1、神々の遊戯盤 ―――

博士―――無限の欲望ジェイルスカリエッティが、聖王の揺り篭よりも早い段階で手に入れていた失われしアルハザードの叡智の一つ。
しかしながら博士自身ですら、その詳細の全てを把握するに足らないブラックボックスの塊だ。

この盤面を象った遺物は今や、一つの独立した世界となっている。
打ち込まれた膨大なデータと、その元になる世界。
そこに在る力と、駒となる存在を半ば強引に吸い上げて最適化。
次元間をも繋げて発動するそれは様々な事象を融合させて、一つの世界として盤上に具現化させてしまう。

―――それは本当に夢物語を実現させるためだけに創られた代物だったのかも知れない

神――もしくはそれを名乗る者がいて、世界の理を掌握し
弄び、玩具にして、ただ遊戯にふけるためだけに存在するとしか思えない―――このロストロギア

恐ろしい技術だった……
かつて誰もが辿り着けぬとされた次元の果てで栄えた先史文明アルハザード。
それが一体、どれほどのものだったのか想像もつかない。

「効率が悪い。 遊戯だ何だと暢気な事を言っていて良いのか?
 法務機関を敵に回しているとは思えん悠長さだが。」

客人―――言峰綺礼が言うには、英霊を支配下に置くのに
我々のやり方では召還、従属の手順がバラバラでまるで意味を為していないと言う。
そのまま召還するでは駄目なのか?という彼の問いに対し、博士はこう答える。

「いやいや、こればかりは私の趣向の問題ではないのだよ。
 キミが教えてくれた事だが……忘れたのかい?」

本来ならば使役する事など叶わない英霊―――
彼らを聖杯という特殊な媒体を介して降臨させて、数々の制約を付けて使役する。
それがサーヴァントシステム。
その数々の楔無くしては、英霊という埒外の存在を縛り、従事させて使い魔として闘わせるなどという試みは不可能に近い。
故に「普通」の試みを行うだけでは聖杯戦争事態が成り立たないというのは既知の事実だ。

「このロストロギアも原理は似ている! 
 天上の遊戯という特定された空間に限定し、制約を設けるからこそ
 あらゆる力を融合させて一つの世界に集約するという神の如き奇跡を体現する事が出来るのさ!」

あくまでも戯れだからこその奇跡――在り得ざる邂逅。

だが、本来ならば唯の遊戯で終わらせる筈の事象から実を引き抜き、力と為すのが此度の試みであるのならば
まさにそれは神の領域にメスを入れる禁断の領域に足を踏み入れる行為に他ならない。
これこそ、その頭脳その存在がロストロギアと称された無限の欲望ジェイルスカリエッティの叡智が挑むべき所業なのだろう。
もっとも博士はこの盤の「遊び」の部分がいたく気に入っているようで……連日のように客人と談話をしている。

「キミらの世界にも似たような遊びはあるだろう?  チェスとか、将棋?だったかな。
 あれらを引き合いに出すのが一番分かりやすい。」

この卓越した遺物は何度も言うが本来、単なるお遊びの道具だという。
故にそれを実用し、己が力にするという事は文字通り、本や物語の登場人物を現実世界に引っ張り挙げるという夢物語と同義。
それを、このロストロギアを介して現実のものとするにはまず「駒」となった彼らを掌中に収めなければ始まらない。
即ち、動き回る駒を自軍に引き入れるためにこちらから干渉する必要があるのだ。

我々の勝利条件は―――
盤上に顕現した英霊をこちら側に引き入れ、もしくは上手く誘導して時空管理局の魔導士にぶつけ、これを撃退。
そして味方に引き入れた英霊を、この仮想空間から引き上げ実体化させて使役する事。

潜伏先の管理外世界――地球。
我々のいる次元ではない異次元において、かの地で行われた奇跡の体現。

――― 聖杯戦争 ―――

ナビゲーターとして顕現させた言峰綺礼からもたらされた、第五回目のデータを引き上げて具現化させたサーヴァント達。
その一人、剣の英霊セイバーは私たちを驚かせるに足る凄まじい駒だった。
所詮は古臭い伝承の賜物……下手をすればエースオブエースにあっさりと負けてしまうのでは、と危惧する声もあっただけに
その試みの第一歩が順当に踏み出せた事に喜びを禁じえない。

だけど―――順調に見えた緒戦においてから次々と発生しているイレギュラー。

次項目はその数々の不確定要因について検証してみようと思う。


――――――

2、剣の英霊セイバー ―――

管理局の尖兵にして無敵のエース、高町なのはとぶつけるために招聘した第一のサーヴァント。

でありながら、このロストロギアのプログラムに囚われ現界しているにも関わらず
「その事実を拒絶している」という有り得ない事態が先日発覚した。

駒の具現・固定化に成功し、第一セクターに放った時、過程において消費した魔力量はゆうに戦艦数隻を賄える程の凄まじい量だった。
ロストロギア自身の力は元より、この揺り篭からも相当の魔力と動力を犠牲にして具現化してなお安定しないという……馬鹿げた存在。
何という燃費の悪さ。小さい体をしているのに大層な暴食漢ね…まったく。

その不安定な具現はいつ崩れてもおかしくない状態にあった。
他のサーヴァント達は固定化の目処が立っている。
同じ英霊だというのに―――何故、彼女だけが?
特に問題となっているのが記憶の統合であり、これを為そうとすると激しい拒絶反応が起こるようだ。
先日、謎の侵食現象がおき、その性質が大きく変質してしまいそうになるという事件が起こった。  
ウィルスの類だろうか? チンクが接触した際にも相当の苦しみを伴っていたようだ。

言峰綺礼の話では「何も不自然な事はない……それがセイバーなのだ」と言う。

「令呪をすら己が意思で跳ね除ける騎士王の対魔力、意志の力――
 高潔な魂とやらは、かの茶番に塗れた身に窶してなお健在という事だ。
 ロストロギアだか何かは知らぬが、その力を以ってしてもアレを完全に支配する事は適わぬという事だろうよ。」

確かにあのナイトがどれほどに難儀な駒か―――盤が彼女に科した制約の多さを見れば一目瞭然。
例えばナイトの最強武装(アヴァロン)の忘却……
それは世界のあらゆる力を持ってしても抜く事の適わぬ「全てを遮断する最強の護り」なのだという。
ならば下手をすれば、その武装の使用は遊戯盤の駒に対する「支配」すらも跳ね除けてしまうのではないか?
故に――盤はそれに制約をつけた……私はそう考える。

「手綱を握るのならば、せいぜい気をつけることだ。
 アレはな。性の同じくするものが従えるには最良のサーヴァント。
 だが意思の違わぬ者が懐に置くには最も扱いづらい駒となろう。
 あの男も……扱いにはさぞ苦心しただろうな……クク、」

神父の助言はこう締められる。
あの男、というのが誰の事かは分からないけれど……

ともあれ、あまりにも手に負えない駒ならば一思いに廃棄するという手もある。
でも何故か前の邂逅から……チンクがこの駒に対して並々ならぬ関心を抱いている。

「諦めないぞ……あいつは絶対に私が連れ帰って見せる。」

と、意気込んでいる妹。
でも正直、私は心配だ。
プログラムや制約を捻じ曲げるほどの制御不能のその力。
手に負えるのだろうか? こんな埒外の存在が―――

そしてこの英霊は……

果たして自分たちと志を共にしてくれるのだろうか?


――――――

3、英雄王ギルガメッシュ ―――

第一戦終了後、プログラムにいきなり割り込んできた想定外の存在―――いわば、バグ。

第五次聖杯戦争における最強のサーヴァントにして、向こうの世界に現存する伝承、伝説の中でも最も偉大な英霊だという。
この存在は顕現した瞬間、誰も倒すことの出来ぬ「キング」に位置づけされる駒として盤上に現れた。

問題は………この駒、盤上において所有者でありゲームマスターである博士の手を全く受け付けず
己が意思で出現し、行動を起こすという信じられない性質を持った存在だったという事。

「奴は来ると決めたら真っ先にこちらへ乗り込んでくるぞ。
 今の戦力で果たして戦いになるか否か―――
 皆殺しにされたくなければ、ゆめゆめ気をつける事だな。」

不吉極まりない物言いだけれど……客人の言葉は決してオーバーではない。

その蛮勇を如何なく振るった第一セクターの攻防――――
もはやこの駒を単なる駒としてではなく、危険分子としての排除対象にする事に、我々は一片の躊躇も必要としないだろう。

――― 俺がソコに行くまでだ ―――

あろう事かこの駒は盤の中にいながら……明らかに剣をこちらに向けて、そしてこう言った。
ゲームの画面内のキャラクターがいきなり自分達に向けて宣戦布告をしてきたのだ。
もしこれが市井の遊戯施設だったら、顎が外れるプレイヤー続出といったところでしょう。
果たしてあの時……私の顎は無事だったかしら?

初戦の戦場となった第一セクターには巨大な剣で薙ぎ払われたような大きな裂け目が生じている。
それはこのイレギュラーの武装―――「乖離剣エア」によってついた傷だった。
本来、駒のつけた傷はあくまで盤の中で処理される。
このロストロギア自身が自然修復を行い、後の遊戯に支障を来たさぬようにする機能が働くはずだ。
しかし修復される筈のこの巨大な割れ目は一向に消える気配を見せない。

それは即ち、男の埒外の力―――「対界宝具」なるものに起因しているらしい。

どんなに口惜しくとも、馬鹿げた事象であっても、我ら博士をお守りする者として失念や希望的観測があってはならない。
事実は事実として受け入れなければならない。
つまり今までの話を纏めると、この駒は盤上はおろか―――
盤外の我々にすら干渉できるほどの、まさにイレギュラー中のイレギュラーである事を認めなくてはならないのだ。

あのバグにここへ踏み込まれた時の戦術プラン―――
未だ他の駒を味方につけていない状態、つまりは残った機人だけで戦うシミュレートをいくつか立ててはみた。
けれど、アレを相手に私たちだけで博士を護れる確率は極めて低い…………

いや、はっきり言って――――――恐らくは防衛は、100%無理だ。

あの圧倒的な戦力は個にして戦艦並の攻撃力と防御力を誇っている。
数多くの特殊能力を有し、死んでも蘇る。
最強を誇るエースとナイトの二人を同時に敗走に追い込んだその力は、もはや我々の常識の届く範疇に位置しない。

「心配はいらない。高潔なるキングには高潔なる滅びを……
 彼の処遇については目処が立っているよ♪」

だがそれについて博士に進言したところ、信じられないほどあっさりと、こう言われてしまった。


そう……あの並のワクチンでは100%食い尽くされて終わるようなバグに対して博士は―――――

――――――――「あの方」をぶつけるつもりらしい……


エースオブエースと、それに勝るとも劣らぬ剣の英霊。
それを同時に撃退するほどの怪物を相手に「あの方」が戦えるというのだろうか?


   とても信じられない………
   そんな風には見えない……
   例え博士が唯一、ご自身に匹敵する天才だと認めた方だとしても―――


かといって博士があそこまで断言する以上、私はこれ以上の懐疑を及ばす事は出来ない。
その方向でプランを進めるしかないのだけど……

失敗すれば、あの傍若無人なイレギュラーの逆鱗に触れて全てが台無しになってしまうかも知れない。

そんな爆弾の処理を…………我々も信じるしかないのかしら?


私たちにとっても縁深き、「あのお方」の力を―――


――――――

4、異邦者達 ―――

同ロストロギアについては上で記した通り。
そして招聘したサーヴァントの幾体が理論外の兆候を見せている事も然り。

だけど……………
盤の示したデータによると異世界から吸い上げたのは「第五次聖杯戦争」のサーヴァントのみ。
それに加えて、取り込んだ管理局の魔導士達を盤上に配置する事によって始まったこの遊戯。

駒は出揃い、空間は完全に閉鎖された。
外界と切り離されたセカイにはもはや何者の侵入も許さず
盤がゲームの終了を宣告するまでは文字通り、独立した閉じた世界となっている筈。


にも関わらず―――

――― 召還したサーヴァント以外の異世界の存在が流入しているという事態 ―――

これをどう解釈すれば良いのだろうか?


予想を超えた事象の数々に加え、この上異物の混入だなんて……
このロストロギア、実は不良品なんじゃないでしょうね?と、つい愚痴をこぼしてしまう私。

先日、その闖入者の調査と可能ならばサンプル回収という名目で出撃したトーレとセッテは
大破し、機能停止寸前になるまで破壊し尽されて帰還。
最悪の事態だけは免れ、今現在は二人とも稼動出来るくらいに回復しているのは不幸中の幸い。

その行程で奇跡的に拾えた、二人のメモリーに残っていた異邦人のデータ―――
シルエットと音声をデータとして打ち込み、盤に記憶させたところ
これにより顕現した、このイレギュラーの盤上での扱いは「ソーサラー」………
魔法使い、という意を持つ名前をその頂に冠する事となる。

管理局の魔法使い達が多数取り込まれた中で、それを押しのけるかのように「魔法使い」の名を踏襲したこの駒は
先日、第2セクター「山岳地帯」においてエースオブエースと交戦。その凄まじい力の片鱗を垣間見せる。

こちらの局魔導士のような飛行能力もシールドも持たず、肉体的なスペックは人間と何ら変わる事の無い。
データで見る限り、こちらの世界のソレに比べて遥かに貧弱で御しやすい相手に見えるこの駒は
だというのに―――ミッド魔法使いの中でトップレベルの実力を持つエースを相手に終始、互角以上の戦力展開を見せ付けたのだ。

エースの切り札、収束砲を真正面から切って落とした技法――
こちらの計器のどのデータと照らし合わせても該当するものの無い謎の力。
データやスペック等では計り知れない未知の力。
サーヴァントという規格外の存在を見据え、驚愕の連続だった我々だったけれど
ここに来て、その相手にしている異世界―――その異常性に対して単なる驚愕ではなく恐怖さえ感じるようになった。
全次元を統べる管理局の精鋭、武装隊の魔導士を、非武装の人間までもが虚仮にしてくる……… どんな世界なの一体?

現在「異邦人」と位置づけたイレギュラーは三体、確認されている。
そのうち一体は現在、戦闘を終えたエースの駒と行動を共にしている。
モニターしやすくて助かるけど、迎合されたら果てしなく厄介ね……

―――――残る二体は未だに詳細不明

監視機器にも引っかからず、固体認識も出来ない存在。
どんなバケモノなのか想像もつかない以上、再び妹を調査に向かわせるなど間違っても出来ない。


だがいずれ――――

このシステムに介入してくる時がくれば相対しなければならない存在である事は確かだった


――――――

「はぁ………」

ようやっと一段落――――

区切りのついたモニターから目を離し、またも溜息交じりに肩を叩く私。
機人が肩凝りなど笑い話にもならないけれど……
この仕草が自分でも板についてきてる感じがして結構、まんざらでもない。

それにしても見返せば見返すほど私見が入りすぎているわね。
レポートとしてはどうかと思うけれど、博士がこうしなさいと言うのだからしょうがない。
さながら航海日誌風味といったところかしら?

状況を綴るにつれ、姉妹たちの連日の苦戦の報告。
大破し、迷走し、思い悩む妹を前にして私とて気が気ではない……
だけど、私は―――私だけは迂闊な行動に出たりここを飛び出すわけにはいかない。
何故なら自分は博士とあの子達のパイプ役。
博士の裏の頭脳という役割を担う、頭と手足を繋ぐ神経のようなもの。
それが暴走しては全てが狂う。
このもどかしい気持ちを抑えて、博士の考えを形にし、プランを立てて実行段階に移すのが
戦闘手段を一切持たない非力な私が唯一課せられた機人の長女たる役目なのだ。

無力感に苛まれ、打開策を講じ、焦燥し迷走し、感情を揺り動かし、役に立とうとする――――

ここに来て皆、各々の考えを持ち初めている。


   これが、揺らぎ
   その中から答えを見つけるという事―――


自分達はただの機械ではなく「機人」。
機械の精密さと人の心を持った新たな生命体。
天才ジェイルスカリエッティの創りし、命の新たな可能性を内に秘めた存在であるのなら
悩んで、落ち込んで、そして強くなるという―――ヒトとしての力もその身に秘めている筈。

「なら……頑張らないとね。今度こそ!」


確かに道は険しい。想像以上に困難だろう……
だが前回のような救いようの無い結果は二度とごめんだ。

揺れる姉妹たちを率い、絶望の先にある夢を再び掴む。

私は姉妹たちの微かな変化の中に、数多くの不安の中に差す
一条の希望が見え隠れしている気がするのだ。


もがき、あがき――そして今度こそ……

必ずや博士の夢を実現してみせる!


それこそが私たちナンバーズの存在意義であり、喜びなのだから―――――


                       記録者=ナンバーズ01


――――――

――――――

「揺らぎ――――」

上がってきたレポートに目を通す科学者。
その横で腕を組みながら、何とも無しに話を聞いていた神父が呟く。

「酔狂な事だな。」

無表情に仮面を三枚くらい重ねたような貌で一言だけ、野卑を込めて神父は返す。
戦場においては「心揺るがぬ兵士」こそが理想である。
迷いを抱かず、恐れを抱かず、情を抱かず、全ての人間的な思考をその内に封じて引き金を引く。
機械的で在れ―――それは死地に赴く兵士が一人前以上の成果を発揮するために至らねばならない境地。
戦場ではそれが出来ないものから死んでいくのだ。
ならばこそ、かつて自身を死地に投じてきた神父にとっても
目の前の科学者の言葉が世迷言以外の何物にも聞こえない事はむしろ当然であった。

「ヒトは殺し合いという極限の闘争に赴く際、恐れ、躊躇等の既存の道徳を捨て去る事から始めねばならない。
 故に肉体的な不利を鑑みなければ少年・少女兵というのは実に合理的だ。
 道義の凝り固まらぬうちに殺人兵器に仕立て上げられるのだからな。」

「うんうん」

「ならばこそジェイル・スカリエッティ。 君の発言が私を笑い死にさせるための冗談でないというのなら―――
 些か正気を疑わざるを得ない発言だが、その認識はあるか?」

極限状態において最善の判断を下せる理想の存在は――機械だ。
故に人は闘争において精密で無慈悲で揺るがぬマシンになろうと勤める。

と、平手を前に翳しながら痛烈な批判を返す男の前には
白衣の科学者が歪な笑みを浮かべてうんうんと男の説法に耳を傾けている。

「口調が変わると本当に神父に見えるねぇ。キミは」

「私は神父だ」

「正気、か………私は狂気の天才科学者だよ?
 ある意味、正気とはもっとも縁遠い存在なんだが……まあいい。
 続きを聞こうじゃないか!」

「ならば続けるが……人が戦場において機械になるを是とする中で
 理想の戦闘機械とやらに迷いや焦燥、心乱す機能を付加するのは何の戯れだ?
 闘争においてニンゲンが常に苛まれる弱点を持たぬが機械の強み。
 それをわざわざ機械人形に持たせるなど―――」

「ただの機械人形では無いさ! そんなつまらないモノを作るのならば、ガジェットで事足りる!
 プロジェクトFから端を発し、我が手で完成に至る人造生命体……
 私の最高傑作はね、あらゆる面で人を超えていながら、どこまでも人でなくてはならないのだよ!」 

「そして最高傑作であるが故に疑念や恐れを抱き、戦力の半分以上がお前の下を去っていったわけか。 
 確かに傑作だな………乾いた笑いが止まらん。」

「私も歓喜の笑みが溢れてしょうがない! 創造物でありながら造物主に縛られない!
 すばらしい! その生命の揺らぎをこそ私は愛するのだよ!」

「………」

いわば造物主の愉悦とでもいうのだろうか―――
勝つ気があるのか、と突っ込みそうになる綺礼だったが、世の中には色々な種類の人間がいる事は理解している。
目的のためには手段を選ばない者。信条を曲げてまで目的に辿り着こうとする者。
その対極に、己が手段やその成果が優先され、最も大事な結果を蔑ろにする者もまた存在する。
謂わば本末転倒の極地というべきか………

「――――ふむ。 確かに人が葛藤を抱え、揺らぎ苦しむ姿は愛でる価値があるのかも知れん。
 決して崩れ得ぬ精神の持ち主の、その心に亀裂が入り、手ずから決壊し壊れ行く様。
 困った事にな、そのような様をどうしようもなく好む人でなしの畜生も、この世界には少なからず存在するのだ。」

いけしゃあしゃあとのたまう神父である。

「だがな科学者よ。 本来崩れぬモノが傷つき、悲哀に暮れて堕ちてゆくのが愉悦の極みなれば―――
 予め揺らぐよう人為的に作られた存在など何の意味もないぞ? 
 それはただの茶番。 自慰行為に等しい所業ではないか。」

「勘違いしないでくれよ綺礼♪ 私の夢は完全な生命の生成だよ!
 人為的に作れるか否かが重要! ゆらぎ苦しむ瞬間を愉しむのではなく、それを顕現させる事こそ至宝!
 私はまた一歩、神に近づいた………その事実が今は愛おしくてしょうがない!」

その至宝だか事実のせいで、自分の尻に火がついている事を本気で理解してないように見える。
状況は部外者である言峰から見てもあからさまに悪い。 否、悪いというより救いようが無い。
着のみ着のままで獄から脱走し、既に追っ手により補足され
頼みの試みとやらも実を結ぶかどうかは定かではなく、少ない構成員は先日半殺しになって帰ってきた。

敵は広大な宇宙を統べようという組織であり、これから汲み上げねばならない存在は伝説に名を遺す英霊だ。
この両者を向こうに回した状況で―――なお科学者は余裕の笑みを崩さない。
神父とて人と異なる価値観を持ってはいるものの、ここまで切迫した状況ならば愉悦よりも実益を優先するだろう。
果たさねばならない目的があるのなら尚更だ。

「野望と理想は等価値なのさ。私にとってはね。 
 無限の欲望に優先順位という概念は初めから皆無なのだよ♪」

「…………」

(この男―――実はただの莫迦ではあるまいな?)

さすがに何とも言えぬ顔で狂気の科学者を一瞥し溜息を漏らす神父であったが――

「仕方がないさ! 私は生まれた時からこうだったのだから。」

科学者の言い放つその言葉に―――これまで全く動じなかった神父の眉がピクリと動いた。

「………ならばこれ以上は私の与り知る所ではないがな。」

白衣の狂人を前にしてこれ以上の正論は無駄だと判断した綺礼は再びソファに腰掛け、卓の上に存在を誇示する怪しげな盤に目を注ぐ。
そこにくべられた駒は、居並ぶ全てが一騎当千。千軍に匹敵する英雄や戦士達だ。
そんな者達が自分の眼下にて術も無く、右往左往している様をこうして眺めていられる。
この傍迷惑なアーティファクトを誰が何の目的で作ったのかは知らないが―――自分を神と錯覚してしまうのも無理からぬ光景ではあった。

だが、そのせわしなく動く駒の中で1つ。
異彩を放つ駒を見つめる言峰綺礼の口元にフ、と―――苦笑いが浮かんでしまうのも無理からぬ事である。
その駒とは当然、彼にとって旧知の間柄でもある黄金の王。
傲岸不遜、慇懃無礼、天上天下唯我独尊。
この怪しげな世界において、神秘と神聖を冒涜する汚らわしい盤上において、王はかつて知る姿と何ら変わる事無く其処にある。

変わる筈が無い。あのサーヴァントはいつだってそうなのだ。
どのような檻を用意しようと大人しくソレに繋がれている輩ではない。
故に――――男は憤っていたのだろうか……?
己が認めた存在、美しき騎士王と聖剣がこの檻に繋がれ、惨めに雁字搦めにされているという事実に。

「これ以上、賢しい助言をするつもりはないが……どうするつもりだ? 
 奴だけは早急に対処せねば、一刻を待たずして戯れの時間は終わりを告げるぞ。」

「ああ、それは彼女に頼んだよ。」

「彼女?」

言峰の心配(心配など微塵もしていないが)を一蹴するかのように男はあっさりと言ってのけた。

「彼女」……そう言われても誰を指しているのか本気で分からなかい。
いぶかしむ顔を科学者に向ける言峰。

「酷いな綺礼……初めに会った時、紹介しただろう? 彼女をもう忘れてしまったのかい?」

「彼女」―――
魔法使いにスクラップにされて帰ってきた人形二体。
非戦闘員だという司令室に詰めている人形。
気色の悪いメガネの人形。 使えない料理番。

神父の脳内に次々と浮かぶ顔と科学者の指す「彼女」が一致しない。
この現状であの英雄王を「頼む」などと言える存在。
未だ懐柔の成功していないサーヴァントにでも頼む気だろうか?
しかし当て嵌まる顔ぶれを次々と脳内で検索していく言峰が、やがて行き着いたのは――

「………あの女か?」 

自分がこの船に随行する初っ端に一度、顔を見た女がいた事を思い出した。

――――――忘れていたわけではない……

確かにこの茶番に付き合わされる羽目となった、その初まりの刻―――
どこか印象に残る眼をした、今はこの者達と別行動中の女がいた。

「そうか―――いたな。 そういえば」

あの眼………そう。

享楽を称えた目の前の博士とは対照的な雰囲気の女がいた事だけは確かに記憶に残っていたのである。

「それで? アレを向かわせてどうしようというのだ。」

「生け捕りが望ましいのだが流石にそこまで無理はさせられないねぇ。
 この際、面倒ならば………あのキング、消去してしまっても構わないと言っておいたよ。」

……………………

「――――消去する、だと?」 

「うん」

「英雄王をか?」

「うん」

「可能だというのか? あの女ならそれが?」

「出来ると思うよ」

……………………


応接間に沈黙が流れる―――――


内容が内容だけにそれも無理からぬ事であろう。
戯言に戯言を重ねて綴るかのような目の前の科学者の発言だ。
今回もその類と切って捨てれば済む事であるが―――だが敢えて乗ってみる神父である。

「エースとやらが英雄王を相手にあの体たらくだったわけだが……あの女はそれより強いというのか?」

「<強さ>で競うのならば、あのキングを凌駕する事は難しいんじゃないかね?
 彼女のみならず他の全ての駒を動員してもね。 戦闘は専門外の私だが、それくらいは分かる。」

「ほう……」

「彼女はね………異質な存在なんだ。」

ここで白衣の男の口調が微妙に変化している事に綺礼は気づく。

「その思考は今やキミ達の世界の魔術師に近い。
 科学という力をよく知り、その深遠に達してなお力を求め
 己の全てを賭けて禁断の叡智に踏み込んだ………」

相変わらず人を食った表情だが――――気のせいか?
男の言葉の端々に畏敬の念が込められているように感じる神父。
断言するが、この手の人間は他人を尊敬する事などよほどの事がない限りあり得ない。

「出来る事と出来ない事の境界が見え過ぎたミッドチルダの空の元において
 何の躊躇いも無く彼女はその一線を越え………その生涯と引き換えに奇跡の片鱗を再現して見せたのだよ。
 私の理論の雛形を引継ぎ、私と全く違った結果を導き出し、一つの頂に至ったのが彼女だった。
 素晴らしい天才だよ彼女は……私が唯一認め、一目置かざるを得ないほどのね。」

その心情の変化を覗こうと――男の表情の奥を読み取ろうとする言峰。
だが、やがていつもの享楽的な笑みを取り戻した科学者。
その相貌がニィ、と―――歪な笑みを漏らす。

「フフ……キミと話しているとつい饒舌になってしまう。
 時間がいくらあっても足りないな、これは。」

「貴様が人を選んで話す男にも見えんがな。
 そもそも無限に続く戯言の相手として私を呼んだのだろうが。」

「ふふ、確かに!」

含み笑いを漏らしながら科学者は席を立ち、棚に置いてあるロマネコンティをグラスに注いで神父に薦める。
いつ終わるとも知れない二人の談話は、最近ではこの晩酌が一区切り―――締めの合図となっていた。
管理外世界の美酒を口に含み、喉を潤わせた科学者が今、虚空に向かって大仰に手を広げる。

「そろそろ次の幕を開けなければならない! 主賓もスタッフも首を長くして待っている!
 ならばこそ………今こそ紡ごう第二の幕を!!
 祭を主催する者として、これ以上観客を待たせるのは忍びない!
 次は皆があっと驚く展開を作ってやらねばならないからねぇ! フハハハハ!」

享楽に身を委ねるように恍惚とした表情で、次節開始の宣言をする男。
そして――――それを受けて遊戯盤の祭壇が光り、盤上に新たなる駒が顕現する。

「ふふ……期せずして最も縁深い者同士が共に踊る事になる、か。
 良いドラマを作ってくれる事を切に願うよ! 哀と悲を背負いしマリオネットよ!!」

タン、タン、タン、タン、という小気味良い音と共に盤上に四つの駒が置かれた。
途端、膨大な魔力が湯気のように場に立ち昇る。
まるで渦巻きのように棚から上昇する黒炎のようなソレが、第二幕―――壮絶な戦いの開戦の狼煙だった。

盤面に次々と置かれた駒が機動を開始。これで全ての準備は整った。

そして――――最後に、その駒の一つを……男は愛でるように掌で撫でる。


高町なのは、セイバー、そして英雄王の邂逅に始まった此度の宴。
開幕の凄まじさに湧き上がる、姿見えぬ神々が胸躍らせる中―――次節もまた更なる激戦が期待できよう。
祭壇から轟く亡者の声の如き音は開始の扉が開かれた合図。

「今度こそ手に入れて見せる! そしてその暁には………
 キミが最も会いたかった人との再会を約束しようではないか! フ、ク、クハハハハハハッ!!!」


男が掌で撫で回していたその駒に一言……劣情にも似た言葉を発した眼下にて―――

いよいよ、


――― 第ニ幕が始まる ―――


――――――

…………………


   ただの愉悦に浸る典型的な狂人
   その言葉。 その理念。 どれも心に響くものではなく
   1刻の戯れに身を窶し、せいぜい無様な滅びを迎えるに相応しい愚物の類


(生まれた時から―――こうだった、か)


―――――――――――そう思っていた。


その取るに足らない言の数々の中で――――――この一言

言峰綺礼の根幹に響く……この言葉を聞くまでは。


「ふん……」

卓を前に嬌声を上げる狂った科学者。
それを見る男の目には相変わらずの侮蔑の光。

だがその奥底に………
微かに違う感情が芽生えている事に、今はまだ神父自身も気付くことはなく―――


言峰綺礼は一人、既に何も為す事の適わぬ木偶となった身を
嘆き悲しむわけでもなく、ただいつものように、あるがままを受け入れるのみであった。

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最終更新:2010年04月09日 16:50