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何時の頃からか――――――

自分でも気づかないうちにベッドの半分、スペースを空けて寝る癖がついた。
慣れないうちは朝起きると左肩が痛くなったり痺れたりしたけれど、窮屈だと感じた事は無い。

何故ならそこに……一番安心できる温もりを迎え入れる事が出来たのだから。
一杯の幸せを感じながら夢の世界に落ちていけたのだから。


今もそう……柔らかい敷き布団と温かい掛け布団と、そしてそれとは違う温もり。
私のよく知る温かさは羽毛や綿では決して醸し出せない人の体温による温かさ。

決して広くないベッドで自分と肩を寄せ合い、掛け物の取り合いをしている。
たまに体が摺り合ってしまうほど近い距離にある―――金の長髪。
その香りがたまに鼻腔をくすぐる度に………私は言い知れぬ安堵感に包まれるんだ。

(フェイトちゃん……)

心の中で親友の名を呼んだ。
すると声に出した筈はないのに、まるで聞こえていたかのように親友は私の方へ向き直り
くもり一つ無い目で私を見つめて穏やかな微笑を返してくる。
この10年間、苦しい時もキツイ時もいつも一緒に歩んできた。
私が魔法の道に入るきっかけとなった事件で出会った、かけがえの無い友達。

管理局に本格的に従事してからは仕事の関係上、離れてしまう事も多いけれど
たまに一緒の時間が取れた時、同じ部屋で寝る時は私達はいつもこうして同じベッドで夜を明かす。
目の前にフェイトちゃんの優しい笑顔を感じながら私は未だ覚醒に至らぬ意識ごと
そのまどろみに身を委ねている―――

「…………………、」

でも―――そんな心地よさを享受する一方で………私はそこに微かな違和感を感じずにはいられなかった。

何故ならその日は何かが違っていたから。

目の前のフェイトちゃんが―――――


――― 私の知ってるフェイトちゃんじゃなかったから ―――


――――――

(………………)

いつも優しく「なのは」って、私の名前を呼んでくれるその口は、いくら待ってもただの一言も紡ぐ事はなく
そのフェイトちゃんは無言のまま、私の顔を瞬き一つしないで見つめてくる。
だから私も一言も返さない。
体を寝かせた対面で向かい合いながら、まるで時が止まったかのように私も一言も返さない。

――――ううん………返せない…

そこで私は気づく。
一言も発さないんじゃなくて、私は本当に……
舌が、体が麻痺して喋れなくなっているという事に。

私がそれに気づいた事を見越したかのようなタイミングだった。
目の前の親友が金縛りにあっている私と対照的に、自由に動く右手を私の頬に添えた。

微笑むフェイトちゃん――――
何故だかとてもゾッとした。相手はフェイトちゃんなのに………

目の前の親友がそのまま体をずらしてきて私の首に両手を回す。抵抗は出来ない。
目の前の親友が私を組み伏せ、上になり
上半身から下半身、その手足に至るまで――――まるでヘビのように絡み付いてくる。

事態は私の戸惑いを待ってはくれない。
友達の顔がだんだんと近づいてくる。手足一本動かせない……

意識は霞掛かっていて、びっくりしているのにびっくり出来ない。
どこかおぼろげで儚い感じ。
それを止める暇もなく、それを止める術もなく、それを止めようとすら思わなかった。


「……………ん、」


鼻腔をくすぐる香り。

口腔を伝わる感覚。


10年を共に過ごした友達―――


その唇が、私の唇と重なった瞬間だった……


――――――

「………………ぅ、」

口腔に進入してくる舌が感覚を痺れさせる。
動かない筈の手に力が篭もり、体中に電流が走って……どうにかなってしまいそうだった。


でも―――

ああ―――


私は気づく。


(これ、夢だ………)

、と。


顔は同じだった。
でも、フェイトちゃんはこんな目で、挑発的な目で私を見た事なんて無いもの。
そして私の意志を鑑みないまま、動けない私にこんな事をするはずもない。
10年を共に過ごし、心を通わせた間柄だから……いくら顔が似てたって、それが本物かどうか見間違う事なんて無い。

セイバーさんにあんな事(騎乗)をされた影響?
それとも恋人を語るセイバーさんの表情に当てられての事?
とにかく自分で驚いている………すごい夢を見ちゃってるなって……

「ふ、…………」

夢は睡眠中の自分の脳が作り出した幻覚の様なもの。
だから決して自分の知らない体験や感覚が再現される事は無い筈なんだけど……
それにしては、この唇に伝わる感触はとてもリアルで――――少し息苦しい。

でも、やがて夢のフェイトちゃんの手が私の首の後ろから移動し、それ以上の行為に踏み込もうとしたのを期に――
ゆっくりと、でも断固とした意志を持って私は友達の両肩を抱き、その絡みついた身体を自分から離した。

「―――――、?」

妖艶さを漂わせる目の前の親友の顔が、キョトンと――――
私の行動に対して何が起こったのか分からないといった驚きの表情を作る。
まるで自分が何故、拒絶されたのか理解できないといった顔。

「ごめんね」

「―――」

「こんな夢見ちゃうなんて……最低だね、私。」

「―――」

無言でこちらを見つめてくる顔にズキンと心が痛む。
目の前の本物じゃないフェイトちゃん。私の作り出した虚像。
夢とはいえ、こんな勝手な妄想で友達を汚すわけにはいかない。

「今、どうしてるの……?」

「―――」

「夢でもいい。こうして会えたんだもの……教えて?」

―――ここにフェイトちゃんがいる筈がない

と、いう現実を踏まえた上で、私は夢の中の虚像に向かって問いを投げかける。

「―――、」

しばらくして彼女は悲しげな顔をして―――まるで朧掛かった幻のように私の目の前から消えてしまった。

「あ………」

声を漏らす私。
手に回した両腕の感覚も密着した体の感覚も消えていく。

上に覆いかぶさった親友の重さも柔らかさも全て、本物のようだった……
それが何だか余計に空しくて、もう目を覚ましてしまおうと思った。
そんな事を思い立つ辺り、きっと意識は限りなく覚醒に近いという証だ。

そう思った私は掛け布ごと一気に寝床から起き上がる。
脳から足先まで均等に血流が行き渡っていた肉体が重力の影響を受け、下半身に下がっていく感覚。
うん、これで起きた。間違いなく……おはようさんだ。


――――――

そんな私の後ろから――――

この体を抱くように……誰かが両手を回してきた時は―――

「………へ? ………ふえっ?」

………思わず声を上げてしまった。

あ、声。いつの間にか出てる。

起き上がろうと思った矢先に後方にバランスを崩す自分の体。
それは背後の人影に抱き寄せられた事によるものだ。
壁にぶつかったり、ベッドから落ちる事を警戒して硬くなる私の体は
でも、後ろの両腕の持ち主に受け止められて痛い思いをする事はなかった。

「…………」

――――すぐに分かった

後ろの人影はフェイトちゃんじゃない。
背中に感じるその人の胸元はとても逞しく、女の子の体には到底醸し出せない力強さと無骨さに満ちていた。
細いけどしっかりと回された腕は、私の腕力ではちょっと外せそうもない。
だから精一杯、体をずらして後ろ目にその姿を見て――――

「わ、………」

肩の横に見える顔を認め、その優し気な瞳と目が合って……少しびっくりしてしまった。

「ユ、ユーノ、君……?」

そこには私に翼を与えてくれた人。
いつも無茶をして、勝手をして、凄く心配をかけてきた私をいつだって見守ってくれた人。
フェイトちゃんと同じくかけがえのない友達の姿がそこにあった。

(……)

でも……ここまで来るとさすがに呆れてしまう。
どうやら私はまだ全然起きていなかったようで、ちょっと……しぶといんじゃないかな? 私の夢。

自分の腹部の前で組まれたユーノ君の手に自分の手を合わせる。
するとトクンと、心臓が少し跳ね上がる気がした。
常に遠くから私の事を見守ってくれていたユーノ君。
実際はこのように間近で触れ合った事すらない。

…………………

私だって無菌部屋で育ったわけじゃない。
異性と触れ合うという事が何を意味するのかくらいは理解しているつもり。

…………………


   じゃあ、もし―――
   ユーノ君にこうやって強く迫られたら
   私はどうしていただろう?


過ぎ去った10年に思いを馳せる――――

嫌いってわけじゃない。 
ううん、嫌いなはずがない。
間違いなく、絶対に好き…………
自惚れでないのならユーノ君だってそう……そのはずだと思う。

その多分、好き合っている男の子と女の子が、いつも一緒にいて苦難を乗り越えて助け助けられて10年。
自然な流れであれば、収まるところに収まるのだろうと皆が思っていたんだそうだ。
そういう風に周りから茶化された事もある。それとなく仄めかされた事もいっぱいある。

でも―――――そうはならなかった……

この10年………凄く忙しくて、他に何も考えられなかったというのもある。
でも本当は―――「それ以上の幸せ」というのが想像できなくて……
今、フェイトちゃんやユーノ君やみんなに囲まれているこの状態が私にとって最上の世界に感じられて
夢と仲間と友達で、既に私はいっぱい満たされていて、これ以上どう踏み込んだら良いのかすら分からなかった。

そうこうしているうちに私は戦技教導隊に、ユーノ君は無限図書館の司書という別々の道を行く事になる。
そしてめっきり合う事が少なくなってしまい―――今に至っている。

「ねえ、ユーノ君………私はどうすればよかったと思う?」

―――今回も同じ。未だに私はその答えが出せていない……

「ユーノ君はどう思ってるの?」

いや、昔よりもっともっと分からなくなっている。
後ろから回された手の温もりを感じながら、思考の迷路に陥ってしまう私―――

そうこうしているうちにさっきのフェイトちゃんと同様、ユーノ君もまたいつの間にか……消えてしまっていた。

それはそうだ……私がこうなんだから。
私の想像で作られたユーノ君が、この先にいける筈がない。

「…………」

初めての口付け。回された異性の手。かけがえのない友達二人―――
全ては夢の中の出来事。
目を開けてしまえば幻と消える。

覚醒はゆっくりと、静かに…………

でも今度こそ確かな実感を伴って、私は本来在るべき世界へと引き上げられる。
目を開けたら初めにどうしよう?
やっぱり罪悪感を感じるところから始めなきゃいけないのかな……?


隙間から進入してくる新鮮な光を瞼に感じつつ―――


私は夢の世界から帰還する…………


――――――

まず始めに飛び込んできた天井を呆然と見上げ――――

その後、気だるげな体に顔をしかめて、そして
体に張り付いた大量の汗を吸ったネグリジェを寝惚け眼で脱ぎ捨てて―――


「参ったなぁ…………」

お世辞にも良好とは言えない寝起きを迎え、ポツリと呟いたのは管理局のトップエース――高町なのはである。

「そういった事」に疎いこの教導官とて、小学校、中学校と一般の教育を勤勉に収めた真面目な少女である事に変わりは無い。
ならば今のような夢を見る時の心理状況が一体何なのか?という
人間の生理現象についてもまた、立派に知識として詰め込まれているわけで―――

「欲求不満って事だよね……これ」

よりにもよって友達相手に何て事を………と、罪悪感で死にそうになるなのはさんである。

「望んでいる……? ああいう事……まさか…」

内容を思い出して、彼女の頬がほんのりと朱に染まる。
フェイトとは確かに床を共にしているが、プラトニックな友人関係である事は疑いようが無い。
控え目で奥手のユーノに至ってはあんな行動に出る事など今まで一度も無かった。
彼らの間に友人以上の何かが発生していると勘ぐる者も多い。
しかし、そうしたやましい気持ちが一切無いと断言できるからこそ―――
三人の間には深くて強くて、決して揺るがない友情が育まれてきたのだ。

「合わせる顔がないよ……どうしよう」

ベッドの上でゴロンと寝返りを打ち、空では無敵の教導官が頭を抱えて一人愚痴る。
その姿は傍から見れば身悶えするほどに可愛らしく、ミッドチルダの撃墜王その人と同一人物であるとは到底思えない。

「………寝た気がしない。 疲れちゃってる…」

ここは山林地帯で気温は決して高くないというのに、全身が火照って、かいた寝汗がとにかく不快だった。
しかも早くも乾いた水分は消耗した身体に時を待たずして薄ら寒さを感じさせる。
ぶる、と身体を震わせる高町なのは。ともあれ、このままでは風邪を引いてしまう。
そう思い立ち、寝床から一間ほど離れたタンスに眼を向けて―――

「!?」

ドキン、と――心臓の鼓動が高鳴った。

目を向けたタンスの、その上から―――――


先ほどまで部屋には自分一人だけ、と思いこんでいた
そんな彼女を見下ろすような……………紅い双眸に射抜かれたのだった。


――――――

「!?」

頬を伝うのはさっきまでと違う冷たい汗。
その血の様な赤い光に一瞬、彼女の全身に戦慄が走る。

「…………」

もっとも、そんな緊張も一瞬の事――――すぐに瞳の主の正体を見て取るなのは。

実際、部屋タンスの上からの視線である。
忍者や暗殺者の類でないのなら、そういうものの正体は大概相場が決まっていた。
果たして自分を覗き込むように見下ろしていたのは―――小さくて、見事な白い毛並みを持った1匹の猫だった。

「……何処かから迷い込んだのかな?」

海鳴のような区画整理された住宅地で育った高町なのにはこうした経験は少なかったが
都会から離れた田舎では、よく家屋に小動物が迷い込むという話だ。
ならばこの猫もどこかの隙間から入り込んだのだろう。

「おいで……恐くないよ。」

脅かさないよう、ゆっくりと手をかざして猫を下ろそうとするなのは。
野生動物は警戒心が強く、人間の言葉には決して耳を貸さない。
しかしこの猫は、なのはの一挙一動をただ静かに、警戒するでもなく反応するでもなく、ただ凝視していた。
そこには人間を恐れる光も、逃げようとする仕草も無く、その眼の光は気のせいでないのなら――
まるで目の前の生物を「下」の存在として認識している倣岸ささえあった。
魔導士の導きに従ったのかは定かではないが……ややもして猫はタンスから跳躍し、地面に降り立つ。

………………………


だが、そこでなのはは絶句する事になる―――


不自然な事は何も無く、眼を離したわけでもなかった。
だというのに、高町なのははその光景にあんぐりと―――眼を見開くしか術が無い。


   それは猫だった


そう……タンスからトタ、と軽快な音を立てて木の立付に降り立ったのは―――


   それは確かに猫だった


それが今――――

自分の目がどうにかなってしまったのか?
それとも知らないうちに白昼夢でも見ているのか?
魔導士はそんな埒も無い可能性を疑わざるを得ない……

だって彼女の目の前にいる筈の猫が―――何の予兆も現象もなく……

白い髪。白い肌。白い衣。
全てが白に包まれた中で怪しく光る灼眼をこちらに向けてくる、一人の―――少女になっていたのだから。

(……………うそ……変身魔法? でも…)

狐、いや、目の前の猫に化かされたのか?それとも幻術に陥ってしまったのか?
驚愕に眼を見開き、目の前の少女を見やる高町なのはに対して―――

「貴女――――何で淫夢が効かないの?」


怪訝な表情で、その少女は―――

――――ヨクワカラナイ事を言った


――――――

(魔力の反応は無かった……断じて変身魔法じゃない…)

なのはとて動物が人間になる瞬間を見るのは初めてではなかった。
だが、その自然極まりない変化はミッドの魔法には到底不可能な業。
暫く呆然と目の前の少女を見ていた魔導士だったが―――

「………いん、?」

今、この娘が言った聞き慣れない言葉を反芻して首をかしげながらに問い返す。

「淫夢よ。 い・ん・む。」

フン、と鼻を鳴らして目の前の魔導士を見下ろす少女。
まるで物覚えの悪い生徒を目の仇にする性格の悪い家庭教師のような顔だった。

「おはろー! 」 

そしてそんな二人の間に流れる怪訝な空気を一発でぶち壊す陽気な声。
諸共に勢い良く開け放たれたドアから顔を出したのは長髪の女性。
タイトな短パンに少しだぶついたシャツを羽織り、髪を後ろで縛った見るからに活動的な服装を披露する
世界に五人しかいないとされる根源の到達者―――――魔法使い。
通称ミスブルー、マジックガンナー蒼崎青子その人であった。

「青子さん………」

「………」

未だ事態についていけてないなのはと目線だけをつい、と青子に向ける少女。

「どうやら初顔合わせは済んでるみたいね! で、どうよ感想は?」

腕を組んでうんうんとうなづく魔法使いの、まるで悪戯小僧のようなニヤケ顔。
どう好意的に見ても健全な笑いとは程遠い嫌らしい面を顔いっぱいに浮かべながら
明瞭簡潔な問いを少女に投げつける青子さん。

「ダメね」

だが失望に満ちた表情と共に少女は返答を返す。

「いや、レンちゃん! そうは言うけど初物ですよ? 処女ですよ?
 夢魔が哭いて喜ぶ一番絞りですよ?」

そんな筈はないと声を荒げ、一気にまくし立てていたミスブルー。
だが程なくして……ギギギと、対面で呆然としている高町なのはを見やり―――

「まさか、なのは……アンタ実はもう、」

己が信頼する魔法少女が、既に魔法少女たり得ぬ大人の階段を登ってしまっているという事態に恐怖する。

「下品よ青子」

ネコにたしなめられる到達者。

「そっちは問題ない。 純潔か否かなんて匂いで分かるし。
 でもまるでダメだった……色々試したんだけど、まるで溺れない。
 テンプテーションを冷静に諭されたときは正直、開いたクチが塞がらなかったわ。」

「あらら……」

「異世界の魔法使いだか何だか知らないけど、煮ても焼いても何とやら。
 石女もいいとこね。 ホント、魔力の無駄使いだったわ。」

「そっか……計算違いだった。 堅物だとは思ってたけれど、まさかそこまでのネンネだったとは」

しばらく固まっていたなのはであったが、二人の会話の筋から事情を整理するくらいには頭は働いている。
目の前の二人が引き合いに出しているのが他ならぬ自分である事を、この優秀な教導官が感づかない筈がない。

「どういう事?」 

固い面持ちで説明を求めて、両者の間に割って入る高町なのは。

「………レン」

青子が一言、何やら促す。
すると、ふう、とため息交じりながらもこちらに向き直る少女。

「自己紹介致します。 私の名はレン。
 人の夢を支配する闇の眷属にして、ニンゲンの精を糧とする夢魔ですわ。」

そしてつい、とスカートの裾をつまみ挨拶をする。
どこかの令嬢と見紛う上品で優雅な仕草は、見る者に魅了の嘆息をつかせるに十分過ぎるほどの魅力を放つ。

「本日は貴方の健全なる生きたユメを主賓にとお邪魔したのだけれど……
 予想だにせぬ事態と相成り、とても心外に思っています。」

「えと………じゃあ……あの夢を見せたのは貴方なの?」

「今、そう言ったじゃない。 同じ事を二度言わせないで欲しいわ」

何を今更と言った風な少女に対し、未だ状況を整理し切れないのは寝起きのせいかな?などと自身に問うなのはであったが
という事は、あの恥ずかしい夢の原因は自分の気の迷いでも心の病でもなく―――この少女の所業という事になる。

(そっか……)

どうやら自身が親友に劣情を抱いたわけではないようだ。
潔癖が旨の彼女が、この事実にまずは密かに胸を撫で下ろす。

「なら………私は貴方を叱らなきゃいけないね。」

「はぁ?」

そして心中とは裏腹に、静かだが厳正な言葉で少女に接する魔導士であった。
魔力や生命力の奪取は言うまでもなく極めて危険な行為の一つだ。
ミッドチルダの法に照らし合わせても決して軽い罪ではない。

「文句を言われる筋合いはないわね。 さっき横で聞いてたでしょう?
 何の手違いか知らないけど、結果として貴方の精は一切いただいてないもの。」

「泥棒に入ったけど物は盗めなかった。
 だから私は悪くない、なんて理屈は通らないよ。」

ピクンと眉が跳ね上がる少女。
目の前の女に、まずは反論されるとは思わず意外の念を抱いたのが最初。
次いで身の程知らずで無礼な物言いに耳を疑うレンである。
蔑むような目線で一瞥をくれ、チッと舌打ちをする。

「今の聞いた青子? お笑い種ね。 
 この人間、どうやら私に説教する気らしいわ。」

プライドを傷つけられたのか、その口調に剣呑の響きを込めて吐き捨てる少女。

「ねえ――――――通らないなら………どうなさるおつもり?」

口元を吊り上げて愚かな人間に冷笑を向ける夢魔。
ちなみに話を振られた青子は何をしてるかというと――そっぽを向いて口笛などを吹いている。

「レン……でいいよね? まずは素直に謝る気は無い?」

「ニンゲン風情が気安く我が名を呼ぶ事は許さないわ。」

その口調を強める少女。射るような灼眼がなのはを貫く。

「そうね……納得できないというのなら、あなた方の理屈に照らし合わせてあげましょう。
 例えば人が家畜や魚を食べる時、それに対して許しを請うニンゲンがいるのかしら?
 それにユメが成功していたとしても、死ぬまで搾り取るつもりは無かったのだし
 むしろ、その心使いをありがたいと思って欲しいわね。」

クス、と妖艶な笑みを浮かべて言うレンと名乗った少女が、嘲笑うような態度で高町なのはに接する。
その顔は間違いなく歳相応の少女のものではない。その姿もまた人を惑わす仮の姿に過ぎない。
人の性を繰り、心の底から情欲を引きずり出して遊ばせる練達した魔性の姿がそこにあった。

「………」

だがそんな、もはや人外の魔性である事の疑いようの無い少女を前にして――

「………………何よ? その眼は?」

それでも高町なのはという人物は大人しく見下されているタマではなかった。
少女の灼眼から全く眼を逸らさず、無言のままに立ちはだかる彼女。
そんな相手の態度が癇に障ったのか、少女の目がスウ、と細まり、その口元が歪に歪む。

「―――生意気ね……貴方」

山中に居を構え、決して気温の高くないその部屋に――それでも異常としか思えない冷気が吹き荒んだ。

それは間違いなくこの邪悪な笑みを称えた魔性の放つもの。
冷気の威圧はそれだけで、この雪の少女の力が並の人間など及びもつかない域にあるモノであると理解させる。
少女から身も心も凍りつかせるかのような寒波が吹き荒び、目の前の身の程知らずなニンゲンに叩きつけられる。
それは実のところ、攻撃ではなく本物の寒波ではない。 全ては夢魔の放つ念――具現化された意のようなものだ。
その意を以って格の違いを見せつけ、身の程を知らぬ人間をひざまづかせてやろうという魂胆である。

「…………」

そんな少女の試みは―――――
しかし次の瞬間、何の躊躇いも無くこちらに歩を進めてくる人間の女。

「な……?」

その双眸を見て、夢魔の表情の方が逆に凍りついたのだった。

結論として相手は眉一つ動かさなかった。自身の冷気を意にも介さない。
幻術とはいえ、体感にして氷点下を大きく下回る冷気をぶつけられているにも関わらずだ。
耐え忍んでいるのか、はたまた相殺しているのか、何事も無かったかのように自分に近づいてくる魔導士。
自信に満ちた夢魔の笑みが、今――――引きつる。

つかつかと歩を進めてくる女は凄んだわけでも殺気を飛ばしたわけでもない。
ただ黙ってこちらを見つめてくるだけ。

(な、何なの……コイツ、一体――!?)

なのに、その威圧感―――
それ以上の有無を許さない、無表情の瞳の奥にある圧倒的な何かにレンは今……完全に気圧されていた。

「あーそうそう。言い忘れてた」

そこへ場違いで能天気な少女の主の声の横やりが入る。


「私、先々週くらいね……そのコに半殺しにされたのよ」


…………………


「は、??」


少女のアゴが―――――外れた


――――――
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