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二日目序章 深夜 ―――

丑の刻。
古来より禍々しき者が跋扈するに最も相応しいとされる時間帯。
草むらを飛び交う虫すら寝静まる帳。 其に這いずる凶兆が今、旅館に迫りつつあった。

「サイ姉~! そろそろ到着だよ~!」

「分かっている。 さて、少しは殺りがいのある連中だといいな」

否、彼らは凶鳥―――
現世より崇められし英霊も法の守護者も纏めて犯し尽くさんと嘲笑う、世界を殺す猛毒だ。

「……………リアクト」

飛翔戦艇エスクアッドを根城とする凶悪犯罪組織フッケバイン。
少女の紡がれた言霊に従い、旗艦がその能力を解放、完全戦闘形態となる。
もはや止められない。 休暇を楽しみ寝静まる皆の頭上に彼らの凶刃が迫る。

――――――だがその時……!


   私の管轄に毒を蒔こうだなんて――――


――――――天より降り注ぐ落雷の如き声が侵略者の鼓膜を震わせた!


   やっぱり宇宙は広いという事かしら?
   こんな愚かで笑える連中がスペースデブリの如くプカプカ漂っているんですから


「うるっせえな……このバカでかい声は何だ?」

「…………何? あれ?」

彼らは初め認識出来なかったのだ……そのあまりにも巨大なナニカを。
天を突き雲を抜けるソレを前に、てっきり山脈か何かとでも思い至ったのだろう。
だがこの地に住まう者なら真っ先に気づく違和感……そう、奈須の大地にあんな巨大な霊峰など存在しない。

「うわー! でっかい女の人だー!」

1人が無邪気な声を上げる。 その、あまりにも出鱈目な影を前に。

「あれが女? 乳が全く張ってねえじゃねえどはぁーーーっ!??」

仁王立ちの紅の巨人……否、怒り心頭のお嬢様!
繰り出された100290(省略)文ケンカキックが旗艦の横スレスレを通過する!

「上等じゃねえかクソカスが……ステラ! 全砲門オープンファイアッ!
 あの断崖絶壁みたいな胸板にブチ込んでやれぇ!!!」


G-Autumn Rodge―――山間に設けられた絶対防衛ラインに今夜、5度目の戦火が上がる。


――――――

「すまないわね本当に……これで秋葉に借り一つか」

結界を越えて侵入する招かれざる客に退場を願う、難攻不落の関所。
佇む伝説の巨人を見上げて月村忍が口惜しそうな声をあげる。
管制室でノエルに肩を貸して貰い、ようやく立っている彼女。
昨日のアレがよほど堪えたのだろう。 乙女回路をズタズタに抉っていったアレが。

「それにしてもデカっ! 混血って多芸よねぇ……巨大綾○かっつうの」

「軽く人間超えてますね。 さっきなんて隕石、蹴り返してましたし」

「ふっふっふっ………仰る通り、今の秋葉さまは無敵です! 
 通りすがりのマッドドクターさんの協力で昨日完成した、まききゅーGeX<ゴールドエクスペリエンス>の力!
 名づけてGGG秋葉さま! アリスト○レス並と言っても決して過言ではありませんっ!!!」
      スリージー
ふんぞり返って答える遠野家メイドの痛い人。 
確かに通常のGよりも数段、途轍もないモノになってる。 間違いなく。

「まあ、効き目が切れた時の筋肉痛は通常の100倍ですけどねー」

そして断言する。 世界の毒とはこういう割烹着の事を言うのだ。

「姉さん………それはちゃんと秋葉様に?」

「やだなぁ翡翠ちゃん! 勿論―――」

満面の笑みを浮かべる琥珀。 皆の視線を一身に受けて―――


「――――――あ、言い忘れた」

悪魔は当たり前のように、こう答えた。


――――――

幕間 湯煙の漢達 ―――

「コクトー。 混浴行くぞ」

早朝、黒桐幹也の浴衣の裾を引っ張る謎の式。

「えーと……式? キミはななな、何を言って」

「恥ずかしい事を二度も言わせるな」

哀れなほどに困惑し、しどろもどろになる幹也くん。 
彼は今、一人ではなかった。 後ろには遠野志貴、高町恭也、ユーノスクライア、衛宮士郎がいる。
彼はつい先ほど、男同士で親睦を深めようの会の会長に就任したばかりだ。
一度は恭也に譲ろうとしたのだが 「柄じゃない」 の一言で自分が就く事になった名誉会長の席。
しかしてその座を早くも揺るがす脅威が今ここに。

「まさかお前、女に恥をかかせるつもりじゃないだろうな?」

「え、えぁ……」

上目使いの式は一見、いつもの無表情だが―――
よく見ると頬が少し赤い。 ……直死並の破壊力だ。 
潰れたカエルの様な声をあげて後方の仲間に縋るような目を向ける彼。

――― 親指をビっと立てる盟友達 ―――

結局、少女に首根っこを掴まれて声にならない悲鳴を上げながら連行されていく青年。
友の万歳三唱に送り出され……黒桐幹也は桃源郷へと旅立った。

―――――男同士で親睦を深めようの会、5分で破綻。


――――――

「混浴………あったんだな」

既に1人が殉職した男同士で(略)のメンバーが浴場の暖簾をくぐる。
いわゆる朝風呂というやつだ。 3時から5時までの清掃時以外は年中無休なのがこの温泉の魅力である。

「しかし、こんな立派な男湯と女湯があるのに混浴にわざわざ行く客がいるのか?」

「だから――――――わざわざ一緒に入るためですよ……恭也さん」

いまいち合点がいかない恭也を尻目に、賢者のような面持ちで頷く3人である。

「衛宮君はこの後、すぐに演習の準備だったか?」

「ええ、そうです。 しかし昨日は遠坂がピリピリしちまって、ロクに眠れませんでしたよ。
 枕元にいつ発火するか分からないダイナマイトを置いてる気分ってのは、ああいうのを言うんだなって……」

「はは………それは大変だったね。 なのはもあと二日、苦労しそうだなぁ」

なのはの事も宜しく、と頭を下げるユーノに対して苦笑いを禁じえない士郎である。
あの大怪獣2体を相手に自分が出来る事などたかが知れている。
まあ、やれる事をやるしかないだろう。 命懸けで……

「俺も昨日、参加したんだけどメニューの半分もこなせなかったよ。
 情けない………このひ弱な体が恨めしいな」

「でもフェイトから一本取ったって聞いたよ?」

「ついでにやり過ぎて出禁になったともな」

「その話はやめてくれ……頼むから」

談笑しながら脱衣場を抜ける一行。 今日も一日忙しくなりそうだ。 
せめてこの一時は誰にも邪魔されず、湯舟に身を遊ばせたいと願う彼らであった―――

「………待て」

だが、先頭を切って浴室に踏み込んだ高町恭也が皆に制止の声をかける。
声色に尋常ならざる緊張が孕んでいる事を察知した志貴、士郎、ユーノ。
彼らとて平常の裏側に身を置いて久しい者たちだ。 状況を素早く察知出来ない者はいない。

「―――――怪物……?」

小声で呟いたのは衛宮士郎。
湯煙の向こう側―――明らかに異形の影が見え隠れしているのを認めたからだ。
湯気に怪しく光る幾多の目。 間違いなく人の外へと至ったシルエット。
常世の聖、神、魔の気配が一同に集結しているこの地だ。 怪が誘われて紛れ込んでいても不思議ではない。

御神の剣士が静かなる闘気を纏い、戦闘態勢へと移行する。
その鋭利な殺気……やはり本職の持つ空気は違うなと改めて実感する後方の3人。 
だが感心してばかりもいられない。 最悪、ここで殺陣を演じなければならないのだから。
直死を操る殺し屋、防御結界のエキスパート、投影魔術の使い手も恭也に習い一様に身構える。
普段は女性陣のパワーに隠れがちなヒーロー達だが、こうして揃うと壮観の一言だ。 全裸だが……

すり足で間合いを詰めていく一行。 目に映る影はどんどん増え続けている!

蜘蛛のようなナニカ―――
像のようなナニカ―――
虎のようなナニカ―――
ヒョウのような―――
鹿のような―――

(…………………鹿?)

志貴の心に何かが引っかかる。
無言で皆を制し、注意深く距離を詰めていく魔眼の少年。

そして―――彼は見た………

浴室いっぱいに群がる黒一色の動物奇想天外を!
山奥の秘境よろしく、ケダモノに占領された硫黄香の漂う秘湯を!
黒々とした何かが油のようにプカプカ浮いている毒の沼地さながらの浴槽を!

その中央………デコイのように浮かんでいる生首がこちらをギョロリと向いて―――


「――――――――どうした? 入らんのか?」


「入れるかぁぁぁぁあああーーー!!!」

志貴のナイフが首カオスの額にブッ刺さった。


本日のヴァルハラ送り―――

ネロカオス

浴場の汚染、営業妨害


――――――

CHAPTER 2-1 両手に無敵花 ―――

(こ、困ったなぁ……)

ユーノスクライアは今、人生初の苦境に立たされていた。
原因は見ての通り、彼の両脇に侍る人影にある。

「「―――――、」」

自分と並んで粛々と歩くのは双方ともに女の子。 
両手に花というのは男なら一度は夢に見るシチュエーションである。 純朴な彼には聊か重い幸運だ。 
しかしながら…………相手が相手となれば素直に喜べるわけも無い。

「あの……二人とも僕と一緒にいて大丈夫なの?」

「良いんだ。 あんな根性無しは知らない」

「バスで言った事忘れちゃった? 浮気するって言ったでしょ♪」

左右同時に答えが返ってくる。 そう、言うまでもない。
今、彼は古今東西最強無敵のヒロイン2人に挟まれている。
両義式にアルクェイドブリュンスタッド……その気になればマジで世界を席巻できるパーティーだ。
これを幸運と受け止め羽目を外せるようならば、彼は司書長でなくカイゼル髭を蓄えたどっかの支配者にでもなるべきだろう。

「えっと、でも2人とも立派な相方がいるでしょう? 幹也さんに志貴と一緒に楽しんで来た方がいいんじゃ?」

「土壇場で逃げ出しやがった奴の事なんかどうでもいい」

……今朝の事か。 どうやら彼はエデンの門をくぐる事は叶わなかったらしい。

「昨日の事で本気で拗ねちゃったのよねぇ……だから、ちょっと冷却期間」

こちらはこちらで昨日の「あの事故」の影響か。
朝に見た志貴の痩せ細った表情からも、昨日は女性陣にどれだけ搾られたか想像に難くない。

「まあどの道、休んで貰うつもりだったけどね……一瞬でもモノの死を視ちゃったわけだから。 
 今日は志貴に無理はさせられないわ」

そう、遠野志貴の演習会欠席を始め、2日目は何かと人員が足りなくなってきている。
月村忍は昨日から調子を崩し、反省室送りにされる者も続出。 
挙句の果てに今朝方、遠野秋葉がぶっ倒れてリタイアしたらしい。
よってユーノも率先して昼間の見回りに従事しているわけだ。

「アルクェイドは秋葉さんの容態について何か聞いてない?」

「んー、琥珀に毒殺されかかって生死の境を彷徨ってるだけじゃない?」

「ど、毒殺っ!?」

「ああ、安心して。 いつもの事だから」

「リタイヤ続出か………旅行に来て体を壊すなんて、こんなバカバカしい事は無いぞ」

やはり近年稀に見る、大掛かりにして大所帯による催しである。
方々で色々と大変な負荷がかかっているのだろう。
絶えぬ気苦労に息を付きながら中天を見上げると、日は既に正午を指す位置にあった。

「そろそろお昼だけど、良かったら一緒に食べようか。 2人はリクエストとかある?」

「ハーゲンダッツ」

「ハンバーガー」

綺麗に割れた。 しかも旅行に来てまで頼むものじゃない。
何て垢抜けない女の子たちなのだろう。

「式………他人のお財布でご飯を食べる時は爪の垢ほどでも遠慮するものよ?
 少しはコストパフォーマンス考えたら? ラクトアイスにしなさいよ」

「お前、血が嫌いなんじゃなかったっけか――――あれも立派な牛の血肉だぞ? 
 俺はてっきりアスパラでもバリバリ丸かじりしてるもんだとばかり」

「ま、まあまあ! 郊外に出ればファーストフード店もコンビニもあるから!」

自分を挟んでむ~っと睨み合う両者。 こんな火花に当てられたらこちらが焦げてしまう。
もはや天秤の支柱として機能する事を余儀なくされるユーノ司書長。 
なのはにだけはこんな姿を見せたくない……何となく。

温泉街の入り組んだ道すがら、屋台や出店の準備が進んでいる。
今日は祭だ。 夕方から夜半にかけてここも賑やかになるだろう。
夜の締めには大掛かりなイベントがある。 これまた血の気の多い者が集まりそうな極めつけのやつだ。

「射撃大会はもう始まってるみたいだね……ちょっと覗いていく?」

威勢の良い司会の声が3人の耳を叩く。 そしてそれに入り混じる射出音―――
火薬やらビーム砲やらソニックブームやら、鼓膜に優しくない轟音が響き渡っている会場はすぐそこだった。
昼食前の余興とばかりに、そんな開けた広場に一行は進む。


――――――

「決まったーー!! ティアナランスター惜しくも敗れたりーーッ!!
 ハードボイルドの象徴、二丁拳銃での奮戦空しく、錬鉄の英霊の前に散る一輪の華!
 残念ツインテール! しかし胸を張れ! お前は決して凡人なんかじゃないっ!」

「命中精度では負けていなかった……威力が足りなかったのか?」

「うーん……ラストのバーサーカーをブチ抜くには相応の威力がいるからねぇ」

フィールドに次々と現れる、アインツベルンのホムンクルス技術で生成された的。
リーズは速い。 セラは反撃してくる。 そしてバーサーカーはとにかく硬かった。

「それにしてもアーチャー強い! 下馬評通り、数々のインチキ武装を自在に操れる仕様は伊達じゃない!
 精魂尽き果てたかのように膝から崩れ落ちるエリート執務官の卵~!」

「タイガー。 質問があるのだが」

「ししょーと呼べい。 らぶりい眼帯」

「了解だ、ししょー。 1回戦から見ていたのだが、何故アーチャーは勝利すると相手に背中を向けるんだ?」

「そりゃアンタ、口で説明しちゃうと色々台無しになるデリケートな事象が働いてるのだよ。 
 お主も来世は男に生まれてくれば自ずと理解出来ようというもの!」

「心得た。 今度造られる時は男性体である事を願おう」

「お、おーーーっと、これはっ!?? 狐が切れたっ!!! 
 主人に対する明らかな挑発行為に狐が切れましたッ! 神器・八咫の鏡が翻る!
 ガラ空きの背中に炎天直撃ぃぃ!! アーチャー火ダルマで転げまわるーーっ!」


――――――

「…………盛り上がってるわねー」

「ヴァイス陸曹が凄いな……この面子で準決勝まで勝ち上がってる」

「いや――――やられるぞ」


――――――

「ぐふっ……!? か、体がっ!?」

「あーっと、これは………毒だぁぁ!! こちらもアーチャー宝具展開! 
 ヴァイス選手、服毒っ!!! 実に汚い! 前評判通りの何でもありっぷり! 
 法律? 何それ? 現職の公務員にシャーウッド流ヘルズアーツを叩き込んだーーー!」

「やめんかアーチャー! この戦い、騎士の誇りを汚すような真似は許さん!!」

「誇りだぁ? 何を甘い事を言ってやがる! これは負けられない戦いじゃねえのかよ!?」

「ワシにとってはな―――だが、お前にとっては違う。 もはやお前が手を汚す必要は無いのだ」

「マスター……」

「おーーっと! 美しい主従愛ッ! 
 次々に飛び出す的を無視して感涙に咽び抱き合う緑茶とジジイ!
 取り合えずラッセルクロウには似ていないーーーーっ!」

「い、いいから早く解毒剤をよこせ馬鹿野郎ーーーーッッ!!」


――――――

「………………」

「やっぱり遠距離戦は専門外だ。 まるで分からん」

凄まじい盛り上がりを見せる射撃大会。
異様なテンションでヒートアップしている司会。 その端には機人の少女の姿も見える。
ここも怪我人続出のようだが、シャマルが順次対応しているので大事は無いだろう。

「昼食を摂った後、僕は第2演習場に行かなきゃならないんだ。 良かったら一緒に行く? 
 アルクェイドは昨日、フェイトの教導を受けてくれたんだよね?」

「まあ、ね…………うーん」

考え込む姫君である。 行ったところで今日は遠野志貴はいない。
昨日は彼の付き合いで顔を出しただけで、特に教導とやらに興味は無い。
正直、気が進まない。 何せ足を運んだところでメインは―――――

「どうせシエルだし」


――――――

第2演習場―――

昨日とうって変わって平地に設けられた多数のビル群。
そのギミックが空戦魔導士に対応するための「足場」である事は言うまでもない。

「呆れた技術力ですね……幻でもなく、こんな舞台を即席で作り上げてしまうんですから」

ここ2班では今まさに、シエルとフェイトが激しい戦いを繰り広げていた。
代行者の象徴的武装である黒鍵と、フェイトの攻防の要、射撃魔法フォトンランサー。 
雷光の矢と火葬式典が両者の間で、秒間20発以上の猛威を以って鬩ぎ合う!
互いの投擲が花火のように宙空で炸裂し、大気を焦がし、周囲にキナ臭い匂いを充満させる!

昨日と違い、術式全開で大空を滑空する金色の魔導士。
その黒衣と並走して駆ける、これまた黒い法衣の代行者。
双方ともに一般局員の視界に止まらぬ凄まじい身のこなし。 影すら追わせないとはこの事だ。
ことにビルとビル間を跳躍してフェイトに追い縋って来るシエルはまるで野生動物さながらだ。
その人間離れした所業に驚嘆を禁じ得ないフェイト。 あれを素の身体能力でやっているのだから驚きである。 
もし昨日のように術式を使用しないで彼女と相対したら、捻り潰されるのは間違いなく自分だろう。

「相手の足場が途切れると同時に仕掛ける……行くよ、バルディッシュ!」

<Yes sir>

プラズマと火の粉が舞い踊る演習場。
爆発に視界を遮られる中、足場を失い宙に躍り出るシエルの身体。
その着地を狙って――――フェイトが凄まじい速度で踏み込んだ!

「くっ!? セブンっっ!!」

「はああああっ!!」


―――――――瞬きも許さぬ執務官の一閃だった。


いや、それを許さぬからこその雷光の異名か。
未だ硝煙冷めやらぬ広場にて、コンマの隙に切り込んだ疾風迅雷。
フェイトのザンバーフォームの刀身がシエルの首筋に突きつけられていたのだ。

「……………」

共に激しく息を乱し、全身の汗を拭おうともせずに相手を睨み据える闘士2人。
右手の黒鍵3本で一応の防御姿勢を取ったシエルだが、フェイトが本気で巨剣を振り抜いていたなら結果は明白。
か細い投剣の防御など容易く弾き飛ばし、シエルの首を刈っていただろう。
模擬戦はこれにて決着。 構えを解いて肩を竦める代行者の仕草が、自身の敗北を認める合図であった。

「完敗です。 考えてみれば貴方相手にこんなモノ振り回しても意味がありません」

言って切り札を床に打ち捨てる。 「はぎゃっ!?」という悲鳴が聞こえた気がしたが……

「ううん……紙一重だった。 あの投擲、見たところ普通の投剣のようだけど
 どうやってあれだけの火力を付加しているの?」

「それは秘密です♪ 秘伝のレシピを簡単に教えるわけにはいきませんから」

「そっか……それもそうだね」

互いに健闘を称え合い、一礼をして下がる両者。 四方に控える局員から惜しみない拍手が飛ぶ。

「お疲れ様。 惜しかったね」

「いえ、見ての通りの有様ですよ」

リーズバイフェの労いに本心からの言葉を返すシエル。
あれほどの巨大な剣を、棒切れを振り回すように容易く振るってくるとは……
中距離で何とか五分。 接近戦に持ち込まれればかなり苦しい。 

シエルとて人間離れした戦闘力の持ち主だが、その武装の大半は人ならざるものを狩るためのものだ。
対人、もしくは人造兵器と真っ向から戦うために編み出された技術とは用途も性能もまるで違う。
向こうはまだ使用していない上位モードを残しているというし、そもそも高々度からの遠距離砲撃を封印させてのこの結果だ。
完敗と言うしか無いだろう。

「見たところポテンシャル比は4:6……決して覆せない数字じゃない。
 けど、やはりフィールド支配率に差がありすぎるね」

「私の投擲に貴女の豪腕が合わさってどうにか、というレベルです。
 攻・防・速が高レベルで纏まっており、地形・重力・距離を問わない固有戦力……
 実際、大したものですよ。 魔導士というのは」

「彼らの数値の高さはそのまま保有技術の差だ。 デカくて硬くて速くて強い。
 子供でも分かる理屈だね。 ナルバレック郷への報告はどうするんだい?」

どうもこうも、そのまま報告するしか無いだろう。 本気でやってボロ負けしましたと。
模擬戦とはいえ埋葬機関上位に位置する「弓」が敗北したと言う事実は軽くない。
上がてんやわんやの大騒ぎになりそうで、今から頭が痛いシエルとリーズであった。

「………しかし昨日に比べて随分と寂しいものだね」

閑散とした応援席を見て、盾の騎士が気の毒そうに呟く。
昨日は遠野志貴応援団で埋め尽くされていた見物席にはほとんど人影が無い。
ダウンした秋葉の代行で琥珀。 それから志貴目当てで見物に来たであろうツインテール―――
大方、こちらの目を気にして出て来れないであろう死徒見習いの少女の影がチラホラと。
そんな木枯らしが吹き荒ぶ客間を見て、シエルの目尻にホロリと涙がこぼれる。

「いいんです……どうせ私だし」

「えー? シエル、もう負けちゃったの?」

「!!」

新たな来訪者の声に一瞬、喜びの表情を見せる代行者であったが、すぐに慌てて取り繕う。
微妙なタイミングで一番会いたくない顔に出会ってしまったからだ。

「コホン……い、今頃ノコノコと重役出勤ですか?」

「長引くと思ったから道中見物してから来たのよ。
 貴女はもうちょっとやれる子だと思ってたのに……私の見込み違いだったかなー?」

「うるっさい……このアーパー吸血鬼」 

「しっかりしてよー。 相手が異端じゃないとテンション上がらないって一種の職業病よ?
 私やネロ辺りに負けてたら貴女達、そんな悠長にヘラヘラしてないでしょう?」

「ええ確かに! 貴女の顔面を陥没させろと言われた方が余程テンション上がりますよ!」

言うなれば殺し屋や傭兵がプロの格闘家相手にリング上で戦うような違和感か。
同じ「戦い」というカテゴリーの中においても畑違いという言葉は確実に存在するのだ。

「ま、今日は貴女の顔を立ててそういう事にしといてあげる。
 でも実際―――あのクラスの死徒が出た場合、どうするわけ?」

「知れた事です。 教会は早急に取り組むでしょうよ。
 雷速で飛来する物体を叩き落とせる超重礼装の開発に」

「NASAにでも頼んだ方が早いねソレ」

もっともSランク魔導士レベルの戦力を持った死徒が偶発的に生まれる可能性などほぼ無い。
あり得るケースとしては魔導士自身が噛まれたケースだが―――

「物騒な会話だな……………まあ無理も無いか。
 普通なら決して談話の成立しない吸血鬼と異端狩りの会合だものな」

「――――――、」

脇でこちらの話を聞いていた人影の声に皆が振り向く。
その両眼に知らず緊張の面持ちを浮かべてしまうのも、かの異端がもはや特異な域にあるが故か。

「両義式―――またとんでもないモノを同伴して来たものですね」

「ご挨拶だな。 昨日はもう一つのコレが大活躍だったそうじゃないか?」

自分の眼を指して言う少女。 言うまでもなく志貴の事だろう。
魔眼の少年と少女が現実で出会う事は恐らく無い。 
極め付けに強力な磁石のマイナス同士―――ここに遠野志貴が欠席していたのは恐らく必然だったのだろう。

「どう? せっかくだから式も一戦やってみない?」

「俺にシスターほどの立ち回りは出来ないよ。 察しの通り人殺し以外、能が無いんだ」

「いいじゃない、試しにやってみれば? 負けるのが恐いって柄でもないでしょう」

「お前、単に俺がやられるところが見たいだけだろ?」

「アルクェイド……来てくれたんだ」

―――声は意外なところからかけられた。

「見ての通り、まだ演習終了には時間があるんだけれど……良かったら少し手合わせしてくれないかな?」

「っ! フェイト!?」

何とフェイトだ。 魔導士が2人のやり取りに割り込むように声をかけたのだ。
脇にいたユーノの表情が凍りつく。  
名指しでの模擬戦の申し込み。 しかも相手は―――――


「―――――――――え? 私?」

「良かったな。 ご指名だぜ」


――――――

幕間 湯煙の女たち ―――

「変態女を見ませんでしたか!?」

汗と疲労に塗れた体は予想以上に重いものだ。
そんな溜まりに溜まった疲れを癒そうと一行は温泉の前まで来ていた。
教導官組である高町なのは、フェイト、ヴィータ。
そんな彼女達の前に、鬼気迫る貌で立つ少女の発した言葉がこれである。

「………………変態女じゃ分からないよ」

「危ない眼をした女です!」

よほど興奮しているのだろう。 会話に主語と述語と接続語が生じていない。
困ったように首を傾げるなのはを見て忌々しげに唸る少女。

「ああ、もういいですっ! 式の奴ぅ……兄さんを混浴に連れ込むなんてぇーー!!」

望んだ答えが得られないと見るや少女は肩を怒らせて行ってしまった。
背中に炎のような怒気を漂わせながら。

「……今日は朝から騒がしいよな」

ヴィータの漏らした呟きが本日の慌しさを端的に物語っていた。
ついさっきまで月村メイド隊が総出で男湯の清掃に入っていたところだ。
念入りに、丹念に―――そう、あれは掃除というより滅菌に近い。
陣頭指揮を取る忍に話しかけようとしたなのは達だったが――

「よそう……忍さん、あれは機嫌最悪の時の顔だ」

兄と懇意にしている月村家の当主は、なのはにとっても近しい人だ。
故に分かる。 口元に浮かべた微笑はそのままに、薄く開いた両の眼がまるで笑っていない……
くわばらくわばらである。 今、彼女に話しかけるのは自殺行為に等しい。

「張り紙がしてあるぞ……ペット厳禁! 理性は無くとも性別はある!!……何だコリャ?」

気になったが、押し寄せる疲れを温泉で洗い流す誘惑には勝てない。
先を争うように暖簾をくぐる3人であった。

「お疲れ様、みんな」

「お疲れ様ー! 調子はどう、って聞くまでも無いか」

既に先客がいた。 アリサバニングスと月村すずかだ。 
上気した頬は彼女達が湯に漬かってだいぶ立っている事を想像させる。
本日2人は1~4班の演習場の全てに顔を出してくれたのだ。
差し入れのドリンク、レモンのハチミツ漬けなど持参しての訪問。 皆、大いに喜んだものである。

「正直、旅行先での演習会なんて前代未聞の試みだから閑古鳥が鳴く事も覚悟してたんだ。
 思いの他、好評で安心したよ」

「私は旅行まで来て痛い思いするなんて真っ平ごめんだけどねー。 物好きな人って多いわ」

「参加しないまでも噂を聞きつけて見学してくれる人も多かったよ。
 やっぱりダミー生徒の存在が大きいね……ウチは遠坂さんが良い仕事をしてくれて助かってる」

サクラというわけではないが、これだけ技術や技法の違う者が一同に会するのだ。
教導を引き立てる演出として生徒を演じてくれる人間は必須だった。 
その点、あの遠坂凛は凄まじく適任だった。 

「初日は裏をかかれてキツイの貰ったけど、今日は完璧に絡め取ってやったよ。
 ふふ……してやったり!」

嬉しそうな高町なのはのVサイン。 あの凛をやり込めたのが相当、嬉しいらしい。

「やっぱアンタ本質的にサドだわ……初対面の時に食らったビンタの傷が今頃、疼いてたまらない」

「でもよ、今日くらいは向こうに華を持たせても良かったんじゃねえのか?」

「そういう事すると滅茶苦茶怒るんだよ……
 勘も尋常じゃなく鋭いし、手心なんて加えたら一発でばれちゃう」

「遠坂さん、強烈だもんね……なのはちゃんと何時ケンカになるかとヒヤヒヤしながら見てたもの。
 もし同じ学校に通ってたらアリサちゃんと良いライバルになってたと思うな」

一同、うんうんと頷く。 

「戦闘以外でも理論でズバズバと痛い所を突いて来るから手応えあるよ。
 久しぶりに教え甲斐のある生徒にぶつかった感じかな」

「でも大丈夫? 残り一日、あんな調子でやられて最後まで持つ?」

「たはは……頑張ります(ブクブクブク)」

なのはが沈む。 
辟易とした表情を見せてはいたが、しかしながら実は大助かりな面もあった。
ああやって反抗したり問題を起こして教導にメリハリを付けてくれる方が教える方はやり易いし
第三者への見栄えも良くなる。 全く彼女のエンターテイナー性は生まれながらの素質であろう。
それでいて油断すると本気の一発を捻じ込んでくるのが彼女、遠坂凛という魔術師だ。
初日はそれでやられた。 2日目は何とかいなした。 ……正直、明日はどうなるか分からない。

「アタシの方は引き続き、軋間のオッサンとガチだ」

次いで、広い浴場でバタ足をしながらのヴィータの報告である。

「あのオッサンははっきり言って空戦の才能がねえ。 
 ていうか陸戦空戦、関係ねーんだよ……1度、アイツの全開出力を見せて貰ったんだけどさ」

紅蓮の鬼が体内に抑えて、なお有り余る炎熱を解放し―――
演習場は一瞬で焦土と化した。 局の用意した計器が残らず吹き飛んだ。

「極端に限定した仕様での話だが………ありゃ下手すりゃSSランク超えるかもしれねー」

「…………!!」

絶句する魔導士たち。 静まり返る浴槽がその内容の凄まじさを物語る。 
大げさに言っているわけではない事はヴィータの表情を見れば分かる故、尚更に。

「で、だ……そんな要塞に羽をつけてだぞ? 戦闘機とドッグファイトさせて欲しいと頼まれたアタシの気持ちが分かるか?
 付き合いとはいえ時間と手間の浪費だよ……無駄な努力って言葉をひしひしと感じてる最中だぜ(ブクブクブク)」

ヴィータが沈む。 
生真面目な少女は何とか生徒の希望を叶えてやろうと四苦八苦―――
されど適性の無い者に理論を叩き込んだところで物にはならない。 それはやる前から分かっている事だ。

「うんうん、ヴィータちゃんは頑張ってる」

「撫でるな~!!」

「そう言えばシグナムさんは?」

「ああ、あいつならさっきすれ違った。 
 時間がずれたんで先に風呂浴びて、休憩室でまったりしてんじゃねえかな?」

昨日のシグナムは散々な有様だったらしい。
エリオが気の毒に思ったのか何やら画策していたようで、今日は凄い教導になったとか。

「エリオは最近、色々な人と懇意にしてるからね。 そのつてを頼ったのかも知れない。 
 本当に頼もしくなったよ。 もっとも………」

ツカツカと壁の方に歩いていくフェイト。
何故か不自然にポッカリ空いた壁の穴に―――勢いよく一本指の抜き手をブチ込む!


   ぐはああああああっ!?

   ラ、ランサーさんっ!?

   言わんこっちゃねえ! 俺は先に上がるぞ!


――――――という声が男湯から……………

「………いらない事も教わってるみたいだけど」

呆れ交じりの溜息をつくフェイト。 指先から発する電撃の熱で壁を溶かして穴を塞ぐ。

事情を察し、悲鳴をあげて湯船に沈むすずか。
「コラーーー!!」と怒り心頭で男湯に桶を投げ込むアリサ。
隣の浴室から一目散に退散していく気配。 後で十二分に追求してやらねばなるまい……

「ところでフェイトちゃんはどうだったの?」

「昨日、見事に一本取られたんだってな。 たるんでんぞー!」

「うう……面目ない(ブクブクブク)」

フェイトが沈む。

そう、第2演習場。 真祖アルクェイドブリュンスタッドに試合を申し込んだフェイト。

その行方の果てには意外な顛末が待っていたのだった―――


――――――

CHAPTER 2-2 狐の心 ―――

「何て事すんのよキャスター! 追い出されちゃったじゃないのっ!」

「だってぇ……あいつムカつきません? だいたい敵に後ろを見せる方が悪いです!
 日々是戦いを旨とするサーヴァントとしてどーかと思います!」

「アンタはー……」

「まあまあ、ティア! 演習見学に丁度良い時間まで暇を潰せたんだし、結果オーライという事で!」

今日も奔放な狐と能天気な相棒を両隣に抱え、振り回される羽目になっているティアナランスター。
昨日、キャスターが見に行きたいとせがった教導見学。 色々考えた結果、やはり一斑には顔を出し辛い。 
高町なのはに釘を刺された事もあるからだ。 なら残るは―――

「客席から覗くだけだからね? これから見に行くのは私の現・直属の上司。 
 フェイトテスタロッサハラオウン執務官の第二教導演習場よ」

「昨日の白い人とは違うんですか?」

「なのはさんは一斑でこの人は二班担当。 フェイトさんもなのはさんと同じ空戦Sランクのエース。
 私の尊敬する先輩で凄い人よ。 決して見劣りする事は無いわ」

「―――――――――また、ですか」

「え?」

「いいえ何でも♪ とと、丁度良いところに来たみたいですよ!」


――――――

流れるようなツインテールを腰まで垂らした黒衣の魔導士。
そして質素な白のタートルネックに身を包んだ月の姫君。
フェイトテスタロッサハラオウンとアルクェイドブリュンスタッド。
相立つ砂金のような髪をなびかせて、2人が試合場に向かい合う。

「あの~、私なんかと練習試合をしたってしょうがないと思うんだけど?」

「そんな事は無いよ。 私も今後のために勉強したいんだ。 
 胸を借りるつもりで臨みたいんだけど………どうしても都合が悪いのでなければ、是非!」

「ふうん……」

周囲をチラっと見渡す吸血鬼。 そこかしこに設置されているのは記録用の機材だろう。
脇に待機している局の人間は、こちらと視線が合うと恐れる様に眼をそらしてしまう。

「そうは言っても相手の安全を慮っての戦いなんて経験無いのよね……
 正直、どの程度までやって良いのか分からない」

「致命傷や、後遺症の残る怪我は勘弁して欲しいけれど
 優秀な医療スタッフが控えてるから戦闘不能になるくらいの負傷は全然オッケー。 
 そこは遠慮なく来て欲しいんだ。 機があれば容赦なく叩きのめしてくれていい」

「あはは! ホント顔に似合わず物騒な人ねー! ………やるからには私も負けてやる気無いし。
 カミナリさまとケンカするなんて初めてだから、手加減出来るかどうか分からないわよ?」

「喧嘩じゃないよ……模擬戦」

「ああん、もう面倒臭い~! これはシエルもやりにくかっただろうなぁ……」

地団太を踏む仕草がとてもコミカルだ。 享楽的で天真爛漫という言葉が何よりも似合う月の姫。
だが、そんな彼女の内に秘めた特大の刃を見逃すフェイトではない。

ついに引っ張り出した。 
第97管理外世界……否、地球最強の個体。
真祖アルクェイドブリュンスタッド。

「じゃあ、やりましょうか――――仇取ってあげる、シエル」

「余計なお世話です。 ちゃんとレギュレーションを守って戦って下さいね?
 熱くなるようなら、すぐ黒鍵ブチ込んで止めますから」

教会の腕利き2人が脇に付いての模擬戦だ。 
彼女たちの表情……明らかに真祖が戦う事を恐れている。
そんな相手が今、自分の前に立っているのだからフェイトにも恐れが無いわけがない。

だがこれは貴重なデータになる。 
神秘の解明は管理局の急務であり、その結晶たる彼女が目の前にいるのだ。
多分、自分は勝てないだろう。 そもそも彼女相手に勝つという図式すら成り立たない。
やられる事は覚悟の上だが、それでも形にしなければ意味が無い。

――― 自分に出来るか? 彼女と「闘い」を成立させる事が ――――

ふっ、ふっ、……と、短い深呼吸と共にステップを踏み始めるフェイト。 
高鳴る鼓動を少しでも制御し、最強を相手に自らの最善をぶつけるために。


――――――

「……ウソでしょ?」

ティアナは呆然とその光景を見ていた。
表情は蒼白。 焦燥に駆られ、震える手で予定の記された冊子をめくる。
今日のフェイトの相手はシエルという教会所属の人物のはずだ。
それが何故、こんな出鱈目な事態になっている…………?

噂だけはイヤいうほど耳にした惑星最強の個体――――アルティミットワン。
星の触覚。 星そのものと言っても過言ではない、吸血鬼の頂点に立つ真祖の姫。
彼女のデータは局にもほとんど無い。 交戦記録も同様に。

だがSSSランク――――オーバーSSSという人外領域。

人には決して踏み込む事の叶わない規格外<EX>指定とされる数少ない事例。
そのカテゴリーにあの吸血鬼の名前が上がるところをティアナは何度か耳にしている。
現在、管理局に彼女を打破する術は無い。 あれと対峙できる個体などせいぜい全開状態のリィンフォースくらいのものだ。
そんなモノに単騎で相対するなど………正気の沙汰ではない。

互いに準備運動をしているのか、小刻みにステップを踏んでフットワークを確かめているフェイト。
気合は十分といった表情だが、その顔が緊張に強張っているのが分かる。

「やあっ!! たあっ!!」

近くで真祖もまた肩慣らしのように腕を振るったり肩を回したりしている。
それを誰よりも間近で見ているからであろう。

「な、何なのよ……あの風切り音は?」

彼女が腕を軽く振るうだけで、空気が裂けて真空のかまいたちが発生してたりする。
地面が歪にめくれ上がり、風圧が嵐のようにこちらにまで届き、ティアナとスバルの髪を舞い上げる。

まるで兵器が自身の性能を確認するかのよう―――
一つ一つの部品を組み直し、自身を最適化しているかのよう―――
些細なパフォーマンスですら、その埒外が滲み出てくるのだから恐ろしい。 

「まずいよティア……助けにいかなきゃ!」

「バカ! 互いに了承済みの模擬戦で何をどう助けろってのよ!」

窘めてはみたが、スバルが漏らした気持ちも分かる。
明らかにレギュレーションを超えた対戦だ。 いくら局のデータ収集といっても限度がある。
それとも……もしかしたらフェイトはワザと自分が負けるようなカードを組んだのだろうか?

両世界の関係は今の所は良好だが、それでも危うい均衡を保っている事に変わりは無い。
ことに秘匿を旨とする彼らとここまでの関係を築くのに、どれほどの艱難辛苦があったか分からない。
故にあまり向こうの顔を潰すような結果を残すのは局としても本位ではないのだ。
第一斑の高町なのはは勝ち越す流れで来ている。 ならば自分は負け越しで終わろうと考えていても不思議ではない。 
フェイトはそういう気遣いの利く人間だ。 

そんな思慮に駆られるティアナランスターだったが―――――


「……ティア? タマモさんは?」

考え事に耽っている合間……共に見学に来ていたサーヴァントが―――

いつの間にか消えていた事にティアナは今更ながらに気づかされたのだった。


――――――
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