便利な道具? 効率の良い兵器?

――――ふざけるな……

宝具をそんな視でしか見られない輩たちを彼は一蹴する。
自身はあくまで戦いの「王道」に沿って行動しているだけだと自負しているが故に。
そこに何ら恥じる事も負い目に感じることもない。 何故なら彼は―――

―――英雄だから

彼にとってこの槍は単なる便利で強力な兵器ではない。
宝具を女王から受け継いだ事によって男が背負う事になる責任は途轍もなく重く、彼もまたその重責を覚悟の上で柄を握った。

――― 宝具を担う者は伝説を残さねばならない ―――

強大な力を振るうに足る武名を、高貴なる幻想を体現する存在として
数々の奇跡を起こし、至弱を至強に勝たせ、そして後世の歴史に名を刻む。
その域にまで至らなければ嘘なのだ。 それが当然の事なのだ。

―――英雄なのだから

ソレは決して下卑た功名心という意味ではなく、もはや責務を超えた契約だった。
宝具に宿る尊き幻想に決して恥すべき振舞いをしてはならない。

その槍を一度振るえば、ただの一度とて凡庸な戦いなど許されない。
もし自身が己の武装に溺れて有利な道へと逃げれば、もし自身が己の理想を曲げて外道へと堕ちれば
それは彼に槍を託した者の名前すら汚す行為であろう。 だからこそ男はそれを無様に扱うわけにはいかない。
担い手として、この槍がどれほど凄かったか……影の女王から託されたそれの名が後の世にまで轟くように豪壮に壮絶に、必死に戦っていたのだ。
敵だけではなく、自身の手に持つ槍とすら。 
強大な宝具と競り合い、幻想を振るうに値する男であったと認めさせるために。

――― それが選ばれし者の定め ―――

「英雄」と呼ばれしものの辿る長く険しい道なのだから

「潮時ですかね……」

だが――――それでも主の決定とあらば従わないわけにはいかない。

自分は騎士だ。 その首輪を故国に預けた以上、自身の我侭を通せない。
決定は至極当然の事だ。 一人の英雄の自我と数千の民の安寧、よもや主に図りにかけろとは言えない。

「俺は赤枝の騎士―――この名を冠された時より我が身は主を守り、その敵を屠り去る番犬です」

故に主の命に対して男は再び膝をつ、き平伏の姿勢を以って言い放つ。

「命とあらば従います。 誇りを優先するなと、雅を捨てろと賜るのならば従いましょう。
 しかしながら………俺はやはり一介の戦士です。 それ以外のあり方を知らない。
 殺し屋でもなければ、ましてや神として他人を見下す器もない―――それでも俺にその任を与えて下さるのなら…」


   それに当たらせて貰う際はクーフーリンという名は元主にお返しする

   そしてセタンタという名もまた、、天に返す所存――


今までの己との決別を果たすべく―――万感の思いの篭った言葉を紡ぐ。

この一瞬に彼の脳裏にどれほどの苦悩と葛藤が過ぎったのか。
若者は分かっていたのだ。 宝具を持った時から、いつかはこんな日が来るのではないかという事を。
そして人として戦士として生きる旨を信じて戦ってきた彼にとって、それはもっとも恐れていた事態であった事を。

祖国と、そのために戦う兵士達の生命や損失を考えるのならば主や重心の口から出た決定には何ら間違ったところは無い。
そしてその力を持った者を適材適所に送り一兵士の武名よりも効率を考えて立ち回らせる。
正しい。 何ら間違ったことは無い。

だがこの男にそれを実行させるという事はこの国に生きる武人全ての生き方を、戦の在りようを変えてしまう事に他ならない。
戦に生き、戦に花を添え、戦において友と繋がり、そして戦に死す事を良しとする、戦場にて生涯を全うする人種。
その全てを自分が消し去ってしまうかも知れない。

この若者は所謂、純一戦士ともいうべき存在だ。
戦うためだけに生を受けた者から望みの戦場を奪い、異なる道を行かす事の何と残虐な仕打ちか。

「…………」

沈黙を守る主。
知っている。 幼少の頃から、この若者の事は識っていた。
一日も早く騎士として自分の役に立つために国中の戦車を叩き壊してまで自分を役立てて下さいと平伏してきたこの忠犬。

可愛くて可愛くてしょうがなかった……この忠実なる臣下が。
その道が頓挫するという事は若者にとって死ぬ事も同じであると。
その道を頓挫させるという事がどれほどに罪深い事であるかと。

主は、肩から降りてくるかのような重いため息を一つつき、全てを覚悟したが故に―――

「――――――戯れた。 忘れろ」

「え?」

―――その一言を紡ぐのだった。


――――――

「すまんな……時間を取らせた。
 将への抜擢もその後の事も全て無しだ。 お前は変わらず戦場を駆けるが良い」

いつもの柔らかな姿勢に戻っている主君に対し唖然とした表情を向ける若者。

「ロード! それは…!?」

「光の御子の武名を地に塗れさせて後世に汚名を残す気は無い。
 頭の固い爺さん方には私の方から言っておくとしよう。」

主君は優しく微笑んだ。 
男の伏した顔が、信じられないといったような瞳が、やがて破顔する。

許されない事だ……このような贔屓。
下手をすれば主君がその資格を民から、臣から疑われ、危ぶまれるほどの。
だのに、だのにこの人は――――

言い淀む若者であったが、もはや主は彼に二の句を繋がせない。
既に後ろを見せて、話は終わりだとばかりに歩き始めていた。

「宣に違わず励めよ、セタンタ。 せいぜい私の期待に答えておくれ。」

後ろ目にその手を振って、もはや一歩も動けずに背を見送るしかない男に対して一言。
どんな宝剣よりも金銀財宝よりも尊くて、価値のある褒美を主は自分に授けてくれたのだ。
重い事実だった………その主の言を受け、無言で口を引き結んでいた男が再び膝をつく。

「――――――――感謝する……ロード」

彼は平伏した頭を上げなかった。

無人と化した平野で誰にも見られていないにも関わらず、それでも顔を……上げられなかった。
その涙の滲んだ目を、震える声を、決して誰にも見られるわけにはいかなかったから。
だから頭を上げずに、ただ心の底から、男は千の謝意を込めて平伏した。

英雄の道を歩んでいながら同じような境遇でその意思を挫かれ、歴史の波へと消えていった者は沢山いる。
望まぬ主君に一生を仕え、望まぬ終わりを迎えた者の何と多い事か。
それは仕方のない事だから――――――
だから自分もまた、国の礎として生きるのだろうと自分に言い聞かせた矢先の出来事だった。

良いのだ……己の身上を貫き通してこれからも戦って良いのだ……
運命に感謝せずにはいられない。 
この主に仕えられた事を感謝せずにはいられない。

「誓います、ロード。 例えこの身が滅びようとも
 自身の誇りと祖国の繁栄……俺はどちらも手放すつもりはないと」

かの主は既に遠く、男の視界から消え去ろうとしていた
それでも男は続けた。 その背中に。 
一生、仕え続けるだろう、その背中に。

「見事、両立して見せます――――この槍で」

透き通るような半裸の肢体に槍を抱えて平伏する男。
美丈夫の眩し過ぎる佇まいに見惚れぬ者はいないだろう。


主もまた、背中にそれを感じて確信する。

朱の魔槍――――――
もしも男のような不器用な戦士でなく、より効率と利便性のみを重視した使い手の手に渡っていたのなら
それは最強の殺人兵器としてのみ後世に残ったであろう。

(故に、か……影の女王よ)

だが、それだけだ。 
それだけの価値しか認められぬモノとして、宝具ではなく魔具としてのみ後世の逸話に記されていたかも知れない。
冥府の魔槍は人の世においてそれほどに危うく移ろい易く、禍々しき側面を担っているが故に。

だからこそスカサハはこの不器用な若者を見初め、槍の担い手として認め、彼にのみ奥義を授けたのではないか?
男に相応しき栄誉としてこの最強の槍を持たせたのではないか?
槍は呪いの朱槍。 本来ならば光ある所には出られない。 

だがこの光の御子ならば――――?

意地汚く卑しく人の血を啜る魔道具ではなく、英雄の片手に飾られるに相応しい宝具として
かのグングニール、ロンギヌスと並び称されるほどの幻想にまでソレを昇華させるであろう事を予見して
この男を選び、英雄への道を歩ませたのではないか?


   ああ、冥府の番人よ―――どうやら人を見る目は確かだったようだ

   この者はやるよ。 
   祖国……否、四海を越えた先にまで名を轟かすような、そんな英雄になるよ。


主こそ、男に感謝せずにはいられない。
一つの神話の時代、それを担う者の勇士をこの目に焼き付けられる事の幸運に感謝する。

黄昏の戦地跡にて一つの邂逅と契約がなされ、そして一つの伝説が走り出した瞬間
風は祝福するように男の頬を撫でる。

どこに行こうと、どのような状況であろうと決して変わらぬ
決して曲がらぬその身上を以って戦い続ける男の勇士を祝して――――


――――――

「討ぅぅぅち取れぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!」

恐怖と、狂気と、そしてそれらを凌ぐような歓喜に彩られた死にもの狂いの怒号が飛ぶ。 

諸共に千の軍勢が迫り来る。 
既に体の至るところを「無く」した身に容赦なく降り注ぐ白刃。
斬撃が、刺突が、打撃が、それに打ち込まれる度にその身は力無く弾かれ、そして宙を舞う。

「いける………殺れる!!!」

「は、ひゃはは、、猛犬を倒せるぞぉぉ!!!」

口々に怒鳴り、迫り来る兵士達。

―――体が重い
―――余裕で避けられる筈の刃を身に受け
―――亀の如き重装歩兵に無様に追いつかれる

「射かけいッッ!!!」

五月雨のような矢が男の肉体に降り注ぐ。 
ドス、ドス、と次々と突き刺さる矢じり。
全身を刀傷と矢で貫かれたその身。

ゲッシュを破った男には、もはや「矢避け」を初めとした戦におけるどのような加護も降りる事は無く
滅びを待つ肉体に今―――ザフ、と………剣が深々と突き刺さる

「ひ、ひはは……」

それは名も知れぬ一兵卒の歓喜に染まった顔だった。

―――英雄殺し
その首級を取ったものは一生色褪せぬ殊勲と富。 
そして歴史に己の名を刻みつける事となる。

「やった……やったぞぉぉ!!!!」

その栄誉を自分がモノに出来た幸運に兵卒は声が裏返り、涙に咽びながら吼える。
そしてその剣を横に薙ぎ払い、男の腹を一文字に切り裂いて―――

「クランの猛犬討ち取ったりぃぃ!! この首級は俺のも、げごっっ!!!?」

人生最大の至福を感じたままに彼は、頭をグシャリと握り潰されてその一生を閉じたのだ。

「緩めるなよ―――この程度で死ぬような体じゃねえんだ……生憎な」

決まったと思った瞬間の惨劇に血気に盛った軍が凍りつく。
兵卒の影からゆらり、とその身を起こすは今や国を跨いでその名を知らぬものなどいない槍の英雄。
あの「猛犬」が紅い目を煌々と光らせて……その身を佇ませていた。

「うおおらあああぁぁぁぁああああッッッ!!!!!」

千の怒号を掻き消すかのような、悪鬼の咆哮が戦場に木霊する。
その勢いのままに頭部を握り潰された兵の首を無造作に掴み上げ、傷だらけの男は眼前にて押し寄せる軍勢の中央にソレを投げ込んでやる。
空気を裂いて飛来する、Gで歪に曲がった四肢を生やした肉塊が敵軍に着弾した瞬間、血肉を爆ぜながら吹き飛ぶ数十人の連隊。
怒涛の如く押し寄せていた兵が、そのあまりの凄まじさに歩みを止める。

「こ、このッ………」

「おい…………」

比類なき名誉をその手に掴もうと津波のように押し寄せていた兵に再び灯る――――恐怖


―――何で……何で………
―――何で死なないんだよ……こいつはッ!? ―――


「人間じゃ、無い……」

男の周囲を囲むように展開される兵の間からそんな呟きが漏れ出る。
それを受けて男は再びニィ、と―――鬼貌に染まった顔に哂いを称える。

「どうしたァァっ………我こそはクーフーリンッッ!! 
 俺の首が欲しいんだろうがッ! てめえらの命と引き換えにくれてやるって言ってんだよ!!!!」

鉛のように重い体で再び槍を構えて投擲の姿勢に入る男。
軍勢の間に「ひぃっ!」という悲鳴が巻き起こり、その波が男の眼前を中心に真っ二つに割れる。

「さあ、かかってきやがれぇぇっ!! 命を張って、こ、―――?」

だが、魔槍が男の手から離れる事はなく―――
真名どころか、彼はその最後の言葉すら満足に言い切る事は適わなかった。
ヒュー、ヒュー、という空気の漏れる音が自身の首筋辺りから聞こえてくる。

―――ああ、そうか……
―――喉はとっくに裂かれてしまっていたんだっけ……

自分の体を見下ろすと、肉体を動かす要素である内臓が足元にボトボトと――零れ落ちてしまっている。
急激に抜けていく力。 命の灯火が、気が、体から逃げていくのが分かる。

「――――――は、」

でありながら男はその場に槍を付いて、哂いを絶やさずに敵と向き合い続けた。


   なあ、スカサハよ―――


なつかしい名前を、心の中で紡ぎ出す


   お前が選んだその目に狂いはなかったかい?


次いで自分の傍らに雄々しく突き立ったソレに男は目を向ける


   なあ、ゲイボルク―――
   俺はお前に相応しい男になれたかい?


それは間違いなく自身の今わの際の言葉になるだろう。
それを心中で呟いて、男の顔から険が抜けていく。

誰の目から見ても、力尽きる寸前の姿。 
あと一押しなのは明らかなのだ。

なら行け……行くんだ! 
今こそ、あの魔犬を討ち滅ぼす時なのだ!
誰もがそう思い、足を踏み出そうとして―――そして、その一歩を踏み出せない。

鬨の声を発する事さえ出来ない。 
怒号飛び交う戦場のはずなのに、そこはまるで静寂に包まれた礼拝堂のように静かで……
あまりにも尊いその光景に、あまりにも神々しいその姿に、誰一人として動く事さえ出来ない。


   分かるわきゃねえか……
   答えなど帰ってくる筈もねえ


コポ、とその口から赤黒い液体が漏れ出、ほどなくして男の目から光が消えていく。
その命運が尽き、かの者は静かに息を引き取ろうとその身を地に―――

「なら、ば……続き、だ……」

いや―――その身を地に付ける事はなかった。

槍が翻り、発生した棘がザクン、と担い手の男を穿ち、折れて砕けた骨を自ら矯正する。
そしてゆっくりと這うように前進を開始する男。 その口がクワ、と開かれて―――

「続きはあの世だ……せいぜい死神相手にィ―――」

絶叫によって裂かれた喉が完全に開き、薄いピンクの内部がひり出す中で―――

「踊ろうじゃねえかぁぁぁあああッ!!!!」

彼はその人生、最後の突撃を敢行する。


   伝承において彼は最期、己が身を柱にくくりつけ
   決して倒れる事はなかったという
   その逸話に数分違わぬ姿を遺し――――


今、一つの伝説が終焉を迎えた


――――――

「…………ぉ、???」

鋼鉄の鞭が飛来し、男の頭が弾け飛ぶ。
何かが破裂したような音と共に血飛沫が舞い、たたらを踏む。
その、刹那の間――――

(…………ど、どういうんだ?こりゃ)


――――場は男にユメを見せていた。


サーヴァントは夢を見ない。 
ましてやこの狂戦士が戦いの最中に白昼夢に苛まれるなど、自身をして悪い冗談としか思えなかった。

(久々に「こいつ」を振るえる相手に出会えた悦びのあまりって事か? 何にせよ……)

魔槍を起動した、起動せしめる相手と相対する歓喜。
そして槍に対する想いと、あの戦渦にて交わした誓い。
その全ては今もなお、変わらず男の胸の内に――――

「は、―――」

眼前の敵に槍を構えて男は哂う。

(ロード……笑えるでしょう?
 好き勝手やらせて貰った挙句の果てに―――俺は結局、こんなところまで来ちまいました。)


――――ならばこれは白昼夢などではない。 再確認だ。

死して英霊となり、サーヴァントなどという紛い物の器に収まってなお
自分ははどうしようもないほどにクランの猛犬以外の何物でもないという。


今の世では――もはや個人の誇りと全体の利益など天秤にかける事すらおこがましい行為であっただろう。

例えば世の中から恒久的に戦を無くそうと考える者からして見れば、男の英雄論は虫唾の走る悪徳に写っただろう。
例えば平和を愛し戦を無くしたいと願う者からすれば見れば、戦を望み、無茶な行為を繰り返し、肉体を犠牲にしてまで得る誇りなど決して許さなかった筈だ。

だがそれは、今とはあらゆる価値観が違う世界。
戦は確かに多くの血が流れるが、それは彼らの表現の場であり、そこに生涯をかける者たちは確かにいたのだ。
決して無機質な殲滅戦と化した現代の戦争とは違う、尊き何かが確かに在ったのだ。
故に男の生きた時代は戦士が最も輝く事の出来た時代。 戦う者にとっての―――楽園だった。

その時代において彼は思うが侭に戦った
どこまでも壮絶に、ただの一度も己の身上に逆らう事無く
若くしてゲッシュの呪いに苛まれて討ち取られるまで、最期まで意のままに戦い抜いた。

自身のエゴにおいて味方に何一つ不利益を出す事無く、ただ己が身、己が血肉のみを犠牲とし、常識を超えた奇跡とも言える戦果を出し続けた。
彼が妄執に固執して一度でも周囲に飛び火させたのであれば、それはただの愚か者として後の歴史に記されていただろう。

薄氷の上を歩むかのようなバランスの元に成り立っていた身上と偉業との両立。
其れを完遂させた時――――彼は誰もが認める真の英雄となり、万人に仰ぎ見られる伝説を作った。

決して色褪せぬ、後の世にまで語り継がれる獰猛なる勇者。
その手に最後まで握られていた赤き魔槍。

クランの猛犬=クーフーリン。
未だその葛藤と戦っていた頃の若かりし姿を経て―――

「ま、結局バカは死んでも直らなかったってこった。」


―――――――――男は死した後も、なお誇りと共に槍を振るっている

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最終更新:2010年08月02日 12:43