#1

転送でたどり着いた先は鬱蒼とした森だった

「ここは……アインツベルンの森か―――」

相変わらず辺鄙なところに住んどるのかと首をめぐらして呟くライダー
転送ポートを設置するにはこうした人気の無い場所は都合がいいのだが、
そんな社会的な現実問題をこの男が考慮するかと問われれば、おそらくしないだろう

「それでティア、これからどうするの?」

「まずはイリヤに会って聖杯戦争そのものを説明してもらいましょ、
後はその上で冬木市内に異変が無いか調査ってところね」

「妥当だな」

スバルに対する答えに異論は無いとシグナムも頷く
現状取れる選択肢から言っても他にさほど方法も無いのではあるが

其処から森を暫く歩き、ちょうど正午の頃合に一向はアインツベルン城へとたどり着いた
(後にシグナムが語るところによれば、
ライダーが「面倒だ」と森を破砕しながら行こうと宝具を召喚しようとしたのを止める
という手間が無ければもう少し早くついたとのこと)

「遠路はるばるようこそいらっしゃいました
歓迎いたしますわお客様」

ノックする前に開いた正面扉をくぐり、ロビーの中ほどに来たところで、
白い少女はそれを見下ろす階段の踊り場に現れた

会食の用意は整えているというイリヤの言葉に従い中庭に出ると、
小奇麗に整えられた其処に豪華な食事の並んだテーブルがあった


「お昼時だし、長い話になるから食べながら聞いてもらえば良いわ、
それで、今貴女達は聖杯戦争に巻き込まれている、コレは確かなのね?」

「うむ、いずれも現界したのは余を含め第四次、第五次の英霊ばかりであるが
相違あるまい」

ライダーの返答に難しい顔で納得するイリヤ
事前に連絡を入れておいたにしてもやけに聞き分けのいい、というか様子が何かおかしい

「何かこっちで変わったことは?」

引っ掛かりを覚えたティアナの問いに彼女はあったわよと答えた

「三日前倫敦から帰国したはずの凛が今朝未明に失踪したわ、
路上に凛のものらしい宝石が落ちてたから拉致された可能性はあるわね」

犯人は魔術師かもしくは―――

「関連があるかどうか決め付けるのは早計ではないか
―――それで、そ奴も聖杯戦争の関係者なのか?」

「遠坂凛
聖杯の御三家である遠坂家の現当主で、
第五次聖杯戦争におけるアーチャーのマスターよ」

「ふぅん、つまりセイバーとランサーめが口を割らんかった
アーチャーの真名もそ奴なら知っておるのだな?」

イリヤの返答に納得し、酒をあおりはじめるライダー、
自分の聞きたいことは聞いたので後は適当なところで相槌を打つ腹積もりらしい

「ついでに言えば倫敦の後見人はロードエルメロイⅡ世こと
ウェイバー・ベルベット卿よ」

あの人そんな本名だったのか、
と不機嫌そうな仏頂面を思い出しながらティアナは思ったが
酒瓶を掴んだ格好でライダーはほうと声を上げた


「あの小僧か
―――それで息災か?」

「えぇ、没落したアーチボルト家に取り入り立て直した名士として
倫敦時計塔では今や知らぬものの無い名講師だそうよ」

「然り、流石は余の見込んだ男よ、
うむ、良い、実に良い」

無論、それで納まる器ではあるまいがと言いながら実に上機嫌になるライダー
あの仏頂面の堅物が仮にこの男のマスターだったとすれば、
さぞや振り回されて胃の痛い思いをしただろうなとティアナは思った

「前置きが長くなったけれど、
聖杯戦争について説明させてもらうわね―――」

事の起こりは200年ほどの昔
アインツベルン・遠坂・マキリの三家がそれぞれの思惑から協力して始まった
聖杯の器をアインツベルンが、霊地を遠坂が、そして令呪をマキリが用意し、
その始まりには“魔法使い”さえ立ち会ったという
儀式の成功にマスターが戦い合う必要はなく、
召喚された七騎のサーヴァントの魂を全て「器」に注いでしまえばそれでよいのだが、
御三家の間で完成した聖杯の権利を独占するために殺し合いが始まってしまい失敗
二回目の儀式から円滑に殺し合いが進むように現在の「聖杯戦争」を模した形となった

「おい、それではサーヴァントの願いが叶わんのではないか?」

聖杯が完成するには全ての英霊を殺す必要があるのなら、
英霊は何のために召喚に応じるのか?

「えぇ、儀式としては聖杯に七騎全ての魂を注いで穴を開けるのが目的ですもの、
それに“聖杯”として機能させたいだけなら六騎も注げば十分だから嘘は言ってないわ」

肝心なところを伏せることで相手に都合よく誤解させるという、
要するに一種の詐欺である


「それで、率直に聞くけど聖杯は何処にあるの?」

冬木市が舞台であるということは市内の何処かに聖杯か、
それに順ずるシステムが存在するはずである

「小聖杯なら目の前にあるんだけど
貴女達が言ってるのは聖杯儀式の根幹となる大聖杯のことよね、
それなら柳洞寺の地下よ」

「お寺の?」

土地使用の権利関係はどうなっているのだろうか?
割と大真面目に考えかけ、ティアナは思い直してその考えを脇に置いた

「あのさ、小聖杯と大聖杯って何?」

一個の聖杯を取り合うのが聖杯戦争なんだよね?
とスバルが首をかしげながら話を引き戻す
自分なりに話を纏めようとしてはいるようだが

「大聖杯は街に仕掛けられたシステム―――ロストロギアで言うと本体ね、
小聖杯っていうのは―――」

「聖杯戦争で降臨する中身を受ける器の方というわけだな
余をはじめサーヴァントやマスターが“聖杯”と呼んでおるのは基本的にはこっちだ」

理解できたのかどうか曖昧だがとりあえず頷くスバル
あれ、でも目の前のどこにあるの? などと辺りを見回しているが

「ロストロギアにしても形状は様々だからな、
―――例えばレリックは魔力結晶だが、
今回のカレイドスコープは魔力結晶はあくまで端末で、
本体はもっと大掛かりなものだという話だろう」

闇の書のように膨大な量の魔法の知識と魔力を蓄え続けたものも
一つの万能の願望機の形ではある
器といっても実際にはそうした形である必要性はあまり無い
願望機として機能するカタチに出来ればいいのである


「と、言いますと?」

「例えばこの城やイリヤスフィール自身が聖杯であったとしても不思議ではない」

ちょうど我々の目の前にあるしなと言うシグナムにイリヤが頷く
シグナムの言うことはまさに正鵠を射ていたからである

「あなたの言うとおり、
第五次聖杯戦争の小聖杯はこの私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

第三次聖杯戦争において戦争の最中器が破壊されると言う事態に陥ったアインツベルンが
器自体に自衛能力を持たせるためホムンクルスと言う偽装を施したのが彼女の母であり、
第四次聖杯戦争の小聖杯でもあるアイリスフィールである
イリヤ自身はさらにそれに最高のマスターとしての性能を施したものであると言う

「セイバーと一緒におったあの女か、あれはマスターではないのか?」

「違うわ、第四次聖杯戦争のセイバーのマスターはお母様ではなく、
衛宮切嗣―――私の父よ」

「衛宮―――って、士郎さんのお父さんじゃなかったっけ?」

あれ、じゃあイリヤと士郎さんは兄妹? と首を傾げるスバルに対し
姉弟よとイリヤは答えた

第四次聖杯戦争は現在の新都一帯を火の海にして終結を迎えた
その時に焼け出された一般市民の少年が現在の衛宮士郎ということらしい
イリヤ自身は普通に成長することが望めない肉体ではあるが、
実年齢はむしろなのは達と同じぐらいとのことである

「それで、他に聞きたいことはあるかしら?」

「そうね、それじゃ―――」

イリヤの問いかけにティアナはいくつかの質問を口にした


#2

「あれ、おかしいな?」

首をかしげながら衛宮士郎は受話器を戻した
某国の高級ホテルの一室、日本に帰った凛に連絡を取ろうとしたのだが、
自宅も携帯も繋がらない

「流石に二年以上も持ってて充電の仕方が分からないってことはないだろうし、
何かあったかな?」

地下室で実験中で出られないと言う程度ならいいがと思いながらノックの音に振り返る
出てみると年齢不詳の日本人女性が立っていた

「お久しぶりです、えっと……御神美沙斗さん、でしたっけ?」

「あぁ、少し話があるんだけどいいかな?」

部屋に上げると随分いい部屋をあてがわれているなと感心された
士郎としてはボディーガード扱いでいるので安い部屋で十分なのだが
日本に比べるとこの国は治安レベルが低い為、
外国人は基本的にある程度高い部屋を勧められるのだという

「俺一人なら何とでもなるんですけど、
内線電話が引かれている中で一番安いのがこの部屋だそうで」

いざと言う時に護衛対象に連絡がつけられないのは良くない
一応曲がりなりにも今の自分はマクガーレン・セキュリティの嘱託扱いなので、
雇用主に迷惑を掛ける訳にはいかないのだ

「まぁ、路上に自販機が置けるような治安レベルではないからね
―――さて、本題に入ろうか」

ソファーに座り美沙斗は管理局からの情報なんだが、と前置きしてから口を開いた


「遠坂凛さんが失踪した、日本時間で今朝未明のことだそうだ」

「遠坂が?」

なんで管理局からそんな情報が? と首を傾げながら嫌な予感を感じる士郎

「次元犯罪者によるものかはまだわからない、ということらしいけどね、
向こうの事件と関わりがあるかもしれなくて、今あの子の教え子が冬木に行ってるんだ」

美沙斗の言うあの子とはなのはのことである、
その教え子で捜査関連と言うことはティアナ達かと士郎は思った
もっとも、士郎からすればなのはよりティアナ達のほうが面識が先なのだが

「むこうで魔術師が関係する事件が起きてるのか……」

少し心配だ、物理的には下手な英霊並みに戦える連中が揃っているが、
大丈夫だろうか

遠坂さんの身の回りで彼女に恨みを持ってそうな人物に心当たりは?
という問いに士郎は首を横に振った
指し当たってルヴィア辺りという答えがあるにはあるが、
彼女の場合正々堂々正面から決闘を申し込むだろう
(全うな“魔術師の決闘”になるかどうかは脇に置いておくとして)

「なら、聖杯戦争の秘密をかぎまわる魔術師がいる可能性は?」

「それはいるでしょうけど、それなら遠坂よりイリヤの方が―――」

其処まで答えて、この人に聖杯戦争の話したっけ? と士郎は首をかしげた

「一体何故?」

「あの子達から頼まれた質問をしただけで中身の説明は受けていないよ
聞いた限りだとシュバインオーグと言う人物の技術を用いた物と言う話くらいかな」

私にはさっぱりだと言うが、
聖杯戦争の御三家にシュバインオーグなる人物はいないはずである
向こうの事件の原因であるアーティファクトの関係者だろう


一人納得し、なるべく早く直に連絡を取ろうと決める
コレが日本なら国際電話で済むが、
ミッドチルダとなれば最低でもイギリスに戻らないと次元通信ができない

「分かりました、俺の方は今週は動けませんが、
イギリスに帰ったら向こうに連絡を入れます」

「そうしてくれると助かる、
私もそう何度も伝令役を引き受けられるほど暇じゃないしね」

と言うよりもむしろ忙しいはずである
香港の国際警防隊の指揮官で管理職なのは伊達ではない
一頃に比べれば落ち着いたとは言え裏社会の闇はまだまだ深いのだ

「さて、部下を待たせてるんで流石にもう行かないと」

フィアッセに会っておきたかったが時間が無い、
と彼女はソファーから立ち上がりながら苦笑した
来る時も唐突だが去るときも唐突だ

去り際、その気があるならウチに連絡をほしいと言う何度目かになる言葉に、
その内にと同じ返事を返す

実際そろそろソングスクールやマクガーレン・セキュリティから離れるべきだろうと思う、
本格的に“その道”に足を踏み入れるなら“向こう”の方が確かだ

一時間後、
そんなことを考えながら士郎はクライアントであるフィアッセと合流しホテルを後にした
行き先は難民キャンプ、クリステラ・ソングス校長の慰問コンサートである


#3

夜半、柳洞寺山門前石段

イリヤの説明を受け「一晩霊地の監視に回る」という結論に至ったティアナ達は
それぞれ四つの霊地を中心に冬木市内に散らばっていた

「セインをつれてきた方がよかったか」

大聖杯にいたる地下洞窟への入り口を確認し石段前へと戻りながらシグナムはつぶやいた
入り口は崩落により塞がってしまっており、一朝一夕に撤去できる状態ではなかった
セインならISディープダイバーで内部を確認できただろうが居ないものは仕方がない

「境内も調べた方がいいか……む?」

石段の中腹辺りの踊り場まで戻ってきたところで山門の方に気配を感じ、
シグナムはそちらを振り仰いだ

柳洞寺の住人か、見咎められたらどう言いつくろうか―――

目を向けた先、山門の正面に立つその人影は、静かに月を見上げていた

「今宵はまた上弦の良い月が出ている、そうは思わぬか?」

視線こそ向けてこないもののこちらには気づいていたらしい、
いわれて見上げると確かに半月ながらなかなかに良い月が出ていた

なるほどと頷いて、
気を悪くしないうちに立ち去ろうと石段を降りようとしたシグナムを人影が呼び止めた

「待たれよ、事情は知らぬが私はここの門番でな、
態々このような刻限に参拝するような者を黙って帰すわけには行かん」

なにより、その様な清んだ剣気で通りがかられては黙っておれぬ
と、その影はゆっくりとシグナムの居る踊り場まで降りてきた


其処まできて影にしか見えなかった理由をシグナムは理解した
降り立った相手が水墨画のような黒尽くめの和装に白い髑髏面をしていたからである

―――アサシンのサーヴァント?

黒尽くめに髑髏面という格好からそうであろうとは思うのだが、
同時に違和感がありすぎて判断に困る
特にこうして自分の目の前に態々姿を現す辺り、どうにもおかしい

「門番と言ったな―――
一体、誰に命じられたものだ?」

首もとの愛機に手をやりながら問いかける

「さて、
しいて言うならこの身の依り代があの山門であるが故、と言ったところか」

はぐらかす様な言い回しだが、さりとて嘘というわけでもないようだ
いずれにせよ、このまま立ち去れる状況ではない以上、迎え撃つ以外に選択肢は無い

「レヴァンティン!」

呼びかけに答え炎の魔剣が起動する、騎士甲冑に転じた彼女に対し、
影はゆっくりとその背の長刀に手をかけた

「時空管理局ミッドチルダ首都防衛隊シグナム二等空尉だ
立ち会う前に名を聞かせてもらおう」

「名乗る程の持ち合わせは無いが、
名乗りをもって問われたとあれば応えねばなるまい」

長刀にかけた手を止めてそう答えると、影はゆっくりと面に手をかけ
おもむろにそれを脱ぎ捨てた
その下より現れた涼やかな声にふさわしい美丈夫としての顔立ちである
口元に浮かべた笑みはシグナムの剣気を受け止めてのものと見て間違いなかった

「アサシンのサーヴァント 佐々木小次郎
―――ではシグナムとやら、存分に果たしあおうぞ」

改めて背から長刀を抜き放ち、まっすぐに突きつける
それを見て知らずシグナムの口元が釣り上がる
なにより剣士として挑まれては退くわけにはいかない
答えるように彼女も剣を掲げ、その切っ先を打ち合わせた

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最終更新:2011年01月15日 14:33