#1

ちらちらと肩ごしに後ろを振り返るアリシアの手を引いて走りながら、
フィアッセはまいったなぁと呟いた

「ホテルと反対方向に逃げちゃった、どうしよう?」

ボディーガードやソングスクールのスタッフの居るホテルに逃げ込んでしまえば
こっちのものだという目算があったらしい
今から引き返すのは危険な気がするし、士郎も心配だ
さてどうするか―――

むぅと唸った彼女の前に一台のワゴン車が道をふさぐようにして止まった、
その扉が開くかどうかという間に目を走らせた先にある路地に飛び込む

肩越しに振り返ったワゴン車から降りてきた人影の手の甲に刺青があるのに気がついて
フィアッセは顔を曇らせた

アレが本物なら今度の人達が持ってるのは拳銃だろう、
コレで少なくてもさっきの人達が“偽者”どころか悪い人だというのが
はっきりした訳である

「アリシア!」

「えっ、え?!」

戸惑うアリシアの手を引いた瞬間、乾いた音と共に地面で何かが弾けた
驚いたアリシアが足を止めるのを強引に走らせる

警告無しに発砲してきたが当てるつもりは無いようだ
こちらが恐怖に負けて足を止めるのが目的、といったところだろうか?

路地から通りへ出ようと更に足を速める、曲がろうとした目の前を銃弾が通り過ぎたが、
逆に行くのは不味いという勘に従ってそのまま駆け抜ける
その途中―――


「しまった、携帯―――」

銃弾に驚いた瞬間か、それともアリシアを引き寄せたときか……
手にしていたはずの携帯電話をいつの間にか落としたようだ
さて、どうしよう……

“切り札”を失ったことに気が付き、焦りを顔に浮かびかけた所で、
観光客らしいオレンジ色の髪の少女とすれ違った

「そのまままっすぐ、川の方へ」

「え―――っ、うん!」

すれ違いざまの少女の指示に、フィアッセは一瞬戸惑い、
ついでそれに気づくと心強そうに頷いた

そろそろ自分もアリシアも限界である、
でももう一息だと言い聞かせ、懸命に走る

「さっきの人……」

肩で息をしながらちらちらとアリシアが後ろを振り返る
その手を引いて走りながら、自分も肩で息をしながらフィアッセは大丈夫だよと
笑みを浮かべて答えた


#2

車で深山町側から市内に入り、冬木大橋を通って新都に入る

「士郎の奴、家に居ないみたいね
何事も無ければいいけど……」

後部座席で携帯電話を切りながらそう言う凛に、ティアナは嫌な予感が頭によぎった
こう言う時のこう言う発言はいわゆるドラマのお約束である

「心配はいいけど、その歳で携帯電話の操作にまごつくのはどうかな?」

ハンドルを握る女性が苦笑しつつ凛にあきれた声を上げる
その片耳には携帯電話に繋がったイヤホンがつけられており、
運転しながら片手間で何処かに連絡を取っていた

その顔が一度、呆れの混じった苦笑を浮かべた後、
一転して緊張したものに変わった

「どうしました?」

助手席のフェイトが声をかけるのを手で制する
どうやら先方に何かあったらしい

「先に街に入っている部下の報告でね
フィアッセと連絡が取れないそうだ」

土手沿いの路肩に車を止めながらの女性の言葉にフェイトが眉を寄せる
ボディーガードの目を盗んでホテルを抜け出したらしい
ここ最近荒事に遭遇していないのと日本ということもあって気が緩んだのだろう
とは思うが、周りからすればたまったものではない

「とりあえず空から探してみます、
美沙斗さんとシャーリーは此処に、ティアナは凛と一緒にこのあたりの巡回頼める?」

「それがいいでしょうね、
多分何かあったらあの莫迦も首を突っ込んでるでしょうし」

騒ぎの一つもあれば手っ取り早く見つかるんじゃないといいながら車を降りる
不謹慎だが凛がそう言えるのもその人物を信頼しているからだろう

「あぁ、少しまってくれ」

イヤホンのある側の耳に手を当てながら、行こうとする凛とティアナを呼び止めた
どうも街中に居る部下から何か新たな連絡があったらしい

「赤毛の少年が男達と乱闘したあと何処かに走り去ったそうだ」

どうも直前にその少年がフィアッセらしき女性ともう一人を男たちから逃がしたらしい
部下にその男たちの拘束と身元の確認を指示しながらの美沙斗の言葉に凛は納得した


―――間違いなく士郎だ

「なら駅前に向かいましょ、多分どっちかと鉢合わせるはずよ」

女性も少年も大橋方面に向かって走り去ったとの報告に対しての
地元民の土地勘からの凛の提案に反対する理由は無い

おのおのに動き出し
飛び上がったフェイトが飛行魔法を使う不審な魔導師を発見、捕縛したのは
これからわずか数分後の出来事であった

#3

通りがかった路上で不審なワゴンを士郎が見かけたのは偶然だった
信号待ちや人待ちにしては不自然なところで停車している
路地に向けて後部座席のドアを開いていることからそちらに人が出て行ったようだが

―――これも、先ほどの黒服達と関係あるのだろうか?

だとすれば二人が心配である
警戒しながらワゴンに近づくと、
運転席の男は携帯で何処かに連絡を取るのに集中しているらしく
聞き耳を立てると小娘一人にいつまでかかっているなどといったやり取りが聞こえてきた

これは間違いないな―――

と士郎が右手に干将を投影しようとした瞬間だった

路地の方からオレンジ色の光の玉が一つ、ふらふらと漂ってきた

「―――?」

首を傾げた士郎の前で、その光に顔を運転席の男が顔を向けた直後、突然光弾が加速した

それまでのふらふらとした動きとは段違いの速度である、
気づいたときには助手席から運転席まで見事に貫通、破壊して、
運転席に居た男は路上に放り出されていた

「士郎!」

その光景に面食らいながら光の弾が来た路地の方を向くと、
見覚えのある黒髪の少女―――遠坂凛が現れた

「遠坂、倫敦で何があったか知らないけど
街中で派手に魔術をぶっ放すのはどうかと思うぞ?」

改めて確認するとワゴン車の助手席から運転席まで見事に貫通、
ドアやシートその他もろもろ見事に外に放り出され、ガラスも全損である
ここまでやるあたり相当ストレスが溜まっていたようである


「ちょっと、何でそうなるのよ?
さっきのは私じゃないわよ」

「そうなのか?
てっきり遠坂の宝石魔術かと思ったんだが」

あぁでもそうなるとワゴン車が原形留めてるのはおかしいのか?
と士郎は首をかしげた

「えぇそうね、ちょっと試してみましょうか?」

懐から宝石を取り出しながら口の端を吊り上げるのを見て、
士郎はあわてて彼女を引きとめた

「なにしてるんですか?」

呆れた様な声に顔を向けると見覚えの無い女の子が路地から顔を出した

「あぁ悪かったわね、
それで、対象は確保できたの?」

「えぇ、件の連中は全員拘束しました、
アリシア・テスタロッサの方はシャーリーさんが」

凛の知り合いであるらしい少女はテキパキと答えると手にしたカードを懐に収めた

何かのコスプレかと思うような服装だが、魔術礼装だろうか?

そう思う士郎の目の前でオレンジ色の魔力光が弾け、
少女の服装がありふれた洋服に変わる
どうやら彼女が先ほどの光弾の主のようだ

「ティアナ!!」

上からの声に少女が頭上を振り仰ぐ、
つられて振り仰ぐと、上空から金色の光が降りて来る所だった
地面に付いたところでそれが弾けると、中から男を抱えた女性が現れた

抱えられているのは士郎が先ほど逃した黒服である
金色の魔力で出来た輪で拘束されているようで意識は無いようだ

「なんでさ?」

それを脇に置いて、士郎は女性の顔に驚いて声を上げていた
髪形こそ違うが彼女の顔がアリシアに瓜二つだったからである

「時空管理局本局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです
ご協力ありがとうございました」

あぁ―――そういう事か

男を降ろし、そう言って差し出した女性の手を握り返し、
その柔らかさにドギマギしながら士郎は幾つかのことに納得した


#4

翌日衛宮邸

「―――大体分かった、
それで、アリシアはどうなるんだ?」

凛から事情の説明を受け、士郎は指し当たって最も気になっている疑問を口にした

「独力での本国への帰還は本人の能力的に不可能な上に、
地球にはそもそもそんな技術はありませんよね
それに、もともと事故で流れ着いたようなものですから、
今回は緊急避難が適応されることになります」

Diaryと書かれた大学ノートに目を通し、
件のロストロギアの内いくつかは虚数空間内で損失、
そこで何らかの取引があったものと思われるが詳細不明などと書きながら、
ティアナがそれに答えた
アリシアから提出されたそのノートは十数冊に及び、
この街にたどり着いてから没するまでの間に彼女の母が書いたものだと言う

「戸籍は綺礼がでっち上げてるしね、問題は無いんじゃない?」

「でも一応手続きは必要なんだよな?」

同じノートを片手に魔術教会への報告書を書いていた凛が相槌を打つ
とはいえ士郎が言う通り、地球側がどうあれ管理局には役所としての立場がある、
通常特別な許可が無い限り管理外世界での居住は認められていない

「えぇ、でも本人の希望があればどうにかなる範囲ですし、
手続きの方もフェイトさんが―――」

言いかけて「アレ?」とティアナが首をかしげる
何か引っかかりを覚えたらしい

あの書類、あんなふうに処理してよかったかなと首をかしげるあたり
手続きに何か問題があったのかもしれない

「なにか職権乱用か? とかそんな疑問を感じるんだが……」

「良いんじゃない?
職権なんてどうせこういうときに乱用するためにあるんだし」

ティアナの様子に士郎が不安を覚えるが凛は軽く流した

「何か誤解を与えかねない言い回しですね……」

「いいのよ、別に誰にも迷惑はかからないんでしょ?」

結果として損をしたものは居ないので結果オーライということらしい
まぁいいか、と納得し、お茶の御代わりを注いだところで呼び鈴が鳴った

「っと、客か」

今日は来ないとは思うけど桜だったりするとまずいから、
ティアナの立場については適当に口裏を合わせといてくれと言いながら応対に出る


律儀に門前で待っているらしいことから桜ではないなと
軽い気持ちで門扉を開いた士郎は呆気にとられることになるが
それはまた別の話

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最終更新:2011年01月07日 19:05