CHAPTER 2-4 ―――

「セイバーさん! 食中毒というのは本当ですか!?」

場所は翠屋。 
高町士郎が体調不良で倒れたというセイバーに詰め寄った。
士郎の顔色は真っ青だ。 食に携わるものとして、これは死活問題に他ならない。

「面目ない……不覚を取りました」

「まさかうちの生菓子が……」

「この剣に誓ってそれだけはありません。 私とて騎士の端くれ……
 自身を討ち果たした者を見誤るほど愚かではない」

何が直撃したのか、おおよその見当はついている。
そもそもあれは食中毒などと生易しいものではない。
毒殺だ……内蔵を抉り取られたような感触が今でも残っている。

「そうですか……美由希。 念のため厨房のチェックを」

とはいえ台所を預かる身としては、お得意さんの言葉だけで安堵できるわけもない。
娘に厨房確認の指示を出す士郎である。


「今日はお客さん少ないですねぇ」

ショートケーキの苺を頬張りながら周りを見回すリィンフォース・ツヴァイ。
だが小人のデバイスの見立ては少し間違っている。
決して少なくは無い。 あくまで昨日に比べての話である。
今も稼働率80%前後をキープしている翠屋出張店。
桃子さんのスイーツの腕が人外含めた客の舌を虜にし、店は連日大盛況だ。

「2日目は温泉街に夜店が出ますからね。 
 シスターシエルがこれだけは外せないと言って飛んでいきましたよ。 シャッハも一緒です」

「ライバル登場かぁ……翠屋も今日が正念場やね」

昼間の設営状況を見るに相当、大掛かりなものになるだろう。
栗のモンブランを突付きながらのカリムグラシアと八神はやて。
どこかから聞こえてくる祭囃子の音が実に心地よい。 

だが、それにしても………である。

右を見ても―――

「まあまあだな。 洋菓子だけなら帰ろうかと思ったけど」

「またそういう事を言う……美味しいなら美味しいって素直に言えばいいのに」

「うるさい! 言っとくけど、これで今朝の事を許したわけじゃないからな」


左を見ても―――

「ほら、鼻の頭にクリームついてるぞ……」

「それは大変♪ 取って! ねえ舐め取って!」

「なな、何バカな事言ってんだこのバカ吸血鬼!」


後ろを見ても―――

「セイバー……お腹壊してるんだからあまり無理するなよ」

「何の。 モモコの甘味処は別腹です」


……………

「つくづく色気の欠片も無いな……私達」

深い溜息をつく部隊長であった。
局きっての美女揃いと名高い機動6課は、言うまでもなく年頃の健全な若者の集まりだ。 
あまりに風紀が乱れるのは困るが、しかし色事率0%というのも、いくら何でもおかしく無いか?
なのはやフェイトなど、その気になれば引く手数多だろうに……少し勿体無い気もする。

「それはマスターも同じですぅ! ね、アインス!」

「はい。 殿方との情事に関してはよく分かりませんが
 少なくとも私がお慕いするのは主のみ」

「ふふ、これはな、二人とも……ライクとラブの違いや。
 今度、詳しく教えたるからなー」

「「?」」

温かい朗らかな笑顔を見せる主。
今、教えて下さいです~、とはしゃぎ回る小さな末っ子。
銀髪の融合機はその光景をただ幸せの中で眺めている。
自分を救ってくれた最愛の主と、妹にして本来ならば絶対に会う事のないであろう―――

「…………」

――――と、思いかけて、アインスはそれ以上の思考をカットする。

それより先に進んではいけない。 進めば全てが台無しになってしまう。
せめてこの三日間だけは 「事実」 を忘れよう。
「事実」 を考え、口に出した時点でこの幸せは泡沫の如く散ってしまうだろうから。

「主はやて……」

「ん? どしたん? リィン」

本当に迂闊な自分。 迂闊でバカで、臆病な自分。
そんな自分がいつ夢から覚めるかも分からない。
ならば覚める前に、いつ別れが来ても良いように―――主にこの言葉を送っておこう。


「……ポルカミゼーリア」


「んー? 何? どういう意味?」

「ふふ……何でもないです」

主従の絆は永遠に――――主と彼女に永遠に幸あれ。



後方―――ぶほっ(笑)、という紅茶を噴き出す声。
諸共に肩を震わせるシスターの姿が。

閉口モノのランサーとギルガメッシュ少年が深く項垂れる。
どうせ、またしょうもない企みが成就されたのだろう。
この女は本当に地獄に堕ちれば良いのに……


閑話休題―――幸せの形は人それぞれだ。

誰も不幸になっていないのなら、それは平和な日常なのだろうと切に思うものである。


――――――

「繁盛しているようですね」

「あ、シスターシャッハ」

夜店の並ぶ温泉街を歩くシャッハが、売り子の女の子に声をかけた。
屋台ハチマキにハッピを羽織り、それに……何というか……

「ず、随分と寒そうな格好ですが平気なんですか?」

「ドクターの指示です。 まあ私らこの通り、ちょっとくらいの暑さ寒さはへっちゃらなので」

「ふう……あー疲れましたわぁ♪」

話し込むシスターとナンバーズの少女。
その後方、「毒舌占い館」 と銘打たれたテントから4女クアットロが姿を現す。
毒々しいマントを羽織り、その下に覗くは……その、何というか……

「信じられねえ……大盛況じゃねえか、クア姉!」

「わざわざお金払ってまでクア姉のイヤミを聞きたいだなんて、どこの物好きッスか?」

「ふふん! メガネ属性にヤンデレが今の時代の流行ですものぉ。 
 やっと時代が私に追いついたというか♪」

「………単に性格が悪いだけだと思うけど」

わいわいと楽しそうな少女たち。 どこにでもいる姉妹の姿だ。
皆、働いてモノを作り、売って、それにやりがいを感じている。
戦闘機人などという悲しい宿命を背負って生まれなければ、今頃は―――

「あーら? これは教会の……我らの監視に来たんですかぁ? ご苦労サマです♪」

「妹が世話になっている、などと礼は言わんぞ」

姉妹の3女と4女がシャッハに剣呑な視線を向ける。
スカリエッティの因子を色濃く受ける彼女達は未だ更生の意思を示しておらず
本来ならこうして外に出す事も出来ない者たちだ。

恭順を示した妹達が、シャッハと姉2人の間に漂う不穏な空気を感じ、心配そうに伺っている。
久しぶりに姉妹で全員集合できた。 本当に楽しい祭なのだ。 
少しでも長い時間……出来ることなら明日も明後日もこうやって一緒にいたいと願うほどに―――

「貴女達も局に更生の意を示してくれれば、こんな特別措置に頼るまでも無い。
 毎日、姉妹で一緒にいられるのですよ?」

「全員集合などしてはいないがな……ドゥーエが欠けている」

もはや一生、戻らぬであろう姉の名を口にするトーレ。

「飴と鞭…………神にべったりとご奉仕する身分の人は本当
 他人の心を篭絡させるのがお上手ですねぇ♪」

「だが無駄だ。 我ら初期型ナンバーズの心は博士と共に在る。 引き離されれば死を選ぶ」

「そうですか………残念です」

深い溜息をつくシスター。 この忠義心は確かに見事だ。
未だ狂気の科学者から彼女達を引き離す算段はついていない。

「何を見ている貴様ら。 焼きそばが切れた……呆けていないで調達して来い」

「ウ、ウィーッス! トーレ姉!」

「チンクはどうした? 見当たらんが」

「さっき、謎の虎に拉致られていった……」

だが本当に仲の良い、心の通じ合った姉妹だ。
この子達を出来ればずっと一緒に居させてやりたいと願うのは自分だけではないはず。
それは教会で預かっているセインも常から願っている事だけに、何とかしてやりたい―――

「………ん? あれ? シスターシエル?」

それはそうと―――

たった今、同伴していた代行者の姿が消えていることに気づくシャッハであった。


――――――

「……というわけで気紛れに技術提供をしてやったのさ。
 すると見る見るうちに私の知識を吸収してしまってねぇ。
 彼女は実に良い。 狂気と欲望を絶妙のバランスで遊ばせているところが実に好ましい」

「はん……つくづく慰みモノから色モノへと華麗なジョブチェンジを遂げたもんだな、あいつも」

賑やかな喧騒から少し離れた丘で、怪しげな白衣2人が夜店を見下ろすように立つ。

「ところで笑っている暇があるのかい? 蛇の君。 
 自慢の同士はどうやら、かなり押されているようだが」

「ぐ、ぐぬぬ……」

ロアが憎々しげに見つめる先。 居を構えるはスカリエッティの最高傑作ナンバーズ。
一致団結して屋台に励む彼女達。 出店群の名は「夜店☆ナンバーズ」である。

華やかな少女達が紡ぎ出す魅惑の露店。 
何といっても特筆すべきはその、華やかを通り越した艶かしい衣装だろう。 
全員、際どいVライン、Tバックを惜しげもなく晒したフリル付きのレオタードだ。

はっきり言おう。 性欲を持て余す。
冬の高山でこの格好はあらゆる意味で狂気の沙汰で、夏祭りと勘違いしてるとしか思えない。
だが女性から見ても可愛らしい衣装に身を包んでの接客だ。
街道が沸き立っているのは無理からぬ事だろう。 

「どいつもこいつも安易な萌えに走りやがって……」

「欲望に溺れる者は欲望を知り尽くしているのものさ。
 故に他人の欲望を刺激し、遊ばせる事など造作も無い」

勝ち誇る博士。 もっとも彼はファッションには疎い。 
あの衣装は通りすがりの芸術家とやらにコーディネイトをしてもらったものだ。

「絶対皇帝たる余が、何とも難儀な業を背負わされたものよな……トホホ」

などと漏らしていたが興味は無い。
煩悩の数だけ他人に親切を施さないと酷い罰ゲームがあるとか何とか……まあ、どうでもよい。
皇帝だの芸術の使徒だと抜かしていた、その大口に見合う仕事をしてくれた事実だけが重要だ。

「言わせておけば………こちとら人生、幾度となく繰り返してきたんだよ!
 人間なんてとっくの昔に極めてんだよ俺は! おい貴様ら、もっと気合を入れろっ!」

ロアの怒声が飛ぶ。 
臨時招聘で掻き集めた栄えある死徒二十七祖(予備軍含め)。
彼らの営む「ミッドナイト27」の、ここが正念場であろう。

「だああっ! 何でアルトルージュがたこ焼き焼いてんだよっ! 
 どんだけミスキャストだよ! てか片っ端から食ってんじゃねえかよ、犬がよぉ!!」

「おい腑海林! お化け屋敷って何だよ今更過ぎるだろっ!
 もはや、この温泉街で化け物なんか珍しくないっつうの!」

「スミレは酔っ払ってないでそろそろ本気出せ! 
 陸に上がれば無敵なんだろうが! とっとと客引きでもしてきやがれ!!」

「蛇よ―――そう安っぽく、がなり立てては到底、真理には届かぬぞ」

「旦那……落ち着き払っているが、何か策でもあるのか?」

「無論―――劣勢は我が営む金魚すくいで挽回すべし。 
 ほらこの通り、全て子供に人気のデメキンです」

「そんなピラニアより獰猛な金魚いるかボケェェーーーーーッ!」

駄目だこいつら……客商売の何たるかを分かっていない。
このままではミッドナイト27は夜店☆ナンバーズにダブルスコアで完敗する。
オルトが到着してさえいれば、巨大テーマパーク・水星ランドの開園に漕ぎ着けられたのだが
奴は今朝方、秋葉に蹴り返されて軌道を外れた。 次にまみえるのは何時になるか……

「まずい……まずいぞ」

ギリギリと犬歯を噛み鳴らし、自身の経営する夜店を巡回するロア。 
死徒のプライドにかけて余所者に完敗などという不名誉は許されない。
焦燥に駆られる吸血鬼が、街道の奥に差し掛かった。 

その一角にて―――

「……………おい」

彼は何とも言えない乾いた声を漏らした。

「……………何やってんの? お前」

「はなひはへなひへ(話しかけないで!) はふ、はむ!」


そこが、かの27祖番外・カリードマルシェの経営する店であり―――

宿敵すら眼中になく、一心不乱に……いや、これ以上記さずとも
ロアがここで何を見たのか語るまでも無いだろう。

死徒の面子をギリギリ守った売り上げ。
そのほぼ全てが教会の代行者によるものであった事は……

双方にとって強烈な皮肉以外の何物でもない―――


――――――

幕間 祭を控えて ―――

皆、夜の祭に出張っているのか―――

浴室に彼女以外の人影は無い。
女性らしい流線型を描いた肢体がどざえもんのように浴槽に浮かんでいるのみ。

「………」

重い沈黙。 場に現した感情は複雑で、とても一言で表せない。
昨日にも増してコテンパンにやられた自分を嘲笑えば良いのか?
それとも自分をここまで虚仮にしてくれた相手に怨嗟の念でも抱けば良いのか?

こちらが宝石剣を解放するなら、自分も一手解放する―――

それが条件だった。
だがブラスターモードは双方の安全上の理由から当然、封印されている。
だからこそ凛は初め、彼女がエクシードによる高速機動を解放するのかと思っていた。
1も2も無く了承した。 そんな物を地上戦オンリーで解放してもさして意味は無いからだ。
昨日にも増して有利な状況でスタートを切れる、と思い立った凛。 その勘違いを……突かれた!

遠距離の間合いになり、盛大に打ち合おうと短剣を構えた凛に向けて飛来する―――ビット!

遠坂凛の体が強張った。 ブラスター無しでアレを制御出来る筈が無いからだ。
実際、それは何の役目も果たさず凛の横を通り過ぎただけ。
……フェイント!? やられた! そう気づいた時には手遅れ。
あとは固定砲台・高町なのは、その異名通りの力を見せ付けられただけだ。
圧倒的な火力に拮抗する事も出来ずに飲み込まれたのみ。

意識をトバされた自分には知る由もなかったが、聞いた話だと模擬戦終了時、なのはは肩で大きく息をしていたという。
数時間に渡る砲戦を繰り広げて汗もかかない女だ。 そのフェイントが相当、体に負担を強いていた事は間違いない。
彼女がそこまでして欲しかったのは速効。 回転率に勝る宝石剣に対して先手を取る事。
本気の雷撃戦に臨む際、ただ先手を取るためだけに、彼女はド初っ端から大量の魔力を消費したのだ。
大枚のはたき所を熟知しているからこそ、そんな博打を打てる。
基本を外さずセオリーに沿ってくるかと思えば、一瞬の後に大胆に大きく踏み込んでくる。

――― あれが高町なのはの本気と言うやつか ―――

そう、なのはと本気の勝負をしたのは今回が初めてだ。
そして勝機がほぼ無いのを承知で、敢えて真正面からぶつかってみた。
結果はご覧の通り。 その感想を一言で言うならば―――

「ガンダムだわ」

言い得て妙とはこの事か。
アレと真っ当に打ち合う事の愚を改めて思い知る。
速射砲と高射砲と誘導ミサイルと大砲を備えたモビルスーツに生身で打ち合うようなものだった。

あのセイバーが一目置き、あの士郎の隣に立つ事が出来る女―――
そんなモノが自分の他にいるとは思えなかった。
管理局との初めての邂逅で、白い翼をはためかせて飛ぶ彼女に会うまでは。

ルヴィアとも違う、恐らくは生涯のライバルとして相対する女との出会い。
安い嫉妬に駆られる凛ではない。 むしろその座を競うライバルの登場に大いに武者震いし、燃えたものだ。
彼女とはそれ以来の、本気でぶつかり、本音を言い合える間柄。
親友などと呼ぶのはこそばゆいが、戦友と呼べるほどには背中を預け合ったりもした。

だからこそ―――例え相手の土俵であっても3タテを食らうわけにはいかない。

正直、協会の面子なんてものは二の次だ。
戦友として競い、並び立つ者として恥ずかしくない力を示さねば、到底ライバルとは名乗れない。
しかし正攻法でぶつかって勝てる相手じゃない事はこの2日間ではっきりした。
さて、どうしたものか………


「ん……?」

思案に耽る魔術士。
その時、頭頂部にごつんと衝撃が走る。

浴槽の中央にて水面に浮かぶ女体が何かに突っかえた―――


――――――

皆、夜の祭に出張っているのか―――

浴室に彼女以外の人影は無い。
女性らしい流線型を描いた肢体が腐乱死体のように浴槽に浮かんでいるのみ。

「う~……う~……」

知らず漏れてしまう呻き。 それに合わせて水を掻く金毛の尻尾。
ご主人様の前で大恥をかかされた事による憤りは計り知れない。
いくら殴り合いは不得手だといってもアレはないだろう……
一方的に嵌め殺すか一撃で死ぬか―――自身のピーキーなスペックがひたすら恨めしい。

「まあ……正直、スペックとか以前にあれじゃ力が出ませんけど……」

そうだ。 マスターの制止の声を振り切って戦いに臨んだ自分が、どこの誰に勝てるというのか?
宝具を展開しようと何をしようと、主人が自分の勝利を望まなかった時点で負けるのは確定事項。
もし一言、彼女が 「頑張れ!」 と応援してくれたなら―――
この最弱のサーヴァントは雷鳴を切り裂き、敵を噛み千切る牙を届かせていたかも知れない。

「…………」

いや、この期に及んで勝ち負けはいい。
どうせこの身は数え切れないほどの負けを体験してきた。
どだい、今の自分が出来る事など限られているのだ。

本来の身から9等分されたモノのほとんどを使って、妖魔に堕ちた自分を抑え付け
主のために奉仕する、ただそれだけのサーヴァントとして現界している自分……
今のこの身は直死で細切れにされたと噂の真祖を遥かに下回る惰弱だ。

だがしかし、自分の状態がどうあろうと一つだけ認めなければいけない事がある。

――― あの人間は確かに強かったのだ ―――

異なる星から来た異訪者。 
その力は確かにサーヴァントに届くものを持っていたのだ。
当然、母なる大地に住まう者のそれを大きく凌駕した力。

「案外、簡単に抜かれちゃうものなんですね……私達って」

神秘が不可侵だった頃の時代はもはや無く、神にとってヒトは地を這う赤子では無くなっていた。
確かにミッドチルダは異邦の地。 だがそこに住まう人間と、この地に育む人間が同じヒトだという事に代わり無い。
ならば、地球人も年を経て―――いつかはあの域に辿り着いてしまうのだろう。

ならばその時、人はサーヴァントの力を必要とするのだろうか?
神を崇める心は残っているのだろうか? 
自分の奉仕を必要としてくれるのだろうか?


   神様は人に憧れて恋をしました。
   でも、ヒトは神様の存在をだんだんに忘れ、その手を離れていってしまう。
   ヒトが自分を必要としなくなる―――それはとても寂しくて辛くて、悲しい………


「ん……?」

思案に耽るサーヴァント。
その時、頭頂部にごつんと衝撃が走る。

浴槽の中央にて水面に浮かぶ女体が何かに突っかえた―――


――――――

「「……………」」

はて? 浴槽の広さを鑑みれば、まだ壁に至るには早い筈だ?
湯船の中央でシンメトリーのように重なる女体と女体。
2つの体は反転するように体を起こし、正面に向き直り―――


「「あーーーーーーーーーーーーっ!??」」

行きのバスで会った品の無い面が目と鼻の先にある事を確認。
両者の渾身の絶叫が浴室に響き渡るのだった。

あかいあくまと白面の物、再び相見える。


――――――

「―――――ん?」

今、中の方で何か聞こえたような……
その耳が怪鳥音のような反響音を捕らえ、振り向く彼。

「逃げられた……逃げられた……許せない」

「コラ!」

「きゃんっ!?」

だが今はそれどころではなかった。
士郎の拳骨が間桐桜の頭にヒットし、可愛い悲鳴をあげてその場にうずくまる桜。
軽い折檻とはいえ、士郎が彼女に手を挙げるのは余程の事だ。
そして、向かいには困ったように佇むティアナ執務官補佐がいる。

「すまないなホントに……」

「いえ、シグナム副隊長も気にしていないと言ってますし
 今後このような事の無いよう注意して下されば」

「ああ、十分に言っておくよ。 シグナムの所にも後で顔を出すから」

話題に上がっているのは間桐桜によるシグナム襲撃事件の事だ。
管理局員を闇討ちするなど本来ならば大問題になるところだが、お咎め無しと聞いて胸を撫で下ろす士郎である。
侘び代わりにあの戦闘マニアとスパーリングなどさせられそうだが、そのくらいはしょうがない。

「…………」

対して士郎を前にして、ティアナは少々緊張気味だった。
衛宮士郎―――彼女も何度か模擬戦で手を合わせた事がある。
彼の標準スペックは決して高くはない。 現にティアナも何度か勝っている。
だが、それでいて実際の任務において、なのはやフェイトを振り回すほどの獅子奮迅の活躍を見せる―――
そんな一部で有名な、嘱託局員一のイレギュラーこそが彼だった。

「私や、あの時の姉さんと同じ目に合わせてやったのに……
 泣き叫んで命乞いするどころか反撃してくるなんて……
 何で? 許せない……許せない!」

「コラ!」

「きゃんっ!?」

今度はちょっと強めに折檻する。 うずくまる桜。

「イタイです先輩……」

「イタイで済んで幸いだ。 局の武装隊……しかもヴォルケンリッターにちょっかいかけて
 今まで無事に済んでる事自体が奇跡なんだぞ?」

一見、間桐桜に折檻しているだけのように見える彼だったが
話によっては彼女の咎を全部受け持つつもりだったのだろう。

数多の作戦に自発的に参加し、自虐レベルで危険な任務を請け負い
作戦が終わればいつだって一番の成果を出していて、そして一番傷ついている。
そんな噂の彼。 こうして見ると普通の青年にしか見えない。
ただ遠巻きから数度ほど見た光景がとても印象的で、どういう人物なのか興味があった。

「それにしても遅いな」

「あ……えっと、衛宮さんもですか?」

「何だティアナもか? ああ、連れがまだ中にいるんだ」

浴室へ続く出入り口に目をやる2人。
いつになく長風呂なのは昼の教導のダメージが尾を引いているのかも知れない。

「でも遠坂さんはやっぱり凄いです。 なのはさんにあそこまで突っかかっていけるなんて。
 私なんか、なのはさんと向かい合うと、まだちょっと過去のトラウマが……」

「ああ、例のアレな」

「う……」

詳しく説明するまでも無いようだ。 
一部で知れ渡ってしまっている自分の、高町なのはに対する反抗劇とその一部始終。
人呼んで 「ティアナ、ちょっと頭冷やそうか事件」…… 
思い出す度に顔から火が出るほど恥ずかしい、アレである。

「実際、仲が良いのか悪いのか判断に困る二人だよな。 横で見ててハラハラしっ放しだよ。
 お互い、負けたくないって気持ちがあるのと同時、自分より優れた部分をちゃんと認めてもいるんだ」

上手い具合に話をそらしてくれて助かった。 
あれを掘り下げられたら正直、たまらない。
こういう気遣いもまた彼の美徳なのだろうか?

高町なのはと遠坂凛。 局内でも圧倒的な存在感を誇る2人。
彼がその両者と密接な繋がりを持っている事は今の発言からも伺える。

「特に遠坂はなぁ……この二日間、ボコボコにされてるのを楽しんでる節すらあるよ。
 同年代にあそこまで圧倒されるのって多分、初めてだろうしな。
 でも、あいつはその上で―――最後は必ずマクりに行く奴だ」

明日はきっと、とんでもない事考えてるだろう。
お目付け役としては頭が痛い。

「なのはさんも明日が正念場、という事ですね?」

件の2人から全幅の信頼を寄せられている青年は苦笑する。

否……信頼というのはどうだろう。 ちょっと違うかもしれない。
彼の事を高町なのはに聞いた事がある。 
するとなのはは深い溜息と共に……こう言ったのだ。


「ティアナ………一つだけ言っておくね…………………絶対に衛宮君を見習ったら駄目だよ?」


あの教導官がこう断言したのだ。 思わず、あんぐりと固まってしまった。
あの人にここまで言われる人物なんて未だかつていたか? そんな人、想像も出来ない。 
とても興味は尽きないし、この機会に色々と親交を深めたかったのだが―――

「今日はもう話しこんでいる時間は無いようだな」

「はい、残念ですけど私もそろそろ行かないと。 
 もう……何やってるのよキャスターは」

そう、この後には二日目夜の最大の催しが控えている。
各々、その準備に取り掛からなければならない。
本来、こんなところで油を売っている時間すら無いのである。

名残惜しいが―――この風変わりな青年と交流を深めるのはまたの機会に取っておくとしよう。


――――――

「駄狐!」

「赤べこっ!」

湯を蹴るようにバックステップして間合いを取る両者。
敵意剥き出しの顔つきは、今すぐ第2ラウンドを始めようという面構えだ。

「これはご無沙汰ですねぇ―――風の噂では名誉の戦死を遂げられたとか?
 魂魄まで砕け散ったはずの貴方が何故、一丁前に湯浴みなんかしてるんですか?
 温泉に迷って出るとか、マジ有り得ねー」

「アンタこそ、フェイトに場外まで吹っ飛ばされたんだってね? 
 さぞや絶景だったんでしょう? 打球の気持ちってやつを教えて欲しいわ。
 フェンスに狐拓を刻み付けて、名実共に天然記念物に認定された感想と合わせてね」

バチバチと湯煙にプラズマが飛び散る中、二人の獣が睨み合う。
双方、猫か何かであれば全身の毛が逆立っていた事だろう。

「凹んでる時に辛気臭い顔を見せてくれたものですね……ご主人様を待たせてるんで、お先に失礼」

「あら? 逃げるの?」

「………あまり調子に乗らない事です。 
 魔力供給という名目がなきゃ、誰がアンタみたいな醜女と乳繰り合うかっての。
 あの時の情けねぇ顔を思い出す度に笑いが込み上げてしょうがないですよ、プッスッスー(笑)」

「パパ、パラレルワールドの事なんか知るかーーー! 早く行きなさいよ、せいせいする! 
 せいぜいティアナにエキノコックスとか移さない事ね! 念のため、私も身体検査してもらおっと♪」

「カッチーーーン!! 誰が寄生虫持ちかぁーーーッ!!? アッタマきたコイツっ!!」

ブチ殺す―――!!!!!
瞳に殺の一文字を称え、屠殺の構えを取る魔術師と狐。

「はいはい二人とも落ち着いて下さいな♪」

だが一触即発の両者に声をかける者がいた。
いつの間にか湯船の中央に漬かり、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる新たなる来訪者。

「管理局に手酷くやられた者同士、争っても仕方無いでしょう?
 私でよろしければ是非、相談に乗ってあげますけどぉ♪」 

「アンタ………機人の……」

凛が呟く。 声のトーンが下がったのは臨戦態勢レベルの上昇に伴っての事。
眼鏡の奥より怪しく光る双眸。 戦闘機人ナンバーズの4―――クアットロ。
JS事件の実行部隊において策謀と謀略を旨とする
スカリエッティの娘達の中で取り分け、危険な個体である彼女が一体、何の用か?

「あら、そんなに緊張しなくてもよろしいですわ。 私とて行楽を楽しむ客の一人。
 こうやって皆さんと親交を深めたいだけだというのに♪」

「あからさまに胡散臭さダダ漏れでよく言いますね。
 私は別に貴女とも、そこの赤チンとも友達になる気はありませんので」

「ちょっとアンタ……さっきから、赤べことか赤チンとか」

「それは残念。 サーヴァントともあろう方が魔導士に一蹴された無様をそのままにしておくとか。
 雪辱を晴らす手伝いが出来ればと、こうして馳せ参じましたのに拍子抜けですわ♪」

湯船から上がり、浴室を後にしようとしたキャスター。
その尻尾がピクンと跳ね上がる。

「無礼な土偶ですね―――手足を千切ってあげましょうか?」

「私に八つ当たりしても事態は解決しませんわよ? 神様の断片さん。
 貴女だって本当は外宇宙よりの来訪者との交流なんて苦々しく思っているクチでしょうに♪」

「――――――」

狐の目が冷たく、鋭利になっていく。
人間とは一線を隔す、おおよそ温かみの感じられない魔性の光。
どこで調べたのか知らないが、この人形はこちらの内心をある程度は解しているらしい。

そう、あの異世界からの来訪者達―――
齎す知恵と知識は、母なる大地に住まう者に確実に力を与えるだろう。
だがそれは即ち、ヒトがこの手より離れていく事を促す行為に他ならず
先ほど憂いていた事態を無下に促進する事と同義だ。

人の子が、自分の力で我が元を旅立つならばいい。 悲しいけれど受け入れる事は出来る。
だが、外部の者によって齎された知恵の実を貪り食って、それで得た進化など進化ではない。
単にそそのかされたのと何ら変わりが無い。 そんなものを認められるはずが無いだろう……

――― いっそ滅ぼしてしまおうか ―――

管理局の船団が地球近郊をうろつくようになってから幾年。
そんな衝動に駆られる事もまた決して少なくはなかった―――

「しかし貴女も味わった通り、Sランク魔導士は管理世界における最強無敵の戦力です。
 部隊として動けば、サーヴァントをも凌駕する難物。
 貴女一人では到底、彼らを追い払う事はかなわないでしょう?」

覗き込むようなクアットロの機械の瞳。
挑発と誘惑を織り交ぜた言葉はとても甘く鋭く―――

「でも、この私の策があれば……」

「――――――――くっだらない」

だが幻惑の仕手の囁きを、サーヴァントは一蹴して切り捨てる。

「このタマモ、己の策で敵を絡め取る事は良しとしても、下賎な入れ知恵を恵んでもらうほど落ちぶれてはおりません。
 彼らがこの地に有害か否かは、私の判断で私が決める事。 
 貴女………躍らせる相手を間違えると自身の身を滅ぼしますよ?」

あの程度の連中を最強無敵と断ずる人形に、九尾揃った自分の姿を見せてやりたい。
元々、揺り篭すら単体で落としかねない大妖である彼女。
本当ならば賢しい策など必要としない、強大な力の持ち主なのである。

(そもそも今のご主人様は管理局の人……そこに牙を向けられる道理がありません……)

これ以上、主人の意に反する事は出来ない。
自分は今日まで彼女を困らせてばかりだ。

気持ちを切り替えよう……余計な事はもう忘れてしまおう。

抱えた憂鬱を振り払うように―――今度こそ、キャスターは浴室を後にする。

「は………煮え切らないサーヴァントですこと。
 揺り篭を一人で落とすぅ? ハッタリ塗れの負け惜しみにしか聞こえませんわ。
 さて………貴女はどうします魔術士さん?」

ゴミでも見るような目で狐の背中を見る機人。 
実際、彼女にとって利用価値の無いものなどゴミ以下なのだろう。
今度は凛の方を向いて呟くクアットロである。

「ねえ。 ガンダムに勝つにはどうしたら良いと思う?」

「…………は?」

だが返って来たのは、沈黙を守っていた魔術師のそんな第一声。

「ガンダムに勝つには―――結局、同じガンダムに乗るしか無いのよね」

「あ、あの……ガン、ダムって?」

「ああ、何でもない。 貴女には関係ない話」

既に機人の事など凛の眼中には無かった。

「宝石剣で攻撃力だけ並んだところでしょうがなかったのよ。
 技術、才能で5分ならば、せめて同様の機体を有さなければ話にならない」

ある…………一つだけ。
遠坂凛に残された最強最大にして最悪の機体が。
問答無用に強力で、理不尽なほどに破滅的な―――

――― 覚悟を決める時なのかも知れない ―――

切り札は初めから用意してあったのだ。 
一つの決意を旨に秘め、凛もまたその場を後にする。


「……………」

そして一人残された機人。

「バカな人達…………勝手にすればよろしいですわ。 
 私は私で、祭を盛り上げて差し上げるだけですから♪」

自分を無視して行ってしまったゴミ2つ。
特に気分を害する事もなく、機人は一人ほくそ笑む。

人影の無くなった浴室―――

チャポンという水面が跳ねる音と共に
女性らしい流線型を描いた人工の肢体が、新たに浴槽に浮かぶのだった。


――――――

「「惚れてまうやろーーーーーっ!!!」」

高度300m、奈須の空に少女の声が響き渡る。

「あー気持ちイイ! 肌に刺すような空気がたまらない!」

「ですよねー! 私も落ち込んだ時、こうやって気分転換するんですよー!」

世に言う絶景とはこの風景の事を指すのだろう。 人がゴミのようだと呟きたくなる。
彼女達を背に乗せて飛翔する巨竜ヴォルテールがイリヤとキャロの歓声に答えるように唸る。

「神竜……こちらの竜とはちょっと位置づけが違うようだけど
 私のバーサーカーとどっちが強いかしら?」

「うーん、制御の難しさは良い勝負だと思いますよ? よく暴走させて怒られてます」

てへっと舌を出して笑うキャロ。 今のはひょっとして冗談なのか?

「丁度良いわ。 今夜のアレで決着をつけましょう………
 と言いたいところだけど、サイズ的に無理かな」

「はい……残念ながら、余裕ではみ出しちゃいます」

何にせよ昼の教導では大人しくしていたイリヤ。
フラストレーションも良い具合に溜まっている。
せいぜい晴らさせてもらうとしよう。 ついでに凛の仇も取ってやらねばなるまい!

「さあ、出陣よ! バーサーカー!」

雪の少女が大空に必勝を誓う。


そして―――――――――――祭は始まった!!


――――――

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最終更新:2011年01月15日 14:20