――― 虚の空 ―――

そこには何も無い――――――

物質という物質が等しく無に帰すディラックの海。

色彩もなく光も闇も指さないそこでは個は個として存在する事を許されない。
そこへ堕ちた者は生きる事はおろか、人として持ち得る最低にして最後の権利―――安寧の死すらをも失う。
かつて肉体だったそれは溶けて腐り落ち、分解される事も出来ず
物言わぬ、生物とも鉱物とも無機物とも有機物とも言えない「塊」となって永遠に宙を彷徨うのだ。

まさに生物としての死すら超えた、完全なる死……


「彼女」もまたそうなる筈だった。


――――――

Desire ―――

故にこれは、死する時まで抱き続けた唯一つの想いが――――9つのジュエルシードに宿ったとでもいうのだろうか?


堕ち行く「彼女」が最期に抱いた想いとは、純然にして明瞭――――「まだ死ねない」

願いを叶える石はそのあまりにも愚直な想いに反応した。
膨大過ぎる力ゆえ、それは人の明瞭な思考を汲み取る事しか出来ない出来損ないの願望機。
そんな石が「彼女」の「命を繋ぐ」という願いだけを愚直に、忠実に聞き届け―――そして叶えた。

―――絶望と苦痛はそのままに。 
―――袋小路に陥った身はそのままに。

本来ならば留めて置けない肉体は渇望という名の檻の中で自壊せずに残り
無間の闇に堕ちながら、虚数の海を漂いながら、五感は抱いた願いを決して忘却せずに稼動を続けた。
呼吸も出来ず、発狂するほどの恐怖と焦燥に苛まれながら、それらを切なる願いで塗り潰し
思考の限界から解き放たれた思考が、ただ一つの目的を達するための可能性を模索し続け
時間の概念すら忘れ去られた空間で―――――永劫の時を「彼女」はそうして彷徨った。

堕ち行く「彼女」がただ一つ、抱えていたモノ―――

   ………■リ■■

その手に遺った感触だけが――――――「彼女」を「彼女」として繋ぎ止めていた糧。

もはや幾度めの夢か現か、定かではないが……
ここがきっとそう………次こそがきっとそう……
此処こそが焦がれ求めた伝説の都アルハザード。


失われた秘法の数々が眠り、死者すらも蘇らせるという―――

眼前に広がる神秘の数々を求めて―――「彼女」は幽鬼のように盤に降り立った。


――――――

???,s view ―――

「………………」

薬液に満たされた水槽の中で、私は「再び」目を覚ました――――

視界を覆う薄翠の景色。 
自身が何者であり、どのような役目を担って生まれたかを反芻する。

主人とのリンクは正常に働いている。 魔力の供給も正常だ。
生成時、プログラムレベルで遺伝子に組み込まれた様々な情報回路を洗い直し―――ただ一つのあり得ないイレギュラー。

   この身に…………既に在る記憶に思い至る。

「……………プレシア」

こうして生み出されたのはこれで二度目だった。 間違いない…………全て思い出せる。
水槽より液が徐々に抜かれていき、意識が鮮明になればなるほど、その記憶もまた夢や幻ではないと確信する。

私はかつて一人の少女を立派な魔導士として育て上げるために生を受けた。
他ならぬ主人の娘である彼女に、自分の持てる全ての技術を教え授ける事を旨に生成された使い魔だ。
その過程で彼女達……悲しい親子の背負った宿命を知りつつも、何も出来ず
せめて彼女達が幸せな未来に辿り着けるよう祈りながら―――役目を終えて消えた筈。
ならば今ここに居る自分は何なのか? これは一体どういう………? 

「プレシア……?」

かつてと同じ、主人である彼女の背中が見える。
覚醒した私の視界に一番初めに飛び込んできた、黒い長髪を称えた背中。
細くしなびやかで頼りない後姿は記憶と何ら変わらない。
10間ほどもある実験設備の中で、手を伸ばすには遠い彼女に向かって二度、名前を呼んだ。

知りたい事がある。 聞きたい事がある。

貴方は……? 
私は……?  
そして―――フェイトは?

次々と湧き出す疑問を口に出そうとする前に………彼女、プレシアテスタロッサがゆっくりと振り返る。


………………

………………

……………………………


…………………………………………!!!!!!!!!???????


「………………あ」

…………待って……

待って、下さい………ねえ…


「ああ………あああああああ………」

脊椎に氷柱を差し込まれた――――

そんな絶望と共に―――

私は主人の顔を垣間見―――――そして悟った。


私が抱いたささやかな願いは……………果たされなかったのだ、と。


――――――

――――――

自身が思い描けないほどの最悪の結末を迎えたのだ―――

主人の貌を見て、その答えに行き着くしか無かった使い魔リニス。

「今度の夢は長いのかしら……?」 

長い時を経て久しぶりに聞いた声は、かつて鼓膜を揺らしたそれとはどこか違っていて……
リニスの両の瞳からは止め処無い涙が溢れ出す。

「夢でも現でも漕ぎ出せばどうせ瞬き一つ分。 リニス……私のためにまた働いて頂戴」

主人の「顔」をこれ以上見たくないと下を向く使い魔。
その感情が届いたか否か、主の女は棚の上にあった虚の仮面を顔に被せる。


めくられる事を忘れた、壁に吊るしたカレンダー。
記された最後の暦から―――実に10年の刻を刻んだ今日

「彼女」はかつての使い魔と共に決して報われない航海の始まりを告げる――――


――――――

心優しい山猫の使い魔リニス―――
彼女に悲嘆に暮れる時間など与えられはしなかった。

激動の数週間――――
以前の記憶とはあまりにも懸け離れた世界。
以前に与えられたものとはあまりにも懸け離れた役目。
主に対する疑問も心配も二の次だった。

彼女は己が身に与えられた役割―――
マスターと時の庭園を稼動させる「部品」としての様々な機能を、短時間で無理やりに、その細い体に詰め込まされた。
強引なインストール。 肌に焼きゴテを押し付けられるような苦痛の嵐にただ耐え続ける。
大魔導士と称されるほどの主人を持つリニスの個体スペックは総じて高い水準を誇っていたが
その彼女をしてオーバーフローを起こすほどの過負荷。

絶え間無い苦痛の中で、彼女はかつて暮らしたなつかしい住処を眺めていた。
あらゆる部分が戦闘用に改築されて見る影もない。
あくまで護衛として所持していた機動兵が大きくその数を増やし、格納庫を埋め尽くしている。
肉体改造に等しいアップデートの日々で、艦内のすえた異臭が渦巻く中で、朦朧とした意識の隅でリニスは思う。

ここはまるで……還らぬ旅路に向かう冥界の方舟のようだと…………


――――――

一体、主人は何をしようというのか―――その答えはすぐに目にする事となった。

機動兵数100機を一瞬で灰塵にする、ヒトの形をした怪物を目の前にして。
今までの準備は、あんなモノを敵として迎える旅路に備えたものだったのだと理解した。

身体が猛烈な拒否反応を起こす。
人類最古の英雄王。 その偉業をミッド生まれの彼女が理解する事はなかったが
しかし野生の本能がアレと敵対する事の愚行さを如実に教えてくれる。

場は英雄王ギルガメッシュ討伐作戦の真っ最中。

金髪灼眼の少年がソレを一振りした瞬間、割れた世界。
それを目の当たりにした彼女が―――


――― 夢? ―――


今一度、願望交じりに己が正気に問うたとしても……誰も彼女を責められる筈も無い。


――――――

KING VS ・・・ ―――

この世に有り得てはいけない現世と隔世を繋ぐ狭間の世界。
空間の裂け目から覗くものはまさしくそれだった。
創世の、滅びと再生を司る原初の河。
日本で言う三途の河とは、人が死の狭間に見たあれを指して言ったものに違いない。

「きっついなぁ、コレ」

もはや場は紅風渦巻く嵐の渦中。
空を埋め尽くしていた傀儡兵は悉く機能を停止し、敵に魔弾の一つも放てずに裂け目に飲み込まれていく。

円柱の剣を振り抜いた少年は渋い表情で顔をしかめる。 
その顔から決して宝具の本来の力を出し切っているとは言い難い。
だが、それこそ兵達にとってはあまりにも些事だろう。
天と地に切り分けられた世界の、橙の断面に飲み込まれた彼らを待つ結末など、どう足掻いたって一つしか無いのだから。

「そろそろ出てきてくれないかなぁ……この歳でドーピングって結構キツイんですよね」

盤上にて暴虐の限りを尽くす原初の剣。
其を振り上げながら少年は太陽のような笑顔を裂け目に向ける。

(通常空間に出なさい)

リニスの脳裏に念話による声が飛ぶ。
初めの一言以降、主人は使い魔に対しての意思疎通を念話で行っていた。
抑揚は無いが、聞き間違いようのない女性の声に対してリニスが真っ青になって叫ぶ。

(そんな!? いくら庭園が強化されてるからってあの現象に巻き込まれたら持ちませんよ!)

(早くしなさい。 あの剣は世界をその基盤ごと切り裂くわ。 ミッドの魔法と名のつくものは全て効力を失う)

リニスも気づき、蒼い顔から更に血の気が引く。
その言葉の意味する所は一つ。 データに相違が無ければアレは魔法を全てキャンセルする広範囲兵器。
当然、魔力を動力とするユニットにも有効に働く。 魔導エンジンすらその例外ではない。
このままでは時の庭園は異空間に取り残されて漂流する!

(だ、だけど……!)

使い魔としての知性と野性の本能の双方が、ここでワープアウトを非とする。
あのサーヴァントに対し、この異空間こそが自身らの安全を確保する絶対の城壁だった。
それを取っ払われて、あんな……あんなモノの眼前にノコノコと飛び込めば……紛う事なき自殺だ。 
だが、だがこの状況が一刻の猶予も無い事もまた分かる。 一瞬の判断の迷いで、自分たちは次元の藻屑と消えるのだ。

(信じます、プレシア! 通常空間にフォールドアウト、よろし!)

オペレーターの紡ぐ言葉はもはや悲鳴に近かった。
火中に飛び込む巨大要塞。 
通常空間に展開すると同時にシールド出力をマックスへと設定。
無駄だと知りつつも、艦の周囲に数層の対艦用フィールドを張り巡らし
時の要塞は少年王の待つ通常空間へとフォールドアウトを開始する!

半ば、死を覚悟するリニス。  だが―――――プレシアが動く!

「!?」

使い魔が絶句するその前で、彼女の黒衣に隠された背が盛り上がり

否、何かが生成され―――広がり、はためいたのだ。


――――――

「……へぇ…?」

少年の感嘆の声。 それは目前の予想外の結果に対するもの。
乖離剣の紡ぎ出す倶風。 紅一色に染まりつつあった世界に新たなる力が流れ込んできたのだ。
宙空に穿たれた地割れをまるで外から押さえ込むように、ほつれ破けた布を縫い、修復せんと翻る膨大な力。
それは漆黒を帯びた紫紺の魔力によるものだ。 

「プ、プレシア……それは?」

リニスが、プレシアテスタロッサの背に抱えたモノを見て絶句する。 

悪魔…………否、堕天使を思わせる漆黒の翼。
主人の醸し出す退廃的な雰囲気から、その光景は彼女がまるで人を脱した存在に脱皮し、昇華したかのようだった。
だがよく見るとそれは魔力で生成された擬似的なギミックに過ぎない。
かつてリンディハラオウンが似たようなフォルムを、暴走したジュエルシードを押さえ込む際に展開したがそれと同種の御業だ。

艦のバックアップを得た黒衣の大魔導士がした事。 それは膨大な量のデータを世界という名の図面に上書きする事。
確たる滅びの概念を更なる概念をぶつけて相殺する、相手のルールに乗っ取った方法ではない。
あくまでミッド式魔法の真髄。 修正液で塗り潰すかのように、天空に空いた亀裂を問答無用で消し去る魔力の渦。
それを少年はただ黙って見守っていた。

「器用だなぁ……それが裂かれた世界の修復の仕方ですか?」

航空戦技等とは違う分野だが、これもまた高位の魔導士のみが為し得る魔法の一つ。
動力源によっては天変地異すら押さえ込むレベルで発動できる次元修復術式。
それがエヌマエリシュによって断ち切られた空間―――断層面をみるみるうちに塞いでしまったのだ。

少年はただ事実のみを受け止める。
やはり基盤が向こうのものである以上、これくらいの芸当はしてくるのだろう。
世界の構造を熟知した向こうの方が、事全てにおいて有利な位置にいるのは言うまでもない。
それに地球史最強最悪の宝具と言えど、こんな細腕で撃ったのではたかが知れている。
これの全開出力を氾濫した大河に例えるならば、今のはせいぜい氷層に生じたちっぽけなクレヴァス程度のもの。
もし全力で撃っていたのなら、それでも果たして敵は同じ芸当が出来たのだろうか? 興味は色々と尽きないが―――

そう、だが今はいい。 フィールド上の大気を雄大に押しのけて、場に巨大な質量が現出しようとしていたからだ。
ゴゴゴゴ、と鈍い音をなびかせて、透明化が溶けた山のように。
蜃気楼の幻であったものが突如、具現化したように。
敵はその威容を今、ギルガメッシュの元に現したのである。

あまりにも巨大な――――歪な黒薔薇を思わせる機動要塞。
無数の傀儡兵を送り込んできたであろう、あれが敵の拠点に違いない。
これほどの質量を大気圏内で飛ばすなど少年の住まう星の技術ではまだ叶わない。

「始めまして―――異郷の星を渡る人達。
 面白いものを見せて貰いました。 まずは挨拶を」

切り札を返されたにも関わらず少年は柔和に微笑み頭を下げる。
まるで口惜しさを感じさせない、はにかむように紡がれた口調。
それは今この場で殺し合いを演じている者には到底そぐわない。

「ともあれ、こうして対面した以上、顔くらい見せてもバチは当たらないと思いますよ?」

相対と呼ぶにはあまりにもサイズの違う両者。 
何せ巨大要塞と小さな少年だ。 その光景は言うまでもなく歪。
だがサイズ差に反比例して、力の天秤は信じられないほどに拮抗していた。
挑発ともごく自然な提案とも取れる彼の言葉。   艦内―――黒衣の女が動く。

「なっ!? 駄目ですプレシア! 危険すぎる!」

リニスが悲鳴をあげる。 
コンソロールに映し出されたデータと格闘していた手を止め、主人のローブに手を伸ばそうとするが
その姿はまるで幽鬼の様にリニスの手をスルリと避けて立ち消える。
挑発に乗って敵の前に、あんなバケモノの前に姿を現すなど言語道断だ。
既に転送を終えてしまった彼女を追おうとも思ったが、ここを離れるわけには行かない。
ここで出来る限りのフォローをするしかない、と思い立つ使い魔。

そんなリニスが見上げる先にて――――虚の女は王と相対した。


――――――その日、全てを塗り潰す漆黒と、世界を統べる黄金が出会う。


――――――

「恐いなぁ……」

少年が見上げた先。 要塞の艦橋にて白い無貌の仮面を被った女が佇んでいた。

纏うは黒衣。 髪も漆黒。 
溢れるように全身から発する紫の魔力光はおぞましい瘴気のよう。
それは英雄王の王気とは対極に位置する力にも感じられ、ギルガメッシュは居心地が悪そうに鼻を鳴らす。

「大人の僕は切って捨てていましたが―――前に戦った白いお姉さんのアプローチは決して間違いではないんです。
 神秘を打破するために、より強い神秘を以って相対するというのが僕らの世界のルールですけれど
 でも、そのルールでは人間が神秘の結晶たる英霊に勝てる道理が無い。 全くズルっこい話ですよね」

わざとらしく顔をしかめる少年。 肩を竦める仕草が人懐っこくて憎めない。

「ならば人がそれに並ぶには結局、人の叡智を積み上げていくしかない。
 ―――――そこの所、貴方はよく分かっている……強敵ですね。 
 僕らを<僕ら>として全く畏れず、かと言って甘く見ているわけでもない。
 全ての事象を正しく理解し、なお揺ぎ無くサーヴァントの前に立っている」

エアの起こした空間断裂に躊躇い無く手を突っ込む行為を見て、流石に驚いた。
この女性には乖離現象でさえも、水路の決壊くらいにしか見えていなかったのではなかろうか?

「うーん……だけど、ただ叡智の粋を極めただけでそこまでイッてしまうものですか?
 貴方にはもっとこう、根本的に壊れた要因がある筈です。 心の在り様はどこか僕らの世界の魔術師に近いモノがありますし。
 ひょっとして―――なにかの間違いで<至っ>ちゃいましたか?」

「坊や」

「何でしょう?」

「蘇生の宝具を渡しなさい」

ギルガメッシュの言葉を遮り、違和感のある肉声で女は言った。

「それが貴方の願い――望むものですか?」

慈愛すら感じさせる声で少年は返す。

「無理ですよ。 サーヴァントの宝具は基本、本人にしか使えない。
 更に、アレは大人の僕が僕のためだけに財と粋を集めて生成した秘法らしいですから。
 反魂なんて代物はそれこそゲームみたいに、呪文唱えて、はい生き返った!なんてやれるものではないんです」

反魂―――――
その魂に合った、その魂だけの処置を、膨大な時間と叡智をかけて積み上げる。
地脈と霊脈を考慮に入れた一等の霊地を儀式の場に選び、厳しい条件をクリアして初めて為せると言われる奇跡。
まさに神の御業。 人の手で成し遂げる事は摂理に反する、神に対する反逆行為に他ならない。

そして―――――それだけ。

会話はそれだけ―――――――

少年が言葉を終える事は無かった。
彼に二の句を上げさせる事なく――――

「―――――、」

巨大な要塞が突如、動き出し、少年へと迫る!!!!!

大気に響く低音は、そのまま世の終わりを思わせる冥界の調べを思わせ―――

―――――――、ズズ、―――――ン…………! ――――――

地殻を鳴動させる音と共に、庭園は大地に体当たりし、地表に突き刺さり―――――

――――――――少年をゴミのように押し潰した。


――――――

「な、何て………無茶を……!」

要塞を何の迷いも無く大地に叩き付けた!? あんな小さな少年を潰すためだけに!?

その所業に声を上げる暇もない。 リニスは艦内を襲う衝撃に身を投げ出され、しこたま壁に叩きつけられる。
人一人を押し潰すにはあまりに巨大な質量の、ほとんど墜落といってもよい着陸だ。 
その衝撃たるや並大抵のものではない。

「キ、キングは……!?」

反撃は………………来ない。 
コンソロール共に何の反応もなく、状況に新たな動きも無い。
さしものサーヴァントもまさかあのタイミングで要塞が特攻してくるとは思わなかったのか?
もっとも、あれでは剣の雨を展開しても止められない。 
無残に跡形もなく擦り潰される以外の選択肢はなかったであろうが。

「勝った……?」

一時の静寂の後、ふうっと溜息一つ。
極度の緊張から解放されて、ひとまずは旨を撫で下ろすリニスである。

(それにしても………)

艦のコアに接続されているジュエルシードというロストロギアを含め、戦闘用に改築された庭園を顔色一つ変えずに手足のように扱う主人。
一目見た時から感じていた―――あの英霊という存在から滲み出る以上の「反則」をプレシアテスタロッサからは感じる。
病魔に冒された陽炎のような儚さと、悪魔そのもののような威圧感を同居させている今の彼女。

――― 恐い………………… ―――

忠誠心よりも恐怖が先走ってしまう。
目を伏せるリニスの心胆はいかばかりのものか。


「ク、―――フハハハハハハハ」

「なっ!!?」

だが、端末が拾った音声に使い魔は再び息を呑む! 
物思いに耽る暇など無かった!
それは押し潰された要塞の下ではなく―――

「上!?」

上空―――天照らす陽光のように黄金に輝く光。 諸共に響き渡るのは、かの耳障りな高笑い。
眩いばかりの光に目を焼かれつつも凝視する先―――それは小型の飛行船。
その上に腕を組んで佇む、少年の姿から再び立ち戻った英雄王の姿があった!

「異邦の民よ―――」 

男が言葉を紡ぐ。

「我との謁見を自ら放棄するとは馬鹿な奴腹よ。
 ならば已む無し―――今一度、己が心臓を命の秤にかけよ!」

まずい―――上を取られた! 唇を噛むオペレーター。 
他ならぬ自分が注意力を切らしたせいで……今に至るまでの異常とも言える入念な準備を考えれば
あんなもので大人しく潰れてくれる相手じゃない事は分かっていた。 それなのに!

「開け――――!!!!」

王の号令の下、上空に穿たれた穴から顔を出す原初の宝具たち。
あれは極悪な性能を秘めた質量兵器そのものだ。 剣の雨は地に這う者全てに等しく死を齎す。
その威容、使い魔として生きた半生を以って走馬灯を感じずにはいられない―――ッ!

(弓兵は?)

(今……追わせています!) 

(そう)

プレシアの短い問いに答えるリニスの声は半ば絶望に染まっている。 
早々に消えてしまった弓のサーヴァントに舌を打つも後の祭だ。
あれはシールドでは防ぎきれない。 かと言って生半可な弾幕では相殺も出来ない。
主人に許可を取るまでも無く、今こそ、あれを使う時なのだが―――
コンソロールを汗で滲む手が滑る。 ぶっつけ本番、果たして成功するのだろうか?

とリニスが思慮に及ぶと同時――――
要塞の甲板に身の毛もよだつほどの魔力光が立ち昇り、プレシアを中心に巨大な魔方陣が形成される。
彼女の背まで垂らした長髪が虚空に翻り、紡ぐ呪文は電子音のような無機質さを以って大気を揺らす。
そして、やがて漆黒の女の周囲に無数の、大量の魔力スフィアが生成されていく。

「……………ファランクス」

リニスが呟く。 あれこそかつて、プレシアから創られたリニスによってフェイトに受け継がれた魔法。
雷を主武装とするテスタロッサの魔法の中でも手数において最大規模を誇る広域殲滅術式。
天空を埋め尽くす紅い孔に相対するかのように、要塞を守護すべく遣わされた紫電のフォトンスフィア。
言うまでも無い。 プレシアが艦橋から出たのはこのため―――彼女はやる気だ!
迎え撃つつもりなのだ! あの英霊の殲滅兵器を!

相手の切った札を見下ろし、ニィ、と哂う英雄王。
表情に灯るは無駄な抵抗に勤しむ雑種に対する侮蔑か、哀れみか。

「ゲートオブ――――――バビロン!!!」

今、天の裁可をここに問う!

英雄王の殲滅掃射宝具が―――唸りを上げて、地上に降り注いだのだ!!!!


――――――

Rinis,s view ―――

「来たッッ!!!」 

敵の大量殺戮兵器が火を噴いた! 私とプレシアの頭上で!
管理局のSランク魔導士ですら、アレの前には為す術もなく敗れ去ってしまったと聞く。
あんなものの前に身を晒す事の不運を嘆くと共に、我が主を立たせている不明を呪わずにはいられない!
こんな事、容認できる筈もないけれど……でもやるしかない!

「対空砲火! バックアップします! アイ・ハブ・コントロールッ!」

艦の中枢と繋がるプレシアのリンカーコアに膨大な、人に受け止め切れないレベルの情報がダウンロードされる!
そして程なく、彼女から処理されたデータの解答が矢継ぎ早にこちらに流れてくる! 
凄い! 普通の人間なら脳が焼き切れてもおかしくないのに……!

「ユー・ハブ・コントロールッ! A・S・G始動!!!」

プレシアが上空、無量大数の刃に向かって手を翳す!

「セーフティロック解除!! 全行程オールグリーン!!!!」

互いの処理に一片の不備でもあれば、プレシアと私は庭園ごと打ち抜かれてお終い……
だけど見直している時間も余裕も無い! 

あとは全てを主に任せ―――私は掛け声と共に安全装置を解除した!


――――――


飛行船ヴィマーナと時の庭園を挟んだ空間に―――


今―――幾百、幾千の花火が轟音と共に咲き乱れた。

押し潰さんと上空から降り注ぐ宝具の嵐。
押し返さんと打ち上げられる対空砲。


王の財宝―――盤に降り立ってより常に無敵を謳われた宝具が……今、完全に受け止められた瞬間だった。


――――――

「や、やった………! 成功です!」

無意識に呟いた途端、リニスの全身から汗がドッと噴き出す。
身の毛もよだつ光景とはこの事だ。
一対一とはいえ近年、質量兵器の撤廃が進んだミッド世界において、これほどの実弾兵器に晒された艦があっただろうか?

ファランクス<アンチ・ソードガトリンク>――――

あの不抜の兵器に対抗するためにプレシアテスタロッサとジェイルスカリエッティが共同で立案、開発した
魔導士専用・付加思考ルーチン・バックアッププログラム<A・S・G>。
膨大な時間と手間を要して二人の天才の合作によって齎された対英雄王決戦兵器だ。

ゲートオブバビロンは無敵の兵器。 
その特性はあらゆる属性を秘めた、宝具と呼ばれるアーティファクトによるつるべ打ち。
内包する属性は多種多様にして無数無限。 土金木火水に光闇、対神対魔に因果逆転虚数と何でもござれだ。
火を克服しても水、風を使役出来ても土と、敵のあらゆる弱点に対応したチート兵器。
単純な威力で見てもそれは他の追随を許さない。 一撃が爆裂撤甲貫通弾並の高威力砲弾を湯水のように発射してくる仕様。
そして、弾切れナシ………スペックを並べれば並べるほど冗談のような性能に泣きたくなる。

おおよそ考えられる、個人で展開出来る最強レベルの武装。
それを前に、同じく最大規模の弾幕を誇るSランク砲撃魔導士の敗北を以って
ミッド式魔法でこれに相対する事―――魔導士の弾丸でアレを打ち落とす事は不可能との結論が一度は出た。

しかしながら、その宝具が一度でも拮抗、破られた例が存在するのなら
どんな夢想じみた仮説であれ、対応策を講じる事は可能なのだ。
夢物語を現実のものとしてしまう、天才と呼ばれる人種がこちらには二人もいるのだから。

ゲートオブバビロンを相手にし、個人でもそれに届いた記録。
投影魔術というモノを用い、敵の武装と全く同じものをぶつけて相殺に至ったという……
サーヴァントでもない一人の魔術師が、あの不抜の兵器に相対して見せたのだから驚きだ。

だが、ならばこちらの技術の粋を結集して似たような状況を作る事は出来ないか? 
出来ないと断ずる理由はない。 人間業で可能な事ならば、技術の粋を集めて出来ない事など無いのだ。
もし仮にあの一発一発の刃の全てに対し、こちらも同等……否、匹敵するものをぶつけられれば
属性で優位に立つ魔弾を、その一つ一つにぶつける事が出来れば、打破とまではいかなくても計算上、4:6以上の拮抗は保てる。

あの惑星の伝承の全てを網羅しているのが敵の兵器の特徴ならば
こちらもまた、その全ての伝承を網羅してしまえばいいだけの話だ。
網羅し、理解し―――敵の弾質を秒単位で解析し、例えば火属性には水属性と言った具合に
最適な属性を付けた魔弾を用意してぶつける事が出来れば……魔弾と宝具の威力の差を属性で勝る事によって差は埋まり、相殺は可能。

ゲートオブバビロンは――――――破れる!
膨大なデータ、膨大な逸話、その中に出てくる全ての宝具のデータを今、この艦は有している。
それだけのデータを現地から吸い上げ、一つ一つインプットしたのだ。
これらにより、膨大な情報を余さず使いこなし、本来ならば雷属性のみであるファランクスのスフィアにあらゆる属性を付加させて
プレシアテスタロッサは魔導士単体では到底無理な魔法行使を可能にした。

そして今―――王の財宝は庭園の主に受け止められた。

要塞の周囲に張り巡らされたフォトンスフィア。 
通常、術者の魔力光一色であるそれらが、艦より送られてくるデータに応じて様々な色へと変化する。
敵の宝具に勝る属性へと変化し、打ち出されていく。 その様はまるで聖夜の木々に飾られる色彩彩のライトのよう。
ダインスレブ、ハルバート、あらゆる宝具のデータが術者であるプレシアの脳に送り込まれ
庭園のメインコンピュ-ターとの間で幾百幾千のデータが行き来する! その速度、もはやTbでは換算出来ないほどだ!

「――――健気なものよ……誉めてつかわす」

流石は王自身が敵と見初めただけの事はあるという事か。
財宝の初撃を見事、受け止めた事にまずは惜しみない賛辞を現すギルガメッシュ。
神秘に頼るでもなく、根源に至るでもない。 これは全て人の御業による所業。
細めた緋の目に今、彼はどのような感情を写すのか―――

―――――かつて受肉した際、男は再び世を席巻し、治めよという天恵を聞いた

そして王は現代に生きる有象無象との、世の覇権をかけた戦いに思いを馳せた。
彼は不遜だが、決して不明では無い。 
現世の戦力を平らげる聖戦が決して容易ではない事を十分に理解していた。

そう、恐らくは――――――雑種どもはこうやって抵抗するのだろう。

自らの叡智を結集し、策を弄して我が力に相対して来るに違いない。 今のこの相手がやっているように。
見下ろす先、仮面の女が全身で、最古にして最強の蹂躙を一身に受けている。
容易く手折れそうな細腕で我に相対してくる健気さ。 やがて、再びほくそ笑む黄金の王。

興が乗った――――ならばこの粗大ゴミは世界征服への予行練習の相手に相違ない。

「知恵の実を喰らって幾星霜……ニンゲンも大層、小道具の扱いには長けるようになったのだな。
 だが我が財は無限にして不滅である―――その悪足掻きがどこまで続くか」

上空の英雄王。 
見上げる要塞。 
刃の爆撃に対空防御。

凄まじい魔弾の打ち合いは空間を削り、大地を震わせながらに続く。
嘲笑の英雄王に無貌のプレシア。
その対峙を、全身を覆う冷たい汗と共に見つめるリニス。

常識も道理も通用しない滅茶苦茶な相手との交戦を開始して、もはや時間の感覚は麻痺している。
空間を世界ごと切り裂き、飛んだり、大人になったり子供になったり―――頭を抱えるオペレーター。 
本当に気が変になりそうだ。 最新鋭の装備と技術を以って次元すら超える手段を持つ自分達と
辺境の惑星の古代人如きが同じ天秤の上に乗る事自体、有り得ない筈なのに。

大丈夫だ……こちらの方が強い……メッキはすぐに剥がれる!
もはやリニスの独り言には祈りの如き響きすらある。

「これで押し返せれば……お願い!」

「――――無駄だ」

「っ!?」

まるで自分の、焦燥に駆られた思考、呟きを見透かして返答したとしか思えない王の言葉。
ギョっとする使い魔。 モニターを見ると、灼眼の瞳は確かにこちらを向いていた。
怖気が走る。 山猫のフォルムであったなら迷わず毛を逆立たせていただろう。

「分かっておらぬな……貴様ら雑種は我を―――我が域を犯す事の意味をまるで理解しておらぬ。
 そも次元だ時空だとのたまうが、高次元の存在を正しく認識しているかも疑わしい」

男は紡ぐ。 善戦は認めよう、と。 
取りあえずは最強最古の力に拮抗してきた叡智も賞賛に値する、と。
だが所詮、雑種は雑種。 その力は拮抗はしても決して英霊の祖を超越する事はない。

時空管理局、多次元国家などと嘯く、我が頭上を狭しなく飛び回る有象無象に王が告ぐ。
この現世が三次元で形成されている事は誰もが知る所だが、二次元の存在が三次元に影響を与える事はできない。
三次から二次に存在を移行させる事は出来る―――三次に居を置く存在が、自身を図面に描けば良いのだ。

「我と貴様らの関係とは即ちそれだ。 それほどの開きが王と雑種の間にはある」

本来の高次の存在である英霊が下の次元に位を下げて
人ならざるものが人の世に降り立つ方法として、クラスを下位にシフトさせて
初めて人と英霊は、その言葉を、意思を交わすに至る。

サーヴァント召喚とはつまりはそういう事だ。
人間の脳に認識できるよう、高き者が低き所へチャンネルを合わせる。
人の世の、人に使役できる域にまで位を落として、人に認識できる器を要して使役させる。
そんな本来の個体をデチューンしたモノがセイバー、アーチャーといったサーヴァントの全容なのだ。

ならば本来の自分達と有象無象の人間達との差など語るのも馬鹿馬鹿しい。
わざわざレベルを下げて相対してやっているこの身に必死に縋り、拮抗したと喜ぶ輩―――何と卑賤で矮小な事か。

「貴様らは何かと神を超えた、踏破した、などと思い上がっているがな。
 その最も高位にいる……そうだな。 だいたい9~10次元辺りに在る存在の総称を、神と呼ぶのだ。 
 我が半身はその神の血を宿し―――」

「宗教に興味は無いわ」

唖然として聞き入るリニスとは対照的に、男の高説をプレシアテスタロッサはまたも一言で切って捨てる。
電子音のような声には変わらず何の感情も乗ってはいない。
轟音と爆発と刃の擦れる音がひしめく中、女は男に対し、静かな排斥の意を示すのみ。

「そんな辺境の小惑星の中でしか通用しない御託を何時まで並べるつもりかしら? 
 滑稽ね………化石の王様」

静かに吐き捨てた言葉は相手に対する嘲りですら無かった。
言うなれば煩わしいノイズに苛まれ、いらついて口を突いた独り言以上の価値も無い。

「神なんていない……あの子を生き返らせる事も出来ない宝物なんて路傍の石ほどの価値も無い。
 だからもういい……消えて頂戴。 あの深い深い、海の底に………」

うわ言のように紡ぐ言葉は夢遊病者のよう―――

「廃棄してあげる」

しかして諸共に放たれたファランクスの一投は凄絶の一言!
数多の刃の雨を抜けて今―――雷の矢が、英雄王の頭部に直撃したのだ!

「や、やったっ!」

思わず席を立つリニス。 
サ-ヴァントの右耳の上方を抜けた雷の矢―――
遅れて彼の頭部から鮮血が飛び散る。 打ち抜いた! 

「――――――、」

…………いや、浅い! 何事も無かったように振り向くサーヴァント。
ヘッドショット失敗。 どうやら魔弾は敵のこめかみの横を通り過ぎただけだったようだ。

だが兎にも角にも男の体に攻撃が届いたという事実!
それはプレシアの力が相手の宝具を徐々に押し返し、凌駕しつつあるという事に他ならない!
終わる……この戦いはもうすぐ終わる!

対して、女にその身を傷つけられて尽きせぬ怒りに身を焦がす………かと思われた王。
だが鬼相に、憤怒に染まっている筈の顔は―――

「解せぬか――――哀れよな」

その相貌に浮かぶは――――悲哀……?
それは至った者が、決して至らぬものを見る時の表情。
哀れみ、悲哀、慈悲に満ちた顔だった。

「一つだけ教えてやろう―――かけがえの無いものとは二度と取り戻せぬからこそ尊いのだ」

女の渇望、その先に視ているモノを理解し、だからこそ王は語る。
その理だけは決して覆す事は叶わないと。

天を超え、星の海に至ってなお人はその業から逃れられない。
逃れられずに、あのような浅ましい幽鬼と化す。
最古の王……人間の祖と言うべき英霊は、進化の果てに在るであろう者達の
未だ未熟に過ぎる姿に尽きせぬ哀しみを感じずにはいられなかった。


残されし者が尊き者に報いる方法はただ一つ――――己が、身に抱いた尊さに決して負けぬ事。

悲しみに、喪失感に、己を損なわぬ事こそが逝った者に対する手向け。

彼が原初に示した通り、どれほどの力を有そうと出来る事はそれだけなのだ。


女――――この女は俗世にて、他ならぬ自分の行いによってどれほど己が尊き存在を辱めたのか?
これほどの力がありながら、ただ滅びをのみ撒き散らし何も掴む事叶わない。

哀れだ――――これほどに惨めな存在があるものか。

「貴様は醜悪だ。 求め焦がれる者を、自身の手で汚泥に塗れさせる亡者よ。
 その渇望を世が聞き届ける事は―――――永遠に無い」

「…………………ッ」

その男の言葉に――――プレシアを取り巻く大気が歪む。
女は盤に降り立ってより初めて自身の感情を灯す。
仮面より覗く蛇香の瞳が怪しく光り、体から溢れる瘴気が倍近くに膨れ上がる。
大地を覆う紫電の雷が世を腐らせる毒のようにフィールド上に迸り―――

―――― AAAAAAAAAAAGHAAAAA ――――

長い髪を逆立たせ、虚の仮面の女は黒衣をはためかせて―――歪な吼え声を上げた。
その凄まじき怨嗟の声に、使い魔であるリニスは指先一つ動かせない。
ガタガタと身を震わせて主人から流れ出てくる負の感情に耐え忍ぶのみ。

唸り声にも似た咆哮は、しかし実際、彼女から発せられたものではなかった。
プレシアは一言も発してはいない。
変わりに怪物のように鳴動したのは―――彼女と接続された要塞の方。
世を覆うほどに肥大化した未練が怨念と化し、彼女と繋がる庭園の中枢を歪に震わせているのだ。
その姿、災厄となって世界に仇なす怪物に比するおぞましさを場に醸し出す。

「来るが良い雑念――――英雄王が情けをくれてやろう」

―――あの程度の怨霊、飲み干せずして何が王か。
見るものの魂すら凍らせる怪物の如き女を前にして
眼下を見下す王の瞳もまた絶対者としての自負が揺らぐ事は無い。


全てを手中に収めし王と、ただ一つの願いを求めてさすらう亡霊―――

その戦いは激しく、何よりも激しく―――――――ここに佳境を迎える


――――――

――――――

紅い外袴をなびかせて戦場から離脱しつつあった彼―――

「…………」

その歩みが今、茂みを抜けた平原にて止まっていた。


「何故、戦線を離れるのですか?」

自身を追ってきた、黒衣の燕尾の法衣を纏う影……一人の少女の姿を認めたからだ。

少女――まさにそうとしか言えない年頃の、金の髪を両サイドで留めた彼女。
追跡者がまさかこんな子供だとは思わず、微かな驚きに目を見張るアーチャー。

「務めは果たした。 これ以上、私があの場に留まる理由は無い筈だが?」

「まだ……敵は健在です」

「ほう―――――だが、それこそ私の知った事では無いな。
 最後の雷……私はあの一撃で死んだ身だ。
 これ以上、死者からの手向けを期待されても困る」

「貴方はこの作戦の要……配置を違えば、私達の勝ちはなくなってしまう」

「そうか……だがどの道、勝負は見えた。 英雄王がエアを抜き放った以上、もはや勝ち目はない。
 何より私はこれでも主持ちでね―――主従の契りも無い者とこれ以上、共闘を続けると彼女の悋気を買ってしまう」

相手の目的も分からぬ以上、この剣に誓うべき信念を見いだせない。
ならば正義の味方がこれ以上、振るうべき剣はこの戦場には無いのだ。

「どんな手を使って私を借り出したのか知らんが、令呪の縛りも無いままにサーヴァントを従属させようとは舐められたものだ。
 事情を聞かせろとは言わん。 即刻立ち去り、キミの主に伝えるが良い。
 他者の背中を狙うならば、己が背中を他者に打たれる覚悟を忘れるな、と」

「そう………ならば貴方に令呪を施します」

「! なんだと……?」

感情が希薄なのか、皮肉じみた弓兵の言葉にまるで付き合わず自身のペースで話す少女。
要求を突き付けてくる、まだあどけなさを残す表情には何の躊躇いも無い。
体に不釣合いな長物―――金色に輝く刀身を称えた鎌を構えて少女は言った。

「力づくでも従ってもらいます……サーヴァント」

「止めておけ、幼き少女よ。 サーヴァントはポケ○ンでは無いのだぞ?」

「貴方がたはそういうものだと聞いています」

弓兵渾身のボケは華麗にスルーされる。

「どこの情報だ、それは………何にせよ、サーヴァントを甘く見すぎだ。 
 まだ幼くとも、相手が力づくで従う存在かどうかくらいの思慮分別は―――」

――――男が最後まで言葉を紡ぐ事は無かった。

(なにっ!!!?)

少女がそれをさせなかったのだ!
放たれた脅速の斬撃を、胸の前で辛うじて受け止めるアーチャー。
凄まじい打ち込みは、年相応の少女のそれでは断じてない!

投影した二刀を以って辛うじて受けたものの、その心胆に冷たい汗が滲み出る。
斬り抜けた少女がそのまま天に舞い、アーチャーを見下ろすように空に佇む。

「貴方を倒して契約する……少し痛いかも、だけど……我慢して下さい」

黒衣の魔導士―――幼き金髪の少女
彼女の名はフェイトテスタロッサ――――

未だ光を知らぬ、希望に出会う前の少女が――――感情を称えぬ声でサーヴァントに宣戦布告をした。

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最終更新:2010年10月15日 11:42