#1

高校最後の夏休みも何事も無く終わりを迎えて少しした頃、
いい加減倫敦から帰ってこなくて大丈夫なんだろうかとちょっと遠坂凛の心配をしながら
コペンハーゲンでのアルバイトを終えた帰り道、

「こんな遅くに女の子一人で何してるんだ?」

ヴェルデ前の看板でポスターを覗き込んでいる少女に衛宮士郎は声をかけた

「え?
あ―――衛宮、先輩?」

声をかけられて慌ててポニーテールに結い上げた金髪を靡かせて振り返る少女
日本人離れしたプロポーションと金砂の髪、ルビーのような赤い瞳が印象的である

「先輩―――って、ひょっとして穂群原の生徒か?」

「はい、一年生です」

少女の返事に納得し、でも俺初対面だよなぁと首を傾げる
聞けば穂群原学園の衛宮と言えば校内でも有名人と言うことらしい
曰く―――便利屋、天才工兵(バカスパナ)、弓道部の猛獣使い、等々

「それで、何してたんだ?」

話を戻しがてら見ると独特の書体で書かれた英文のポスターがあった

「クリス……テラ・ソン…グ―――
あぁ、ヴェルデのオペラコンサートか」

英国の有名な声楽関係の学校兼楽団によるコンサートの告知である
相場からすれば格安とは誰の弁だったか覚えていないが、
何れにせよアルバイト生活の苦学生には手が出ない金額である

「―――ミッド文字……」

ガラスの向こうにあるポスターの文字をなぞる様にしながら呟く少女に首を傾げる
一体どこの書体の話だろうか? 
士郎には唯のポスター用のデザインに見えるが彼女には別ものに見えるらしい

「もう暗いし、家まで送ろう、
女の子一人で襲われたりしないか心配だし」

「え、あのすぐ其処なんで大丈夫です、
せ、先輩こそバスとか大丈夫なんですか?」

士郎の申し出に慌てる少女
どうも新都在住のようだが夜八時を回ろうとするこの時間に
女の子一人で出歩いているほうが問題だろうと言うのが彼の見立てである

結局十分ほどの押し問答の末に少女のアパートまで送っていくことを士郎は押し切った
コレでほんとに本人には下心が無いのだから変な話である

「それで、母が亡くなってからは
教会の神父さんのお世話になりながらなんとか」

道中何気ないやり取りからお互い天涯孤独と分かり、
つい身の上話に興じているうちに、出てきた人物の名に士郎は眉を寄せた

「あいつ、そんな甲斐性あったのか?」

冬木教会神父言峰綺礼
公式には半年程前、今年の二月ごろに失踪したことになっているが、
実際には死んでいることを士郎は知っている―――他でもない彼が殺したからだ

「先輩、神父さんのことご存知なんですか?」

「まぁ、遠坂―――ほら三年の―――の紹介でちょっとな、
あいつの後見人もやってたって話だけど、遠坂から全然聞いたこと無いぞ?」

話すような事柄でもないけど、と言っている内に目的の建物が見えてきた
建築年数こそそれなりに新しいが、いかにも安アパートと言った感じの建物である
とは言え、高校生が多少のアルバイトだけで暮らすのは厳しそうなのも確かだろう

「あの、ほんとにありがとうございました」

「うん―――あぁそうだ、
なんか困ったことがあったら言ってくれ、金銭関係は無理だけど、
それなりに相談にはのるから」

「は、はい」

礼を言って少女が自室に戻るのを見届けてから踵を返す
その浮世離れした美少女の容姿に一瞬『彼女』の面影を、
赤い眼差しと金の髪に一瞬『あの男』の面影を思い出し、
思わずその姿を思い返して口元に複雑な笑みを浮かべてしまったが
如何にあの言峰綺礼と関わりがあった人物とは言え
どちらもあの少女とは関係が無い話である

聖杯戦争―――あの魔術儀式からもう半年たった
いまだ彼にとってその記憶は鮮明で、つい昨日のことのような気がするのだが、
確かにいつの間にかずいぶんと時間がたっていたものである

「あ……名前聞くの忘れたな」

ポスターの前まで戻ってから、士郎はその事実に気づいて頭を掻いた
些か間の抜けた話だが、顔は覚えているので問題は無かろうと思い直す

バスのほうも残り少ないのか駅前の人影はまばらである、
時計と時刻表を見比べて待ち時間を含めた帰宅時間を計算した結果、
徒歩で帰ろうと決めて彼は冬木大橋に向けて歩き出した



#2

日本海鳴市ハラオウン家

「魔術……協会?」

聞きなれない組織名にクロノ・ハラオウン首をかしげた
そもそも地球に魔法文化は無いはずだが?
クロノの疑問符に彼の母であり上司であるリンディ・ハラオウンも苦笑いで応じる

「最高評議会が隠蔽していたみたいね、
とは言え、詮方はあくまでも秘密主義みたいで、
このまま公表しない方向で交渉していくことになるそうよ」

そうなると、少数部族の集落のような形なのだろう
いずれにせよ次元移動を持たない管理外世界の話なので
知っておいて損はない程度の話である

資料を見ると局と地球間での資金調達などの分野で関りがいくらかある組織のようだ
本来そうした外交交渉は避ける傾向にあるものの、
次元世界側の文化、技術の浸透により自分達のそれ
―――加えてある種の既得権益―――が脅かされるのを嫌ったらしい

この程度の資料にその事実が分かるほど透けて見えるとなると、
実情はもっと面倒なのだろうなと思う、つまるところ

「久しぶりに親子水入らずで寛いでいた矢先にこの資料―――
あまりありがたくない話がありそうですね」

「そうね―――何かあったときの窓口役が私になると言うことはありえるでしょうね」

いろいろと無理を押し通して地球在住を続けている身である、
その位の苦労は押しつけられても仕方がないだろうとため息混じりにリンディが続ける
ちなみにクロノの口調が親子らしくないのは意識が仕事モードになっている為である

実際のところリンディが目を通した資料はクロノより詳しいものなのだろう、
つまり、そんな事態になればため息などでは済まない訳だ

そうならないことを祈りつつ、
しかし決してそんな楽な展開にはならないことを確信しながら
クロノ・ハラオウンは身支度をするべく自室に足を向けた



#3

通信で呼び出しを受けユーノ・スクライアは首を傾げた
呼び出してきたのが技術局のマリエル・アテンザだったからである
彼女が主任を勤める第四技術部はロストロギアの見聞もやっているが、
今彼女は地上の海上隔離施設にいるN2Rの面倒を見ているのではなかったか

「ユーノ君久しぶり」

技術部のラボでマリエル自信に出迎えられて中に引き入れられる
いろいろと“ややこしい事情があるいわく付きのロストロギア”
が持ち込まれたため久しぶりに本局に上がってきたらしい

「ロストロギア指定される様な物は大抵いわく付ですよ?」

いわく付きであるのだからややこしい事情も当然ある、
それでもあえてその辺を強調する以上何かあるのだろう、
自分が呼び出されたことも含めてそう思いながらラボのカプセルを覗くと

「これは―――そんな!?」

カプセルのガラスに手を突いて食い入るようにしながらユーノは叫んでいた
青くひし形をした魔力結晶
十年ほど前、彼が発掘指揮を手がけたロストロギア『ジュエルシード』
21個存在したそれは“ある事件”の末にうち9個が虚数空間の彼方に消え去り、
残りの12個は管理局の管理下に置かれている(一部が事件に利用されたこともあったが)

宝石のような“ソレ”が、
自身の真ん中に煌々と、割り振られたシリアルナンバーを輝かせる

管理局に持ち込まれたそれが22番以降の番号を割り振られたものであったなら、
彼はここまで取り乱すことは無かっただろう

だが割り振られたシリアルは「Ⅴ」―――5番
正真正銘彼が発掘指揮をした21個のジュエルシードのうち1つであり、
十年前のあの日、虚数空間の彼方に消えた9つの内1つである

「実はね、ユーノ君、
これ、地球のイギリスから持ち込まれたものなんだ」

「地球? イギリス!?」

ますます持って驚愕せざるを得ない、
だが、ユーノはその出所以上に確かめねばならないことを思い出し、
マリエルに向き直った

「マリーさん、これを持ち込んだ人には連絡取れますか?」

「それは取れるけど―――でも、
人伝に手に入れたもので元の持ち主は分からないそうよ」

「そうですか……」

落胆するが、人伝である以上、
その人物の交友関係などから辿っていけばある程度の出所はつかめるはずである
とは言え、それは自分の役割ではない

「マリーさん、この事は―――」

「まだあの子達には話してないよ、
ユーノ君は発掘責任者だから話したけど」

だがいずれは『彼女たち』の耳にも入る、
当然だろう、彼女たちは局のトップエースであり事件の当事者なのだから
望むと望むまいと聞けば―――特に“彼女”はいても立ってもいられないだろう
もしかしたら自らの立場を省みず飛び出していってしまうかもしれない

「分かりました、僕から彼女たちに説明します」

そう言うと、まずはその前にとユーノはとある部署へと通信を入れた

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最終更新:2009年10月18日 13:39