「これがゴンゲイシカズムの遺跡なんだね。えっと――」
「なのはには無理だと思うよ。翻訳」
「ユーノくん酷っどぉい!」

 無限書庫司書長、ユーノ・スクライアの趣味は遺跡調査である。ただし昔のように勝手
気ままに一人での調査というのはしていない。いや、できなくなった。
 無限書庫はある程度運用が可能になったとはいえ、その中核であるユーノを失うことは
管理局にとっては大きな痛手となる。とはいえ、今も考古学会で活躍するユーノに遺跡の
調査を禁じさせることもできない。そのため、折衷案として遺跡の調査には毎回局員の護
衛をつけることが慣例となっていた。

「ピラミッドみたい~」
「そうだね。魔法文明が発達した世界の遺跡は人工的なのが多いけど、ここの遺跡は人工
物が使われて無いから、地球の遺跡と似てるんだと思うよ」

 なのはがユーノの護衛に就くのは、実は初めてのことだった。裏で相当の暗躍があった
ことは間違いないが、なのははそんなことに気づいてはいない。おかしいなとは思っても、
六課ではなかった幼馴染のユーノとの仕事ができることに頭がいって、まあそんなことも
あるだろうと勝手に納得していた。
 ユーノは当然気づいていたが、断る理由もなくそれを受けていた。

「広いね~」
「この手の大回廊は色々な世界にもあるけど、ここのは特に大きいかな」

 サーチにもさしたる障害は感知されず、ユーノはすっかり解説役になっていた。なのは
もこうした遺跡巡りを経験したことはなく、ユーノの解説にすっかり聞き入っている。
 そうこうするうちに最深部に着いたが、祭壇にも目ぼしいものもなく、なのはは若干ガ
ッカリしていた。

「うう~、宝石とか黄金とか、少しだけ期待してたのに……」
「トラップもなかったしね。中に何も残ってないことは予想してたけど。うん……?」

 祭壇の下に刻まれた文字に気づいたユーノが、食い入るようにその文字を見つめる。

「どうしたの、ユーノ君」
「何か書いてある。えっと、ここ、前に?  ああ、この先に、か。なのは、少し休んで
て。ちょっと時間かかりそう」
「そうみたいだね。わかった」

 さすがに翻訳はなのはにとって専門外。子供のように真剣にその文字を見つめて解読
しようとするユーノを見ながら、壁に背をかけ――その壁をすり抜けた。

「きゃあっ?!」
「なのはっ!!?」

 壁の先は角度の急なスロープになっていた。なのはは反射的に飛ぼうとして、それが
できないことに気づいた。

「AMF!? 嘘、まったく飛べないなんてっ」

 止まろうと手をつくが、取っ掛かりがまったくない。なのはは為す術なく、そのまま
滑り落ちていった。



「くそっ!」

 ユーノはなのはがすり抜けた壁面を何度も叩くが、一向にすり抜けられる気配が無い。
無駄だと悟り、壁面に拳を打ちつける。

「なのは……。そうだ、さっきの文章」

 この遺跡は、どうも未知の技術が使われているらしい。応援を呼ぼうとも思ったが、
二次遭難の危険がある。それよりも目の前には、なのはが壁をすり抜けた原因を記述し
てある可能性が高い文章がある。ならば解読して、少しでも手がかりを見つけるしかな
い。

「――この先に進むことができるのは、資格を持つ者のみ。この先にこそ、記すことす
ら憚られる、最後の試練が待つ。その資格とは――くそっ、何だよこれっ、ここだけ解
読できない……。殴る、血、暗い……?」

 ユーノが解読できないのも無理がなかった。そこに書かれていたのは、日本でいう所
の当て字。文字の意味を解読できても、音読できないものには意味のない言葉。
 そこにはこう記されていた。『他を殴ッ血KILL暗乃乙女力』と。

ごめんなさい、思いっきり間抜けてた。
殴ッ血と次の文章の間にコレいれてください。ほんとダメダメだorz

「結局、底まで落ちちゃった……。明かりはあるけど……レイジングハート? やっぱ
り駄目か……」

 答えは返ってこない。壁をすり抜けてから、起動させようとしても、まったく反応を
返してくれない。それに魔法を使おうとしても使うことができない。
 時間にして約一分。スロープの底には衝撃緩和の魔法がかかっていたようで、ダメー
ジこそ受けていないが、精神的には辛いものがある。

「……? 上にあった祭壇と同じ……」

 落下点から少し先に、上で見たのと同じ祭壇が見えた。ただ違うのは、一本の祭器が
祭られていること。

『おやおや~? これは私好みのお嬢さんですね~』
「念話っ! 誰っ!?」
『私ですよ~。あなたの目線の先の祭器ですよ~』
「杖……インテリジェントデバイス……?」

 祭壇に向かう。そこにあったのは羽のついたピンクの杖。

『うふふ、アナタ困ってますね?』
「えっと、あなたは……?」
『私ですか? 私はカレイドステッキと申します』
「カレイドステッキ?」
『はい~。ここに封じ込められてからかれこれ三百年。ようやくマスターとなれる方に
お会いできました』
「三百年……」

 気の遠くなるような話だった。こんな所に、たった一人で。そんな思いがなのはの心
を満たす。

『さてさて、アナタはここから出たいのでしょう。それならば私と契約してもらえませ
んか』
「契約?」
『そうです。ここの遺跡はかなり特殊な部類でして、魔力的なものを霧散させてしまう
のです。見たところあなたの力では、それを上回ることはできないでしょう。けれども
脱出方法はございます。そちらの壁板には脱出のための方法が書かれているそうです』
「脱出方法……けどここの文字は……。そうだ、カレイドステッキさんは読めるんです
か?」
『いえいえ、私も封印されるときに聞いただけで読むことはできません。しかし問題あ
りません。私の能力は持ち主の平行世界の自分にアクセスして、必要な能力をダウンロ
ードできるというグレイトなもの。ここの文字を読める自分にアクセスすれば無問題!』

 その説明になのはは目を見張った。そんな力は聞いたこともないし、ありえるとも思
えない。

『おや~、信じてませんねぇ……。まあ三百年も脱出できないでいるダメ杖の言うこと
ですからそうですよね。信じられませんよね……』
「あの、本当に脱出できるんですか?」
『ええ、その点については保障いたしますとも!』
「えっとそれじゃあ、契約っていうのはどうやってすればいいんですか?」
『簡単です。契約者の血を一滴戴ければそれだけで完了です』

 後になのはは述懐する。他に方法も無いし、それで脱出できるなら安いものだと、そ
の時はそう思ったのだと。そしてそれは、絶対にしてはいけない間違いだったと。

「えっと、これでいいですか?」
『はいっ、契約完了ですっ! それでは久々にいきますよ~』

 その言葉を最後に、なのはの理性は消えたのだった。




「くそっ!」

 なのはの消えた壁を叩く。ユーノは解読を既に諦め救援要請を出していた。救援には、
はやてとフェイトを始め、休日中の元六課のメンバーたちが駆けつけてくれることにな
った。
 そのことが、逆にユーノの心を締め付ける。遺跡でなんらかの事故があった場合、生
存確率は高くない。なのはの変わり果てた姿を彼女達に見せることになるかもしれない。
そう思うたびに、自分の迂闊さを恨む。

「ユーノ、なのははっ!?」

 始めに飛び込んできたのはフェイト。おそらく全速力で飛んできたのだろう。既に息
が上がっている。

「ここの壁を通り抜けて」

 言うが早いか、フェイトは壁に触れる。しかしその先にあるのはただの石の感触だけ。

「本当に、なのははここを?」
「色々試したけど、まったく歯が立たないんだ。この先に入るには資格があって、その
先に記すのも憚られる試練が待つって……くそっ!」
「ユーノやめて、拳が壊れちゃう。私がやるから」

 フェイトがサイズフォームで壁を切りつける。しかし壁を切り裂くどころか、欠片も
傷をつけることができなかった。

「嘘!? っく、もう一度!」

 二度三度と繰り返すが、結果は同じ。何一つ傷のつかない壁がそこにある。

「ごめんユーノ、もっと下がって。バルディッシュ、ザンバーフォーム」
『yes,sir』
「雷光一閃……プラズマザンバ――――ブレイカァァァァァアアアアア!!」

 カートリッジ六連使用のフェイト切り札の一つ。遺跡そのものが崩壊しかねない大威
力の攻撃は、しかし何一つ傷をつけることができずに無力化された。

「そんな……」

 ここに至って、ユーノもフェイトもこの遺跡が並みのものではないことを悟った。

「そんな……」
「――くそっ!」

 二人に絶望感が圧し掛かる。一度命を失いかけた友人を、今度は本当に失ってしまう
かもしれないという恐怖感。冷静に対処を考えながらも、二人は震えを隠せないでいた。

「あれ? 二人ともどうしたの?」

 そんな状態の二人に、なのはの声は驚くほど響いた。
 振り向く二人。

『なのっ! ――――は?』

 なのはの声は、二人にとって何よりの救いだったが、その姿は二人を石化させしめる
に足る姿であった。

 片足だけズレた白のニーソックス――――それはいい。
 アヒルの意匠を凝らした帽子――――無視できる。
 椅子に座るときどうすればいいのかと思わせるような背中のリボン――まだ許容範囲。

 ここまでなら、ここまでなら感動の再開シーンとなったかもしれない。
 しかし――――明らかにワンサイズ以上小さく、キッツキツになって胸やら何やらを
ド派手に強調する白いスクール水着を前に。そしてなのはの放った追撃に、二人が顎を
外したように大口開けて呆けてしまったのを、一体誰が攻められようか。

「ちがうよぉ? 今の私はぁ、本気狩るティーチャー、パ○ステルインク」

 大口を開けて脱力するユーノとフェイト。
 そこに、救出に来たメンバーが走りこんできた。

「ユーノさん! なのはさ――……」

 スバルが声を失った。そして、他のメンバーも声が出せない。
 なのはは再び宣言した。

「だからぁ、今の私はぁ、本気狩るティーチャー、パ○ステルインク」





 その件に関わった者は、黙して詳細を語らず、カレイドステッキは管理局の倉庫に厳
重に封印されることとなった。
 十数年後――

「あれ、この杖……」
『おやまあ契約者さんの娘さんですか、私は――』

 カレイドステッキに終わりは無い。


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最終更新:2008年05月10日 12:51