第1話「参加者、高町なのは」



『第97管理外世界』、その一地方都市に、いかなる願いも叶える温泉があるという。
1週間~60年の定期的な間隔を挟み顕現する、大いなる奇跡。
膨大な魔力を噴出する其の温泉の名前は『ヴァルハラ温泉』、冬木市に眠る神秘の湯である。
古来より、世界の命運を左右してきた温泉をめぐる争いは苛烈を窮めた。
その名を『聖杯戦争』。
最小にして最大の戦争である。

願いを叶える資格を持つ者は、一番湯に浴さなければならない。
聖杯戦争を管理する『聖堂教会』の監督者『言峰綺礼』はこう言った。

「奇跡を欲するならば、汝。最強を証明せよ」

こうして、此度の聖杯戦争の幕が上がった。


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「ここが……。言峰神父の居る冬木教会」

明るい色の髪をサイドテールで一つに括った少女が、丘の上の教会を眺めていた。
近づいていき、目の前で一拍の呼吸を置いて、見上げるほど大きな扉を押し開く。

「すいませーん」

「ようこそ。冬木教会へ」
「悩み事の相談―――という訳ではなさそうだな」

「はい」

「その決意の滲んだ面持ち。私の認識する『参加者』で間違いないな?」

「はい」
「…………」

少女は迷える子羊ではなく、勝利という獲物を求めてきた狼であった。
この場合の獲物とは、すなわち奇跡そのものであり、ゆえに彼女は聖杯戦争の参加者に他ならない。
その少女に対面する大男、黒一色の神父こそ、戦争管理者の言峰神父である。
神父は儀式に必要な手続きと、脱落者の保護の役割を担う。
沈黙を破り、神父が口を開いた。

「登録名を決定し、そこに記せ。偽名でも本名でも構わん」
「それだけで正式な参加者の権利と義務を得る」

「これに書けばいいんですね?―――――――っつ、熱い」

『高町なのは』と記した瞬間、胸の中央が燃え上がるように熱くなった。

「温泉との契約は完了した。身体のどこかに刻まれた令呪がその証だ」
「令呪は敗北の記録を抹消する権利だ」
「本来は3画だが、お前のような飛び入りには1画しか与えられん」
「聖杯に敗北者として記憶された瞬間、願いを叶える権利は失われる。せいぜい気をつけるがいい」

神父は定形の説明を行うと、あらためて、なのはに質問を行った。

「ふむ。参加の理由は?」

「参加理由は秘密です」

「己の最強を信じているか?」

「私は最強じゃありません――――でも、負けません」

「なるほど、では率直に訊こう。サーヴァントを連れずに聖杯戦争に勝てるとでも思っているのか?」

「『サーヴァント』?」


「知らぬか。サーヴァントは冬木の霊脈、龍脈とも呼べるほどのソレを利用した使い魔だ。参加者はマスターとしてサーヴァントを隷属させて戦う」
「もっとも、自らの力に十分な自信があるのならば必要のない存在ではある」

「…………」

「参加者は、みな傲慢と強欲の塊だ。しかし、一人で戦えるという傲慢を持ったものは貴様を含めて二人しか知らん」
「正午を以て聖杯戦争の参加者を締め切る。おそらく、お前が最後の参加者となるだろう」
「聖杯たる温泉は、戦争の進行によって現れる。勝者の栄光と、敗者の失望が必要となるのだ」
「お前が勝ち続けることができれば、おのずと聖杯への道が示されるだろう」

「勝ち続ける。……うん。大丈夫。負けないよレイジングハート」

「?」

少女が事前に行った魔力スキャンによれば、郊外にある山の頂上付近が、聖杯の出現場所として最も疑わしい。
この情報をもとに、随時スキャンを重ねていけば、聖杯を見逃すことはないだろう。
…………その行動は山の魔女、あるいは他の参加者達に目をつけられる原因となる。
この時、なのははそれに気付いていなかった。

「何か質問はあるか?」

「――――願い事は何でも叶うんですよね?」

「無論だ。それだけの魔力と術式、何より歴史があの温泉にはある」
「もう質問はないな?では―――――」
「奇跡を欲するならば、汝。最強を証明せよ!」


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「失礼しました」

高町なのはは教会を出ると、太陽がちょうど真上に差しかかろうとしていた。
早めに昼食を摂るのもいいだろうと、少女は坂を下りながら考える。
「腹が減っては戦は出来ず」、魔道師は身体が資本なのだ。

「じゃあレイジングハート。怪しい反応には気をつけておいてね」
《はい、分かりましたマスター》

警戒もバッチリだ。
相棒であるデバイスに任せておけば、パフェの食べ過ぎに注意することもないだろう。
女は甘味が資本なのだ。自分で計算していると、せっかくのデザートが台無しである。
きっちり食べて、しっかり燃やす。これが翠屋の末娘 健康の秘訣。
激しい戦いの前には、激甘スイーツ燃料の注入が必須。まさに、天地の理(ことわり)。



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「ちょーっと待ったー!!!キミ、聖杯戦争のマスターだね!?ボクと戦ってもらおうか!」

昼過ぎ、できるだけ人の多いところで周囲を魔法探索しておこうと、街の中心街を歩いていた高町なのはに、いきなり少年が立ちふさがった。
すると結界が張られ、人影は少年と、なのはの二人しか存在しなくなる。
間違いなく、聖杯戦争の参加者であった。

「襲撃?!レイジングハート?」
《すみませんマスター。しかし、彼からは魔力を検知できません!》

一見したところ、彼は普通の学生、高校生にしか見えない。
魔力も感じないし、彼女の“勘”も警戒すべき相手とは思えない。
むしろ、参加者だとしたら、手頃な練習相手になるだろう。
本能的に楽観を浮べてしまうが、理性では警戒を続行。
マルチタスクで感想・警戒・観測を行いながらバリヤジャケットを展開し、相手の出方に備えておく。

「へえ。変身するなんてなかなかイイ趣味してるじゃないか!」

「……………………」

相手の言葉に注意しつつも、周囲を警戒し、伏兵を睨んだ態勢をとる。
控えめに評価しても、目の前の彼は最高の囮であるに違いない。

「しかし、ボク以外にサーヴァントを連れていない、一匹狼の参加者がいるなんてね」
「その度胸は買おう。―――でも、負けるぜキミ?」

どうやら相手も『サーヴァント』を連れてはいない、しかも一人らしい。
本当だとしたら好都合だが、だとしたら、あの過剰な自信はなんなのだろうか。
どこから見ても突出したものは感じられず、強いていうなら独特の髪型が、ある海草を思い出させるくらいだ。

「いいかよく聴け!」
「ボクこそ前回チャンピオン!聖杯戦争の覇者!無敵の魔術師!最強のヒーロー!」
「間桐慎二!!!!!」


「!」

まさか、いきなり前回の勝者と戦うことになるとは――――驚愕と戦慄を隠せない少女。

「(しかも、こんな参加者がチャンピオンになるなんて。)」
「(さすが聖杯戦争、奥が深い)」

ますます警戒を表す魔道師に満足したのか、男が言葉を続けた。

「ふぅん。お前、ツイてるな。このボクと勝負できるなんて聖杯戦争さまさまだろう?」
「最初の先行は譲ってあげるよ。さあ、好きなようにプレイするといい」

いきなり、カードを配り始める慎二。

「(どういうこと?レイジングハート?)」
《いっさい不明です》

「先行(おや)が有利なのは知ってるだろ?まぁ、ボクが勝つから心配しなくていいよ」

カードは7枚ずつ配られ、同様の枚数が二人の間に敷き詰められた。
残った札は山札として、その脇に置いておく。
これが示す勝負(ゲーム)、それは……

「ねえ、それって、もしかして、花札?」

「見ればわかるじゃん。近視?」

「なにそれ~~~~~~~~~~~~~~!!!!」


少女の悲鳴は、山まで届いた。



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『第97管理外世界』、その一地方都市に、いかなる願いも叶える温泉があるという。
1週間~60年の定期的な間隔を挟み顕現する、大いなる奇跡。
膨大な魔力を噴出する其の温泉の名前は『ヴァルハラ温泉』、冬木市に眠る神秘の湯である。
古来より、世界の命運を左右してきた温泉をめぐる争いは苛烈を窮めた。
その名を『聖杯戦争』。
最小にして最大の戦争である。

命の駆け引きをもって行われる苛烈すぎる戦い。
自分で設定したにも関わらず、温泉を司る星神はドン引きしていた。
そして言った。

「君たち、花札で勝負するでちゅ」

これが冬木名物『聖杯戦争』、通称『花札戦争』の始まりである。


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「ってワケ。ボクがこんなことを知っているのも、名門マキリの血筋ゆえさ」
「11年前にあった前々回は、ボクのオジサンが強力なサーヴァントを使って、遠坂の父親を下し、あと一歩のところまでいったらしい」
「けど、決勝でそのサーヴァントが、生前の主だった敵サーヴァントに頭が上がらず敗れた」
「ついでに、帰り道で遠坂のオヤジに復讐されて、マキリの一族は単色表示(モノクロ)の呪いをかけられたんだ」
「だから、前回のボクはサーヴァントを使わず優勝して、呪いを解いたのさ」

なのはの大声に気圧されのか、それとも別の理由か、慎二はあっさりと花札戦争の説明を行った。
神様がドン引きしたというが、むしろ、なのはがドン引きである。
あと、モノクロの呪いってなんだろう?

「ま、説明はこれくらいでいいだろう」
「どうせ、初心者が生き残れるほど甘い戦いじゃないしね」

「むっ」

挑発を度々はさんでくる慎二にはイライラするが、説明はありがたい。
彼と最初に会わなければ、なのはは参加者たちを、のきなみ魔砲の餌食にしていたかもしれないのだ。
心優しい彼女には、いくらなんでも酷であっただろうに違いない。

「じゃ、さっさと始めよう。キミの手番だ」
「手札は基本的に見せ合うのが、容赦なしの冬木ルールだから、そこも忘れないように」


「えっと、それっ!」

なのはの手札には『コウ』札こそないが、赤地に黒く文字の入った『赤短』が3枚とも入っており、自力で役を作れる可能性が高い。
初戦とはいえ、花札について経験者であるなのはは、様子見に留まらずに積極策で攻めることにした。
12文を先取した者が勝つルールは先手必勝。
もたもたしていると、あっという間にやられてしまうのだ。


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「また、アガリはなしかぁ」
《落ち着いてください。勝利は目前です》

一回目は運悪くアガリを逃して先制されたが、その後は手堅く戦い、持ち点を10対1にまで伸ばした。
不思議なことに、慎二は最初から3文しか持ち点がなく、カス11枚のアガリで2文とった時点で、大勢が決してしまった。
慎二はときどき不自然に柳の札を取りに行くほかは特に目立ったプレイもなく、あと1文のところまで追い詰められていた。
今回は引き分けで、慎二に親が回るが、このままいけば快勝できるだろう。


「くっ」

「(どうやら勝てそうだね、レイジングハート。この調子なら聖杯も夢じゃないかも)」
《気をつけてください、マスター!彼は何か仕掛けるつもりです!》
「(大丈夫、私はフェイトちゃんほど優しくないから)」


「くっ、ククク。クックックククハハハハハハハハ!やるじゃないか!高町!」
「嗚呼!まさか、これほど早く切札を切ることになるなんて!」

「切札?なんなのかな?」

「ボクの『宝具』は諸刃の刃だ。下手を打つとコチラがピンチになる上級者向けの代物」
「だけど、今なら気兼ねすることなく使える!」
「エクスタシーを感じながら逝け!高町!」

―――若葉色の(ワカメ)―――――遊楽園(パラダイス)―――

突如として、慎二を中心にヌメった魔力が迸り、周囲の空間を侵食した。
瞬きする間もなく彼女たちは海底風景の中に閉じ込められ、奇怪なBGM(おんがく)が流れてくる!

「きゃああああああ!リンカーコアぁがぁ!気持ち悪いいい!」
《この感覚は!?ユーノさんに掴まれていたときと全く同じ!》

「フフ、どうやら君の命運はここまでのようだねえ」

「きゃああああああああああ!!」
《助けて!マスター!助けて!!》

「この状態ではランダムで、どちらか一方、もしくは両方のプレイヤーのライフは1文となる」
「今回は、両方に効いている」
「つまり、」

「きゃああああああああああ!きゃあああ!」
《 1=0 @!@ 2^10=27 タスケテ!タスケテ!》

「―――つまり!ボクが上がるだけで試合終了なんだよ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
《01010101110100002001000101001000100@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@》



+ + + + + + + + + + + +

あれから、海草くさい魔力で弱ったなのはは、慎二に『五光』をとられて敗北した。
慎二は悠々とMOXコーヒーを自販機で買って、どこかへ去っていった。


「……ごめんね、レイジングハート」

《@@……大丈夫@す》

「大丈夫?!」

《―――復旧しました》

「本当に?一度ミッドかどこかの施設にいった方がいいと思うの」

《いけません!》
《私は、貴女に勝利をもたらすために存在します》
《まだ1回チャンスが残っている》
《私は復旧しました》

「うん――――わかったよ。一緒に、勝とう」
「でも、どうしよう。あんなことが出来る人たちがいたら、花札で勝つなんて無理だよ」

《―――『宝具』、というものを調べねばなりません》
《一度、冬木教会に戻り、監督者に質問しましょう》

「うん。もっと情報がいる……」

少女と相棒は、初戦に敗北し、スタートラインに戻っていった。
しかし、少女たちは諦めてはいない。
その不屈の心に反応し、なのはの背中の令呪が赤く燃え上がった。



第2話『宝具、レイジング・ハート』につづく


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最終更新:2010年07月18日 16:45