意と覚悟は固まった。
ならば、次に求められるのはその思いを形にする計画である。
今度の方針を定めることが遅れて争いに参加した
士郎達の急務だった。

「まず、私達はすでに大きな戦略的痛手を被っている。
士郎、それが何かわかるか?」

シグナムは真剣に戦士の顔で問う。

「…敵に本拠地がバレてることだな。少なくとも青い男に」
「ま、お前のせいだけどな」

と、ヴィータ。その遠慮のない指摘に士郎は
言葉を詰まらせた。

「責めはせん。だが、事実を理解しておけ。
この不利を覆すためにも、私達は一刻も早く敵の所在を掴まなければならない。
これはザフィーラとシャマルに任せる。
めぼしい標的が見つかり次第、私とヴィータとセイバー
あと、期待はしないが士郎で一気に叩き潰す。
異論はないか?」
「シグナム、異論はないけど質問がある」
「なんだ?ヴィータ言ってみろ」
「はやてはここに残すのか?大河の家とかに
隠れてた方が安全じゃないか?」

ヴィータの問いに答えようとしたシグナムをはやてが制し、答える。

「私はここに残る。別に意地はっとるわけやないよ。
さっきの士郎の話からするとあの青タイツの戦闘目撃したから
狙われたってことらしいしな。しっかり見てもうた私も、
どこへ行っても狙われる身や。
そんならここに残るのが一番ええ。
あと、さっきヴィータと買い物行ってる時にでかーい男連れた子に喧嘩売られて
な。
士郎共々命とりにくるて言われたんよ。
せやから私もすっかりこの戦いから逃げられん。
終わるまでみんなと居るつもりや」

はやての告白に一同は驚いた。その内容は、
もう1人の敵の存在を示していたのだから。

「あの大男はやばかった。向こうがあっさり引いてくれて助かったぜ。
ガキんちょは、はやてにえらい敵意を向けてた。
名前も名乗ってたけど…えーと」
「…イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「そう、それだった!て、はやて残るのかよ。ま、あたしがいるから
安心して大船に乗ったつもりでいてくれていいけどな。
どこかのへっぽこ魔術士みたいにのされるようなへまはしねぇし」
「士郎も頑張ったんやしあんま苛めちゃあかんよヴィータ。
せやけどさっきのヴィータは確かに頼もしかったわ。ありがとうな」

よしよしと頭を撫でられるとヴィータははにかんでうつむく。

「えへへ」

ばつが悪そうな顔になる士郎の隣で、1人、
複雑な気持ちを浮かべ苦い表情をするものがいた。

「どうかしたか?セイバー」
「イリヤスフィール、ですか…」

士郎の問いかけも届かぬ程セイバーは没入していた。
このセイバーの心ここにあらずという状態に気づかないものはいない。

「主が言った名に心当たりがあるのか?
今は情報が何より重要だ。セイバー、知っていることがあるなら話してもらおう」

シグナムは有無言わさぬ迫力で尋ねる。
その威を備えた声にセイバーは自らが過去の回想に
捕らわれていることに気がつかされた。
たった今、衛宮士郎が剣となると誓ったばかりだというのに…
セイバーは己を恥じシグナムに向き直った。

「…私は前回の戦いでもセイバーとして召喚され
聖杯を前にして敗れました。ですからこの戦いに参加する常連ならば
名と本拠はわかります」
「六十年前にもここに喚ばれてたのか、それは心強いな」

士郎は感心しセイバーの言葉を待った。

「…いえマスター、前回の戦いは…」
「ええ、セイバーさん、名前と本拠だけを教えてや」
「はやて?」

セイバーの言葉を真顔で遮り話をもどすはやて。
そんなはやてに士郎は違和感を覚え、
セイバーもまた戸惑ったが優先度から考えれば
はやての言うことはもっともである。

「わかりました、はやて。
この戦いの常連と言われる家は
アインツベルン、マキリ、遠坂だそうです。
アインツベルンはここから30キロほど離れた郊外の森を本拠地としています。
遠坂は霊脈の地に居を構えているとか、マキリについては、
私もわかりません」

セイバーの話をそれぞれが吟味する。と、
セイバーが語った名に驚きを隠せない者が2人。

「と、遠坂!?はやて、遠坂ってあの遠坂か?」
「わ、私に言われても…はは、でもそやったらどうしたもんやろなぁ」
「セイバー、この戦いはマスターとサーヴァント、両方倒す…
いや、殺さないといけないのか?」

遠坂、遠坂凛は士郎、はやての同級生であり
その完璧な立ち振る舞い、優雅さ、整った顔立ちは、
やや、朴念仁入ってるとはいえ健康的な男子である
士郎にとって十分に興味を引く対象であった。
仮にその遠坂凛を殺さなければならないとすれば、士郎にとって
この聖杯戦争は前提からして苦しいものとなる。
士郎の疑問は士郎同様、相手を知るはやての疑問でもあり、
ヴォルケンリッターにとっても戦略上の方針を決定する上で
把握しておくべき事項だった。

「いえ、マスターを殺す必要はありません。サーヴァントさえ倒せば
そのマスターは脱落扱いとなります。
ただ、逆にマスターを殺し魔力の供給を断ち
サーヴァントを消滅させるという手があることも事実です。
私の前マスターはこれを得意としていました」

必ずしもマスターを殺す必要はない。この言葉に安堵する、士郎、はやて。
対して、ヴォルケンリッターの面々は目つきを鋭くする。

「どうかしたんか、シグナム?そんな怖い顔して」
「主、その遠坂という者は主達の学校に通っているのですね?」
「そうや、彼女はこれがまた、できるかっこええ女なんよ。その遠坂さんな、なんと私と…」
「失礼、かもしれませんが、その者を我々は第一の標的として定めます」
「ほんま…?」

話の流れを敏感に感じ取りはぐらかそうとしたはやてを遮り
シグナムは直球を投げた。
はやてがシグナムらの顔色を眺め見ると4人共一様に真剣な目で答える。

「せめて…せめてや、月曜一杯待ってくれんか?遠坂さんと話がしたいんよ」
「シグナム…俺からも頼む」

しばし、沈黙が流れる…
僅かの間の後、シグナム達は目配せすると互いに頷き合う。

「主達の気持ちもまた、尤もな物なのかもしれません。
わかりました、待つとします。ただし、月曜の登校には
私達も隠れながら付いて行かせてもらいます」
「ありがとうな、みんな。
付いてきてもらうんはもちろんOKや」
「ああ、遠坂ならきっとバカなことはしないはずだし話せばわかってくれる」

「主、士郎…2人の気持ちもわかりました…
しかし聖杯を求める以上最後にはやり合わなければならない相手
ということだけは忘れないでください…」

沈痛な面もちで語るシグナムの姿に士郎はハッとする。
はやてよりも実のところ士郎の方がヴォルケンリッターと目指すところは近く、
誰より彼らを理解しているつもりだった。
だというのに自分は救う相手を1人にすることができない。選べない
これは自分の甘さなのか、覚悟の弱さ故なのか士郎はわからなかった。

「は~い、はい。大体方針は決まったみたいだし難しい話はここまでにしましょう?
ここからの主役はセイバーちゃんで」

沈黙が広がり始めた室内に突如響く脳天気な声。
今までもその場にいながらまるで今現れたかのような
その、場違いな明るさに一同は呆気に取られた。
特に名指しを受けたセイバーは眉間に皺を寄せ頭を抑える。
直感が嫌な予感を告げていた。

「…なんだシャマル、セイバーに何か?」
「セイバーちゃんは多分これからしばらくは家にいるんでしょう?
だったら便宜上の立場がいるんじゃないかしら?」

明るい声で、シャマルは将に尋ねる。
シャマルの言葉にシグナムもまた何か思いつくところがあったのか
次第に張り詰めていた顔が緩み始める。

「確かに、どう思いますか主?」
「私に振るんかシグナム、なかなかに挑戦者やね~」

シグナムがはやてに振ると、はやてもまたいい笑顔で答える。
室内の空気はあっという間に騒がしいものに変わり始めた。

「私は1サーヴァントであり、それ以上でも以下でもないので
そのような気遣いは無用なのですが…食事をとることも、寝る必要もないので」

予防線を張り、話題から逃げようとするセイバーに対し
攻める方は多勢であった。

「いいや、駄目や。この家に住む以上はそんな我関せずー
みたいなのは認められへんよ」
「そうだな、俺の作る飯も食べてもらいたいし、
1人だけ食べないだなんて絶対駄目だ」
「大河や桜に会わせる際の紹介はどうしたものか」
「あ~大河が見たら喜びそうだ。桜はわかんねぇけど」
「桜ちゃんとだってすぐ仲良くなれるわよ。
セイバーちゃんなんかすごくいい子っぽいもの。
でも、セイバーちゃんの立場というか身の上はどうしたらいいかしらね」

皆がそこに思いを巡らせはじめた時、沈黙を破る一言が降って沸いた。

「シャマルの娘、で、いいのではないか?」



ザフィーラの一言に……シャ……マ…が…………

One moment, please.

「…私は何もみんかった…じゃ、じゃあシャマル、
セイバーさんはシャマルの妹てことでええか?」
「そうです、そうですよ、セイバーちゃんみたいな大きい子が
私の子だなんてご近所のみなさんも納得するわけないですし、
私の妹くらいがすごく、妥当です」

沈黙は金、そういう諺があったなと、はやては苦笑いを浮かべる。

「セイバーちゃんもそれでいいかしら?」
「あ、ええ、構いません、シャマル」

セイバーは今では数分前から比べると1人欠けた部屋を見渡し、答えた。



「さて、セイバーの処置も決まり、シャマルの気も収まったようだし
明日の予定を決めてしまおうか」

シグナムがやれやれといった様子で一同を眺める。
シグナムは再び戦士の顔に表情を戻すもシグナムに合わせたのは
セイバー1人、その他は「明日の予定」と言う言葉にもなんら緊張感を示さない。

確かに遠坂なる者を狙うのは月曜以降とすることにはしたが
明日1日なにもしないで過ごす、などという考えはシグナムにはなかった。
それはセイバーも同様であったようで皆の態度に怪訝な顔をする。

「マスターは明日、どのように行動するおつもりですか?」

疑問を形にし、自らの主に尋ねるも答えは実にあっけらかんとしたものだった。

「明日?明日は、藤ねぇや桜、ああ、さっき名前が揚がってた、
ここにいる以外の俺の家族みたいなもんだけど、
そいつら含めみんなと街へ遊びにいくつもりだ、セイバーも来いよ」

緊張感が無いというか、邪気の無いというか、
セイバーのマスターはそれこそ少年のような笑顔を彼女に向ける。
これには彼女も驚きを通り越して呆れてしまった。
シャマルもヴィータも明日の遊びという内容に
気が行ってしまっているようで士郎、はやてと歓談を始めてしまう。
仕方なくシグナムは座を移した。


「悪いな、皆平和ボケしてしまっていてな。
主や士郎はともかく、私達4人もこの5年、戦いから離れた
平和な生活にしっかり浸ってしまって…このザマだ」

セイバーに相対するのはシグナムのみ。
ふう、とため息をつくシグナム、けれど、そんなシグナムからも
セイバーは柔らかい空気を感じた。

「あなた達は幸せそうだ。羨ましくもある。
だが、聖杯を求める戦いにすでに巻き込まれているということを
もう少し自覚して欲しい」
「すまない。だが、いざ戦いとなれば我らも主のために
命を掛けて戦うのには変わりはない。そこは忘れてくれるな、セイバー」
「…はやてはあなた達に士郎の手助けを頼みましたが
あなた達の望みはあるのですか?」

一瞬、間を置いたシグナムだったがすぐに口を開いた。

「そうだな…隠すことでもない。まず、主の願いを果たすこと。
今ならば、士郎を支えることがそれになろう。
我らとしては主の体を蝕む呪いから主を解放したい。
これは士郎の願いでもあるはずた。
聖杯とやらが万能というならば、可能性がある」
「呪い?」
「ああ、不治の病と言ってもいい。もし、今のままであれば、
主は半年ともたないだろう」

その言葉にセイバーは顔を顰める。

「シグナムー、セイバーさんもこっち来てや。明日の話しよ」

2人に手招きするはやての表情からセイバーは
その病を感じ取ることはできなかった。
ただ、その体は吸い尽くされたかのようにひどく魔力が欠乏している。
セイバーにはそう、見えた。

「今は付き合ってくれると嬉しい」

シグナムが横顔で苦笑いするのを横目で確認する。
この幸せそうな空気を後1日くらい感じるのもいいかもしれない。
すぐに、苛烈な戦いが始まるのだ。
彼らにも最後の華やぐ時間を楽しむ権利はあろう。

「わかりました。明日1日くらいなら、付き合いましょう」

セイバーも視線を緩めると、頷いた。

明日は月曜からの戦いを前にした最後の日曜だ。
シグナムやセイバーのしていた苦い顔も良く分かる。この戦いは油断したら
即、死を意味する。
現に俺は一度死んだか、死にかけた。
シグナム達は甘いと言うかもしれないが
…だからこそ明日を楽しみたいと、思う。
もしかしたら最後になるかもしれない。そんな気がするからか。

切嗣に拾われてから、一度とて孤独は感じなかった。
切嗣が留守にしてる時は側にはやてや藤ねぇがいたし、
切嗣がいなくなってしまっても入れ替わるようにヴォルケンリッターの4人が衛宮家に現れた。
それから半住人?と化した桜も合わせると今では8人の家族と言ってもいい。
皆、掛け替えのない存在で、それを今日の俺が体験したことを
誰かが体験する――――それは駄目だ。

正義の味方…は家族を優先的に護ってもいいんだろうか?
家族という掛け替えのない存在と多数の救うべき存在、
その天秤をどちらに傾けるべきか…いや両方を救ってやる―――
そう思ってもみんなの顔を思い出すと、不安になる。それができるのかと。

「悩んでるようやね」

風呂から上がり廊下を歩いていると縁側に座り庭を眺めていたはやてがいた。

「まだ、部屋に戻ってなかったのか?風邪引くぞ」

この十年、はやてとは兄妹か姉弟をやってきた。
あまり納得はできないけれど誕生日的には向こうが姉となるらしい。
体が弱い内は姉と主張して来る事もなかったが
良くなるに従いそのような立場を押し出してきていじられたこともあった。
今は、どうだろう?
俺より先に風呂に入っていたはやての髪は未だに艶やかに水気を帯びている。
はやてはわりかし顔はいい方だし、儚げな仕草もどこか似合う。
だから―――様に成りすぎていて独りで夜空を見上げてる、なんて姿は見たくなかった。

「はは、なんや怖い顔しとるな。隣、座らん?
まぁ、昨日の今日いきなり殺し合いに巻き込まれたんやから、士郎も悩むか」
「ちげー、このばかはやて、具合悪くなってきてる人間がいつまでも起きてるか
ら怒ってるんだ」

そう言いつつなんとなく隣に座る。

士郎は私と大河にだけ口が悪くなるんは相変わらずやなー」
「そうか?気にしたことないぞ」
「ま、そらええか。信頼の証とでも思っとく」
「なんだよ、それ」

はやての思考は時々良くわからないと思う。

「今回の事件は士郎にとってはもしかしたら、暁光なのかもしれんね…
正義の味方さん」

その言葉にドキッとする。はやては正義の味方がなんなのか知っている。
俺のそれが衛宮切嗣から受け継いだものだということを。

「それは士郎の夢や。私は応援しとる。
ただ、無理はせんで欲しいかな。
きっと辛いだろうし、悩むことも多そーやし。
もし、な…士郎が私と誰かを天秤に掛けなならん事になったら
私は捨ててくれてええ」

愕然とする、そんなことをはやては半ば照れながら言った。

「なにを―――」
「ほな、ストッーープ、や。ま、そんなことにならんよう気をつけます、
また、士郎の活躍にも期待しときます」

そう言うとはやては笑いながらゆっくり、ゆっくり立ち上がる。

「正義の味方を怒らせてしもた悪人は撤収するとします」
「正義の味方に捕まった悪人は正義の味方の部屋で
矯正を受けるってのもあると思うけど?」

いつもの日課のように俺は言ったのかもしれない。

「それやけどこの事態が終わるまでは止めとこ。
士郎も大変やろし」
「…わかった。これははやて次第だからな」

俺の答えに頷いたはやては静かに踵を返すと部屋に戻って行った。
ただ一言、念話で明日は楽しもなと残して。
もちろん俺は応と答えた。

夢を見ている。これは多分、十年前、火災の後の病院の光景。
ただぼんやりと白い壁と天井を眺めているとその男はやってきた。
その男は俺に自分の子供にならないかと持ちかけてきた。
それとも施設がいいかとも。
男の側には車椅子の女の子がいた。ある意味今思えば滑稽とも思える
切嗣の仕草に白い目を向けていた気がする。
俺が車椅子の子に視線を向けるとできの悪いキャッチセールスのように

今なら妹、いや、お姉さんもついてくるんだけど、どうかな?

なんて言った。

親子?

と俺が尋ねると、これからなるとか言ってたと思う。

君、こんな奴の子になんかならん方がええよ

その子の一言目は俺に対してだったけど視線は切嗣に向いていて、
ひどく悪意の籠もったものだった。
切嗣は情けなく肩を落として、本当に情けないくらい言われるがまま黙っていた。
逆に可哀想になってついつい俺は関西弁の子に

じゃあなんで君はこの人の子になるのさ?

なんてことを聞いていた。
その内、このおじさんは俺が守ってやらなきゃ大変なんじゃないかと
子ども心に思い、女の子に張り合うように切嗣の子になることを承諾していた。

その後、切嗣に辛く当たる女の子と喧嘩、殴り合いは
しなかったけれど口喧嘩の他、色々と勝負をした。
何故かのめり込んだのは料理勝負だったり。
審査員という意外な役得を得て喜んでいた切嗣は
僕は魔法使いだからかな。とか言っていた。
いつしかはやても落ち着き本当に平和な日々を得たのはいつだったろうか。


目が覚める―――今日は日曜日―――
聖杯戦争は明日から――

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最終更新:2008年07月30日 08:44