#1

「―――って訳だ」

疲れ果てて大の字に寝転んだ状態で、
男の説明にエリオは眉を寄せてああでもないこうでもないと思考をめぐらせた
聖王教会本部に人を溶解させて魂まで暴食する結界が張られようとしている
普通のやり方では解除はほぼ不可能、
犯人を見つけ出す以外に方法は無いといって良いらしい

「サーヴァントはもともと霊だからな
せせこましく魔力を集めるより魂を食う方が手っ取り早いってのはある」

何故そんなことをと言う彼の問いに男はなんでもないことのようにそう答えた

「霊だ魂だと言われても
そんなオカルト話にわかに信じがたいのですが」

こちらも端正な顔に僅かに―――本人的には疲労困憊の体で、
長髪のシスターが口を挟む
結局、全力かつ二人がかりでようやく一撃“入れさせて”もらった形で
二人は男から説明を受けていた

「仮にも聖職者がそれを言うかね?
と言っても俺にとっても腑に落ちない点が一つあるのも確かだが」

「と言いますと?」

ようやく人心地付いて身を起こしながらの問いに、男は魔力だよと答えた

「今のサーヴァントには魂喰いをしてまで魔力を集める理由がねえ」

現界の時点から既に十二分の魔力供給を受けているのならそれ以上の供給源は必要ない
蛇口をひねれば水が出るのにわざわざ水を汲みに出かけるようなものである

「これがサーヴァントの仕業だとすると、
魔力を供給しているのは『カレイドスコープ』のはずだから―――」

男の言うことを信じるなら
そのサーヴァントの『カレイドスコープ』は動作不良を起こしている可能性がある

「もっとも、根が人喰いだったり
そもそも殺人傾向者って可能性もあるがな」

「さ、サーヴァントって英雄なんじゃ?」

ジル・ド・レのような例外もいるが、あれも一応は後天的なものであり、
エリオの聞いた限りではサーヴァントとは神話、伝承の“英雄”のはずである

「あのな坊主、
誰がいつ“英雄は聖人君子である”なんて言った?」

そもそも“英雄”という言葉に対する認識が甘い、と男は言う
もっともエリオの持つ英雄像の根幹には、
多分にフェイトをはじめとする元六課隊長陣があるため、
男のもつそれとは大きな隔たりがあるのは仕方が無いのだが

起き上がれるだけの体力が戻ってきたので呪刻探しを再開することにする
実際のところ早急に犯人を捕まえるべきなのだが、
その手がかりが呪刻しか無いのだからしかたが無い

「エリオ、シスターシャッハが戻られたようです、
私は報告も兼ねて騎士カリムの執務室に―――」

こちらも身を起こし、どこか―――おそらく他の教会騎士と通信を取っていた
シスターの言葉とそれは同時だった

「う―――っ!?」

突然の眩暈に立ちくらみでも起こしたかかと瞬きして顔を上げると、
―――世界が血の色に染まっていた

「ち―――こりゃ奴さんそうとうやる気だな」

眉を寄せて男が槍を抜く、

のしかかるような疲労感に似た“何か”が体中に広がっていく
AMFの影響下にあるときにも似ている気がしなくもないが
アレがあくまでも躯の外側におきている事だとすれば
こちらは容赦なく内側を侵そうとする“得体の知れないモノ”である

油断無く身構えるエリオの手元でストラーダが警告を発する
それに従い上を向いた彼めがけ飛んできたなにかを穂先で打ち払う、
重い音を立てて地面に突き立ったそれは、頑丈そうな鎖につながれた杭であった

「ぼけっとすんな、来るぞ」

金属のこすれあう音を立てて杭が地面から抜け、鎖に引かれて宙を舞う
杭の行く先を追った先には

「―――っ!」

聞き取れない奇声をあげる長身の美女が今まさに降り立ったところだった




#2

「シャッハが戻って来たわ、
大急ぎで伝えたいことがあるらしいけど―――」

部屋に入れていいかというカリムの言葉に、
はやては急ぎの用ならいいのではないかと答えた

「ここで会談が行われているのを承知の上でアレが言うのならよほどの話だろう、
私もかまわん」

ユスティーツアの方も異議は無いらしい
許可を出すとややあわてた様子で、それでも礼儀正しく
シャッハが一人の少女を伴って入ってきた

「シスターシャッハ、その連れは何者だ?」

「先日教会で保護した次元漂流者よ、
―――それで、話があるのは貴女の方なのかしら?」

カリムの問いに答え少女がシャッハの前に進み出たのとそれは同時だった
視界が一瞬歪み、世界が血(アカ)一色に覆われていた

「な、なんや!?」

反射的に武装しながら周囲を見渡すはやての横にある窓へと駆け寄ると
それを開いて中天を振り仰ぎ、ついで周囲を見渡す少女

「かなり広いな……これは結界か?」

「魔力……というか、
なんか別のモノが食われとる感じや、コレは長引くと拙い」

机に突っ伏したカリムの容態を確認しながらはやてが舌打ちする
騎士甲冑を展開した状態でも躯を削られている感じがとても強い
危険な状況だ、不幸中の幸いは現在信者や観光客がいないことだろう

「騎士はやて、ディードと騎士エリオがサーヴァントと遭遇したと」

シャッハが展開する空間モニターに紅い槍を手にした長身の男と、
鎖の付いた杭のような物を手にした長身の女が映る
男の方はエリオ達と共闘するように見えることから
どうやら女の方がこの騒動の原因らしい

「…………あれ?」

その姿を凝視していたはやてが何かに気づいて、
懐から掌大の結晶体を取り出しながら首をひねる
ロストロギア『カレイドスコープ』の能力として
サーヴァントの能力を一覧として把握することが出来る
手にとって確認しながらやる必要は無いのだがわざわざそうする辺り何かあったのだろう

「どうした八神二佐?」

「いや、それが……」

ユスティーツアの問いかけに口ごもりながら
手元にコンソールを呼び出しデータを入力していく

CLASSランサー 属性:秩序・中庸
筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力C 幸運E 宝具B

CLASS     属性:混沌・善
筋力B 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+

「これはサーヴァントの能力値ですか、
あの―――」

はやての表示した情報に目をやり、
何かに気づいて問いかけようとした少女が途中で言葉を止める
何事かと思ったはやてだったがすぐに気が付いた

―――彼女とはまだ、自己紹介をしていない
カリムの話で次元漂流者だとはうかがっているのだが

「失礼、名を名乗るのを忘れていました、
私のことはアルトリアとお呼びください」

片手を胸に当て、背筋を伸ばした気品を感じさせるしぐさに、
思わずこちらも居住まいを正す

「アルトリアさん、ね
私は八神はやて―――呼び方ははやてでええよ」

「でははやてと―――
えぇ、確かにこちらの響きのほうが私としても好ましい」

頷いて、それではと話を戻す

「はやて、
なぜこちらのクラス名は空欄なのですか?」

「いやそれがな、クラスがもともと書いて無いねん、
今見える能力値やと真名のヒントもないしどうしたもんかなと」

「クラスが―――無い?」

そんな莫迦なとアルトリアははやての言葉を否定した

「サーヴァントはあらかじめ用意された器(クラス)に英霊を降ろしたものです、
クラスが無いということはありえない」

純粋な英霊であるというなら判るが、
そうなると今度はサーヴァントシステムに則ったパラメーターの説明が付かない

「其処に思い悩むのは後でも出来る、
一先ずこいつを退けるのが先ではないか?」

ユスティーツアの至極尤もな意見に頷く、
確かに、今はそのほうが先決だ

「マザーカリム、剣を一振り貸してください、
正面きって戦ってランサーが遅れをとるとは思いませんが万が一のこともある」

「でも―――」

頭を振って身を起こし、アルトリアの申し出に言いよどむカリム、
確かに彼女は何かを知っているようだが、果たしてサーヴァントと戦えるのか?

悩むカリムを尻目にユスティーツアは懐から装飾品を取り出してアルトリアに差し出した

「これは?」

「もって行け、防護服の生成補助程度をする程度のAIは付いている」

首飾りにしか見えないそれに暫しいぶかしんでいたアルトリアであったが、
それが儀礼的な装飾の付いた一振りの剣に変わると納得し、
シャッハとともに大急ぎで部屋を出て行った

「―――あぁ、私としたことが失念していました」

廊下を走りながら、眉をしかめてむぅと呻く

「どうしました?」

「先ほどの女性の名を伺うのを忘れていました、
それからこの剣の銘も」

今更戻るのもどうかと思うし、通信で聞くのも罰が悪い話である

「まぁ剣のほうは刀身に銘が記してあるようですが」

彼女の言う通り鍔元にCoal brandと記されていた、
これがこの剣の銘であるらしい

横合いからそれを覗き込みシャッハは首をかしげた、
ミッド文字ともベルカ文字とも違う簡素な書体である

鞘から抜き放つと同時にAIが起動し、彼女の姿をまばゆいばかりの魔力光が覆う、
一瞬の後、その姿は白銀の鎧とも純白のドレスとも見て取れる衣装へと転じていた

「白百合の衣装とは―――些か装飾過多ですが、動きに支障は無さそうですね」

ふむ、と通りがかった窓に映った自分の姿を確認して一人頷く
女性的な戦装束とは些か気恥ずかしいのですがと語りながら戦意に口の端を吊り上げ、
踊るように一転すると足を速めた

自身も武装するどころか舞踏会の貴婦人と戦場の騎士の同居するその装いに見とれ、
立ち止まっていたことにややあって気づき
シャッハは慌ててデバイスを抜くと彼女の後を追いかけた




#3

同じ頃、クラナガン海浜公園

「はぁ……」

「なんだ、折角の散歩日和に浮かぬ顔しよって」

盛大にため息をはいた自分の隣にいる大男にヴィータは疲れ果てた顔で言い返した

「この際天気なんてどうでも良いよ、
まったく、どっちが子供だかわかりゃしねぇ」

散歩に行くという男の申し出に対し
先の騒動による共通見解としてこの男を野放しで外に放り出すわけには行かないという
結論に至った訳であるが―――

同行していたヴィヴィオと同レベルの勢いで
道端の屋台を覗き込み、路上ライブを冷やかし―――といった有様で
物珍しいものには片っ端から飛びつくため油断もすきも無い

「あれ?」

「どうしたヴィヴィオ」

何かに気が付いたらしいヴィヴィオの様子にやや疲れた顔でそちらを向くと
視線の先にあるベンチで一人の少年がお菓子を片手に雑誌を読んでいた
ヴィヴィオと(見た目だけで言うならヴィータも)そう歳の変わらない少年だが、
どうということの無いそのさまに異様に気を引かれる

知り合いかと聞くと首を横に振って否定された
身なりがいいのでサンクト・ヒルデ魔法学院の生徒かとも思ったが、
少なくともヴィヴィオの知り合いではないらしい

いぶかしむヴィータの隣で、
顎に手を当てて考えていた大男が徐に少年に近づいた

「やぁライダーさん」

「なるほどなぁ、どこかで見た覚えがあると思ったらお前さんだったか
随分縮んだが、それも宝物か?」

菓子の包みと雑誌を手近な屑籠に放り込み
気安く答える少年に訳知り顔で納得する大男

「オッサンの知り合いだったのか?」

そうなるといつ知り合ったのかが問題だ
この男は今日までの間一人で何処かに出かけるようなことはほぼ無かった
(本局および地上本部内の探索に耽っていた為である、
無限書庫を含め相当な騒ぎとなったが内容は割愛する)
ではいったいいつごろ知り合ったのか―――

「ひょっとしてサーヴァント?」

「いくらなんでもそれは無いだろ?」

小首をかしげながらヴィヴィオが口にした疑問にヴィータが渋い顔をする
流石に明らかに少年過ぎてミッドならともかく地球の英雄というには説得力が無い

「人の事をどうこう言える外見してないと思いますけどね
あと、人の話はちゃんと聞いたほうが良いですよ?」

今は若返りの薬で縮んでいるのだと言うこの少年は正真正銘のサーヴァントであるらしい
なんでもとにかくやる気になれないのでこの姿になったとか

「大人しくしててくれるのはありがたいけど、
なんだ、ずいぶん身勝手な奴だな?」

身勝手でないサーヴァントのほうが少ない気がするが其処はそれである

「そう言えばあの混ぜ物のお姉さんは元気ですか?
ランサーさんの槍で刺されてずいぶんたちますけど」

「混ぜ物―――ってスバルのことか?」

似たような服装の人でしたけど、と言う言葉に一度首をかしげ、
内容を反芻して目を丸くする
いったいいつの間に遭遇していたのだろうか、

「その辺り、詳しく聞かせてもらおうか?」

「その様子だと元気って訳じゃなさそうですね
まぁ服装から聞いてみただけなんでどうでも良いんですけど」

お断りしたいけど荒事も避けたいなぁなどと
デバイスを抜くのも辞さないといったヴィータに対し軽い調子で―――
それでいて十二分に死の予感を感じさせる雰囲気で答える少年

「ここはこちらが退いたほうが身の為だぞ、小娘
―――流石に、年端もいかん幼子を巻き込んでとなるとこの男の相手は面倒が過ぎる」

実感をこめて大男がヴィータをとめる
先程までのどこまでも子供じみた好奇心旺盛な“軽さ”はなりを潜めている
その“幼子”という言い回しがが自分を含めたモノであるということは少々癪に触るが

「本性はとんでもねぇのか、お前?」

この大男が平時どれだけふざけていようと武人としての顔に偽りは無い
にわかには信じがたいがこの少年は相当に強いらしい

「大きいほうの僕は相当に性格悪いですからねぇ、
少なくても皆仲良くとは行かないと思いますよ」

まぁでも折角ですから答えられる範囲ならいくつか質問に答えてあげますよと、
ベンチに座りなおしながらどこからとも無くドリンクを取り出す少年
その御相伴に預かりながらさし当たって気になることを口にする

「前から気になってたんだが、
なんで必要なサーヴァントは七人なのにカレイドスコープが十二個もあるんだ?」

聖杯戦争は七人の魔術師と七体のサーヴァントによって行われ、
その七体はすべて異なるクラスである
にもかかわらずカレイドスコープは十二個あり、クラスの重複する英霊も確認されている

「正しくは二十一個ですね、
ライダーさん、令呪のことは言わなかったんですか?」

「しなかったわけではないが、
―――成程な、あの石ころ一つが令呪一画分というわけか」

かいつまんで説明するところによれば、
令呪とはサーヴァントのマスターとなった魔術師の体に浮かぶ三画の聖痕であり、
一画につき一度だけサーヴァントの意思に関係なく命令することが出来るのだという

「一つだけでもサーヴァントの現界に問題はないんですけどね、
石自体の供給源としての機能は下手な魔術師より優秀ですし」

とはいえルールはルールである
儀式を始めた“何処かの誰か”あるいは聖杯の意思か
現在聖杯戦争は余分なサーヴァントを取り除き令呪を揃えることを目的に運営されているらしい

「まぁ要するに椅子取りゲームですよ」

「椅子取りゲーム?」

小首をかしげて鸚鵡返しにヴィヴィオがたずねる
彼女の頭の中では
一生懸命七つの椅子に座ろうと押しくら饅頭している人のイメージが出来てはいたが、
それがどういう意味なのかはさっぱりつながらない

もう少しかいつまんだ話を聞こうと身を乗り出したヴィータの胸元で
デバイスが着信を告げる、出てみるとシャーリーが、
この近くの地下水路でアサシンらしい影がサーチャーに引っかったと言ってきた

『ヴィヴィオの迎えを送りますから、
ティアナ達と合流して調べてきてくれませんか?』

「判った、なのはやテスタロッサは?」

『状況を見て―――すいません、教会本部のはやてさんから応援要請が入りました、
なのはさんはそっちに、フェイトさんは外回りの都合で合流は難しいそうです』

「了解」

頷いて通信を終了する、
どうやらゆっくり質問する時間は終わりのようだ

「時間切れですか」

「みてーだな、
今度あったらお前の知ってること全部話してもらうからな」

そうですか、と言いながらヒョイと立ち上がる、
少年に習って屑籠にドリンクの容器を放り込みこちらも立つ

「折角だ、次はあの黒い騎士王も入れてもう一度聖杯問答でもしてみるか?」

立ち去ろうとする少年に大男がそう声をかける

「それは―――
下らんな、あのような雑念に成り下がった奴に用はない」

肩越しに刹那振り返り、まるで別人のような趣でそういうと
少年は風のように立ち去っていった

「あ―――!?」

「どうしたヴィヴィオ?」

素っ頓狂な声を上げるヴィヴィオにあわてて振り返る、一体何があったのか?

「自己紹介するの忘れてた、
あの子の名前も聞いてない」

自分の名前を教え忘れたのはともかく、
あいつの名前ならオッサンに聞けば良いだろ?
と言うヴィータにむぅと頬を膨らませるヴィヴィオ
曰く、名前は大事なものなのだからそういうのは駄目なのだそうな
おそらくなのはの受け売りだろう

「なに、聖杯戦争を続けておればいずれまた会うというものだ、
その時で良かろう」

ごつい手でヴィヴィオの頭を撫で回しながら言う大男の意見に頷く、
髪型がぐしゃぐしゃになってしまったのは少々いただけないが
男の言う通りなので良しとするらしい

さてそんじゃ仕事に戻るとしようか、
彼方から聞こえるローターの音にヴィータはそう思った

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最終更新:2010年02月04日 14:15