舞台は閉幕を迎えた。
偽りの四日間は終わりを告げ、それを望まぬ観客(骸)たちは永遠のアンコールを求めてステージ上へあふれ出す。

「ソラへと続く光の階段、それに手を繋いで歩く男女、か……少女マンガの主人公とヒロインみたいだね」

とある高層ビルの屋上。
第五次聖杯戦争において最大のイレギュラーである別次元の住人高町なのはは、遥か上空を行く二人を見て驚嘆の言葉をこぼす。
地上(深山町)に跋扈する残骸たちさえなければさぞかしメルヘンな光景であったことだろう。
町を覆い尽くす赤い灯し。
それは終わりを迎えようとする自身を殺すためだけに存在する自殺回路。
瞬きのうちに街を覆いつくし、阿鼻叫喚の地獄絵図をつくりだしている。

「あなたは続くために終わる事を選ぶんだね」

願いの具現した、この世界。
いくら求めても与えられなかったあらゆるものが、ソラへ歩むたびに遠のいている。
アンリマユと称えられた少年が、衛宮士郎(殻)の正義を是として、黄金の日々の終わりを受け入れた。
皮肉なものである。
なにせ、秩序を重んじる管理局の魔道師である自分は彼の正義に反発し、この世全ての悪がそれを肯定したのだから。

思えば半年前の聖杯戦争で、衛宮士郎とはずいぶん衝突したものだ。
自分の力量も省みず、誰かを助けるためならば自分を捨てて無茶をして、それを正そうともしない。
自身の幸福を手に余るとして受け入れようとせず、どうでもいい他人を救うために奮闘する。
自分を棚に上げて「女の子があんな戦いをしちゃ駄目だ」なんて言われたときはさすがに反論すら出来ずに目を丸くしたものだ。
"他人のことばかり考える"身勝手さでは自分も大概だと思っていたが、彼はその比ではない。
初めから"自分"が一切勘定に入っていないなんて、すでになのはの理解の範疇を超えている。
"強い信念のもと、人を助けたい"という共通の想いを持ちながらも、その一点が決定的に違いすぎた。

なのはが常に念頭に入れていることは"生きて帰ること"だ。
幼き日の自分。
限界など知らず、自らの力を過信していた愚かな日々。
自覚はなくとも、少しずつ、しかし確実に己の身体を蝕んでゆき、そして起こるべくして破綻した。
その結果に家族は涙し、仲間は憔悴し―――共に戦った小さな騎士には、必要の無い後悔を背負わせてしまった。
そんな若気の至りを経て、なのはは生き方を改めた。
自分の限界を知り、出来うる限り余力を残し、冷静に周りを見渡すことを覚えた。
猪突猛進で守れるものは意外なほど少ない。
人の上に立つ立場になり、さらにそれを実感した。

時には、命の一つもかけなければ何一つ守れない場面ももちろんある。
そんな状況でも無茶をするななどと、無理難題を押し付けるつもりはない。

しかし、それでも知っていて欲しい。
勇気と蛮勇の違いを。
命を落とすことで、悲しませる人間がいることを。
一人一人の価値を。
一時の過ちで、取り返しのつかない後悔を負ってしまわない様に。
教導する際に、それだけは何をおいても全力で叩き込むことにしている。

だからこそ、ひたすらに自分の価値を認めない衛宮士郎を、なのはには認められなかった。
他人の人生を全否定できるほど偉くなったつもりもないが―――正直、肩を並べて戦う戦友には欲しくない。
人柄は信用できても、行動が全く信用できない。

でも、そんな人間だからこそ―――愚直なまでの正義が、報われなかった者の心に届いたんだろう。
それはなのはには真似できない、彼だからこそ放てた価値ある輝きのはずだ。

「さて、どうしようかな。流石に数が多すぎる」

改めて地上の惨状を見渡して、思わず愚痴がこぼれる。
あの程度の相手なら問題は無いが、さすがにキリがない。
オーバーSランク級の魔道師といえども、人間である以上は限界がある。
有限では無限に勝てない。
骸は際限なく増殖し、いつかはこの身を容易く引き裂くことだろう。
―――なら

「よお、マスター」

背後からの呼びかけ。
十年来の友人にでも声をかけるような気安さで、なのはのサーヴァントたる彼、ランサーがそこにいた。
思わず、目をぱちくりとさせるなのは。

「どうしたんですか?」
「は?」

聞きなれない言葉でも聞いたというふうに、首を傾げるランサー。
あんたこそどうしたんだ、自分はここにいて当たり前だろう、とでも言いたげである。
いや、疑問にも思うだろう。
既に役目を終えた以上、彼の性格上、ここでお節介を焼くようなことはしない。
精々、彼なりの義理を果たした元マスターの行く末をそれらしい感慨もなく見守るくらいかな、とか想像していた。
そんな彼が愛槍を手に、闘志ビンビンの完全武装モードで現れたのだからなのはとしては、予想外以外の何者でもない。
心外だな、と顔をしかめるランサー。

「俺の現マスターは誰だ?」
「……私?」
「そう、あんただ。なら、なのはが戦う以上、俺が戦わない道理は無いな」

マスターに従うのがサーヴァントの役目。
そんな、基本にして最大の役目が残っているのに、大人しくしているはずがないだろうと、そう言いたい訳だ。

「―――そうですね。あなたはそういう人でした……四日間であまり構ってくれなかったので、あなたの人柄を見誤りました」
「……構ってってな。なんだ、寂しかったのか、マスター」
「そんなのじゃありません。ただ私よりも前のマスターの方にご執心だったようですし?」

頬を膨らませて、プイッとそっぽを向く。
何故だろうか。前マスターである彼女を忘れずにいてくれたことは文句無しに嬉しいはずなのに、心のどこかで、こう、なんというか
"面白くない"なんて自分らしくないことを思っちゃてたりしている自分がいて、ほんの少し戸惑いを覚える。
ああ、つまりなんだ。

「妬いてんのか?」
「妬・い・て・ま・せ・ん」

知らず知らずのうちに顔が紅潮する。
カラカラと笑いながら、なのはの膨らんだ頬を指で突くランサー。
抜ける空気。溜まる怒気。
やっぱり面白くない。
てゆうかなんだ、自分はこんなキャラではないはずだ。
大きなため息を一つ。いい加減、本題に入りたい。

「気を取り直して……一緒に戦ってくれるということで、良いですか?」
「おおよ。最後の祭だ。遠慮なく大暴れさせてもらうぜ」

勇猛な牙を研ぎ澄ませ、不敵に笑う。
今宵、この時のみ、共に夜を駆け、何よりも頼もしく映った相棒に戻ったのだ。

「それにな。誰かと背中を預けあって戦うっていうのも、悪いもんじゃねえ。それが良い女ならなおさらだ」
「……はいはい。では、大元を潰しにいきましょう。これだけの数を相手にしていてもキリが無いので」

つれないねえ、とぼやきつつ、力強く地を蹴り、ビルを飛び移っていく。
それに遅れぬよう、フライヤーフィンを発動させて、空を切る。

―――僅かな感傷。
各々の意思、各々の再会、各々の別離がこの夜の内に終わる。
偽りの日々は記憶には残らず、それでも、こうして存在した以上はきっと意味がある。
ランサーとの共闘。そして、なのはがまともに戦うのも、恐らくこれが最後になるだろう。
若くして身体を酷使した代償は、こうして自らに跳ね返っている。
魔力値の減少、身体に残る鈍痛は既に軽視できるものではなく、前線を続けるのはここらが潮時だろう。

それでも、後進を育てあげることはできる。
それぞれの輝かしい未来への後押しができる。
つぎはぎだらけの自分でも、こんなにも大切なことが成せる。
それが、何より誇らしく思えた。

未来あるものに道を譲り、後進を育み、一人一人がそれぞれの空へと飛び立っていく。
きっと何億何兆と繰り返されてきたであろう人の生き様。
その連鎖に、自分も連なることになる。

人は弱いから、きっといつまでも間違える。
それでも、何かが成せる以上、その意味を求めて生を謳歌していくのだ。

道はああして、今も続いている。
なら―――自らが信じたその道を、振り返ることなく歩み続けよう。


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最終更新:2008年05月10日 12:49