「ごっ…………!?」

アスファルトにぱたた、と鮮血が舞い散り、男の頭が爆発物に被弾したかのように爆ぜた!
蒼い肢体の上半身がズレるように吹き飛び、槍を構えた姿勢が崩れ、後方によろめく!
まるで遠方からの狙撃を食らい絶命する瞬間のような光景。 頭部をピンボールのように左後方に弾かれ、その肢体がぐらつき揺れる。
ドクドクと脈打つ傷口から溢れる流血を手に感じ、負った傷にガリリと爪を立てて男は飛びそうになる意識を保つ。
抑えた手から際限なく溢れるように吹き出す血はまるで止まる気配を見せない。
頭蓋―――下手をすれば脳すら傷つけているのではないかという深手だった。

―――まさか相手にこんな隠し手があったとは……

蛇腹剣―――今でこそ武装・バリエーションの多様化により、剣と鞭のフォームチェンジによる変幻自在の奇剣は珍しくはない。
だが男の生きた時代では、それはいまだに未知の武装。 故に対処が遅れてしまった。
彼の反射速度を以ってしなければ頭を輪切りにされていたに違いない。

その見事な剣を放ったシグナムは男の正面、愛剣を横に薙いだ姿勢のままにランサーを睨み据えていた。
一言も発す事無く、血に塗れながらもクールな出で立ち。 だがその相貌、まずは一つ返したと言わんばかり。
修羅の如き女……まさかあの状態から槍兵のサーヴァントを相手に逆襲を決めるとは。

「―――――面白くなってきたじゃねえか………」

まさに剣鬼と魔人の滅ぼし合い。
今ので槍兵の顔半分、片目が大きく塞がっていた。


そして男は―――変わらず哂った


――――――

(ようやく一矢、といったところか…)

長い長い万里の道をようやっと一歩、踏み出せた……そんな心境の彼女である。

レヴァンティン・シュランゲフォルム―――
ここまで我慢に我慢を重ねて温存してきた将の愛剣のもう一つの顔。
近距離特化のシュベルトフォルム・ソード形態の弱点である中距離戦闘を補い
鞭のような形状で相手を切り刻むレヴァンティンの主戦武装の一つ。

今まで使用を控えてきたツケを取り合えずは引き戻せた事にまずはほっと胸を撫で下ろす剣士。
見事に不意をつけたが、二度は通じまい。
この形態は飛距離に優れ、防御されにくいという反面、こちらが守勢に回った時は果てしなく脆い。
鞭という武装の利点と欠点。 使いどころに迷ったが、取りあえずは及第点を付けたいところだ。

――― ム、!! 、、ナムっ! グナム 大丈、――、ム! ――― 

そして先ほどから耳元に威勢の良い声を届かせている小人の少女。

(おい、生きてるか!? シグナム! おい! 返事してくれよ頼むからっ!!)

(アギトか……まだ生きている。 安心しろ)

最寄りの木の上に避難して事の成行きを見守っていた剣精アギトに返事を返してやる将。

(心配するな、じゃねーよ! 戦闘中なのは分かるけど少しはこちらの声に答えてくれてもいいじゃんか!
 フェイトにも何べんやっても繋がらねえし……うう)

(すまんな。 余裕がなかった)

(だいたいあんなヒョロい奴……何でフルドライブで一気に潰さねえんだよ!?)

シグナムの顔がほんの少しだが驚きに染まる。
事もあろうにあのランサーを「ヒョロい奴」扱いするアギトに対し、簡単に言ってくれると苦笑するしかない。
まあ無理も無いのだが……この妖精にとって強さの指標はかつての彼女のロード――ゼストグランガイツが基準となっている。
満身創痍の身でありながらヴォルケンリッターの二枚を続けて抜いた恐るべき騎士。
その勇者を結果的に打ち破った烈火の将の剣こそ、今のアギトにとっては最強そのものなのだ。
そのシグナムがどこの馬の骨とも分からない野党に苦戦する光景など信じられないし、あってはならない事なのだろう。

だが、あの槍兵もまた強い……途方も無く。 陸戦オンリーだが、あるいはあのゼストをも凌ぐかも知れない。
戦術の組み立て、並べ方を一つでも間違えたらそこで終わりだ。
リカバーは効かず、その時点で一息の元に押し潰されて殺されるだろう。
と、そうした将の見解は取りあえず感情の昂ぶっていたアギトには伏せておく。

(………シグナム)

(何だ)

(いつまでもチンタラやってんなよ! いつでもいけるからな………ユニゾンっ!)

そんなシグナムに対して強い意志で一言、小さな少女は騎士に告げる。
元より少女が今、出来ることなど一つしかない。 ならば雌伏してその時を待つ。
あの憎らしい槍野郎に止めを刺すその時まで決して自分の存在を相手に気付かれてはならない。
この体はロードの剣に業炎の力。 全てを燃やし尽くす灼熱の炎を与える切り札だ。
だからこそ将が命を下すまで今は歯を食い縛って耐えるしかないのだ。

(アギト)

故に二人の間にこれ以上の問答は必要ない。 最後に一言―――

(心配するな)

小さな羽をパタつかせる少女の総身を震わせるには余りある、心強い言葉をかけてやる。

(ああ! ボッコボコにしてやれよな!)

そうだ……この強いロードがあんな奴に負けるはずがない。 自分の心配なんか杞憂だ。 
きっと、きっと、あと数分後にはいつも通りの強くて雄々しい烈火の将の勇士が見れるんだ!

そんな思い――――
小さな小さな応援を背に抱き――――騎士は再び魔槍の男に相対する。


――――――

(ユニゾン、か……)

心の中で呟く騎士。 
烈火の将のみならず古代ベルカの騎士の切り札ともいうべき、デバイスとの文字通りの「融合」
それは最後の選択肢の一つだ。

自身の限界以上の出力、付属能力を備える事になるそれは当然、通常運用よりも燃料消費はかさむ。
その試みによって敵を倒しきれれば言う事は無いが、もし相手を殲滅する前にガス欠を起こしてしまったら目も当てられない。
だがこの局面、このまま漠然と打ち合っていて事態が好転するとは思えない。 今の手札で戦うのもそろそろ限界だ。
どうする? このままジリ貧を続けるか? それともユニゾンで一気に勝負を決めるか?
試行錯誤するシグナム。 目の前、紅い槍との対峙がいよいよ持って熱を帯びてきた。

(さし当たっては無策で迎え撃つしかないか……)

鞘と剣の二刀を携える騎士が内心で舌打ちする…………その時―――!!

(シグナムッ!!!)

先ほどのアギトに続き、脳内に―――――
その身の無事を心配して止まなかった戦友の声が響いた!


――――――

(テスタロッサか……!)

沈着な騎士の声がわずかに半トーン上がる。
そしてどちらともなく漏れた吐息は、友の無事に対して心底からの安寧を感じさせるものだった。

(っ! クロスライン!! お願いしますッ!!!)

だが切羽詰った声がその多くの安寧を称えた言葉を紡ぐ事は無い。
火急を要するこの状況で安息を求めるほど二人は愚鈍ではないのだ。

(間もなくフルスピードでそちらを通過します! 敵を引き連れて!)

間髪入れずに超高速でシグナムのデバイスにデータが送られてくる!

―――――時間は、あと 10秒03、、02、、


――――――

と同時にそれは来た!
ランサーが真紅の牙を翻し再び襲い掛かってきたのだ!

「ぐ、ッ!!」

「どうしたよ!! 人のアタマ削っておいてボサっとしてんじゃねぇ!!!」

後方に下がりながら手に持つ二刀、剣と鞘で必死に槍を裁くシグナム。
数多の敵を打ち倒し、また己が身を守ってきた彼女の半身が彼女の手によって踊り狂う。
右手に煌びやかな光と紅蓮の炎を内包する刀身。
眼前の男の喉元に向けて真っ直ぐに、片手正眼にて呼応する。
左手に純白の輝き放つ重厚な鞘。
クナイの様に逆手に持ち、胴の下の懐に構え、あらゆる猛攻を打ち払う鉄壁の城門の如く佇む。
攻防一体の出で立ち。 本来ならば一刀のオーソドックスな超攻撃的騎士剣こそが彼女の本流であるが、この姿もまた何と堂に入っている事か。

対して槍兵は変わらず攻める!攻める!
先ほどの蛇腹剣の予想外の変化はあくまで中距離において有効。 近接では使えまい。
ならば下手に距離を取られるよりは徹底的に密着した方が自身にとって有利。

(………?)

だが男がここで違和感に苛まれる。
それにしても、この消極的な姿勢は何だ? 先ほどまでと違い、剣に覇気を感じない?
竦んでいる? 弱気になっている? ………そんなわけはない。 
この女に限って、そのような惰弱なタマである筈が無い。
男の煌々と光る紅い瞳が、射抜くようにシグナムを凝視する。

(全く生きた心地がせんな)

その些かの仕掛けも見逃さない魔犬の双眸に晒されて、全身の毛穴が開き、彼女の体からは発汗が止まらない。

(だが………もう少しだ)

そんな綱渡りのような攻防も目前に光明を見出しているが故に悲壮感は無い。
出来るだけ完璧に近い形を以ってあの隊長を迎えたい。
あの金色の魔導士の副官としてキッチリと仕事をする。 それが今の自分の立ち位置に他ならないのだから。

その時まで―――――もうすぐ―――もうすぐだ―――!


――― ジャスト、0 ―――


そして戦場を―――――――今、雷光が真っ二つに切り裂いた!!


――――――

場に飛び込んできたのは金色の天使!
シグナムの後方に座す森林の奥から爆風じみた突風と共に雷を纏う翼が舞い上がり
騎士の薄紅のポニーテールを跳ね上げたのだ!

(間に合ったか……!)

シグナムの目線は正面――槍兵から一時も話さないままに
後ろ髪に感じた戦友のマニューバによる心地よい風を以てミッションが正しく開始された事を知る!

「打ち尽くせ……………ファイアッッ!!!!!!」

上空へと舞い上がった女神はその黒衣と白きマントをはためかせ
号令の元、己が周囲に展開している全てのフォトンスフィアの解放を命ずる!
瞬間、フィールドは稲妻降り注ぐ雷帝の庭と化した!
雷の雨はまるで神が罪深き人間に下した天罰そのもの。
一帯にプラズマを生じさせながらアスファルトを焼き尽くす雷撃魔法。

「サンダァァ………スマッシャァァーーーッッ!!!」

そして、その止めというべき豪雷の鉄槌を今、フィールドの中央に打ち放つ!


――――――

美しい金の髪をなびかせて――白い羽を羽ばたかせて――獲物は森を抜け、空に舞い上がった。

逆おわん型の上昇軌道で綺麗な離陸を飾る姿を片時も見失う事なく
鼠を追いかける猫の如き凄まじさを以って、マスクの下に爛々と光る目を隠した紫の女怪がそれを追走する。

やるべき事は既に決まっていたのだが、少し惜しい気もしている彼女。
恐らくアレを放てば、彼女の亡骸は骨も残らないだろうから。
あの白い体に爪を立てて直に引き裂いてやりたかった……その口から断末魔の絶叫をあげさせたかった。
泣き叫び恐怖する彼女の首筋をゆっくりと切開して、その滴る生命の奔流を浴びながらにいつものように口を潤す―――
それが出来ないのは口惜しい……本当に口惜しい。

「―――――、」

全力を超えた全力疾走。 
決して浅くなかった傷は既に癒え始め、森の中を疾風の如く駆け抜ける彼女の息は微塵も上がっていない。
マスクに覆われた眼は白いマントに釘付けだ。 捕食者は獲物を狩る時、その対象以外のものは見えない。
今、彼女の目には金色の髪がかかっているあの背中しか見えていない。

――森を抜けた―――上昇する背中
可愛くて、でも憎たらしいまでに抵抗を続けた雀が今………宙に舞い上がる!


   「助かった」と思っているのでしょう?
   九死に一生を得た安堵感で胸が一杯なのでしょう? その顔が――――


次の瞬間、絶望と驚愕に染まり、一瞬でこの現代より消えてなくなる……
その至福の瞬間を目に収められるだけでも、サーヴァントでもない相手に「アレ」を使ってしまう事の慰めとするには十分。

「―――終わりです」

そしてついにフェイトに一足遅れて紫の閃光、サーヴァントライダーが弾丸のような勢いを放ちながら森から飛び出してきた!
己が武器。 相手を貫く筈の短剣を彼女は自らの首に当て、その切っ先を自身に突き刺そうとする。
自虐というには余りあるその行為に加え、彼女は場に、まるで陸上選手のクラウチングスタートのように
前傾姿勢で―――地面をザザザ、と滑空しながらに四つんばいになる。
彼女独特の戦闘姿勢のそれよりも更に地に伏せ―――これより襲い来る凄まじい衝撃に耐えようと口を引き結ぶ。

愛しき生贄の一切合財を滅す、それは儀式―――
騎兵たる彼女の真の足を顕現させるために、今――


――――――

森の正面をぶち抜くように抜けて来た雷電と紫電―――片方が舞い上がり、片方が地に伏せる!
伏せた方の紫の長髪は忌々しいながらもよく知った顔で………

(……………て、おい)

騎兵―――サーヴァントライダーが今、四肢を地に付け
こちらに向けて「疾走」の体勢に入っていたのだ!

(あのヤロウ!!? まさか打つ気か!?)

驚愕と戦慄に見開かれるランサーの双眸!
シグナムとの戦いに没頭していたその身では到底、回避も阻止も間に合わない!
冗談ではない……! この位置関係――――間違いなく巻き込まれる!

「ちょっと待てッ! てめえっ!!!」

体感、既に手遅れとなったこの局面にて―――
男の出来た事はパートナーに対して怒声を浴びせる事のみだった。


――――――

「―――!?」

瞬間―――森を抜け、視界が開けた瞬間、頭上から降り注ぐ光が騎兵の視界を焼く!
光は場全体に黄金の雷が降り注いだ事によって生じた物だ。

「目晦ましのつもりですか――無駄な事を!」

嘲笑う騎兵。 最期の抵抗にしてはそれはあまりに矮小で哀れだ。
樹海の闇に慣れたこちらの目を潰すために放った苦肉の策であろうが
並の閃光弾を遥かに凌駕する威力で対象の眼球を焼いたであろう光はしかし、彼女の「目」に対して些かの効果も得られない。

「―――――――、」

――― ベルレ、 ―――

そして自身の感覚にくっきりと焼きついた金髪の魔術師に向かって
騎兵は己が全力の疾走を敢行すべく、その真名を紡ぎ出す!
何か視界の隅に余分なものがいる気がするが大した問題ではない。
猛り狂う魔力。 凝縮していく「力」!

そしてその杭を自身の首筋に深々と―――深々と、―――

………………
………………


――――――


結論から言えば、儀式めいた自虐が彼女の首を鮮血で濡らす事は―――なかった。
求め焦がれた獲物の悲鳴。 搾り取られたかのような断末魔の叫びを聞く事も。

変わりに己の耳を振るわせたもの。
それは、ゴシャリ、と――――自らの肉体のうちより発せられた……


――――――

此処に来てパズルのピースがガチリと嵌ったかのように天秤は―――ライトニングに傾く。

個別に展開していた戦場が完全に交わり、四人八つの視線が近距離にて交錯する。
ここが戦局を傾ける分岐点。 事態が相手側に有利な状況で膠着している以上
戦況を自分側に手繰り寄せる「きっかけ」が欲しかったのは他ならぬライトニングの二人だった。
ならばここで引っくり返さない手はない!
この予期せぬ事態で先に動けたのは言うまでもなく、デバイスの情報や念話による意思疎通によって状況を予見し
即席ながら対応策を練ったライトニングであった事は言うまでもない。
機先を制した騎士と魔導士のコンビに対し、仕掛けた網に飛び込むが如く、まずその餌食になったのは騎兵のサーヴァントライダー。

標的を追いかけ、己が疾走を解き放とうと宙を見上げ、視界が捉えた金色の肢体。
それに手が届く―――それを焼き尽くそうとした寸前―――
ランサーに背を向けて森側に向き直り、ライダーの正面にて地を這うほどに十分に腰を落として待ち構えていたのは―――

「不用意だな………もっと周囲に気を配った方が良い」

――――剛剣を携えた騎士であった!
雄々しい雄叫びのように翻る炎の魔力。 決して軽症でない体を振り絞り、体内に残った力を一気に集約し、解放して炎の魔剣に叩き込む。
そして今、自分の目の前に飛び込んできた間抜けな敵に対しその業火をフルスイングしたのだ!!!
ゴシャリッッッ!!!という何かが粉砕される音を響かせて、溶鉱炉の如き熱気を放つ剣が女の胴にぶちこまれていた。

「は、ふッッッッ、!?――――」

何かがひしゃげる鈍い音を騎兵は確かにその耳に聞いた。
何も見えなかった……いや、見ようとしていなかった……獲物の姿以外の何も。
その獲物が逆にこちらに罠を張った事も、自身の胴を薙ぎ払われた事も、理解の及ばぬままに嗚咽に咽ぶその体。
全てに気づいたのは己の口が無様な悲鳴を上げた後の事。

待ち構えていた騎士の渾身の一撃が空へ釘付けになっていた視線の外
全く想定外の下方から伸び上がるような軌道でライダーの胴に打ち込まれる!
短剣の鎖を胴の前に張り巡らせて、奇襲に対し何とか防御の姿勢をとった彼女だったが
完全に不意をつかれた上、剛健さに欠ける鎖ではその攻撃を弾き返すにはまるで足らない。
ましてや騎士の渾身の一撃を受けられる筈もなく、両断されて上半身と下半身に分け放たれるのを辛うじて防げたというだけ。
打ち込まれた衝撃はミシミシッと肉体に食い込み、炎纏う刃が金属越しでも十分な殺傷能力を持って彼女の白い肌を焼く。

「かッ、――はぁっっ!?」

とても耐え切れるダメージではない! 明らかな嗚咽を漏らすライダー。
騎兵の身体がカクンと力なく、くの字に曲がる!

「おおおおぉぉぉぉぉおおっっっ!!!」

まさにド真ん中に放られ、真芯に捉えられた打球の如し! 烈火の将の軸足がぎゅるり、!と地面を抉る。
ライダーの両足が更に地から勢いよく浮き上がり、レヴァンティンが噴き出す炎熱の魔力にて火だるまになり
ゴキャンンン、!という鈍い音と共に、飛び出してきた方向に打ち返されてしまう。
地面と垂直に吹き飛ばされるライダー。 その体が後方の木に叩きつけられ、その木が無残に折れて、それでも勢いは止まらない。
二本、三本と次々と大木に激突し、将棋倒しに薙ぎ倒しながら女怪は再び森の中に叩き込まれてしまったのだ。

「テスタロッサ・ホームラン……奴の直伝だ」

弾丸ライナーでバックスクリーン……否、森林の奥にまで打ち込まれた敵を見据えて将が呟く。

(変な名前付けないで下さい!)

(フフ、恥かしがる事は無いぞ)

肩先から足の指まで痺れの残る、紛う事なきハードヒットの手応え。
クリティカルヒットの感触は戦いで負った苦痛を一時、忘れさせてくれる。
相手が何であれ、これほどの一撃……無事には済むはずがない。

「行くぞ、レヴァンティン」

すかさず森の中に追撃を敢行するシグナム。
その目に危険な光を称え、彼女の外袴が敵に止めを刺そうと翻る。
今の自分達の状態でこの二人をまともに確保するのは難しい。
故に今は捕獲できたとしても一人が限界。 
どちらかに再起不能―――いや、二度と立ち上がれないようになって貰う事も視野に入れなければならなかった。
あの優しい金髪の魔導士の手は出来れば汚したくは無い。 元々この身は汚れ役に徹するに何の不都合も無い。

だからこれは自分の仕事だ。
そんな冷酷な思考の元、騎士は相手――吹き飛ばされ悶絶する女の元へと駆ける。
手に持つ魔剣が危険な炎を纏い、その残滓をアスファルトに撒き散らしながら
烈火の将が敵の消えたその森へと足を踏み込むのだった。


――――――

槍兵が真正面から垣間見たフェイトの飛翔。
それは雄々しく立つ豪炎の騎士の頭上から放たれた迅雷のように映ったであろう。
鉄壁の構えを見せていたシグナムを隠れ蓑にして上昇した魔導士が今―――

「ソニックムーブ!!!」

伝家の宝刀、神速移動魔法の詠唱を終え、ここに解き放つ!

地上に稲妻を存分にばら撒いた雷神。
これであの強力な敵を倒せるとは夢にも思わないが、閃光によってそのフィールドは黄金の発光に包まれる。
相手にして見れば、それは光の奔流に突然にして放り込まれるようなもの。
その目晦ましの効果は凄まじく、加えてサーヴァントに勝るとも劣らない速度を持つ彼女がその機動力に更なるブーストをかけたのだ。
不可視に不可視が重なり、今や彼女の動きは英霊の視認すら超えてその姿をロストさせる。

上空へと舞い上がったフェイトが狙うは当然、先程までシグナムが相手をしていたランサー。
ここにいる全ての者の視界から逃れた雷迅の魔導士が上昇した勢いを些かも殺さずに、そのまま急降下しつつ敵の頭上に迫る!
キッと、下方にいるであろう槍の男をフェイトは真っ直ぐに睨みつける。
友であり尊敬する騎士をあそこまで痛めつけた相手……仕掛けによって不意をつけたとはいえ、生半可な攻撃は通用すまい。

「行くよバルディッシュ……アサルトフォーム!」

故にここで投入するは彼女の切り札。
アサルト・突撃の名を冠する攻撃特化型のフォームへの変形を今、自身の相棒に命じていた。

<Yes sir...>

低くて含蓄のある声がデバイスから発せられ、そしてフェイトの手から細い体躯に不釣合いな―――無骨極まりない巨大な刃が伸びる!
それこそが彼女の近接最大最強の武装。
魔導士でありながら騎士とすら拮抗せしめるフェイトテスタロッサハラオウンの真の力。

バルディッシュアサルト・ザンバーフォーム――――
天に突き立つような大剣は彼女の出力不足、低火力という弱点を補って余りあるもの。
古において騎兵を馬ごと叩き斬る剣 「斬馬刀」 が起源とされている巨大な刃は
以来、甲冑ごと相手を屠る、城門を切り崩す等など様々な逸話においてその姿を見せる巨剣を模したものであった。
グレートソード、クレイモアと呼ばれる騎士の持つ両手剣を遥かに上回る重量、刀身。
決戦モードとも言えるそれを満を持して解き放ったフェイト。
彼女は今、最速にして剛の牙……否、巨人の鉄槌さえも手に入れた埒外の存在。
神話の具現サーヴァントを切り伏せるに不足の無い神速の剛剣使いと化したのだ!

(左だ! 奴の右目は塞がっている!!)

(はいっ!)

念話にてシグナムの怒号が飛び、合わせてフェイトが飛翔する。
もはや流れは完全にこちら。 勝利は目前に感じられた。

「はあああぁぁぁああああッッッ!!!!」

騎士の助言を的確に受けた魔導士が稲妻の如き速度と威力を以って気合一閃、地上にいるランサーの頭上を襲う!

対して槍兵の不運―――彼の行動を遅らせたもの。
それは言うまでもなく対面に凄まじい速度で飛び出してきた騎兵に起因していた。
その時、確かに男の体が明らかに強張った。
森から出てきた女怪が地面に四肢をつき「その」体勢に入った瞬間、男の危険を察知するアラームがガンガンガン!!!と狂ったように鳴り響き
意識も感覚も残らず引っ張られ、一瞬で全てがそちらの方に向いてしまう。
彼が戦慄を感じたモノこそ己が槍をも越える威力を秘めた神秘―――ライダーの持つ騎兵の「疾走」に対してのもの。

「疾風迅雷」

紡ぐ言葉は心優しき黒衣の死神が己が渾身の意を秘めるための必殺の言霊。
両腕には、もはや不釣合いを通り越して不条理なほどに巨大化し、星すら薙がんと振り上げる刀身。
否、それは正しく落雷の如き破壊力を秘めた天罰そのものであり―――

「プラズマ………ザンバーッッッッッ!!!!」

その黄金に輝く破壊の名を彼女は静かに、内に秘めた魔力を押さえつけるように名を紡ぎ…………そして繰り出した!
大地に降り注ぐ雷の巨剣が空を裂き、アスファルトを粉々に叩き割る金色の一刀両断の光。

「ぬっ――!? うおおぉっ!?」

それが槍兵の立つ地面、その横幅10mに至るほどの巨大な柱となって降り注ぐ!
黄金の鉄槌の襲撃をまともに受けた蒼き槍兵の体が光の奔流に巻き込まれ――――

―――――――――――迸る渦に飲み込まれたのだった。

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最終更新:2010年08月02日 12:39