(なんだってはやてを!?)
(彼女に取り憑いている闇の書、これは使い方を誤れば星を滅ぼしかねない。
その兆候が現れている、と僕は踏んでいる。
元々こちらの世界のものだ。責任はこちらでとるつもりで―――)
(ふざけるな!!)

士郎の憤りは念話のみならず顔にでるほど激しいものだった。

「し、士郎…どうかした?」
「黙ってろ」

心配そうに覗き込む声を士郎は堅い口調で遮る。

(あの本が、はやてが地球を滅ぼすだって!?冗談も休み休みに言えってんだ!
そんな条件、飲めないし、いらない。仮にあんたが無理矢理連れて行こうってなら
俺やシグナム達が黙ってない!)

士郎の対応に、念話越しにも相手から溜め息が聞こえるようだった。

(…引き渡して欲しいと言っても彼女に危害を与えるつもりはないんだ。
闇の書の件がこちらの技術で解決したなら君らの元に返す。
なんなら君も一緒に来てもらっても構わない)
(断る。あんたは信用ならない)

士郎の最後通告とも言えるにべも無い答えにクロノは沈黙せざる得ない。

(…わかった。君の意志は理解した。すぐにわかることだが、後悔しないようにな。
時期が来たなら無理矢理にでもこちらの手を採らせてもらう。
楽しい時間の所、邪魔して悪かったな)

それで念話は終わった。

「念話やったね」
「ああ」
「怖い顔しとるよ?」
「もう終わった。はやては気にしなくていい」

ぶっきらぼうに答える士郎にはやては、はぁ、と肩をすくめた。

「まーた1人で抱え込もうとするんやからお姉さんは心配です」
「そんなちっちゃな成りで姉貴ぶるなよ。
せめてシグナムくらい――っいてて」

はやてから目を逸らしていた士郎は顔に伸びてきた腕に反応することができなかった。
両の頬に鈍い痛みを覚え、視線を正面に戻すと、笑っているようでどこか笑っていないはやてが。

「ちっちゃ、やて?今日の私の前でシグナムと胸の話はやめよな?」
「だりゃもそぎゃなこいってなろ(誰もそんなこと言ってないだろ)」

3時過ぎ、ビーチで頬抓ったり、不平の視線を浴びせたりしている2人を
2月の斜陽の光がゆっくりと包み込もうとしていた。

少し離れたプール内から、ビーチで戯れている2人を見守るように眺める視線。

「主も士郎も何をやっているんだか」
「マスターもはやても楽しそうでなによりです。
シグナム、貴女も嬉しそうですよ」
「もちろん主達が今を存分に満喫してくれているならば本望だ。
私自身もそれなりに楽しんだしな」

ここでシグナムはニヤリとセイバーを見据えた。

「な、なんです?」
「そういえばセイバー、お前もまた随分と楽しんだみたいじゃないか。
水の上を走っている所、ヴィータに水の中に引っ張りこまれて慌てる姿は可愛げがあったぞ」

その後、水の中でセイバーとヴィータは他の客に迷惑な大活躍をしでかしてくれていた。

「あれは―――その――」

失態を思い出し返答に窮するセイバーの頭にぽんっとシグナムの手が載せられる。

「いや、ヴィータの相手をしてくれて助かった。あれは子供っぽいところがあるんでな。
私では相手にするのは少し疲れる。セイバーがいてくれて助かった」

数度のまばたきの後、セイバーは不快感を露わにする。
それは抗議の言葉としてすぐ口に登った。

「私が子供っぽいとでも言うのですか!?心外です!この身は王!
その侮辱は我がくに―――」
「ん?国がどうした」
「い、いえなんでも…あーわかりました。ヴィータの相手は私がしましょう。
妹を持つと言うのは新鮮ですし。悪くありません」

何か取り繕うように早口でまくしたてるセイバーにシグナムは微笑みを向けた。

「そうか、助かる」
「…いい加減、頭の手をどけてください」

ふくれっ面の少女は年相応に見えるな、とシグナムは感じながら、
最後に二度ほどその頭を撫でた。

大人の階段を登る――それはやはり大人を相手にしてこそであり
目の前の人物を相手にしていては無価値、不要、無駄なものであった。

「全く、体力無さ過ぎだぞ一成、桜ついでにシャマル」

きのこの滑り台これに付き合わされるだけならまだいい。
だが、とんでもなく高い飛び込み台やら謎の猫型のロボット?2体が
両手両足を掴んで水の中に沈めにくるハラオウン受難パークだとか
所狭しと飾られた金髪、金色の鎧を着た男の像の前を
這い蹲らなければ進めない迷路プールだとかに
付き合わされ一成と桜、シャマルはくたくたになっていた。
だが、目の前のちびっ子は依然元気溌剌…

ヴィータの後を付いてくのに必死だった際、
きわどい水着を着ていたシャマルと桜と一成、の間で起こったお約束は…略…

「ヴィータちゃん、もう夕暮れ時だし、満足してくれないかしら?」
「そ、そう。シャマル殿の言うとおり。日が暮れてはまずい。近頃は物騒なのだしな」

一成も相槌を打つ。桜も頷く。一成にとっては体力だけの問題ではないのだから当然な意見だった。

「ま、いいか。満足した。そうだ、一成、桜いいか夜はしばらく出歩くなよ」
「む、ヴィータに言われるようであっては俺もまだまだ未熟であるな。精進しよう」

はははと笑う一成にヴィータも小さく笑う。

「本当にな」


空は蒼から茜へ。ガラス張りの建物では移り変わる様子がしかと感じとれた。
屋内でありながら大画面のガラスいっぱいに注ぐ西日はプールの水にも反射し一種幻想的でさえある。
衛宮はやては眩しそうにゆっくりと沈む太陽を見つめていた。

「なんや、急に思い出したんやけど切嗣がいなくなった頃、
士郎が不意に家出て行ったきりなかなか帰らないことがあったやんか」
「そんなことあったか?」
「あった。丁度こんな夕暮れ時や。
私はまだ、車椅子に乗っとって門の前で帰りを待っとった。
それで帰ってきた時の士郎の顔と言ったら」

ふふ、と忍び笑いを漏らすはやて。

「なんだよ」
「いや、その時の士郎の顔見て思たんよ。切嗣の穴は私が埋めなって、な」
「で、一時期姉貴面してたのか。切嗣の穴埋めるなんて…」
「無理やったな。けど、切嗣とは別に私にできることがあった。
ヴォルケンリッターのみんなを喚ぶことや。
その日の夜やった、闇の書の封が解けてみんなが私達の前に来てくれのは」
「闇の書……か」
「そや、今となっては足の病の元とわかっとるから複雑やけど
当時は感謝しとった…なぁ、士郎」
「うん?」
「私やみんなは士郎の家族やろか?」

はやての目はとぼけやふざけの無いものだった。

「…みんな俺の家族だ。当たり前だろ」

けれど士郎の答えにもはやての表情は晴れない。

「そうか、よかった。けど、士郎の目標は正義の味方なんよね。
私にも少しはわかる。意味と在り方」
「…………」
「少しでも振り返るものが士郎にできたなら私は、嬉しい」

はやてはそう悲しげに笑う。

「帰ろか」

3時半を回り、時計が4時を示そうとする頃、次第、皆集まり始め撤収の運びとなる。
ふと、一成はビーチの上に夕日が反射し輝く何かに目が止まり、
自然とそれを拾い上げていた。

「金色の紐?何であろう。むぅ、これは…」

一成は心に響くものがあるその造形に心奪われ、窃取することを多少の罪悪感と共に決めた。

「シャマル、事後の指示頼むな」
「はい、夕食の場所は私に一任でしたよね?それですから決めちゃいました」

テンション高いシャマルに一同は不安を覚える。

「私、すごく不安なんですけど、はやて先輩」
「ん?桜ちゃんもそう思うか?私も何かそんな気が急にしてきたな。ははは」

幾重もの視線が責めるようにはやてに突き刺さっていく。

「では、今日の夕食の場所は―――紅洲宴歳館・泰山です!」

ざわ…ざわ…

「待て、シャマル。和食派としてはあそこの味は断固認められん。お前もそうだろう?士郎」
「え、いや俺は噂だけで食べに言ったことはないからな」
「チッ、桜、あそこの料理は辛いぞ?甘党のお前ではきっと耐えられない」
「とは思いますけど、料理の勉強のためにも色んな料理に触れてみようかなーと」
「クッ、一成お前はどうだ?中華は質素とは真逆。敵と言ってもいいだろう?」
「ん?シグナムさん、俺は肉類を取れるので有り難かったりするのだが…」
「ええい!セイバー、辛い、激辛だぞ?」
「シグナムをそこまで動揺させるとは…興味が沸きました。ブリテンの――」
「もういい!ヴィータ、お前は泣く!きっと泣く!」
「うっせーな料理1つでガタガタ言うなよ。みっともねぇ」
「あ…主!」
「ごめんな、多数決や」
(ザフィーラ!私を助けろ!)
(…後で私の夕食を少し分けてやろう)

シグナムはザッフィーの優しさに…泣いた。

更衣室にてセイバーは、はたと違和感に気づく。

「どうかした?セイバーちゃん」
「髪留めをどこかに落としたようです…
プールからプールへ移動の際持ち歩いていたのですが…」
「今から手作業じゃ探すのに手間ね。私が魔法で検索してみるわ」

シャマルの提案にセイバーは頭を振る。

「もうすぐ夜となります。魔術の使用は避けた方が無難でしょう。
私の不手際ですし、それに髪留めは魔力で編めますから」
「そう、しばらくは髪下ろしたままでもいいわよ。かわいいもの」
「はぁ」

クロノ・ハラオウンが新米従業員としての仕事を終わらせ仮の住まいへ帰宅しようとする頃
オーナーの部屋に光が灯っているのに気づいた。
オーナーの部屋へ足を向けると二度のノックを行う。

「黒野智和です」
「入れ」
「失礼します」

クロノがドアを開けると豪奢な装飾に彩られた室内に尊大に座する金髪の男がいた。
派手な印象とは裏腹に服装はラフなもの。

「いつからこちらに」
「今さっきだ。それにしてもクロノ、新米が板に付いてきたではないか。
これが管理局の提督とは誰も気づくまい。
まぁそれもそろそろ飽いた。お前を再び客人としてもてなそう。掛けろ」

男が顎で指した椅子にクロノは静かに腰掛けた。

「今日、衛宮士郎と接触した」
「ほう」
「結果は散々だったが…あそこまで話し合いにならないとは思わなかった」

沈痛な面持ちのクロノとは逆に男はさも面白そうな顔付きをしている。

「五年、いや十年求めた執着がそう、簡単に片付いては拍子抜けではないか。
それにこの星は醜いほど人間が増えすぎた。少しくらい減った所で我は困らん。
だが、忘れるなよ。この星にある時点であれは我のもの。勝手に持ち去ることは許さんからな」
「承知している」
「衛宮士郎に会ったということはあのプログラムどもにも会ったのか?」
「そうだが、何か?」
「お前が一番気にしていたのが連中の存在だろう。そのお前が動き始めたということは、
ようやく星に取り込まれたのかな?これで次元世界を行き来することはできない
と踏んだわけか。狡い奴よ」

男の赤い瞳は全てお見通しとばかりにクロノを貫いてくる。
クロノは男の底無しさに唇を噛んだ。

「改めて言い聞かせておくが勝手にもってくことは許さんぞ」
「わかっている」


その後は碌な雑談にもならず間もなくオーナーの部屋を辞した。
あの男の前に出るとクロノは決まって胃痛を起こすのだが今日のはいつもの比ではなかった。
わくわくざぶーんから新都まで歩きでバスに乗ろうという数百メートルの工程さえ
何キロという苦行に感じられた。
意識がボウとしてくる。
(ま、まずい)
が、今更どうこうできるものではない。
クロノは膝から崩れ落ち、新都のコンクリートの上にその身を横たえた。
薄れゆく意識の中で、ひ、人が、助けなきゃとか蒔の字とか、救急車だという声が聞こえた。


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最終更新:2008年07月30日 09:02