「それじゃあ今日の授業はここまで。明日も元気に登校して下さいね」
「起立、礼」の号令が終わった途端、教室がざわめきに包まれた。ここ聖祥小学校では放課後に塾や習い事に行く生徒が大半だが、
普通の小学生の様に放課後にクラブ活動をしたり、遊ぶ約束をする子供も少なくない。
教室のあちこちから、「公園でサッカーやろうぜ」や「新しく出来たお店に行かない?」といった声が聞こえる。
「なのはちゃん、今日はお稽古がお休みの日だから家でゲームをやらない?」
「ごめん、すずかちゃん。今日は用事があるの」
月村すずかもその例に漏れず、親友の高町なのはを誘おうとするが、なのはは寂しそうに断った。
「え、また?なのはちゃん、最近忙しいみたいだけどどうしたの?」
そう、最近なのはは用事があると言ってこちらの誘いを断ることが多くなった。それにどんな用事かと聞いても、
適当にはぐらかしてしまう。もしかして自分達を避けているのだろうか?
「うん・・・本当にごめんね」
そんなすずかの考えを察したのか、なのはは申し訳なさそうに謝った。それでも理由は言わない。いや、言えない。
なにしろ今は同居人でもある友人に秘密にして欲しいと頼まれたし、それ以前の話で、
(実は魔法少女をやってます、なんて言ったって信じてもらえないよね・・・)
しかしこのまま何も話さずにお誘いを断るのも良くないだろう。
すでに三回続けて理由なく断っているから、そろそろ誤魔化すのも限界があるとなのはが思案していると、
「仕方ないじゃない」
ふと、もう一人の親友アリサ・バニングスがそっぽを向きながら答えた。
「なのはにもなのはの事情があるんでしょ。無理に誘ってもなのはも困るだけよ」
おや?となのはとすずかは内心で首をかしげた。アリサの性格を考えると、つっかかて行き事情を問いただそうとするだろう。
少なくともこんな風にあっさりと身を引かないはずだ。
「アリサちゃん、その、本当にゴメ・・・」
「そのかわり」
それでも申し訳なさそうに謝りかけたなのはの顔の前に、ピンと人差し指を立てられた。
「絶対に無茶はしないこと。あんたは向こう見ずと言うか、猪突猛進な所があるしね」
「あー、分かる分かる。なのはちゃん、頑固なところがあるから」
「そ、そんなことないよ!?」
いーや誰がみても頑固だ、そんなことないってばぁ!などと、賑やかに言い合いながら放課後の時間は過ぎて行った。
あの後、今度は必ず遊びにいくとなのはが約束し、とりあえず今日は解散となった。
今は執事の鮫島を下がらせ、アリサは自室で寛いでいた。
「それで、見た感じどうだった?」
不意に、アリサが虚空に向かって話しかけた。
今、アリサの部屋には彼女自身しかいないのだから、当然返事が返ってくるわけがないのだが・・・
「――ほぼクロだな。彼女は十中八九、街中の妙な魔力と関係がある」
返答と共に虚空から男の姿が浮かび上った。
浅黒い肌にオールバックに刈り込んだ白髪、長身で精悍な顔立ちだが、
鎧にも見える黒いインナースーツの上に赤い外套を着込むというおよそ日常では見ない出立ちだった。
「その理由は?」
だがアリサは突然現れたことにも、男の奇妙な服装にも別段反応を示さず、男の返答を促した。
「以前から高町なのはの魔力は高かったが、最近は魔力の流れが制御され始めている。
あのフェレットが只の魔力を持ったフェレットだという線はなくなったな。おそらく使い魔の類だろう」
「そう・・・最近付き合いが悪くなったのも、元気がないのもそれが関係してるのね」
知らずアリサは唇を噛んでいた。やっぱりなのはは無茶をしていた。
なぜ話してくれないのか。あの子はどうして一人でなんでも抱え込んでしまうのか。
しばらくして、アリサは意を決して口を開いた。
「アーチャー、頼みがあるんだけど・・・」
「影ながら高町なのはのサポートをしたい、か?」
男・・・アーチャーはやれやれといった表情で先を続けた。
「さっきもそうだったが意外だな。君の性格を考えるなら真っ先に高町なのはに問い詰めると思ったが?」
「今のなのはに無理に問い詰めても答えないでしょ。・・・私は魔術のことなんて分らないわ。
でも友達が悩んでいるなら、力になってあげたい。いつか話してくれるまで、影で支えてあげたい」
ふむ、とアーチャーは頷いてアリサの顔を見た。
・・・生前、もはや残滓を残すのみとなってしまった自分の過去で同じ瞳をした少女がいた。
彼女もまた、自分の妹を影ながら見守っていたな、と遠い目をしながら。
「了解だ、マスター。期待に応えるとしよう」
この日、紅き弓兵は幼きマスターと共に再び戦場へ乗り出した。
その先に、一人の少女と狂った悲しい願いがあるのを、まだ彼等は知らない・・・。
最終更新:2010年09月18日 00:41