木の幹に力なく寄りかかり倒れ付すフェイトテスタロッサハラオウン。

その綺麗な顔が、凛々しいインパルスフォームの出で立ちが、今や見る影もないほどに裂かれ打ち抜かれ
半開きになった口からゴボ、と血泡が漏れる。

(ようやく静かになりましたか)

長い狩りの時間がやっと終了した事で騎兵―――ライダーが静かに息を吐く。
勝負はついた……見るまでもなく自分の勝ちだ。
相手はまだ辛うじて意識を残しているようで、その瞳は未だ闘志を失わず騎兵に向かっている。
だが肝心の身体が動かない。 止めを遮る術などありはしまい。

(しかし彼女は一体――?)

勿論、ライダーとて無傷ではない。 苦しい戦いだったのは言うまでもない。
表情を決して表に出す事無く心中で沸いた疑問を思慮する。

――― 魔術師 ―――

彼女を見てそう疑っていなかった自分であるが、この身とここまで戦える人間の魔術師などは知らない。
初めは何らかの技術で「飛べて」「固い」だけの相手だと思っていたが、とんでもない。
自陣に引き摺り下ろしてしまえばどうとでも料理できる相手の筈が、追い込まれても追い詰められても食いついてきた。
その人間離れした戦闘力が既に常軌を逸しており目を見張るものが多々あった。
そう、間違いなく目の前で倒れている彼女の戦闘力はサーヴァントのそれに比肩するものだったのだ。

――― サーヴァント? ―――

いや、それはあり得ない。 サーヴァントはサーヴァントの気配を察知する事が出来る。
目の前の女はどう見ても生身の人間だ。
では――――人間に過ぎない目の前の魔術師は何故、ここまで強い?

「何者だったのでしょうね―――貴方は」

「…………」

もはや虫の息なのだろう。 こちらの問いに答える声は無い。
苦しげな吐息を漏らす彼女はピクリとも動かず、もはや自身の運命に抗う力を欠片も残してはいなかった。
刈り取る生贄に過ぎない相手とはいえ流石にこれ以上苦しめるのは忍びない。

「そろそろ楽にしてあげましょう」

抵抗の意思すら感じられない相手に一歩踏み込む騎兵。
獲物を前に舌なめずりするほど彼女は愚かではない。
無抵抗な肢体に容赦なく杭を叩き落す動作をこの騎兵は難なくやってのける。

歩を進めるライダー。
――彼女の傷から、むせ返るような血の匂いが充満する。
女にとってそれは芳香な香りだった。「とある衝動」を刺激し駆り立てるその香り。
彼女の手が魔導士の金髪に伸びていく。
最後は急所を一突き……終わった事も感じさせぬよう、眠るような最後を与えてやろうと短剣を翳した―――
その手が―――――止まる?

「この、匂い――?」

彼女の眉間に微かに皺が寄る。 その違和感――
目の前の相手から感じる従来のモノとは違うナニカに――
もはやこの状況で今、ライダーの動きを一瞬だが完全に止めたモノこそ―――

「………ライトニングバインド……ッ」

そこへ――詠唱が紡がれた。


――――――

「―――、!?」

ライダーの気色が変わる。
尻餅をつき、木の幹に寄りかかるように倒れ伏すフェイト。
その口から出たのは普段の彼女からは想像も出来ない皺枯れた声。

―― 空間が歪み、プラズマが生じる ――

だがそれでも彼女は魔導士だ。 
その意思に乗っ取って行使された世界に干渉するプログラム―――魔法。
工程は声の大小に左右されず、確かに彼女の意思に従って世界に具現し対象に働きかける。

「これは―――!?」

即ち任意発動型捕縛魔法ライトニングバインドが彼女に止めをさそうとしていたライダーを拘束したのだ。

「馬鹿な………早過ぎる―――」

完全に昏倒していたはずだ。 あれだけの連撃を叩き込んだのだ。 意識はあっても身体は動かない筈。
一瞬、ほんの一瞬「違和感」から手を止めただけのその時間で―――
あれだけのダメージから反撃を行えるまで回復したなどヒトの身では有り得ない!

「デバイスのオートヒーリング………それと予め詠唱しておいたバインド………
 何より、貴女の一瞬の躊躇に助けられた……」

「―――く、!」

フェイトのおぼつかない、震える右手がバルディッシュを握り締める。
そしてまるで爆ぜたように跳ね起きる黒衣の体!

「は、ぁぁッッッ!!!!!」

両足に力を込めて飛び起き、右斜め下から掬い上げるようなサイスの輝きが今――

「か、―――!?」

バインドに捕われた無抵抗の刺客を下袈裟にて両断する!
女怪の息を飲むような声と共にライトニングバインドが弾け飛び
後方に飛ばされる騎兵。 その紫の肢体が背中から叩きつけられ地に倒れ付す。
――――――いや………!

「―――、!!!!」

踏み止まった! 背中を泥で汚すなど有り得ないとばかりに彼女はその身を地に付けず
片手をついて中腰の姿勢にて断固、不倒の意思を貫いていたのだ!
己が肢体。 完璧な美を誇っていたソレに生じたブスブスと焦げ臭い匂いを放すソレ。
脇腹から胸の上までシミ一つない肌に刻み込まれた――――傷を呆然と見やるライダー。

対して天に向かって振り上げたサイス。 それを支えきれずによろめくフェイトの体。
最高の間合いで敵を一刀の元に仕留められないほどに彼女は消耗していた。
ガクガクと笑う膝では対象を切り伏せるには圧倒的に踏み込みが足りず、泳ぐ体はその構えすらもグラつかせている。
回復魔法が効いているとはいえ、やはりノックアウトのダメージは深刻。
起死回生のチャンスを前に、体が全く動いてくれなかったのだ。
普段ならばこれで終わりだっただけに悔しげな表情を作るフェイト。

「……体はまだ痛いけど、頭の方はだいぶ軽くなったよ」

しかし、それでもフェイトは不敵に言い放つ。
体をゆらりと起こし、今ゆっくりと鎌を後ろ手に構える魔導士。

「貴方は―――」

その対面………それは地の底から響くような声だった。

「そんなに惨たらしい死がお望みですか、――――?」

それは止まぬ抵抗に対する怒りの声。 窮鼠に牙を突きたてられた猫の唸り声。
静かで詩人のようだった声色の女性が、その喉から搾り出す―――殺意の塊のようなコトバ

「死を望む者なんていない…!」

ビリビリと震える空気。 森の木々が恐れをなすように枝を震わせる中
傷だらけの体に強い意志を灯してフェイトは敢然と言い放った。

戦いはまだ終わらない。
深い森の奥の奥。雷光と騎兵。 

再び絡み合う金色の雷光と紫紺の蛇の闘いが、今――――佳境へと向かっていく。


――――――

その視界は赤く染まり、体中の至る所に叩き込まれた衝撃が自身の肉体を苛む。
ふらつく身体を確固たる意思で支え、敵と相対するフェイト。
装甲が薄いとはいえ、BJの恩恵を受けているのにこの惨状だ。
杭剣はともかく素足による打撃にすら相当の痛手を被っていた。
まるでベルカ式の拳闘士のそれにも負けない重打撃。
一糸纏わぬ姿となったフェイトの肢体には所々に痛々しい内出血や痣が刻まれている事だろう。
あのラッシュ……二度食らうわけにはいかない

「どうしました………止めを刺さないのですか?」

対する紫紺。 執務官のデバイスにより薙ぎ払われた下腹部から胸に至る斬傷を押さえ
それでも噴き出す鮮血が太股からふくらはぎにかけてを濡らす。
夥しい出血を覗かせながら呻くように、しかし不敵に挑発するライダー。
だが、やせ我慢だ。 効いているのは間違いない。

「――テスタロッサ」

「え?」

唐突に紡がれたのは自分の性。
騎兵がフェイトの耳ににやっと聞こえるくらいの小さな声で彼女の姓名を呟いたのだ。

「片方の騎士がそう呼んでいました」

そうだった……うやむやのうちに戦闘になってしまい、魔導士は彼女に自身の名前すら告げていなかったのだ。

「フェイトテスタロッサハラオウン……時空管理局所属の執務官だ」

故に改めてゆっくりと自身の名を告げるフェイト。
喋るだけでも切った口の中がジクジクと痛む。

「――――フェイト……運命、業。
 フフ………大層な名ですね。」

今の今まで無口だった彼女が途端に発揮した饒舌さ。 それは怒りか憎悪か口惜しさによるものか。
ともあれ、その口上からは突き刺すような殺気と重圧が滲み出ている。
相対するだけでギチリと背筋に凍てついた棒を差し込まれたような感覚。
禍々しい、毒々しい霊気……否、妖気とも言うべきモノが女怪の周囲に充満し
歪にゆがみ、裂けたような口で作られた笑み―――その鬼貌がフェイトの両の瞳にしかと写る。
今、魔導士の目の前にあるソレこそはまさしくあの数多の英雄を食い尽くしてきた悪鬼以外の何者でもない。

「フェイト……良い名です。 愛しさすら感じます。 フェイト………フェイト―――」

とても対話など出来ない。 相手はそんなモノを望んではいない。
火照る身体を一瞬で冷却してくれた冷たい汗を全身に滲ませて、魔導士は自身の名を連呼する女から決して目を離さない。
名を紡ぐ度に声は粘つくような残響を伴って場の空気を震わす。
場にひりつく空気……否、妖気はもはやヒトが醸しだすそれとは一線を隔し、この森は真の意味でのバケモノの巣となりつつある。

(恐い…………恐ろしい、敵だ…)

もはや誤魔化しても仕方が無い。 自分は今、彼女に対して本能的な恐怖を抱いている。
相手の尋常でない様子に。 今や比べ物にならない殺気に満ちた敵の形相に。 膨れ上がっていく禍々しい妖気に。

「さあ………何をしているのです? 私に止めを刺すのは肉体に損傷を受けている今しかありませんよ?」

汗で濡れた両の手でバルディッシュの柄をきつく握り締めるフェイト。
どうする……彼女の言う通り敢えて敵の言葉に乗ってこのまま捻じ込むか? それとも―――

(、イト………フェイトぉ!!)

「!!」

焦燥に揺れる思考の只中に割り込むように―――その時、彼女ははっきりと聞いた。
突然に頭に響き渡ったその念話を。

(応答してくれよフェイトぉ!) 

脳に直接響いた声は他ならぬ融合デバイスの少女、剣精アギトの声。
今にも泣きそうな様子。 痛みと疲労で朦朧とする意識が―――

(シグナムが……シグナムがッ!)

―――途端にクリアになる。

(アギト!? アギト!!!)

咄嗟に返信を返そうとする彼女だったが、ダメだ……精神リンクが不安定過ぎる。
加えて被ったダメージで念も安定しない。 とにかくこの状況を何とかしなければ悠長に念話など行ってはいられない。

(近い……間違いない!)

だが流転に流転を重ねる戦況の中、あの小さな妖精の大まかな位置は感じ取れた。
思考に電流を走らせるフェイト。 下手をすれば、いや上手くすれば―――
この状況を打破し、同時にシグナムのフォローに回れるかも知れない!


――――――

状況―――――――
自身の損傷拡大。 戦闘不能という訳ではないがノックダウンのダメージにより大幅な戦力低下。
次いでこちらの反撃によって敵の怒りに火を注いでしまった。
与えたダメージも相当のもののようで、敵は未だにこちらに猛撃を仕掛ける素振りは無い。
こちらの空戦能力を知りながら、である。 相手もまたあの場から動けないと予想。
でありながら、こちらを挑発してくる真意は―――?

(………どうする?)

相手が弱っているのは明らかなのだ。
この膨大な殺気は、裏を返せば手負いの獣の威嚇と取れなくも無い。
ならば行くか? ここでラッシュをかけてフルブーストで一気に勝負を決めてしまうか?
ここで相手を倒しておかなければ、それこそ次に出会った時にはどうなるか分からない。

(………いや)

そんな思考―――短絡的で馬鹿な立案を彼女は心の中から一蹴する。
考えるまでも無い。 答えは秒を数えぬうちに出た。


――――――

ザザザ、と―――木々がざわめく。

それはまるで地獄の使いである死神がしゃれこうべの顎を鳴らせてカカと笑う音に似ていて
騎兵の真の姿を垣間見る事になる空間―――そこにある全ての命が恐怖と絶望に凍りついているかのようだ。
フェイトがデバイスを構えて腰を落とす。 手に持つバルディッシュサイスを騎兵に叩き落すために。

(さあ……来なさい――――私に止めを刺しに)


   その時こそ―――身も心も凍りつかせてあげましょう


ブレイカーゴルゴーン―――
アイマスクに手をかけるライダー。
彼女の真名、その代名詞たる石化の魔眼を至近距離でくれてやる。
眼下で凍ったその身体……引き裂くも抉るも自在。
この傷に見合うだけの悲痛な絶叫を上げさせてやろう―――

その想いの元に女怪は優しく手招きする。
彼女にとっての愛しい愛しい獲物であるフェイトテスタロッサハラオウンへと。


――――――

「………………」

その逢瀬は果たして相思相愛となる事は無かった。
黒衣の魔導士は一切の躊躇いもなかった。
まるでロケットの打ち上げの如く、地にプラズマの残滓を残してそのまま後方に向き直ったフェイト。
彼女は出力全開のテイクオフでそのままライダーの頭上に浮かび上がり、木々の間を目にも止まらぬ速さで抜けていった。

「………………」

要するに――――――逃げた。

白いマントが風にたなびき、呆然とする騎兵の視線を一蹴する。
まるで此処に今こそ存在を露にしようという彼女を「眼中なし」と嘲笑うかのように。

「………………は、」

場はその呆気無いほどの幕切れを結果として残すのみ。
森の奥深いフィールドにもはや二つの影はなく、美しき舞踏姫の宴は終わりを告げた。

「……………ま、待ちなさいッッッ!!!」

収まりがつかないのが、珍しく憤怒の声を上げたライダー。
ようやっと本気で相手をしようとした矢先のこれだ。
怜悧な性格の彼女をして悔しすぎる結果だと言わざるを得ない。

「く………」

すぐさま追おうとする紫紺の刺客であったが、蓄積されたダメージからか体がよろめいて再び木によりかかる。
ハスキーで高い声帯が屈辱の唸きを漏らし、金の髪なびく背中を憎憎しげに見つめる。
確かに当然の選択だ。 敵は飛べる。 ならば当初の予定通り、この森を抜けて一刻も早く宙に舞い上がろうとするのは正しい。
だが相手にこれほどのダメージを与えた状態ならば、人間少しは欲を欠こうと言うものだ。
強敵を倒し得る絶好の機会にて必死のチャージを敢行したとして、誰がそれを責めようか。

「この首級はそんなに安かったと? 沈着冷静で何よりです……フェイト」

寄りかかった木の幹に爪を立てる騎兵。 バリバリ、と大木の表面が握りつぶされ、抉られた繊維がむき出しになる。
絶対有利のフィールドから相手を逃がしてしまった……認めなくてはならない。 この邂逅、この初戦は自分の負けだと。
その結果を受けて、解放しかけた自己封印――ゴルゴーンを再び深層へと押し込め、マスクに当てた手を放す。

「ならば良いでしょう。 森を抜けるといい」

謳うような声に先のような余裕は無く、怒気と殺気で溢れている。
前傾姿勢になり走者のクラウチングスタートのように両足が地を食む。
フェイトに遅れる事、数秒……今、追跡者がその森を後にする。
ドゥン!!という、ブースターの点火の如き凄まじい轟音をフィールドに残し、紫紺のサーヴァントがフェイトを追うのだ。

「この森を抜けたその瞬間―――」

相手は自分が助かった事を疑っていない。 騎兵はその口に再び笑みを灯す。
彼女の目が未来に写すところは相も変らぬ、あの相手の無残な終局のみ。

「―――それが貴方の最期です。 フェイト!」

空へと舞い上がった獲物の背中を打ち抜くべく駆ける騎兵。
躯すら残さぬ。 あの黒衣を灰塵と化す瞬間を幻視し―――
再び狩りの高揚に身を任せて、ライダーは流星のように跳ぶ。


――――――

フェイトもまたその相手の姿を認め、後ろ手に迫る紫の影を引き連れて飛ぶ。

―――気づかれてはならない。

あくまで自分は敵の凄まじさに恐れ、脱げるように退避していなくてはならない。
狙うは一発逆転のその瞬間。
状況を打破できる一条の望みを信じて、恐ろしき追跡者に背を向けて飛ぶのだ……自らの背中を餌にして。
徐々に開けていく視界。 森の出口 に限りなく近づいていく―――その時を以って!

(シグナムッ!!!)

念話のチャンネルを全開にして彼女は叫ぶ!!!
必ず届くと信じて、ありったけの念を込めて叫ぶ!!!


雷光と騎兵の輪舞はここに終わりを告げ、戦場に次に描かれるは新たな局面。
吹き荒ぶ風だけが、四者の紡ぎ出す戦いの流れが今、変わった事を敏感に感じ取っていた。


――――――

びちゃり、と―――バケツからぶち撒けられたような音を立てて大量の紅い液体が地面に落ち、アスファルトに黒々しい跡を残す。
打ち砕かれ、薙ぎ倒された木々が燦々たる有様を物語っている巨大な震源の中央で
静寂に満ちた山地を戦場へと変えた張本人たち―――二匹の猛るケモノが、互いの喉笛を噛み千切ろうと向かい合う。

二匹の戦いは炎渦巻き旋風舞う凄絶極まりないものであった。
今まさにその快心の猛攻を終えたのが一人の槍持つ男――ケルトの大英雄サーヴァントランサー。
今まさに痛恨の猛攻をその身に刻んだのが一人の剣持つ女――夜天の守護騎士ヴォルケンリッター烈火の将シグナム。

「能ある鷹は何とやらってね……つくづく諺の勉強くらいはしておくもんだ」

だというのに女は未だ槍兵の前に立ち、彼の槍を煩わせ続ける。 それはもう焼き尽くさんほどの勢いで。
決して屈さないという意思の元、豪炎を称えた剣が男の視界にて煌々と燃え盛っていた。


   あの平原で、主と交わした決意
   それを旨に駆けて来た一人の槍兵


男は今、時代も空間も越えてなお、相変わらずの豪壮な槍を振るっている。
男は何も変わっていなかった。 相立つは変わらずの戦場。 
取り巻く世界は血と鋼。 そして眼前に最高の好敵手を迎えながら―――

「行こうぜ……まだ始まったばかりだ」

いつ終わるとも知れぬ剣と槍との邂逅を前に最高の笑みを見せるのだった。


――――――

ベルカ最強の騎士が―――飛んだ。
男の凄絶な槍撃の前に為す術も無く。

剣術、槍術を問わず「突き」という技は対象に向かい無駄な軌道を一切伴わずに最短の軌道で相手に突き刺さる技だ。
全体重を乗せた決めの一撃として使用されるこれは、古今の武器術において極めて必殺製の高いものとされてきた。
だが一転、円運動の律を乱す直線運動であるが故に、回し打ちや払いに比べて連携に組み込みにくいという性質を持ち
それが多くの場合においてこの技を連携の締めに持っていく場合が多いという所以とされている。
全身のバネを総動員して 「突いて」 「引く」 という二動作を攻防の中に織り交ぜねばならないそれ。
だからこそ「突き」を主戦力にする槍術は一閃必殺、外せば地獄というセオリーをなかなか払拭する事叶わない。
ましてや「突き」のみで構成された連撃という馬鹿げた戦技など、根底から否定するものに他ならない。

ならばこそ―――誰が説明出来ると言うのか? たった今、目の前で起きた事は……?

「カァァァァァァァァ――――――」

口から紅い煙のようなものを吐き出し、魔人の形相で打ち込まれたそれは、ヒトの筋力、間接の限界を遥かに超えた所業。
まるで電気仕掛けの機械による高速ピストン運動のように、男は突きを「連打」した。
最も殺傷能力に秀でた突き「のみ」を、である。

その一閃一閃はどれ一つとして手打ちなど無く、全てが魔槍翻る渾身の一撃。
鼓膜が破れかねない不協和音が辺りに響き、男の足が地を削る。
槍が空気を裂き、防壁を壊し、シグナムの体に叩きつけられる。
最速の戦士が行動の全てを絶死の攻撃にのみ注ぎ込んだならば、それは当然相手との「攻防」にはなりえない。
ランサーの「攻撃」独占――敵の反撃を一切許さぬ一方的な殺戮劇。
紅き旋風のみが行動を許される絶対時間である。

100、200を超えた刺突はもはや到底、槍戟などと呼べる代物ではなく
禍々しい宝具の放つ妖気を孕んだ一閃は一つ一つが光学兵器の如き残滓を残し
無造作に放たれるレーザービームのつるべ打ちとしか言いようの無い馬鹿げたモノを連想させた。

そんなモノに今、一人の女剣士が飲み込まれたのだ。
もはや為す術も無いといった風に真紅の暴風の前に晒された肉体。
血潮を撒き散らしながら光線の束に飲まれて、意地でも踏み止まっていた両足が地を離れ、雪崩に飲み込まれたかの如く宙を舞うシグナム。
今や騎士の体は―――ただ、浮いていた。
間断なく放たれる男の刺突の衝撃が、彼女を地に踏み止まる事も足を付けることも許さない。
ゆっくりとゆっくりと浮き上がっていく体。 一撃一撃が騎士装甲の内側に響き、その度に苦痛にのけぞる将の肢体。

「らぁあああああああッ!!!!!」

男の狂声が響く。 極限まで高まった思考は既に理性すら宿しているかも怪しい。
女剣士に存分に打ち込んだランサーが更に追い討ちをかけるべく、目の前の肉塊へと踏み込む。
そして長らく点であった槍が再び線へと変わりて翻り、振るわれた槍の穂先がシグナムを横から薙いだ。
ゴシャッッッという鈍い音―――払われたモノが宙を舞う。
舞って、地面に落着し、打ち捨てられた廃棄物のようにゴロゴロと転がって
勢いを殺せず、更に地面を滑って―――此処に倒れ付す。

―――――決まった

残像に残像を重ねていた槍が再び一本に戻り、その一振りを後ろ手に構え、残心の姿勢にて構えるサーヴァントランサー。
蒼い装束に包まれた全身からは大気との摩擦によって生じた熱を帯びた湯気が立ち昇る。
所々、赤く発光した部分から、シュゥゥ、というスチームアイロンの如き音が聞こえてくる。
吐く息すらが今は加熱に加熱を重ねた体内を冷やすための冷却ラジエイターの代わり。
全てが終わったこの期において、勝利の余韻に浸っているはずの―――男が呟く。

「―――凌いだか………我が全力を」

―――――決まった……?

否、心中で舌打ちする男。
あれ程の刺突を叩き込んでおきながら男はなおも構えを崩さない。
その意識は未だ戦場に。 まるで揺るめぬ槍の穂先。
その鋭利な視線の先に剣士の姿を眼光に映し出している。

「…………………ぅ、」

そしてピクン、と――――死体になった筈の剣士シグナムの体が動き、その口から微かに吐息が漏れたのだ。
信じられない事態。 あの連撃を受けて原型を留めているだけでも奇跡だというのに……命を残す事など不可能だ!

「は、―――」

否、その事実を受けてただ哂う男。 そう、これは紛れも無い事実だ。
付した地に朱色の水溜まりをつくり、人間であるならば間違いなく絶命している傷を負い
もはや事切れていると誰もが予想し得た光景の中、彼女の目がゆっくりと上を向き―――槍の男を捉えていた。

「………」

右手に握られるレヴァンテイン。 そして左手には――――鞘。
決して放さなかった「二刀」の白銀の輝き。
あの瞬間、全てが決まる絶死の猛攻に飲み込まれた彼女は咄嗟に回避も離脱もままならぬと判断し
瞬時に一刀による前傾の構えから二刀に持ち替え、完全防御姿勢にて男の槍に相対したのだ。
パンツァーガイストと呼ばれる騎士の不可視のバリアにカートリッジを最大限まで叩き込み、槍の強烈な連撃から最低限の急所をカバーする。
そして迎えたレッドクランチ――全身を打ち貫く衝撃に嗚咽を漏らし、込み上げる血反吐を飲み込みながら
誇り高き騎士はただ生き残るため、相手の攻撃を凌ぐためにのみ、その剣を抜いた。
結果、寸でのところで即死を免れ、シグナムは自身の命をギリギリ現世に留めていたのだ。

無言にてゆっくりと立ち上がるシグナム。
地を舐めさせられた屈辱に滾る激情は、その両の目に確かに灯っている。
ただでは済まさない……彼女の双眸が男にそう語っていた。 

既に「それ」を構えた男に向かって―――――

下段に向けた槍兵の真紅の槍の切っ先から―――
あらゆる呪と死を司る香が……空間を満たしていた。


――――――

もはや必殺を以ってしなければ剣士を倒せないと踏んだ槍兵。
今更だが、とにかく攻撃が通りにくいのだ。
男の槍をこれだけ浴びて、その肉体に刃が届く寸前、そこで攻撃がズラされ致命傷に至らない。
かつて刃を交えたサーヴァントの一人に不可視の剣を使う騎士がいたが、目の前の相手が纏うは「不可視の鎧」と言ったところか。
ともあれ男の渾身をも耐え抜いた騎士シグナムの総防御力が彼の最大出力を辛うじて凌ぎ切ったいう結果が出た今となっては
ランサーは次の手札を切るしかない。 今の人知を超えた連撃を遥かに超えるジョーカーを。

だが―――あり得るのか……? アレ以上の札が?
彼女のBJと障壁を同時に貫き、この頑健な騎士にトドメを刺す、そんな埒外を越えた牙が?

「……………シィィ、」

槍兵が、その押さえ切れない猛りを内にしまい込むように一度―――静かに深呼吸を行う。

―――――――――ある

必殺は、ある。 それは未だ男の懐に。

激情に身を任せていては「その」発動はままならない。
戦意、殺気はそのままに彼は、己が内にある魔力をどこまでも精錬に透明に、流入するに易いよう研ぎ澄ましていく。
場が…………静かにゆっくりと凍り付き、風が恐れおののく様な唸りを上げた。


   其は男の戦意
   其は男の殺意を受けてのもの

   セカイに解き放たれしは尊き幻想
   サーヴァントの真の牙


女剣士の防壁……そのレギュレーション違反を遥かに超える
理不尽の塊とも言うべきモノを今―――――槍兵はゆっくりと抜き放つ。


――――――

身も蓋もない言い方をすれば英霊の戦いの行き着く先―――その真髄は宝具にある。
どれほどの身体能力も常識外れのスペックもその前には塵芥に等しい。
英霊は自身を英霊たらしてめいる奇跡の具現を現して初めてその真の姿を顕現させるのだ。

故に男は今こそ、その真の姿―――クランの猛犬の牙を初めて見せる。
こと此処に至ってソレを抜き放つという事はただ敵を屠るという以上の意味がある。
それは強敵に対する尊敬の念であり、誇りを傷つけられた事に対する己が示威の鉄槌であり……
ともあれ様々な思いを込めて、数ある誓いと身上が自らに槍を使う事を許可した瞬間、彼はそれを振るうのだ。

――― 刺し穿つ死棘の槍を ―――

(ま、そんだけ勿体つけて切り札残したまま、あっさりぶっ殺される奴もいるがな。
 あれは恥ずかしい。 末代までの笑いもんだぜ)

脳裏に浮かぶは 「ク、フハハハ!」 という耳障りな笑い声。
犬猿の仲である、とあるサーヴァントへの皮肉も忘れない。

(さて……)

目の前の女のあの傷。 いくら心振るわせようと、もはや取りうる戦術は多くは無い筈。
ならばこそ間違いなく、このまま弱って嬲り殺しにされるより刺し違える覚悟でこちらの命を狩りに来るだろう。
故に、手向けをくれてやる――――その勇気、その勇猛さに全霊で応えよう。

ヴン、という空気が震える異様な音。 紅き魔槍が担い手の動きに合わせて残像を残し、陽炎のように周囲を溶かしていく。
下段刺突の体勢となった男の肢体が静止画のようにピタリと止まる。
そしてついに因果逆転の牙が彼女、シグナムに標準を向けた。
見事な敵よ……その凄まじさ、炎のように熱く激しい剣に相対するに相応しい一撃を見舞おう。
己が誇りにして最強の槍によって一撃で―――その命運を断ち切るのみだ。

「――――あ"あ"ッッ!!!」

その呪いじみた殺気の残滓が騎士にも届いたのだろうか? 不吉の二文字を身体で感じ取ったのか?
させぬ!とばかりに、ケダモノのような声をあげて男の眼下にて彼女の肢体が跳ねた。 バネ仕掛けのカラクリのように。
全身の傷口からブシュウッ、と鮮血を噴き出させる。 壮絶な、壮絶なる血染めの戦女神。
身体を朱に染めながらに彼女は真っ直ぐに男――ランサーに向かい、苛烈なる一歩を踏み出した!


――――――

猛禽が地を蹴り、男に向かって飛翔する。
本能のままに敵を撃ち滅ぼす戦闘機械のような怪しい輝きを宿す瞳。
そこには純然たる殺意の二文字のみがあった。

対する槍兵が己が手に持つ死の具現、膨大な魔力の塊と化したソレを渾身の力を込めて握り締める。
男の体から際限なく魔力を吸い上げるソレはまるで貪欲な死飢の如し。

「――、」

スウ、と軽く息を吸い、十分な余裕を以って真命を紡ごうと口を開く。
狙うはカウンターの宝具発動。 女がこちらのレンジに入った時こそ、即ち剣士の最期だ。
もはやどのような渾身の一撃も、その槍の前には無意味と化すだろう。
まだ一言も発していないというのに男の手に握られる朱槍のあまりの禍々しさ、あまりの力の具現の濃度に空間が弛み
歪み、担い手から勝手に飛び出して行きかねないほどに暴れ狂う。 紐解かれていく――呪いの魔槍。

「……………レヴァン、ティン!!!!」

「!?」

だが、その時――――!!!

もはやトリガーに手がかかり、引き金を止める事など有り得ない状況にて、真名が紡がれる男の口が止まる。 
ランサーが再び見た女騎士の双眸に今――――

<Jawohl !! Schlangeform!!>

――――揺るがぬ必勝の意思を見たからだ!

豪、と!!! 彼女の全身から血飛沫と共に炎が吹き出す!
騎士が振るうは未だ見せていなかった力! 
ランサーの両目を射抜いた眼光には絶対零度の冷たさと融解寸前の溶岩の如き熱さを同時に内包した光が灯っていた!

「ん、だとッッ!!!?」

0.1秒以下の思考。 咄嗟に宝具発動をカットしたランサー。
男にとっては予想だにせぬ、最悪のタイミングで「それ」がかち合ってしまう。
カウンターで合わせようとした、その返された一撃は肉食獣が獲物を仕留める時の必殺の爪そのものでありながら
ソレは槍兵の目の前で光を放ちながら変化し、彼の予想を根底から裏切り、全てを突き破り、薙ぎ払うモノになる。

――――間合い……言うまでもなく近接格闘における最重要ファクター。
此度までの攻防でシグナムの剣の間合いを確実に見切っていたにも関わらず……否、であるが故なのか? 
男をして、確信を以って届かないと断言できるほどの距離から放たれたシグナムの横薙ぎ!
その切っ先は彼の視界のそのずっと後方20m以上にまで伸び、槍兵の横合いから顔のすぐ隣にまで迫っていた!
遥か後方まで延びた炎を伴った剣……否、剣ではあり得ないナニカがしなるような軌道を描き
今、凄まじい速度でランサーの頭部を捕らえようとしていたのだ!

「ちぃっ!!」

頬を、髪を、こめかみを、そして鼓膜を焼く熱気。
既に眼前に迫る死の気配。 この戦い始まって初めて焦りを示す男の表情。
今、猛禽の鷹の爪は蛇の毒牙へと変化し―――

バチュゥゥゥゥゥンッッ!!!!!――――

空気の破裂する音と、何かが削り取られる不協和音を場に響かせながら―――
男の頭部に牙を突きたてた!

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最終更新:2010年08月02日 12:37