SIGNUM,s view ―――


――― …………………何故? ―――


急速に力を失い、弛緩する我が肉体。 自身の胸には突き立った相手の槍。
口にしようとした疑問の言葉が、喉の奥から汚泥のように漏れ出た大量の赤い液体によって遮られる。
確かに至高ではなかったが……最善ではあったはずだ……
あの時、ランサーに反撃の余地などほぼ無かった。 あの場で男に切れるカードなど……


傷口から漏れ出るように失われていく生命力と共に四肢が機能を停止し――――

―――――――私は突然の事態に抵抗の余地もなく……まどろむ様にその意識を、、、


――――――

LANCER,s view ―――

迂闊すぎるぜシグナム……本当に、残念だ。

最後の女剣士の圧倒的攻勢が時限付きのものである事実など知る由もない俺には、これ以外に相手にかけてやる言葉は無かった。
どういうこった? 本当に。

常に油断無く間断無くこちらの戦力を削ぎ、優位を保ち続けたシグナムと金髪の嬢ちゃん。
あのまま行けば俺の宝具が発動する隙間など毛の先ほども無かっただろうよ。
だのに、何故だ? どうしてあいつは最後の最後であんな……
焦燥に駆られた馬鹿正直な大降りを、事もあろうに俺の真正面から降らせる羽目になった?
分からねえ。 せめて……せめてあと一撃分、件の攻勢を持続出来ていれば、この結果には至らなかったはずだ。

最後の最後で勝機を手から零してしまった女の顔が俺の目に焼き付く。
後方斜めの死角から入念な角度にて放たれた一撃は、宝具振るう英霊にとっては迂闊に過ぎた。
しかもあの太刀は初めにもう見てしまっている。 タイミングを計るのはさして難しくもない。
それが軌道を全く変えずに向かってくる。 速度も、威力も、既に無い……迎撃するのは簡単だった。

――― 刺し穿つ ―――
   ゲ イ

空中で下段後ろ手に構えた槍に秘められた真の力。
禍々しい呪禍が「概念」へと変換された時、相手は絶死の瞬間に初めてその理不尽を垣間見る。
奴らの積み上げていった勝利のシナリオが「宝具」という万世理不尽の力によって―――

――― 死棘の槍ッ!!! ―――
   ボ ル ク    

いとも簡単に、塗り替えられた―――――


――――――

――――――

たすん、と―――彼女の胸に凶刃が突き立つ音を聞いたのは、その全ての肯定が終了した後だった。

背を向けた男の身体を回り込むように、流線上の細い糸が
「槍」では在り得ぬ角度を以ってナニよりも速く、獲物―――シグナムの心臓に到達。
ソレらの工程を彼女は全く知覚出来ぬまま、最上段に振り上げられた愛剣を構えた腕がダラリと下ろされる。
一瞬で戦力を―――いや、生命の源を突き破られた彼女の瞳と、その命を無情にも簒奪した男の瞳が重なる。

悔いは無い、楽しかった、と……敵の刃に討ち果たされる瞬間、そう思える戦士は幸せだ。
今わの際に何の憂いも無く死ぬ事、悔いを残さぬまで戦い果てる事が戦士が求める理想郷なのだから。

「お前はどうだ…? 楽しかったかい?」

ヒュ、ヒュ、と苦しげな吐息を漏らす剣士。
何か言いたいのか、何を遺したいのか、それとも何も考えられないのか……

男は9分9厘、敗北していた。 それは本人が一番よく理解している。
その強さ、勇猛さを、勇ましき女たちを称えながら英霊の座に戻るのも悪くは無いと彼は初め、本当にそう思っていたのだ。

「普通に良い女だったからな、お前は。 マジでお前になら殺されてもいいかとも思ったが……
 だが―――結局こいつを振るう以上、俺は英霊なんだよな。」

英霊は最強にして勝ち続けるからこそ英霊。 
やはり簡単に敗北する事など許されない。 何より世界が許さないという事か。

「………………」

彼女の、もはや老婆ほどの力も残さない手が、爪が、ランサーの首に届き、食い込む。
やはり潔き死など認めないという事か……残された仲間のために、せめて目の前の相手だけでも道連れに。
既に事切れていてもおかしくないというのに、彼女は最後の最後まで見る者の心を震わせる真の戦士だった。

男はなすがまま、抵抗をしない。
力を失いつつある彼女の瞳孔から決して目を離さずに、

「悪いな。」

一言だけ呟いて、そして目を閉じる。


瞬間、槍兵の最後の魔力が迸り――――

槍を介してシグナムの体内で、数百の棘が………爆ぜた――――――


――――――

RIDER,s view ―――

堕ちてゆく二対の影に向かい腕を伸ばし、絶叫する彼女。

首が、四肢が、我が縛鎖に締め付けられるのも構わずに
フェイトは張り裂けんばかりの悲鳴を上げて私の呪縛から逃れようとする……否、ソレの元へと向かおうとする。
ですが当然、我が膂力に敵おう筈もない。 
その無防備な背中が半狂乱に暴れ惑うのを今、私はただ見据えている。

しかし―――今日の私は些か親切に過ぎはしませんか?
いつもならば、このような隙を晒した相手をみすみす生かしておく思考など持ち合わせてはいない。
躊躇いも無く脊椎に釘剣を打ち込んでいる筈なのですが……やはりまだ、私はこの娘の事が、某か気にかかっているようですね。

やがて、暴れるも叫ぶも全て無駄だと、伸ばした手が決して仲間の手に届かないと悟り
対象が渓谷の闇の底へと完全に消え去ると同時に―――彼女はその場で生気の抜けたように脱力し、両膝を付いた。

「……………」

両の目を見開き、呆然と虚空を見る彼女の横顔。 目尻に滲んだ涙が、わななく唇が哀愁を誘うというもの。
仲間をやられて腑抜けましたか……無理もありませんが。
しかしあまり長い間、彼女を悲嘆にくれさせてやるほど私もお人よしではありません。
力任せに鎖を引くと、何の抵抗も無く地べたに倒れ付す黒衣の体。 喉を圧迫された堰がゴホッと彼女の口から漏れる。

「ゲイボルク……相も変わらず空恐ろしい。 冥府より齎された宝具の名は伊達ではありませんね」

「………………」

「ともあれ向こうの決着はつきました。 あまり呆けていても始まりませんよ、フェイト? 
 ようやく邪魔者は消えて二人きりになれたのだから、もう少し目の前の私に集中してくれても良いでしょう」

「…………黙れ」

地に視線を這わせたままに紡ぐ彼女の震えた声。
其を支配するは怒りか、哀しみか――――

「言っておきますが仲間の身を案じてももはや無駄な事。
 あのランサーの持つ槍……アレは必ず心臓を穿つと言われる魔性の槍。
 我らサーヴァントの中でも特に恐れられる殺しに特化した宝具……受けて命を拾える者はいません。」

「…………黙れ」

彼女の喉から獣のような唸り声が漏れる。
さして挑発するつもりは無いのですが、どうやら私の発言が火に油を注いでいるようですね。

「どうして………」

やがて下を向いていた相貌を彼女は上げる。
苦渋と悔恨と―――尽きせぬ憎しみに染まった瞳をこちらに向けて。


「どうして、こんなぁぁぁああああああああっっっっっ!!!!!!」


抑えきれぬ感情の吐露、諸共に体内から発する雷迅によってその金髪が猫のように逆立つ。
まるで彼女の全身、細胞の一片までもが竜の逆鱗になってしまったかのよう。

ふむ……初めはサーヴァントとして彼女たちに戦いを挑んだつもりだったのですが
どうも途中から話が怪しくなってきたのは否めない。 正直、何故と問われても上手く説明できる自信が無い。
とはいえ―――――今更、勘違いだったかも知れないと言ったら……彼女、怒るでしょうね。

「…………ライダー」

「何でしょう」

聊か荒げた息を整えるように紡がれた、それは先の怒声に比べて底冷えのするような冷気放つ声色でした。
火山の噴火のようだった彼女の魔力の奔流が今、氷のように冷たく静かに研ぎ澄まされているのが分かる。

「投降しろ………次はこの刃を止められない」

黒曜の武器を血が滲むほどに握り締めて彼女は言います。
その手は細かく震え、かけがえのないものを奪っていった敵に激しい怒りと憎しみを灯しているのでしょう。
憎悪に歪んでいた双眸は今、不気味なほどに感情の欠落したものと相変わり、まるで光を灯さぬそれが私を正面から射抜く。
しかし今更な事。 どうやら未だに法だの理念だのに縛られて私を惨殺してしまう事に抵抗を覚えているようですが
否、目の前の相手に対して「それ」を向けそうになる自分を抑え切れないが故に、嘆願しているのでしょう。 投降して下さいと。

「それが驕りにせよ懇願にせよ………ここに至っては下世話な話ですね。
 サーヴァントに投降などあり得ない。 もはやどちらかの死を以って以外の決着はあり得ません」

「………」

「この期に及んで舐めているのですか? この私を。
 どれほど強かろうと、どれほど凄まじい技を駆使しようとシマウマの後ろ蹴りを恐れる肉食獣はいない。
 ランサーにそんな類の事を言われていたような気がしますが……また同じ事を繰り返すのですか貴方は」

そんな躊躇いや葛藤を持ち続ける限り、英霊を倒す事……ましてや退かせる事など出来るはずも無い。
その刃に全てを委ねなさいフェイト。 でなければこの私に惨殺されるだけですよ?

「なら……………次で終わらせよう」

「良いでしょう―――力比べは騎兵の本分ではありませんが、幕引きとしては悪くない」

獲物といえど既に目の前の彼女が、サーヴァントをして侮れる存在ではない事は重々承知。
ここで出し惜しみするは愚鈍の極みでしょう。
私の弾奏の最後に残った一発―――ここに躊躇無く使わせていただく。


さあ、出でよ――――――――我が御名の具現………


――――――

――――――

それは執務官と神話の怪物の最期の邂逅―――
でありながら、おおよそ彼女らに似つかわしくない、騎士の果し合いのようだった。

皮肉にも、ライダー「騎兵」と名乗った彼女を迎え撃つは雷纏った斬「馬」刀。
重武装を片手にダラリと下げつつ、脱力したような構えを見せるフェイト。
否、それは構えなのか……虚脱した彼女からは何の力も―――感情すら伺う事が出来ない。

「共に駆けよ―――我が半身」

対してランサーに引き続き、紫紺の女怪も己が神秘を具現化させる。
その場にて顕現したのは神々しいまでの――――

―――  光  ―――

<Warning...A crisis approaches you...!>

煌々と照らし出される後光。 眼球を焼くほどの光雨を象った何かに対し、フェイトのデバイスが主に最大級の警告を伝える!
この圧倒的な気配は一体何だ!?
現状を知覚できない魔導士の眼前にて、ライダーの足元に流れ落ちる大量の血痕が真紅の魔法陣を形成し
そこから発する強烈な光が騎兵を守るように包み込む。


   フェイトとて、ずっと不思議に思っていたのだ。
   自己紹介を終えた時に名乗った彼女の「名前」

   ――― ライダー ―――

そして光の余波が力ある波動の奔流となって魔導士に降りかかる。

「…………………!」

瞬き一つせずに目の前の怪異を凝視する執務官。
金の髪が叩き付けるように彼女の頬を撫で、台風を前にしたような暴風がその全身に降りかかる!

   ――― 「騎」兵 ―――

   事ここに至って……フェイトは初めてその名の持つ本当の意味に至るのだった。


顕現するナニかの余波が土砂を巻き上げ、拳大の石くれやコンクリートの破片がフェイトの全身に叩きつけられる。
顔を、胴を、剥き出しの四肢を叩く衝撃。 切った口元の端から濃密な鉄の味が滲む。
それでも瞬き一つしない! 敵の全容を、眼前に相見えるモノを、彼女は一寸目を逸らさずに見据えて立つ!

「やっと貴方にこのコを紹介できる」

そしてついに顕現した――――ライダーの神秘の結晶!

大空に雄々しくはためく二条の翼―――
くもり一つない純白の肢体―――
大地を踏みしめる揺ぎ無い蹄を称えた四肢―――

それは―――魔導士ですら地球にいた頃、聞いた事がある伝説の一。
万の民が耳に入れざるを得ないほどの伝承。 それはあまりにも、あまりにも有名な――――


「…………………………ペガサス」


――――――――神話に名を記された天翔ける神馬の名が、フェイトの口から呟かれた。


――――――

――― 天馬伝承 ―――

神代における一つの物語―――
海神によって身ごもっていた、既に邪神と化していたメドゥーサがとある英雄に討たれた際
その返り血より生まれたのがこの神馬だと言われている。
数々の勇者と共に天空を駆けた、恐らくはギリシャ神話上もっとも有名な幻想種。
伝承によって称えられた力は最強の種族とされる竜種とも比肩し、あの騎士王をも超える神性と護りの加護を身に秘めていると言われる。

「フフフ………」

「……………」

ライダーとは即ち騎兵―――もはや疑うべくも無い。
最強の騎馬を得た騎手がここに君臨し、眼前の敵を粉砕せんと佇んでいる。
その威風堂々たる姿、まさに神威の具現。
これこそが騎兵のラストカード。 あの姿こそ彼女のパーフェクト・フォルム。
あれほどの強敵が今、ようやくその全てを解放したのだ!

矮小なヒトの身などと比べ物にならないほどの存在感を場に醸し出すライダー。
向かい合っているだけで膝をついてしまいかねない。そんな神意の力を前にして跪かない者などいないだろう。
もしこの神獣が敵意を持って彼女を「攻撃」したのなら……持つわけがない。
薄手のBJしか纏わぬフェイトがそんなモノに耐えられるはずがない。
恐らくは一撃で、魔導士の体は木っ端微塵に砕かれてしまうだろう。

どちらかが引き金を引けば即座に終了するであろう、それは金と紫の見目麗しき女神たちの最後の邂逅。

「フェイト……最後に一つ聞きたいのですが」

ともあれ、紫紺の女神が口を開く。


――――――

天馬に跨る美しき騎兵が紡ぐ最後の言葉。
それが終わった時こそが、この決闘の引き金を引く合図である事は間違いなく―――

「貴方は人間ではないのですか?」

突然にして突飛な問いかけに、フェイトは答えない。 
だがその質問に眉がピクリと動く。

「森の中での、そして先の空中戦での貴方の血の匂い。
 不覚にも私を酔わせるに余りあるそれは、通常のニンゲンに比べてあまりにも濃厚で濃密――――
 宜しければ私の思考に初期より引っかかるこの疑問を解消して欲しいのですが」

「………」

互いの喉元に拳銃を突きつけた危険な睨み合いでありながら、ライダーはどこか楽しげな表情だ。

「この身はヒトの血液で生を謳歌するバケモノ……吸血種と呼ばれる生物です。
 貴方も一度くらい聞いた事はあるでしょう?」

「………」

「何、先に私の事をあれこれ聞いてきた返答ですよ。
 ヒトの体液が内包する魔力を取り込んで己が力とする、食物連鎖においてヒトの上位に位置する存在。
 謂わば人類の天敵――――それが我ら吸血種。」

「………」

「何故、血かと問われると一概には答えかねるのですが……
 体液の交換は神聖的な意味を含めて少なくとも384種もの魔的要素を内因している。
 効率が良いのです。 私達のようなモノが人間というモノから栄養を摂取するのに血液は。」

種族によっては血では無いモノを吸奪して己が糧とするものもいる。
逆にヒトの体液を自身に内包させて契りの証とする場合も多々ある。
いずれにせよ、それは人外の者どものおぞましくも神秘に溢れた学問だった。
聞くフェイトの表情に嫌悪が増していくのも無理からぬ事だ。

「ですが誰でも、ナニでも良いというわけでは無いのです。
 貴方がたが家畜の肉の味に鮮度・品質の差異を見出すように、血液の質もまた対象によって大いなる差が生じる。
 吸血鬼は処女の生き血を特に好むという話を聞いた事はありませんか? 
 性別、年齢、その他に至る要因が、血に品質の差を与えている事はもはやお分かりでしょう。

「………」

「森での戦いで貴方に止めを刺す瞬間……私の手を止めさせたのはその匂いでした。」

強烈な打撃を食らい半失神状態だったフェイトが確実に絶命させられようとしていたあの時
凶刃にその身を貫かれる前に彼女の復帰が間に合った不可解な幸運。
その理由は、フェイトの血の匂いが自身の手を止めたが故の事だと目の前の女怪は語る。

「総身に痺れが走った……こんな事は久しくありませんでした。
 貴女の血は、この大地に育まれた命の匂いを全く内包していない。
 戦いの最中も気になって仕方がなかった。」

一口ほど口に含んだだけだったが、その凝縮された濃厚な味わい。
感じさせる香りはただ、ただ異質だった。
そしてそれに伴う魔力は予想の通り――
その魔力還元量は尽きかけていた騎兵の魔力炉に最後の宝具を発動させるだけの力を補充させて余りあるものであった。

「極上の美酒。 極上の美女――ああ失礼、これは男性の場合ですね。
 ともかくそんな類のモノに出会った衝撃を受けましたよ。」

「………」

「フェイト……正直に言います。
 私が手ずからこれほどに見初めた生贄は本当に貴女が久しぶりなのです。
 今この瞬間にも私は貴方を貪りたくてしょうがない。」

「………」

それはある意味、告白のようなものなのだろうか?
化生の向ける情熱的な愛情表現はとても扇情的で
しかし人間にとっては死とおぞましさを連想させるもの以外の何物でもない。

「貴方は何者です、フェイト? サーヴァントでないのは向き合っていれば分かる。
 ならば人間? 否、現世どころか神代においてもそんな血を身に宿すニンゲンに出会った事は無い。
 そもそもこの私をここまで追い詰める人間などいてたまるものですか。
 その戦闘力、宝具に匹敵する力さえ身に秘めている貴方は――」

「………人間だ」

「―――――そうですか。」

詮無い態度に身を竦める騎兵。

しかしフェイトテスタロッサハラオウオンの低く唸るような言葉の裏に隠された真実―――
「F」の残滓のみが身に負う事を許された憂いを、サーヴァントは知る由もない。

「ライダー……お前はこれまでそうやって人を食い殺した事があるのか?」

「はい。」

「何人、くらい…」

「数え切れぬほど」

あまりにも、あまりにもあっさりと返される事実。
執務官の瞳が既に限界を跨ぎ越して、カミソリのように研ぎ澄まされていく。

「人を家畜扱いしているけれど、お前こそ醜悪な悪鬼だ………」

向けられるは怒りと嫌悪と少しの恐れ。 迎え撃つは傲慢と不遜。
迎合などあり得ない。 これが、この緊張感こそが―――魔物と人との正しい戦の在り方だ。

「お前は最悪の相手だった……あらゆる意味で」

「最高の褒め言葉です」

「お前との対話が不可能だという事は十分に分かった。
 もう終わらせる……………時間が無いんだ」

「はい――――いつでも」


様々な思いと急く意識の全てを切り札に託して――――

――― 相思う 相殺せしと ―――


互いの表情がこれ以上ないほどに無極と化し――――
互いの戦意がこれ以上ないほどに同調を果たした時――――

「往きますよッ! ペガサスッ!!」

四肢の蹄が大地を抉り! 大地が轟音のように揺れ動き!
山をも抜くかの如き嘶きと共に、先に動いたのが神々しいほどの純白の翼!

英霊としての宝具の発動。 本来、寡黙な騎兵も今はその心身を高揚させざるを得ない!
邪神ではなく天空にその名を轟かせた美貌の女神メドゥーサの疾駆する姿を、自身の誇りと共に披露する事が出来るのだから!
雄大に、どこまでも雄大に翼を広げる天馬が覆い被さるようにフェイトの眼前に聳え立つ。


――――フェイトは……まだ動かない。 

――――ただ静かに……その時を待つ。


互いに疾走する者同士、戦いは間違いなく瞬きの間で終わるだろう。
交錯した後、無間の域において足りぬ方が骨身を砕かれ、臓腑の一片も残さずに塵と化す。

瞬間、騎兵が、天馬が、背負う翼を一面に広げ、逞しい四肢を総動員させて――――ゼロから一気に時速400kmにまで加速した!

ブオア、!と周囲に突風を……否、暴風をはためかせて襲い来る神秘の具現。
その威容は言うなれば押し寄せる津波。 崩れ迫る雪崩。 謂わば天の裁可に等しきものだ!
その手に握られる金の手綱を今、しかと握り締め―――――!


――― 騎英の……………疾走 !!!! ―――
    ベ ル レ フ ォ ー ン


騎兵がその真名を高々と謳い上げるッッ!


――――――

ベルレフォーン―――
かつてメドゥーサより生まれし天馬がもっとも長い時間、背に跨る事を許した英雄の名こそ
騎兵の宝具の起動真言そのものであった。 

其が詠い上げられた瞬間―――――――――――――フェイトの眼前に流星が現れる! 

悲しみと慟哭により感情を欠落させたフェイトの表情に今、別の意思が灯る。
ギリっと歯を食い縛り、心優しい彼女らしからぬ鬼相にて騎英を睨み据える彼女。

それはフェイトの――――密かに抱いた挑戦の物語。


――――――

騎兵の口から呪文のような言葉が紡がれると同時――――その腰まで伸びた長髪が一斉に逆立つ!
そして目視出来るほどの青白い魔力を場に迸らせて、人馬一体となった敵が豪壮なるロケットスタートを切ったのだ!

天に地に、謳い上げるように紡いだ彼女の神言「ベルレフォーン」
次いで眼前に現出した巨大な力は、まるで流星そのものであった!

そんな桁違いの魔力の塊を見据えた時――――生唾を飲み込み、震えを押し殺すフェイト。


――― 空気が震え、敵が接近してくる ―――


「理不尽な力」というものは、この世に確実に存在する。
かつて一度だけその身をもって体験した……その奔流を一度、自身の体で受けた。
圧倒的な破壊力を持つ―――とある魔導士の集束砲を。

だからこそ感じ取れてしまう。 高町なのはと……あの集束砲と同レベルとすら言える騎英の疾走。
それを前に、下半身から競り上がり彼女の脳を犯したのは紛う事なきヒトの原初の感情。 
恐怖という名の毒に他ならない。

圧壊の力を前にした人間はただ一人の例外も無く、須らく身に恐怖を抱く。
何をやってもどうしようもない……そういった理不尽な力を前にしてたかが一個人に何が出来る?
全身の筋肉を強張らせ、その身に鳥肌と冷たい汗を浮かばせる。
技も技術も用を成さない、潰し合いにおいて最後にものを言う問答無用の「力」
技術に秀でたフェイトが唯一持ちえなかった「出力」という名の暴力。
それを補うためにデバイスや自身の特性を最大限に生かし、速度と切れ味を極限まで高めたが………

――― 通用するのか……? ―――

自重と引きの速さを以って敵を両断する日本刀さながらの刃を目指し、練磨を重ねた自身の「切り札」は
果たして圧倒的な本当の力を前に………通用するのだろうか?

それは「なのはのスターライトブレイカーに勝てるのか?」という事と同義。
あの隕石の如き圧倒的な密度と質量を持った「力」に敗れ去った自分が、密かに抱いていた超えるべき「壁」。

「誰よりも速く」「自身の最強の攻撃を当てる」
この二つのプロセスを成し遂げられるが故に最強たりえる電迅の剣。
後より出して先に薙ぐ、故に回避も防御も不能。
現段階のフェイトに考え得る必殺の定義の完成系。
実戦でこれを体現できれば―――間違いなく「壁」を超えられる筈なのだ!


   バルディッシュ………………行こう


全ての答えが―――10年にも渡る研鑽の結果が試される。
もし其処に至っていなければ、自分はここで終わる。 恐くないはずが無い。

それでも負けられない、引けない戦いがある。 
自分の敗北が他者の命をも左右する事がある。
ならばその日、その時だけは―――強くあれ

相手は外道にして人を食らう悪鬼。
かけがえの無い友達を傷つけ奪う者。
ならば遠慮する事は無い―――鬼をも食らう雷獣となれ!

問答無用の「死」の予感。 
一秒後には骨も残らない、そんな幻視を振り払い―――


   疾・風・迅・雷


彼女は全てを信じ、全てを飲み込んで―――――――駆けた。


――――――

騎兵を迎え撃つ魔導士が今、ゆらりと動いた。

幾条ものプラズマが彼女の周囲に立ち昇る。
そして彼女は己が手に持つ巨大な剣を―――「二刀」に分けて左右に広げる。
両の手に掲げた刀身が、柄が、蠕動し躍動し、破滅の振動を開始する。
決して人の手には負えぬ神馬を前にして、猛るように、吼えるように。

「セットアップ…………………オーバードライブ」

最後の枷が外される。
コンマにして3もない瞑想に耽る黒衣の魔導士。

イメージするは――――稲妻――――――


「真ッ!! ソニックモードっっ!!!!!」


目を見開くフェイト! 両側に広げ、雄大に構えた二刀を頭上にて合わせ
自身に舞い落ちる稲光の全てを余さず受け止め、力と為すッ!

やがて落雷を全て受け止めた彼女の頭上には、既に最終変形を終えたバルディッシュが―――

「くッ………ぐくッッ!!!」

稲妻という自然界最大の暴威を、そのままカタチにしたかのような雄大な剣となったソレが携えられていたのだ!

(何と……!?)

魔導士の持つ抱え上げられた「ソレ」をゆうに見上げるライダー。 神話の怪物をして信じられないと、目を剥く!
斬馬刀をモチーフにした先の彼女の武装は、あれで既に最重量武器の類に入るものだ。
だのに、それと比べてすら二周り以上はデカい!!?

天に突き立つ黄金の柱を思わせる極大の「だんびら」は、それを剣と呼ぶにはあまりにも歪で馬鹿馬鹿しくて
主神怒れし時、オリュンポスの御山の頂に激しく降り注ぐ極大の雷――ゴッド・ブレス。
其を思い起こさせる、まさに雷の束を従えたかのようなモノであったのだ!

――― 真・ソニック ―――

その第一の要―――バルディッシュ最終形態・ライオットブレード。
ライオット――暴動の名を関するそれは現状、個人の持てる最大規模の武装を遥かに凌駕していた。
恐らくギガノトの巨人ですら持ち得ぬであろう、下品極まりないサイズのだんびら。
それを成人男性よりも遥かに小柄で華奢な魔導士が、肩に担いで携える異様な佇まいはあまりにもアンバランスで歪。

そして変化はもう一つ、超・音速の二つ名を身に帯びる事を許された彼女のBJの真なる姿。
第二の要―――超軽量ソニックモードに更に改良を加えた特殊剛性BJ。
何ら防御力を持たない超軽量スーツに更に空力、エア・フォースを過剰に得るための各種微細な形状変更を施し
幼少時のそれを思わせる黒い襞垂れのBJは、かつての物とは明らかに別物へと生まれ変わっていた。

オーバードライブの起点、限界突破の基盤となる核の兵装を、なのはのように一つではなく二つ。
デバイス本体とBJの双方に施した「ツイン・ドライブ」
出力のみの運用ではどう足掻いても、なのはのような高出力魔導士の破壊力には届かない。
悩み、苦しんだフェイトが辿り着いた境地がこれだった。

無論、制御の困難さは苛烈を極める。 シグナムが最後まで「それ」を温存させようとした理由がここにある。
自身の制御限界ギリギリの速度を叩き出すBJ。
振るってギリギリ破綻しない程度の巨大な魔力刃。
無茶苦茶なバランスの元に成り立つ真ソニックは双方の天秤のバランスを少しでも違えば、猛る力は即座に手から零れ落ちて破綻する。
少しのミスが、ブレが、暴れ狂う二対の竜を暴走させて術者を自滅に追いやってしまうのだ!

元々同制御の得意でなかった彼女が、誰よりも高いリスクを背負い、誰よりも先に、誰よりも速く――
絶対に回避出来ぬ攻撃を、一撃必殺の攻撃を――
そんな幻の真・ソニック構想を現実のものとしてしまった瞬間から、フェイトは唯一なる力を手に入れた。
相手が誰であろうと問答無用で詰める無敵のモード。 雷速に等しい速度で全てを両断する必殺の太刀を!


「うあああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!」


真なる至高の稲妻。 君臨した英霊殺しの女帝が怒髪を突いて吼え狂う!
神話の騎神を眼前に立たせてなお不足無い迅雷のグラディエイターが、手に持つ巨剣を振り被る!


「ぐっ!!!!」

皮肉でなく、石のように強張るライダーの肉体。
それは拭っても拭えぬ彼女の消せない記憶故。

「何の…………往きなさいペガサス! これは―――これならば我が勝利は揺るがない!」

だが、頭に纏わり消えない悪夢を振り払い、ライダーも吼える!
もはや待ったは無い……引き返す道を互いに破棄した後なのだ!

――― 空間が歪む ―――

余剰の力と力がぶつかり合い、刹那の刻を駆ける二対の流星が互いを薙ぎ払い蹂躙せんと翻る!
上空から観測する者がいるならば、それは金と青の光が紡ぐ一組の十字架に見えたかも知れない!

紫の残光を尾に引く青白い流星。
黄金のプラズマを場に迸らせる稲妻。


その激突の余波は一瞬で―――

――― 大地を十文字に断ち割った ―――


――――――

駆け抜けた二条の影が巻き起こすソニックブームは付近の崖を容易く削り取り
爆心地より立ち昇る二条の魔力が雲を貫くほどに高く聳え立つ。

剣閃一縷にして切り結んだ二人の疾駆者。

耳を劈く轟雷、鼓膜を貫く疾走の余波がキィィィィ――――――.........ン、、と耳鳴りのように辺りに響き渡る。

やがて耳障りなサウンドが空気に溶けてなくなり
周囲を見渡せる余裕を観測者に齎した戦場において―――――――――二つであった人影は今や一つ。


濛々と立ち込める噴煙の中、彼女はゆっくりと身を起こす。


その長い長い腰まで垂らした髪が―――――――ファサリと、地面を薙いだ…………

  目次  

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最終更新:2010年08月02日 12:56