「ティアナ。 さっきのあの通信は何だ?」

温泉街へ皆が散っていく中、シグナムがティアナランスターを呼び止める。
先ほどの不振な通信を言及するためだろう。

だが呆……と、どこか夢見心地のティアナには声が届いていないようだ。
無理やり呼び止めて事情を聞き咎めようとする騎士。
だが彼女に近寄ろうとした将を遮るように立つ―――

――― 和装束に身を包んだ少女が凄まじい形相でこちらを睨んで来る ―――

「………む」

「あ……あ、シグナム副隊長……さっきは、その……」

「ささ、行きましょうご主人様! あちらに美味しい甘味所がございます!
 ここら一帯は私の庭のようなもの……数々の穴場スポットに案内しちゃいますよ!」

腕にしがみ付くようにして少女はティアナをズリズリと引き摺っていってしまう。
まるで外敵から大切なものを守ろうとするように。
その後姿を将は細い目で見据えつつ―――

「大丈夫かアイツ?」

「将来、執務官として局を背負って立つ身だ。 あれも良い経験になるだろう」

狐に憑かれた部下の奮闘を―――合流したヴィータと共に期待するシグナムであった。


――――――

CHAPTER 1-1 あくま達 ―――

「良かったねティア。 もっと怒られるかと思ってたから……ホッとしちゃった!」

むしろ、いきなり鉄拳が飛んでくる事も覚悟していた。
故にあの厳しいシグナムがあっさりと解放してくれた事に幸運以上のものを感じてしまう。

「………」

しかしながら親友からの応答は………無し。

「どうしたの? もしかしてまだ体がだるいとか?」

「……………………軽いのよ」

「へ?」

キョトンとするスバルナカジマを前に、戦々恐々のティアナの表情である。

「軽いの………足の裏に自分の体重を感じない」

言ってその場でステップを踏む執務官補佐。
背中に羽が生えたような軽いフットワークで地面を氷上の如く滑り―――

「うわわ!?」

何と切れ味の鋭いハイキックをスバルに放ったのだ!
その中足がスバルの鼻先スレスレで止まる! 

「ちょっと、ティア!?」

続け様に左のリードからミドルキックのコンビネーション! 必死に捌くスバル!
そう、必死だ! 不意を突かれたとはいえ近接特化のスバルが彼女の技に全力で対応せねばならなかった!

「速やっ!? ティア、速っや!?」

カミソリの様な後ろ回しをスウェーバックで回避したスバルが感嘆の声をあげる!
掛け値無しの絶賛だ。 親友の蹴りが掠めた顎から、焦げ臭い匂いがする。

「凄い凄い! ティアナ絶好調だよ! いつの間にそんなっ!?」

「ふ………」

喜びはしゃぐ親友を前に―――


(な、何された……? 私は、あの狐に……?)

―――ティアナの笑みは確実に引きつっていた。

言うまでもなく自分にスバルと組み手が出来るほどの近接技術は無い。
身体能力が馬鹿みたいに向上しているのだ。 いや、肉体スペックだけではない……
さっき魔力集束を試してみたら、リミットブレイクするまでいつもの半分の時間もかからなかった。

恐ろしい……恐ろしい……狐のエステ恐ろしい……
腹ごしらえをしてくると饅頭屋に消えていったサーヴァント……
その得体の知れなさがとにかく恐ろしい。

「ほとんどドーピングじゃない……ブーストなんて目じゃないわ。
 今ならマジで、なのはさんにだって勝てそう」

「それは頼もしいね」

「ひええっ!? なな、なのはさん!?」

自嘲気味に哂うティアナの後方。
白を基調としたBJに身を包む、言わずと知れた高町なのはが立っていた。 

「あ、あはは……あの、違うんです……今のは、その……」

「でも駄目だよティアナ……具合が悪い時にはしゃぐと余計に悪化するから。
 無茶はしない事! 体調管理も仕事のうちなんだから、ね!」

「……………はい」

上司の言葉に肩を落とす。 全くもってその通りだ。

「今回の演習には参加しなくて良いから。 ゆっくり温泉に漬かって休む事」

「えっ!? だ、駄目です! それは……!」

今から自分達が向かうのは教導演習会の第1斑。 つまり、なのはの受け持つ組だ。
上司の手伝いをするために自分は体を引き摺ってでも、ここまで来たというのに……

「いいから。 しっかりと英気を養って日々の疲れをふっ飛ばす事。
 夜更かしもいけません。 これは命令です」

「…………でも……いえ、了解です」

面目次第も無い。 6課のメンバーとして役に立つために来たのにこの体たらく。
しかし一度、なのはの前で無茶をして大失態を演じた経験もある。
この「命令」を突っぱねられる材料など彼女に持ち合わせる筈がなかった。
ティアナをお願い、と監視役にスバルまで付けられて……結局、首を縦に振らされてしまった。

(どうしよう……突然にして3日間、完全にフリーになっちゃったわ)

「ふん……何ですか? あの偉そうなの」

「うわわ!?」

いつの間にか背後にいたキャスターこと狐のタマモ。
饅頭の袋で手を一杯にしながら、去って行く教導官をジト目で見つめている。

「スターズの隊長で私達の上司! 高町なのは教導官!
 エースオブエースの称号を持つ凄い魔導士で私とティアナの憧れの人なんだよ!」

「ふうん―――――何かヤな感じ。 上から目線で人を見下して」

「そういう事言わないの。 尊敬してるんだから」

一瞬だがティアナの声に紛れも無い、怒りの感情が乗った。
主人の不興を買ってしまった事にビクンっと反応し、耳を震わせる狐。 

「…………」

そのまま口を尖らせて沈黙してしまうキャスターである。
蚊の鳴くような声で 「うー」 と唸る仕草は、拗ねたのか、それとも凹んだのか?

「おみやげ……買いにいこっか」

「うん!」

「………」

ともあれ、まずはこの降って湧いたような休暇の潰し方を考えよう。
皆が働いているのを尻目に過ごす、居心地の悪い三日間になりそうだが。

温泉街の道すがら―――二人と一匹は往く。


――――――

「この人達……毎日、こんな事やってるんですかぁ…?」

高原の薄い空気を必死に肺に取り入れようと喘ぐ口からは、もはや悪態しか出てこない。
奈須高原の開けた大地に用意された特設グラウンドで、ヘロヘロになりながらランニングする影3つ。

「ていうか、私達……何しに、ここに来たんでしたっけ?」

記憶が確かならば、これは楽しい楽しい温泉旅行の筈ではなかったか?
何で今、自分は山のてっぺんで馬車馬のように走って、飛んで、死にかけているのだろう?

「知ってる桜? 消防隊や軍隊の人達ってね、旅行先でもトレーニングを欠かさないんだって。
 あいつら2日も何もしないと逆に高熱出して寝込んじゃう変態体質なのよ」

「ほらほら! 無駄口を叩かない! 苦しい時は呼吸を意識して!」

後ろから教導官、高町なのはの声が飛ぶ。
そしてあっという間に自分達をごぼう抜きにしていく白い背中。
これで何週遅れにされたのだろう? 「に、人間じゃない……」 という桜の呟きが皆の心の代弁だった。

「あと、これ全然いつも通りじゃ無いからな。
 前に付き合いでフルでやった事があるんだが―――今日はまだ半分以下に抑えてる方だ」


――――――

「「はぁ、はぁ……」」

乱れた息を整える余裕もない。
地面に突っ伏しそうになる体を辛うじて支える士郎となのは。

「……凄いね、衛宮君。 初見でフルラウンド付いてきた人、初めてだよ……」

「何――――男のつまらぬプライドというやつだ。
 いかに相手が魔導士とは言え、女性よりも先に潰れたとあっては凛に何を言われるか分からん」

「そっか……やっぱり男の人の体力は根本的に違うね。
 フェイトちゃんもあと数年もすればエリオに抜かれるかも、って言ってたし」

ちょっと悔しいな……と、はにかんだ笑みを見せるなのは。

「じゃあ、お互い限界が近いところで………締めの模擬戦と行こう。
 これはほぼ全ての体力を出し切った後にやるから意義があるの。 
 勝ち負けは度外視で、とにかく全てを出し切る事……いい?」

「勝ち負けは度外視と言っても――――別に勝ってしまっても構わないのだろう?」

強気な士郎の言葉にキョトンとするなのは。 次いでニヤリと不敵に笑い―――

「………うん! 全力でお願いっ!」


――――――

「………気がついたら医務室だった」

「どうでも良いけど何でアーチャー口調なのよ?」

「酸欠で会話のキャッチボールが出来なくてな。 ほぼ無心で話してたら、ああなった」

なるほど、極限状態で何が何だか分からなくなるというのは分かる……自分達が今まさにそんな状態だから。
そして、いつ終わるとも知れない苦行に苛まれる3人の背後から、またも人影―――

「だらしないわねー! しっかりしてよ、凛、桜!
 貴方達がショボイせいで魔術師みんながそうだと思われたら心外だわ!」

歌い上げるような少女の声が死にかけている3人の鼓膜を叩く。

「ア、アンタは……」

極限状態に入りつつある人間には酷な物言いだ。
しかも、ドズン、ドズン、と腹に響く振動が地味にこちらの体力を奪っていく。
桜が 「うぷっ……」 と口元を当てて嗚咽に咽ぶ中―――

「アンタはソレの背中に乗っかってるだけでしょうがーー!!!」

怒りの声を少女―――イリヤスフィールに叩きつける凛である。

そう、なのは教導官を更に周回遅れにしている巨人―――バーサーカー。
その肩にインコみたいに乗っている少女もまた、旅行の参加者であった。
ちなみに当然、サイズの問題でバスではなく空輸での出勤である。

「向こうも困惑してますね……」

「流石のなのはも肉体面でコレに教えられるわけも無いか……」

突撃<ロース>ッ!!の掛け声と共に前方、なのはをもブチ抜く黒鉄の巨人。
これには教導官も苦笑するしかない。
こうして魔術師側のプライドは白い少女によって辛うじて保たれたわけだが―――

「んなわきゃ無いでしょ! そんなもんに頼って勝っても意味は無いわ。 
 犯された名誉は――――――自分の手で取り戻してこそ価値があるのよ!」

不敵に笑う凛。 

そう――――本番はこれからなのだ。


――――――

「地上戦メイン?」

「そう。 何か問題が?」

一通りの基礎メニューを終えて、ついに演習会の肝である「模擬戦」が行われようとしていた。
異なる技法を持つ世界同士の交流で、これほどに情報・技術の交換が為されるものは無い。
身内同士のスパーリングなどとはまるで違う、いわば交流試合といっても良い事柄だ。

「理由があれば聞かせて貰えるかな?」

「簡単よ。 こっちは貴女のように飛べないし、地上と空じゃ距離が離れていて戦いにならないじゃない?
 離れてバンバン打ち合う大味な塩試合なんて見物人も退屈でしょう?」

「そんな理由じゃ空戦魔導士に翼を畳ませる……不利な要求を一方的に飲ませる道理にはほど遠いよ?」

「そちらが一方的に不利になるってわけじゃないでしょう?
 遠れて打ち合いたいってんなら、こちらだって望むところなんだから。
 貴女はロングレンジに特化した砲撃魔導士だけど――――私にだってコレがある」

言って懐から見せたモノ―――なのはの顔色が明らかに変わる。
この遠坂凛を1戦級に押し上げる要、鈍色に輝く短剣……!

「威力では貴女の勝ち。 でも連射性能と魔力供給では私の勝ち。
 ね? 大味になっちゃうでしょう? 簡単な図式の勝負にしかならない。
 だから貴女が飛行しない代わりに私はコレを封印するって事でどう?」

「……………分かった。 陸戦メインで行こう」

「決まりね」

緊張感に溢れるやり取りが終わり、互いに定位置につく2人。
こうした戦前交渉から戦いは始まっている。

「でも……向こうは飛行禁止でこっちは宝石剣封印? これって姉さんの方が損してるんじゃ?」

あの短剣は並の砲撃よりも連射で勝り、威力でもそう引けは取らない筈だ。 
少なくとも宝石剣が直撃すれば魔導士の装甲とて確実にブチ抜けるだろう。
ならば打ち合いを選んだ方がどう考えても得な筈だが……

「桜はまだ見た事無いんだったな。 高ランクの空戦魔導士が戦うところを」

桜の疑問に士郎が答えを返す。

「あいつらはサーヴァントに匹敵する速度と旋回性能で大空を自由に飛び回り、地上に爆撃を降らせるんだ。
 強力な対空兵装を所持しているだけじゃ、あいつらと互角に戦うには足りなさ過ぎるんだよ」

対空手段を持ってようやく―――彼らとは 「戦いになる」 程度の話にしかならない。
Sランク空戦魔導士に拮抗するには少なくとも、セイバーやランサー並に走れて、跳べて、かわせて、切り払える事が必須。

「普通の人間はそこでつまづく。 相手のド肝を抜く一発を引っさげていても奴らの速攻に大概は潰されるからな。
 武装隊―――戦闘のプロは伊達じゃないって事だ」

「じゃあ、まんまと口車でなのはさんを地上に降ろした……姉さんの作戦成功ってところですか?」

「どうかな? なのはは敢えて遠坂の誘いに乗ったように見えたが―――お、始まったぞ!」

開始の合図と共に―――凛が駆けたっ! まるでスプリンターのように弾ける赤い装束。
相対する高町なのはは両足のスタンスを広げ、周囲にディバインシューターを設置する。

―――――打ち合いが始まった!

奇襲とも言えるスタートダッシュを見るに凛は明らかに短期決戦を仕掛けていた。
腰を据えて戦えば地力の差がモロに出るが故に、この判断は間違ってはいない。

「6番……8番……大盤振る舞いですね」

「全力で行かないと速攻で潰されるからな」

「いえ、そうじゃなくて……あれだけ今月ヒイヒイ言ってたのに」

「ああ……………まあ、弾薬の費用は全てあっち持ちだから」

納得である。 冷蔵庫には100円バーガーの買い置き……ニッシンとペヤングに埋もれて久しい遠坂邸。
そんな赤貧の鬱憤を晴らすような魔術士の猛攻は悲哀に満ちて凄まじい! 
五大元素を有する色彩鮮やかな宝石をアサルトライフルのように打ちまくりながら突進する凛。

「くっ……この!」

「…………」

だが、なのはは揺るがない! 叩きつけられた渾身の3番をも冷静に対処していく。
まるで山を相手にしているような錯覚が凛を襲う。
魔力弾のつるべ打ちを一歩も動かずに打ち落とし続けるエースオブエース。
噂ではあのマジックガンナーとも互角に、艦隊戦さながらの打ち合いをしたと言われている彼女だ。
いかに遠坂凛と言えども弾幕の削り合いを仕掛けて勝てる相手ではない。

体ごと叩きつけるように放つ手持ちの宝石。
その最後の一つをなのはに放ち、それが弾かれた時―――勝負は決する。

「姉さんがまるで歯が立たないなんて……」

ゼエ、ゼエ、と肩で息をする凛に対し、涼しい顔を崩さない高町なのは。
これがサーヴァントとも拮抗するSランク魔導士の力なのか?

「いや……」

足がもつれるのか―――なのはに向かってよろけるように、1歩、2歩。
2人の間合いが徐々に………徐々に詰まっていく。

「まだだ」

「!!!」

なのはが息を呑む! 目を見開き、右手で障壁を形勢!
その強大なシールドに対し、遠坂凛が突っ込んだ!


――――――

「ど、どうしたの!? アンタ、それ……!?」

「うええ……やられたぁ」

自然公園のベンチで肌寒い風に煽られながら休息を取る一行。

スバルの格好は俗に言うスポーティなヘソ出しルック。 
腹部を晒した露出の高い服装だが―――今、そのむき出しの腹に大きな痣が出来ていたのだ!

「さっき向こうで早速、手を合わせたんだ……アサシンさんと」

ティアナが青ざめた表情で親友の赤黒く腫れた患部に触れる。
「つっ…」 というスバルの呻きが聞こえた。 重症にすら届く傷に二の句が繋げない。

「衝撃が……背中にまで突き抜けてる……」

何をしたら―――どうやったら人体にこんな傷をつけられるのだ?
しかもBJと幾多の障壁で守られた魔導士の肉体に?

「裏当て、浸透剄……アサシンさんはそう言ってた。
 この星の拳士なら皆、会得してる基本技なんだって。 地球の拳法って凄いなぁ……」

「だ、大丈夫なの? すぐにキャロかシャマルさんに見せないと……」 

「へっちゃら!………でも無いけど、そこは私も意地の見せ所だよ! 
 結局、こちらのナックルは当たらなかったけれど、私だって最後まで倒れなかったからね! 
 向こうも驚いてたもん!」 

「アレ耐えるとか、頑丈なブリキですねぇ」

狐が呆れたように呟くと同時――――


遠く離れた第1演習場で悲鳴のような歓声が上がった――――


――――――

演習場の中央―――なのはの体がくの字に折れた!!!!!!

「か、ふッッッ!??」

嗚咽に咽ぶ声に苦悶の表情! 凛の拳が確かに通った証だ!!

「やったか!?」

思わず立ち上がる士郎!
絶招に至っていない拳法で彼女のBJを抜くなど到底、敵わない筈だ。
そして並の人間の駆使する剄力も同様に通用しないだろう。

「しかしどうやって……? まさか魔力か!?」

そう、体内に巡り巡るは「気」も「オド」も同じ事―――

その扱いに長ける者の総称を魔術師と呼ぶならば、遠坂凛は天才と言われた魔術師に他ならない!
剄の変わりに宝石の魔力を代用しての浸透剄を炸裂させたのだ!
無茶苦茶極まりない合作だが、それも彼女ならでは!

(まだよ、まだまだっ! 取りあえず一発入れたけど、この鉄骨女を沈めるには全然、足りない!)

心意六合・金剛七式の構え―――中国拳法に広く伝わる連携技!
一撃で相手を倒す八極拳とは相反する技だけど気にしたら負けだ!

(悪く思わないでね、なのは! 掃腿から、通天砲、連環腿、あとは……もう適当っ! 
 がら空きのボディへ打ちまくって打ちまくって……!!!)


と、勝利への図式を明確に描いたところで―――――――


そこで凛の意識は途絶えた―――


――――――

苦しげに腹部を庇ってよろめく高町なのは。
彼女に向かって踏み込み、2撃目を放とうとした紅い魔術師。
遠坂凛の体が天高く舞い上がる―――!


彼女の足元から噴水のように湧き上がったのは桃色の魔力弾!
10数個のアクセルシューターが下から凛を貫いた!
息を呑む桜に、ピシャリと額を叩く士郎! これが……恐いのだ! 

高町なのはは元々、相手の攻撃を受け止めて返すタイプの魔導士。
自分の防御力に絶対の自信を持つが故に出来る戦法。
あらかじめ打たれる事―――打たれる覚悟を備えている者に不意を打たれるという言葉は無い。
例え防御を抜かれダメージを受けても、常にカウンターの一手を残しておくのが迎撃のセオリーならば……
初めに周囲に張り巡らせた彼女の弾幕が―――心なしか少なかった事にまずは気づかねばならなかったのだ!

潜地式のシューターの地雷によって跳ね上げられた凛に向かって、なのはが左手を指し示す!
その号令に従い、残りのシューターが獲物を目指して飛来―――追撃は終わらない!

3時の方向から凛を滅多打ち! 
きりもみしながらはね飛ぶ肢体!

今度は6時の方向からつるべ打ち! 
嵐の中に放られた人形のように翻弄される肉体!

そして正面にてゆっくりと構える教導官のデバイスの照準が―――既に脱力して宙を舞う対象をロックオンする!!


「ディバイン……バスター」


―――模擬戦は終わった。


――――――

……恐らくは初めて目の当たりにする者も多かった筈だ。
人が巨大な熱線に飲み込まれて大爆発する光景、というものを。

その惨劇に誰もが―――二の句を繋げない。


「…………姉さんが死んじゃった」

ボロ布のように地面に打ち捨てられる残骸の如き姉の姿を見て
呆然と漏らした桜の呟きを―――暫くは誰も否定出来なかった。

「いや………流石にそれは無いと思いたいが……だが、しかし……」

「たとえ傷一つ付いてなくとも立派な殺戮シーンよね……今の」

不敵が身上のイリヤですらドン引きしている。 そんな中、悠然と佇む管理局のエースオブエース。
ホワイトデビル、KOアーティスト等々、彼女に付けられた渾名は(蔑称を含めて)枚挙に暇が無いが
やはり噂というのは煙が出るから人の口に登るんだと―――しみじみ思わされる光景だった。

「敵に打ち込んだ時………追撃する時こそが一番の危険を孕んでいるもの。
 相手を迎撃しようと考える者なら、ほぼ例外なくそこに罠を張る。
 だから相手にダメージを与えた瞬間こそ、一歩引いて全体を見据える事……それを覚えておいて」

教導官の講釈は、しかし誰の耳にも入らない。

(次―――次って、あれ? わ………私の出番ですか?)

特に間桐桜の表情がみるみる固まっていく。
締められる寸前の雌鳥みたいな目で魔導士を見つめる彼女―――


「あ、どっこいしょーーーーっ!」

だが、皆が―――なのはですら目を剥くほどの咆哮を上げて
何と遠坂凛が……た、立ち上がった!? 信じ難い。 間違いなくオーバーキルだった筈だ!

「ふふ、うふふふふふ―――」

泥酔者のようにフラフラと引きつった笑みを彼女は作る。
その服の下に仕込んだ宝石がばらばらと床に落ちる。
鎖帷子のように縫い付けたそれが、彼女の意識を寸でで残した命綱か。

「流石ね、なのは……今のはサーヴァントすら沈め掛けた戦法だったんだけど
 やっぱ昔の戦法の使い古しじゃ通用しないか……」

「知ってる。 今のは遠坂さんがキャスターを追い詰めた戦法だよね?」

「こりゃ参った――――ガリ勉め。 対策してるのはそっちも同じって事か」

そう、この高町なのはの恐ろしい所は天性の素質に恵まれていながら地道な努力を決して欠かさない事。 
スペックに勝る相手が常に万全を期して、こちらの事を調べ上げてリングに上がる様を想像すると分かり易い。

「ああ、そう………そういう事……本気なんだ、アンタ。 
 ふうん――――面白いじゃない」

くぐもった笑いを喉の奥からひり出して、凛がなのはに人刺し指を突きつける!

「明日も来るわよ! この私、遠坂凛の名にかけて―――3日の間に必ずアンタをKOしてやるっっ!」

「戦技教導隊所属、高町なのは。 その挑戦、受けて立つよ。 
 五大元素の魔術師の渾身の戦技………楽しみにしてる」

ニヤっと笑みを作る凛。 
そして程なく―――くにゃりと崩れ落ちる赤い肢体。 こんにゃくのようだ。

「―――完全に堕ちたわね」

「おい……今の倒れ方は流石にやばくないか?」

「姉さん………瞳孔が開いて……」

「見栄を張るためだけに蘇生したのね……凛らしいわ」

泡を吹いて大の字にダウンする遠坂凛を担いでいく3人と1体。
その後ろ姿を見送り―――――教導官はようやく、ふう……、と一息つくのだった。


こうして1日目は、しろいあくまがあかいあくまを完膚なきまでに粉砕する結果に終わった。

さて、我らが遠坂凛はあの不沈の要塞を3日間で攻略する事が出来るのだろうか?


(あ、私の出番、うやむやになってラッキー……)

裏で胸を撫で下ろしている間桐桜を余所に―――教導教習会・第1班。 その初日が終了した。


――――――

幕間 アヴァロン ―――


翠屋は今―――正念場だった。

開店してより類を見ない、歴史的な貴賓を迎えていたからだ。


コク、コク―――

並べられたタルトを黙々と、粛々と……だが凄まじい勢いで食破していくお客さん。

「――――素晴らしい」

手に付いたクリームまでもペロリと舐め取り、その口から「ほう、」と賞賛が漏れる。

「いや……気持ちの良い食べっぷりですなぁ」

人によっては意地汚い行為にしか見えないが、高貴な人間がやると優雅な仕草になってしまうから不思議だ。
店長である高町士郎も緊張しながらも、目の前の人物に感嘆の声を隠せない。

「感服しました。 どうやらシロウという名を持つ方達は総じて料理のスキルが高いようだ」

「それは、どうも……それにしても貴女のような人とウチのなのはが御知り合いだとは……
 失礼ですが娘とはどういった馴れ初めで?」

「どういったと言われましても―――さて、どこから話せば良いのか。 
 彼女とは時に剣を交え、時に共闘し、かけがえの無い友となりました」

「こんな立派な人にそういって貰えるなんて……あのなのはが、なぁ」

目頭が熱くなるお父さんである。

「セイバーさん! シュークリームも試食して貰えないかしら?」

「頂きます」

父は複雑な感慨に胸いっぱい。 
母はあくまで可愛らしいお客を持て成すのに大忙し。
そして客は食う食う、とにかく食う!


「恭ちゃん……」

「分かるか美由希? あのセイバーという少女の凄まじさに。
 仮に俺たち2人が今、不意を突いて彼女に仕掛けたとする……」

「返り討ちだね……ほぼ確実に。 私でもはっきり分かる」

そして厨房の影からは客に物騒な視線を送る兄妹が。

「試してみたいな……一人の剣士として」

「ちょっとまずいって! ここで問題を起こしたら、なのはの立場が悪くなっちゃう!」

「む……分かっている。 そのくらい」

「でも、なのは……あの人と互角に戦った、らしいよ」

兄妹共に――――沈黙する。

「あのなのはが、なぁ……」

目頭が熱くなるお兄さんである。
世の中、何が起こるか分からない。 
最も戦いとは無縁な平和主義者で剣の才能も皆無だった「あの」なのはが―――

「恭ちゃん……私も涙出てきた……」

「いつかはなのはの成長をこの剣で確かめてみたいものだ……」

しかしあまりに酷い負け方をしようものなら兄の威厳が粉々になりそうだが……
と、そんな感じで魔法使いの妹を持った兄姉が複雑な感動に身を打たれている厨房である。

――― 何はともあれ、高町一家は今日も元気です ―――


「あの、そろそろシグナムとの約束が……」

「あと一品だけ! 和菓子も揃えてみたんだけど……」

「頂きます」

そしてセイバー。 アルトリア・ペントラゴン―――

やっと辿り着いた理想郷は、彼女にとってのアリ地獄であった、らしい―――


――――――

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最終更新:2010年11月29日 16:22