はやては買い物を済まし寒空の行程をゆっくりと家に戻り
玄関を開けた。と我が家を支配する空気に顔をしかめる。
我が家の雰囲気はまさに劣悪。一種の呪いのような黒い恨み節というか食べ物の恨みというか
とにかく鬱々とした感情が現在の衛宮家を支配していた。
これほど場を支配するような気配をただ感情の発露だけで行えるのは
英霊と呼ばれる士郎が先刻呼んだ少女くらいだろうか。
どうやら今はとりあえず英霊様のご機嫌を取らなければならないようだ。
自分とヴィータが外出した時、士郎は席を外しそれをザフィーラ、シグナムが追いかけていった。
その後自分とヴィータが買い出しに出たということは家内に残っていたのはシャマルとセイバー…
シャマルはセイバーのような人とトラブルを起こすようなことはないはず。
逆に青い男から助けてもらったことを深く感謝していることだろう。
シャマルが感謝…そこまで思いを巡らせるとはやては一つの結論に達した

「料理やろか…?」

いやいや待て待て確かにシャマルにはあまり台所に立って欲しくはないが
料理一つでここまで場を重くされるとは…
いや初対面の相手にシャマルの味のある料理はやはり失礼なのかもしれない。
セイバーは過去に名のある人物ということらしい。相当な美食家だったとしてもおかしくない。
隣を歩くヴィータもこの空気に嫌気が刺しているようだし
ほな解決するとしますか。まぁなんとかなるやろ
自身の空気もため息と共にやや重くしてはやては居間に向かった。

衛宮士郎は苦戦している。
ああ、聖杯戦争の第2の敵はどうやら身内にいたらしい。
偶然とはいえせっかく味方にできた英霊様は今や
衛宮家に対し全面的な悪意を発し敵と断じている。
我が家でもっとも敵意を向けられているのは先程生まれたばかりの新入り、
テーブルの上のものだった。生みの親共々敵意の中心に据えられその身は竦み体温を下げていっている―
まぁ料理だけど…生みの親はしきりに頭を下げ謝っているが子の行いは一向に許される気配はない。
セイバーはただ瞑目しているだけだがその身に纏う(怒)は一言呟いた呪詛に結晶している。
なんだかなぜかシャマルと一緒に正座しながら頭を下げ続ける自分がいた。
シグナムとザフィーラは我関せず背を向けテレビを眺めている。
セイバーの放つ不機嫌な王気を前にしても図太い2人は動じた様子もなく普段通りくつろいでいる。
シグナムに至っては気の毒そうにという視線を時々チラチラと送ってくるも
その口元には明らかな微笑が浮かんでいた。

今の状況を剣の騎士は楽しんでいた。久方振りに帰宅をしてみれば多くの強敵と渡り合える機会、
主を救う算段が付き、そしてを自分と似たような雰囲気を纏う存在を見つけたのだ、
これが愉快でないわけがない。
ただシグナムの満足そうな表情に苛立ちを覚えた士郎によって
シグナムの知らぬところで明日のシグナムの朝食のレベルは引き下げられようとしていた。

ヴィータにとって居間の光景は呆れるしかないものだった。
いざ命をかけた戦いとなれば凄まじい実力を発揮するであろう冷艶な金髪の騎士は
料理一つですっかり年相応というか外見通りのすねっぷりを露見させてしまっていた。
怒っているのかもしれないがヴィータにとってそれは
駄々をこねているようにしか見えない。
そんな相手に世間的には27歳で通っている女と家主がペコペコしているの
もまた滑稽なのだが。

「あ~あそんな奴ほっときゃいいのに。たく料理一つでそんなムキになるなよな~。
そんなに機嫌直して欲しいなら士郎が作ってやればいいじゃんかよ。
得意だろ。その辺は」

セイバーの不機嫌さが伝染したのかヴィータも口を尖らせ
頭を掻きながらいい放つ。
けれどその言葉に衛宮家の面々は天恵を受けたかのように顔を見合わせた。

「そうや、士郎の腕は一品なんよ。セイバーさんも食べたらきっといちころや。
な、士郎作てあげよ」

はやては正座していた士郎の首に腕を回しつつズズイと
セイバーに士郎をアピールするもセイバーは無反応で
ただ先程、言葉を発したヴィータを横目使いにみるだけである。

「あ、らら?」
「埒が明かない…とりあえず話をしよう。
聖杯戦争の話を。いいな?セイバー」
「そやね、今はそっちが優先やしな」

そろそろ頃合いかと感じ本題に入ろうと
する士郎にはやても相槌を打った。
立ち上がってヴィータに何か言おうとしていたセイバーは
士郎の聖杯という言葉に我を取り戻す。
金髪の女性が作ったものに不覚にも故郷の味を思い出し感極まって
ついつい感情的になってしまったがせっかくの持て成しに
少々大人気ない姿を晒したのは礼を失していた、
と思い至りセイバーは

「なかなか面白いところがあるのだな食に細かいとは。
もっと騎士然としているのかと思ったが
そういう我欲を全面に出したみっともない姿を見せるのも
悪くはないだろう?セイバー」

とテレビの前でくつろいでいた女の
にやついた一言に再び竜気が沸騰しそうになる。

「私を侮じょ…」
「シ~グ~ナ~ム~。いつまでも引っ掻き回さんでええんよ」
「あ…す、すいません主…」

セイバーが怒りの矛先を向ける前にピンク髪の女は主による
笑顔の恫喝を受け畏まってしまった。
主のこの表情はまずいあれがきてしまう!
何故、シャマルやヴィータでなく私が!? と、シグナムは恐怖した。

この世界に顕現してより5年、その間に士郎やはやてが成長していったように
外見は変わらずともヴォルケンリッターも変わった。
穏やかで和やかなこの家の空気によって。
士郎、はやて、桜という素晴らしき鉄人の腕によって、主に食に対する意識だが…

「士郎」
「ああ、わかってる朝食な」

黒い笑顔、としか形容できない主の呟きに食については
衛宮家最高法規の男が同意してしまった。
朝食が抜かれるという審判は弁護人なしで結審する。
シグナムは…拗ねた。ふて寝を決め込む。

「…みっともないぞ我らが将…」

ため息が一つ。

居間に7人がテーブルを囲んで座す。先程までのどこか弛緩した空気はそこにはない。
これから話される内容は全てが異常、超常の世界の話。
人が容易に命を散らす世界である。
5年間平和を享受していたとはいえヴォルケンリッターは
その世界の厳しさを誰よりも理解していた。
だが止まるわけにはいかない。せっかく手に入れた安息、
そしてそれをそれとして受け入れてもよいのだと気づかせてくれたはやて、そして士郎
2人の平穏の為にも聖杯は勝ち取る価値あるものである。

「俺はセイバーのマスターとしてこの戦いに参加する。
セイバーは命の恩人だし、そもそもこんな戦い、無関心でいられない。
俺達の生きてきた街が破壊されるかもしれないし
人が大勢死ぬかもしれない。
そんなのは認めなれない。だから戦う!」

士郎の決意に異を唱える者はなく皆静かに耳を傾けていた。
ヴォルケンリッターは士郎の隣に座るはやてを注視する。
士郎は彼らのまた大事な存在であるがあくまでヴォルケンリッターの主は
衛宮はやてでありその意志こそがヴォルケンリッターの向かう先を決定する
唯一の撃鉄が故に。

「覚悟はできとるわけやな。私はそんな士郎を止められやせん。
けどな生きてこなあかんよ。せっかくあの大火災から生き残れた命や、
切嗣が見つけて私達と過ごして生きてきた命や。
…私は魔術も使えんし運動能力もない。
残念やけど士郎と一緒にはきっと…戦えん…」

士郎に真摯な表情を向け暖かく伝える言葉。
けれどもそこには自らの非力に対する悔しさや悲しさも漂っていた。
だからこそはやては彼女の守護に思いを託す

「どうかみんな士郎に協力してやって欲しいんやけど…」

それはヴォルケンリッターの待ち望んでいた言葉。ならば否定は有り得ない。
4人は共に何を今更と顔に浮かべ快諾した。

セイバーははやてとヴォルケンリッターの間に懐かしくも
最後には自らの手からはこぼれ落ちた眩しき誓いをみた。
その懐かしき関係を聖杯の力によって今一度築き砕けぬ不朽のものとしたいのか
それともそんなものは始めからなかったことにするのか答えはまだない。
ただ今は3度目のこの世界で変わらぬ主従の絆を築き聖杯を勝ち取ること。
目の前の少年とその傍らの主従となら叶えられる。
そうセイバーは感じた。

「ではマスター、誓いを」
「そうだな」

仰ぎ見る少年はかつての主が息子
そしてその傍らに羨む程の忠と誠を得る少女は娘。
衛宮切嗣には娘はいたが息子はいない。
また娘はセイバーの知るその姿とは似ても似つかない。
彼等の詳細は未だにわからない。
ただ奇妙な感慨をもって新たな主の前に立つ。

「…私は衛宮士郎の剣となり盾となり
衛宮士郎の敵を滅ぼすことを誓います」
「…衛宮士郎はセイバーのマスターとして
全力を尽くし聖杯を勝ち取ることを誓う」

ここに契約は成り7騎中最優のサーヴァントとイレギュラーが
聖杯戦争の舞台に立った。


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最終更新:2008年07月30日 08:28