「む?」
「どうしたんですか、葛木先生」

 突然立ち止まって後ろを振り返った葛木に、アリシアは怪訝そうな顔を向ける。
 葛木の背はアリシアと比べてかなり高い。隣に並んでいると、首を大きく傾けなければならない。
 そうして見上げた葛木の表情は、普段の石のような無表情とは違い、やや引き締まっているように見えた。

「……いや……」

 しばらく背後を見据えていた葛木は、「気のせいか……」と呟く。
 そして「なんでもない」と首を振り、アリシアを促して歩みを再開した。
 猫でもいたのだろうか? そんな風に思いながら、アリシアも後に続く。

「それにしても、本当にわたしが手伝っていいんですか? ……奥さんへのプレゼントを選ぶのに」

 そう。アリシアが葛木と新都を歩いているのは、葛木の妻であるメディアへのプレゼント選びに協力するためだった。
 昨日、日直だったアリシアが葛木へ日誌を届けに行ったところ、「妻への贈り物を選ぶのを手伝って欲しい」と頼まれたのだ。
 思いもよらない言葉に驚いたものの、生来人のよいアリシアは断りきれず、その頼みを引き受けたのだった。
 普段から巌のように固い無表情で相手に心情を悟らせない葛木が、珍しく真剣に悩み、困っているのが伝わってきたからだ。
 ちなみに、アリシアの所属するクラスは、遠坂凛や美綴綾子と同じである。

「……構わん。私は女性の好みには疎い。君に協力してもらったほうが、あれも喜ぶものが買えるだろう」
「確かに、そうかもしれないですけど……」

 失礼だとは思うが、お世辞にも葛木は女性の好みに詳しいとは思えない。誰かに相談するのはいい考えだと思う。
 しかし、当然のことながら、アリシアは葛木の奥さんであるメディアとはかなり年が離れている。
 その点が、アリシアにとっては不安だった。もう少し、メディアと年齢の近い人のほうがよかったのではないだろうか。
 そう、例えば――

「――でも、藤村先生とかなら、喜んで協力してくれそうですけど」
「確かに、藤村教諭ならばそうだろうが……」

 葛木は一瞬、躊躇ったように言葉を切ったあと、やけに重々しく告げた。

「……彼女の趣味が、あれの好みに合致しているか、確証が持てなかったのでな……」
「…………」

 たしかに――と、アリシアは思わず心中で深く頷いてしまった。辛うじて声には出さなかったが。
 色々な意味で学園内で有名な藤村大河は、決して悪い人間というわけではない。
 しかし人柄同様、その好みも中々に……なんというか、独特だ。具体的には愛用の竹刀に付けられたストラップとか。
 もし仮に、まかり間違って虎柄の腹巻でも送られた日には、夫婦の間に亀裂が入りかねない。
 その意味では、葛木の判断は賢明だと言えた。

まあ、自分とて、母親であるプレシアの誕生日にプレゼントをした事はある。その要領でなんとかなるだろう、とアリシアは気分を切り

替えた。
 そう決めると、思考は「何を買おうか」という方へ向かう。
 頭の中であれこれと列挙していく内に、アリシアは段々と楽しみ始めている自分に気づいた。
 元々、プレゼントを選ぶというのは楽しいものだ。受け取ってくれた相手が喜んでくれるだろうか、それを想像するだけで心が躍る。
 今回は他人のプレゼント選びの手伝いだから少々勝手が違うが、それも「やってやろうではないか」という気になってくる。気分はちょ

っとしたキューピッドだ。

(フェイトとお母さんにも、何か買っていこうかな)

 自分なりの目的も見つけ、ますます足取りが軽くなるのを感じた。

「それじゃ、先生。まずはあっちのお店から見てみましょう」
「うむ」

 前方に見えた大型ブティックショップに目を付けたアリシアは、葛木を伴い店へと入っていった。
 そして、その二人から十数メートル離れた場所で――


「ああ宗一郎様……そんな小娘になんか……!」
「アリシア……そんなオヤジに引っかかっちゃダメよ……!」

 件の奥さんと、協力者である女生徒の母親が、それぞれ唇を噛み締めていたのだった。

 この二人には、アリシアと葛木の姿が、デートでもしているように見えているらしい。
 たしかに、女子高生とスーツ姿の男性が連れ立って大人向けのブティックショップを物色している姿は、
見ようによっては、背伸びした女の子が援助交際中の男性にプレゼントをねだっている情景に見えなくも無い。
 ――実際は、旦那さんは奥さんのために、娘は母親と妹のために、健気な想いでプレゼントを選んでいるのだが、
んなこたぁ怒りと嫉妬で目が曇りに曇りまくっている二人に察せられるはずも無い。
 それぞれの最愛の者達の思いなど知る由も無く、奥様と母親はヒートアップしていく。

「小娘ェェ!! 宗一郎様から離れなさいィィ!!」

「ああ……アリシア……私の可愛いアリシアが……あんな根暗そうなオヤジに……」

 唸る地響き。歪む大気。際限なく高まる魔力。

 冬木の新都は今、10年前の大火災を超える災厄に見舞われようとしていた――


 数分後。この二人は「宗一郎様のどこが根暗よ!」「アリシアが小娘ですって!」と互いの発言に大激怒し、
周辺一帯をあわや焦土としかける。
 が、直前で気づいた旦那さんやら娘やらに強烈なツッコミを受けた挙句、きっついお説教を受けるのだった。



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最終更新:2008年05月26日 10:13