………………
………………
………………


「アサシンさん……凄いよ……ゾクゾクする」

「むう………」

スバルの羨望と憧憬の吐息は、ここに集った皆の心を代弁したものだ。
怒声と、絶叫と、沈黙と、いずれを口に発したかは人それぞれだが―――

彼らの目前には雲すら突き抜ける火柱が上がっていた。
2者の立会いによって生じた竜巻の如き力の奔流。
土俵を飲み込む赤と七色の魔力光は成層圏にまで届き
ひしめき合い、マーブルのように混ざり合い、周囲の土俵を巻き込んで崩壊させていく破壊の渦。

紛う事なき奉納祭。 善きも悪しきも偏に天に帰する意味ではまさにそう。
渦から漏れ出る力が火の玉のように会場中に降り注ぎ
大地を穿ち、次々とクレーターを形成していく。

ここに集う者達がいずれも常人離れしていたのが幸いだ。 
一般人の入場を規制していなければ今頃、どうなっていたか想像に難くない。


力の発露はゆうに20と数秒ほど続き
そして天変地異が収まった後―――――


「…………2人は?」

チンクが唖然とした呟きを漏らす中―――

ドサリと、何かが地面に落ちる音が木霊した。


――――――



土俵は跡形もなく消滅し、残るは2人の力士がその地に刻んだ激戦の御徴。
地底のマントルにまで届こうかという巨大な孔のみである。


そして――――誰かが、喉の奥から詰まったような呻き声を……あげた。



――――――


――― 神に等しきその御身が地に伏す光景 ―――


その敗北を、彼らは夢にすら描けなかったに違いない。

世の何物を以ってしても犯せない、その象徴たる王の微笑は見る影も無く
苦しげに、競り上げるような吐息を漏らして倒れ付す、彼女。

もはや隠し切れない憔悴と、豪奢な衣、纏った薄絹のほとんどを破損させた―――


「………及びません、でしたか」


満身創痍の肉体をごろりと仰向けに寝かせ、満点の星空を見上げて……

彼女は己が敗北の言葉を呟いた。
口の端からつ、と血の筋が垂れる。


そして、直後―――――

ズズン、!!!とジャバウォックの巨体が地に落ちる。


巨大質量が地響きを立てての落着。
ゆうに重機1台分に相当する巨体の墜落だ。 
見物人の体が浮き上がって余りある衝撃が奈須山中に轟き渡る。

境内の中央に深く、深く穿たれた孔を挟むようにして地に横たわる力士と力士。
その結果に対して皆の胸に去来するのは感動か悔恨か、羨望か無念か。
心ここにあらずといった誰かの呟きが漏れ出てしまう前に―――


「………ししょー」

「分かってるわよぅ…………娑婆王(四股名です)ーーーー!!!!
 朝聖王、地面にセメダインの如く張り付いたチート横綱を、何と土俵ごと引っくり返そうという前代未聞の試みっ!
 かわいい顔してその気質は星の一徹そのものか! 豪快極まりない仕手でしたが、惜しくも敗れましたーーー!」

行事が勝者の名を上げるのだった。


祭りは終わった――――今度こそ。


――――――

沈黙に包まれていた境内に―――次いで上がったのは割れんばかりの大声援。

ジャバウォックの躯の両胸には、彼女の双掌破の後が聖痕<スティグマ>のように刻み付けられていた。
深刻なダメージである事は疑いようもない。
仮想プログラムである巨人の体躯がジジジ、と存在を危ぶまれるようなノイズを走らせている。

あれが……あれが戦火の渦に消えた最強の聖拳。
次ぐ者が途絶え、歴史の闇に埋もれて久しい幻の戦技の一端か。


「ジャバウォックが疲れちゃったみたい―――今日はそろそろおうちに帰る時間ね。
 行こう私……早く帰らないとママに怒られちゃうわ」

「そうねワタシ……ナーサリーライムは童歌。 
 紡いだ逸話は皆の記憶に残る。 それだけでワタシは―――」

紡ぎ手は1人よりも2人いた方が何倍も楽しい。
御伽話の王様に感謝と敬意を示しつつ―――

しかして、その謡うような言葉が最後まで紡がれぬままに
双子は陽炎のように消えていった―――巨人と共に。


そして聖王もまた―――横たえていた身をゆっくりと起こす。

相当にきつそうだが、200の信徒が自分を見守っているのだ。 
いつまでも地に伏せているわけにはいかない。

「素晴らしき英霊達の集い……その眩さに引かれました。
 不肖、武の道を歩んだ者としていても立ってもいられなかった……
 働いた無礼を許してください」

自身を見据える異郷の英霊たちに尊敬の意を―――
自身を見上げる敬虔なる信徒たちに感謝の言葉を―――

いずれまた強者と武を競える事を夢に見て
変わらぬ微笑を称えた姿は徐々に薄れていき―――

ベルカ戦役最強無敗の英雄。
聖王オリヴィエ・ゼーゲブリヒトは陽炎のように

秋の空が映し出す夢のように――――虚空へと消えていった。


――――――

聖王信徒の象徴たる彼女が負けた―――

だがしかし、誰もその敗北を恥とは思わなかった。
絶叫し、喉を潰し、命をも搾り出すほどの声をあげる信徒たち。
もはや感極まって誰の顔もくしゃくしゃだ。 
彼らの涙を止めるあらゆる身体機能がその役目を放棄し
何が何だか分からなく、言葉にならない嬌声を喚き散らす者すらいた。

「ジャンヌゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!!」

何か妙なのも混じってる気がするが……


――――そして最後、彼女はまたも高町なのはの方を向いて微笑んだ。

見せたいものは可能な限り見せた……そう言わんばかりの表情だった。 
その瞳に込められた想い。 理解の及ばぬままに、それでも精一杯受け止めた。 

――― この目に、記憶に焼き付けた ―――

「………」

言い知れぬ高鳴りに支配されるなのはの胸の奥。
その熱さに苛まれ、自身の胸をぎゅっと握る。

「あれが聖王………今の私じゃ、全然届かない」

そして、なのはの傍でオリヴィエの戦いを見守っていた少女。
彼女もまた、何か大きな想いを胸に秘め、両手をきつく握り締めている。

「でも、いつか必ず」

「あの、貴女は………?」

なのはが背後から彼女に声をかける。
この少女の事が何故か凄く気になったから。

「……………」

だが、声をかけられた途端
まるで人と接触するのを嫌うかのように少女はその場を後にする。

今はまだ表舞台に立つ時ではない―――運命が彼女にそう伝えたのだろうか?
誰とも関わる事無く静かに舞台を降りた少女。 その背中を呆然と見送るなのは。
聖王に並々ならぬ感情を抱いていた彼女の瞳には確固たる意思が垣間見えた。

高町なのはは知る由も無い。
顔すら満足に見る事の出来なかった、この少女の名は――――アインハルト・ストラトス。

聖王オリヴィエと最後まで凌ぎを削った覇王イングヴァルトの末裔。
後に愛娘ヴィヴィオの終生のライバルにして、かけがえの無い友達になるであろう彼女の事を―――


今のなのはが知り得る筈もなかったのである。


――――――

もう一つの最終決戦 ――― 

東場所と対を為す西の土俵。
ほとんどの人間が現世に降り立った伝説の王の姿に目を奪われていた頃―――

「イスカさん、例の反省室……相当、キツイって噂ですけど大丈夫やったん?」

「うむ、なかなかに愉快な体験であったぞ」

豪快にガハハと笑う征服王イスカンダル。 
流石だ。 この大器の前では釈迦の説法も異国の音曲と変わらないという事か。

「まあ、相応のペナルティは貰ったがな……1週間の征服禁止だとよ…………トホホ」

前言撤回、それはきつい。 やっぱりとても堪えているようだ。
「ありゃあ征服出来んな……」と、彼の呟き。 
ううむ、げに恐ろしきはヴァルハラである。

「それはそうと見よ。 あやつめ、人の上に立つ者の悲哀を極めておるぞ。 
 なかなかに見応えがある……お主の上官であろうが? 応援せんでいいのか?」

「応援かぁ……せやけど……う、う~ん」

少し躊躇った後、蚊の鳴くような声ではやては彼に声援を送る。

「レ、レジアス中将! ファイトですー」

「黙れ小娘がっ!」 

帰ってきたのは罵声。 肩を竦ませるはやて。

「貴様に応援なぞされたくはないわっ! このわしを犯罪者扱いしおってっ!!
 わしの意地、わしの心根、そこで黙って見ておるが良い!」

「この通り、嫌われとるん……居心地悪いなぁ」

取り巻く応援団はかつての地上本部、レジアスシンパの連中で占められている。
はやては完全にアウェイだ。
突き刺すような視線に晒され、正座での鑑賞を余儀なくされている。

東中央では凄い事になっているらしい。
携帯の向こうであのカリムグラシアが支離滅裂になっているのだから余程の事だ。
義理立ての世知辛い付き合いが終わったら、一刻も早くアインスの応援に駆け付けたいというのに……

「レアスキル持ちがそんなに偉いか!? キャリア組がどれほど優れているというのか!?
 サーヴァントがどれほどの者だというのかぁ!?」 

猛る中年……もとい、中将が相手に突進する。
体重を乗せた張り手が見事、相手の顔面に炸裂。
バチコーンと響き渡る肉を打つ音! これは決まったか?

「――――――、」

「ぬ、ぬおっ!?」

だが相手は……男の半分も無い、その肢体は1歩も揺るがない。
張ったレジアスの方が返ってくる衝撃で崩れてしまうほど。 まるで大木だ。

「吼えたな―――泥に塗れた中にも、切なる光を感じさせる吐露は実に心地良い」

ぐぎぎ、と全体重をかけて敵を押し出そうとするレジアス。
だがしかし、琴を背負うにも難そうなその細腕がゆらりと動く。

「だが、まだ甘いわーーーーーーー!!」

「ぐほぉあっ!!?」

フワリ、と薔薇の花が舞う。 諸共に中将の横っ面が弾け飛ぶ!
口から鮮血を撒き散らし、100キロ超の巨体が回転する。
駒のようにきりもみし、そのまま土俵外へとスピンアウト―――

「ふんぬっ!!」

否! 巨体は土俵際で踏み留まる。
ガクガクと震える膝に活を入れ、男は雄々しく敵と相対するのだ。

「父さん無茶です! 相手はサーヴァントなんですよ!?」

「無茶か……思えばわしの人生は無茶、無謀に彩られたものであったな。
 無力なわしに出来た事と言えば決して諦めず、愚直に前進する事のみ……ならば!」

打ちのめされ、這い蹲っても、決して負けを認めるわけにはいかない。
でなければ力及ばず死なせてしまった部下に申し訳が立たない。
決して叶わぬ物―――叶わぬ事に挑み続けた。 それが彼の生き様そのものだ!

「間違っているぞ――――そなた」

だが今、男の生涯を否定する者がいる。
限界の際まで食い込んだレオタードを一片の羞恥なく着こなし
煌びやかな注連縄を施されたバトルスーツが身体の線を惜しげもなく晒している。
赤を基調とした装束を上から羽織ったサーヴァント――――セイバー。

赤剣は吼える。 原初の火の如く煌々と。

「悲壮な覚悟は、己の無力を嘆く心の裏返し。
 頂に身を置く者に無茶、無理、などとのたまう口など必要ないわ、このたわけ者っ!」

言って、爆発的な仕切りから瞬時にレジアスの内側を侵略するセイバー。
高らかに己が王道を謳いながら紡ぐは隕鉄の鞴・皇帝連拳コンボ01!

「権は剣なり―――権力という大いなる力を手にしていながら、それを無力と卑下する愚かさよ!」

「ぶおあっ!?」

下から突き上げるような掌低―――

「全ての無理を押し通すのが君臨者たる皇帝の力!
 故にいかなる敵を前にして、なお無敵と自覚せよ!」

「ぶぼばばばばばっ!?」

全身に突き込まれる百烈拳―――

「現に富も! 栄華も! セイバーの座すらも! 絶対皇帝たる余の思うが侭であったわっ!!」

「どはあああああああ!!?」

仕上げとばかりに、中将の鼻面に強烈なドロップキックが炸裂した―――!


「セイバー(青)さん、聞いてたら怒るわ……特に最後」

「あやつもせめて、この半分でもはっちゃけられればなぁ……
 ちいとはマシな余生を歩めただろうに」

ダルマのように吹き飛ぶ中将。 
だが、またも残す! 彼の体のどこにそんな力が眠っているのか!?

「わしを舐めるなーーー!!!!」

「ぬ"うっ!?」

セイバーの飛び技の着地を狙い、レジアスゲイズは必死で組み付く。
難破した船の支柱にしがみ付く熊の如く!
そのまま体格を生かした鯖折を敢行するレジアス。

セイバーの細い腰を、背中を、ギリギリと締め上げる中将の豪腕。
気力だ。 圧倒的戦力差を中将は気力で埋めている。

「思うがままに散財し、謀殺し、国から追われた妖婦だろ貴様は!
 そんな奴に地上の平和を守る事の難しさが分かってたまるかぁぁ!!」

「ふ、ふん……! 力及ばぬ無力を嘆くは今わの際にする事だ。
 権謀術中に彩られ、そなたと同様、惨めな最期を迎えた余ではあるがな……
 この身は一度として己が<剣>を無力などと辱めた事は無いぞ!」

気合一閃、中将のクラッチを力づくで切るセイバー。
箒のように細い腕が丸太の如きレジアスの両腕を押しのけ
そのベアハッグが徐々に開放されていく。

「確か煩悩の数は108であったな―――貴様で最後だ、レジアスとやら。
 横綱たる余が支配者の何たるかを教えてくれよう。
 そして余の軍門に下った暁には……貴様もこの素晴らしき衣装を身に纏うのだっ!!!!」

オーリスが「ひっ」と短い悲鳴を飲み込んだ。
彼女の後ろには暴君に敗北し、ソレを着させられた局員達の姿が(当然、オーリス含め)。
彼らにとっては、教会における聖王と同義の存在であるレジアスゲイズ。
象徴であり、最後の砦……辱められてたまるか……我らが地上の誇りと矜持を!

――― というわけで、ここもある意味、最終決戦 ―――

局員の悲鳴のような歓声が飛ぶ中で、はやては早々に家族の応援に赴く事を諦める。

「カリム、あかん……ちょう、そっちには顔出しできへん。
 あと西方の横綱が決まったよー。 
 うん、うん、そうや。 皇帝特権とかそういうので」

携帯を切って溜息をつくはやてである。

「ふむ―――やはり、あの赤いのとも相容れんな」

「あの衣装を着たリィンフォース、見たかったなー……」

西場所にて毒婦と中年のぶつかり合いは果てる事無く続いたという。

それが傍から見て、裸のトドが少女に汗だくで抱きつき
絶叫している犯罪的光景だったとしても―――

それは聖王の舞いに勝るとも劣らぬ
心震わせる取り組みであった事を、ここに追記しておかねばならない―――――


――――――

「あーもう! 悔しい、悔しいっ!」 

旅館のエントランスに少女の高い声が響く。

「やっぱ納得いかない! 何で私のバーサーカーがあんな……
 どこの馬の骨とも分からない奴に負けなきゃならないのよ!」  

「分かるわぁ。 悔しさっていうのは負けた直後より後からじわじわ来るからね」

「負けてないっっ!! 10回やったら9回はバーサーカーの勝ちだった!」

「アーチャーも射撃で似たような事言って負けてきたわね……
 ま、その1回をあそこで引き当てた不運を呪いなさい」

「うう~~~」

地団太を踏むイリヤ。 よほど悔しいのか目に涙が滲んでいる。
少女にとってあのバーサーカーがどれほど特別な存在か分かろうというものだ。 
移入している感情もひとしおだろう。

誰もが聖王が殺される、とまで思ったあの大一番。
10%以下の勝率をここ一番で引いてきたのは流石、英霊といったところか。
しかし濃厚な敗北の図式を覆し、勝ちを手繰り寄せるのは秘めたる想いの強さだ。
今日は絶対に勝ちたいと願ったイリヤ。 その願いを凌ぐ想いがあの拳士にあったという事か?
こんな祭の席で、あれほどボロボロになってまで、かの美しき王は何を求めたのか? 何を示したのか?

(ま、そんなの人それぞれよね……他人が与り知る事じゃない)

そうだ。 譲れない想いはただ密かに誰にも知られる事無く灯せばよい。
自分とて明日はあの化け物相手に、10回に1回の勝利を掴みにいかねばならないのだから。

「ほら、イリヤ」

士郎がハンカチを渡してやると、レディとして少しは恥ずかしくなったのか
スン、スンと鼻を啜りながら涙を拭いて大人しくなる少女である。

「でもイリヤだって、あの相手の強さは認めるだろう? 
 セイバーも震えたって言ってたからな」

「………」

「だったらまずその心を尊重しないと駄目だぞ? これは戦争じゃなくてスポーツなんだから」

その言葉に一瞬、目を見張る少女だったが―――

「………だからこそよ。 今すぐ再戦を申し込むわ。 
 勝ち逃げなんて許さない。 今度はホントにホントに本気なんだから!」

「負けず嫌いの悪魔っ子め………だけど、あれじゃねぇ」


意気揚々と少女が目指す敵の本丸……凛が指を刺した先では―――


――――――

「――――聞こえなかったのか? 我が自ら謁見の許可を与えると言っているのだが」

「………」

「まさかこの英雄王に2度、同じ台詞を吐かせるのではあるまいな?」

「こちらも2度は言いません。 陛下は現在、どなたともお会いになられません」

カリムグラシア、シャッハヌエラ、そして後方に集う聖王騎士団。
英雄王に一歩も引かぬと立ち並ぶ勇猛なる騎士たちだ。

「この偉大なる我の訪問を無碍にすると申すか? 
 その罪―――貴様ら全員の命を以って償う覚悟は出来ていような?」

「とうに……あのお方の御身は我ら全員の命よりも遥かに重い。 
 ただし聖王信徒一同、勝てぬまでも貴方の鎧に我らが信仰を刻むくらいの事はして見せましょう」

王の灼眼に怒りが灯る。 
さりとてカリムも一歩も引かず……一触即発とはこの事だ。

「まあ待て待て! 双方、落ち着け! そなたら少し勘違いをしておるぞ?
 何も取って食おうというわけではないのだ。 同じ王として我らの邂逅、その記念となるべき会談をだな……」

「だあああっ! 貴様こそ待て待て待てぇぇい!! 余を差し置いて何を勝手に話を進めておるかーー!!」

「ちっ……ややこしいのが来おった」

廊下からドドドドと駆けてくるのは赤セイバー。
白いスーツにこびり付いた赤い染みはヒゲの返り血だろう。 生々しい。

「おう、息災か赤いの。 あのけったいなサウナスーツは全部、配り終えたのか?」

「ふふん♪ 任せろ。 たった今ノルマを…………………て、違ーーう!!! 
 余の意向を無視したその無体な進行、ひたすらに遺憾の念を抱くぞ!
 この競技は東と西に頂点を頂き、最終的に両者で雌雄を決するものではなかったか!?」

肩を怒らせるセイバーこと暴君ネロ。

「西の横綱は余だ! 余こそが噂の美姫を存分に愛でる資格がある!
 さあ、聖王とやらを出せ! 余との統一王者決定戦ではせいぜい可愛がってやるから!」

色々と違う競技が混ざっている。

「横綱って……そりゃ、お前さんが勝手に言ってる事だからなぁ。
 あと紛らわしいから一人称、変えろよ」

「ハ―――、誰かと思えば世に無能を晒したまま野垂れた愚帝か。 
 バビロンの毒婦とやら……よもや我と対等のつもりではあるまいな? 
 そも、貴様如きがセイバーと同等のクラスに収まっている事自体、許しがたい暴挙であるぞ」

「暴挙とは誰の事だ? バビロニアの英雄王よ。 
 自身の許容を超えた財宝に埋もれ、使い潰すような輩が至高の宝玉を手に取るなど断じて許さぬ。
 聞き及ぶ限りの麗しき美姫―――芸術と名のつくものは全て余にこそ相応しい!」

「いいだろう! では誰があの麗しき王を従えるに相応しいか、ここで王問答と行こうではないか!」

「……もう帰ってくれませんか? 貴方たち」


――――――

「収拾つかないな、あれは……」

「ああ、もう! うっとおしい連中ね!」

ついにはあそこで酒席を催そうとしている大王を騎士団が必死に押し返している。
あの中に飛び込むのは、とてもとても遠慮したいところだ。

「今日はもう無理なんじゃないでしょうか? それにしても凄い人気ですね」

「只事じゃないからな。 あの面子をごぼう抜きなんて」

「抜かれてない!」

「はいはい……まあ、ゲームってのはそれくらいムキになって丁度良いのよ。
 大人気ないと言えばそれまでだけど、遊びは本気でやるから面白いんだから。 
 卓上テーブル引っくり返してリアルファイトに発展するくらいが丁度良いわ」

「いや、それは駄目だろ」

「ところでイリヤ……何であの時は止まったの? 貴方、令呪を発動しようとしてたわよね?」

そう、皆が聖王の背中に釘付けだった時、凛も士郎もしっかりとイリヤの挙動を監視していたのだ。
彼女が乱闘を起こす気配を誰よりも早く察知していたからである。
だから少女があの時、悋気を飲み込んでくれた事に胸を撫で下ろすと同時に
あそこで自己を抑制出来たイリヤに対し、腑に落ちない点が残った。

「らしくないなぁって思ったのよ。 やけにあっさり引き下がったけど、何かあったの?」

「………………」

それは珍しい光景だった。
歯に絹着せないこの少女が、何故か言いにくそうにもごもごと口元を淀ませる。 
首を傾げる凛である。

「………別になんでもない。 私もオトナになったってだけの事よ」

これ以上、少女が口を開くことはなかった。


   だってそれは多分、幻聴だっただろうから。
   その声の主がここに来ている筈が無いのだから。


「そんな事より自分の事を心配したら? 
 明日も無様を晒したら本当に死ぬほど大笑いしてやるんだから」

少女は苦渋の奥に確かに感じた温かい幻聴を胸の内に仕舞いこみ―――
明日の大一番を控えた凛に話を逸らすのであった。


――――――

エントランスのソファにて―――

押し問答を続ける王と教会の面々を遠巻きに見守っているのは高町なのはだった。

両膝にかかる適度な重みは娘のもの。 
ヴィヴィオが大好きな母の膝枕の上でスヤスヤと寝息を立てている。
時折、寝返りを打たれてくすぐったいが、それも心地よい感触だ。 
この手に抱ける最愛が今、確かにここにあるのだから。


「こんばんわ――――キミの子どもかい?」

そんな親子の睦まじい姿に誰かが声をかけた。

重みのある渋い男性の声。 誰だろうと顔を上げる。
すると2人連れの男女のカップルが自分を見下ろしていた。
否、夫婦、か? 年の頃は30歳に届くほどだろう。

「はい。 大事な私の娘です」

「かわいい………ちょっとだけ抱かせて貰えないかしら? ……駄目?」

「あ、はい。 どうぞ」

そう告げたのは女性の方。 
息を呑むほどに美しい……けれどどこか儚い印象を受ける、肌も髪も真っ白な貴婦人だった。
ふと、あの雪の少女の面影を思い出させる―――

「貴方、今幸せでしょう?」

「え?」

「こんなかわいい子を自分の娘として抱く事が出来る……母親の―――――女の本懐よ」

優しい手付きで娘の頭を撫でる婦人。 
未だ拙い自分のそれとは違う、本物の母親の抱擁だった。
ヴィヴィオに、抱く人間が変わった事すら気づかせないほどの手管。 ちょっと悔しい。

……女の本懐。 考えた事もない、わけでは無いが……

考える暇はなかった。
この10数年は壮絶に忙しくて、自分の抱いた夢は他の夢への浮気を決して許さなかった。
だけどこうして娘を持ってみて、自分の価値観が揺らぐほどの何かをヴィヴィオが与えてくれたのは事実だ。

他愛の無い話に花を咲かせる母2人。 
そしてそれを1歩下がった位置で目を細めて見ている男の人。
とても優しそうな、虫も殺せないような印象を受ける。 

まさにお似合いの夫婦といった感じだ。
それを見て「いい……」と思ってしまうのは高町なのはがエースである前に紛う事ない女であるからか。

「ありがとう」

婦人からヴィヴィオを返される。 

「いえ……お2人も慰安旅行の参加者ですか?」

「いや、僕らは個人的に。 忙しくて新婚旅行もろくに出来なかったものだから……
 今日はその埋め合わせというところかな」

そうだろう。 参加者名簿は大方目を通したが、この夫婦に見覚えが全く無い。
全てを把握しているわけではないが、記憶の隅にも残らないという事は恐らく無い筈だ。
自分はこの2人の事を知らない、全くの初対面だと断言できる。


   だのに、何だろう?   
   何かが、とても心に引っかかる。

   彼らを……否、彼らに自分と、とても近しい何かを感じてしまうのは―――


「―――――キミはこの娘をどう育てていくつもりだい?」

「え?」

いきなりの質問に面食らう。
男性の得も言われぬ迫力に押されたのもあった。

「あれほどの力を持っている以上、きっと一般で言うところの普通の人生は歩めない。
 何よりも周りが放っておかない。 どれほど望もうと彼女は多分、一生平凡とは無縁な人生を送る事になるだろう」

「………」

それは自分が今、娘に対して抱いている悩みだった。 男性の言うとおり、力とは力を引き寄せる。
法外な力を持つ者は、否応無しにそれを発揮する事を世界から強制される。
だからこそ高町なのはは悩んでいたのだ。 この娘を強くしてあげる事にすら成否が見えなかったのだ。

「闘いと……力と無縁の人生を歩ませたいという気持ちは当然ありました」

そして自身の想いを紡ぐなのは。
初対面の、見ず知らずの夫婦に何故こんな話をしてしまうのか?
不思議と自然に口をついて出てしまった事に彼女は驚きつつも……… 
2人が悪い人には見えなかった事や、何よりこちらを見る彼らの目がとても優しくて
自分を実の娘のように眺めるような温かい光を見て取れた事で納得する。

「でも多分、無理でしょう……あれほど強烈な魂を内に宿すこの子に、それを抑え付けさせる事なんて出来ない。
 そんな事をすれば、どれほど歪んだ一生を送らせてしまうか分からない」

本当の自分を忌み嫌い、拒み、己をひた隠して生を送るものもいる。
だがそれは悲惨な人生だ。 自分を偽り続けて送る生の何と苦しい事か。
ならば力の使い方を決して誤らない様、周りが導いてやれば、それが一番良い筈だ。
誰かに利用されないように、自身の力に溺れないように、周りが守ってやれば良い筈だ。

それは自分がかつて出した結論で、そして自分が大人たちにして貰った事でもある。
だから自分も、この娘の歩む険しい道を見守り、共に歩む義務がある……それこそ全力全開で。

そこまで口にして、なのはは先の聖王が自分に向けた視線―――
迷いに苛まれている自分に聖王オリヴィエが何を伝えたかったのかを理解した気がした。


   出来うる限りの自分を見せた。 
   己の拳を、己の道を、己の辿った宿業を。

   その上で―――どうかこの子を頼みます……


自分の遺伝子を持って生を受けてしまった幼い魂を、どうか見守ってやってくださいと―――
迷わずに、怖じけずに、貴女の全てをこの娘に注いであげて下さいという、それは彼女なりの後押し。
彼女の必死の戦いに、自分だけに宛てられたそんなメッセージが込められていた事をなのはは理解する。

ヴィヴィオはこれからも自分に戦い方を教えて欲しいと願ってくるだろう。
この頼りない背中をずっと追いかけてくるだろう。
だけど技術的な事ではないのだ。 背伸びをしなくても良いのだ。
その在り様を、その生き方を―――今日、自分が目に焼き付けたものと共に伝えてあげれば良い。

「見守ってやる事だ………………
 僕らには無理だったけれど、キミにはそれが出来るし―――その力もある」

「頑張ってね……絶対に後悔しないように」

「………はい」

なのはが何かの核心を得た事を、まるで理解しているように
夫婦は母親一年生の彼女に激励の言葉を送り、去っていった。
親という面で見れば不屈のエースとてまだ雛鳥のようなもの。 
あの2人はまるで、そんな彼女の拙い足取りを見るに見かねて肩を貸してくれた親鳥のようで―――

去って行く時も本当に幸せそうな、憑き物が落ちたかのような夫婦の顔が……とても印象的だった。
自分もあんな顔が出来るだろうか? 愛しい者とかけがえの無い者と一緒に歩んでいけるだろうか?
それでも微かに憂いを秘めた夫婦の表情。 本当は会って話したい人間がここにいたのかも知れないが……


そんな男性の背中が、外見はまるでそぐわないというのに―――

――――――どこか、あの衛宮士郎や、アーチャーに……似ている気がした。


――――――

いつの間にか、エントランスに静寂が戻っていた。

外界の喧騒から乖離されたような不思議な出会い。
その後、王と騎士団の問答の顛末がどうなったのかは分からない。
初冬の冷たい空気が肌を刺す夜半の大広間にて、なのははゆっくりと立ち上がり――――

「破っ!!!」

その場にドン!と震脚。
全身のバネを集約するような腰の回転と共に、虚空に双掌を放つ。
空気を切り裂くような凄まじいキレを有した一撃だった。

それはオリヴィエが最後に見せた技―――集束・双掌破を模したもの。

「うわっ!?」

「あ………ユーノ君?」

後方、聞きなれた青年の声がする。
祭の事後処理や片付けを終えてきたユーノスクライアである。

「す、凄い突きだね……それはさっきの聖王の技?」

「うん、猿真似にもなってないけどね。
 旅行から戻ったら、ちょっと本格的に習ってみようと思うんだ……これ」

言って、護身程度に学んでいた近接散打の型を確かめるように体を動かす。

伝説の英雄が示した偉大なる聖拳。 自分ではその100分の1も再現できないだろうが……
だけど娘にちゃんと教えると決めた以上、中途半端になんか出来っこない。 
やるからには徹底的に……それが高町なのはの高町なのはたる本領なのだから。 

「燃えてるね……なのは。 ところで、さっき誰かと話していたけれど知り合いの人?」

ユーノのその問いには黙って首を横に振る。

長い時を経てのようやっとの「埋め合わせ」―――
紡いだ男性の言葉が、何故か今になって
とても切ない響きを含んでいるように感じてしまうのは……何故?

とにかく、あの2人の新婚旅行をみだりに邪魔をしてはいけない……そんな気がした。


不意に思い出してしまう……あの素敵な笑顔。

幸せな夫婦の幸せそうな表情。
手に入れられなかった、望むべくもなかったものを、ようやっと手に入れられたような―――

去来する、言い知れぬ切なさと哀しさと、それに相反するような嬉しさに胸が締め付けられてしまう。  
一体どうしたんだろう? 自分はどうにかなってしまったのだろうか? 


「ユーノくん………」

「ん? 何?」


「……………混浴行こうか?」


   うん……きっとそうだ……今日の自分は何かおかしい。

   だから今日くらい―――こんな夢を見たって……いいよね?



「え"っ?」


スターライトブレイカーを不意打ちで食らったに等しい衝撃が司書長を襲う。

はにかむようななのはの表情。 少し恥ずかしげに俯いている。
そんなベビーフェイスであまりにもさらっと打ち込まれた一撃必殺・集束砲。


「うえええええええええええええぇぇぇぇええええええええっ!!!!!!????」


エントランスに純情青年の青い絶叫が木霊する。


「ヴィヴィオも行くーー!」

耳聡くママの言葉を拾ったヴィヴィオがガバッと起き上がる。

「よーし、行こう行こう! 今日は家族で水入らずだ♪」

「ちょ……それはまずいってっっっっ! なのはっ!」

「えー、たまには一緒に入ろうよ! 恥ずかしがる事無いよ♪
 だってユーノ君は私の裸なんて見慣れてるもん」 

今更でしょ?と、悪戯っぽく笑う白い悪魔。 

誰かに聞かれたら魂まで焼き尽くされるような発言をサラリと!
ユーノの狼狽は頂点に達していた。
きっとフェレット形態の時の事だろうが、その話を何故、今頃持ち出すか!?

「10年越しの取立て。 利子をつけて返してもらおうかな♪」

「返してもらうー」

「そそ、そんなぁ~~~~~~!!」

司書長、二日目にして最大の受難はここに極まった。


しかしながらの温泉マジック。
高町なのはがここまで「女」として彼に接する事など、もう一生無いかも知れないのだし―――


「なのはぁ~~~! どこにいるの~!?」

未だ境内で親友を探索中のフェイト。
彼女よりも速くなのはの元に辿り着ける事もまた奇跡に等しい事象なのだから。
故に、たまには男を見せろというこれは天の思し召し。

なのはの小さな、でも大事な大事なとある決心―――

その受け皿にすらなれないのなら、彼は一生フェレットの姿で過ごすべきであろう。


結局、彼は抵抗の術を剥奪されたまま
なのはとヴィヴォオに手を握られて……天国への階段を登る。



幸せな家族たちに幸あれ


夢のような時間―――その最後の夜を越す


――――――

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最終更新:2011年01月15日 14:25