RIDER,s view ―――

獲物が罠にかかった、その愉悦を体いっぱいに感じつつ―――私は悠々と木々の枝から地に降り伏す。

「恐れ入ったぜ……俺ごとかよ」

「おや? ランサー。 いたのですか?」

「空気の読めねえ馬鹿女が………舐めた真似をしてくれる!」

心外な。 好きにしろと言ったから好きにさせて貰っただけですが何を怒っているのやら。

しかしながら片方が残って敵の気を引き、片方が囲う。
相手のお株を奪う連携、期せずして見事なコンビプレイと相成りました。
彼の同意を得られるかは甚だ疑問ですが、案外良いコンビなのかも知れませんね、私たちは。

ともあれ、これぞ我が切り札――――
他者封印・鮮血神殿ブラッドフォート・アンドロメダ。

かつてギリシャ神話において人々を震え上がらせた我が住処にして、現世に蘇る結界型宝具。
耐性のない並の人間がここへ落とし込まれた場合、ものの数十分と持たずに衰弱し、体を溶解させられてしまう。
生物の生息出来ぬ毒の沼、酸の海、いわば邪悪なる人喰いの封絶結界。

「下品な棲家だ……お前にゃ相応しいがな、ライダー。
 しかし10分やそこらでポンと出せる代物だったか? コレ」

ランサーがうんざりしながら問うた質問は、むしろ私自身が一番意外の念を抱いている事に他なりません。
現在のヒトが住まう土地の基盤は、我らが存在していた頃に比べて魔的な要素が見る影もないほどに薄い。
今を生きる人々が神秘を忘れ、営みを起こして久しく穢された大地たち。
精霊、地霊、幻想種―――あらゆる神秘的な要因を排他し遠ざけてしまった現代という荒んだ時代。

だから冬木の地で私がこの結界を張るには大掛かりな下準備が必要でした。
ですが信じられない事に、この一帯は並外れた霊脈を内包させた霊地だったのです。 それこそ神代のそれに匹敵するほどの。
先ほどまで周囲を疾走していたが故に気づいた事実。 
もはや「地盤」を作り直す必要もない。 まるで私にあつらえたかのような一等地………容易く宝具の発動に踏み切れた。

「貴様……俺の戦の邪魔をしたな?
 笑えねえぜ―――――そんなに死にてえかライダー」

ランサーが真紅の魔槍を携え、その切っ先を私に向けてくる。

「下賎な歩兵に気を使ってやる義理など私にはありません」

「――――――ほう……よく言った。 ならば貴様が先に死ね」

「神殿の中で私に勝てるとでも? お望みならば貴方を先に引き裂いてしまっても良いのですよ?」

「たわけ……この程度の結界でサーヴァントを縛れるとでも思っているのか」

ギィ、と口元を吊り上げて嗤う狂犬。 
流石と言っておきましょうか。 人を食らう赤熱の大気など何するものぞと気勢を放つ蒼き肢体。

「なるほど………さすがは三騎士。 他人の家に招かれて行儀の悪い事この上ない。
 ならば私もそれなりの持て成しをせねばなりません。」

「………?  な、貴様っ!?」

ランサーが血相を変える。 
ふふ……カンの良い男です。
もはや貴方は用済み……暫く退場していて貰いましょう。

「―――――ブレイカー」

さあ、ここからが真の地獄の始まり。
子を安らかな眠りへと誘うが如き声で謳い上げるはその真名。
決して急く事なく、優雅な仕草で、私は目に装着した眼帯を外す。

「―――  ゴルゴーン  ―――」


そして全てが―――――――――――凍 り つ く 、、、


――――――

止まる―――トマル―――全てが静止する―――

三者の声にもならぬ声が場に揃い、しかしそれが世界にカタチになる事はなく
沸き立つ力の解放に喜び勇む騎兵のサーヴァントを前に、もはや犠牲者達の運命は決定された。

その相貌―――美しき魔性の全貌を現した女怪の笑み以外に場の空気を震わせるモノは残っていなかった。
後ろで成り行きを見守りつつ、いつでも動けるように身構えていたフェイトとシグナムの四肢が
心臓が、呼吸が、止まって動かず―――カチカチで、莫迦みたい―――

「ほ、本気だな……てめえッ!」

「邪魔です」

「か……ぐほおっ!?」

至近で彼女の魔眼を受け、女の短いスカートから伸びる強靭な横蹴りを棒立ちで受けてしまうランサー。
鳩尾に炸裂したそれが深々と男の体にめり込み、衝撃を流すも往なすも出来ぬままに
凄まじい脚力の洗礼を受けた肢体が樹木立つ森の奥にまで吹き飛ばされる。

「ご、あッ!!?」

男の体が木々をなぎ倒し、それでも止まらずに森の奥へと消えていく。
自己封印解放と他者封印の顕現たる二重の結界の中ではあのランサーとて、ライダーには適わない。
女怪の二つの宝具の同時併用―――条件こそ厳しいが、成り立ってしまえば無敵。
この中で彼女と互角に戦える者など、あらゆる魔術的要因を無効化するセイバーを含めて数名といったところだろう。
ましてやその原理も知らぬまま、食人の檻へ放り込まれたシグナムとフェイトの二人は………

「――――フェイト」

静止した紅いセカイで一人、行動の自由を許された化生が誘うような声で囁く。

「森での続きをしましょう…………何、苦しいのは最初だけ―――もう決して逃がさない……」

静かでそれでいてぞっとするような声はこの瞬間、全ての生殺与奪を握る絶対者の響きを以って場にいる者の耳に響く。

「魔力を通せッッッッ!!!」

女の目の奥にたゆたう長方形の瞳に射抜かれながらにシグナムが叫ぶ。
全てが終わってしまう前に放った将の怒号を受け、意識すら止まりかけたフェイトがハッと正気に戻る。
何がなにやら分からずに全ての機関に魔力を供給。 内蔵された防護機能の全てをマックスにして、その身を佇ませる。

「………………は、」

そして一呼吸遅れて―――

「か、はっ……!?  ぁッ…!??  げほっ!? はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、!?」

気管支が蠕動し、激しく咳き込む魔導士。
背中を震わせて涙に咽ぶその表情。
体の急激な異変に耐え切れず、悲鳴を上げる各種機関。

「ほう……魔眼、呪法に対する最低限のレジストは心得ているようですね」

間違いない――――烈火の将は臍を噛んで敵を睨み据える。
先ほどシグナムがライダーにトドメを刺そうとした際、その身を襲った原因不明の壊死現象。
それと同様の事が今ここに起こっている。 しかも今度は謎の毒々しい結界のおまけ付き。

「そろそろ始めても良いですか? 次は私と遊びましょう。 例によって二人掛かりでも構いません」

神話の時代、人々を震え上がらせたライダーの主力武装がついにそのベールを脱ぎ
獲物を前にしてもはや待ちきれないといったところか……微笑すら称え、ライダーがゆっくりと歩を進めてくる。

「く、来るぞっ…!」

掠れたような声を精一杯ひり出して相棒を叱咤するシグナム。 フェイトも言葉を返そうとするが、舌が回らない。
バルディッシュを地面に突いて体を起こし、下を向いた視線を前方に向けようとするが、それすら至難。
これでは到底、打ち合えない……二人が敵の襲来を前に空へと飛び立とうとする。

「遅い」

だが、ライダーの手から投じられた鎖が両者の足首に絡みつく。

「あ……ッ!!」

短い悲鳴と共に無様に地面に引きずり落とされる魔導士と騎士。
嘲り笑う騎兵の声だけが耳障りなほどに彼女らの鼓膜を震わせる。

「き、さまぁ!!」

鉛のような体を推して地を蹴り、敵に切りかかる烈火の将。
その火山の噴火を思わせた太刀筋は―――

「――――ふ…」

今や子供や老人の素振りの如き速度と威力しか引き出せず、業火を思わせた剣技はもはや見る影も無い。
緩慢とすら言える刃をかわすでも受けるでもない。 紫の女は右手で、剣の腹を無造作に払うだけ。
それだけで将の剣は力なく跳ね飛ばされ、彼女もバランスを崩してしまう。

(っ…! 何てことだ……!?)

今や力差は大人と子供以上……絶望を通り越して冗談としか思えない。

――― 全滅必至の絶望的状況 ―――

紅き世界は、そんな凄惨な現実のみを―――――

――――――――情け容赦なく二人に突きつけるのだった。


――――――

「下がれっ! テスタロッサ!!」

「シ、シグナム……!?」

邪悪な気配を撒き散らし、ゆっくりとフェイトに向かって歩を進めるライダー。
隊長を庇おうと一歩前に出る不退転の守護騎士が、その瞳に確固たる決意を灯す。

「あいつには指一本触れさせん! ライトニング2、これより敵と交せ、―――がっ!!?」

気合諸共ライダーに踏み込み、体を張って相手を止めようとした将の眉間に衝撃。 
騎兵がの無造作に放った飛び膝蹴りが炸裂した。

意識の大半が飛びかけるが、踏み止まり裂帛の咆哮と共にライダーを薙ぎ払う紅蓮の胴打ち。
だが騎兵は既に地に伏せ、横に薙いだ剣を掻い潜ってシグナムの懐に――!
先ほどランサーを吹き飛ばした懇親のサイドキックを将の胸骨に叩き込む!
血反吐を吐いて後方に吹き飛ばされる将。
信じられない……騎士甲冑の恩恵すらほとんど殺されてしまっている。 

こちらが一歩踏み込むごとに相手は10歩の距離を詰めてくる。
こちらが剣を一振りするごとに相手は20の挙動を以ってこちらの体を犯し続ける。
勝負になるわけがない。 それは既に蹂躙だった。

幾度となく打ち込まれ、弾け飛ぶシグナムの上体。
しかし何と歪な光景か―――肉体の蹂躙に、打たれて苦痛に咽ぶ反応すらが遅れてしまうデタラメ。
その現象が、終焉を迎えようとする獲物を更なる恐怖と絶望に落とし込む。

「うああああぁぁあッ!!」

フェイトが悲痛な絶叫を張り上げてライダーに斬りかかるが、駄目。
軽量の筈の短剣の払いに紙屑のように吹き飛ばされ、たたらを踏んで尻餅をつくフェイト。
曇天の空を支配する雷帝が、まるで酒浸りの泥酔者のような有様ではないか。

「シグナム…! シグナム!!」

そして嗚呼、地を這いながらそれでも向かおうとする先……目の前で尊敬する騎士に加えられる一方的な暴力をまざまざと見せ付けられるのだ。
マルチタスクが20の戦術を錬って実行に移そうとしても、それの1,2しか行動に移せない。
それはまるで海中深くに沈んだ鳥が、巨大なタコやイカの化け物に捕獲され、なぶられる様に似ていた。
地上を求めて浮き上がろうとするのを嘲笑うかのように引きずり込んで、徐々に弱らせていく。
もう戦術も何もなく必死に斬りかかるフェイト。 それを事も無げに払うライダー。
温厚な人格をして精一杯の罵声を浴びせて何とか騎兵の意識をこちらへ向けさせようとするが、そんなもの仲間が朽ちていくのを遅らせる事も出来ない。

フェイトを後ろ手に、烈火の将はその場にてただ、ただ防戦。
一斬も返さず、急所を最低限庇うのみで攻撃を受け続ける。誇り高きベルカの騎士が何という屈辱………
だが他に術がない。いくら耐えても待っても自分のターンが来ないのだ……受けも攻めももう意味が無い。

それでもここで倒れるわけにはいかない……自分が倒れれば後ろの戦友が敵に嬲り殺しにされる。
だからその凄惨な結果を少しでも遅らせるべく、彼女は意識ある限り決して膝をつかないのだ。
まるで崩れぬ事が最後の抵抗とでも言わんばかりに!

「はぁ、はぁ………はぁ、…………はぁ、」

「――――なまじ打たれ強いと地獄ですね。
 あまり貴方に時間をかけるつもりは無いのですが」

既に息も絶え絶えの将の懐に、ため息混じりにライダーが踏み込む。
ザクリ、と下腹部に釘剣を叩き込み、そのまま抉るように上方に切り上げる!
すると華麗だった彼女の白い戦装束―――重厚不貫のパンツァガイストがまるでダンボールでも裂くかのように撤去され
紅い魔力の残滓が場に飛び散り、下腹から胸元にかけての彼女の守りの要が無残にも破砕される。

「ぐ、はっ………!」

BJが完全に抜かれ、胸元まで露になったシグナムの体。
今、攻撃を受ければ彼女の肉体は間違いなく破壊されてしまうだろう。

(せめて……一太刀…ッ!!)

刺し違えてでも敵を止めようと足掻く体は、ブルブルと力無く震えるばかりで本当にどうしようもないくらい動かない。
屈辱と悔恨に塗れ、噛んだ唇から血を滲ませながら―――
将はまるでスローのように自分に迫り来る、敵の止めの一撃をただ垣間見ていた。

(こ……これまで、なのか……?)

もはや術無し――――――

(テスタ、ロッサ………逃げろ……)

積み重なったダメージで壊れたマネキンのような肢体。 光を灯さぬ目で彼女は友に己が意思を投げかける。
もはや思考が正しく働いているかも怪しい。 逃げられるような状況でもないだろうに、それでもただ一言。
魔導士にそれだけを告げようと、将は友に向き直り――――


――――その横を―――――――無迅の雷光が駆け抜けていったのだ……………


――――――

心優しい彼女をして抑え切れないほどの怒り――――

敵に対するものもあっただろう。
だがそれよりも尽きぬ憤怒の源は、大事な大事な仲間を自分のせいで犠牲にしている己の不甲斐なさだ。

―――「それ」は自分が何より求めた力だった

―――「それ」は小器用に一通りの分野に精通できる自分が持ち得る、唯一の取り柄だった。

仲間に比べて力強さも頑健さも持ち合わせていなかった自分。
でも、だからこそ、それだけは誰にも負けたくなかった。
真っ先に誰よりも「速く」救いを求める人の下に行き、その手を掴みたい―――その思いだけは誰にも負けたくなかったのだ。

そんな一途な思いが――――――

「……バルディッシュ」

<Yes Sir...stand by――>


彼女に至らせたのだ。 


「最速」 という境地に――――


「オール・パージ……ソニックフォーム」


――――――

RIDER,s view ―――

「――――――は」


「障害物」を排除し、今、愛しい獲物に牙を付き立てようと翻るこの肢体に――――

―――――――― 一条の斬駈が走った。


「…………………」

暫くはそれが何か理解できずに立ち尽くす私でしたが……誰もが動けぬはずの紅い世界。 
我が魔眼の呪縛に犯された大地に爆ぜた雷光の正体に思い至った瞬間―――

「く、はぁ……ッッ!???」

脇腹から吹き出す大量の鮮血と焼け付くような激痛に苛まれ、私は悶絶して膝を付く。

「う………うぅ……ま、まさか…!?」

馬鹿な……私が視認出来ないほどの一撃を今ここに打ち放ったとでも?
あの邪魔な騎士を排除してから存分に相手をしてやろうと思っていた金色の雀……
その華奢な体が今―――私の遥か後方にて、斬り抜けた体を再びこちらに向けた。

「よ、よせ………! テスタロッサッ!!!」

倒れ伏しながら、悲鳴じみた絶叫をあげる女剣士……?
その身を捨て置き、我が獲物――フェイトを見据える私。
彼女の瞳と目が合って、冷気すら感じさせる殺気を灯したその目に背筋がざわつく。

そして―――――またも瞬雷!

「なっ………そんなッ!??」

今度は正面に見据えていたにも関わらず、反応するのがやっとだった……!
この私が無様に飛び退り、地面を転がってようやく回避した―――

「つ、う………ッ」

―――にも関わらず、大腿を大きく裂かれ、またも自身の鮮血を見るに至る!

そんな……そんな……有り得ない!?
彼女は今、この結界内において私よりも速く………!?

「はぁぁあああっっ!!」

「ぐっ!??」

信じられない。 圧倒的優勢による余裕の表情を歪ませ、私は全霊にて場から飛び荒ぶ。

負った傷は取りあえずは心配ない。 
この「神殿」内にて獲物から吸い上げた魔力が我が体内に流れ込んでくる以上、私の無敵は揺るがない。
裂けた傷は二箇所ともみるみるうちに塞がっていき、ほどなく消えてなくなるでしょう。
しかし、そんな事は問題ではない……この場にて私がそのような傷をつけられる事が問題なのです。
――――もはや「闘い」になどなる筈がないのに……

10閃―――20閃―――!

一瞬のうちに刃を切り交わし並走する私とフェイト。
先ほどの森の中を思い出させるかのような疾走戦闘。
しかしながら、体も手足も既にクモの巣に絡まっているというのに何故貴方はそこまで動けるのです!?
その身から放電するプラズマのような魔力は凄みと共にどこか危うささえも感じさせる。
私が驚愕と混乱の極みにあるという事を差し引いても、今の彼女は私よりも幾分速い!

「ええいっ!!!」

形勢逆転……? 金の尾を引く稲妻に、打たれ、振り回され、拮抗させるのも精一杯の私。
これほどの機動力を叩き出せるのに、何故今まで彼女はそれをしなかったのか……?
不可解な敵の攻勢が私の脳内に疑問を投げ掛ける。
その間にもこの身に刻まれる大小様々な斬傷。 致命のそれを避けるので今は精一杯。

「こ、小癪なッ!!」

よもやペガサスを呼ぶ羽目に―――――

いや………ここで騎英の手綱に手をかけるのは流石にまずい。
いくらこの身に魔力が充実しているとはいえ、それでも三つの宝具を重ねるのは自殺行為。

ここは何としても自らの足で――――フェイト!!


――――――

SIGNUM,s view ―――

「駄目だ……テスタロッサ……それは…」

血のように真っ赤に染まった世界の中―――どろりとした大気を切り裂いて、金の閃光と紫の長髪が乱れ飛ぶ。

驚きと動揺を隠せない敵に対し、攻勢をかける戦友。
だが、間違いなくそれは一時凌ぎにしかならない。
八の字を描いて交錯し、ガチン、ガチンとぶつかり合う二対の光。
直撃こそ許さないまでも、抜ける度に女怪の皮膚が切り裂かれていく。

だが、この時点で奴の……テスタロッサの負けは決まっている…!
「それ」をするからには一撃必殺でなければいけないのだ。
曲がりなりにもその速度に付いてこれる相手を向こうに回して使う術ではない……!

ソニックモード―――
奴の姿は先ほどまでと違い、半身を覆う白いマントもタイトなスカートも纏ってはいない。
肌にジャストフィットしたスパッツのようなもので最低限の箇所を覆っただけのその姿。
かつて私と雌雄を決する際に編み出した、アーマーパージによる超速戦闘形態。
攻撃に使う出力すらカットして、その手に握られるはバルディッシュ待機モードである戦斧のみ。
ありとあらゆる兵装を極限まで削ぎ落とした状態が、今のあいつの全容だ。

普通の……いや、マトモな奴ならばこんな事は誰もやらない。
それは何故か? 簡単だ。 

――― デメリットの方が遥かに大きいからだ ―――

魔導士がBJを捨てるという事は、敵の攻撃を食らえば一撃でゲームオーバーという事と同義。
あくまで彼らは生身の人間。 その身体は鉄でもなければコーディネイトされた人工皮膚でもない。
砲撃を受ければ熱で皮膚が焼け焦げ、刃の直撃を受ければ容易くその身は両断され、障害物や壁に接触するだけで五体はあっさり砕け散る。

こんな状態で制御ギリギリの速度で飛び、あまつさえドッグファイトを敢行するなど誰がやる?
自殺行為以外の何物でもない愚行、誰もがそう認める所業。
だからこそ―――この魔導士が皆から天才と言われるのだ。

高町なのはの空間把握能力は感覚的な才能であるが、それと対を成す高速戦闘において自身を完璧に制御できるセンス。
それを有するからこそ可能にした超々高速飛行戦闘モードの完全解放。
今のテスタロッサは……迫り来る敵の刃、打ち合う衝撃、体に生ずる負荷に対し、丸裸でその身を晒しているに等しい状態なのだ……!

敵の体に次々と打ち込まれる戦斧。 明らかにスピードで競り勝ち始めている。
奴はすれ違い様に首を飛ばされないよう防御するのが精一杯だ。
金色の流星は紫紺の女怪と切り結ぶ瞬間、更に、更にシャープにソリッドに加速して斬り抜け始めていた。
テスタロッサが駆け抜けた後にカラン、と空薬莢が落ちる。
カートリッジシステム―――ソニックモード中に更にカートリッジを叩き込む事によって
一瞬ではあるが限界を更に二桁は超えた魔速を叩きだしているのか!? 馬鹿な……やり過ぎだ!

「ぐ………」

早く……早く、何とかしなければ……
あいつが自らの速さという名の刃に肉体を裂かれ、自身の身を砕くその前に!!


――――――

――――――

「く、くぅ……フェイトッッ!!!」

「はあああぁぁぁあああッ!!!」

もはや最速の騎兵のプライドはズタズタだった。
明らかに走りで負けている現状、英霊らしい尊大な態度など見せられるはずが無い。
金の光と交錯する度に自身の肌に刻まれる屈辱の証。 自分の住処にあってこんな狼藉を許すなど恥辱の極みだ。

「シァァッッ!!」

蛇が発する威嚇音のような声と共にがむしゃらに金の稲妻にぶち当たる。 
奢りも余力も無い渾身で、体全体でブチ当たる。
接触の度に頬に、脇腹に、肩口に熱い感触が残り、そこからじわ、と血が滲む。
無傷の勝利など望むべくもない。 手に持つ杭剣で黒い鉄隗を全力で打ち返す。
体勢など知った事ではない。 蹴りと呼ぶのもおこがましいフォームで、しなやかな脚を本能の赴くままに振り回す。
視えぬ相手にそれでも反応し、敵の刃に最低限の受身を取り、宙空で前後不覚同然の体勢からそれでも反撃に移行する。
しかして角度を問わぬ女描の烈脚――当たらない。
柔軟な股関節がしなるような鞭の如き蹴撃を繰り出すが――当たらない!
こちらは被弾し、向こうには傷一つつけられない。 こんな体験は彼女は初めてだった。

「く、――ッ、!?」

ブシュン、と鎖骨の辺りが裂けて血飛沫が飛ぶ。
またも一方的に打ち込まれたアクスの柄に顔を歪ませて後ろによろめく。
ギリ、ギリ、と食い縛る歯からは屈辱の血が滲んで落ちる。
だが、その時―――

(!?)

偶然にも相手の魔導士の表情が見えた。

「うあ……ぁぁッ……!」

彼女の悲鳴のような、搾り出す声が聞こえたのだ!

「―――、?」

驚いて振り向くライダー。
その対面、体をくの字に曲げて嗚咽を漏らす彼女の姿があった。
―――耐え難い苦痛に目を見開いたその表情はこちらと目が合った瞬間に消え去り、彼女は再び視認不可の稲妻となる。 
だが、だが…………

(こちらの攻撃が効いた? ほとんど当たり損ないだった筈……?)

ダメージを与えるほどのクリーンヒットは未だ望めず―――
にも関わらず、競り合いの際の衝撃や当たり損ないの攻撃などで彼女はダメージを被っていたというのか?
ライダーは知らない。 今やフェイトがBJもフィールドもその身に纏っていない事を。
だが、この英霊の嗅覚が獲物の弱点を敏感に嗅ぎ当てるに然したる時間を要さなかった。

「ならば―――――」

スタイルには反するが、やりようはいくらでもある。
要は聖杯戦争におけるセイバーと自分。
速度で勝っても防御と膂力を生かして敵を削るあの手法をそのまま使ってやれば良い。

「シァッ!!」

幾度目の邂逅か。 
300合はゆうに超えた激突の果てに、フェイトのバトルアックスが一瞬速くライダーの体を捉えるが
今、それ以上の衝撃がフェイトの体を貫いた!

「ッッッ、きゃううッッ!!!」

同時に交錯し、互いに後方に抜けた両者。 だが、フェイトの飛行の軌道が明らかに変化する。
蜂のようにシャープだったそれがグラグラと揺れるような乱れを見せたのだ。

「そうですか……やはり―――」

ライダーも打たれた右の腕を抑えている。
だが、魔導士の様相から確信を得た騎兵が抱くのは痛みを超えた歓喜。
騎兵の目が再び得物を前にした光を灯し始める。

――― 打てば弾ける生身の身体 ―――

決して当たり負けしない相手ならば最悪、相打ちでも十分に勝ちうる。
その答えをライダーが導き出した今、ここにフェイトの勝ち目はなくなった。
共に被弾覚悟の殴り合いを仕掛ければ、多少の速度の優越など何の意味も無い。
打たれ弱い方が負ける―――哀れなほど一方的に……

「うああっっ、あああッ!!」

先の当たり損ないで痛めた肋骨の痛みを、フェイトは鋼鉄の精神で抑えて飛び荒ぶ。
既に敵は気づいてしまった。
怒りと覚悟の元に踏み込んだ領域ですら、この絶対空間を打破するには至らなかったのだ。

三度、四度と交錯する二つの影。 だが先ほどまでとは明らかに違う結果。
紫紺と金色がすれ違った後の光景はまるでミツバチとスズメバチのぶつかり合いのようだった。
金の光が紫の光に明らかに力負けし、交錯ごとにフラフラと乱れた挙動を見せる。
ライダーがいつもの小さく素早くを身上とした戦闘スタイルからは考えられない、体を開いた大きな構えで敵と相対する。
相手を決して逃がさず、確実に仕留めるために。 
その全身で激突し、身体のどこかとどこかが接触さえすれば良い。
こちらは致命傷を避けつつ、受け止め、当たり、激突を繰り返すだけで―――フェイトは勝手に削られ、自滅する。

「う、うう……」

<all right...?>

「はぁ、はぁ……ッ、平、気…」

一合一合がフェイトの体力を根こそぎ削る。 
肩から強引にチャージするようなライダーの突撃に弾かれるフェイト。
嗚咽に咽ぶその身体。 一合一合ごと、内臓に、除夜の鐘を聞くかのような衝撃が伝う。

彼女を確実にコワしていく無謀な攻防を、今はもう止める事すら適わない。
込み上げる胃液が口の中に充満し、鼓膜がガンガンと警鐘を鳴らす。
止まったら終わり――――止まれば一撃の元に殺されてしまう。

「ぁ………」

だが、幾度目かの激突を経て限界は唐突に訪れる――――
魔導士の身体がついに失速し、スケートの演舞のように空中でくるくる、と力なく回転し、地面に落着して―――止まる。

ライダーも対面に着地した。 
こちらも激しく息を切らし、体中傷だらけだ。 
露になった肌が、頬が赤く蒸気して精一杯の様相を呈してはいる。

だがフェイトの消耗とは比べようも無い。 
四肢を地に付き、気管支から搾り出すような呼吸音をひり出す魔導士はもはや虫の息だった。

「――――捕まえた……」

そのフェイトの足首に――――――魔の鎖が巻き付いたのだった。


――――――

RIDER,s view ―――

チェックメイト………今、ようやく獲物を縛鎖に捕らえ、拘束する事に成功。
鎖を力任せに引き付けて彼女の黒衣をこちらへ手繰り寄せる。
じゃらじゃらと鉄の擦れる鈍い音は破滅の調べとするには些か無骨ですが……

何とか空に飛ぼうと足掻く彼女ですが、もうほとんど体力が残っていないのでしょう。
その姿は、柱に縛り付けられてなお羽ばたいて飛ぼうとする小鳥のように滑稽で、嗜虐心をそそられます。
私の捕縛に抗おうと両手で地面を食み、爪を立てて留まろうとするが無駄な事。 ずりずりと為す術も無く引き寄せられるフェイトの身体。

やがて逃れる事を諦めたのか……右足を引かれた不自然な体勢で床に尻餅をつきながら
彼女はこちらを見据えて、未だ戦意を失わぬ瞳を向けてくる。
捕まれば終局だという事も重々承知しているでしょうに、気丈な娘です。
今の状態で私の攻撃を受ければ、彼女の体など容易く折り曲がってしまうというのに。

もはや私とフェイトの間の距離は10歩半……
一息で詰まる間合いしか残されてはいない。
貴女の進退は、ここに窮まった――――――


――― テスタロッサッッ!!!! ―――


―――――筈の戦場に今、最後の悪足掻きたる咆哮が響く。


それは私の側面からかけられた無粋で耳障りな怒声……
死に損ない―――あの女剣士のものに他ならない。
まだ邪魔をすると言うのですか……

そして戦場に響き渡る声が鼓膜に届いた瞬間、反射的に爆ぜるフェイトの体。 無駄な足掻きを……逃がさない! 
我が手は鎖を握り締め、決して離さない!
獲物の最後の抵抗を膂力で抑え付けるのに四苦八苦する私でしたが――――

遙か側方にて―――――火山の噴火の如き火柱が天を突く―――

「どこを見ている………」

アスファルトを溶解させ、マグマと化した地にしかと両の足を沈ませて私の前に姿を現す炎熱の剣士。

「そ、それは……!?」

「………理解したか? どちらが狩られる側かという事を」

地の底から響くような声。 
私を驚愕させた、彼女の手に持つソレ。
まずい……! よもや剣士と見止めた彼女があんなモノを!

手に握られるは、それは一対の弓矢。
炎の中から蘇った不死鳥が、真紅の翼を翻したような魔力を背にこちらに狙いをつけている。

我が痩身を襲う戦慄はいかほどのものか……!
あの手に握られるモノの脅威くらいは肌で分かる。
あれはいわば邪神の心臓を穿ち得る勇者の弓―――

――― 宝具の一撃に他ならない! ―――

「翔けよ、隼ッッッ……」

魔眼にて心臓を、皮膚を、指先の神経までを侵されているというのに……
滾りに滾った血潮を凝固させられるものならさせてみよ、とばかりに猛る彼女の瞳。
限界まで引き絞った弦に装填された灼熱の矢が吼え狂い、ボルケイノの如き激しい火の粉を撒き散らす。

「シュツルム………ファルケンッッッッ!!!!」

これは絶対に受けてはいけない攻撃―――!
私がこの身に秘めたあらゆる性能を回避と防御に回して身構えたのと
爆雷音と地響きを伴い、彼女最強の直射型兵装が火を噴いたのがほぼ同時!

放たれた矢は音速の壁を軽々と突破して飛翔!
サーヴァントを射抜くに十分な速度と威力を秘め、至近距離で放たれた矢が爆炎と衝撃波を撒き散らしながら我が身に迫る!

しかしこの身もまた最速の英霊! 真正面から放たれた投擲を受けて散るほどの不甲斐無さは持ち合わせていない。
我が肉体の真芯に到達しようとする業火の矢を死に物狂いで回避する。 
形振り構ってなどいられない。 体の半身に到達する前に、体を捻って寸ででかわす私。

「ん、うっ!!!??」

かわしてなお、我が半身に致命の衝撃が走る!
掠っただけでもごっそりと「持って」いかれるであろう宝具級の一投。
衝撃波だけでナカを潰していくのもむしろ容易な事か―――

「あ、ぐっっっっっっッ!!!」

瞬間、ビキャ!!!、という鈍い音が鼓膜を揺らし―――私は宙を舞った。
弾け飛び、コマのように回転し、7m弱の高さまで直情に跳ね上がった。
そのまま空を舞いきりもみしながら―――――地に堕ちる。
堕ちてなお、地面に叩きつけられた体は止まらず、アスファルトに身を擦られながら跳ね続ける。
その肉体が慣性の法則によりようやっと静止したと同時に……自身の口からの大量の吐血が地面を朱に染め上げるのだった。

炎に包まれた半身。 だらりと下がった肩は間違いなく脱臼。
肘から歪に曲がったその腕は見るまでもなく骨折し、地面にだらしなく投げ出した無残な肢体は見る影も無い。

「は、―――ぁ……何とか……」

しかしながら………そう、一瞬で満身創痍に叩き込まれながらも宝具を前にこの程度で済めば軽いもの。
その犠牲と引き換えに、敵の切り札の回避を成功させた私。

勝った…………勝利の美酒はやはり我が手に。

追撃は―――やはり来ない。 

案の定、追撃どころではない。
再び地に膝をついてうな垂れる女剣士。
残った体力の全てを注ぎ込んだ本当に最後の切り札だったのでしょう。

残念ですが…………もはや何をしようと貴方達の負けは揺るがない―――


「お前の負けだ……化け物」

「…………………」


―――――――な、…………なに?


無様に地に伏しながら………
血染めの剣士は、こちらを―――


否、私の遥か後方を指差して………自身の勝ちを宣言した?


――――――

――――――

瞬間―――――紅いセカイが鳴動した。


「あ―――――――――あああああ、あぁぁあッッ!!!???」


ライダーが肉体に走った更なる衝撃に咽び吼える。
凄まじい地鳴りが周囲を震わせ心底の驚愕に身を震わせ、異変に目を見開く。

「ま、まさか……まさかっ!?」

この紅き胎内は、いわば自身の体内にリンクしているようなものだ。
だから内で起こった出来事は全て把握出来る。 
ああ、故に……衝撃の発生地点――――凄まじい轟音のした方を見やるライダーの口から苦悶と怨嗟の声が漏れるのだ。

「ぐう………こ、のッ―――」

シグナムが指差した先―――かわした筈の弓矢が「本来」の標的に的中し、穿ち狂う。

それはセカイそのもの。 
結界宝具の閉鎖された空間の膜に将の牙が突き刺さっていたのだ!

「わ、私の結界を内から破るなど……貴女如きに出来る筈が!?」

苦しげに呻くライダーと、鮮血に染まった世界。
血の赤で囲われた結界が悶え、苦しみ、震える。

B+~Aランクに匹敵し、結界破壊の付加効果を持つシュツルムファルケン。
イキモノを閉じ込め、喰らわんとするクローズド・サークル―――野卑で貪欲な胎内に今、逆襲の矢が翻るのだ!

(まさか……私の……私の神殿が――――――お、おのれッ!!!)

その呪怨の声が最後まで場に響く事は無く―――

穿たれた炎熱の隼が求めたその出口!
今、炎の矢が世界の内と外の境界に接触し、抜くか弾くかの鬩ぎ合いの果てに勝利の風穴を開ける!
終焉を思わせる地響きと轟音が苛烈に響き、紅蓮の閃光が怪物の胃袋を内部から突き破る!

滅び行く世界の中心で邪神の断末魔が木霊する!
神殿は彼女の住処であり、先に記した通り彼女自身の胎内でもあった。
故にそれを犯される苦しみは想像を絶し、身を内から破られる激痛に身を捩じらせながら、彼女は剣士に憎しみの声をあげ続ける。
それは鮮血神殿―――ブラッドフォート・アンドロメダの断末魔の叫びと呼応し、勇者を飲み込んできた人食い結界の最後の刻を禍々しく彩る事となる。


ガッシャーーーーーン、!!!という巨大な音が世界に響き―――――


空が割れ、砕けた空間が中空に飛散して宙に溶ける。

やがて血の赤に支配されていた空が蒼天を取り戻した時
その蒼を切り裂くように―――


炎熱の矢は、なお勢いを止めずに雲を突き抜け、どこまでも上空へと飛び去ったのだった。

まるで二つの命が無事、現世に生還を果たしたのを祝福するかのように―――

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最終更新:2010年08月02日 12:47