「アインス、しっかり! スピードで掻き回すですっ!」

局の本命の1人であるザフィーラの敗北。
そして今、この土俵では6課要する横綱の登場だ。

影すら踏ませずに疾る黒い疾風。 
漆黒のイメージと懸け離れた純白のバトルスーツが、彼女のアンバランスな魅力を醸し出す。
此度はルール上、地上での戦いを余儀なくされていた。
しかし無敵の翼を封印され、それでも祝福の風は強かった。

「1度は言ってみたかった台詞を言うわよ!
 じじじ、実況が追いつかなーーーーーーーーーーい!!!
 闇雑誌(四股名です)! 土俵内に言葉通りの暴風を巻き起こすーー!!」

「お前も私を闇の書と呼ぶのだな……」

「アインス! 余所見しないで! 危ないですぅ!」

そんなリィンフォースの胴を―――ゴォウ!と、丸太のような腕がかすめた!
地に沈むほどに低く潜り込み、その懐に入ったリィン。
渾身の突き押しが敵の分厚い胸板に叩き込まれる。
しかし10tダンプすら吹き飛ばす彼女の仕手は……相手を揺るがす事もかなわない!


「■■■■――――ッッ!!!」

敵の咆哮が奈須の山々を震わせ、そこに住まう鳥達を一斉に飛び立たせる。

「強いねお姉ちゃん――――まさか、この子と普通に遊べる人が存在するなんて思わなかった。
 ジャバウォックも喜んでるよ………私もとってもとっても楽しいな♪」 

「もっと楽しみましょうワタシ。 もっともっと遊びましょうアナタ。 
 命賭けの鬼ごっこ――――大変! 捕まったら羽をもがれちゃう♪」

酷薄なる2人の少女が背中合わせに言葉を紡ぐ。
鏡写しのマスターとサーヴァント。
彼女達が作り上げた世界の住人―――赤熱の巨人ジャバウォック。

「……ししょー。 あれ、地面と同化してないか?」

チンクの指摘はごもっとも。
土俵の中央で大木のように根をはり、サークルアウトを頭から拒否する不動のチート。
その圧壊の力を無造作に、無尽蔵に振るい続けるだけで土俵内の隅までを薙ぎ払う。

「おい、反則じゃねーかっ! そんなもんにどうやって勝てってんだよ!?」

「怒ってるの? 小さいお姉ちゃん? 恐いわ……夢の世界に境界なんて存在しないのに。
 みんな自由に、楽しく跳ねて遊んで、どこへだって辿り着けるのよ?」

「だからそういう事を言ってんじゃなくてっ!!」

ヴィータの叫びが空しく響く。
両者のサイズ差は明白。 巨人の両手が間断無く、リィンを捕縛するために放たれる。
だが巨人はわざわざ注連縄を掴むのでもなく四つに組む必要も無い。
その掌は無造作に彼女の肢体を鷲掴みにし、握り潰せるほどに巨大で凶悪なのだ。
もはや相撲にならない。 不思議の国の住人はルール無用のアウトロー。

恐ろしい魔手を避け続けるアインス。 銀髪が風圧ではためく。
鉄砲突き(もはや大砲突きだが)を紙一重でかわし、外側に回りこむ。
そしてジャバウォックの右手を脇に抱え、閂に決めて投げを打つアインス。

「………ふっっっっっっ!!!!!」

ギチリ!!!!!、という凄まじく鈍い音が場に木霊する。
それはアインスの馬力と巨人の圧力が鬩ぎ合った音。
土俵そのものを浮かび上がらせかねない、100万馬力同士の立ち合いだ。

だが――――巨人の腕は折れない! 持ち上がらない! 
リィンの閂が力任せにふりほどかれる!
大木を根っこごと引っこ抜けるアインスの膂力でもビクともしない。
明らかに物理的な固定で生み出せる強固さではない。 まるで世界の根幹に張り付いた悪質なバグのような―――

すかさず跳躍し、敵の頭上に身を躍らせるアインス!
氷上のスケート選手のように空中で10回転半!
その遠心力ごと巨人の側頭部に蹴たぐりをぶち込んだ! 
雷属性のオマケ付き。 夜天の雷が巨人の全身を貫く!

そして空中で軽やかにトンボ返りをして着地した彼女が―――敵の打倒の有無を確かめる。

…………が、さして時間を要するまでもない。 

「ウ……ウソですぅ……あれを食らって」

ツヴァイの茫然自失の表情が結果の全てを物語る。
その渾身の一撃ですら、雄大な巨体が全く揺らいでいない事を認めざるを得ないリィンフォース。

「土俵の外に押し出せねえ……攻撃も効かねえ……どうしろってんだっ!」

(手応えが無い……奴の……奴の弱点となる属性は何だ?) 

その名は娑婆王(四股名です)。 東部屋中央に君臨するチート横綱。
コレと立ち合った他の挑戦者がどうなったかなど答えるまでも無い。 悉く、10を数えぬうちに砕け散っただけだ。 
リィンだからこそ接戦を演じられているが、このままでは一生、決着を見ることは無いだろう。 
あのヴォーバルを蒐集していなかったのが祝福の風の不運。
どこかで勝負に出なければジリ貧だ。 故に、かくなる上は―――――


「夜天の猫だまっ………ぐっっ……ッッ!!」

振り下ろされたハンマーナックルの直撃を受けるリィンフォース。


「お前もかーーーーーーーーーーーー!!!」

行司が突っ込みを入れる。 均衡はあっさりと崩れた。

プレス機のような、ジャバウォックのはたき込み―――
隕石を受け止めたかのような重圧だった。
衝撃で空気が爆ぜ、足腰の弱い客から順に吹き飛ぶ。
あまりの威力にリィンの両足が膝の下にまで土俵にめり込んだ!
己が失敗に臍を噛むも既に遅し。
横殴りの突き押しが今度こそアインスの細い体にクリーンヒット!

「………っっ!!!」

ドキャンッ、!!!!!!という高質量の鉄鋼同士が激突したような快音。
砲弾のように吹き飛ぶリィン! 悲鳴をあげる蒼天の妖精!
咄嗟に羽を広げて受身を取ろうとするアインスであったが―――

「……………!」

飛行がルールに抵触する以上、この羽で出来る事はもう無い。
このまま飛ばされたらフェンスを越え、塩原山の頂上まで吹き飛ばされていただろう。

「ああ、もう! この馬鹿野郎がっ!」

だが彼女を宙で拾い上げたのはヴィータだった。
共に凄まじい慣性に苛まれながら、地面に強引に墜落。
受身を取り、四肢を使って地面にへばり付くように落着する。
それでも巨人の膂力は彼女らを留めておけず、軽量の体を50mほど引き摺るに至る。 

「ふう…………………あ、あのなぁっ!!!! 
 何で羽を畳んだままなんだよっ! 死ぬ気かオメエは!!?」

「すまない……ルールに違反すると聞いていたから」

「お姉ちゃん―――もう終わりなの? せっかく今日初めて、面白い遊び相手に出会えたのに……
 ありす、ちょっと物足りないな」

「アリスもアナタともっと遊びたい。 他の人は紙細工のように脆くて楽しめないもの。
 鬼ごっこは飽きたから、今度はお人形遊びをしましょうよ―――勿論、お人形はアナタ♪」

鏡合わせのように踊る二人の少女。
互いに反響するその声は、鼓膜を狂わせる海魔の歌声のよう。

「ウチの悪魔っ子と、どっちがアレかしらねぇ……ま、ともあれ勝負はついた!」

タイガー行司がジャバウォックに軍配を上げる。 接戦を制した不思議の国の巨人。
総合的な戦力ではリィンも決して引けを取らず、限定された戦場でなければ結果は違っていただろう。
だが横綱同士の取り組みは、終わってみれば巨人の圧勝だった。

「くっそッ! 好き放題やりやがって! 次はアタシが!!」

「駄目ですぅ! リーチ差と体重差が違いすぎます!
 あんな突っ張り貰ったら、山の向こうまで吹っ飛ばされちゃう!」

「すまない……応援に答えられなかった」

「真面目にやらねーからだ、タコッ!
 ザフィーラといい、何だよあの猫、何とかってのは!!」

アインスに対するヴィータの当たりは、いつもながらちょっと厳しい。
シュンと落ち込む祝福の風である。

「盾の守護獣と共に一生懸命、研究したスモウの必殺技だ……
 でも、やはり付け焼刃では使いこなせなかった。
 せめて力士出身の魔導士のリンカーコアを蒐集出来ていれば……」

「お前、絶対ふざけてるだろ?」

「そもそも地に足を付けた戦いで、アレに勝てる人なんているですか……?」


ジャバウォック――

無敵を超えてチート的な絶望感すら漂わせ、ソレはサークルの中央にて佇む。


管理局側の横綱、陥落――――祭は終局へと向かう。


――――――

「自重しろっ!!!!!!!!!!!!」

行司の一喝! 
■■×3の同時投入という冗談のような暴挙に義憤を露にするタイガーである。

「負け越しですか………致し方ありません。 どうやら我々の完敗ですね」

「済まないわねぇ、実行委員……大人気無い連中ばっかりで。
 オリンピックにドリームチーム叩き込んだNBA以来の塩っぱさを感じるわー」

「妹たちにも増援を頼んだのだが、相手の名を告げた瞬間に切られた。
 一言、殺す気か、と」

ノーヴェ辺りが乗ってくれるかと期待したのだが………
取り組み表の、局側参加者の名前に次々と×が付いていく。
3体の無敵横綱を要する向こうに対し、唯一頼みのリィンフォースが敗退した事により大勢は決した。

(……はやては来てないのかしら?)

祝福の風の勇姿をあれほど見たがっていたのだが、一体どうしたのか? 
その彼女も主の到着を待たずにたった今、敗北してしまったのだ。

他の場所ではだいたい5分5分の戦績のようだが
双方の最強戦力が集った東中央だけはどうしても崩せない。
あの3つの土俵に誰が挑んでも1勝もあげられないのだ。

こればかりはどうしようもない。
予定よりも早い閉会になってしまうが、そろそろ閉会の準備をしなければ……

「……………」

カリムが神棚のカレンへ合図にと、右手を高くかざす―――


――――――

喧騒で賑わう祭の中、トボトボと肩を落として歩く少女がいた。 

高町ヴィヴィオである。 
寂しそうな、困ったようなママの顔が忘れられずに
こうして途方に暮れたまま当て所なく街道を彷徨っているのだ。

「困らせるつもりじゃなかったのに……」

ヴィヴィオにとって、なのはママは文字通り全てだった。
あの鮮烈な事件を経て、出会いを経て、ボロボロになりながら自分を救い出してくれた人。
いつだって、どんな時だって守ると言って抱きしめてくれた。 
その温もりが、硬い鎧の中からこの身を引っ張り出して包み込んでくれたのだ。

でも何時しかママは―――自分を見てああいう表情をするようになった。

自分がママのようになりたいと言うと少し困ったような顔をする。
自分がママに教えを乞おうとすると出来ないと言う。
自分にとってママは優しくて、強くて、特別で――――

「ヴィヴィオの事……嫌いになっちゃったのかな……?」

それを思うだけで少女の体は、心はバラバラに瓦解しそうになる。
あのママに限ってそんな事は有り得ないと理性では分かっている。
だが子供とは一度、不安を抱くとそれを無下に誇張させていってしまうものだ。

ギクシャクとボタンを掛け間違うような違和感は次第に無視出来ないものになっていく。
決して間違えない、揺るがない筈のなのはの迷い。 それは少女のジレンマにすら拍車をかけるのだ。

不安に居たたまれなくなって彼女の瞳に涙が滲む。
声を上げて泣きたくなってしまうその心情。 
視界が滲んで――――前が良く見えない……


「――――娘よ」

そんな時――――少女に声をかける者がいた。


「えっ?」

しゃくりあげるような声を漏らすヴィヴィオ。 不意をつかれて咄嗟に反応できない。
厳粛な趣を持つ、どこか不吉さを称えた響き。 少女の体が緊張に強張る。
辺りをキョロキョロと見渡すと、すぐに声の主を見つけられた。

「………何かご用ですか?」

「―――――その内に住まうモノに少々、問いたい事がある」

いつの間にそこに佇んでいたのか?
ヴィヴィオを見下ろすように、黒ずくめの長身の男が立っていた。
その顔は涙で曇る少女にはよく見えない。

「娘―――自分の起源が何なのか知りたくはないか?」

「起源?」

男は言った。 少女はオウム返しに聞き返した。

「この身ですら掴み切れぬ凄まじい力の渦をその内に感じた。 
 溢れ出る生命の奔流。 永きに渡る放浪の中でこれほどに雄大な御霊を持つ者は皆無であった。
 その身の元来の姿は、さぞ強力な■■なのだろう。 実に興味をそそられる」

何だろう。 よく聞こえない………

粛―――――
その手が、視界の回復しないヴィヴィオの額に翳される。

「その法外な力―――無限の螺旋に終止符を打つに至るか否か、試させてもらおう」

途端、定まらぬ視界に合わせて今度は少女の聴覚が揺らいだ。
次いで味覚、触覚、嗅覚、あらゆる感覚が断線するかのように麻痺していく。

その異常事態に危機感すら感じる暇もなく――――

「おじさんは………誰ですか?」

ヴィヴィオは呆然と問いを口にして、場に倒れ付す。


「魔術師――――――――――荒耶宗蓮」


男は答えた………粛々と。

重き言霊は、ついぞ誰の鼓膜を揺らすこともなかったが―――


――――――



――― 会場が時を置き去りにしたように静まり返る ―――


それは、カリムが台座の神(もどきのアレ)に侍るシスターに目配せをし
宴もたけなわの意を示した時だった。
即ち、実行委員が終了の鐘を鳴らそうとした、その時だ。



初めに異変が起きたのは境内の入り口の階段付近。

ザワッ!!!!!!と―――息を呑むと表現するにはあまりに異様なざわめき。
居合わせたシャッハが自身の命であるトンファー型デバイスを取り落としたのが印象的な光景。


次いで境内の参道をゆっくりとせり上がってくるような――――熱気と、波。


――― 何か途方の無いモノがこちらへと向かってくる ―――


謂わば、大気の……否、世界のうねりのようなものが徐々に近づいてくる感触。


水を打ったような静けさの中、人々のえも言われぬ感情がどんどん肥大化していく。
そんな皆の感情と視線を一身に受けて――――


――― 勝敗の決した戦場、土俵に向かう新たな影があった ―――


閉会の合図を送ろうとしたカリムがソレを見た瞬間、元の姿勢のまま固まってしまう。 
あの聡明なカリムグラシアが、である。 怪訝に思ったカレンの視線などお構い無しに。 
唇をわななかせ…………両手を胸の前で組み、何事かを唱え出す彼女を見て、カレンも隣にいる士郎も異常を察知する。


   やがてその異変を―――

   ソレの推参を―――


   境内にいる全ての人間が知覚した。


ソレは静かに微笑んで、そして―――――


「せ、聖王………………」


誰かが彼女の名を―――否、彼女に与えられた唯一無二の称号を口にする。



   聖王――――オリヴィエ・ゼーゲブレ ヒト 陛下




「ぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!
 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
 ウオオオオオオぁぁぁぁオオオオオオ!!!!!!!」」」」」


200を超える人間の、五感を絞り尽くすような絶叫が奈須の大地を振るわせたっ!!!!!!


教会信徒が平伏した! 問答無用の平伏だ!!!
カリムを中心に手を胸の前に組み、舞い降りた彼女にひざまづく! 


降臨したるはベルカ戦史無敗の英雄――――聖王オリヴィエ。


祭は―――神に奉る真の祭は終わりではない。

今、これよりようやく始まるのだ。


――――――

「………とんでもないのが出て来たな」

「分かるの? 式」

「ああ………死の線が見えない」

蒼深に輝く双眸を細め、魔眼の少女は土俵内の「彼女」を視る。
その頬に幾ばくかの引っかき傷があるのはご愛嬌。

「―――わけじゃないんだが、試しにソコをなぞろうとすると消えるんだ。
 まるで俺の殺気に反応するかのようにズラしてるとしか思えない」

多くの線を見、そしてあらゆるモノを払ってきた殺しの怪物。 
その彼女をしてこれほどデタラメなイキモノに出会ったのは真祖以来かも知れない。

「向こうさんの秘密兵器か? なのはが戻ってきたら是非、詳細を聞かせて欲しいな」

「そういえば遅いですね彼女」

2人の少女が見据える先―――
教会信徒、その信仰対象である「彼女」の降臨。
全員の精神状態がまさに発狂寸前にまで昂ぶっていた。

「「「「「%’$#!#$%&$”!$%((&%$!$%%ーーーーーーー!!!」」」」」

式と鮮花の会話は彼らの絶叫に遭えなく掻き消される。


――― そして、その取り組みを終えて ―――

「し、瞬殺ううううううううぅぅぅぅうううううううううううッッーーーーー!!?」

彼らの絶叫に行司の怒号が重なった。


進撃の聖王、その序章が幕を開けたのだ―――


――――――

「■■■―――――――ッ!!!!」

「止めなさいバーサーカー……既に勝負はつきました」

無敵の横綱の一角があっさりと崩れた。
そこには皆の視線を否応無しに釘付ける圧倒的な存在がある。
自分らを見下ろしながら、まるで不遜を感じさせない極星の輝き。
それに畏敬の念を抱きつつ、マスターであるラニは狂戦士に静かに機動停止を命じる。

「眩いほどの明星――――でも私のサーヴァントとて担っているモノは決して劣らなかった筈。
 ならばこの結果は手綱を取握る私の未熟さ故なのでしょうね」

うなだれるラニ。 感情の見えにくい表情の中にも落胆の色がありありと浮かぶ。
未だ己が宿星は見えず―――あらゆる意味で師の教えを実践するに足らぬ事を理解する。


開始2秒足らずの出来事だった。

水面に浮かぶ羽の如き柔らかな構えは、立ち合いでのぶつかり合いを初めから拒否し
雄牛のように突進するバーサーカーのぶちかましに抗う事をしなかった。

そこから軍神五兵(幕内Ver.)に繋げるのがこのサーヴァントの必殺パターン。
歪にパンプアップしたバーサーカーの肩口。 刎ねられて浮けば――勝負は決まる。

だが聖王はその凶器と化した肩に優しく掌を添えたのみ。
結果、一瞬でサークルの端まで詰められる彼女。
誰もが、その華奢な体躯がサークル外に弾き飛ばされる光景を思い描いただろう。

――― だが結果として宙を舞ったのはバーサーカーの巨躯だった ―――

何をやったのか認識出来た者は数えるほどもいない。 
まるで互いの位相を魔法にて入れ替えたかのような―――


   かの王の捌き、まさに霞の如く。 
   何人たりともその身に触れる事叶わず


「えーと……う、うっちゃり? 小手返し? 真空投げ? 
 決まり手不詳の神技炸裂に行司も少々、戸惑っております!」

立会いの勢いのまま客席まで吹っ飛んだラニ・バーサーカー。
そして彼女を交互に、改めて見比べるタイガー。

土俵際―――――狂戦士を秒の値で仕留めた攻防を取りあえず指すならこの言葉だろう。

彼女の在り様は流水そのものだった。
押し寄せるバーサーカーの突進を手の平で真綿のように受け止め
勢いをまるで殺さず土俵際まで共に下がり、ギリギリのタイミングで手品の如き手管で相手をうっちゃった。

いかな剛力も絡め取る柔武の極意。 完璧なる武の姿―――
観客はその一部始終をまざまざと目撃する事になったのである。


――――――

「驚きましたね――――アルクェイド。 アレは確かにサーヴァントなんですか?」

「うーん、杯は勿論、七天に至ってさえ異星の英霊を招聘する力は無い筈なんだけど……」

クトゥルーのように地球の伝承に名を連ねるモノが這い出てくる事はあっても
この地に逸話の存在しない、寄り代の無い英霊を聖杯が呼び寄せる事は有り得ない。 
故に、ならば彼女はどうやってこの地に降り立った?

今や200人の信徒の異様な熱気に包まれる東の土俵。
アルクェイド、シエル、フェイト、ユーノの教導2班の面子が、騒ぎから少し離れてソレを見る。

「しかし、あの呂布奉先を秒殺とは只事では無いですよ……
 フェイトさん、ユーノさん。 彼女はそれほどの英霊なのですか?」

ミッドチルダ組の2人に問いかけるシエル。

「……………フェイトさん? ユーノさん?」

「「え? あ……」」

しかし双方、揃って抜け殻のような顔付きで呆然と土俵を眺めている始末。
ユーノもフェイトも教会の人間ほどではないが、受けたショックは決して軽くない。


………降り立った英霊の姿に………あの娘の影がちらつく―――


恐らく別の場所で観覧している高町なのはも同様の驚きに苛まれているに違いない。

「ユーノ……私、なのはを探してくる」

緊張の面持ちでその場を離れるフェイト。
目を白黒させる真祖と代行者の問いにはユーノが答える羽目に。

「聖王オリヴィエ……ベルカ戦史時代において無敗のまま戦火に消えていった伝説の王だよ。
 古代ベルカ最強と称された圧倒的な力。 その偉業の数々は逸話でのみ僕らの知るところとなっている。
 彼女の存在はそのまま伝説となり神聖視され、やがてその死を悼む者たちが集まり
 敬虔なる信徒となって、聖王教会が創立されたんだ」

「伝え聞く無双の武力、加えて信仰の対象。 聖人<セイント>の属性をも併せ持つ武王。
 なるほど、こちらのルールに乗っ取っても文句無しのシロモノですか」

「見たところクラスの縛りも無いみたい。 
 三国志で例えるなら無双さんよりも、むしろおヒゲさんに近いんじゃないかな?」

おヒゲ―――美髭公・関帝聖君。

武神と崇められながらも度重なる不忠によって野卑され、蔑まれる事も多い呂布に対し
死して後、敵にすら奉られたとある武将がいた。 
武力においては飛将軍に一歩譲るも、生きながらに本物の神に祀り上げられた者は同時代において彼しかいない。
故に英霊になってからの格は呂布を遥かに凌ぐだろう。

畏れられるだけでなく「崇め」られる―――それこそが高貴な幻想の源である事は語るまでもない。

「つまりはそれと同類の英霊って事よ。
 デメリットの塊みたいなバーサーカー化をされちゃってる方が負けるのも道理よね」

真祖が何故か不機嫌そうに鼻を鳴らしながら言葉を続ける。

「元々、バーサク化なんて理性の乏しい怪物くらいにしか有効に働かない代物だもの。
 上位英霊クラス以上のレベルの戦いで、今更、身体能力が1ランク程度増強されてもねぇ……
 培ってきた技術、積み上げてきた戦術や経験のほとんどが飛んじゃったら意味無いって」

「………貴女、やけにバーサーカーに辛辣ですね?」

「――――――ファニーヴァンプだったらなぁ……」


――――――

「―――と、貴様の攻略法とは大方、そんなところであろう?」

「概ねは………それにしても貴方、やけにバーサーカーに辛辣ですねぇ(ニヤニヤ)」

「――――――ユリウスのド阿呆が……」

敵―――バーサーカーの弱点を突く秘策を語ったのは他ならぬアサシン。
経験者はかく語りき。 姿はなくとも苦虫を噛み潰したような表情が見えるようだ。

武人と呼ばれる人種を狂戦士化するリスクは高い。 所謂、バーサーカー堕ちというやつだ。
爆発的な攻撃力と引き換えに、ほとんどの宝具を封印され、理性を失うという弊害。
弱点を露呈されてなお対策の立てようがなく、敗北する時は本当に呆気なく負けてしまう。 
今の取り組み、本来の文武百般を誇る呂布であればオリヴィエの誘いに容易く乗りはしなかっただろう。

バーサーカーの扱いは全サーヴァント中、もっとも難しい。
破壊的な力を有してなお、決して勝率が高くないクラスと揶揄される理由がそれだろう。
マスター、サーヴァント共にあまり歓迎されるクラスでは無いらしい。

「圧倒的質量で押し、突き、張って、潰すのが相撲の本質―――
 なら一見、この競技とバーサーカーとの相性は洒落にならないように見えます。
 現に、手力雄みたいなクソ野郎が初めの頃は強かったですよ。 それはもうぶっちぎりで」

「ク、クソ野郎って……」

「でもちょっと経って、<かわり> <いなし> <はたき込み> <うっちゃり> みたいな
 相手の力を利用する技が増えたら、突撃一辺倒のあのヤロウはめっきり勝てなくなりました。
 結局、涙目で引退しましたよ。 風の噂ではその後、他の格闘団体に転向してボコ専になったとか何とか」

最後のはよく分からないが、流石は古事記の生き字引き。
この競技の大元が発足した頃から鑑賞している筋金入りの相撲フリークだけの事はある。

「ちょっと待ってタマモさん……それは当然、私も考えた。
 でも口で言うのは簡単だけど、バーサーカーの動きは半端じゃなく速いよ?
 1歩下がる度に5歩は詰めて来る、そんな相手に狭いサークル内でパワーとスピードを完封するなんて事が可能なの?」

牛に突撃するマタドールはいない。 それは狂戦士を相手にした際、誰もが初めに行う戦法だ。
だがそれを実行した者は悉く失敗に終わった。
望みの戦果を上げられず、虫のように場外に吹っ飛ばされた者の多い事多い事。
相撲において柔はあくまで予備的な懐刀でしかない事の証明だ。
狭い土俵で圧倒的な速度と剛力を有する相手に柔武を示す事などほぼ不可能では無いのだろうか?

「確かに言うは易し、行うは難し。
 この会場でソレを完璧に実践出来るのは、そこのオッサンくらいのものでしょうね」

己が肉体でのみ陰陽五行に触れ得る―――彼らの名は拳士。
その五感、戦いにおいて正しく自身と相手の力の濁流を知覚し、駆使する者の総称。
なら、キャスターの言葉が正しいならば、あの聖王の拳は中華最強と謳われた彼……
「神槍」の武に匹敵すると言うのか?

「ならば良し―――存分に見せて貰おうか。 聖の王とやらの功夫を」

八極随一の魔拳の双眸が向けられる先。
観衆からどよめきが起こる。


最強は常に最強の道を示すが故に最強。

美しき、聖なる拳の進撃はまだ始まったばかり―――


――――――

先の一戦の余韻が未だ冷めやらぬ東部屋中央―――
聖王はラニ・バーサーカーを下した南端の土俵を降りて
次の敵が待つ西の土俵へ、ゆっくりと歩を進める。

「あ、あのー、ちょっといいかなお姉さん。 
 基本、対戦フリーではあるんだけど……いくら何でもそれは無茶じゃないかなー?」

「…………」

「ていうかさ、もしよければ四股名を決めてくれない?
 このままじゃ勝ち名乗りをあげられないし……下手な名前付けると八つ裂きにされそう」

彼女の後に続く信徒をチラっと見やるヘタレもとい、大河アバター。 
クスリと笑みを漏らすオリヴィエである。

「……………………では朝聖王で」

「……あん?」

暫くの沈黙が両者の間を支配する―――

「…………いや、滑ってるよそれアンタ」

「………………」

崩れぬ表情の中に見えるのは微かな照れか。
頬を赤らめて目をそらす朝聖王(四股名です)。 …可愛い。

「ふ、ふははっ! まあ、オッケーオッケー!! 
 ようこそ血湧き肉踊る禁断のバトルアリーナへ! 出撃前に遺言状なんて野暮はナシっ!
 次の相手はちょーっとヤバイけど、もしもの時は骨は拾ってあげよう! 心置きなく戦えいっ!!」

「陛下……ご武運を」

彼女の歩みの後に続く信徒達。 まるでモーゼの十戒だ。
熱に当てられた人の波が押し寄せるようにして目指す先―――

「四股名なんて必要ないわ―――勝ち名乗りを上げさせるとでも思ってるの?」

凍てつく氷のようなその言葉。
声の主はイリヤスフィールフォンアインツベルン。 怜悧な瞳が美拳士を貫く。
そして待ち受けるはギリシャ神話最大の英雄。
「格」という面において、聖王を遥かに上回る半神のサーヴァント。

「洒落になってないわね……………
 浅い所でパチャパチャやってるだけだったら許せたし、我慢もしてあげた。
 でも深海―――――私達の領域にまで土足で踏み込んだ以上、ただで済ますつもりは無いわよ」

「………」

「英霊なんてモノを出して来られたら、こっちも冗談では済まないの。
 ねえ、アナタ……こちらの領域を侵してるって自覚は当然、あるんでしょうね?」

「………」

王は答えない。 優美な微笑でのみ少女の言葉に応じる。

「ま、いいけどね………なら、もっと答えやすい質問をしても良いかしら?
 ―――――――どうして私のバーサーカーを2人目に選んだの?」

彼女がこちらをごぼう抜きにしようとしている事は理解した。
だが勝ち抜き方式で見るなら強い方を最後に持って来るのが常識だ。 
という事は、つまり―――――

「私のバーサーカーをあの新参者よりも下に見てるワケ?」

少女のものとは思えない殺気が再びオリヴィエを貫く。
アインツベルン最強のサーヴァントを従えた最強のマスター。
その魔眼が挑戦者に容赦なく向けられるが―――

「勝利するための最善手を打ちました……非礼に思われたのなら謝罪を」

「――――――そう」

彼女は微塵も臆さずに答える。 
はっきりと、勝つつもりだと――――


「潰していいわよ―――バーサーカー」

ハエを見るような目で、少女はサーヴァントに命令を下した。


「■■■■■■ーーーーーーーッッッ!!!!!!」


――――――

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