痛に顔を歪ませる。

「な、何で……!?」

だがそんな事はもはや蚊帳の外だ。
懐疑の声を上げるなのは。 その視界に移るは――――
勝利に繋ぐ連撃を繰り出す直前で何かに阻まれ、止まっている騎士の剣。

そしてその目の前、何事も無かったかのような様相で自身の所持する王の蔵に手を入れる英雄王。
魔導士からは死角になってよく見えない少女のその全身に――――手足に。首に。胴体に。

無数の鎖が…………巻き付いていたのだった。


――――――

今や状況を完全に把握した魔導士の顔が見る見る蒼白になる。
痛む体に火を入れて無理やりに立ち上がるなのは。

「セイバーさん……!!」

焦燥を孕んだ声でパートナーに呼びかけ、その場に駆け寄ろうとする。
そんな彼女よりも三間は離れた地点で対峙する騎士王と英雄王。
決めの一撃を阻まれたセイバーが驚愕の声を上げていた。

「こ、これは………!?」

「ああ―――そういえばお前にコレを見せるのは初めてであったか」

自身に巻きつき自由を拘束する夥しい数の鎖。
全身を締め付けるように四肢を捕らえたそれが彼女の首や間接を圧迫し、セイバーは苦悶に顔を歪ませる。

「なに。神性を持たぬお前にとってはソレは大した脅威にはなり得まい。
 その気になれば容易く引き千切れようが―――」

相も変らぬ余裕の笑みを称えて言い放つギルガメッシュ。
騎士王の突進を阻んだものこそ―――天の鎖エルキドゥ。

かつて天の牡牛を拘束したとされる黄金の鎖。
神をすら殺す暴君として君臨した英雄王ギルガメッシュの持つ、世界でも数少ない対神宝具の一つ。
言葉の通り、相手の神性が高いほどにその拘束力も高まるが
神性を持たぬ者、薄い者にとっては少々頑丈な鎖でしかない。

「はッ! あああァァァ!!!!!!!」

故にギチ、ギチギチ――!と、その体に鎖が食い込むのを一切構わず
渾身の力を込めて束縛から逃れようとするセイバー。
するとミチミチと黄金の縄が軋み千切れてゆく。

「そうだ――――足掻け。我を愉しませよ!」

だが―――――遅い。

嘲り笑う英雄王。
全ては眼前の男の手の上だった。
それは己を窮地に陥れた小賢しい策に対する、謂わば意趣返し。

目には目を―――相手の全身全霊の攻撃を全て、その力で受けきり、自分のされた事を余さず返す。
まさに強大な王として君臨した男。 人類最古の英雄王の戦の姿そのものだ。

「ぐっ……アーチャー!!」

怒りと屈辱に染まった白銀の騎士王が戒めを振り千切ろうと目の前でもがく。
必死の、そして無駄な抵抗。
それを愉悦と共に眺めるギルガメッシュが王の蔵から一振りの剣を取り出した。

まるで罠に嵌った獣のように必死に鎖を振り解こうとする少女。
しかしてその目が…………

その剣を見た瞬間――――

彼女の全身が――――硬直した。


――――――

暴竜のように暴れる体は完全に停止し
強張った肢体は有り得ない程に弛緩し
まるで呆けているような視線を男の持つ剣の刀身に向けていた。

「…………………、」

呆然と、剣が振り上げられるのをただ見ている騎士。
その様相を満足げに眺める男が舐めるように言い放つ。

「手癖、足癖の悪さは相変わらずよな―――ふむ、思い出したぞセイバー。  
 行儀のなっていないお前に相応の躾を施してやると賜ったのは我であった。」

鎖に動きを封じられ、何故か抵抗をも止めてしまった騎士。
無防備な身体に今まさに英雄王の凶刃が降りかかろうとしている。

「駄目ッ! セイバーさ……避けてッッ!!!」

あらん限りの声帯を振り絞り、パートナーに向かって叫ぶ高町なのは。
残った力を総動員して飛び掛ろうとするが、遅い。
少女を助けに向かおうとする体はしかし事態を打開するには離れすぎていた。

そしてこの戦いの全てを終わらせる男の一振りが……
あまりにも無情に―――振り下ろされる。

―――――――ざむ、…………

間の抜けたような、あまりにも呆気無い音が―――

「セ、セイバーさんッッッッッ!!!!!!」

肉を切り裂いたその陰惨な音が魔導士の絶叫に掻き消された。

高町なのはの目の前で、抵抗の出来なかった小さな身体が鎖ごと断ち切られ―――宙を舞う。

その力無く舞い上がる様はまるで糸の切れたマリオネット。
地に伏す事など想像も許さない――そんな見事で、豪壮で、華麗な銀の甲冑を着込んだ
穢れを払うかのような強く美しい騎士の少女。

最強の剣の英霊・サーヴァントセイバーが男の凶刃にかかり、今ここに………果てた。


――――――

その絶望の光景を、極限まで見開いた眼で視界に焼き付けた魔導士高町なのは。

届かない手。 間に合わなかったその身。
まるで最前列に位置する席で舞台を鑑賞していたかのような希薄感。
あまりにも自分の力の及ばぬ所で全てが決まってしまった―――
一部始終を見終わったその顔が下を向く………

(フォロー……出来なかった…)

最後まで希望を捨てる事のない彼女をして絶望を感じずにはいられない光景。
あれは致命傷などという生易しいものではない。
完全に―――――即死。

(助けられなかった………………)

ワナワナと震える腕。 拳を掌に爪が食い込むほどに握り締めている。
目の前でパートナーを死なせてしまった――――
自身と誰かを守るために己を鍛え続けた、そんな彼女にとって最も受け入れ難い結果。
爪が剥がれる程に地面に爪を立て、血が滴り落ちる程に唇を噛み、その虚脱感、悲しみに耐えるなのは。

やがて尽きせぬ悲しみと共に、剣の英霊の仇である男の姿をキッと睨みつけようと頭を上げる――――その前に

ズシャリ――――、と………耳に、鎧の擦れる音が響いたのだ。

「…………え…?」

戦意新たに視線を上に上げ、彼女はそのまま呆然とした表情のままに固まった。
その光景を前に二の句が繋げない。

先程の鎧の擦れる音。 
初めは男がトドメをさそうとこちらに歩みを進めたものかと思った。
だがそれは敵の発したものではなかった。
黄金の王はその場を一歩も動いておらず、今の音を発した主を前に悠然と佇んでいる。
その主―――銀の甲冑に身を包んだ少女セイバーが、まるで何事もなかったかのように立ち上がっていたのだ。

(無事……? 本当に…?)

暗転した思考に尽きせぬ光明が差し、そして諸共に疑念を沸き立たせる魔導士の思考。
宙に投げ出され、地面に倒れ付して、僅か数秒でハネ起きた?  あの即死級の一撃を食らって?
まるでちぐはぐな光景を前に必死に接合性を求めようと思考を巡らせる高町なのはの脳が―――

―――――――今、完全に凍りつく……!


――――――

それは騎士と目があった瞬間―――騎士の表情を見た瞬間だった。

(セ、セイバー、さん………?)

異空間に飛ばされ、戦闘に巻き込まれ、不測の事態に散々振り回されても揺らぐ事の無かったその心胆が
今宵この時、最大の困惑に苛まれる。
何か得体の知れないモノを見てしまったかのような、なのはをしてその思考をフリーズさせたもの。

それは今の騎士の少女の表情だった。

爽やかな春の日差しと涼やかな秋の風を内包したような面持ち。
その身に陰を落とす事など許さぬほどの輝きを発しながら、決して己が光で周りを焼く事はない。
激しさと柔らかさを同時に持ち合わせたかのような騎士の姿に、魔導士は極めて深い親近感を抱いていた。
それは彼女にとってそうありたいと願う理想の姿であり
なのは本人はまるで気づいていないだろうが自分に限りなく近しい存在でもあった。

だからこそ―――騎士の今の様相を見た彼女の動揺は計り知れない。

美しく爽やかだった少女の、まるで能面のような貌がそこにあった。
幽鬼のように佇む姿には、感情がなかった。
薄緑の瞳は瞳孔が開き、何ら生命を感じさせる光がなかった。

その健康的な頬からは一切の血の気が引き、戦場を覆うようなその戦意。気勢。存在感。
全てが消え失せたかのような、そんな貌をしていた。
こんな表情を高町なのはは数えるほどしか見たことがない。
常人に比べ遥かに激動の人生を送ってきた彼女をしてそう思わせるソレは、紛れもなく―――  

「その剣を………私に向けるか――英雄王」

やおら突然に騎士が口を開く。
まるで人工知能のように無機質な音―――
鈴のようだったその声がまるで錆びた鉄のような声色を紡ぎ出す。

「ク―――言ったであろうがセイバー。 これは躾だと。
 ことにお前を打ち据える鞭としてこれほど適したモノもあるまい?」

口元を引きつらせるように嘲う男。

だが、その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
男の愉悦に満ちた言葉が終わるその瞬間、騎士の姿が―――――

「っ!!??」

―――掻き消えた!?

横で見ていたなのはが騎士の姿を完全にロストし
細く鋭い銀の光の線―――そうとしか思えない何かがフィールド上を駆け抜ける!

神速、魔速と言葉で飾る事はいくらでも出来よう。
だがその驚愕の踏み込みを言葉で表すには、どのような言語も不足に過ぎる!
まるで瞬間移動じみた動きでギルガメッシュの眼前に現れたセイバー。
その落雷の如き一撃が、決して届かなかったその剣が―――

(なっ……速っ…!!)

あまりにも容易く! 男の黄金の鎧に深々と叩き込まれていたのだ!

「ぬ、うッ―――!」

ガォォォン―――、!という、もはや金属音ですらない衝突音が響き渡り、万夫不当の英雄王が後方に弾かれる。

「―――ハ、ハハ!」

不適に笑う男。
だがその一撃は彼を包む鎧のショルダー部分を完全に吹き飛ばし
男の左肩が初めて空気に触れたように露になっていた。

「そうだセイバー。 ――――それがお前だ」

傍から見ても明らかなクリティカルヒット。
剥き身ならば肩の骨が砕け……否、抉れて無くなっていたかも知れないほどの。

「その力の! 輝きの! あまりの強さ故にっ!
 誰からも理解されず誰の心も汲み取れず、孤高の剣であり続けた―――
 一人で戦い続けた! 背負い切れぬ業を背負い続けた!!」

揺るがぬままにその口を紡ぐ男。
それは上から悠然と見下ろすような、今までの言葉とは何かが違っていて―――

「お前を受け止められるのは我だけだ」

まるで親愛の情すら含んだ言葉であったのだ。

しかしてそれに半比例するかのように―――目の前の騎士の少女にも変化が訪れていた。

表情の無かった騎士王の双眸に灯るのは………狂おしいまでの憎悪。 純然たる殺意。
あらゆる負の感情が清楚にて可憐な少女のその顔を染め上げていく。

「お前を手中に収められるのは我だけだ」

耐え難い、あまりにも耐え難い。
聞きたくない。 この男の声をこれ以上―――

――― その耳に入れたくない ―――

ぐるぐるとかき回され煮えたぎる少女の感情は、次第にその楔を
生なる者の安全弁ともいうべきリミッターを外していく。

「見せるがよいセイバーよ!
 その枷を解き放ち、有象無象どもに示すがよい!
 お前を――英霊を――その如何ともし難い存在の違いを!」

それは果たして「誰」に対して言い放った言葉であったのだろう?
セイバーか。 なのはか。 それとも……
だが少なくとも目の前の少女にはもはや、そんな言葉の端々すらも聞こえていないに違いない。

緑の瞳がぐらぐらと不安定に揺れる。
なのはが爽やかで涼やかと評した彼女の相貌が今や完全に―――

―――――魔人の形相に染まる!

「アァァァァァァァチャァァァァァァァーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!」

戦場に、今や人のものとは思えぬ咆哮が木霊した。


――――――

(………!?)

魔導士の総身を覆い尽くす鳥肌。
ビリビリ、と大気を振るわせる怒声。
誇りと気品を纏い、燦然と輝いていた騎士の姿はもはや無い。

英雄王ギルガメッシュに向かい、今宵最大戦速になるであろう信じられない踏み込みを以て―――
斬りかかっていたのだ。 再び。 その剥き出しの憤怒を叩きつけるように!

恐らくその事態を仕掛けたのは金色の王であっただろう。
男の意図がいかなる物か与り知る者はいない。
紡ぎ出す結果が如何様なものになるかも誰も知らない。

ともあれ、ここ戦闘は―――新たな局面を迎えていた。


――――――

「ハアアアアアアァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

ブリテンの英雄アーサー王。 全ての騎士の頂点に立つ勇名。
光り輝くその身は失望の末にサーヴァントとなった今でさえ、何ら色褪せる事はなかった。
ましてやその彼女が「狂戦士」の資質などを持ち合わせよう筈も無い。

だが、そんな事実をまるで蔑ろにするかのように
彼女はバーサーカーの如き咆哮を上げて英雄王に踊りかかる。

「ク、クク……品位には甚だ欠けるが―――良い!
 所詮は女だ。 その程度の悋気は赦そうではないか!」

猛り狂った狂戦士と化したセイバー。
それを前に微塵の恐れもなく佇むギルガメッシュ。

「それに下卑た蛮勇であろうと、だ―――
 先ほどまでの貧相なお前を解き放つ足駆けとなるのなら、それも一興。
 さあ、存分に吼えるが良い!!!」

躊躇い無くゲートオブバビロンの扉を開け放つ蹂躙の王。
再び豪壮な刃の群れが周囲を埋め尽くし、無尽蔵の宝具が所狭しと戦場を乱れ飛ぶ。
その弾幕の只中を、そのド真ん中を―――何と真正面からぶち抜きにかかるセイバー!

まるでこの戦いの開始直後を巻き戻したかのような光景は次の瞬間、まるで未知の映像を映し出す。
突進しながらのセイバーの剣戟。
その全てが速さ、強さ共に――さっきまでとはケタ違い!
剣風がまるで竜巻のように翻り、不抜の弾幕だった男の魔矢を数十単位で叩き落していく。
ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン!! ガォン!!!
まるで大気が削り取られるような炸裂音はセイバーの聖剣に込められた暴発寸前の魔力が叩き出すものだ。
その一呼吸に繰り出される剣閃は軽く見積もっても20連斬を遥かに超えていた。
何かが振り切れたかのような強さに任せて、再び難攻不落を誇るギルガメッシュの懐に飛び込むセイバー。

「ハアアアアアァァァアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!」

「ク、――」

凶獣の吠え声と共に翻る聖剣の斬撃。 その全てが視認不可の稲妻!
絶死の一撃を前にあらゆる宝具を展開し、彼女を押し留めるギルガメッシュもまた不落の城塞!
鎖が。盾が。剣が。槍が。矛が。弾丸と化した彼女を遮って通さない。
そして減速したセイバーに、右手に持つ「先程の剣」を再び振り下ろし、弾き飛ばされた騎士が元の位置に押し戻される。
その着地した瞬間、またも少女の姿は掻き消え、男の眼前に踏み込んでいる。
その動き―――全てコンマ単位の攻防だ。

音と剣風と斉射の爆風と、刃同士がぶつかり合う衝撃だけが周囲に響き渡る。
王の放つ無敵の宝具、ゲートオブバビロンはここに来てもやはり最強だった。
今のセイバーをして完全に凌ぎ切れるものではない。
正面突破の剣風の、その及ばぬ箇所に凶刃は容赦なく降り注ぎ、少女の肉体を抉っていく。

至る所に刻まれた大小様々な傷から夥しい流血を伴っているにも関わらず、彼女の動きは微塵も衰えない。
全身から撒き散らしている血風が赤い霧のようになって辺りを紅に染める。
優位に見える王とて余裕は無い。
騎士に掻い潜られ、地面に着弾した刃が起こす爆風が巨大な火柱となって天を貫く。
その威力――――繰り出す宝具は全てがAランク相当のもの。 全くの出し惜しみ無し!

「あッッ!?」

その全開のバビロンの余波が高町なのはを巻き込み、吹き飛ばさんとする。
爆風に弾け飛ぶ寸前で彼女は右手にある建物の吹き抜けにその身を飛び込ませる。
未だダメージの残るその体。 ヨロヨロと頼りない足はまるでアルコールが入っているかのようだった。
ガシガシ、と太腿に拳を打ち付けて何とかその身を立たせる彼女。
まだ行動を起こせるほどに回復してない体ではあるが、それでもいつまでも休んでなどいられない。
ビルの吹き抜けから「その光景」を見た魔導士が、全身に冷たいものを感じつつ臍を噛む。

目の前で行われている戦闘の、そのあまりの凄まじさ。
まるで住む世界が違い過ぎると思わせる幻想に満ちた光景。

これが――聖杯戦争……

神話や伝承にその名を記された者同士の――英霊の戦い。
最古の英雄にしてウルクの神となった男と、聖剣の加護を受けし竜の因子を秘めた少女の総力を上げた殲滅戦。

眼前に繰り広げられるそれはまさに………現世に蘇った本物の神話の光景であったのだ!


――――――

―――何を求める?
―――彼女にこれ以上、何を求められる?

既に人が介入するには程遠い、そんな光景を前に彼女――
高町なのはにこれ以上、何をしろと言うのか?

   ぶつぶつと一人、うわ言のように彼女は何かを呟いている

未だ明けぬ深夜の闇夜にて行われる戦闘。
否、化け物同士の滅ぼし合いの余波で幾多のビルが魔弾の巻き添えを食らい半壊。
アスファルトがめくられ、雑木林を切り飛ばされ、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
その英霊同士の戦いに彼女をまた介入させるのか?
いかに若くしてエースオブエースの称号を得た魔導士とはいえ
彼女は所詮、20年足らずの余生しか送っていない人間の女性に過ぎない。
そのか細い肩で、頼りない腕で、アレを前に何が出来る? 

   瞬きもせず、周囲に巻き起こる爆光がその頬を叩くのも構わずに

(何が出来る―――?)

再三の問いかけは果たして誰のものであったのか?
彼女の内なる声か、はたまた地獄に木霊する空耳の類か。

………どちらでもよかった
どの道、彼女の答えは決まっていたのだから。

(決まってる―――)

   リズムを……ただ、彼女は全神経を集中させてリズムを刻む。
   ………何に? ………何に対して?

敵が果てしなく強いとか、周囲のレベルが違うとか
そのような事は彼女にとっては些細な問題。

   決まっている。
   その崩滅の渦中から―――仲間を助け出さんがために!!

(自分のやれる事をやるだけ……!!)

高町なのはは尚も折れず。 再び立つはいつも通りの彼女。
空の人間が誇りと尊敬を以って仰ぎ見た不屈のエースは健在だった!

(逆上したセイバーさん……つまりは攻め手が単調だからこそ
 どんなに闘い全体の推移が速くても、そのリズムは一定…)

目の前の戦場はまるで剣と弾幕で出来た結界だった。
レイジングハートのサポートを受けた彼女をして視認不能の領域へと至る攻防。
一歩も動かぬ相手の男を中心に、銀の閃光が暴れ狂い
周囲を様々な剣閃、爆発、暴風、力場が渦巻いている、そんな状況。
あの戦いに真正面から飛び込み、二人の間に入るなど言語道断だ。
無数の刃と銃弾が飛び交う洗濯機の中に放り込まれるようなもの。
自殺行為――――人はそれを正しくこう呼ぶだろう。

「………ん…っ」

だが――――教導隊のエースはそんな絶死の空間の中にさえ、瞬時に活路を見出してしまうのだ。

近づくどころか動きを目線で追う事すら出来ない空間からでさえ、その一定のリズムを読み取り
今、必死でその流れにシンクロしようとしていたのだ。

(急がなきゃ……)

何かに駆られている英雄王。
憤怒に染まっている騎士王。  
そんな中―――この魔導士が場において最も冷静さを保っていた。

二人の英霊による死力を尽くした決戦。
援護を差し挟む余地の無い、そして今や自分の援護など必要ないように見える騎士の少女。

(セイバーさんが……もたない!)

だからこそ気づく。
この魔導士だからこそ気づける。
全てが………あの敵の手の平で動いている事に!

疲労による吐息を飲み込み、足でタンタン、と拍子を刻みながら
彼女は周囲にアクセルシューターを展開。
限界一杯まで練り上げた50に届く魔弾を二人の英霊が戦っている頭上に配置する。
全てはタイミングだ。
流石のなのはもあの速度で動き回るセイバーに全く当てずに弾幕を撃ち込む自信は無い。
だからこそ動いていない方の影。 英雄王の動向にその全神経を集中させる。
そして男の持つ剣が振り下ろされた瞬間、つまりはセイバーが弾き返された瞬間を狙って―――

「シューーーーーーーーートッッッッ!!!」

魔導士は二人の間。 男と少女を分かつように全ての魔弾を叩き込む!
地面を抉るように、そして10個足らずを牽制の意味でギルガメッシュに!

そして全力の激突で余念のなかった両者が、不意の横槍に意識を途切れさせた
その一瞬のうちにフルブーストで二人の間に乱入する!
戦闘が中断されたこの刹那の時こそ彼女が手を差し挟める唯一の機会!

その戦局が再び動き出すのに秒を必要としないであろう。
遅れれば、なのはは再び戦闘を開始した二人の暴風に巻き込まれ、切り裂かれるだけだ。
動きを止めたセイバーに瞬時に肉薄し、その身体を抱きとめる。
そのまま騎士の全身を、両手を、バインドで拘束して上空に舞い上がる。
なのはの下した判断。
それは、この両者の戦闘―――否、セイバーの無茶な突撃を何としても中断させる事にあったのだ。

「フゥ――フゥ――フゥ、」

抱き止めた少女。間近で唸りは本当にヒトのものとは思えない……
剣の英霊が魔導士の拘束魔法を物ともせずに引き千切ろうとする。

「セイバーさんッッ! 正気に戻ってッ!」

瞳に狂気じみた怒りを称え絶叫するセイバー。
その表情を見たなのはの背をゾクリと伝う寒気。
狂える暴竜をその身に抱き止めているようなものだ……いつまでも抑えきれるわけがない。

「アーチャァァァッッ!!!」

セイバーがバインドを容赦なく振り解き
胴に回した魔導士の腕を掴み、捻り上げる!

「く、うぅ……!!!」

メキャッという木の枝が軋むような音が耳に響く。
腕をねじ折られる痛みに顔をしかめるなのは。

魔導士が目指すのは一番手近にあったビルの屋上。
高速で一気に飛び上がり、男の魔矢から一時でも逃れようという試みは
しかし、そこに至るまで騎士を拘束する事はとても叶いそうにない。
今にもなのはの手を振り解き、黄金の敵に向かって飛翔を開始しようとする騎士。
唇を噛む魔導士が、やおらその少女の胸倉を掴み―――

「落ち着きなさいッッ!!!」

パァァァァァァァン――!!!、という盛大な音と共に
少女の頬に平手を叩き込んでいたのだ。

「完全に相手の思うツボだよ! それが分からない貴方じゃないでしょうッ!??」

物静かで声を荒げる事の少ない魔導士が絶叫にも似た声を上げる。
精一杯の叱咤をセイバーの鼓膜に叩きつけるなのは。
こんなもので止まるかどうか……兎に角、なのははいつになく必死だった。

「―――――、」

しかして悪戦苦闘する彼女の想いが届いたのか―――
騎士の少女の狂騒がここにあっさりと止まったのだ。

なのはの腕にギリギリと食い込んでいた騎士の手も離され
まるで打って変わって静かになってしまうセイバー。

「………落ち着いた?」

呆気無さに拍子抜けするも取りあえずは何とかなった。
心中で胸を撫で下ろす高町なのはだったが―――

「…………………セイバーさん?」

先ほどに比べて不自然なまでに静かすぎる様相。
不吉なものを感じたなのはが再び騎士に声をかけ―――唇を噛む。

「………やっぱり」

なのはの手に抱かれたセイバーの身体がぐったりと力無く、自分にしな垂れ掛かってくる。
完全に脱力した肉体。 物言わぬ表情。 生気の抜けた肢体。
限界を超えた肉体の酷使、損傷を受けて―――

少女は完全に気を失っていたのだった。


――――――

今の戦い―――

あの男と互角に打ち合って見せた騎士の姿はまさに武神の如し。
普通ならばそこで少女に加勢し、一気に敵を殲滅するところであろう。
だが、そんな局面において―――なのはだけがセイバーの状態を正しく把握していた。

簡単なことだ。
先の騎士との作戦会議で自分はセイバーに対してこう言った。

   無理をすれば、あの敵と拮抗する事は可能

、と。

ならばそういう事なのだ……
少女もまた「無理」をして本来突破できぬ筈の敵の攻撃を踏み越えた。
限界を越えて自壊の道を歩みながらに、セイバーはあのゲートオブバビロンに相対したのだ。

高町なのはもまた自らの肉体を内側から破壊しかねない程の強大な魔力を行使する術を持っている。
だから、いち早くセイバーの状態に気づけた。
限界を超えた出力。それを行使する事の恐ろしさ。
要は先のセイバーの振り切れた強さは、あのブラスターモード発動と同類のものに他ならなかったのである。

もっとも魔導士のそれは術式によって安全弁を外しているのに対し
先の騎士の場合は精神的なリミッターの解除―――つまりは心のタガが外れた状態。
怒りや憎しみによって脳がそのリミッターを振り切り、限界を超えて自身の肉体すら耐え切れない力を捻り出してしまった状態。

(いや……引き出されたんだ………無理やり)

何故そのような事になったのかなど言うまでもない。
天を焦がすほどの怒りは全て眼前の相手に向けられていた。
あの男に何かをされたのだ―――確実に。

これほどの高いレベルで心身ともに鍛え抜かれているであろう、今はなのはの手中に抱かれて倒れ付す騎士。
そう簡単に精神を揺さ振られるはずが無い。
一度対峙した魔導士だから分かる、まるで金剛石を思わせる力強さと意思の強靭さ。
その騎士を相手に一体、何をすれば……ここまで心身ともにボロボロに打ちのめす事が出来るのか?

あまりにも痛々しい少女の姿を見つめて魔導士は―――
悲痛な表情を浮かべる以外に術を持たなかったのである。


――――――

英雄王ギルガメッシュ―――
この世に現存するあらゆる宝具の原典を持つ人類最古・最強の英霊。
その無尽蔵の宝具はサーヴァント達の伝承に記された滅びの弱点―――その全てを内包する。
謂わば英霊殺しともいうべきものが今宵、ここにセイバー殺しを完遂させたのだ。

セイバーの誇りと理性と自我すらを砕き、強制的なバーサク状態に堕とし込み
あの小賢しい魔術師との連携や一撃離脱の戦略を封じた。
そして向かってくるセイバーを宝具の群れで滅多打ち。
最強の英霊の力の証明を存分に示したのである。

無論、男とて無傷ではない。
降りかかる剣はまさに竜の爪。
黄金の鎧の加護が無ければ地に付していたのは自分だったかも知れない。
聖剣によってつけられた肩の傷を初々しく見やる英雄王。
本来ならば自らの身体に傷をつけた者など決して赦しはしない彼であったが、今の気分は決して悪くない。
幾多の戦いでこの自分を前にして決して折れなかった騎士王が―――屈服寸前まで行ったのだから。

「興が削がれたか――――」

だがそれ故に………
裏を返せば、彼女を傅かせる寸前でまんまと逃がしてしまった事に憤りを感じている自分もいた。
英雄王が上空にはためく白い法衣姿を見上げて吐き捨てる。
あの邪魔な魔術師さえいなければ、セイバーは今頃、確実にそのヒザを屈して自分の前にひざまづいていた事だろう。
右手に握った剣を、もはや詮無しとばかりに無造作に蔵に放り込む男。

そう―――「この剣」だ。

セイバーを陥落させたギルガメッシュの起点となった宝具。

セイバーの正体。その真名こそ、あの騎士王アーサーペントラゴン。
ありとあらゆる属性に耐性を持つ最強を冠する剣の英霊だ。

弱点は限りなく少ない筈だった。
思いつく限りで竜殺しの名を冠する剣が数本―――
ならば此度、男の右手に握られた剣こそ、かの有名なドラゴンスレイヤーであったのか?

――――――否…………

違う―――――

そんなものより何倍も……何十倍も効果的で………
かの騎士王の身も心も打ち据える、少女にとって最悪の剣が存在した。

   それは伝承には記されていない
   謂わば聖杯戦争秘話とも言うべきもの

故に識る者も片指で数えるほどであろう。


かつて少女の生きた時代―――

彼女には最も信頼した部下がいた。
彼女には最も尊敬した友がいた。
彼女には最も師事した騎士がいた。

円卓において最強―――騎士の模範とまで言われた
かの者と共に国を支えられる事に誇りを抱いていたあの頃。

だが愚鈍な自分のいらぬ配慮が、人の心を理解しえぬ不明な王が
誰よりも「騎士」に相応しかった男の名を汚す。
ブリテン崩壊へと繋がったあの反乱は全て―――この出来事がきっかけであった。

そして悠久の時を経て―――
全ての事象を巻き戻さんと剣を振るう少女の前に「彼」は現れた。
バーサーカー……狂戦士となって。 自分の名前を呪いの糧として。

耐えられなかった。
どんな時でも決して涙を流さなかった王が慟哭に沈み
泣きじゃくり、我が身の不明を呪って
騎士は幽鬼のような様相で地獄の連鎖に堕ちていったのだ。

聖杯戦争における出来事の一つに過ぎないそれは、未だに少女の深層意識に深い痕として刻まれている。
その、躾と断じてセイバーを散々に打ちのめしたモノこそ
彼女の友にして「湖の騎士」の称号を冠した、円卓最強の騎士が所持していた剣。

極光剣アロンダイト―――

エクスカリバーと対を為す救国の剣。
セイバーが、いつまでも彼女自身の後ろを、隣を
そして同じ道を切り開いてくれると信じて疑わなかった剣―――その原典であったのだ。


――――――

宙に身を躍らせて―――二人はとあるビルの屋上にその身を避難させていた。

追撃は……無かった。
見逃されたのか単に遊んでいるだけなのか。
いっそこのまま逃げられないか試してみたが、一定以上の高度を過ぎると途端に幾百を超える凶刃が自分達に狙いをつけてくる。

「嬲り殺すつもり……?」

その宝具の射出口をキッと見据える高町なのは。
制空権は完全に抑えられていた。

そして騎士の少女を抱いている手に伝わるヌルリとした感触に
そのあまりの軽さに今更ながらに気づく。

「…………まずい…っ」

屋上にて少女を寝かせ、その容態に思わず口元を押さえてしまう。
最初に斬られた傷はやはり致命傷以外の何物でもなく
叩き落された刃は銀の甲冑を叩き割り、肩口から脇腹にかけてザックリと肉を裂いている。
その他大小様々な裂傷、擦過傷は数え切れず―――

「これじゃもう、動く事すら……」

ここでは満足な手当てすら出来ない。
それどころか動かすだけで命に関わるであろう。
それは即ち――――セイバーの戦線離脱を意味するものに他ならない。

圧倒的な敵。 満身創痍の二人。 切れるカードもあと僅か。
絶望的な戦況の中で、敗北が音を立てて忍び寄ってくる。

どうやっても作戦の立てようが無い……
八方塞がりの思考を前に、口に手を当てた魔導士がその人差し指を噛む。

「ナノハ――――」

と、その時――――
気を失っていた少女。
セイバーが力無く、倒れ付しながら言葉を発する。

「私に―――考えがあります……」

弱々しいながらも真っ直ぐとこちらを見据えてくる薄緑の瞳。
それは紛れもなく元のセイバーであった。

傷で満足に動く事すらままならない騎士。
もはや為すべき事はただ一つ。

次で最後になるであろう―――

――― その楔となる一撃を、投じる覚悟 ―――

それを彼女は既に心に決めていた。


――――――

虚空に視線を躍らせる黄金の王。

「―――」

今宵の宴ももうじき終わる。
その空気がひしひしと伝わってくる。

彼にとっては終わらせようと思えばいつでも出来る事象。
それは何時たりとも変わらない。
だが、その終わりが――自分の望む物であるとは必ずしも限らない。

彼は自分で気づいているのだろうか?
あのセイバーを完全に無力化し、なのはに付け入る隙を与えない。
確かに結果だけを見れば完璧な戦果だ。

――― しかしだからといって何なのか? ―――

そもそも蹂躙し、踏み拉くだけなら王の財宝だけで十分。
そして完璧な勝利を求むるなら「アレ」を振るえば一瞬である。

セイバーに斬られた肩……負う必要の無い傷だった。
自らこのような傷を負ってまで彼は一体何を求めているのか

セイバーがそうであったように、この男もまた孤独。
その胸中を語って聞かせられるものはいない。
その瞳に映し出す光景を共有出来る者もいない。


友を失ったその日から、孤高である事を旨とした王の
その風に任せてなびく金の髪が―――

感情の読めぬ男の頬をただ、撫でていた。