Riot Lady ―――

荒涼とした遮蔽物一つない、舗装された大地に金の髪をなびかせて――――彼女は立つ。

つま先で2,3、コツコツと地面を叩く仕草は、入念に足場を確かめる彼女の癖の一つ。
アスリートランナーと同様、誰よりも速く駆ける事こそ彼女のアイデンティティ。
ならばその大事なファーストダッシュに神経を使わぬ道理は無い。
前方、地平線が雄大に居を下ろすどこまでも続くかのような大地を
彼女、フェイトテスタロッサハラオウンは今一度、見据えて立つ。

そのフィールドは人工的に形成されたもので、管理局が意図的に用意した擬似空間だ。
魔導士のランク所得試験、その他の運用実験などを行う際に多用されるのと同様のものである。
何も無いと思われた更地の上空には幾つものカメラが設置されており、フィールドの様子は常時モニター室へと送られていた。

今、管制塔の中は既にアリの巣状態。
そこらに設営された計器を行き来しながら目まぐるしく動き回るスタッフ達。
その中には後の機動6課専属メカニック・シャリオフェニーノの姿もあった。
そして彼らより一歩離れた所からモニターを―――そこに移されるフェイトを見守る二つの影がある。

「いよいよか」

「……はい」

スタッフの邪魔にならない位置で固唾を呑んでトライアルを見守る二人。
戦技教導隊エースオブエース高町なのはと航空機動隊の騎士シグナムである。

「ドキドキが収まらない……正直きついです。 自分があそこに立った方がマシっていうくらい」

「ブラスターの完成でお前に大きく水を空けられた。 それからの奴の頑張りを考えるとな……
 肩に余計な力が入っていなければ良いが。」

「……フェイトちゃん。」

ニ、三、言葉を交わす二人を尻目にシャリオが部下に指示を飛ばす。
温厚な彼女が珍しく荒い語気で次々と彼らを配置に付かせる。
微細な誤差もないよう再三の注意を促しており、控え室には何と医療班が酸素ボンベ片手に待機しているではないか。
緊迫に満ちた空気が、これから始まる実験がそんじょそこらの性能テストの域に留まらないものだと告げていた。

―――Sランクオーバー魔導士のオーバードライブ・イグニションの機動試験

局においてもっとも危険にして、もっとも事故の多いとされる超難度トライアルの一つ。
雷光―――フェイトテスタロッサハラオウンの危険に満ちた晴れの舞台であったのだ。

「成功すると思うか?」

「五分五分だと思います…………………期待を込めて」

期待を込めて五分五分……フェイトを誰よりも認め、信頼しているなのはをしてこの言葉である。
それがどんなに困難な事か、見守るなのはとシグナムの握る手にも汗が滲んで乾く暇がない。

先立って高町なのはが限界突破域に足を踏み入れ、オーバードライブの機動を成功させた事は記憶に新しい。
蜂の巣を突付いたような大騒ぎになったものだ。
20歳足らずの女性局員が、ミッドチルダ式魔法最高峰の頂についにその手をかけてしまったのだから。

しかし今、フェイトが構築しようとしているソレは高町なのはがモノにしたものともある種、一線を画すもの。
彼女の特性から、ある意味なのはが通った道よりも困難なものになると誰もが予想せずにはいられない。
オーバードライブを成功させるのに必要な物は膨大な出力と特化したセンスだ。
個体のステータスにおいて特異なまでに尖ったメーターを更に加速・増加させて人為的にグラフを突き破らせる。
それが限界突破……選ばれた者しか辿り着けぬ巨峰の頂である。

なのはにとっての「特化」とは言うまでもなく持って生まれた砲撃の素質。
歪なまでに尖った才能を磨きに磨いて10年。 到達した一つの究極の形がブラスターモード。
しかし同じく10年の歳月を歩んできたフェイトには、それを為すのに決定的に足りないものがあった。
彼女は魔力はあっても出力が足りないのだ。 一度に出せる魔力量が乏しいのである。
加えて全てを高い次元で纏め上げた彼女の「バランスの良い」ステータスは、それ故に尖った部分がない。
特化した部分が見受けられないのである。

故になのはと同じ方法で同等の破壊力を得るオーバードライブの取得は困難を極め
汎用性に富むフェイトに一撃必殺モードの習得を諦めさせる声もちらほら出始めていた。
そんなモノを身に着けなくても彼女は既に立派な魔導士であり優秀な執務官だ。
何でも出来る彼女が、敢えて特化した決戦モードを携える必要があるのか?
危険なレッドゾーンに身を置くのはかえってハイリスクではないのか?
局としても何のメリットもないという声まで囁かれていた。

そんな逆風の中にあって、フェイトは独力にてその道の答えを導き出す。
突出した出力任せの力業ではない、網の目のように絡み合った理論によって行き着いた自己ブースト。
一寸でも計算が狂えばそれで破綻する。 ミッド式魔法を学んだものならば狂気の沙汰だと哂って諦める。
彼女の理論はそんな類のモノだった。

「頑張れ……フェイトちゃん頑張れ…」

「………」

この場にいる誰もが皆、初めから成功しないと思っていた。
失敗して力が暴走した時の甚大な被害。 貴重なSランク魔導士を傷物にしてしまうかも知れない恐れ。
優秀な執務官のまさかの無謀な挑戦への好奇心もあっただろう。
ともかくここに集った大半の人間がそういった目を向けていた事は、場を取り巻く空気で明らかだ。
そんな中、なのはとシグナムだけは彼女に信頼の目を向ける。
フェイトちゃんなら――テスタロッサならきっと――と。

「OKですフェイトさん! いつでもいけます!」

「うん……ありがとうシャーリー」

「あ、あの…! 絶対に無理だけはしないで下さいね!
 例え施設を半壊させる事になったとしても、当然貴方の身が最優先ですから!」

「うん……」

良いのだ……フェイトにしてみればその二人が信じてくれれば十分。
例え世界中から奇異の視線を向けられようと、友達の―――かけがえの無い仲間達の後押しさえあれば!

(何で……どうしてこの人、こんな穏やかな顔していられるのっ!?)

トライアル開始前、最後の指示を受けるフェイト。 シャリオは既に泣きそうだ。
今から暴走炉のメルトダウン並の危険な実験をするというのに
まるで陽気な木漏れ日の下で微笑んでいるかのような―――
物静かで少し気弱そうに見える魔導士のそんな微笑に背筋がゾッとする感覚に襲われる彼女。

―――――やがてフォールド全体に重低音が鳴り響く。

全ての施設が幾十の結界に包まれ、フェイトの立つ大地が完全封鎖される。
虚なる無音と化した白一色の世界にてゆっくりと目を瞑る黒衣の魔導士。

イメージするは――――稲妻――――――

それは彼女に最も慣れ親しんだ力でありながら、その本質は人の身では到底、御し得ぬ神の暴力。
雷撃の術者はその残り滓を拾い集めて、本来のそれの10%ほどを自分の力として行使しているに過ぎない。

だが、今――――――彼女は本物の稲妻になろうとしている!


「来たッ! 避雷結界出力120%!」

モニター室でシャリオが叫ぶ! と同時にフェイトがカッと目を見開いた!
瞬間、彼女は腕を両側に広げて大の字のように雄大に構える!
まるで自身に舞い落ちる膨大な力を全て余さず受け止めるかのように!

閃光が、白光を帯びた落雷が彼女の周囲を取り巻き、既に変形を終えたバルディッシュ――
彼女の「両の」手に握られたデバイスに魔力が集束されていく!

「んんッ………んうううッッ!!!」

膨大な力の奔流に歯を食い縛るフェイト。
球の様な汗が彼女の額を、全身を覆い、鬼気迫る表情がモニター全線に写される。
その痩身に集まる力の波濤はまさに雷神の暴威そのものだ!

「やはり無理……暴走するッ!!」

「……………いや」

「フェイトちゃんっ!!!!!!!」

圧倒的な光量に誰もが瞼を焼かれながら、ある者は叫び、ある者は固唾を呑み
ある者はあってはならない事故に対する恐怖に身を竦ませる。

しかし、やがて全てのカメラ、衛星の目を焼き尽くすほどの光が彼女を包み
掌を焼け焦がさんばかりに集められた雷電を、右の手と左の手に集めたフェイトが
それを上空に掲げ、同化させた―――瞬間!!

、、、、………………


――― 天才と、狂人は、紙一重だっていうけどさぁ… ―――

その言葉が場に集った誰かの口から漏れたのは………もはや当然の成り行きであったのかも知れない。


「感想は…?」

「………」

立ち会った人間に劇的な思いをさせる時間を彼女は与えない。

派手なエフェクトも耳を貫く轟音も、悲鳴を上げさせる暇も何も無い。

場に居合わせた教導官、ベルカの騎士に対してもそれは同様だ。

ただ、一人の魔導士の疾走が三度――――
そして音の域をまた一つ超えたレベルを以ってフィールドに刻み付けた「事実」だけがそこにある。

固まるという表現を真正しく体現するとすればこうだ。
微動だにせぬ立会人達の100を超える瞳が、ただ呆然と見据える―――


――― 巨大な三条の地割れ ―――


それこそが、机上の空論どころか狂気の発想とまで言われたフェイト式オーバードライブの制御に
彼女が成功してしまった証であった。

「高町教導官。 感想は?」

「…………鳥肌が」

神の悪ふざけの如く、地面を抉り取った三条の地割れは奇しくも地球における地図の発電所のマークに酷似していた。
フェイトの、地球生まれの友人である高町なのはにのみ分かる精一杯の洒落であった。
その先端で四肢をつき、呼吸困難を起こしてうずくまっている執務官。

「き、救護班っ!! 早く!」

その姿を認めていち早くフリーズから解放されたシャリオがスタッフ数名を叩き起こし
酸素ボンベと共にフェイトへと向かわせる。

「鳥肌が立ちました…」

担架に乗せられたフェイトがこちらを見て小さくガッツポーズを取る。
それを認めた時、なのはの声が喉でくぐもって少し震えた。
驚愕と感動の混じった溜息が喉から漏れ出、目に貯めた涙が視界を滲ませる。

「はは……公衆の面前で、恥ずかしい…」

気恥ずかしそうに目尻を拭うなのは。
表面上は顔に出さないが、友にして宿敵の偉業達成に際し、シグナムもまた同じ気持ちだろう。

「つくづく、よく勝てたなぁ…」

なのはの胸中に浮かぶ郷愁。
それはフェイトと初めて出会ったあの悲しい事件の物語。
二人の時間が始めて動き出した、始まりとなった戦い……それを思い出しながらなのはは呟く。

「あいつには常時リミッターがかかっているからな。」

「リミッター………?」

「世の中はよく出来ていると思うよ。
 突出したモノには生まれつき突き抜けないように枷がかかっているものだ。
 お前で言うフィジカルの弱さ。 あいつにとっての非情になり切れぬ優しさ。
 特にあいつはな……常に不安に揺れているくらいが<丁度いい>んだ。」

「はは……言えてますね。」

「私はたまに思うよ。 もしあいつが今と違う道を行き、その心が未だ闇の中で彷徨い続け……
 世界と敵対するモノとして育っていたら、管理局にとってどれほどの脅威になったのだろうとな。」

想像もしたくない未来だ。
狂気に堕ちてしまった母親の元から救い出されたが故に今のフェイトがいる。
だが、もし異なる未来において救い出されなかったフェイトがいたならば、もしもは現実のものになっていたかも知れない。

「その最悪の未来を回避させた一番の功労者はお前だ。 お手柄だぞ……胸を張れ、高町なのは。」

「そんな………私は何もしていません。 全部フェイトちゃんの強さです」

二人の視線の先に写る心優しき雷光の魔道士。
時に優しさが枷となり、脆き心が棘の頸木のように彼女の足を鈍らせる。
神が彼女に与えたもうたリミッターとは言い得て妙なのかも知れない。

――本当に世の中は程よいバランスによって成り立っている

この心優しい女性が全てのしがらみを捨てて己がポテンシャルを解放する事は多分、一生無いのだろう。
かけがえの無い親友を見つめ、思う高町なのは。
願わくばそのリミッターを彼女が外す機会など永遠に訪れないで欲しいと切に願いつつ―――

「何にせよ、これでまた奴との模擬戦の勝率が下がる。 こちらもうかうかしていられんな」

「後だしジャンケンみたいなものですからね。
 視認も回避も不可能な攻撃の対処法……さて、と!」

嬉しい悩みに声を躍らせて、その場を後にするなのはとシグナム。

場には疾き者が「三度」駆けた証である、3条に連なった巨大な地割れと
たった今「雷速」を以って振るわれたバルディッシュ最終・最強決戦形態が―――

――――――――雄々しく突き立っていたのだった。

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最終更新:2010年08月02日 12:55