NANOHA,s view ―――

怒ってる……何か凄く怒ってる……

私が話を切り出した途端、あからさまに不機嫌になっていく青子さん。
これ以上、踏み込んでくるなという意思をひしひしと感じる。
でも………今日はこのくらいじゃ引き下がらないよ。 私にだって事情があるんだから。

「青子さん……私達がこの地に降り立ってからもう一月近く。 互いに牽制する時期はとうに過ぎていると思うんだ。
 正直に言うと私は生き残るために貴方の協力が必要なの。 そして貴方も私に何か聞きたい事があるよね?」

「そんなものはない」

「嘘」

ブラウンレッドの髪の毛が心なしか逆立っている……
凄い威圧感。 正直、かなり怖い。

「上手い事言って丸め込もうとしても駄目よ。 魔術は知られざるが故に魔術。
 貴方が―――時空管理局とやらが味方であると決まったわけじゃないのに、ほいほいと情報を渡すと思う?
 英霊や私にいわされたのがショックだったのは分かるけど……ま、諦めなさい」

「……………」

レンといい、本当に抜け目無いなぁ。 やっぱり隠し切れてなかったか……
そう、サーヴァントを相手取っての二連戦に、目の前の魔法使いとの一戦。
運も手伝って生き残っては来たけれど、自身の無力をこれほど痛感した事は久しく無い。
偶発的に出会ったものであればここまでの焦りは無かったと思う。 世の中、私以上の使い手なんていくらでもいるんだから。

だけど…………カンと言ってしまえばそれまでだけど
これは紛れも無い、自分達に降りかかってきた新たなる戦いなんだっていう予感がある。

あのセイバーさんのような凄まじい戦士と……
あの恐ろしい戦力を持った英雄王と……
青子さんのような不思議で不可解な使い手と……

―――また幾度となく刃を交える気がしてならない。

自分だけじゃない……音信の途絶えた仲間達も同じ状況に陥っているのだとしたら?

磨き抜いてきた戦技が通用しなかった………「彼ら」は何かが違う。
私達の使う魔法に対して根本的な部分でアドバンテージを持っているように思えてならない。
だったら、まずはそれを知らないとお話にならない。

だから異世界の魔法使い、青子さんとの出会いは私にとって天恵だった。
閉じた世界からの脱出、仲間の捜索に関しては今すぐどうにかなるものじゃないけれど、こちらは別。
もう形振り構ってはいられない。 彼女から魔術の、神秘の何たるかを必死に学び取らなきゃ。 

次に、あの英雄王レベルの敵と出会ってしまったら―――

たぶん、私は生きてこの戦いを終える事は無いだろうから。


「青子さん」

「あによ?」

居佇まいを正して目の前の相手と向き合う。 
依然、彼女の視線は厳しく、これでもかってくらい眉間に皺が寄っている。
そんな彼女に対し、テーブルに手をついて私は深々と頭を下げて言った。

「改めてお願いします! 私に魔術を………貴方の魔法を教えてください!」

「はきゃーーーーーーーー!!」

「ひゃああああああああっ!?」


…………………時速400Kmの速度でお味噌汁が飛んできた……… 


――――――

AOKO,s view ―――

「いい加減、今のは本気で危なかったよ! あと食べ物を粗末にしたら駄目!」

なのはが不平を露に叫ぶ。
むふう、飛び散る液体までも綺麗に避けるとは……
こういう無駄にハイスペックな所がまた癪に障るのよねー。

「カルチャーギャップで許せる事と許せない事があんのよ。 気を使ってる私が馬鹿に見えるレベルのKYね、アンタは」

「へ? き、気を………使ってる? 誰が?」

「きーさーまー」

もう我慢ならん。 先生が教育してやる! 
テーブルを跨いで飛び掛る私。 逃げるなのは。 
狭い部屋で追いかけっこをするハタチの女二人であった。
棚の上でニヤニヤとイヤらしい笑いを浮かべているレン。 何がおかしい……

「し、失礼だったのなら謝るよっ! でも私、今日は踏み込むって決めたから!
 腹を割ってお話しようって決めたの! だから!」

「アンタの踏み込みは遠慮が無さ過ぎて先生困っちゃう! 
 オープンなのは結構だけど、ちょっとは地雷踏むかも、とか考えないのか!?」

魔術師に「魔術教えて♪」なんてやったら普通は味噌汁じゃ済まない。 魔法使いに「魔法教えて♪」もまた同様。
いざとなったら惜しげもなく自分のカードを切れるのは、つまりは向こうの方が余裕があるという事だろうが……それがまた腹が立つ。

「全くアナタらしからぬ言葉だわ。 仮にも戦闘のプロフェッショナルが、付け焼刃に魔術なんか習って何の足しにしようっての?」

「これまでにセイバーさんや貴方との会話の断片から聞かされてきた魔術の深奥……
 戦うにせよ守るにせよ、私たちにはその対抗手段があまりにも無さ過ぎる。 せめてそれらに対する足がかりが欲しいの」

正直な子ねぇ……交渉相手に、そちらの弱点と利点を教えてくれだなんて普通言わないぞ。
まあそういう所も含めて誠意を表しているつもりなんでしょうけど。

「言っておくけど、リンカーコアの有無で私にミッド式が使えないのと同様―――貴方に魔術は使えないわ。 
 今まで基盤にしてきた力の土壌が、綺麗に魔術と正反対の方向を向いているもの。
 二足のワラジにだって両立できるものと足を引っ張り合うものがあるけど、コレは間違いなく後者。 混ぜ合わせたってマイナスにしかならないわ」

「それはやってみなくちゃ分からないよ。 例え、ものにならなかったとしても、それがどういうものか知る手がかりにはなる。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。 戦術を立てるのにこれは絶対に必要なことなの」

「溺れる者は藁をも掴むか―――それだけの力を持っていながら……… 
 まさか根源に興味が沸いたとか言わないでしょうね?」

「私の力なんて全然だよ……まだまだ全然……
 私の魔法はサーヴァント達に全く通用しなかったし、青子さんとの戦いだってほとんどこちらの負けだった」

全く謙虚も度を過ぎるとイヤミにしかならないわ……ことに、この女は本気で「そう」思っているからタチが悪い。
高町なのはは妙に自分の力を過小評価する節がある。 謙遜などという言葉では到底追いつかないほどに。
だからこそ、若くしてこんな域にまで登り詰めちゃったんだろうけど……
過信や慢心で身を滅ぼす馬鹿に比べたらずっとマシとはいえ、答えに窮するわ。
恐らくは 「自分の使う技が神秘に、魔術に対して決定的なアドバンテージを取られている」 とでも思っているのだろう。

ま、確かに私との戦いではつい「反則」使っちゃったからねぇ。
生真面目で真っ直ぐな子が搦め手で足を引っ掛けられると案外、立ち直るのに時間がかかる。
豪傑ほど策に嵌り易いセオリー。 今、この子がどうして良いか分からないという状況に陥っているのも無理は無いのかも。

「貴方の力はサーヴァントには通用しなかった?」

「うん……」

「なら闘うという選択肢を捨てればいいじゃない? 基本、アレは人間がどうにか出来るもんじゃないんだし」

「私も出来れば戦いは避けたいよ。 でも次に遭遇したらどうなるか分からない。
 特に金色のサーヴァントからは相当恨まれちゃってるみたいだし、スカリエッティが彼らにアプローチをかけている可能性も捨て切れない。
 例え最悪の事態に陥ったとしても、天命を受け入れる前に出来るだけの人事は尽くしておきたいの」

「うはは! ご愁傷様。 線香くらいはあげてやろう」

「もう……人事だと思って」

こう、話していてもつくづく「こちら側」の人間とは意識が違うのよね。
魔術師にとって英霊と遭遇したなんてのは、天災に出会ったようなもの。
闘ってどうにかしようなどと―――ましてや再戦してどうにかしようなどという思考がそもそも湧かない。
だが、この子は 「完敗だ、相手の方が上手だ」 と言いながら、次にやったら勝つ方向で話を進めている。
根本から我々とは立っている土台が違うのよ。

はっきり言ってしまえば私にとって不利ね……この手札の見せ合いは。
なのはは英霊という神聖なるものに出会い、畏れ、戦慄を覚えた。
それはいわば、霧に覆われた山に遭遇した登山家だ。
霧が晴れるまで目の前の足場さえ確かでない状況はさぞかし恐ろしいだろう。

対して私の方は目の前に超絶巨大な山が現れたという感じ。
あまりにデカ過ぎて、その全容が分からない。
踏破するにせよ、迂回するにせよ、せめて標高くらいは分からないと話にならないといった風。

二人の置かれたスタンスはこんなところ。 
うわー……言うまでも無くこっちに分が悪いじゃないの。
霧は晴れてしまえばどうって事は無い。 全体が見えてしまえば攻略は容易。
だけどこちらは、標高が分かった所で事態はあまり好転しない。
魔導士に対して魔術が、ミッドチルダ世界に対して地球が立っている優位とは実はその程度のものでしかない。

その意味をなのはに気づかせてやるべきか………果てしなく気が進まないなぁ。 
かといって現状、まさに命の危険に晒されているこの子をシカトして見殺しにするのも心が痛むし……うーむ。

「真正面からあのサーヴァントと戦って勝てる魔導士はそうはいないよ……
 あれが今度の事件の敵として立ちはだかるのだとしたら、仲間も苦戦じゃ済まない。 
 だから私は皆と合流するまでに少しでも情報が欲しいの………」

本質的に悪い子じゃないしなぁ………作る飯も美味いし。
協力を拒む理由が今のところ無いのよね。

―――――仕方ない。 当たり障りの無いところで相談くらい乗ってやるか。

「なのは。 私たちの間でも英霊は破格の存在よ。 
 例え、どれほどの武装に身を包んだとしても奴らを正面から打破するのは難しい。
 なら、ヒトと英霊を≦で隔てる決定的なものとは何か分かる?」

「……………宝具。 未知の武装と、圧倒的な身体能力」

「ブー。 武装の威力だったら現行兵器でも上回るものはいくらでもある。 出力でもね。
 そんなものよりもっと根本的な問題から、ヒトは英霊には勝てないと言われてる。 その要因とは何?」

「………分からない」

彼女は険しい顔で思考に没頭する。 
全く見当すらつかないみたい。

「それはズバリ―――――――ハッタリよ」

「………………は?」

バカみたいな表情で唖然とするなのは。
うふふ……何か久しぶりに先生モード入っちゃった。 
生徒のこういう反応、ゾクゾクするわー。

「だからハッタリ。 ≦の<の正体」

「青子さん……私、真面目に聞いているんだけど」

「失礼な。 私も珍しく真面目に答えてやってるのに」

彼女は今、英霊に対して過剰なほどの威容を感じている。 明らかに自分よりも上の存在だと―――
星間国家なんて冗談みたいなモノの武装隊として、あらゆる次元、あらゆる星に降り立って、色んな敵と戦ってきた彼女がだ。
それだけの戦地を渡り歩き、当然、英霊を超えるバケモノとも戦った経験があるにも関わらず。

「なのに百戦錬磨の魔導士さんが、そいつらを差し置いてサーヴァントが今までに無い強敵だと錯覚してる。 何故?」

「錯覚…………分からない。 あの威容、あの重圧はとても一言では説明がつかない。
 明らかにこちらより数段上手の使い手だと思ったよ………それがハッタリだなんて信じられない」

「英霊とは人によって祭り上げられた神様みたいなもの。 
 神の存在を明確に定義づける理論は存在しないし、巨大に膨れ上がった畏怖こそ奴らの力の源。
 要はでっかいハッタリの効いたオバケみたいなものなのよ」

「私が彼らに抱いた評価はまやかし……? そんな馬鹿な……」

「ハッタリや誇大解釈がそのまま具現化したのが英霊だからね。
 人の持つ畏敬や恐怖が形となったモノ――――そんなもんを相手取って勝てる人間いる?
 他ならぬ自分たちが思い描いた、最強の概念がカタチになって襲ってくるのよ?」

「じゃあ、私はハッタリや虚仮脅しの類でスターライトブレイカーを弾き飛ばされたの? 
 切り札のつもりで磨いてきた、私の拠り所だった魔法……それを三回、続けて防がれたのも?」

ふむ……納得のいかない顔をしている。
この娘は未だ、神とか悪魔といった存在と戦った経験はないようだ。
典型的な現代兵器っ子ね。

「良い機会だからそれについても説明するわ。
 エクスカリバーが何ぼのものだとしても、元は人間の王様が持ってた一本の剣よ?
 それが御伽噺の中で城一つ吹き飛ばす剣として祭り上げられ、山一つ吹き飛ばすアンタの砲撃に実際に相対してきた。
 その水増しされた力の元とは何か?」

「それは断じてハッタリなんかじゃない………あの黄金の砲撃の凝縮率は段違いだった。
 貫通力を増すための収束の訓練は私もしているけれど、まるでケタが違う。 
 全開の砲撃をカステラみたいに切られたよ」

「カステラぁ? うははっ!」

「嬉しそうだね……」

ジト目を向けてくる生徒。 いや失礼……私も魔術の子か。
スペース仕様の魔法少女相手に勝利を収めた英霊につい喝采を送りたい気持ちになる。
つうかこの子、意外と面白い事言うのね。 ちょっと吹いちゃったじゃないの。

しかし大仰に語ってみたけれども実際、聖剣はあの砲撃の威力すら超えるのか……
なかなかどうしてヒトの想念も捨てたもんじゃないわ。

「時代は移り変わっても最強の概念は健在か―――――
 さぞや爽快な光景だったんだろうなー。 特等席で見たかったわ」

「むー! 私、死に掛けたんだよ?」

「安心しろ……アンタは象に踏まれても死なない。 私が保証する。
 ともあれ面白くなって来たわ、なのは。 前に概念武装の事についてちょっと触れたわよね?」

「何かの概念を込める事によって特殊な効果を発揮する武器、だったっけ?
 不死の敵を倒すとか、実態の伴わない敵に届かせるとかetcetc.」

「そう、その中でも宝具っていうのは神代の伝承が具現化したものだからね。 ほとんど反則よ。
 聖剣エクスカリバーなんて特に顕著な例で、超一級の概念兵器。 
 古より世界中の騎士はおろか、民衆に至るまでが<最強たれ>と願い想い、その結晶を星の息吹が具現化させた存在がアレ。 
 アーサー王とアナタとの戦力が拮抗していようが目じゃない。 常軌の物差しで図れない特急の概念がアナタの自慢の砲撃を切り裂いたのよ」

幻想とは時にゼロであり時に無限。
簡単に言ってしまえば人が「凄い!」と思った思念を、ノーブルファンタズムはそのまま力にする。
だからこの子が奴らを 「凄い凄い」 って思ってるのも、まさに思う壺なのだ。
その畏怖すら奴らは揺ぎ無い力として具現化してくるのだから。

「何かオカルトだね……じゃあ、エクスカリバーに結集されたその思念の総量……
 火力に換算したらどれくらいになるのかな?」

「だから換算出来るもんじゃないっつてんでしょうが!」

この火力馬鹿! 私の話を微塵も理解してないな! 

「そんな事言ったって具体的な数字が出ないと対策の立てようが無いよ」

「だから数字に置き換えられるもんじゃ無いの! 約束された勝利の剣は、勝利を約束されているが故に無敵。
 それを打ち消すというのなら、剣に込められた無敵の概念を覆すか、超えるモノを用意しなけりゃならないの。 分かる?」

「そんな無茶な……それじゃ、やっぱり概念の篭らない私達の魔法ではどうしようもないって事?」

肩を落とすなのは。 必死な双眸が痛々しい。 
全てを数値とロジックで計算して勝率を叩き出す輩には一生、頷ける話じゃないのかもね。

気丈に振舞ってはいるが実際、おっかないんだろうなぁ……
この子は多分、今までほとんど決定的な負けを経験した事が無いのかも知れない。
毎日のように何らかの練習をしているのを見るに、勤勉で努力家なのも間違いない。 
例え負けても次は絶対に勝つ、という明確な意思を打ち立てられるだけの土壌がこの子にはある。 
だけど今、彼女はその指標が立てられない。 理解の及ばない敗北の呪縛に苛まれてしまっている。
あのバカでかい魔砲だって絶対の自信を担う切り札であった筈。
それを……英霊は知らんが、私との戦いでは「あんな搦め手」で返されたのだから―――――そりゃパニくるわよね。

「神秘はより強い神秘によって打ち消される。 これが私達の魔術の基本にして揺ぎ無いルール」

英霊とは星が使役する最強最大の戦力に他ならない。
この世で英霊に勝るものなんて、同じく星の触覚として上位に位置するアレとか、それこそ魔法、とかそんなところ。

「ましてや神秘を持ち合わせていない貴方の術では幻想を打ち消せる道理がない。
 かと言って今更、貴方が魔術を習ったところで尊き幻想に届く筈もない。
 私達の常識に照らしたら八方塞がりよね、実際」

「……………」

唇を噛むなのは。 ええい、そんな顔をするんじゃない。 
何か私が苛めてるみたいじゃないの………

――― てかさ、ここまで言って気づかないかな? この子は ―――

「で、あるにも関わらず―――貴方はあのアーサー王やギルガメッシュなんて超一級の英霊たちと戦い、生き延びた。
 私達の常識では考えられない戦果を残したのよ、貴方は。
 奴らも面食らったでしょうね……地球ではあり得ない、人の手による兵器がずいっと自分たちに並んできたのだから」

「………え?」

「これはあくまで私の独り言のつもりで聞きなさい。 実は神秘を否定する方法はもうひとつあるの。
 …………いや――――――ある、とされているのよ」

知らず声色の変わった私の言葉に少し驚いた表情を見せるなのは。
ここから先は私達にとって面白い話じゃないし―――魔術側の人間が認めてはならないタブーだ。

「神秘はより強い神秘で上書きされるのがルール。
 だけど、神秘は―――それを遥かに上回る人の営みでも犯す事が出来るのよ」

「人の営み……人間が神様とかそういう存在に影響を及ぼす事が出来るの?」

「これは禁句なんだけどね。 我々魔術に携わる者が決して認めたくない、痛い事実とも言うべきものよ」

「それは、どうやって………?」

「かしこまらなくて良い。 何も難しい事じゃないんだから」

この理屈は謂わば古き尊き神聖なる物を犯す、卑しき真実―――
神代の時代、人と神と魔が等しく存在し、幻想が幻想でなかった時代があった。
だけど悠久の時を経て今現在、地球上に神秘の存在する場所なんてほとんど無い。

「―――それは何故?」 

先に話したように、神聖なるものがヒトに対して絶対的な優位を誇るのならば、何故その力はここまで衰退してしまった?
地球は神でも魔でもなく人間が席巻する星となった――― 

「―――それは何故?」

宝具は現代兵器に取って変わられ、魔術は科学に押しのけられた。
かつてあらゆるものがそう認知されていたにも関わらず―――魔法は今はもう五つを残すのみとなった。

「―――それは何故?」

サーヴァントが人間の現行兵器に対して優位に立てる理由は、彼らが人間に対して圧倒的に優れているから?

………………そうじゃない。 むしろその逆―――――

「其は、ヒトの進化の行程において忘れ去られた存在であるが故に認識されない。
 幽霊も、神も、悪魔も、ヒトが見ようとしないからその視線から逃れる事ができる。
 兵器がそういうモノを想定して造られていないから、彼らは陽の射さぬ日陰を隠れ蓑として人の手の届かぬ場所にいられるのよ」

ずいっと身を乗り出して、食いつくような視線で私の話を聞いているなのは。 ええい、近い近い!
うう……仮にも魔法使いが口に出して良い内容じゃないのよね、コレ。
皆、うすうす理解している事とはいえ、取りあえず協会に聞かれたら異端諮問で八つ裂きにされてもおかしくない内容だ。

「言い換えれば眼中にないと言った方がいいわね。 取るに足らないものなのよ……人にとって今や、神や魔なんてモノは。
 実際、貴方のいるミッドチルダでは神や悪魔がその力を以って猛威を振るう事なんてある? 本気で神様を信じ、崇めている人はいる?」

「崇めるという意味ではもっと直接的なものがあるけど、ミッドはなにぶん、あまり歴史を重ねていないから……
 大昔に神様や悪魔が跋扈したなんて伝承は聞かないよ……」

「そう……でも多分、古代より続く歴史があったとしても、今のミッドチルダという土地に神は降り立てないでしょうね。 魔法もまた同様に。
 それだけの力を手にしたヒトは例外なく神秘を捨てるのだから。 必要ないと切り捨てるのだから」

魔術に携わる者は、今やそうやって人が不必要と捨ててきた部分にこそ根源を見出そうとする。
ヒトが捨てたモノに深奥を、ヒトの営みの裏に隠された真理を見出し、求める。
だけどその営みは……あくまで人の進化から逆行した流れでしかないのだ。

「故に神秘が人に対して絶対の優位を誇ると言う事は無いのよ。 貴方の術が英霊に利いたのが何よりの証拠。 
 地球の科学力ではまだ無理だけど、貴方達の技術はもはや何らかの形で地球の神秘を犯す所まで来ているのね」

科学が神を超えたか否かの線引きは非常に難しく、諸士説々ある。
そんな中で最も有力なのが 「人類が母なる地球から飛び立つ時こそがヒトが神から巣立つ時」 とかいうもの。
ははは……まるでSFだわ。 確かに星に依存しなくなった時点で、星の縛りを受ける義理も道理も無くなる。
「抑止」も「根源」も超えるっていうのはそういう事なのかも知れないわね。

そして――――ミッドチルダの魔法は、言うまでもなくその域を超えている。
彼らの刃は………既に届くのだ。

「ミッドチルダの魔法は世界に直接働きかけて自然の理にプログラムを上書きして発動する力……」

「多分それよ。 アーサー王の対魔をぶち破ったのは。
 アレは伝承上、剣も魔術も利かない不死身の騎士王って話だもの。
 そも殴り合いが成立する相手じゃない筈なのに、貴方は互角に戦えた」

「互角ではなかったけど、それにしても……………
 聞けば聞くほど英霊っていうのはとんでもないね。 瞬殺されなかったのが不思議なくらいだよ」

とんでもないのはアンタらの術式でしょうが。 勿論、私の説は仮説に過ぎないけど。
実際はなのはの力だけじゃなく、この歪な世界が英霊に変調を齎した可能性も十分にある。
要は私らサイドから見ると、こいつらの世界にはこびる力そのものが、こっちの力を飲み込み、侵食してくる印象を受ける。
基本、科学で編まれておきながら魔的な要素にまで介入してくるミッド式こそ、神をも畏れぬチートなのだ。

「なのは………私は未だにアナタが魔法使いを名乗ると腹が立つのよ。
 どうやったってアナタのソレを魔法だと認識出来ないし―――正直、その力、キライなの」

「…………」

私の纏う空気がまた変わったのを察知したのだろう。 なのはの目が険しくなる。 
幾多の死線を当たり前のように潜ってきただろう戦士の目。
相変わらず、それに関しては一歩も引かないという意思を見せている。 小癪な……

「多分、魔術師は皆、アナタ達に同じ嫌悪感を抱くんじゃないかな。
 狭い世界でさえ利権や力の独占に病的に固執するような奴らだってのに
 その上、決して相容れない力を持った勢力が<管理>だ何だとのたまえば、ね」

なのは……一方的に負けた、神秘の脅威に晒されている、というのはアナタの勘違いなのよ。
二つの力はどこまで行っても交わらず、迎合する事の無い、謂わば天敵同士。
だからこそ――――

「言っておく。 魔法使い蒼崎青子は、魔法使いを名乗る高町なのはに絶対に負けたくない。
 もしも今度戦う事があったなら―――その時は本気の殺し合う事になるわ」

「私も戦うならば負ける気はないけど……殺し合いというのはどうかと思うよ」

「睨まない睨まない♪ それだけ私がアナタに脅威を抱いてるって事よ」 

アナタに負けたら私も商売あがったりだしね。
せいぜい敵にならない事を祈るわ。

「そうそう、昼の演舞は凄かった。 正直、鳥肌が立った。
 時間をかければ私も山の一つくらいは塵に出来るけど、機動力と一撃の火力では適わない。
 今度ウチに来たら、水星から来たクモの怪獣とでも戦ってみなさい……いい線行くかも」

「…………え?」

厳しい視線を崩さなかったなのはがキョトンとした表情を作る。
何だそのツラは……私がお褒めの言葉をひり出したのがそんなにおかしいか?

「まあ、そういう事だから………あとは自分で考えなさい。
 立場上、余所者に大した情報をくれてやる気は無いから今日はここまで。
 アナタの旅の無事に少しでも役立ってくれれば重畳よ」

…………………………… しまった。 
こんなん言ったけれど、つい先生モードが暴走して大した情報を与えまくってしまったぞ……
敵になるかも分からない相手にいらん事をペラペラと―――――アホか私は。

「ありがとう……とても参考になった。
 青子さん。 私のほうからは何をすれば……」

「いいわよ、また今度で。 ミッドチルダの良い男の話をたっぷりゆっくりと聞かせて貰うから」

くう……周りにドクサレしかいなかったせいか結局、こういうイノセントな子に弱いのよね私は。
余裕を見せてクールに決めてるわたくし蒼崎青子は、油断して取り返しの付かない事を喋ったりしてないか非常に不安です。
仮にも世界の深部に抵触する人間なのに……「他」の人達が殺しに来なきゃいいけど。

「アナタは危険な悪女だわ。 これ以上、弄ばれてペラペラ喋らされる前に寝る」

「へっ? あ、うん………お休みなさい」

「それから模擬戦だっけ? 痛いのは苦手だけど、たまには特訓に付き合ってあげても良いわよ」

「本当に!?」

目をぱぁっと輝かせるなのは。 結局、こういうのは人徳とでも言うのかね。 
何か周囲が放っておけない、つい気にかけてしまう……この子にはそういう魅力があるのかも知れない。
もういい、しょうがない。 乗りかかった船だ。 情報戦だの何だのもいい加減、馬鹿馬鹿しくなってきた事だし―――

明日から私もオープン路線でいこうかなっと。 

喉に詰まった小骨が取れたような爽快感を感じつつ―――
私は寝室へと引き上げていくのであった、まる。



……………戸棚の上でレンが肩を震わせて笑いを堪えていた。 何がおかしい!


――――――

――――――

「言ってみるものだね………」

徐々に気長に距離を詰める――そんな長期戦を覚悟していただけに
蒼崎青子の背中を黙って見送るなのはの顔には意外の念が浮かんでいた。

どうやら今日の所はここまでのようだ。
城門は堅かったけれど、突撃した甲斐は十分にあった。
あの魔法使いの協力を取り付けられたのは大きな収穫といえる。
まだ完全に心を開いてくれたわけでは無いのだろうが―――

「ぷっくく………よ、よかったわね」

「うん……レンのおかげだよ」

何故か涙の滲んだ目尻を擦っていた少女が、優雅に居佇まいを正してなのはに向き直る。

「英霊に挑む自殺志願者を前に、偏屈頭も同情の念が先立ったのかも知れないわね。
 まあ、でも今日の話はある種、何の進展も齎さない内容よ。 
 具体的に道が開けたわけでも指針が示されたわけでもないもの」

「分かってる。 正直、雲を掴むような話で実感が沸かないよ」

「クスクス―――せいぜい頑張る事ね」

棚の上の猫はそう言って、虚空へと消える。

そして場には一人―――なのはだけが残った。

「………………」

行われた会話の意味を繰り返し、頭の中で反芻する。

レンの言う通り、具体的な対策が練れたわけでも敵の弱点が分かったわけでもない。
この対話に収穫を見出せたのか判断が付きかねているところもある。

にも関わらず――――――

(きっと青子さんは大事なことを話してくれた………重大なヒントをくれたんだ)

高町なのはにはある種の確信があった。


霧の中、手探りで先をまさぐる手に触れた、か細い糸。

光明は未だ見えず―――――


だがいずれ踏み越えなければいけない万里の第一歩。
それを踏み出すために必要な種火を―――――


「よし……やる事はいっぱいある。 明日から頑張ろう!」

なのはは手に入れたような気がした。

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最終更新:2010年09月17日 19:34