良く晴れた昼下がり。
綺麗に掃除が行き届いた、衛宮邸の廊下を歩く。
純和風の佇まいは、あまり顔を出さなくなって久しい実家を思い出して、なんとなく落ち着いたりする。

途中、縁側で日干ししている布団の上で寄り添うように熟睡しているヴィータちゃんとイリヤちゃんがいて大変微笑ましかった。
イリヤちゃんがヴィータちゃんを気に入っていて、ヴィータちゃんも満更でもないみたいで、傍目には仲の良い姉妹に見えないことも無い。
でも「きのこが……回るでかいきのこが……」というヴィータちゃんの寝言はいったいなんだったのだろうか?

―――その苦悶の理由を身をもって知る日は近かったのだが、それはまた別のお話である。

これからの予定は無く、ただぼんやりとした時間。
端的に言うと、暇である。
何故だかヴィヴィオがライダーさんに懐いていて、今はヴィヴィオの遊び相手をしてもらっているために、育児の必要も無い。
こんなに休める機会は滅多に無いのだから、思う存分自堕落に過ごしてもバチはあたらないのだけど、体が何らかの労働を求めている。

「これは完全に職業病だな……」

そんな私に苦笑する。
まぁしかし、居候の身として家主の負担を減らそうとするのは至って健全な発想のはずだ。
そんなわけで、居間へと顔を出してみたのだけど、士郎くんの姿は無い。
その代わりに、別の人が居た。

「すみません、士郎くんを知りませんか?」
「シロウでしたら先ほど土蔵に居たようですが」

もきゅもきゅとケーキを食べていたセイバーさんがこちらを振り返る。
そのケーキは昨日私が作ったチーズケーキだ。
戦いばかりの私であるが、腐ってもパティシエの娘。デザート作りでは、それなりに自信があるのだ。

「ああ、ナノハ。あなたの作った、このチーズケーキというもの。とても美味です。昨日の出来立ても美味しかったが、冷やした状態のこれもまた違った味わいがある」

目を閉じて、心からの賛辞を送ってくれるセイバーさん。
そうして喜んでもらえると、こちらとしても作りがいがあるというものだ。
……でもそれは大家族である衛宮家の住人全員に行き渡るよう、やや大きめに作った1ホールサイズだったはず。
昨日の味見として四分の一(この時点でもう疑問を持つべきだった)、今の残りも四分の一。
つまり一人で四分の三を平らげた計算になるわけで……。

「ありがとうございます。そこまで喜んでもらえたなら、また作ってみてもいいかな」

やや引きつった笑みで返答する。
そうだ、また作れば良いだけの話だ。これだけ美味しそうに食べてもらえればケーキも本望だろう。
―――が、これが地雷だった。

「宜しいのですかっ!」

喜色を浮かべて身を乗り出してくる。
その手にはいつのまにか握られている、なんらかの雑誌。

「え、ええ。もちろん」
「では、これなどどうですか。大層味わい深い菓子とのことですが!」

『家庭で作れる簡単お菓子のススメ』という名の雑誌を広げて、特定のページを私に見せ付ける。
そこには、味だけではなくデザインまで食欲をそそるように作られたであろうデザートがずらりと並んでいる。
セイバーさんの指差すのは―――オペラ。
オペラ座にちなんだケーキで、ガナッシュ、バタークリーム、アーモンド生地等を重ね合わせてつくるフランス菓子である。
―――ちなみに、大変に手間暇がかかるので翠屋では扱っていないものだったりする。
それを簡単と言ってのけるこの雑誌には、子一時間ほど製造元に問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。

「……分かりました。機会があれば、がんばってみましょう」
「ぜひともお願いします。ああ、今から喉が鳴ります」

欲しかったおもちゃを買い与えてもらった子供のような顔をして、再び席についてフォークを手に取る。
あ、まだ食べるんだ、チーズケーキ。
ホールまるごと間食する健啖ぶりは、教え子であるスバルやエリオを彷彿とさせた。
普段は気の合うセイバーさんなんだけど、食べ物関連だと常に置いてきぼりの私。
これがかの有名なアーサー王なのだから、歴史とはかくも当てにならないものだと実感せざるを得なかった。

結局、買い物をすることになり、深山の商店街まで足を運んだ。
士郎くんはお客さんにそんなことはさせられないと渋っていたけど、他人の家で我が物顔に振舞うのは憚られるのが典型的日本人体質なのである。
少し無理をいって、仕事を任せてもらってきた。
それに学生とあれだけの家事の両立はかなり負担だろうにあまり誰かに頼ろうとしないから、少しくらいは強引にいったほうがいいだろうとも思っている。

道すがら凛さんと出くわしたので、軽く雑談を交わした。
今でこそ和やかに話せているけど、初めの頃は結構険悪だったりしたのだ。
主な原因は魔法使いと名乗ってしまったことらしい。
私達とは定義が異なるらしく、それを名乗ることは周囲に畏怖を与え、自らに災厄を呼ぶ行為に等しいという。
万が一本物に出くわしたら、問答無用で襲い掛かってくるだろうとも言っていた。
そんな不幸を被っているかもしれない並行世界の私に心の中で黙祷を捧げる。
我が事ながら他人事のような心境であった。

「あとは魚だけだね。これはスーパーより専門の魚屋のほうが安いっと」

士郎くんに書いてもらったメモを確認する。
分量や品切れだったときの代用品、今日の特売の詳細まで事細かに書かれていることに苦笑する。
スーパーのチラシを逐一確認して、家計簿をつけ、通帳をしょっちゅう苦い顔で睨みつける彼の姿は歳不相応な哀愁がただよっていて微妙に涙を誘う。
……滞在費は少し水増ししておこう。

「さあさあ、スーパートヨエツの福引イベントだよ!ほら、そこの美人な奥さん。やってかないかい?!」

喧騒溢れる商店街で、一際威勢の良い声が届く。
ん?何か凄く聞き覚えがある声だったような……

「お、いらっしゃ……ってなんだ、マスターか」

私を確認して、営業スマイルを崩す。
トヨエツの駐車場隅で客寄せをしているのは、間違いなく私のサーヴァントであり、アイルランドの英雄クー・フーリン。
―――なんだけど、スーパーのロゴ入りエプロンを着用したその姿からして偉大な人間だとは誰も思うまい。
掲げられた旗には『期間限定 春のトヨエツ福引イベント!』という極彩色の文字がデカデカと踊っている。
前は花屋のバイトをしてたはずなんだけど……きっと、またクビになったんだろう。

「ランサーさん、またバイトですか」
「おう。マスター、せっかくだからどうだ?」

営業ではなく自然な笑顔で薦めてくる。
戦闘時の交戦的な笑みとは違う、あどけない少年のような微笑に思わず心音が上がる。
それを気取られないよう、必死に平静を心がける。
むう……こういった我が身に慣れない感情を抑えるのは精神衛生上宜しくないんだけどな。
個人的に、そういうギャップで魅せるのはずるいと思うのです。

「分かりました。せっかくだからやってみます。いくらですか?」
「ありがとさん。一回300円な」

100円硬貨3枚を手渡す。
私は結構、昔からくじ運は良い方だったりするのだ。お正月のおみくじでも大吉率9割を切ったことはない。
……その、はずれや大凶ばかり引きまくる涙目のフェイトちゃんを尻目に、なんだけど。
ボックスの中から適当に選んだくじをを開封する。
そこにはゴシック体で3等と書かれていた。

「おめでとうございまーす!3等、わくわくざぶーんのペアチケット大当たりです!」

カランカランと抽選でお約束の鐘を鳴らして、高らかに叫ぶランサーさん。
まだ当たりらしい当たりは出ていなかったのか、周囲がざわめき、視線を集める。
しかし、わくわくざぶーんというのはなんだろう。
なんらかのレジャー施設らしいのは分かるが。

「あの、これなんのチケットですか?」
「あん、知らないのか。ウォータースライダーやら波の出るプールやらがある、年中無休の温水プールらしいぜ」

粗品と書かれた封筒を受けとる。
そうか、プールか。
思えば管理局入りしてからというもの、仕事と訓練ばかりで碌に遊びに出かけたりといったことはしなくなった。
それを思えば、良い機会かもしれない。
泳ぐのも久しぶりだし、有難くこのペアチケットで……ペア?

「ぺあちけっと……?」
「そうだよ。なんだ、あんたなら誘える相手くらいいくらでもいるだろ」
「……そうですけど」

じ……っとチケットが入った封筒を見つめる。
どうしよう?




1.ヴィータちゃんを誘ってみようか
2.士郎くんにでも譲っちゃおうか
3.―――ランサーさんに視線を送る


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最終更新:2008年05月10日 12:50