その国は、あらゆる意味で異質だった。



何がといわれれば、まずは風景だろう。
血と形容するには鮮烈さが足りないがその空は赤く染まり、
どんな世界の住人であれ異常と思えるものであろう。

次にと問われれば、その成り立ちであろう。
世界の成り立ちを明確に証明できるほど人はいまだ高みには達していない。

だが神という唯一の絶対たる存在が数々の世界を創造したと仮定するのならば、
そこは神の思惑をも超えたところより顕れ、
ついには神すらも手がつけられぬとさじを投げたような場所であった。

最後にと聞かれれば、それは住人だろう。
国とはようは人の集まりだ。
どれほど発展し、巨大な街があろうとも、人がいなければそれは廃墟だ。
人がいて、やがて群れをなし、筆頭となる人物を定めてはじめて国となる。
国に住まう住人、場所の気候、資源、諸々の要素によって国の特色が出る。
そしてその国の住人は、やはり異質だった。

全長が異質だった。体型が異質だった。能力が異質だった。性格が異質だった。生態が異質だった。
まるで世界のありとあらゆる「異」なるものを凝縮して生まれたような生命だった。
そもそも生物なのかが疑わしかった。
そんな異質な住人が住まう国の出来などいうまでもない。
ようするに、この国はとてつもなく異質なのだ。



■―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


異質な赤い空に光る蒼いほうき星。空を直進し、曲がり、自在に動くさまは飛行機の演武のよう。
流星の周りには光が明滅している。まるで星を彩るように。銃器とミサイルのデコレーションを付けている。

疾る流星の正体は魔の力を纏い鋼鉄の騎馬を駆る1人の少女。
彩りを飾るのは鋼のボディに乙女のハートを備える一機のメイドロボ。

この異質の地においてなお異質な招かれざるものたち。2人の出遭いが織りなす出来事はやはり異質か、それすら越えた領域か。

知る者は、いまだ現れず。


ネコ歩く:04 唸る鉄拳!飛び出すビーム!あえてジェット・邂逅編



困惑―――現在のスバルの心境を端的に表すならその一言がもっとも適っていた。
ここにいること自体の事態でも混乱しているというのにさらに謎のメイドさんに銃をぶちかまされている。
まだまだ実戦経験が浅いスバルには、いや例え歴戦の経験豊富な魔導士といえども
この状況を冷静に観察できるものだろうか。

だがそれでも不意打ちのロケットランチャーに対し瞬時にウイングロードを展開し回避できたのは
芽吹き出した魔導士としての才能、身体に染みつきはじめた攻撃への条件反射ゆえ。
攻撃を受けてから瞬時に頭を戦闘に切り替え今も絶え間なく続く弾雨を防ぎ切っている。

少女の手に持たれているサブマシンガンが火を吹く。被弾すれば人の体など容易く貫通する威力と速度、
だがいずれもスバルの体を捉えることにはならない。
その名の通りに音速の領域に足を踏み入らんとするマッハキャリバーの前に、
放たれた銃弾はただ蒼い残像を抜けるだけだ。

仮に被弾したとしても、魔導士が身に纏う防護服―――バリアジャケットを貫くには至らない。
魔力で構成されたそれは、見た目よりも遥かに高い防御性能を持つ。
服だけではなく術者の全身を覆っており、空海中を問わずして行動することができる。
強度や性能は術者も魔力量、戦闘スタイルによって分かれる。
例えば砲撃戦を専門としてる高町なのはは防御性を高め移動砲台とすら形容される程堅牢であり、
逆に高速機動戦に重きを置いているフェイトは若干装甲が薄めだがその瞬速を存分に生かせる機動性を誇る。
スバルのバリアジャケットは出力と装甲を併せ持つ、師のなのはにも似た意向、
魔力も意志も込められてない豆鉄砲程度ではその肌血に染めることは出来はしない―――!


「ピピ―――小火器デハ火力不足、重火器ノ使用ヲ申請」

それを知ってか知らずか、銃を捨てた少女は、
まるでそこにあったかのような自然さでロケットランチャーを構え、黒い銃身をスバルへと向ける。
見れば、捨てられた銃も姿が消えていく。魔法に依らない転移装置だろうか。
考察するスバルを尻目に、再び放たれる砲弾。
ロックオン機能により標的を違うことなくスバル目掛けて突き進んでいる。
威力は先程確認済みだ。大地を穿つほどの火力、直撃すればバリアジャケットの上でもただでは済まない。

選ぶは迎撃。右腕を引き、魔力を滾らせる。

「リボルバー……シュート!」

思い切り振り抜いた拳の先を、蒼い衝撃波が征く。進路は当然、迫りくる黒弾。

蒼と黒が触れ合うのも一瞬、空を爆炎が包み、メイドの視界を覆う。
常人には目くらましとして機能するそれも機械にとっては意味を成さないのか。
螺旋を巻く翡翠の瞳は黒煙に紛れて地上に降りた蒼星を見逃さなかった。

やがて煙も晴れ、やはりそこにいたスバル。白い服には煤一つ汚れもなくいまだ健在だ。
初の邂逅と同じ目線にて、改めて少女たちは対峙する。

「白兵戦、用―――」
「待って下さい!!」

遠距離での銃撃は効果なしと見たか、少女が近接戦闘に踏み切ろうとしたのと、
スバルが戦闘を止めようと声を上げたのはほぼ同時。
出鼻を挫かれた形になり、一端機械の少女の動きが止まる。

「時空管理局機動六課、スバル・ナカジマです!こちらに戦う意思はありません、武装を解いて下さい!!」

今一度説得を試みるスバル。この状況は彼女にとってまったく望ましくない事態だ。
この場で戦わなければならない理由を自身は持ち合わせていない。
訳も分からないまま戦闘行為に及ぶのは管理局の魔導士として、
何よりスバル・ナカジマ個人としても受けいられるものではなかった。

だからこうして言葉を投げかける。名を、身分を明かす。
侵入者という物言いといい、有無を言わせずこちらに砲撃をしてきたことといい、
この世界は何やら緊張した事態にあるのかもしれない。
管理局の名を出した以上、あちらも少しは落ち着いてくれるだろう。
少なくとも自分に戦いの意思がないことを示さねばならない。

「オ断リシマス。侵入者ニハモレナク強制退去(オモテナシ)ヲ行ウヨウ、マスターヨリ命令サレテオリマス」

返答は変わらず。相手はあくまで徹底抗戦の構えを崩さない。人のものとは違う、冷えた声で拒否を告げる。
スバルが出会い、拳を交えた戦闘機人は、人体への機械の移植の拒絶反応を防ぐために
「人体を拒絶反応を起こさないように調整した」倫理など投げ捨てるものとするような存在であるが、
それでもベースとなるのは人間、一つの生命なのだ。
だが目の前の少女はそれとは別種だ。そもそも初登場の時点で「変形」をしたものが生命の範疇に収まるかが疑問だし、
人間を人間たらしめる要素、すなわち「感情」をまったく感じられない。
スカリエッティ一味の扱うポッド状の量産兵器、ガジェットドローンと相対してるような感覚だった。

「……っ駄目です!私たちが戦う理由なんてないんです!お願いします、話を聞いて下さい!!」

だからといってスバルも引き下がらない。ここで流されたら絶対に後悔する結果になると、自分の芯の部分が強く叫んでいる。

「―――――――――」

スバルの懇願に一時動きを止めるメイドロボ。しばらくぶりに当たりが静寂に包まれる。



短くも長い沈黙の後、

「―――了解シマシタ。一時戦闘行為ヲ中止シマス」

スバルの言葉が届いたのか、はたまた別の要因か、手に握られていた剣の柄のようなものをしまい込み、停戦を申し入れるメカメイド。

「あ、有難うございます!えっと、あなたは……」

話を聞いてくれると分かってひとまずの休戦に安堵するスバル。
近づこうとしてまだ目の前の少女に名前を聞いてないことを思い出す。

「申レ遅レマシタ。私、遠野インダストリアル開発、ドクターアンバー主任、愉快型都市制圧兵器
メカヒスイト申シマス。以後、オ見知リ置キヲ」

ロングのスカートをつまんで丁寧なお辞儀をするメカメイド。
初対面の相手にも、いや初対面だからこその律儀な態度は成程メイドの名に恥じぬ対応だ。
メイドなどテレビか漫画くらいでしか見たことのないスバルがメイドの何たるかなど知る由もないことだが。

「あ、ご丁寧にどうも…………………………………………って制圧!!?」

やや間を置いて聞き流せない発言に気づき身を強張らせるスバル。今し方襲われた手前自然構えを取ってしまう。

「ゴ安心下サイ。現在制圧プログラムハ停止中デス。今ノ私ハシガナイ一メイドロボニ過ギマセン。
―――オ客様次第デハ再起動ノ準備モアリマスガ」

「………っ」

それが冗談でも脅しでもなく単なる事実であると、
害を為すようなら躊躇なく撃つといっていることにスバルは息を呑む。
自分の行動如何では戦闘も起こり得る。自身にかかった責任を重く感じ、冷静さを取り戻す。

「……それじゃあメカヒスイさん、質問ですけどここは一体何処ですか?」

「ココハパチネコラシキ濡レタ雑巾以下ノ造形物ガ息ヅク地ノ獄(ヒトヤ)、
悪夢巣クウ地下王国、グレートキャッツビレッジ跡地デス」

……なんだろう、途中とびっきり悪意に満ちた言葉が吐かれていた気がする。
声に高低差がない分その部分だけ目立って聞こえる。

「…………はあ……そう……ですか」

(グレートキャッツ……猫が住んでる世界?っていうか楽園なのに地の獄(ごく)で悪夢?
でも跡地って……)

何やら矛盾した言葉だが何故だか妙な説得力を感じる。どうにも、反論しがたい威圧感というか、
現実味が帯びてるというか。
ツッコミ所に溢れた真偽はどうあれスバルには聞き覚えのない名前だった。
地下王国、ということは1世界の限定的な地区の名だろうか。

「失礼デスガ、スバルサマハドンナゴ要デコチラニ越シニナラレタノデショウカ」

頭を捻っているスバルに鋼鉄メイド―――メカヒスイが質問を返す。

「それは―――私にもよく分からないんです。パンダを追っていたらいつの間にかここにいたんです。
どうしてこんな所に来たのか、どうやって元の場所に戻るのかも分からなくて……」

何故自分がここに来たのか、それはむしろスバルが聞きたい位だ。
転移魔法とも次元震による漂流とも違う。原因など、いくら考えても皆目見当もつかない。

「―――ソウデスカ。ソレハ、災難デシタネ」

「はい―――あの、管理局と通信って取れますか?そうすれば何とかなるんですけど……」

とはいえいつまでも悩んではいられない。
目の前のメカの無駄なハイテクぶりから見れば科学技術は相当進んでいることが分かる。
それならば他世界の、特に管理局との通信手段も持ってるかもしれないと望みを掛ける。

「―――最近簡易型ノ転移装置ガ完成シマシタノデ元ノ座標ヲ特定シテモラエバ通信ガ通ル可能性ハアリマス。
デスガ、全テノ行動ノ決定権ハマスターニアリマス。私個人デハ判断シカネルケースノ為、
申シ訳アリマセンガ、スバル様ニハ城マデオ越シ願イシタイノデスガヨロシイデショウカ」

城、というのは遠くにそびえ立つあれのことだろうか。確かにいかにも拠点って感じがする。
いずれにせよスバルに拒む理由などなかった。

「いえ、全然いいですよそれ位、押し掛けてきたのは私なんですし。
むしろ私の方からもお願いします」

意図してないとはいえ許可なく侵入してしまったのは自分だ。
お願いするというのならむしろ自分の方なのだ。
見ず知らずの突然の訪問者にも丁寧に対応してくれる事も含めて、深々と頭を下げる。

「――――――ドウカ頭ヲオ上ゲ下サイ。メイドガオ客様ニ例ヲ尽クスコトハ当然ノ事ナノデスカラ」

そんな行動を前にメカヒスイは、いつもと変わらず、けれど少し困ったような表情でスバルを止める。
それを目にしたスバルは、やはり変わらない笑顔で、

「それじゃあ改めて。よろしくお願いします、メカヒスイさん」

「―――カシコマリマシタ。ソレデハ城ヲオ連レシマス」

そう言って、後ろに直り移動を開始するメカヒスイ。……なにか今、変な違和感があったが気のせいだろう。
踵から出たローラーで走行する後姿を見てスバルは率直な感想を口にした。

「……メイドさんってすごいなぁ」

甚だしい勘違いにツッコミを入れられる人材は、残念ながらこの場にいなかった。

◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



所は変わってここは暗い路地裏。陽の光も遮られる人口の樹林。
整備など行き届くわけもなく、人が賑わう道理もなし。
打ち捨てられた投棄物は異臭を醸し出し、さながらそこは獣の腸、異界のよう。
どれほど科学が発展を遂げようと、魔法が知れ渡り広まろうとも、
大きな街というものにはこのような吐き溜めの場所が必ず生まれる。

そんな歴史の漂着地に居を構える者など浮浪者か表に出る顔を持たない者かよほどの変人だが、
そこにいる少女はそのどれとも違っていた。
左右に留めた橙色の髪も、瑞々しさに溢れる肌と肢体も、
肩と腿を曝け出した汚れ一つない服もこの場とはまるで無縁の身なりで、だからこそひどく目立っていた。

「……どう?見つかった、クロスミラージュ?」

≪いえ。スバル・ナカジマ、マッハキャリバー、共に反応感知出来ません≫

「っの……!どこ行ったってのよあのバカは……っ!」

苦虫を潰したような表情、とはこのことか。焦燥した心持ちでティアナ・ランスターは路地裏を彷徨っていた。
現地の局員も到着し、市民の困難が治まっていくのを確認した後、
先んじて犯人を追跡しに行ったスバルと合流するため彼女の魔力反応を頼りに進んでいた。
だが今は当てもなく入り組んだ迷路を右往左往している。
理由は一つ、スバルの魔力反応が急に途切れたからだ。

弱まったのでもなく、何の脈絡もなく消え去ったというのは通常考えられない事態だ。
考えられるとすれば理由は二つ。一つは転送魔法にてどこかへ飛ばされたこと。
だが他者の転送魔法は自身だけが移動するものとは難易度が桁違いだ。
そもそも対象を強制的に転送させるなど本来の使い方と大きく脱している。
それだけの使い手だとすれば一応の辻褄は合うが、それでも矛盾を複数孕んでいる。

そして二つ目は―――対象が物理的に跡形もなく消滅したということ。
それこそありえない事だ。周囲にスバル以外の魔力反応は感じられない。
魔力を伴わない質量兵器の類だとしても、何の痕跡も残さず実行出来るとは思えない。
だがそれでも―――スバルの強さを知り、ありえない可能性とした上で最悪のケースを頭に置いていなければいけない。


いずれにせよ緊急の事態に変わりはない。ティアナの思考は既に「戦闘」のそれに切り替わっていた。
既にバリアジャケットは展開済み、銃型のデバイス、クロスミラージュも二丁両手に握られている。
急ぎながら、だが警戒を怠らずに周囲を探るティアナ。そうして研ぎ澄ました感覚が、



―――コンクリートの木々を掻い潜る影を捉えた。

「――――――そこっ!!」

声とともに過たず放たれる橙色の銃弾。行き先は背後の右斜め、人の姿も影もないあらぬ方向。
そこに待っていたとばかりに白と黒の巨体―――パンダの着ぐるみが飛び込んできた。

無論2人(?)の間に打ち合わせなどあろう筈もない。
通路に潜む気配の動きを先読みし、角から姿を現すタイミングをこちらが見計らって引き金を絞ったに過ぎない。
簡単な説明だが決して容易い行いなどではない。正確に撃ちだす技術はもとより、
相手の出方を想定する戦術眼、思考から速やかに体を稼働させる反応速度、
軽く出しただけでもこれだけの要素を持ち合わせねば可能ではない芸当。
突出した才を持たぬとされる少女が挫折と努力との果てに得た技術だ。

完全に慮外の不意打ちであるはずの光弾を、だが巨体は左の腕で思い切り弾き飛ばす。
非殺傷性とはいえ当たれば昏倒させるだけの重みを持つシュートバレットを、
まるでテニスボールのように着ぐるみがいなす様は、畏怖と滑稽が入り混じった奇妙な感覚を覚える。
しかしその結果として、勢いをスフィアを弾く分に持っていかれ減速、
白黒の着ぐるみは地に落ちることとなった。

元よりティアナは直撃など期待していない。撃った目的は牽制、動きを止めさせることが重要だ。
より研磨すれば正確に当てられただろうが今の自分ではこれ位が限度だ。

「―――止まりなさい」

次の訓練の指標は後回しだ。今行うべきは犯罪者の確保にある。
銃を構え、佇む着ぐるみの前に向き直る。
犯罪者とはいえ無闇に撃つ気はない。それに聞きたいことも多々ある。
犯人を追跡する中でスバルは消息を消した。ならば目の前のモノが関わっていると考えるのが自然だ。

「時空管理局よ。貴方を暴行の現行犯で逮捕するわ。おとなしく捕まるのなら危害は加えません。
それと貴方を追っていたはずの局員をどこにやったかも答えて―――」



言い終えるより前に、丸い拳が腹へと吸い込まれていった。

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最終更新:2010年02月04日 07:25