#1

鮮血が描く魔法陣が裏返り、
轟と音を立てて血の神殿が再生すると共に、女の存在が変質する
見開かれた眼は視線が定まらないどころかそもそも眼球の体をなしていない
風も無く、微動だにしていないにも関わらず蠢く髪は、
それ自体がまるで意思を持つ生き物のようだ
それは例えるならば多頭の蛇といったところだろうか

「“業の深い”どころではなかったようですね、これは―――」

アルトリアが苦い顔でそう口にしたところで“ソレ”が大きく声を上げた

「■■■■■■■―――!!!!!」

それが果たしてヒトの声帯から出た声(オト)だったのか
人間には理解し得ない根本的な恐怖を呼び覚ますそれに全員が一瞬身を固くする

餓えた獣が狩を始めるきっかけとしてはそれで十分だったのだろう
硬直から回復するまでの一瞬の間に“ソレ”はディードの肩に食らいついていた

痛覚を脳が認識し、それが悲鳴と言う形で周囲に発せられるまでの間に、
肩口の肉―――否、それを構成するあらゆる組織、
皮膚、脂肪、筋繊維、神経、骨格、血管等に加え、
戦闘機人としての無機的なモノに至るまでのあらゆる要素を喰いちぎり、
腕ごとそれを躯から引き剥がす

「おのれ!」

引き剥がした拍子にのけぞった相手に体ごとぶつかるようにして
アルトリアが“ソレ”をディードから引き離すのにあわせ

「坊主、嬢ちゃん達を連れてさがってろ」

「は、はい!」

男の言葉に、崩れ落ちたディードの体を抱きとめた状態で
半狂乱になりながら彼女に呼びかけ続けるオットーごと
無理矢理引きずるようにして撤退するエリオ

「婦人の扱いにしては少々乱雑ですが、
そういっていられる状況ではありませんね」

「まぁな、宝具でも呼び出してくれた方がよっぽどましだぜ」

その様子を肩越しに一瞥してからおのおの武器を構えなおす
彼らとて“ソレ”に恐怖を感じていないわけではない
だが“ソレ”が人を滅ぼす怪物であるのなら、彼らは“ソレ”らを討ち滅ぼす英雄である
ゆえに彼らは“ソレ”に対して恐れはしても怖気づいたりはしない

「シスターが魔眼に魅入られている上にこの結界だ、
そちらの宝具に掛けての短期決戦になる、行けるかランサー」

「はっ!
てめぇの方こそ借り物がナマクラでしたなんて言い出すんじゃねぇぞ」

剣と槍―――怪物に挑むには些か心もとなく見える得物を手に、
二騎の英雄は臆することなく敵に向けて走り出した




#2

「随分とした怪物だな」

ぐったりとテーブルに突っ伏したカリムの容態を確認しながら
モニターを指してユスティーツアが口を開いた
呼吸をするだけで咽喉が焼け、皮膚が火傷のような痛みを訴えてくる
纏っている騎士甲冑の裾がいつの間にか綻んでいる事に気づき、
長くは持たんなと彼女は眉を顰めた

「それで、真名の見当は付きそうなのか騎士はやて?」

「シスターシャッハが相手の目を見たことで石化の術中に嵌ってしまった事と、
通信が拾ったアルトリアの証言から天馬に纏わる伝承を加えて検索したところ―――」

モニターに文字の羅列が並び、ややあって該当項目と言う表記と共にソレが表示された

「ギリシャ神話、ペルセウス伝承の怪物メドゥーサです」

見たものを石に変える能力を持つ魔物
頭髪は無数の毒蛇で、イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼をそなえた容姿をもつと言う

「もともとは絶世の美女やったのが女神の不況を買って魔物に落とされた、
と言うのが大筋の伝承ですね」

つまり、あの容姿はもともとのヒトガタと言う訳か
と納得するユスティーツア

「それで、弱点か何かは分かりそうなのか?」

モニターの向こうでは男とアルトリアが“ソレ”と攻防を続けている、
一度だけ手を貸そうかと声をかけたが、
魔眼に対するだけの抗魔力が無ければシャッハの二の舞になると断られた
自分はどちらかと言えば近距離主体、
はやても誤射や巻き添えの無い長距離攻撃は難しい以上、
ここは任せるより他無い

「いやそれが―――伝承によると「鏡で位置を確認しながら曲がった剣で切った」
なんて書かれてありまして―――」

「役に立たんな」

モニターが拾った音声の限りでは男の宝具―――おそらくはあの槍だろう
―――に掛けるつもりらしい

何れにせよこのままでは長時間持たない、
待機中の騎士団の中には既に昏倒するものが続出し始め、
周辺の魔力素そのものが毒物同然の有様を見せ始めている

「やれやれ―――
ところでシスターたちの容態は?」

もう一つ空間モニターを展開し、エリオを呼び出す、
見慣れない人物の登場に面食らった様子のエリオだったが、
見慣れないだけで教会騎士、ソレも重鎮と分かると即座に意識を切り替えた

『シスターシャッハは右足を中心に下半身の三分の一が石化、なおも進行しています、
シスターディードの方は―――』

失血と苦痛から気を失っている様だが
引き千切られた肩口の傷は甚大なわりに出血が少ないと言う
戦闘機人が人と機械の融合と言っても大部分の身体構造は人間に順ずる
腕一本を強引に引き千切られたにしては出血が少なすぎるなと
傷口に応急措置を施す様子をモニター越しに見ながらユスティーツアは気が付いた

「騎士エリオ、
シスターディードの傷口をもう少し丹念に調べてみろ」

視界が赤いゆえに見逃していたようだが良く見ると傷口周辺が何かおかしい

『まず―――バイタル低下、
ディード起きろ、起きろってば』

その指示に何かに気づいたセインが慌ててディードの様子を確認し揺り起こそうとする
一見普通の眼球に偽装されているが彼女たち戦闘機人のそれは並みのセンサー類に勝る

出血は見えないだけで既に多量に及んでいた

ここは血を喰らう異界『他者封印・鮮血神殿』
暴食の様を表しつつある世界は“血が流れ落ちる”前に
ディードの命を喰らい尽くそうとしていた




#3

『そう言う訳で、何とかなりませんでしょうか?』

「それは、心得てはいます、が!」

「ワリイが、そううまく行く、なら!
最初、から、こうは、なってねぇ、な!!」

はやての言葉に二人が答える、
返事が途切れ途切れなのは応戦しながらであるゆえに仕方がない

もはや武器らしい武器を振るう器用さが失われているのか、
攻撃の主力は両手の爪だったが、流れる髪が意思を持って蠢くだけで幾千の凶器と化し
場に張り巡らされた結界と魔眼が二重の重石となって二人を蝕んでいた

この場においてもっとも“魔術に抗う”事に長ける二人がこの様である
内心ランサーはともかくアルトリアの焦りはただ事ではない
それでもその切っ先にぶれが無いのは如何なる鍛錬によるものか

「結界に魔眼、
どちらか一つであればそれほどの苦ではないのですが」

轟と吼える咆哮は完全に獣のそれであり、
器用さも失われた女の動きは人のソレとはかけ離れているが
獣であるが故に的確でもある

怪物は怪物であるが故に人の理には従わない
彼らは彼らの理に則って優れた理性により行動する
それを『本能』と呼ぶのは単に人のおごりに過ぎない

現に、この怪物はここまで人とかけ離れていながらこうして魔術を行使している

「埒が明かない……ランサー、
このあたりで一か八か、賭けに出る気は?」

「このままジリ貧よりはマシだな、いいぜやってみな」

アルトリアの目に秘策ありと見て取ってランサーが頷く、
下段に深く構えた剣の切っ先で風が渦を巻く、
だが危機を感じ取ったのか、猛然と“ソレ”が動きを早め飛び回る

「ちっ、めんどくせぇな!」

「場所が広すぎる、せめてもう少し狭ければ……」

『わかった、こっちに任せて』

策の狙いがつけられず思わず口にした言葉に誰かが返事を返す
視線をめぐらすと、いつの間に戻ってきたのか、
オットーが泣きはらした顔のまま頭上に立っていた

彼女とて危険は承知である、
だが、事が一刻を争う状況であり、彼女が戦闘機人である以上、
なにより己が半身の危機とあっては敵前逃亡など出来ようか

シスターシャッハの容態から、自らの身体能力を駆使する前衛ならばともかく、
後衛型の自分ならば魔眼の影響があってもしばらくは戦闘に問題は無いという判断もある

「IS発動―――プリズナーボックス!」

両手から放たれた光が立方体を形作り、数メートル四方の檻を形作る
インヒューレントスキル『レイストーム』による隔離結界
『牢獄の箱(プリズナーボックス)』の名のとおり物理的、魔力的に閉じ込める檻である
檻の力の出所を感じ取り、“ソレ”が狙いをオットーに向ける
隔離された空間の壁を蹴って飛び上がり、腕を振るう
が―――彼女がいるのは隔離された檻の外側である
音を立てて壁に爪が弾かれ、そのまま堕ちるかと思われたその瞬間

「■■■■■■■―――!!!!!」

“ソレ”の両目が異様な色を抱えた
浮かび上がる魔方陣に魔術行使の予兆を感じ反射的に身構えたオットーに向け、
魔方陣が広がっていく

誰が知ろう、その魔術こそ魔眼を封じるために“ソレ”が己自身にかけていた
一つの異界に等しい結界宝具『自己封印・暗黒神殿』である
取り込まれればその意識は歓喜と禁忌の混沌渦巻く悪夢の中に沈み、
同時に外界への能力行使を封じられる
意識の向いていない方向に人は力を使うことは出来ないのだから当然だろう

「おぉぉぉぉぉ!」

だが、その魔力にオットーが囚われる刹那、
後ろから割り込んだ何者かによってソレは遮られた

「エリオ!」

結界の中にストラーダを打ち込み、全力の魔力噴射で“ソレ”を叩き落す、
結果として真正面から『暗黒神殿』に飛び込んだ形となり、
エリオは空中で昏倒することに成った
一方の“ソレ”もストラーダをまともに受けながらも、
なお空中で体勢を立て直し―――
自ら背中を引き裂くと、その背に何かを生み出そうとしていた

「■■■■■■■―――!!!!!」

一声吼えるうちにその身が更なる異形に転ずる
もはやヒトのカタチすら失おうとする“ソレ”の意識は、
ここにおいて単純過ぎる事に、下への配慮を失っていた

「この気を逃す手は無い―――
ランサー、風を踏んで飛べるか?」

「あん?
―――はっ! その程度なら造作もねぇよ」

空中でオットーに捕まれて落下を免れるエリオに心配と敬意を送るのを先送りにしつつ、
アルトリアの提案にランサーは口の端を吊り上げて頷いた
“ソレ”が再び高らかに頭上を目指さんと異形と化した首を上に向けるその真下
檻の中の空気を全てを集めるかのようにアルトリアの剣に風が集う

「風王鉄槌ッ!」

真っ直ぐに振り上げた切っ先の流れにあわせ、
剣に集う風が暴風の束となって頭上に向かう

剣に集う風に一度引き込まれ動きを止めた“ソレ”が、
突き上げる暴風によって檻の天井に叩き付けられる
光を歪めるほどに圧縮された風はもはや空気と言う名の壁である

「■■■■■■■―――!!!!!」

絶叫を上げて異形が尚もがく、
もはや“ソレ”は人の面影など微塵も残らない怪物の有様である
膨張する魔力に檻が悲鳴を上げ、のたうつ髪がそれを破らんと荒れ狂う
その時―――

「暴れまわんのはここらで仕舞いにしようぜ」

一拍置いて、“ソレ”が叩き付けられた天井に、上下逆さに誰かが着地した
吹き上げる風が解け、支えを失った異形が空中に投げ出されるのと同時、
青い疾風が天蓋を蹴る
男の手に構えた魔槍が魔力の猛りを魅せ、解き放つ真名が命と因果を捻り射抜く

「この一撃、手向けと受け取れ―――『刺し穿つ死棘の槍』!!」

天井からの跳躍、交差する最中身を捻って槍をかわそうとする異形に向けて―――否、
異形の心臓を寸分違わず刺し貫いて地面へと叩き落す

地面に叩きつける最中、体内で穂先が弾け心臓を破壊したことで“ソレ”の動きが止まり、
断末魔の悲鳴を上げて、貫かれた心臓を中心にその存在が塵へと還元されていく

「何とか片付きましたね」

「こいつが“生まれたての怪物”で助かった、
完全に化けてたならとっくの昔にここは“形の無い島”そのものになってただろうぜ」

そうなればヒトの身では手に余るというランサーに頷く、
度を越した結界は一つの異界である、真に形を成していれば
踏み入ったものを悉く喰らう“神殿”と化していただろう
そうなれば英霊ですら数刻と持つまい

上空で一部始終を見ながらオットーは目を見張った
編集された映像かと錯覚する程に不自然にそれは“当然の結果”として心臓を貫いていた
竜巻のごとき風を踏んで跳ぶという行為だけですら反則染みた代物であるが、
コレが異常で無くてなんであろう

「オットー!」

呼びかけられて振り向くと、桜色の光が舞い降りてきた
はやての応援要請によってこちらに向かっていたなのはが到着したのである

「これは、出遅れちゃったかな?」

「そうですね」

苦笑するなのはに答えながら檻を解く、
周りを見渡すと血の色が晴れて青い空が見えている
地上では男が空中に出現した石を掴み取っていた

あの二人が何者なのかは知らないがどうやら敵ではなさそうだとなのはは判断した
これで回収したカレイドスコープは三つ、男とライダーのものを合わせれば五つである

『呼び出しといて何やけど、なのはちゃん事後処理頼めるか?』

「は~い、なんだかすっかり後片付け担当になっちゃってるね私」

いつの間にか開いた空間モニターに映るはやてにそう言い、
とりあえず地上の二人に話を聞こうと、なのはは地上へと降り立った

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最終更新:2010年02月04日 14:17