かくて閉幕の鐘は鳴る。

 兆しの星、来る。

  鐘楼は何処にあるのか?


 序章:予選終了


 最近、おかしな事ばかり起こっている。
 例えば、学校の制服を着てない生徒が何人かいるとか。例えば、担任の藤村先生は毎回同じ場所でコケるとか。
 例えば、学校へ向うまでの経緯を全く覚えてないとか。例えば、ここ最近からいつも頭痛がするとか。
 例えば……その頭痛のせいか、とうとう視界にノイズが走る様になったとか。

「いや、絶対におかしいって、これ」

 その日、いつも通りの通学路で、あたしは立ち止まった。いつも通りの時間、いつも通りの天気、
いつも通りの周りの生徒達のおしゃべり。何もかもが『いつも通り』過ぎる。

「――――ッ」

 その『いつも通り』の光景に違和感を覚えた瞬間、頭痛が一際強くなった。
警鐘の様に脳に鳴り響く頭痛に耐え切れず、近くの電柱に寄り掛る。
何か、何かがおかしい。でも……一体何がおかしいんだろ?

 あたしの名前は鳴海 月(ユエ)。月海原学園の二年生で身長150センチと同年代の子と比べれば小さいけど、
背中まで伸びたウェーブがかかった茶色の髪はちょっとだけ自慢。
所属部活はなし、自分で言うのも難だけど真面目に授業を受けているから成績は結構良い方。
それでも学園のアイドルのミス・パーフェクトこと遠坂さんや友達の慎二に比べたら全く適わないけど……。

あれ? ちょっと待って。慎二とあたしが……友達? あたしと慎二って……

ドウシテトモダチニナッタンダッケ?

「んっ…あ、くっ……」

 ズキズキと、更に頭痛が酷くなった。警鐘なんてものじゃない、誰かが頭の中をかき毟っているみたいだ。
何時、何時あたしは慎二と友達になったんだろう? どうして友達になったのか思い出せない。
そもそも今日は何月何日? 分からない解らない判らないワカラナイ――――。



「おはよう! 今朝も気持ちのいい晴天でたいへん結構!」

 ハッとなって顔を上げると校門の前に友人であり、生徒会長である『と記憶している』柳洞 一成が立っていた。

(……いつ校門まで来たんだっけ?)

 どういうわけか、あの後どうやって校門の前まで来たのかまるで覚えていない。
それどころかどれくらい時間が経ったのかすら曖昧だ。

「先週の朝礼でも言ったが、今日から学内風紀強化月間に入った。悪いが、チェックさせてもらう」
「え? 一成、それは、」

 それは昨日も言っていた事だ。そう口にしようとした瞬間、頭痛と共に思い出した。
昨日どころではない、一昨日も、三日前も、先週も。一字一句間違えずに同じ内容を繰り返している……!

「袖よし! 襟よし! ソックスも……よーし!」
「っ、一成、ゴメン!」

 あまりに同じ過ぎる行動(シチュエーション)に気持ち悪さを感じて、一成の横を通り過ぎる。
荒い息を整えて後ろを振り返ると、

「次は鞄の中身だが……うむ、違反物の欠片も見当たらんな。たいへん結構!」

 一成は誰もいない虚空に向かって手を動かしていた。
 寒気がした。同時に確信した。
 何かが、何かが絶対におかしい。だから早く、早く目覚めないと――――!



 夕方になっても視界はノイズだらけだった。それどころか時間と共に頭痛と焦燥感が増していく。
 あたしは行かなきゃいけない。ここに居たらいけない、それは分かっている。
でも、一体どこに行けば………。
 ふと、砂嵐の様な視界の隅に人影を見た。

(あれって、新聞部の子と……転校生の…レオ?)

 一階の廊下を横切って行ったのは、同じクラスの新聞部の男子生徒と紅い制服を纏った転校生のレオだ。
 正確には廊下を歩くレオを追いかける様に新聞部の子が目の前を横切って行った。
 確か、この先は一年生の教室があるだけだったはず。転校してきたばかりのレオが一年生に用があるとは思えないんだけど……。

「転校早々、一年生の子に告られたとか……ないか」

 レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。愛称はレオ。昨日転校してきたばかりの生徒で、なんだか説明の出来ない存在感を醸し出している男の子だ。
 朝、クラスの女の子達に囲まれていて(と言っても勉強を教えていただけだけど)、慎二が面白くなさそうに愚痴をこぼしていたっけ。

(でも女の子に人気があるのも分かる気がするんだけどなあ……。紳士的だし、誰にでも平等に接するし、
何より顔はかなりのイケメンだし。砂金の様なブロンドの髪と翡翠の様な翠の瞳も相まって、白馬の王子とか似合いそう――――)

「って、今はそんなことどうでもいいし」

 とりあえず後をつけてみよう。情報通だった新聞部の男子生徒が追いかけるということは、何かあるのかも知れない。
 何より――思えば、初めて会った時からレオからどこか違和感を感じていた。もしかすると現状を打開する手掛かりとかつかめるかも……。

 レオ達は一年生の教室は素通りし、廊下の突き当たりの行き止まりまで来ていた。とりあえず曲がり角の陰に隠れて様子を窺うと、

「本当によく出来てますね。ディティールだけでなく、空気までここではリアルだ。ともすれば、現実よりもずっと現実らしい。
ねえ……貴方達はどう思います?」

 なんてことをレオ君が言ってくれました。貴方達って、あたしがいることバレてる?

「学校という経験は悪くないものでしたが、僕はもう行かなくてはなりません。
さようなら、と言うべきでしょうが、何故か貴女とはまた会える気がしている。ですから、また今度」

 そう言ったレオは一瞬だけど、確かにこっちを見てた。はい、やっぱりバレてました。
レオは踵を返すとそのまま突き当たりの壁に向かい――――すり抜ける様に消えた。

(ええええええええっ!?)

 驚いていると、もう一人の男子生徒もレオを追いかける様に壁の中へ消えた。
二人が消える瞬間、ジジッと視界のノイズが強くなり、脳に衝撃が走る。
これは一体……どういうことだろう?

「七不思議にあった『異世界の入り口』ってやつかな……?」

 呟きながら、問題の壁の前に吸い寄せられる様に立った。レオ達が消えた壁は、見たところ何もおかしなものはない。
 でも何故か、ここがあたしが感じていた違和感の終着点だと理解できた。多分この先にあたしが求める答えがあるのかもしれない。
 ただし、この先へ行ったら最後、二度と今までいた場所にはもどれない。そのことも何故か理解できた。

(どうしよう……そもそもここに入って無事に出れる保障なんて無いんだよね?)

 得体の知れないものに近づくのは怖い、今までの日常を捨てることになるのは怖い。
 見なかったことにすればいい。君子は危うきに近寄らず。
さっきの光景は頭痛のあまりに見た白昼夢。早く家に帰ってゆっくり休めば明日には治るはず。

「~~~~~ッ、よし、決めた!」

 得体の知れないものに近づくのは怖い、今までの日常を捨てることになるのは怖い。
 でも―――このまま真実から目を背けるのはもっと怖い。

 思い出せ。
いるはずもない人間、消えていく生徒。剝がれていく世界観(テクスチャー)。

 真実は何か。
 あたしの知る世界は何なのか。
 ここに居る、その意味を。

 あたしは目を逸らしてはいけない―――。



 壁の中へ飛び込んだ瞬間、世界は一変していた。
そして今まで感じていた違和感と頭痛も嘘みたいに消えた。

「うわあ………」

 思わず声が出てしまった。壁の中は平凡な放課後の校舎など霧散していた。
 そこにあるのは息苦しさを感じるほど荘厳な広間と大聖堂にある様な巨大なステンドグラスだった。
 きょろきょろと周りを見回していると、人が倒れているのに気付いた。
 あれは、さっきレオを追っていた男子生徒―――!

「ちょ、ちょっと君! 大丈……え?」

 あわてて助け起こそうとしたとき、気付いてしまった。
 体が、冷たい。それどころか、息を―――してない!?

「ど、どうして………!?」

 その時だった。疑問に答える様に、カタカタ、と不気味な音が聞こえた。
 音をした方向を振り向くと、妙な人形が立っていた。
 大きさは人間と変わらないのに、顔も体ものっぺりとしていて漫画家とかが使うモデル人形みたい……。
 と、悠長なことを考えていたら、こっちに向かって突っ込んで来た!

「ちょ、いきなり、きゃあ!?」

 慌てて床に転げる様に避けると、さっきまであたしの頭があった空間を人形の腕が貫いていた。
 あんな槍みたいに尖った腕が当たったら、首から上が吹きとぶって……!
 とにかく、立ち上がって体勢を立て直さないと―――

   ザシュッ!!

 でも、それは出来なかった。さっきとは比べ物にならない速さで人形が距離を詰め、あたしの胸を貫いていた。

「あ――――――」

 辛うじて声に出たのはそれだけ。そのまま崩れ落ちるあたし。
 痛い―――貫かれた場所を中心に、体が燃える様に痛い、熱い……。

『ふむ。君も駄目か』

 遠のいていく意識の中、何処からか声が聞こえた。

『君の落選をもって、予選を終了するとしよう』

 予選……? 何の事か分からない。でも、もうその疑問を考える力もなく、ボンヤリと床を見つめることしか出来ない。
 死ぬ、のかな。あたし。
 このままここで、さっきの男子生徒みたいに冷たい塊になるのかな……。
 このまま倒れていれば、痛みも熱さも、意識と一緒に薄れて消える―――。

(………消えたくない)

 そう思って起き上がろうとしても、体中に激痛が走って全く動かない。
 それでも―――

(……消えたくないっ)

 全身に駆け巡る痛みは許容の範囲外。燃えるなんて生易しいものじゃない。体中が爆発してるみたい。
 でも、それでも―――!

(諦めたくない!!)

 全身に駆け巡る痛みは許容の範囲外。貫かれた胸は何故か傷痕も出血もないけど、
見えない血が流れ出てるみたいに今も激痛を訴えている。
 でもそれが何だ。何も分からずに消えるくらいなら痛い方がマシ。
 あたしは真実を知りたくてここまで来た。それなら分からないまま諦めるなんて許せない。
 何より、あたしは、

「まだ何も始めてすらいないんだから……!」

 穴の開いた水槽の様に力が抜けていく身体をどうにか奮い立たせ、必死で地面に手をつく。がくがくと震える足を叱咤して、必死で立ち上がろうとする。
 しかし顔を上げた先であの人形が、今度こそ息の根を止める、と言わんばかりにこっちに向かってくるのが見えた。
立ち上がっても今のあたしじゃどうにも出来ない――――!

「くっ……!」

 まるでローリングソバットの様な動きで飛び蹴りをしてくる人形に、思わず目を瞑って棒立ちするしかなかった。
数秒と満たず、あたしの身体に襲いかかる衝撃に身を固くし――――

『Protection』

 ―――機械的な音声と共に、衝撃音が耳に響いた。

「…………え?」

 恐る恐る目を開けて見ると、桜色の光の壁が人形とあたしを遮っていた。

「良かった……間に合った……」

 ふと、暖かみのある声がした。
 振り向くと、人が立っていた。
 清廉さを感じる純白のスカートとジャケットが、
 胸元に飾られた真紅のリボンが、
 端正な顔立ちとツインテールに纏めた栗色の髪が、
 その人を際立たせていた。
 女の人、らしい。歳はあたしより一回り上かどうか……。

「よく頑張ったね、偉いよ」

 手にしている紅い宝石のついた金属の杖を人形に向けているということは、
目の前にある光の壁を出したのはこの人だろう。
 なのに……どうしてかな?

「もう大丈夫だよ」

 助けられたのはあたしなのに、どうしてこの人は目に涙を溜めて喜んでいるんだろ?
 まるで……。

「安全な場所まで、一直線だよ」

 まるで助けられたのは、あたしじゃなくてこの人だと思えるくらい、
心の底から安堵した笑顔だった。





これがあたし、鳴海 月と、生涯のパートナーとなった『アーチャー』との出会いだった。

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最終更新:2010年11月06日 01:35